星移る

作者:黒塚婁

●星移る
 天を見上げて、過ぎゆく日々を思う。
 公式に刻みつけられていくのは歴史は戦いばかりなれど、一瞬一瞬、誰かが笑い、泣いた刻がある。
 時間というのは全てを薙ぎ消していく現象の連続だけど、だからこそ、大切にしたい――そんなことを思える歳になったのだと話したら、周りの大人からは「昔から殆ど無かった可愛げが、全く無くなったな」という、大変有り難いお言葉をいただいたのだった。

●刻を封じる魔法
「時間を閉じ込めたい……といったら、どんな魔法を想像する?」
 帽子の鍔をくいを持ち上げ、レオン・ネムフィリア(オラトリオの鹵獲術士・en0022)は微笑をケルベロス達へと向けた。
「残念ながら、魔法じゃない――砂時計を作れる工房を見つけた」
 彼はゆっくりと瞳を瞬かせると、興味はあるか、と尋ねた。
 その工房は普段は希望者とカウンセリングをして、オリジナルの砂時計を作っているのだが、オーダーの発展として、手ずから作れるよう指導してくれることもあるらしい。
 ということで、早速申し込んで了承を得てきたんだ、とレオンは言う。
 素材も、様々な器、装飾、砂の色――大体の望みは叶うよう準備してくれる。
「大掛かりな仕掛けモノでも問題ないらしい。ただ、組み立てる難易度は高いかもしれないな……」
 勿論、更に何かを持ち込んで飾り付けたりすることもできるはずだ――ケルベロスへ、一枚の白紙を手渡しながら、レオンは説明を続ける。
「此処に希望を書いてくれれば、俺が素材を手配しておく。……流石に、費用は後で払って貰うが、折角だから拘りの一品を作ってみてはどうだ?」
 費用のくだりを冗談めかして告げながら、レオンは軽く片目を瞑る。
 なお、作業の際は工房に向かうのではなく、ゆったりと落ち着いた空間で作業出来るよう、場所も押さえているらしい。
 何人向かうことになるのかは解らないが、流石に工房は狭いだろう――というわけで派手に準備をしたから、是非来てくれ、と彼は小さく笑う。
「俺もオラトリオにとして時というものには特別な思い入れがある……ああ、作り出した砂時計にはなんの力もないだろうが――こういうのも、魔法みたいで楽しいだろう?」


■リプレイ


 さて、テーブルについて材料を前に、真剣な眼差しを向ける男がふたり。
「時を閉じ込める……僕達には中々に高度な魔法でしょうか」
 声音は落ち着いているが、景臣の面持ちは深刻である。たぶん、過去のあれこれを思い出している。
 対面、微笑を湛えながら、ゼレフが薄い硝子を軽くつついた。ちょっと力を掛けただけで、ぱりんと砕けてしまいそうだ。
「うん、僕らにゃなかなか難易度高めだねぇ」
「……不器用同士、最善を尽くさねば」
 不器用を自負している二人は互いに笑いあう。
 ――繊細な輝きの数々をうっかり台無しにしないよう、ゼレフは先に深呼吸して、向き合う。
 細心の注意を払いながら、黒い砂を入れていく。がさつに扱えば砂が外に零れてしまうので、どうしても硝子を支えねばならぬ。しかも、折角考えた仕込みが台無しになっても哀しい。
 神妙な表情で作業している相棒を見やる暇は、双方無かった。
 景臣の作業は佳境に入ったようで、笑みすら消していた。白銀の枠に、白い砂を注いだ丸みを帯びた薄い硝子を固定すると、白銀の蔦で固定する。少々不格好なのは愛嬌だ。
 最後にカモミールのアーティフィシャルフラワーを添えれば、完成だ。
 確かめるように掌で覆うと、砂が淡く光る。
 ほう、と吐息が聞こえて顔を上げると、ゼレフが左目を丸くし驚いていた。
「ほほう洒落てるねえ……というか、腕を上げたね」
 ふふ、と笑う景臣は得意げに。けど僕も負けていないと彼は言うと――円筒型の、黒い砂が詰まった砂時計を、ゆっくりとひっくり返して見せた。
 一匙の銀砂がアクセントのシンプルな砂時計と見せかけ、徐々に砂が落ちていけば、底面に根付いた硝子の花が顔を出す。
 わ、と景臣も目を瞬かせた。
「どうさ、ちょっと手品っぽいだろう」
「ゼレフさんは人を驚かせる天才です」
 素直な感嘆に、ゼレフは誇らしげな、穏やかな笑みを向ける。無言の束の間、砂が落ちていく時間は僅かなものだけれど、確かに時間の経過を、共に刻んでいる。
 レンズの向こうの菫青石を細めて景臣が囁く。
「この歳にもなると過去にばかり思いを馳せてしまいそうだけれど――貴方が傍にいると新たな時を迎えるのが楽しくなる……ふふ、不思議でしょう?」
 視線を受けたゼレフは、深く頷く。
「そうだね……忘れたり、置いてきたりしてばかりだったけど。全部持って先に往くのも悪くないかもって思うよ」
 死を感じたこと、大切な物を失ったこと――出会う前、出会った後、様々なことがあったけれど。まだ、この先も。


