笑いを乞うひと

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 しとしとと小雨が降る中、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は川沿いの桜並木を歩いていた。手にしているのは五分前にコンビニエンスストアで購入したビニール傘。
「春雨じゃ、濡れてまいろう……とはいかんわな。クリーニング代だって安くないんだし」
 などと呟いていると、聞き慣れぬ声が背中にぶつけられた。
「櫟・千梨だね?」
(「あー。これ、めんどくさい展開になるやつだわー」)
 確信に近い予感を抱きながら、千梨は足を止めて振り返った。
 そして、すぐに後悔した。『振り返らずにダッシュして逃げる』という選択肢を取らなかったことを。
 予感に違わず、そこにいたのが『めんどくさい展開』を呼び込むであろう存在だったからだ。
 有角にして有翼にして有尾のサキュバスのごとき姿をした美男子。
 雨に濡れることなど気にしていないのか、傘は持っていない。
 その代わり、日本刀を持っている。
「櫟・千梨だね?」
「うんにゃ」
 男が再び問いかけると、千梨は即座にかぶりを振った。
「今の俺はもう千梨じゃない。大名跡を襲名したからな」
「そう、それだ!」
 男は千梨に指を突きつけた。満面の笑みを浮かべている。
「その反応こそ、私が求めているものだ!」
「ごめん。ちょっと、なに言ってるか判らない……」
 さすがの千梨も鼻白んだが、彼の言葉など聞こえないような顔をして(この反応は求めていたものではなかったらしい)男は語り出した。
「私の名は『色重ねの薔薇(そうび)』だ」
「べつに名前なんか訊いてないんだけど……」
「『そうび』は『薔薇』と書く。『荘厳な美』のほうの『壮美』ではなくてね。まあ、その字が相応しいほどに完璧な美貌を有しているのだが」
「わー。そういうこと、自分で言っちゃうタイプか」
「私はこの完璧な美貌で誰をも虜にしてきた……と、言いたいところだが、完璧であるがために却って敬遠されることも屡々あった」
「いや、敬遠されてる理由は他にあるんじゃないかな」
「故に欲しいのだよ。君の持つ愛嬌というか滑稽さというか……ようは三枚目的な気質がね」
「失礼なことを言ってるという自覚はある?」
「それを得た時、私は完璧を越え、より完璧な存在になるだろう」
 千梨の言葉をことごとく無視して、色重ねの薔薇は刀を抜き放ち、鞘を投げ捨てた。無造作に。それでいて、優美な仕種で。
「先に言っておこう。『私を完璧にしてくれて、ありがとう』と……」
「俺も先に言っておきたいことがいろいろあるけど――」
 千梨はビニール傘を投げ捨て、得物を構えた。無造作に。『三枚目気質』なるものをありありと感じさせる動きで。
「――なんか、もうめんどくせーわ」

●ザイフリートかく語りき
「岐阜県多治見市で千梨がデウスエクスに襲われる」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前でヘリオライダーのザイフリートが予知を告げた。
「千梨に警告しようとしたのだが、連絡が取れなかった。よって、今からヘリオンで援護に向かう」
 くるりと反転し、ヘリオンに向かって歩き出すザイフリート。
 その後に続くケルベロスたち。
「千梨を襲うのは『色重ねの薔薇』なるドリームイーターだ」
 歩きながら、ザイフリートは敵について語り出した。
「そやつは、千梨の持つ滑稽さというか愛嬌というか……ようは三枚目的な気質を求めているらしい」
『失礼なことを言ってるという自覚はある?』という思いをケルベロスたちはザイフリートの背中に投げかけてみたが、当然のことながら、気付いてもらえなかった。
「求めているからには欠落しているのだろう。実際、薔薇の容貌は三枚目には程遠い。しかし、当人は真面目に振る舞っているつもりなのかもしれんが、浮き世離れした滑稽さが言動に滲んでいるな。おまけにその自覚がないと来ている」
『今まさにそういうタイプが目の前にいるんだが』『王子こそ、自覚してよ』『自己紹介ですか?』などと心の中でツッコミを入れてる間に一行はヘリオンの前に到着した。
「心して臨め」
 ザイフリートが振り返り、ケルベロスたちに喝を飛ばした。
「千梨の命は貴様たちにかかっているのだ!」


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)

