春の月が柔らかな光を注ぐ夜。
静けさの降りた丘では、小さな花々が夜風にそよいでいた。
宵の只中にありながら、白の花弁は月明りにきらきらと輝いて。淡い眩さをいだくその景色は夢幻のように美しい。
と──その中で今正に夢を見るよう、横たわる一つの影がある。
それは艶のある躰を持つ、機械じかけの人形。稼働させれば音楽と共に、踊るような仕草を見せる優美なものだ。
けれどそれも過日のことだろう、今では可動部も動力も壊れて動かない。いつ棄てられたものなのかも判然としないほど、風雨に削られた躰で花の間に倒れていた。
もう何の音も奏でることなく、一歩も踊ることもなく。
──だが。
そこにかさりかさりと這い寄る影がある。
コギトエルゴスムに機械の脚の付いた、小型のダモクレス。丘を登ってくると、その人形の内部へ入り込んで一体化していた。
そうしてゆっくりと、花の間から起きて立ち上がる。
埃も汚れも落ちて、美しい流線を取り戻したそれは──初めに一歩、そしてまた一歩と雅にステップを踏み始めた。
月の花園に淡い影を伸ばし、人形は踊る。その内に丘を降りる方向へ踏み出すと、市街へ続く路へと下っていった。
「集まって頂いて、ありがとうございます」
イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は集まったケルベロス達へ説明を始めていた。
曰く、とある丘にてダモクレスが出現してしまうという。
いつから放置されていたのか判らない、機械じかけの人形があったらしく──そこに小型ダモクレスが取り付いて変化したものらしい。
「このダモクレスは、一般市民がいる場所を目指そうとするでしょう」
放っておけば、人々の命が奪われてしまう。
そうなる前に現場に向かい、撃破をお願いします、と言った。
「現場は丘の中腹となります」
地形はなだらかで、戦闘に苦労する環境ではない。
事件時には人の気配はなく、一般人について心配は要らないと言った。
「戦いに集中できる環境でしょう。全力を以て、あたってくださいね」
この人形も、嘗ては誰かに愛されていたものだったのかも知れないけれど。
「敵である以上は討つべき相手ですから」
頑張ってくださいね、と。イマジネイターは真っ直ぐな声で皆に言った。
参加者 | |
---|---|
三和・悠仁(人面樹心・e00349) |
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399) |
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992) |
小柳・玲央(剣扇・e26293) |
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390) |
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390) |
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400) |
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736) |
●月彩
優しい光が空より降りて、夜の昏さを淡く照らす。
月色に仄かに輝く花園を目にして──丘へ登ってきた笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)は足取りも踊るようだった。
「綺麗な月に幻想的な花々、とても素敵な光景だよねー」
涼風の中をくるりと回ってみせるようにして。あとでこの景色を楽しむのもいいかもしれないと思いながら。
「ふむ」
と、夢幻のような眺めにディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)も同意して頷きつつ──それでも視線を途中で止める。
それは美しい月彩の間に、舞うもう一つの影を見つけたから。
光に薄い影を伸ばし、ステップを踏みながら。花の間よりいでてくる、それは人形の姿をしたダモクレス。
艷やかなまでのその姿を、スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)は少しだけ静かに見つめていた。
「再び仮初めの命を得、夜の丘に踊る人形か」
「花に埋もれて眠っていたのかな。月に照らされて魂が目覚めたのなら、ロマンティックだったのだがねぇ……」
呟きながら、ディミックはしかしそうではないと知っている。その一挙手一投足が、今や誰かを殺すためのものへ変わってしまったのだから。