 砂時計、時計ねぇ――サイガはテーブルに肘つき、揃った材料を眺めて呟く。
「オシゴト以外で使い時もねえし、時計なんざまともに持ったことなかったが」
 それを聞き咎めたのは、目の前のティアンだ。茫洋とした灰の双眸が、何となくサイガの顔を見つめて問う。
「……前あげた腕時計は数に入っていない?」
「……んん? 失くしちゃいねーよ。どっかで動いてる」
「そう。忘れてないならいい」
 使わないだけ、失くしてはいない――そういう性格なのも知っていれば、別に腹は立たぬ。
 彼女はこくり頷いて、作り始めていた砂を見つめる。
 碧と青と黝色の砂を重ねていく。単純な作業だが、時間の範囲内、美味い案配に重ねる調整が案外難しい。
 それでも、つい気になってティアンはあちらの手元を見てしまう。
 サイガは思ったよりも集中し、黙々と手を動かしている。藍から、黒の砂浜のようにグラデーションさせ、所々に砂金を混じらせる。
 見つめた儘、ティアンは不意に問うた。
「サイガはどんな時間を閉じ込めるの」
「あ? なんだ突然」
 サイガは殆ど顔も上げず、零れた砂を集めながら問い掛けに応じる。
「さあー……閉じ込めるほど余ってもねえしなあ」
 ほぼ完成した砂時計に視線を落とし、曖昧に呟く。
 ――こいつを持ち帰った後ひっくり返すことがあるかどうかも怪しい。
 特に意識したモチーフは無い。強いて言うなら、夜空。
(「この中にあるのはいつかの夜なのかもしれないが――俺が触れられるのはいつだって今であり」)
 茫洋と考えながら、答えを紡ぐ。
「今日ってことでいいんじゃねえの」
「今日の夜か」
 そう、今日。繰り返される解に、目を半ば伏せてティアンは訝しむ。
「……なんだか訊かれてから答えを考えた感じもするが――まあいい」
 やはり、そういうひとだと知っているから。
(「自然の経過で薄れる記憶は、忘れることを望まれてるのではないか――いつ交わした言葉だったか」)
 本人が覚えているのかすら怪しい。
 そんな彼女の眼差しに何かを思ったのだろうか、それとも気紛れか。
「じゃあアンタっぽくしねえと忘れるな」
 嘯き、一摘み分の白を黒い砂の上に置いたサイガへ、ティアンは――親しい者に解る程度に微かな、柔らかな表情を見せると。
「じゃあこっちはサイガな」
 鉄灰色の砂を自身の器へ一摘み載せると、余った鉄灰色を、そっと彼のスペースへと寄せた。相手が気付いたかどうか――しかしきっと。それはいずれ夜空に混ざるだろう。


