それは夢か、幻か

作者:baron

 まだ肌寒い季節ながら、日差しがあるならば陽気で温かい。
 カフェの中も良いけれど、青空の下と言うのもオツなものだ。
「ちょっと早く来過ぎたでしょうか? でもこんな場所も良いですよね」
 テラス席に座りながら肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)は青空を眺めた。
 忙しく危険なケルベロスの活動の中で、せっかくの休みに青空の下でゆっくりと本を読み、空想の翼をはためかせる。
 なんと贅沢な事であろうかと思わなくもない。
「でもちょっと食べ過ぎたかな……少しねむ……た……」
 鬼灯がうたた寝しそうになるのも無理はあるまい。
 カフェでの待ち合わせゆえに食事を済ませたのだが、この陽気では眠気を誘ってしまう。
 そしてもう一つ原因がある。
『叶えたい願いはないですか? 一つだけ叶えてあげましょう』
「っ。デウスエクスですか!? ドリームイーター? それと……も……」
 鬼灯は強まった眠気が攻撃か、自然の眠りなのか区別がつかなかった。
 元もと眠かったし、痛みよりは白昼夢のような非現実感がするのだ。
『叶えたい願いはないデスカ? 一つだけ叶えてあげまショウ』
 繰り返される言葉に意識がボーっとしていく。
 似ても似つかない敵の姿が、不思議と自分の姿に見える。
 似てない言葉もまた、自分の言葉の様に……イケナイ・イケナイこれはきっと……。
「みんなが……全力を出せる……ように……」
 叶えられそうにない願いを口にし、仮に願いが叶うならば仲間が倒せるだろう。
 そう願いながら、鬼灯は眠気と戦い始めた。


「肥後守・鬼灯さんが宿敵である病魔の襲撃を受けることが予知されました」
「急いで連絡を……」
 セリカ・リュミエールは鬼灯の友人らしいケルベロスの言葉に首を振った。
 既に連絡したが……通じない場所で狙われたか、あるいは遮断されているのだろう。
「一刻の猶予もありません。肥後守さんが無事なうちに、なんとか救援に向かってください」
「当然ですわ!」
「任せておけ。それよりも場所と可能な限りの情報を頼む」
 セリカの言葉にケルベロスたちは力強く頷くのであった。
「しかし病魔とは珍しいな。強くはないと信じたいが……」
「倒しきれるのか? あの、同じ奴が何体も居たりする、病魔なんだろ?」
「肥後守さんが狙われたという事は、デススエクス化でもしているのか、近くに具現化できる方でもいて召喚状態なのかもしれません。ひとまず対処は可能であるはずです」
 病魔は病気なので倒し難い相手ではある。
 だが今回は患者が鬼灯であると判っており、狙っている最中という事は具現化しているということだろう。
 病魔そのものが根絶できるかは別にして、鬼灯に根付いた病巣は倒せるはずだ。
「病状は?」
「覚めることのない眠り。を元にした病の系統だと思います。詳細は不明ですが、夢や幻を操ると推測されます」
「幻覚攻撃? まさか本当に夢の中に行けるわけでもないだろうが」
 疑問が多いのは仕方があるまい。
 そもそも予知では鬼灯が狙われること、おおよその相手しか分からないのだ。
 ひとまず幻覚かなにかだと思って対処するほかないだろう。
「急いで出発しますが、肥後守さんの救出をお願いしますね」
「当然ですわ!」
「相談は移動しながらだな」
 セリカが出発の準備を始めると、ケルベロス達は相談しつつ後を追ったのである。


参加者
カグヤ・ブリュンヒルデ(黄金の戦乙女・e60880)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)
シーリン・デミュールギア(メモリアルブレイカー・e84504)

■リプレイ


 妙に現実感を感じられない。
 目の前に誰かが居るのに、ソレが敵だと確信できない。
 だって、あれはまるで……自分が下手な変装でもしたかのようだ。
「くっ……」
 肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)は踵を返して逃げ出すことにした。
 ここには自分一人しかいない。
 さすがにこれでは勝てる気がしない。
 オーク辺りならまだ話は変わって来るのだが……。
『叶えたい願いはないデスカ? 一つだけ叶えてあげまショウ』
「みんなが……全力を出せる……ように……。せめて、もっと戦い易い場所までおびき寄せないと」
 鬼灯は武装を展開しながら走るのだが、進んでいるようで、同時に後退しているような気がする。
 体の動きは以前よりもキレが増しているはずなのに、現実感がないせいで、まるでプールで歩いているような感覚すら覚えた。
 イケナイ、イケナイ……。
「これは罠、それともトラウマ攻撃でしょうか?」
 仕方なく疾走するのを止めて、角を曲がったあたりで細い路地へ。
 グラビティで光線を曲げながら隠れつつ、仲間たちの到着を期待して逃げ続けた。