「人々の命を奪うものと成った以上は、破壊せねばなるまい」
「ああ。こいつを逃がしたら罪のない人々が傷付くことになる」
故に、スルーは氷色に燦めく刃をすらりと抜いて。
「ここで確実に仕留めるぞ」
如何なる凶行も赦しはしないのだ、と。響かせる裂帛の雄叫びは『ケルベロスクライ』。夜の空気を震えさせる残響を齎していた。
その衝撃に僅かに動きを濁らされた人形は──此方へ目を向け踏み出してくる。
踊りを止めようとしたことへの、反抗の意志か。けれど小柳・玲央(剣扇・e26293)はその面前へ跳んで退かない。
「踊り続けたいなら、私は邪魔だろうね。でも──君の転身を、その身軽さを学ばせてもらおうと思っているんだ」
これはその初め、と。
雪白の髪をふわり波打たせ、宙へ舞い踊ると一撃。すべらかな蹴撃を繰り出してまずは人形を大きく下がらせた。
その間隙に、ディミックが鋼鎖を腕部より射出。結び付けられた球状ユニットを展開させ、黄金に輝く防性エネルギーを飛散させて戦線を整えていく。
人形は体勢を直して再びステップを踏もうとしていた、が。
「──させはしない」
瞳より零れる幽かな獄炎を棚引かせ、三和・悠仁(人面樹心・e00349)が丘を真っ直ぐに駆けている。
一息で距離を詰めると、腕より蠢かすのは深き闇。月光すら反射を拒む黒色を宙に奔らせ、人形の一部を食い破って動きを阻んだ。
「ソロさん、今のうちに」
「任せて」
と、横に飛び退く悠仁に応えるのはソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)。
穹色の魔法球を既にその手に輝かせているのは──悠仁が射線を正面に開けると、その呼吸で理解していたから。
攻撃を継ぎ目なく繋げるように。月闇に蒼空の直線を描くが如く、光を放って人形を突き飛ばす。
「さ、好機だよ」
「ああ」
それに頷く瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)もまた、敵に隙を与えずに。高く跳ぶと風を裂いて蹴撃を叩き込んでいった。
よろける人形は、それでもそよぐ花に合わすようにステップを続ける。
その鋭い足運びが無数の衝撃となって番犬を襲う、が、スルーがしかと壁と成って防いでみせれば──。
「治療は、頼めるだろうか」
「はいっ!」
清らかな声音に力を込めるのがリュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)。
月明りに乳白色の花を柔く輝かせて。甘いローズ・ブラウンの巻き髪を緩く揺蕩わせながら、バレエを舞うように鎖を繰っていた。
ふわりと風に乗るように、深緑の軌跡は護りの魔法陣を成していく。そこから立ち昇る輝きが、ほのかな甘香りと共に皆へ治癒を齎せば──。
「がんばってね」
と、声をかけられた翼猫のムスターシュも飛翔。爽やかな風に暖かみを交えさせ、皆の体力を保っていく。
「それじゃあ、反撃だね」
言って直後に走り出すのは氷花。厚底のブーツでも軽々と跳躍してみせると──月の逆光を眩いほどに増幅させて、脚に光を纏っていた。
「まずはその素早い動きを封じてあげるよ!」
そのまま舞い降りて蹴り落とし。関節部に痛打を加えて、的確に動きを鈍らせていく。
人形が挙動を阻まれている間に、玲央は靴を鳴らして剣舞を踊っていた。
艶やかに、けれど清澄に。同時にリズムを奏でるように、輝く剣先で守護星座を描き──降り注ぐ星灯りで後方の護りまでもを強固にしていく。
「これで準備は整ったかな」
故に後は攻めるばかりだと。
その意を汲むように、氷花は敵から離れず連撃の構え。ひらりと着地すると同時に、夜気を燃やすように足先に焔を抱いて。
「これで焼き尽くしてあげる!」
煌々と輝く炎の蹴撃。滾る紅熱を打力と共に直撃させて、人形を吹き飛ばす。
●月光
花の間に倒れ込んだ人形は、僅かな異音を上げて立ち上がる。
その動きは微かにぎこちなく──それでも踊りを止めることを拒むよう、緩やかに脚を踏み出し始めていた。
リュシエンヌはそれをじっと見つめる。それが倒さねばならない敵だとは無論判っているけれど。
「壊れちゃったからって、簡単に捨ててしまうのがそもそもいけないと思うの」
未だ舞うことを夢見る人形を目にすると、そう思わないではいられない。
言葉に柔く頷き、スルーは瞑目した。
あの姿を見て思うところがあることを、否定はしないから。それでもそれがダモクレスである事も、また否定できない真実。