「砂時計作りとは趣があるねぇ。ゆっくり時が流れていくのを眺めるのも、悪くないよね」
 素材を揃えながら勇が告げれば、せやな、絢人が真鍮の台座を手にしながら、頷く。
「たまにはこういう物作りもええモンや」
 うろうろと歩くロアの傍らには、和真が静かに寄り添っている。
「時間を閉じ込める……かぁ――家出して紬猫のウロに来て――沢山出来た友達との楽しすぎる想い出とか、閉じ込めたいなぁ」
 ロアの言葉に、そうですね、と穏やかに彼が応じる、いつもの光景をじっと見つめながら、勇は「さて、どうしようかな」と呟く。
 既に傍らで絢人は作業に入っている。鼻歌交じり、迷うこと無く組み上げていく。
 誘われるように勇も選んだ素材を向き合う内に――気付けば、作業に没頭していた。組み上がった作品を見つめて、満足げに笑う。
「良いね、何だかいつもより長く時が流れてるみたい」
「できた!」
 同じくロアも組み上げたらしい。威勢良く皆に向けて声をかけてきた。
 その手の中には、猫の模様に、うねる大樹の外観。大樹のウロには家の代わりに砂時計を填め、中の砂時計だけ回る。時刻む透明な砂の中には、『彼』がイメージした友達のシンボルチャームがたくさん混じる。しかし不思議と、時は正確に計れる自信作である。
「このトラ、虎ちゃんだぜ! 絢人? このたこ焼き。なんかそんなイメージ――黒猫二匹、大きい方がカズ、小さいのカズノスケ! 俺はこの白黒の翼だぜ、かっこいいだろ」
 おぉ……職人技だね、すごいや、と勇は目を丸くして、すぐに笑う。
「私はトラ? はは、がおー」
 威嚇ポーズを取った彼女と無邪気に応じる主へと、穏やかな笑顔を向けながら和真は深く頷く。
「大木のウロの中にある洋館を砂時計で表現とは面白い――ふふ、モチーフも可愛らしくて飾るだけで楽しい気分になれますね」
「カズもできただろ! 見せろ」
 などというロアに促され、彼がテーブルに砂時計を置く。
 和真がモチーフとしたのは、藍色の瞳の黒猫とその主人の冒険譚――夜の物語。かつてロアが幼い頃に読み聞かせたもの。
 チークの台座に、開いた本と寄り添う黒猫と。夜空の様な濃紺色の砂にラメを混ぜた砂を詰めた硝子が、本の頁から浮かび上がるように固定されている。星空の様に煌きながら時を刻む砂が、美しい。
 彼にとっては思い出のひとつと、主への思いを詰めた作品だ。
「カズのあの絵本か! すげぇ好きっ」
「カズさんのも綺麗だね。青色が落ち着くし、猫が可愛い。本がモチーフなんだ、面白いな」
 勇が感心しているところに、虎丸ちゃんのは、と絢人が片目を瞑りながら尋ねてくる。
 彼女の砂時計は、ライトブラウンの木枠と台座。小さな猫が硝子に寄り添う。砂の色は、深紅と藍――勇が返して見せれば、砂は決して交わらず、しかし寄り添うように流れていった。
「虎ちゃんの綺麗――色に何か意味があるの?」
「モチーフは、ヒミツ」
 えー気になるんだが、というロアの不平に勇はただ笑うだけだ。
「お、みんな猫がおるやん。ふふ、ロアにカズ君に虎丸ちゃん、みんな猫好きやとはいえ、期せずしてお揃いとは面白いな」
 皆の砂時計をゆっくりと一瞥していた絢人が、ふと『秘密』に気付いて目を細めた。深紅に藍、ロアと和真の瞳の色――然し、口には乗せず、ただ笑みを深める。
「虎丸さんは柔らかな色合いと合って素敵ですね――絢人さんは」
 和真の視線に応じて、絢人が披露した砂時計は、真鍮の台座の上、うっすら赤く色づいた硝子に金の混じった夕闇色の砂が詰まっている。モチーフは尋ねるまでもない、赤い硝子に零れる夕方の色――光の加減で、明るくも暗くも見え、如何にもインテリア向きの、落ち着いたデザインに仕上がっていた。
「絢人センスあるよなぁ」
「適当に作った様に見えてよく出来ている……絢人さんらしいですね」
 主従ふたりに褒められて、彼も満更でもない。
「絢人さん……んん、ハイセンスかよ。何かこう、大人の余裕を感じる――これ部屋にあったらお洒落だよね」
 ありがとさん、勇の褒め言葉に絢人は軽く首を捻る。
「褒めてもろて嬉しいけど、俺のも猫がおれば完璧やったな」
 笑い合う皆はまるでロアの作った砂時計のように――。