■リプレイ

●NO COUNTRY FOR OWARAI MEN
 小雨に煙る桜並木で二人の男が対峙していた。
 自らを完璧な美貌の持ち主と信じて疑わないドリームイーター――色重ねの薔薇(そうび)。
 彼に三枚目的な気質の持ち主と認定されたケルベロス――櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)。
「なんか、もうめんどくせーわ」
 そう言って、千梨が無造作にビニール傘を投げ捨てた瞬間、水溜まりだらけの地面が激しく揺れ、盛大な水飛沫が上がった。
 雨空を横切るヘリオンから十数人のケルベロスが降下してきたのだ。
 デウスエクスに襲われた者のもとに仲間たちが駆けつけるという、おなじみのシチュエーション。マンネリと言わば言え。予定調和と嗤うのもいいだろう。だが、戦友を想うケルベロスたちの熱い叫びを聞けば、そんな冷笑的な感想など吹き飛ぶはずだ。
「千梨さんに手を出すニャン!」
 訂正。吹き飛ばないかもしれない。
 その叫びを発したのはレプリカントのジェミ・ニア(星喰・e23256)。語尾に『ニャン』をつけるだけでなく、頭に猫耳を装着している。TPOをわきまえていない(どころか、TPOに対して全力で喧嘩を売っている)こと極まりないが、彼だけを責めることはできないだろう。
 シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)と人派ドラゴニアンのカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)もまた猫耳を装着しているのだから。
 それに加えて、本物の猫たちまでもが何匹も並んでいる。アトリ・セトリが防具特徴の『動物の友』を用いて集めたのだ。
「……なぜに猫?」
 猫耳をつけた仲間(と、猫の群れ)を見つめて、ぽつりと疑問を漏らす千梨。
 レプリカントのエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)がそれに答えた。
「あの敵は愛嬌や滑稽さや三枚目的な気質を求めていると聞きましたニャン。愛敬とハ、にゃんこのことと見つけたりニャン」
 語尾に『ニャン』をつけているものの、ジェミたちと違って、猫耳は装着していない。
 繰り返す。猫耳『は』装着していない。
 その代わり――、
「今日の俺は虎猫サンでお送りしておりますニャ」
 ――虎猫の着ぐるみを纏っている。
 もう一人、場違いな衣装に身を包んでいる者がいた。
 あかりだ。
 前述したように猫耳を装着しているのだが、それだけではインパクト不足とでも思ったのか、白いチュチュを身に着けている。
「千梨さん! 新しい衣装だニャン!」
 同じデザインのチュチュをあかりは投げた。
 反射的にそれを受け取ってしまう千梨。
「……」
 手の中のチュチュを無言で見つめる彼の心境を書き表すことなどできようもない。自分を助けに来てくれたはずの少女からチュチュを渡された男の気持ちを理解できる者がいるとすれば、それは自分を助けに来てくれたはずの少女からチュチュを渡された男だけだから。
 しかし、すべてのケルベロスが場違いな格好をしているわけではなかった。
 たとえば、エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は猫耳も着ぐるみも身に着けていない。頭髪から獣の耳が覗いているが、それは彼女が馬のウェアライダーだからだ。ちなみに普段な獣人型でいることが多いのだが、今日は人型である。
 なんにせよ、彼女は他の者たちよりもまともに見えた。ただし――、
「愛嬌という点なら、お馬さんも負けていませんひひゃん」
 ――語尾を無視すればの話だが。
「真正面から見るお馬さんのつぶらな瞳はとても愛くるしいですのよひひゃん。お耳がピコピコ揺れる様も萌え死ぬこと必至ですひひゃん」
 実際に耳をピコピコと動かしてみせるエニーケ。可愛らしいが、いろいろと間違っている。
 そんなふざけた面子の中にあって、サキュバスのウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)だけは真剣だった。
 間違いなく真剣だった。
 その真剣さを疑う者がいたとしても、九尾扇を手にして百戦百識陣を発動させる彼の勇姿を見れば、自らの不明を恥じることだろう。