 そのころ、余地を受けたケルベロス達も必死に走っていた。
 おおよそこの辺りという範囲でヘリオンより降下し、より詳細に情報のある場所を目指す。
「敵は病魔とのことですが、よく分かりませんわね」
 その中でもカグヤ・ブリュンヒルデ(黄金の戦乙女・e60880)はかなり急いでいた。
 恋人である鬼灯のことが気にならない筈がない。
 焦る気持ちを抑え、ただひたすらに道を急ぐ。
「何であれ鬼灯さんをやらせはしませんわ! ……一刻も早く急がないと。ならばこの感覚は良い兆候のはずです」
 カグヤは弾むように道を駆けていた。
 今ならば一般人どころかバッタや兎と言った野生生物と比較しても、ぶっちぎりで引き離すことができるのではないだろうか。
 だがしかし、かなりのスピードを出しているはずなのに、実に道が遠く感じる。
「焦るな。確実に距離を縮めているはずだ。いや……」
 狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)は翼をはためかせて一同に先行する。
 彼もまたいつになく身の軽さを感じ、時おり、ビルの壁を蹴って急速な方向転換をかけながら移動していた。
 そんな中で、ナニカを見つけたような気がする。
「居た。……すっごい格好の病魔ね……」
「こっちも見つけた!」
 シーリン・デミュールギア(メモリアルブレイカー・e84504)が走りながら殺意の結界を広げ始めた。
 チラリとナニカを見つけたのだが、ジグが空中で指し示しているのを見て、確信を抱いたのだ。
「……まったく。あれはピエロ恐怖症になる人が出るのも分かる気がする……」
 シーリンが見かけた姿は、ピエロに追いかけまわされる鬼灯だ。
 ある時は隠れ、ある時は全力で逃げ出すことで、さながら瞬間移動でもしているかのように見え隠れしている。
「先ほどからちっとも近づいたような気がしませんけれど……。これはきっと、鬼灯さんも脱出しようと努力した結果ですのね」
「だろうな! 反対側なのが不運だが。あと少しだ!」
 調子よく走っているはずなのに、ちっとも距離が縮まらない。
 狐に摘ままれたような不思議な感覚だが、体力は絶好調だ。
 このコンディションならば必ず勝てる。
 誰か一人くらい犠牲はできるかもしれないが、どんな相手でも倒せるような気がしてきた。

 巧みに、あるいは急いでその場を離れたつもりだった。
 だが敵もさる者、いつのまにか追いついてこちらを見つけ出すのだ。
「うわっ! このままじゃあ……ジリ貧です。グラビティを奪われて死ぬくらいならば、いっそ……」
 煙幕を焚いて緊急脱出し、なんとか逃げ出すが心が折れそうになる。
 これだけ体が調子良いのに、捕まりそうになるのはそれだけ相手が強いという事だろうか?
「っ! 何を考えているのですか。僕は生き延びないと!」
 折れそうになる心を叱咤し、鬼灯は逃げ延びようとした時。
 角を曲がったところで、先回りされたという残酷な事実に気がついた。
 もはやこれまで、自害した方が良いのではないかと、不吉な予感がし始めたのだが……。
「そうはさせませんわ!」
「よくわからん変なやつに好かれたよな、お前も……なあ鬼灯」
 ようやく仲間たちが到着してくれた!
 腰砕けになりそうな足に力を入れて、気合を入れ直したのである。
「さて……肉から骨まで解体してあげる……」
 シーリンも追いついたところで、一同は鬼灯を中心に戦闘態勢が整ったのである。

