イマジネイターの誕生日~ひかり揺らめく水の園

作者:猫目みなも

「水族館に行ってみたいですね」
 誕生日、何かやりたいことはないか――問われて、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はしばらく考えた後にそう答えた。
「僕、あれを通ってみたいんです。ほら、水族館の入口にあるという、水槽でできたトンネル」
 青い照明に照らされ、頭上や目の高さを色とりどりの魚が泳ぎ回る通路を行くのは、さながら海中を散歩するかのよう。その光景を、一度は直に体験してみたくて――と、そんな風にイマジネイターは片目を閉じた。
「勿論、他にも気になっている展示は色々あるんですよ? 各地の気候を模したエリアを回れば世界の水辺旅行気分を楽しめますし、イルカやペンギンのショーでは観客がステージをお手伝いするチャンスもあるそうですし、それと地下のフロアではクラゲの群れがライトアップと一緒に見られるそうで、これがとても幻想的な眺めと聞いて……」
 いつになく早口であれこれ見てみたいものを数え上げた後、はっと瞬いてイマジネイターはケルベロスたちに視線を戻す。
「す、すみません、僕ひとりで盛り上がってしまって。でも、見たいものがありすぎるのは本当ですし、どうせなら皆さんと一緒に行く方が、きっと沢山楽しめるかな……と、思いまして」
 良ければ、君も一緒にいかがですか? ――と。そう首を傾げるヘリオライダーは、確かな微笑みを浮かべていた。


■リプレイ

「ぼく、イルカさんやペンギンさんのショーが観てみたいのです。お手伝いもできたらいいなって……燈火は何か気になるものはありますか?」
 今にも駆け出しそうな足取りのかりんに問われ、燈火はひたりと足を止めた。正面に広がる青い空間が、透明なヘルメットの表面に映り込んで煌く。
「僕はこの水槽のトンネルが気になってたんですよ」
「……怖くは、ないですか?」
 まっすぐにこちらを見上げる少女の言葉に、燈火の首の上で地獄の炎がちりちりと音を立てた。この頭ですからね、と頷いて、燈火はガラスに覆われた頭上を見上げた。以前に水泳が怖いと語ったことをかりんが覚えていてくれたことが、そしてそれをこうして気遣ってくれたことが、機巧の胸に温かい。
「相変わらず水は怖いです。でも水の中の景色が見てみたいなって」
「そうですか……あ、でも、確かに海の底をお散歩できたらこんな風なのでしょうか? 不思議な気持ちになりますね」
 目の高さを、或いは頭上を、色とりどりの魚が泳いでいく。右へ左へ、あちこち首を巡らせてその伸びやかな姿を追いかけていたかりんだったが、ややあって同じように視線で魚の群れを追っていた燈火の方へと彼女は身体ごと向き直る。名案を思い付いた、という風に目を輝かせ、そうしてかりんは小さな掌を少年へと伸べた。
「そうだ、燈火、ボクとおててを繋ぎましょう!」
「手を?」
「はい! そうすれば、怖いのもちょっとはなくなるかなって思いますし……それに、はぐれたら大変ですから!」
 瞬くように、紫桃の炎がヘルメットの中で二、三度閃く。はにかむようにくすりと笑い声を零して、燈火はその手をそっと取った。震えを抑えるように自らの手に力を込めれば、それすら掻き消すようにかりんの指が握り返してくる。その柔らかな温度が、なんとはなしにくすぐったい。
 そうして青いトンネルを抜ければ、まず待っているのは自然豊かな森を象る展示エリア。渓流の魚たちのしなやかな姿は勿論、カワウソの家族や飛び交う水鳥にも尻尾をぱたぱた振りながら、かりんは跳ねるように歩いていく。その歩幅に合わせてゆっくりと歩を進める燈火の炎もまた、楽しげに明るく揺らいでいた。
 ところ変わって展示館に隣接するステージでは、日に何度か上演される中でも朝一番のペンギンショーが始まろうとしていた。開始を知らせるアナウンスに、周囲の子供たちと一緒になってそわそわと目を輝かせて、シズネは我知らず身を乗り出して。