 彼の言葉を聞けば、疑いが再燃するかもしれないが。
「飛び立つ鳩のラインダンスの陣!」
「いや、どんな陣だよ?」
 と、ツッコミを入れる千梨に応じるかのように、サキュバスのナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)が行動に出た。
 ウォーレンの『飛び立つ鳩のラインダンスの陣』に合わせて、踊り始めたのである。
「初見では著しくキャラ被りしているような気がしたが――」
 踊りながら、薔薇に目をやるナザク。
「――じっくり見ると、そうでもないな」
 ラインダンスなので、一人では成立しない。エニーケも、ジェミも、エトヴァも、あかりも(チュチュを着てきたのは踊るためだったらしい)、そして、レヴィン・ペイルライダーも踊っていた。レヴィンは『隣人力を使えば、こっそりラインダンスに混じってもバレないだろう』などと考えていたのだが、隣人力というのは存在感を消す能力ではないので、普通に目立っている。
「戦場でラインダンスに興じるような奴が持っているのは隣人力ではなく、変人力じゃないか……」
 ぼそぼそと呟く千梨。目が死んでいる。
 一方、ウォーレンの目は輝いていた。
「この『飛び立つ鳩のラインダンスの陣』はいまだかつて破られたことがないんだよ」
「おおう!? すげー!」
 と、歓声をあげたのは尾方・広喜。
 彼を感動させたウォーレンの言葉に嘘はない。『飛び立つ鳩のラインダンスの陣』は負け知らずの陣形なのである。
 披露したのは今日が初めてなのだから。
「だが、『飛び立つ鳩』の要素がどこにもないぞ」
「ほな、俺が飛ばしたるわ」
 ナザクが指摘すると、美津羽・光流がどこからともなく鳩を取り出し、空に解き放った。
「僕も飛びますニャン」
 なにを思ったのか、カルナまでもが翼を広げて舞い上がった。これが現実ではなく、小説形式のフィクションだったなら、この辺りで書き手は各キャラの無軌道振りについていけなくなり、『もう好きにしろや』と自暴自棄になっているかもしれない。だとしても、どうか彼もしくは彼女を責めないでほしい。一生懸命、ついていこうとしていたのだ。
「あなたは美貌が御自慢らしいですニャン」
 気取った仕草で髪をかきあげながら、カルナは眼下の薔薇を挑発した。
「しかし、真に美しき者ならば、空くらい飛べなくてはいけませんニャン。飛べないドリームイーターはただのドリームイーターですニャン」
 それに対して薔薇は反応を示さなかったが――、
「……」
 ――なぜか、無関係なはずのナザクが複雑な顔をしてカルナを見上げている。踊り続けながら。
 それに気付くことなく、今度はあかりが薔薇を挑発した。踊り続けながら。
「美貌と個性が渦巻きすぎるケルベロス界において、ただの美形なんぞ没個性にも程があるニャン。そんな輩はおととい来るがいいニャン」
「その点、千梨さんは違うよ」
 と、ウォーレンが言った。
「もう個性的とかいうレベルじゃない。リアクション芸とか本当に凄いんだから。ダメージを受けたら、鳩が出てきたりするんだよ」
「いや、出ないから」
 被せ気味に千梨が否定したが、誰の耳にも届かなかった。
 あかりが更に大声を被せてきたからだ。踊り続けながら。
「そうニャ! リアクション芸ができない輩はおととい来るがいいニャン!」
「言っておくが――」
 ナザクがカルナから薔薇に視線を移した。踊り続けながら。
「――千梨と同レベルになるのは容易なことじゃないぞ。三枚目気質というのは付け焼刃で身につけられるものではない。そう、千梨も陰で血の滲むような努力をしているんだ」
「してない」
 と、またも被せ気味に否定する千梨であったが、今度はジェミに被せられた。
「そもそも、そうちゃんはアプローチの仕方が間違ってるニャン!」
『そうちゃん』とは薔薇のことらしい。
「千梨さんから愛嬌とかを学びたいのニャら、こんニャ辻斬りめいた暴力的な手段を使ってはいけニャいニャン。食パンを齧りニャがら『遅刻、遅刻ぅ!』とダッシュしたりして、お近づきにニャるべきだニャン」
「いや、あんなのが食パン齧りながらぶつかってきたら、俺のほうが暴力的な手段に訴えるわ」
 千梨はジェミの提案を却下し、仲間たちを改めて見回した。
 そして、実に控え目な願いを告げた。
「助けに来てくれたのは非常にありがたいんだが……敵に合わせて、俺を三枚目や色物みたいに扱うのはやめてくれないかな」
「無理ですニャン」
 と、カルナが速答した。空中で踊り始めながら。
