家の中でも寝袋サバイバル!

作者:神無月シュン

 夕方のとあるアパートの駐車場。普段人が集まるような場所ではない所に10人の信者が集まっていた。その視線の先では、羽毛の生えた異形の姿をしたビルシャナが自らの教義を力説していた。
「家の中でも寝袋で寝る事こそが至高! 普段から慣れ親しんでおけば、どんな状況、どんな場所であっても寝袋さえあれば安眠間違いなし!」
 ビルシャナの言葉を聞いた途端、信者たちは皆眠そうな目をしだした。
「皆の分の寝袋もここに用意した。今日から思う存分寝袋で眠ってくれたまえ」
 そう言うと、ビルシャナは信者一人一人に寝袋を配っていった。


「鎌倉奪還戦の際にビルシャナ大菩薩から飛び去った光の影響で、悟りを開きビルシャナになってしまった人間が事件を起こすと予知されました」
「わたくしたちが、その悟りを開いてビルシャナ化した人間とその配下と戦って、ビルシャナ化した人間を撃破すればいいのでしょうか?」
「はい。その為に皆さんをお呼びしました」
 会議室では早速、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)とルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)が今回の事件について話し合っていた。
「このビルシャナ化した人間が、周囲の人間に自分の考えを布教して、配下を増やそうとしている所に乗り込む事になります」
 ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力がある為、放っておくと一般人は配下になってしまう。
「ここで、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の人間が配下になる事を防ぐことができるかもしれません」
「そのインパクトのある主張が中々に難しいのですけどね」
 説得が上手くいかなかった場合、ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナが撃破されるまでの間、ビルシャナと共に戦闘に参加する為、どうしたものかとルピナスはため息を吐く。
「説得に失敗しても、ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能ですが、配下が多くなれば、それだけ戦闘で不利になるでしょう」
「出来れば、説得は成功させたいですよね」
 ルピナスの言葉に集まった皆も頷いた。

「予知の通り、配下となる信者の数は10人です」
 ビルシャナの教義に納得しなかった人たちは早々に逃げ出していて、辺りに信者以外の人影はない。
「元からキャンプ好きだった人、寝相が悪くて布団をよく蹴飛ばしてしまう人がビルシャナの教義に賛同しています」
 他には普段と違った環境でなかなか寝付けないなんて人も賛同しているようだ。
「戦闘に参加した配下は、攻撃に巻き込んでしまうと命を落とす危険がある為注意してください。ですが、ビルシャナ自体の戦闘力は高くはないので、説得が上手くいけば苦労することは無いでしょう」

「教義を聞いている一般人は、ビルシャナの影響を受けているため、理屈だけでは説得することは難しいでしょう。重要なのは、インパクトになるので、その為の演出に力を入れるのも良いかもしれませんね」
 セリカは資料を閉じると、よろしくお願いしますと頭を下げた。


参加者
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)
七宝・琉音(黒魔術の唄・e46059)
ウィル・ファーレイ(研究の虜・e52461)
四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)
 

■リプレイ


 事件の予知を受け、ケルベロスたち5人は事件が発生するという、アパートへと向かって夕日に照らされ住宅街を歩いていた。まだ帰宅には早い時間だからだろうか。住民とすれ違う事もなく、一般人が巻き込まれる危険は少なそうだと、5人は安堵する。
「家の中でも寝袋で寝るって、変わった人たちもいるんだね。迷惑は掛かっていないみたいだけど、このまま放っておくと危ないよね」
 ただの一般人の集まりならともかく、ビルシャナによる教義だ。どんな影響が出るか分からない。放置するのは危険だと四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)は言う。
「家の中で寝袋ですか、何だか変わった方々です、ね」
「確かに家の中で寝袋を着て寝る方とは、変わっていますね」
 わざわざ家の中でまで寝袋で寝るなんて不思議だと花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)。隣を歩きながら頷いて綾奈の言葉に同意するウィル・ファーレイ(研究の虜・e52461)。
「ですが、こういう変な教義が広まらないようにしましょうね」
「ですが、その様な教義を広めさせるわけには行きません」
 2人の声が重なる。どうやら考えていることは同じだったと、綾奈とウィルは顔を見合わせた。
「寝袋で寝るのって、窮屈じゃないかな? 私は広々としたベッドでのんびりと寝たいな」
「そうですね。寝袋は外で寝るから必須なのです、家があるなら、普通に布団やベッドで寝ていればいいと思いますよ」
 七宝・琉音(黒魔術の唄・e46059)とルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)は布団やベッドで寝る方が絶対良いと話している。
 良質な睡眠は良質な寝具からという。家の中でまで寝袋で寝ていたら疲れも溜まっていく一方ではないかと、感じずにはいられない。
 ――歩くこと数分。目的のアパートが見えてくる。車が3台とめられる広さの駐車場に車ではなく人が集まっている。
「家の中でも寝袋で寝る事こそが至高! 普段から慣れ親しんでおけば、どんな状況、どんな場所であっても寝袋さえあれば安眠間違いなし!」
 遠くからでも聞こえるビルシャナの声。ケルベロスたちは視線を交わすと、頷き一斉に走り出した。
「そこまでです」
「何奴!!」
「わたくしたちが、あなたの教義阻止させていただきます」
 ルピナスの言葉に一瞬驚きはしたものの、ビルシャナは不敵な笑みを浮かべた。
「はっはっはっ私の教義ほど素晴らしいものなどない!」
「わざわざ家の中で寝袋で寝るなんて間違っているわ」
「そこまで言うのなら、私の信者たちを説き伏せられるか、お手並み拝見と行こうじゃないか」
 琉音の一言にビルシャナが答える。その様子には余裕すら見て取れる。
 それじゃ遠慮なくと、ビルシャナをひとまず無視しケルベロスたちは信者たちの元へと向かった。