 仲間たちの救援によって、鬼灯もようやく息を吐くことができた。
「た、明日借りました。反撃……と行きましょう」
 鬼灯は洗い息を吐きながら漆黒の剣を杖代わりに、刃より輝きを漏らしながら立ち上がる。
「良く分からねぇけど体が軽いぜ。無限にサンドバッグにしてやらぁ!」
 ジグは何故か体が燃え上がるように熱くなるのを感じた。
 喉の奥から溢れ出る程の思いを載せて、絶叫と共にグラビティを吐き出していく。
「猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液、存在せぬこれ等を用いて天狼をも貪り食う鎖と成さん」
 カグヤは瞳に赤い輝きを灯しながら、在るはずのないモノを読み上げていった。
 それら存在しない物を消費して、『いま』は存在しないモノを縛る鎖を作り上げる。
「……グレイプニル!」
 そして存在しない鎖を使う事で、『いま』は行っていない攻撃を妨げる力となす!
 虹色の紐がデウスエクスの周囲に展開され始め、明滅を持ってその存在を知覚させる。
 カグヤの瞳が赤く染まっていく中、その存在感は増していった。
「病には病を……少し違うけど、まあ同じこと……」
 シーリンは陰を固めて弾丸の様に撃ち込んだ。
 それは相手の中で徐々に力を増し、苦痛を与え続けるのだ。
『これが君の、君たちの望みかな? 随分と可愛らしいね』
 病魔は何事もなかったかのように鬼灯の方に向き合った。
 そしてスタスタと無造作に近づいていく。
「効いていない……? そんな筈はない……なら痛みを無視している?」
 シーリンは自分たちの攻撃が本当に効いているのか不審に思い始めた。
 仲間を思う心が自分たちに力を与えたのか、膨大なグラビティをデウスエクスへ攻撃として『注ぎ込んでいる』はずなのだ。
 これが効いていない筈はないと思い直すことにした。

 しかし……自分たちは何故、狙われている鬼灯を守ろうとしなかったのだろうか?
 そして今も、好きなように攻撃させ続けているのか? これは作戦上の……。そんな思いを遮って地獄から鳴り響くような唸り声が聞こえる。
「くたばれこの病原体がぁ!」
 ジグが赤い右手からグラビティを噴出させながら殴りつけたのだ。
 地獄の炎が腕からあふれ出し、ジェット推進の様に加速させる。
 そして緑色の清浄なる闘気が、自分自身を取り巻いていることにジグはようやき気が付いた。
「これは鬼灯か? 傷は大丈夫なのか?」
「僕ならもう大丈夫ですよ。だから安心して敵を倒してください。手を抜いて勝てる相手でもなさそうですしね」
 それは鬼灯が活力を与えてくれたのだ。
 自身の傷が治りきっていない筈なのに、こんなことをするたあ無茶しやがって。そうは思いつつありがたく受け取っておく事にした。
「行きますわよ!! 少し離れていてくださいましっ!」
「っ……」
「あ、恐縮です。助かります」
 カグヤの瞳が深紅に輝く中、病魔を槍で突き刺して振り回し始めた。
 忠告に従って鬼灯をシーリンが抱えて(お姫様だっこではないので安心してね)脱出。
「それそれそれ!」
 カグヤはさながらプロレス技のジャイアントスイングであるかのようにデウスエクスを突き刺して大回転!
 大車輪の果てに勢いよくビル壁に叩きつけあのである。
「外した……。でもこのままいけば倒せそうね」
 シーリンが鬼灯を抱えたまま地面を蹴りつけ、猛烈な突風と闘気を叩きつけた。
 残念なことに外れてしまったが、絶好調な状態は続いている。
 このままなら倒すのは難しくないだろう。

 しかし相手は今の自分たちに比べて弱いが、タフさは凄まじい。
 すぐさま立ち上がって攻撃を放ったようだが、もしかして本当に効いていないのか?
「みんな頑張ってくれてるのに、まだまだ兵器そうですね。回復でもしてるのかな」
 鬼灯は漆黒の鎖を広げて自らを守りつつ、距離を離そうと結界として機能させた。
 しかし何かを忘れているような気がするのだ。
「そういえば、僕はこのソックリさんに何か言ったような気が……」
「ちっ。空気を殴ってるみたいで手応えがねえ。ちったあ鬼灯じゃなくてこっちに反撃して来たらどうなんだ!」
 鬼灯の思案を遮るつもりはなかったのだろうが、ジグが病魔に掌底を浴びせた。
 だがそれは衝撃を浴びせる為ではなく、地面に打ち付けてアフロめいた後頭部で地面を拭きとるモップに変えるためだ!
「大切な鬼灯さんを傷つけさせませんわ! ですけれどこの顔……」
 カグヤは虹色の紐が持つ力を強め、まさに虹の橋でも言うべきモノを現出させた。
 今は失われた力を発揮させるのは愛ゆえだろう!
 そう楽観的に思てしまうのは生来の正確ゆえだが……敵の顔をどう見ても……。
「……似てない。また避けられた。……ちょこまか逃げるな……立ったまま死……アタシは? 鎖を持って来忘れたはず……」
 シーリンは鎖を放とうとして、急いだために技を用意し忘れたことを思い出す。
 だがしかし、さきほまで暗黒の縛鎖を用意しようとしては居なかったか?
「そうだ、違う。アタシハこの刃で切り裂こうとしていたの。お休み……永久に……」
 何度目かの試みでソレを思い出し、シーリンはナイフで切りつける事に成功した。
 そして至近距離で突き刺しているから判ることもある。
 確かにこいつは鬼灯に似てなどいないのだ!

