ミッション破壊作戦～枝、赤く萌ゆる日

■リプレイ

●序
　何故富山がこれほど過酷な目に遭わなければいけないのか。
　黒い海とモノトーンの大地。上空から見た富山に春の息吹は感じられず、時間が冬のまま止まっているかと錯覚しそうなほど。
「死に育まれ死を招く攻性植物、か」
　回転翼が空気を切る音が響く中、副島・二郎（不屈の破片・e56537）の呟きが聞こえた。
「せやな。そんなこともいわれとったっけ……」
　田津原・マリア（ドクターよ真摯を抱け・e40514）が窓の外に向けた視線を機内に戻しながら応じる。
　ミッション地域の情報はあらかた頭に入っている。降下予定の時刻が近づいて来ている。
「いずれにしても、植物と死神が一緒になって死を振りまくってたまんないわ」
　安海・藤子（終端の夢・e36211）は眉を寄せる。口にこそ出さないが、死神と呼ばれる存在が憎らしい。
　死神であった妹らしい存在が嫌い。
　大切だった従者の子も死神で自分が手に掛けたから――。
「それにね、こんなのがほいほい出てこられたら調べるのが追いつかないじゃない！」
「攻性植物と死神の関係も気になるところじゃが、今は魔空回廊の破壊に専念じゃの」
　攻撃開始から撤退を終えるまでのまで短時間で、もし何かを見いだしたとしても、出来ることなど無いのは、ゼー・フラクトゥール（篝火・e32448）にも良く分かっている。
　急速に高度を上げて行くヘリオン。気流の影響からか揺れが大きくなり、唸るエンジンの音も大きくなる。
「さぁ、富山解放への一歩を進めましょ！　明るい春を取り返してあげたいなって」
　青く輝く海に、新湊大橋の真っ白な主塔。ジェミ・フロート（紅蓮風姫・e20983）は、かつて目にした鮮やかな風景を再び見たいと心の底から思う。
「グラディウスは――いまさら言うまでもないよね」
「……」
　口は開かず、空鳴・無月（宵星の蒼・e04245）が、頷きだけで応じた直後、降下可能を告げるアラームが鳴り響いた。

●降下攻撃
「んっ……」
　ドアを開け広げた瞬間、指先がドアに張り付く感覚がして、思わず声を出す無月。
　次いで強烈な寒気がヘリオンの内部に流れ込み、白い霜の結晶のような模様を急速に広げて行く。
「４月やというのになんちゅう寒さや」
「自然現象にしては度を超している気もするが……」
　自分よりも少し背の低いマリアの顔を見つめ、二郎は首を傾げる。
　しかし行動に支障があるわけではない。
　無月はグラディウスの手触りを確認すると、気を取り直して足を踏み出した。
「先、行く」
　高空からは豆粒のようにしか見えない魔空回廊を目指して、背中の羽根で速度を緩めながら無月は降下する。突然に平野部を失い、さらに沿岸部を奪い取られた富山県民の怒り、悲しみ、無念が、強烈な寒気をここに呼び寄せているかのように感じる。
「攻性植物と死神の、合作……裏にどんな企みがあるか、知らないけれど……」
　降下速度を緩めてなお、魔空回廊を護るバリアは急速に大きくなってくる。瞬きする刹那に、家に戻れずに避難所に身を寄せる人たちが病に倒れて苦しんでいる様が脳裏に浮かぶ。
「ここから、出ていってもらう……！」
　無月は構えたグラディウスを突き出し、己の身を一本の矢の如くにしてバリアに突入する。
　瞬間、氷の砕けるような澄んだ音が大気に響き渡り、薔薇の如き白光の花が咲く。
「なんや――こんなん見たことないで？」
　閃光から生まれた無数の雷光が氷の破片の如き炎を散らしながら広がって行く。
　一旦、加速を緩めつつ、頭の中を落ち着けるマリア。
　何が起ころうとも、この地の解放に繋げるのだ、強い気持ちを胸にグラディウスを握り直す。
「新港は富山の貿易の要所いうだけやなくて、安全に過ごせる心の拠り所やったんです！」
　係留されていた海王丸を始め、富山県民のアイデンティティが詰まった場所だ。
「その大切な場所を、死を生むために奪って居座るアンタらは、根こそぎ枯らしたらな――気が済まんわ！」
　被害の大きさへの悲しみが、それを齎らした敵への憎悪へと変わる。
「そこは日常を、人生を育む場所なんや！さっさと地元の人らに明け渡さんかい！！」
　満身の憎悪と共に叩き付けたグラディウスから黒光が爆ぜる。
　半球状のバリアに墨を零したように爆煙が流れ落ち、濃密なスモークとなって広がり始める。
（「気合い入っているね。わたしも――」）
　凄まじい速度で落下を続ける、ジェミ。
　花弁の如き白光と墨を蒔いたような黒煙を割くようにしてバリアへの突入姿勢を取る。
　やっと春が来て、色鮮やかになった世界に、楽しく外出できるはずだったのに、富山の海も空も地面も白と黒に支配されている。
「こんなの本当の富山じゃないよ。新湊大橋の美しいアーチを奪って居座るあんた達には出て行ってもらう！」
　バリアの球面を流れる黒煙が渦を巻いて瞬間、瞬間に、様々な形に見える模様を作りだす。それらは呪いの言葉を吐き出しながら地獄をさまよう亡者たちの群れの如くにも見える。
「富山の人たちの大事な富山新港を、沿岸部を守るため！　今日、この地を必ず解放してみせるわ」
　赤毛のツインテールを火焔の如く靡かせジェミは、呪いを撒き散らす黒煙を切り裂く。
「砕けなさいよ、魔空回廊！」
　グラディウスの行使が始まれば、それが終わるまでの間は一方的な攻撃が続く。
「折角の富山、美味しいご飯として食べさせてもらえてるってのにさ。何もかも台無しにしやがって。お前らのせいで、おいしい海の幸が手に入らないってのもいやよ！」
　藤子が叫びに込めるのは、嫌悪から来るあからさまな敵意。
「こういうところは大事なのよ。さっさと出ていけや外来種め！」
　憎悪に我を忘れぬよう、確りとグラディウスを握り絞めて、間近では巨大な鏡のように見えるバリアを目掛けて藤子は、そこに映る自分自身を目掛けてグラディウスを叩き付ける。
　瞬間、硝子細工を落としたような高音が響き渡り、目の前の自分自身が粉々に砕ける幻覚が見えた。
「小賢しい！　全部、燃やしてから凍り付かせてやろうか、畜生！！」
　直後、衝撃に弾き飛ばされ黒いスモークの中に沈んで行く姿が、急降下を続ける二郎の目に入った。
「正に地獄だな。だがここは本来人の営みの場。土地も海も港も、貴様らのものではない」
　飛行能力のない二郎には速度を緩める術がない。
　数秒後には秒速５０メートル以上の速度で防護バリアに激突する。普通の人間なら肉体がバラバラになる程の衝撃を受ける。何度も体験しているとは言え、何も感じていないと言えば嘘になる。
「……返せるものは全て、返してもらおう」
　そうだとしても此処に来るのは、まだ此処には取り返せるものがあるから。
　避難を続ける人たちにとっては、家であったり、故郷であったり、あるいは仕事場だったりするのだろう。
「人の命や時間、もう還らんものは、貴様ら自身で贖え。貴様らが生み出す死で、潰れていけ」
　失われたものが多すぎる。
　二郎の叫びもまた、希望よりも憎悪から来る怒りの色が濃かった。