「時を閉じ込めて、自在に操れる魔法を作りに……ってね」
 少し気取った風にアンセルムが告げると、和希が本当に、と同意して笑う。
「良いじゃありませんか、ロマンチックで……!」
「小さなガラスの中の時を感じるって素敵ですよね」
 ええ、エルムが柔らかく微笑する。
「どうせ作るのならインテリアにも実用にもなるのが良いですね」
「砂時計ってサラーって落ちていくだけでもそこそこ見ていられますよねぇ」
 彼の言葉にこくこく頷き、いいもの作りたいですー、と環が意気込んだ。
 皆がテーブルに向き合うところを、アンセルムは暫く、じっと見つめた。
 和希が揃えてもらったのは、アンティーク調の装飾だった。砂は鮮やかな青に、少しだけ白を混ぜたもの。ただ、これは自分で混ぜてゆかねばならぬ。
「深い海、もしくは黎明の空……ですね」
 どんなイメージかと問われた時、和希はそう応じた。
 飾りは、一枚だけの鴉の羽根、支柱に纏わせるための枝葉飾り。そして小さな歯車。組み合わせを眺めてアンセルムは感心する。
「和希の砂時計はお洒落だね。その歯車飾り、ボクも付けてみようかな?」
 視線を移して、エルムの手元。
 深い蒼の砂とキラキラ光る白い砂を合わせるらしい。
「海の底をイメージしています」
 彼が示すように、土台も水面を意識して硝子だ。繊細な湾曲があるもので、如何にも海中を望むように。返せば、青の中、白い砂が静かに降り積もるマリンスノー。
「ウィスタリアのマリンスノーな砂時計もいいなあ……こういうのもできるんだ」
 さて、環は上半分がカラーガラスの入れ物に、青い砂。
 おや、とその取り合わせに彼は目を瞬かせた。
「環は……青? 何だか意外だね。環だと、何だかオレンジとか黄色ってイメージだったから」
「普段なら黄色系を選ぶけど――たまには、こういう色も良いかなって」
 環の朗らかな笑みに釣られて笑ったアンセルムが、ふむと頷く。
「何か思いついたんですかね?」
 楽しみで、灰色の耳が少し跳ねる。よし、彼の代わりに覗いてやろうと、その手元を見つめれば。
 瑠璃色に、黄色と薄青色を少しだけ入れた星空の砂時計――夜空の時計を回した時のため、ちょっと一工夫。
「ちょっと惑星ぽく見えるかも」
 アンセルムが簡単に組み上げた完成品のイメージに、感嘆の息を漏らしたのは、和希だった。
「こうしてみると、やっぱりみんな個性が出ますね。もちろん良い意味で……!」
 海に、空に。
 青のイメージが重なったのは、偶然か必然か。嬉しくて環の尾がゆらゆら揺れる。
「どの砂時計もみんならしさがあって、素敵すぎて見入っちゃいますねー見入りすぎて時間を忘れちゃいそう――……はっ、設定する時間忘れてましたー!」
 彼女の言葉に、そうだね、とアンセルムが思案する。
「完成したら皆と集まって、なにかお茶会とかできるぐらいかな」
 既に器へと砂を落とし込んでいたエルムが、僕は――と首を傾いで、二人へ告げる。
「時間は5分くらいにしておきました。お茶飲むのに丁度いいので。後でさっそくこれでお茶淹れてみようかなって思うんです」
「僕は5分にしました――それくらいがちょうど良いかな、程度の理由ですけど」
 何となく同じ時間になったことへ、和希が笑みに青い双眸を細めた。
 むーと、頬を膨らましたのは、環だ。自分の砂時計は、3分なのだ。
「カップ麺の3分じゃエルムさんの女子力に負けちゃいますー! ……あ、3分って紅茶のむらし時間にもなるんだ」
 じゃあいっか。あっけらかんと笑う環に釣られ、三人も笑った。