 さて、そろそろ思い出して欲しい。
 出がけに何と忠告されていただろうか?
「それとも単純に幻影か何かで体を覆って効いていないフリでもしてるのでしょうか?」
「そうですわ! 敵は夢や幻。冷めない酔夢のい由来する病だと! ということはこの蘇った力は失われて……」
 鬼灯が攻撃されているはずの己ではなく、無傷のはずのカグヤを治療したことで違和感を覚える。
 せっかく蘇った力とかつての姿が失われてしまうという悲しみに対し、暖かな光が彼女を包んで守ってくれ始めた。
「全ては幻! すべては自己満足で夢から覚めたくはないという病魔の仕業だったのですね!? ですが、こんな力よりも望むものが今の私にはありますわ!!」
「……?」
 カグヤは鬼灯に対する愛によって、力が失われてしまうという幻想の痛みに耐えようとした。
 すると今度は、鬼灯の生命力が失われようとする心の痛みを感じ始めるが、キョトンとした顔を見て微笑ましく思う。
「お熱いこったな。……てめぇはなかなか死なないみてぇだが、残念ながら俺たちはあくまでてめぇの出す幻覚に付き合ってるだけだ」
 ジグは己が覚めていくのを感じながら、周辺に亀裂が生じるのを感じた。
 人によっては亀裂ではなく、シャボン玉が割れて溶けるような儚さを感じたかもしれない。

 やがて見つけたのは、貧相な体を暴かれたデウスエクスが、傷ついて今にも倒れそうな光景だった。
「だからてめぇは造作もなく死ね。それに、そろそろ飽きてきた。俺も……こいつらもな! 壊れと、潰れろ、溶けろ、焼き尽くされた挙げ句に喰われて死にな!!」
 ジグは己の内にある恨みをありったけ現出させた。
 グラビティにより制御するのではなく、追い立てるように次から次へ出現させる。
 綺麗な形で倒すことなど考えても居ない。
 要は……理不尽に、無茶苦茶に、結果的に倒してしまえばよいのだ! 地獄が溢れて怒涛の奔流が病魔を押し流してく!
「倒したと思うけれど……。念のためにもう数発……」
 シーリンは消え去っていく病魔の痕跡に向けて、影の弾丸を何発も撃ち込んだ。
 既に倒しているはずだが、相手は病魔だ。敵としては弱いからこそ四人でも倒せたが、倒せると消滅させられるはイコールではない。
 一人分だけ切除しても、もしかしたらまた別の病原が現れるかもしれない。そう思って汚物として焼却しようとしたのであった。

「大丈夫ですか? 鬼灯さん!」
「みなさんのおかげで助かりました。特にカグヤさんにはご心配をおかけしました」
 駆け寄るカグヤに鬼灯は笑顔で答えた。
「しかし……なんでまた鬼灯に病魔なんて物が……」
「変えたくても変えられない過去への未練に付け込まれたのでは……ないでしょうか?」
 首を傾げるジグに鬼灯は推論を立てた。
 望みを叶えるという言葉に他の事を願ったが、心に傷を持つ者は過去にすがることが多いという。
「そんなもんかねえ」
「今は、かもしれない。で済ませておきましょう。ひとまずヒーリングを済ませないと」
 恨みに思う事はあっても過去に戻ろうなどと思ないのでジグにはよく判らない。
 そんなジグを促しシーリン達は、壊れた物を持ち上げ、あるいは整理してヒーリングを待つ。
 そしてみなで周辺の修復を終えた。
「こんなものかしらね? では帰還しましょうか」
「せっかくですし、どうせならお茶でもしていきませんか? 美味しいお店を見つけたんですよ」
 切り上げて帰ろうというカグヤに、鬼灯はお礼を兼ねてケーキでも頼むことにした。
「それって襲われた所じゃないか? 肝が太てえなあ。まあ、そういう話らしいが、どうするよ?」
「特に希望はありませんが、合わせます。一緒に帰還するとしましょう」
 ジグがフードを被りながら考えていると、シーリンは全員に合わせると口にした。
 二人だけでどこかに言っても良いが、全員というなら茶でも呑むかと、鬼灯が襲われたというカフェに向かったのである。
 こうして鬼灯を狙った病魔による事件は終了した。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月13日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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