「それじゃ、信者たちの説得が先だね」
 琉音は近くの信者へと話しかける。
「家の中でも寝袋で寝るなんて、なかなか変わった趣味をしているのね」
「……ん?」
 琉音の声に眠そうな顔で見つめてくる信者。琉音はとりあえず反応があったと気にせずに話を続けた。
「布団とかなら毎日洗濯できるけど、寝袋って中々洗濯し辛いんじゃないかな? 偶に一日だけ寝袋で寝るって言うのなら汚れとか気にならないかも知れないけど、毎日着るとなると、やっぱり汚れとか気になって来ない?」
「そう……かな?」
「そうだよ。やっぱり清潔さに限るよ! 汚れた寝袋とかで寝て、逆に病気に罹ったら本末転倒という事にならないかな?」
「けど……布団だって毎日洗濯する余裕なんてないし、それなら布団も寝袋も変わんないっしょ……」
「だよなぁ……いざ洗濯するってなったら寝袋の方が運びやすいし……」
「俺は布団だと寝相が悪くて風邪ひくから、洗う手間があったとしても寝袋がいいんだ……」
 信者たちは話を聞いているのか分からないほどに、あくびを繰り返していた。

「寝袋は良いよね、野外でのサバイバルとかにも打って付けだもの」
「おー分かってるね」
 司の言葉にキャンプ好きの信者たちがくいつく。興味のある話題らしく、眠そうに眼を擦ってはいるが、話は聞いてくれそうな雰囲気だ。
「寝袋で寝るのも良いですけど、実際のサバイバルで最も重宝するのはテントです」
「はっ!?」
 横からかけたルピナスの『テント』の一言に信者たちが目を見開く。
「寝袋だけでは雨風は凌げませんよ。寝袋に寝て慣れて置くことにはあまり意味が見出せません」
「た、確かに」
「キャンプにテントは付き物だ」
「俺たちはどうすればいいんだ!」
「それなら、むしろ家の中にテントを張って寝てみると言うのはどうでしょうか?」
「なるほど。よりキャンプに近づけるということか」
「でも、サバイバルは寝る事だけが全てではないよ」
 何やら納得している信者たちに、司が追いうちをかける。
「サバイバルは、もっと火起こしとか食材を確保したりと、寝る事以外にも沢山すべきことが多いと思うんだよ」
 ただのキャンプならばガスコンロや食材を持ち込めばいいかもしれない。
「寝袋で寝る事だけで、何処でも生活が出来るという考えは間違っている、そうとは思わないかな?」
 それが長期的になれば寝袋で眠れるようになるだけで生きていけるわけではないと、司は語っていく。
「寝袋で寝ていたら、確かにどこでも寝袋には。寝られるかも知れません……ですが、実際のサバイバルは、快適な家の中ではなく、過酷な自然の中です……」
「寝袋で寝ると、いざと言う時にサバイバルで便利だと仰っていますけど、実際のサバイバルでは、雨風の襲う中での就寝になるのですよ」
 綾奈とウィルもサバイバルについての話に加わる。
「雨風が容赦なく降り注ぎ、どんな猛暑、どんな寒冷な環境でも、サバイバルはしなければなりません」
「ですから、貴方達は家の中で寝袋で寝るだけでは、完全にサバイバルに適合出来ている訳では無いのです」
「つまり、貴方達が家の中で寝袋を寝るのは、実際のサバイバルでは役に立たない、のです」
「くっ」
「俺たちの考えが甘かったのか……」
「寝袋で寝たいなら、雨風の荒れる中で外で寝てみてはどうでしょうか? それが出来なければ、諦めて普通の布団に寝るべきだと思います」
「流石に、雨にうたれながら寝られる自身は……ない」
「そうそう、無理して普段からサバイバル訓練せずとも、寝るときくらいは普通の布団やベッドで寝るのが良いと思うよ」
 正気に戻った信者数名が去っていくのをケルベロスたちは見送った。