 そんな隣の彼に何か言いかけ、大きくなった歓声に小さな主役たちが登場したのだと気付いて、ラウルもステージに向き直る。水族館のスタッフに先導されてプールサイドを特徴的なペタペタ歩きで行進するペンギン隊に、澄んだ水のような双眸がほぐれるように笑みを浮かべた。
 魚に釣られてシーソーに乗ったり、滑り台に乗って滑り降りたり、ペタペタ走ってハードルを飛び越えたり、その度パタパタ動く羽もご褒美の魚を飲み込む姿も愛らしくて楽しくて、そのたびラウルはシズネに話しかけずにはいられなくなる。
「あ、シズネ見て!」
 何度目の『見て』だったか、とにかく無邪気な賞賛の声に、シズネはむっと唇を尖らせた。仲間に続いてハードルを飛び越える小さなペンギンに指先を向け、彼は唇の隙間から尖った歯を見せて。
「オレだってあれぐらいできるぞ」
 けど、ご褒美は魚より肉がいいな。続けられた言葉にもだけれど、何よりその前の言葉に軽く瞠られたラウルの目に、子供っぽく眉を寄せた表情のシズネがはっきりと映り込んだ。
 ややあって、小さく吹き出したラウルの息が湿り気を含んだ空気を揺らす。春風のように笑って、彼は隣に置かれた手の甲の上に自分の掌をそっと重ねた。
「そうだね。シズネが凄くて格好良いのは俺が誰よりも一番知っているよ」
 勿論、可愛いところがあることも。それこそ、今この瞬間のように。
 そう言うラウルの眼差しがことのほか眩しいような気がして目を細め、自分の顔がいっぱいに映ったふたつの瞳から軽く視線だけを逸らして、シズネはぼそりと呟きを零す。
「……やっぱり肉もいらねぇかも」
 その声はペンギンたちに向けられたひときわ大きな歓声に覆い隠され、そのまま風にさらわれた。
 ペンギンはショーの真っ最中だが、イルカショーが始まるまではまだそれなりに時間があるらしい。ならば先に一番のお目当てを楽しんで来ようと、リュセフィーは水槽のトンネルを潜り抜け、世界中の水辺を模したエリアが並ぶ回廊を下りていく。時折足を止めては魚たちの泳ぎ回る姿に見とれ、また歩を進めては徐々に移り変わっていく森や渓谷、海中の景色を楽しみながら、やがて辿り着いたのは地下展示室。蒼く淡い照明に照らされる中、いくつもの円柱形の水槽をふわふわと泳ぐクラゲの群れは、なんとも言えず神秘的だ。光の限られた空間であることも相まってどこか宇宙をすら連想させる光景を、リュセフィーはしばらくの間飽きることもなくじっと眺めていた。
 同じクラゲの展示室に足を踏み入れて、ほう、とエルムは息をついた。それまであらゆる水槽の前であれは何だろう、これは聞いたことがあるとはしゃいでいた彼が急に静かになったことに気付いて、ちらりと和希はそちらに目をやり、なんとなく納得した風に頷いた。
「……こう、見ていると癒されますね」
「本当は危険な生物なんだろうけど……こうしていると芸術みたいで、見ていて楽しい」
 和希の言葉にアンセルムも同意を示し、足元からの光に照らし出されるクラゲをのんびりと目で追いかけていく。
 青、紫、桃色、白――そしてまた、青。緩やかに色を変えながら明滅するライトの中、立ち上る泡と絡み合うようにして、クラゲの長い触腕が揺らいでいる。その動きに釣られるようにゆらゆらと尻尾を揺らしていた環が、ふと振り返って別の水槽に目を止めた。お、と短く声を上げ、彼女は【蔦屋敷】の友人たちにちょいちょいと手を振って。
「見てください、あっちのクラゲは元気いっぱいですよー」
「わ、本当だ。こういうのも可愛いですね……!」
 活発に動き回る小さなクラゲの群れに、思わず和希は目を細める。丸っこいフォルムの傘を開いては閉じ、閉じては開き、水槽を埋め尽くすように泳ぐ彼らからは、どこか妖精のような愛嬌さえ感じられた。
「こういうとこで眠れたら気分が良いんだろうなぁ……」
 ゆらゆらと揺蕩うクラゲを包み込むように、水槽の底から細かな泡が立ち上っていく。ライトを受けて星屑のようにきらきら光るそれをも視線で追いつつ、エルムがぼんやりと呟いた。その穏やかな声音が本当に心地良い眠りを思わせて、アンセルムの喉から小さな笑いが零れる。
「眠ったら起こしてあげようか」