「黒煙が魔空回廊に吸い込まれているの？　それとも黒煙が魔空回廊を喰らっているの？」
　いったいどういうことなのか？　魔空回廊が壊れようとしているのか？
　ジェミは久しぶりのミッション破壊作戦だったから、疑問に感じたと思おうとしたが、それは数多くの経験を持つマリアにも異様に感じる光景であった。
「まるで後になるほど、叫びが積み重なって増幅されてるみたいや」
「むかし流行った落ちゲーみたいに？　そんなことあるわけないじゃない！」
　ちょっとイライラしたように言う藤子の目にも頭上で起こっている異変は明らかだった。
「いずれにしても……、あと一回……」
　見た目がどうであれ、魔空回廊はまだ破壊に至っていない。
　破壊できるか否かは最後のひとりがグラディウスを叩き付けるまでは分からない。

「新たなる死を生むものよ、汝が齎す植物のおぞましいことか」
　背中の羽根で速度を調節しながら、ゼーはバリアの一点に狙い定める。
　当初は朝の空を映す鏡面の如きバリアの表面であったが、繰り返し攻撃を受けた今は錆びた鏡の様に無数の黒い染みが浮き出ているように見えた。
「この大地を奪われるわけには行かぬのじゃ。故郷である者や生き続ける者達の為にも――」
　強い怒りや憎しみからではない。
　奪い取ったものを返して欲しい。ゼーはただそれだけを望み。
「疾く、この地を去ると良い！」
　グラディウスを突き出した。
　グラディウスの刃がバリアに触れた瞬間、衝撃ではなく、ぬるりと熟れた果物を割くような感触がして呆気ない程簡単に真下に身体が抜けて行く感覚が来る。
　２つに割けたバリアは、魔空回廊を巻き込みながら、くしゃくしゃに丸めた紙くずのように縮まり、ゼーが地上で待つ５人と合流するまでには野球ボールほどの大きさにまで小さくなり――程なくして消滅した。