 説得をするも、眠そうにしている信者たちに手ごたえがあまり感じられない。
 どうしたものかと悩んでいると、ビルシャナが笑い出した。
「眠くした相手に長々と話していても聞くわけがなかろう? キャンプの事であれほど興味を示す奴が居たのは、少々誤算だったがな」
「時間切れですね」
 悔しそうに唇を噛むウィル。
「さぁ、行きますよ夢幻。サポートは、任せますね……!」
 綾奈が相棒のウイングキャットへと声をかける。
 こうしてビルシャナが割り込んできてはもう説得は無理だろう。ケルベロスたちは諦めて武器を構えた。
「信者たちよ! 教義の為、一緒に戦おうじゃないか」
「眠気が限界だったのか、信者たち寝ちゃってるわよ」
 琉音がそう指摘すると、ビルシャナが頭を抱えた。
「しまったあああ!」
「マヌケですね」
「うるさい! こうなったら、信者を盾にしつつ戦うしか!」
 ルピナスの言葉に逆上したビルシャナがとんでもないことを口走る。
「自分の、信者……なのに」
 綾奈は酷いと非難の視線を向ける。
「ここから逃げ切れば、信者などいくらでもっ!」
「逃がすとでも?」
 ケルベロスたちは一斉に動き出すと、ビルシャナより先に眠る信者を抱え、安全な場所へと下ろす。
「このナイフをご覧ください、貴方のトラウマを映してあげます」
「この神速の突きを……見切れますか?」
 信者の安全を確保し終え、ルピナスと綾奈がビルシャナへと攻撃を開始する。『夢幻』は上空で羽ばたき、支援を始めていた。琉音のボクスドラゴン『黒影』も指示を受け支援へと回る。
「まずはその動きを、封じさせてもらうよ!」
 琉音の蹴りを受けビルシャナが地面を転がる。
「水晶の炎よ、煌びやかに輝き、敵を切り刻みなさい!」
 ウィルのネクロオーブ『叡智の珠の雫』から炎が迸りビルシャナを切り刻んでいく。
「美しい薔薇の舞を、キミにも見せてあげるよ」
 フェアリーレイピアから放たれる、司の華麗な剣戟に幻の薔薇が辺りを舞う。
「私の声で眠ってしまえ!」
「何……? 急に、眠気が……」
 ビルシャナの声を聞いた途端、綾奈たちは急激な眠気に襲われる。
 先程の信者たちの反応もこの攻撃の影響だったのだろう。信者たちは眠ってしまったが、ケルベロスにとってこの程度、耐えられないほどではない。
「くっ!? これでもダメなのかっ」
「大地に眠りし死霊達よ、皆を助けてあげてね!」
 ビルシャナが悔しそうにする中、琉音によってすぐに眠気は治療される。
「オウガメタルよ、私に、力を貸して下さい……!」
 綾奈の繰り出した拳がビルシャナの腹部にめり込む。
「ぐ……はっ!」
「この薬品は少々危険ですが、こういう使い方も出来ますよ」
 ウィルが緑色と紫色の薬品が入った2本の試験管を取り出す。ビルシャナ目掛けてその試験管を投げると、当たった衝撃で試験管が割れ薬品が合成されると爆発と身体を痺れさせるガスが巻き起こった。
「僕のこの剣技を、避けられるかな?」
 司の振りかざしたレイピアから放たれた衝撃波が爆発で生じた煙とガスごと、ビルシャナを切り裂いた。
 衝撃波を受け宙を舞うビルシャナの体。
「無限の剣よ、我が意思に従い、敵を切り刻みなさい!」
 詠唱が終わるとルピナスの周りに生み出される無数のエナジー状の剣。ルピナスの合図で剣たちが総攻撃を開始する。その嵐の様な斬撃に、ビルシャナの体は地面へと落ちる前に塵へと変わった。


 片付けを終えると残ったのはビルシャナが用意した寝袋の山。
「寝袋が沢山残っているね、何処かに片付けに行かないと」
 琉音が寝袋の山を見てどうしたものかと、考え込む。
「町内会にでも寄付したらどうでしょう?」
 暫し皆で考えていると、ウィルが口を開いた。
「町内会?」
「ええ。寝袋でしたら災害時に役に立つでしょうし」
「お、それいいね」
 処分してしまうよりは何か役に立てた方がいい。司が賛成する。
「それが一番でしょうね」
 ケルベロスたちは寝袋を町内会へと届けると、本部へと帰還した。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月20日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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