「こいつの作り主は、顔も知らぬ人々を喜ばせるためにこいつを作ったのだろう。ならば、作り主の思いを穢される前に……こいつを倒す」
それだけのことだ、と。
その言葉にはリュシエンヌも小さく頷いていた。
「ひとの形を模したお人形なら尚のこと……心だってきっとあると思うから。……ちゃんと眠れるように、送ってあげるのよ」
「──ああ、そうだね」
応えてソロは、地を蹴って人形へと迫っている。
ダモクレスへ堕とされた人形に、憐れみは確かに感じた。それでも澄んだ瞳は怜悧に、冷徹に、敵としてその姿を捉えて。
「一人残された哀しき人形よ。最後の踊りは私が相手をしてあげる」
何よりもケルベロスであるが故に、その役目を果たそうと。刹那、青水晶と瑠璃の燦めく戦棍を振るい、ワルツを踊るよう至近で打ち合っていった。
悠仁は間合いを計りながら、腰に吊り下げたライトで不足する光量を補っている。
スポットライト、とまで気遣うつもりではないけれど──最後の舞台を何かで照らすくらいならと、仄かな思いも抱きながら。
同時に明るくなった道筋へ、ライドキャリバーのウェッジを奔らせて。突撃で助力させることも忘れない。
よろめく人形は斜めに跳んで、標的を悠仁へ変えようとした。
が、ソロはその眼前へ滑り込む。ライドキャリバーを連れる分、攻撃を受け続ければ自身より危険度が高いと判断したからだ。
悠仁のことは信頼している。共に戦えることを嬉しくも思える相手でもある。ただ、それ以上に──。
「離さないよ」
敵に魔手を伸ばさせぬよう、組み付いて逃さずに廻転の衝撃を受け止めた。
悠仁はその気遣いに気づいて、嬉しく思いながらも──。
──己などには、何かあっても構わないのに。
その思いも胸に同居する。だから浅く首を振って、それを誤魔化すように。
「……私も出来る限り、戦いますから」
零す言葉が足手纏いへの不安と見えるよう振る舞って。魔剣に氷気を束ねて横合いから斬撃を加えていく。
ソロの傷も浅くはない。けれど次にはディミックが脚部のスラスターを噴射して、一息に傍に駆け寄って。
「早めに治してしまおうかねぇ」
「ルルも勿論、手伝うの!」
リュシエンヌもオーラを白光させて聖なる輝きを生み出していた。
手元で花冠を編むように、その煌めきに形を与えていくと──そっと宙へと投げてソロへ。光の環で包むように気力を注いで苦痛を和らげる。
ディミックは炉で発現した熱量を極限まで純化して、穢れを削ぎ落とすことのできるエネルギーへ圧縮。
その塊を掌より照射して、眩い閃光で撫ぜるようにソロの負傷を祓い去った。
灰の翼猫、夜朱も柔く羽ばたけば戦線は万全。
人形が再び足を踏み出そうとするところへ──ふわりと玲央が舞い降りて。脚技で攻撃を防いでいる。
玲央は同時に踊りを誘い、つぶさに見て取っていた。
「君の踊りは此処で最期になる。きっと欠片も残さないから」
だから勝手に記録にさせてもらうね、と。
ウィーブ、シャッセ、近付いて細かな所作を。大きなターンで離れれば、その位置取りの計算高さを。
「君のリズムは私がもらってあげる……なんてね♪」
それでいて、知りたいのは優美さだけではない。
こうして刻むことになったリズムが、踊りの由来がどこから来たのか。
「君の記憶も、どうか見せて」
手をのばして『炎照・開扉符号』。獄炎に交えたコードで接続し、人形の記憶を読み取った。
見えたのは過去。人の子供と共に在った時代。丘で落とされてしまった日。長い時間誰にも見つからず孤独に過ごしたこと。
「永く、自由に踊る事ができなかったんだね」
人形はそれを取り戻そうとするかのように、きらびやかに舞っている。
けれど、その踊りを許してはいけないから。高くジャンプをしてみせた人形に対し、氷花は素早くその上を取るように跳躍していた。
人形は靭やかに手を伸ばすけれど、届かない。氷花はその姿を見下ろす形で、大振りのパイルバンカーを構えていた。
「手加減はしないからね。雪さえも退く凍気を突き刺してあげる!」
冴え冴えとした風が収束し、魔氷の杭が生成されていく。氷花は真っ直ぐにそれを突き下ろし、人形の肩口を鋭利に貫いた。
地に落ちる人形は、それでも起き上がりゆるゆると廻る。
動きは淀めど踊りには違いなく。けれどそれ故に、スルーには動線を読むことができた。
(「それが舞いを求めるなら。流れに逆らうような不自然な動き、美しくない挙動はきっと、しない」)
だからスルーは、艶美なステップが動く先へ立ち塞がって。人形が止まった一瞬に光を纏わせた斬撃。人形の躰を深々と斬り裂いていく。
●月宵
半身を大きく抉られ、人形は足元を覚束無くさせて。
死を間近にしたその姿を、ディミックは機械の瞳に映していた。