●撤退
「回廊は消えたが、攻性植物どもは一緒に立ち去ってはくれんのじゃな」
「強襲型魔空回廊は一方通行やしな」
　ゼーの呟きに応じつつ、未だ危険の残る場所からの撤退を促すマリア。
　地上に立ちこめたスモークは今まで見たことのないような黒で、墨を溶かした水中にいるような感覚すらする。グラディウスを所持していなければ、瞬く間に方向感覚はおろか、上下に感覚すら失ってしまいそうだ。
　兎に角作戦区域外をということで、最短距離での撤退を目指して幹線道路を駆け始める一行。
　道路上には沢山の乗用車やトラックが乗り捨てられたまま放置されていて、そこにどこからともなく広がってきた異世界の植物の根が蚕の繭のように絡みついていた。
「まるで異世界ね。――焼き払って消毒したい気分だわ」
　藤子が眉を顰めた瞬間、倒れたコンテナの扉の周囲に張られ樹根の中から無数の蜘蛛が押し寄せて来るような気配と共に敵、「アマラントス」が現れる。
「あなたたちですね。たくさんの憎悪を重ねて、回廊を破壊したのは……」
「みつけたで！　うちの攻撃からは逃がしません！！」
　何かを語りかけてくるアマラントスを目掛けて、マリアは後ろに引いたドラゴニックハンマーを満身の力を込めて叩き付けた。
　雑草の茎がぐにゃりと折れるような感覚がして、アマラントスの身体が横に吹き飛ぶ。
　話している暇など無い。投げかけられる言葉そのものが、時間稼ぎの為の謀かも知れないのだ。
「足元……注意……。……もう遅いけど」
　無月がぽつりと呟いた瞬間、吹き飛ばされ、踏みとどまるアマラントスの足元から大量の槍が立ち上がって来る。槍は瞬く間に竹藪の如き密度となりアマラントスの身体を貫き、その動きを地に留める。
「憎悪は無限に感染します……。故に、あなた方は、これからも新たな死を生み出すことでしょう……」
「だから何だっていうの？　ちゃっちゃと片付けるわ！」
　動きを留められた敵の構造的弱点を、一瞬の計算で見破ったジェミは満身の力を込めて貫いた。
　瞬間、２つに割けて崩れ落ちるアマラントス。
　正に電光石火の勝利に思えた瞬間。
　地面に這った赤い根がむくむくと脈動して割けた身体が再び立ち上がる。
「しぶといわね。本当は斃れそうなんじゃない？」
　笑うような声と共に藤子は守護星座の重力を斬撃に乗せて叩き付ける。黒いスモークの中に青と黄色の火花が爆ぜて、アラマントスの裂けた女の身体から、どろりとした臓物にも果実にも見える何かが零れ出た。
「私の『死』が、何を齎すのか？」
　問いかけと共に、アマラントスは傷だらけの身体の周囲に水の流れを纏い、攻勢に転じる。
「情報通りの魔属性ね。マニュアル通りの攻撃で勝てるつもりなのかしら」
　攻撃のダメージを受け止めた藤子の皮肉が飛ぶ。
「脆いものだな。もう少し強いのかと思っていたのだが」
「そうかしら？　死を齎すケルベロスにしては意外な言葉ね」
　メタリックバーストの銀光を散らせる二郎の方を見てアマラントスは首を傾げる。零れ出ていた何かが泡だって黒い霧となってスモークの中に溶け込んで行く。
「すまぬが、待っておる者がおるのじゃ。そこを通してはもらえんかのう」
「殺しなさい。力づくで進めば良いでしょう――」
　応じる言葉を最後まで聞くことなく、ゼーは降り止まぬ雨を呼び寄せる。
「斃すのが悲しいとでも、言いたいのですか――ケルベロスの男よ」
　ゼーが応じるよりも早く、間に割り込んできた無月の爪と、マリアの爪が交差して微笑むアマラントスを引き四つに引き裂いた。
「負けるわけにはいかへんのや」
　アマラントスは悲鳴を上げる間も無く果てて、青緑の燐光を散らしながら消えて行く。
「最期は呆気ないものじゃな」
「おかしなことを言う敵だったな。怒りも悲しみも無くなったものかと思っていたが……」
　駆け始めたゼーのすぐ隣にいた二郎の感情がふっと動く。
　休む間もなく駆け続けた一行は、数分の後にミッション攻略中のケルベロスの集団に何ごとですかと訪ねられて、魔空回廊の破壊成功を告げる。
「本当にですか？！　お疲れ様でした！！」
　ミッション地域を覆っていた、どす黒いスモークが消えて行く。
　ケルベロスの仲間と出会えた安心感からか、自然と笑みが零れる者もいる。
　憎しみも悲しみも、喜びも、全て感情の一種だ。
　感情とは理不尽なもので、抱いてしまった感情を都合良く、思い通りにコントロールすることは難しい。
「命を使う機会はここではなかったようだな――」
　死は相生・相剋に生きる者の宿命である。
　無限に増える生命は無限に細分化が続いて、やがては滅びてしまう。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年4月18日 難度：普通 参加：6人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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