 木製の土台に座る黒猫が、静かに落ちる刻を見上げる回転式の砂時計。
 ラウルが指で優しく、くるりと天地を入れ替えれば、赤橙に珊瑚、朱――夕空に彩られた硝子粒が降る。
 猫の瞳は夕色。撫でるように愛でるように、それに優しく触れながら、ラウルが目を細めた。
「この黒猫、シズネに似てるよね」
 自分で作ったわけじゃないから、これは偶然。
「オレはそんなに大人しく出来ないぞ」
 シズネは明るく笑う。そんな彼の言葉が、本当は跳ねたくなるほど嬉しいのだが、つい曖昧と誤魔化してしまう。
 そんな彼が作った砂時計は気持ち傾いている。初心者用のシンプルなものなのに、生来のブキヨウさが強く影響を与えている。
 ただ、本人はとても満足そうだ――なにせ、中の砂は綺麗に仕上がった。
 濃い青と薄縹に混じる星色のキラキラが揺らめき、星空に穴が空いたみたいに、星が輝きながら落ちていく。
 自分で眺めていても、飽きないのだ。
「青と煌き帯びた星色の砂が綺麗だね――キラキラと零れ落ちる様子が、流れ星みたいで魅入ってしまうよ」
 だろ、と笑うシズネに、ラウルは微笑を向ける。
「俺達ってやっぱり互いを思わせる彩を選んでしまうね」
「……だな」
 互いの彩を選んでしまうのももう見慣れたもの――くすぐったいような感覚に、シズネは同意するだけで、言葉を巧く回せない。
 でもきっとちゃんと伝わっているのが、この結果なんだと思えば、嬉しくて堪らない。
「君が隣に居てくれると、穏やかな刻が幾度も巡る砂時計のように幸せや愉しさが何度も巡ってくる――そう思えるんだ」
 いつだって真っ直ぐなラウルの言葉に、少し目を伏せ、シズネは微笑んだ。寂寥では無い。ただ胸の裡深くまで染みこむ歓びは、そうしないと受け止めきれない。
「何度も巡って、そして終わる事なく刻が止まってしまえばいいのに――」
 空っぽになった星空を見て、そう想ってしまうんだ――囁く二人の間で、対の砂時計がさらさらと砂を落としていた。


「僕の作った砂時計はこれ」
 微笑と共に、ピジョンが先程作り上げた砂時計を、マヒナの前に置く。
 それは、白木の枠に収まったくびれた形の硝子の器。中には濃い灰色の砂がじっと澄ましている。ゆっくりとひっくり返せば、さらさらと砂が落ち始める――特に変わったところはない。
 彼は徐にその白木の枠を外す。姿を見せたのは黒いつややかな枠――その厚みの違う枠は、厚い方を下にして置くと、落ちた砂が重力に逆らって尖った。
 え、と驚いたマヒナに、ピジョンは片目を瞑り、種明かしをする。
「中の砂が砂鉄なんだ。これは底に磁石を仕込んであってね。砂時計の中の時間くらいなら、好きに変えてしまっても良いと思ってね」
「砂鉄で砂時計の中の時間を変える……面白い発想だね」
 しげしげと砂時計を見つめる彼女に、巧くいったとピジョンは満足そうに笑う。
「実用と遊び、どちらも大切にして欲しいと願いを込めてマヒナへ贈るね」
 ありがとう、微笑みを返したマヒナは、その隣に並ぶように自分の作った砂時計を置いた。
 星の砂が混じる、南の砂浜の砂で作った砂時計――黄金が輝くような、彼女らしい作品だ。
「ホシノスナってキレイだよね、小さな星みたいで……」
 金平糖のような形のそれを指さし、彼女は目を細める。
「ワタシの故郷にはホシノスナはなくて、ニホンに来て初めて見たの」
「そっか、マヒナのところには星の砂はなかったのか」
 ピジョンはゆっくりと頷きながら、この硝子の文字はどういう意味だい、と問い掛けた。
 木の枠に収まった湾曲硝子には、『Le‘a kulou a ka lawai‘a、ua malie』という言葉が刻まれていた。
「レア・クーロウ・ア・カ・ラヴァイア、ウア・マーリエ……ニホン語だと『今を楽しみなさい』って感じの意味になるかな、漁師の心の様子を表してるんだって」
 彼女の国の言葉。その不思議な響きに、へえ、と感心する。
「それなのに不思議とメッセージとよく合うね。漁師の心かぁ……そうだね、今も未来も楽しみたいな」
「どんな状況でも楽しむことを忘れないでと願いを込めて」
 ピジョンに贈るね、とマヒナが微笑む。二人の願いを切り取った砂時計は競うように――並ぶように砂を落としていた。

 様々な願いと想い、一瞬を閉じ込めた砂時計。
 大切な、しかし何気ないひとときを――きっと硝子の中の砂だけは忘れない。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月23日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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