ダモクレスの実験に利用されたこともある種として、こんな運命が自分達にもあったかもしれないと思えるから。
それでも踊ろうとする様子が見えれば──。
「せめて最後まで続けさせてあげたいねぇ」
敵というよりただ個の存在として。
愛されてきた思い出を苦しく塗り替えないように、踊って楽しい気持ちのままに逝かせてあげられればいい、と素直に感じた。
──願わくば、踊り手には安らかな眠りを。
故にディミックは躰よりも命そのものを削るよう、鋼鎖の刃に深奥を食い破らせていく。
ふらつく人形へ、玲央は寄り添うようにリズミカルに。扇を振るうよう、鉄塊剣を鮮やかに薙がせて炎撃を見舞っていた。
「次、頼めるかい」
「ああ」
スルーはそこへ真正面から迫り。眼光を真っ直ぐに注ぎ、袈裟に一閃、振り抜く刃で苛烈な剣撃を加えていく。
破片を零して後退する人形に、氷花も踏み寄っていた。
「私も一緒に踊ってあげるね」
血祭りの輪舞を、と。
手に握るのは冷気を纏った鋭いナイフ。足を軸に軽やかに回転すると、無数の斬撃を浴びせて全身を斬ってゆく。
人形は最後まで誰かと踊れたことを、嬉しく思ったろうか。自由の利かぬ躰で、一層華やかにステップを繰り返した。
その痛手を、リュシエンヌはしかしすぐに治癒してみせる。
はらりと腕を広げる動作で輝かせるのは、月光に燦めく透明のヴェール。淡く撫ぜるように皆に触れさせ傷を消し去っていた。
「これで大丈夫なの!」
呼応するよう、ムスターシュが猫型光線で反撃すれば──。
「悠仁」
「ええ」
一瞬だけ視線を交わし、ソロと悠仁が機を合わせて人形を見据えていた。
刹那、悠仁の肉体より生えるのは獄炎に包まれた無数の枝。『憎悪を刻め我が枝よ』──蠢くように伸びて奔ったその枝が、人形を裂いて焔に閉じ込める。
そこへソロは魔力制御を開放。
「これで終わりにしよう」
ひらりひらり、と。
顕すのは触れるものと対消滅する魔蝶。『胡蝶乱舞』──闇に輝き月夜に影を落とすその群れが、人形を覆い尽くして命を奪っていった。
夜に冷えた穏やかな風が、花を揺らす。
静謐の園をスルーは見下ろしていた。視線の先にある人形の残骸は、月光に溶けるように消滅し始めている。
「形は残りそうにないか」
「……そうだね」
ソロも静かに、光の粒になっていくそれを見ていた。
(「レプリカントにならなかったら、私もああなっていたのかな……」)
非業に消えゆく機械。その姿を少し、自分と重ねてしまう。
──それでも、私には仲間がいる。
「だから生きて戦うよ」
決意を告げるように、声を紡ぐ。その言葉が響くのを最後に、人形の残滓は風の中に完全に消え去っていった。
それを見送った悠仁は、その後も少しだけ月と花を眺めている。
形ある存在ならば、いつか終わりは訪れる。それがいつも相応しいものとなるかどうかは分からないけれど。
「……今回は、良い終わりではあったのかな」
望んだ踊りの中で迎えることが出来たのならば、と。呟き空を仰いだ。
「きっと、そうだといいねぇ」
ディミックも頷いて、短い時間月を見つめて。それから地面に荒れた所があればヒールを施していく。
リュシエンヌも手伝いながら、ふと思い出す。
「あのお人形さん、ルルのオルゴールに入っているバレリーナに似ていたの」
しばらく開けていなかったけど帰ったら開けてみようかな、と。
言うと、ムスターシュも鳴いて応えるから。
「ムスターシュもあのオルゴール好きだったものね。帰ったら、うりるさんにも見せてあげよう。三人でいっしょに聴こうね」
捨てられてしまったあの人形の分まで、ちゃんと大切にしてあげたいと。そう改めて心に思った。
ヒールも済めば、氷花は暫し散策することにする。
花がそよぐたび、まるで月色の水面に波紋が生まれるようで。
「やっぱり、とても綺麗な景色だよね」
「うん」
玲央は肯いて、空の光に瞳を細めた。
──月灯りのメロディはあの子にとってどんなふうに聞こえていたのかな。
想像すると、記憶したそのステップが意識されて。
「すぐにおさらいするのは、気が早いかな」
小さく自分に言いながら、それでもつま先を伸ばして、上品に体重移動して。
あの人形が辿ったステップを、今一度月夜の下に残すように。優しいリズムに乗って、美しいダンスを踊っていた。
作者:崎田航輝 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年4月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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