「ご飯に行く時、置いて行くことになっちゃったら大変ですもんねー」
 冗談めかして環がそう付け足せば、皆の笑いがそこへ重なった。地上階へ繋がる緩やかなスロープの方を見やりつつ、アンセルムは友人たちへ次のプランを出してみる。
「ご飯、どうしようね。併設のカフェで何か食べるとか……いや、別にクラゲを見ていて『何だかゼリーみたいだな』って思ったわけじゃないよ?」
「いや、確かに英語だとジェリーフィッシュ、ですけれど……」
「ないからね?」
 和希の静かなツッコミに否定の言葉をダメ押し的に重ねるアンセルムだけれど、そこへ館内案内のパンフレットを広げた環が追撃的な事実を告げた。
「透明ぷるぷる、ジェリーフィッシュ……あ、ほんとにあるらしいですよ、クラゲのぷにぷにゼリー」
「え、そんなのあるんです? 限定のイルカパフェが食べたかったんですけど、ちょっとそれも気になるかも……」
 他ではなかなかお目にかかれないメニューにエルムも興味を示せば、誰からともなく自然と皆の足はカフェのある地上へ向かい始めた。クラゲたちの揺らめきに見送られながら、手にしたパンフレットを覗き込み合いながら、四人は変わらずわいわいと歩みを進めていく。
「スイーツもいいけど、私絶対これを頼みたいんですよねー。カメプレートのカレー!」
「へえ、甘口辛口選べるんだ。和希は? 何食べたい?」
「そうですね……ううん、どれも美味しそうですが……」
 迷うようにカフェのページを眺め、ふと顔を上げた和希の目に、覚えのある背中が映る。殆ど同時に同じヘリオライダーの姿を認めたのだろう友人同士は視線を交わし合い、頷き合って、そうして一杯の『おめでとう』と贈るべく、その背に楽しげに歩み寄った。
「王子様とおデートなんて嬉しくてヒゲが生えそうですわね」
 満月のような瞳を細めて、エイルはその言葉選びにおおよそ似つかわしくない静謐な笑みを浮かべた。清らかに笑う彼女の台詞に小さく肩を揺らして、ネーロは実際に髭を生やしたエイルの顔を思い描いてみた。
「……なんかもっふもふしてそう」
「ふふ」
 楽しげに、踊るように踏み出していく背中に一言転けないでねと声を掛ければ、やはり少女のような笑い声が返ってきた。やや足早にエイルに追いつき、傍らに並んで歩き出しながら、ネーロは彼女に問いかけてみる。
「やっぱり、お目当ては面白いモノ?」
「そうですわね」
 綺麗な光景も素敵だけれど、より興味があるのは変な名前の魚の方。あっけらかんとそう答える彼女に、そういえばオジサンという名前の魚がいると聞いたようなと返せば、たちまち金の瞳が輝いた。
「ではまずそのツラ拝みに参りましょう。ネーロさんは……お兄様と違って可愛いものがお好きそうですから、シロウサギウミウシなんてお好みに合うかしら」
「ああ、可愛いよね! でも俺、やっぱりラッコが好きだなぁ……」
「お気に入りの石を失くすとガチ凹みするアレですわね」
「そうそう、あと手が冷たいから目の当たりを触って温める姿なんかもたまんないよねぇ」
 そんな風にあれやこれやと雑談を重ね、可愛いものや変なものや、数えきれないほどの水槽を見て回るうち、ふと思い立ってエイルはそれまで面白い生き物ばかりを切り取ってきたカメラのレンズをネーロの横顔に向けた。彼と魚がうまい具合に映るよう構図を調整しているうちに、カメラに気付いたネーロが振り向き、笑う。
「何撮ってるの? せっかくなら一緒に写ろうよ」
 この場にいない誰かさんへの少しのいたずら心と一緒にそう持ち掛ければ、エイルもあらあらうふふとそれに応じる。そうして自撮りに構えたカメラのフレームに、ふたつの手が象るハートマークが笑顔と一緒に見ごとに収まった。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月23日
難度:易しい
参加:11人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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