「千梨さんから三枚目の要素を抜いたら、なにが残るというのですニャン?」
「カレーライスからカレーとライスを抜くようなものですニャン」
 と、エトヴァが言った。踊り続けながら。
「あ? 福神漬けが残るニャン」
 と、あかりが言った。踊り続けながら。
「でも、今日の千梨さんはちょっと冴えませんひひゃん。さっきからずっとツッコミ役ばかりやってますひひゃん」
 と、エニーケが言った。踊り続けながら。
(「いや、おまえらが好き放題やってるもんだから、必然的に俺がツッコミ役になってしまうんだけど……」)
 と、千梨が心の中で言った。踊ってはいない。
「まあ、いいか」
 千梨は気を取り直し、得物を構え直した。
 そして、薔薇に攻撃を――、
「すぐに戻る。待っていてくれ」
 ――仕掛けるかと思いきや、その場から離れた。
 投げ捨てたビニール傘を拾うために。
 シリアスな戦闘シーンに移行する前の軽いくすぐり。これが現実ではなく、小説形式のフィクションならば、読み手がクスッと笑うところだ(そう信じたい)。三枚目コミックリリーフの面目躍如である。
 しかし、そのくすぐりは阻まれた。
 千梨より先に玉榮・陣内が傘を拾い、我が物顔で使用していたのだ。
 しかも、戦いに加わる気配はない。傘で雨を防ぎながら、友人の月杜・イサギと美術談義に花を咲かせている。
 二人の横ではシャルフィン・レヴェルスが所在なげに立ち尽くし、更にその横ではピジョン・ブラッドがオルトロスのイヌマルと戯れていた。イヌマルの主人のヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)もいるが、この男について特筆すべきことはなにもない。
 そんな愉快な面々を前にして、千梨は――、
「おまえら……なにしに来たの?」
 ――再びツッコミ役に戻ってしまうのだった。

●A SERIOUS IKEMEN
 イッパイアッテナ・ルドルフのグラビティを食らい、薔薇がよろめいた。
「えー!? 章またぎで戦闘シーンがばっさりカットされてるぅ!」
 ヴァオが目を剥いてなにやら叫んだが、当の薔薇は涼しげな顔をしている。三十分以上も戦い続け、満身創痍となっているにもかかわらず。
「ありがとう」
 ケルベロスたちに向かって、傷だらけの薔薇は優雅に頭を下げた。
「君たちのおかげで呑み込めたよ」
「なにが呑み込めたの?」
 尋ねながら、ウォーレンがチェーンソー斬りを見舞った。
 それを受けて、薔薇は叫んだ。
 悲鳴でも苦鳴でもない。
 擬音だ。
「ばさばさばさ!」
「えーっと……それは……」
 当惑しつつ、ドラゴニックミラージュを放つあかり。
「……鳥が飛び立った音ニャン?」
「そのとおり。『鳩を出せ』だの『リアクション芸を見せろ』という君たちのアドバイスを実践し、三枚目っぽく振る舞ってみたんだよ。より魅力的になっただろう?」
「いや、べつにアドバイスしたつもりはな……」
「一昨日に改めてお訪ねいただきたく存じます!」
 戸惑いから脱し切れずにいるあかりに咆哮をぶつけて(彼女が何度か口にした『おととい来るがいいニャン』というフレーズを真似たつもりなのだろう)、薔薇は地を蹴り、飛翔した。
 もちろん、この場合の『飛翔』とは比喩であり、高くジャンプしたに過ぎない。
 にもかかわらず、薔薇は飾り物の翼を激しく動かしていた。
「『空を飛べ』というアドバイスも実践してみたよ」
「それは飛んでるんじゃなくて――」
 本当に飛翔しているカルナが急降下し、フォーチュンスターを放った。
「――ただジャンプしてるだけですニャン」
 蹴り落とされ、地面に転がる薔薇。
 同時に奇妙なビートが響き、彼の体と心を打ち据えた。
 ナザクがグラビティ『Dis Beat Distorted』を発動させたのだ。容赦のない攻撃ではあるが、彼の中には薔薇への親近感のようなものが芽生えていた。
(「飛べぬ身だという自覚がありながらも、翼をはばたかせずにはいられない想い……判る。判るぞ」)
 実はこのサキュバス、飛行できる種族に対して少しばかり劣等感を抱いているのである。
 一方、劣等感というものに縁のないであろう薔薇は――、
「ふふっ。まだまだこれからだよ」
 ――なにごともなかったかのように立ち上がると、懲りずにまたアドバイスを実践に移した。
「いっけなーい! 遅刻、遅刻ぅ!」
 片手を口にやり、パンを囓る小芝居を披露しつつ、反対の手で刀を振り下ろす。
 その斬撃を浴びたのは、『遅刻、遅刻ぅ』のアドバイスをしたジェミだった。
「ニャるほど。確かにいろいろと呑み込んだようですニャン。でも――」
 ジェミが手にしている白銀のフェアリーレイピアの切っ先から花の嵐が放たれた。
「――食パンを手で保持するのは感心しませんニャ。口にくわえて走るのが正しい作法ですニャ」
「いや、それはおかしい」
 グラビティの花吹雪を正面から堂々と受けながら(自分をより美しく見せるための演出だとでも思っているのかもしれない)薔薇は異を唱えた。
「口にくわえたままでは『遅刻、遅刻ぅ』と言えないじゃないか」
 もっともな意見である。世の遅刻少女たちはパンをくわえた状態でいかにして『遅刻、遅刻ぅ』と言っているのか? これは『フィクション』や『お約束』という言葉で逃げることなく、しっかりと向き合い、納得できる答えが出るまで考察すべき問題だ。
 きっと、ケルベロスたちもそう思っているだろう。間違いなく。
「フィクションのお約束にツッコミを入れるのは野暮の極みですひひゃん!」
 いや、間違いだった。
 声の主であるエニーケは薔薇めがけて『ランゲンカップ』を連射している。それは『ガトリングノヴァ』という名のグラビティなのだが、『ランゲンカップ』の外見はマスケット銃であり、ガトリング銃には程遠い。その点を少しでも補うためか、エニーケは銃を手元で回転させていた。円環を描くマズルフラッシュによって、遠目にはガトリング銃のように見えなくもない……かもしれない。
「かなり利いてますひひゃん」
「そうですニャ。足元がふらついていますニャン」
 エニーケの言葉に頷きながら、エトヴァが『Doppelgaenger』で追撃した。それは彼のオリジナルグラビティなのだが、詳細を語るだけの字数はない。
「皆が自由すぎるもんだから、地の文が壊れてきたじゃないか」
 と、千梨がわけの判らぬことを言ってる間に、詳細を語る余裕のないグラビティによって薔薇は更なるダメージを受けた。肉体的にはもう限界だろう。
 しかし、精神的には余裕があるようだ。
 その証拠に――、
「ふらついてなどいないニャンひゃん。君たちを真似て、踊っているだけニャンひひゃん」
 ――語尾に『ニャン』と『ひひゃん』をつけ始めた。この期に及んでもまだ三枚目の要素を手に入れるつもりでいるらしい。
 だが、その熱意(?)に胸を打たれるようなケルベロスではない。
「『ニャンひひゃん』って、なんですかひひゃん! どちからに絞りなさいひひゃん!」
「それに踊るだけではダメですニャ。猫耳も必須ですニャン」
「あと、チュチュも忘れちゃいけないニャン」
 エニーケが、エトヴァが、あかりが続けざまにダメ出しをした。若手俳優の心を折る演出家のように。
「そこまで言うなら、奴の分の猫耳やチュチュも用意してやれよ……」
 そう呟く千梨にあかりがスマートフォンを向けた。
「とどめは任せるニャン、千梨さん! もちろん、録画の準備もばっちりニャ!」
「せっかくだから、カッコいい台詞で決めてくださいニャン」
 カルナが澄まし顔で注文をつけた。
「録画とかカッコいい台詞とか……めんどくさい敵に絡まれたと思ったら、実は味方のほうがめんどくさかったという流れか……」
 溜息を一つついて、薔薇に近付いていく千梨。
 すると、薔薇は刀を捨て去り、懐中からメモとペンを取り出した。『カッコいい台詞』とやらをしたためるつもりらしい。どこまでも研究熱心な男である。
(「やっぱり、こいつもめんどくさいな」)
 そんなことを思いながらも、千梨は薔薇に語り始めた。
「薔薇よ。俺たちは誰しも完璧な存在ではない。だが……いや、だからこそ、互いに支え、補い合い、強くなれるんだ。この戦いが良い例だろう。これだけの連中に囲まれたおかげで――」
 自由すぎる仲間たちをぐるりと指す。
「――俺はツッコミ役をやり通すことができた」
「……」
「というよりも、やらざるをえなかったんだが……」
「……」
「聞いてるか、薔薇?」
「……あ、ごめんニャンひひゃん。メモするのが追いつかなかったから、『いや、だからこそ』のあたりから言い直してくれるニャンひひゃん?」
「やなこった」
 オチを聞き逃すという大罪を犯したデウスエクスにハウリングフィストを叩きつける千梨であった。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 6
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