桜燈り

作者:藍鳶カナン

●桜燈り
 ――雪解け水に、春を燈す。
 美しくライトアップされた夜桜の庭園を擁するリゾートホテルの別館では、屋内にも桜が咲き溢れていた。照明を落としたパーティーホール内に映し出される映像は、深山の自然に磨かれた水が滾々と湧きだす様と、春を迎えた桜が爛漫と咲き誇る様。
 凛と澄んだ水で仕込まれた米の酒を蒸留して生まれるライススピリッツに、ボタニカルと総称される香味植物を漬け込み、香りや風味を引き出しながら蒸留することで創りだされるクラフトジン。地元酒蔵の新製品、その誕生の物語に誰もが見入る。
 蒸留酒を『ジン』たらしめるジュニパーベリーを筆頭に、清冽な和の香りを添える煎茶と檜に山椒、更に桜と甘夏が華やぐ春の香りを燈し、秘された比率でブレンドされた蒸留酒が氷や水晶細工を思わせる硝子のボトルに詰められ――映像ではなく、実物のクラフトジンがライトアップされたなら、ホールに照明が戻り、皆の歓声が咲いた。
 新作クラフトジン発表セレモニーと銘打たれたこの夜のパーティーには、業界関係者のみならず様々なひとびとが招待されており、お披露目される新作クラフトジンに合わせて桜を意識した装いでドレスアップした女性客たちが宴にいっそうの華やぎを添える。
 振舞われたクラフトジンも皆を唸らせる美酒で、
「これは素晴らしい。うちでも全店で扱わせていただきたいですね」
「あらステキ。私もそちらのお店で飲んでみたいわ」
 都市で幾つもカフェ&バーを経営していることを誇示した青年実業家は、クラフトジンもそれに合わせた美味も、美女とのやりとりも楽しみながら、今夜何杯目かの杯を掲げれば、唐突な震動に大きく波立った蒸留酒が煌きを振りまいた。
 天井や壁が崩れ、炎に舐められて、突然の災禍が混乱と狂騒を引き起こす。
 大勢がホールの扉へ殺到せんとするが、青年はその人波を薙ぎ倒す勢いで、
「邪魔です! どきなさい!!」
 倒れた者を時に踏みつけながら、強化硝子の砕け散った窓へと向かう。ここは三階だが、
 ――窓から跳べば、外の桜の樹に受けとめられるはず!
 根拠のない確信に満ちた男は迷わずそのとおりにした。
 けれど、落下の衝撃で折れた桜の枝に腹を裂かれ、大地に全身を打ちつけて。彼の脳裏を死という言葉がよぎった時、何処からともなく美しい少女が舞い降りる。
 桜色の髪と瞳、豊かな大地を思わす色の肌。
 桜の妖精とも思える姿だった。どろりと蕩けるタールの翼を除けば。
『身勝手で自信家で、素晴らしいエインヘリアルになりそうな殿方ですの』
 飛びきりの笑みとともに少女から炎を放たれ、青年は灼熱の中で絶命して、終わる。
『まあ! 意外と根性無しでしたの。次を探しますから、ごめんあそばせ』
 目を瞠った少女は、弔いの花くらいは差し上げますの、と妖精靴のかかとを鳴らし、光の花々を三重に渦巻かせて、夜空へと羽ばたいた。

●さくらともり
 桜の妖精ならぬ、炎と略奪を司る妖精。
 少女シャイターンが襲撃するのはリゾートホテルの敷地内、式典やパーティーに使われる三階建ての別館で、この夜に催されるのは三階のパーティーホールでの『新作クラフトジン発表セレモニー』のみだとか。
「ク・ラ・フ・ト・ジ・ン……!!」
 真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾がぴ・ぴ・ぴ・ぴ・ぴ・ぴこーん! と跳ねれば、好きなひとにはたまらないみたいだね、と天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)の狼耳がぴんと立った。
 かつてヴァルキュリア達の使命であった死者の魂の『選定』。
 現在この役割を担うシャイターンは自ら建物を崩壊させる惨事を作りだし、その中で死に瀕した者を殺して新たなエインヘリアルを生みだそうとするのだ。
 事前にパーティー会場のひとびとを避難させると別の場所が襲撃され、被害を食い止めることが叶わなくなる。ゆえにあらかじめこのパーティーに潜入しておいて、敵襲後に対処を開始せねばならない。そう語って遥夏は、桜色のカードを扇のごとく広げてみせた。
「招待状は手配できたからね、あなた達には正規の客としてパーティーに参加して欲しい」
 酒を嗜めぬ者にはクラフトジンと同じボタニカルで香味をつけたソーダが振舞われる。
 時が訪れるまで客として振舞って、時が至ればケルベロスとしての力を『振舞う』のだ。
 行動開始は襲撃が発生し、選定対象が窓から跳び出した後。
「幸い現場はホテルの別館。有事に備えた訓練を受けてるスタッフが揃ってるから、彼らに一般人達の避難は任せて、あなた達はヒールで会場の崩壊を食いとめて」
「合点承知! 今ここにいないけどパーティーには来るよってひとが手伝ってくれるなら、わたしとお手伝いのひと達で頑張りますなの。それならみんなは選定対象の青年をすぐさま追いかけて、敵の対処に専念できるんじゃないかしら~?」
 桃花の尻尾がぴこっと跳ねてぴこりと傾げられれば、
「同感。あなた達も念のためヒールを用意しておいてくれるとより安心だと思う。だけど、敵の撃破を最優先に考えてくれて大丈夫。あなた達なら確実に倒せる。そうだよね?」
 頷いた遥夏が改めてケルベロス達を見渡した。
 予知の光景からして、術の効果を重ねるのに長けた相手だ。
「揮う技は灼熱の炎と、幻惑の砂嵐、そしてフェアリーブーツの癒しの花」
 何れも侮れないから、気をつけて。と遥夏が話を結ぶ。
 きっとみんな『言われずとも!』って感じですとも~と尻尾を弾ませて、桃花が仲間達を振り返る。
 雪解け水に燈された春に、光の花々を操る少女に、逢いにいこう。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
ティアン・バ(熾瞳・e00040)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
火岬・律(迷蝶・e05593)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)

■リプレイ

●桜燈り
 ――雪解け水に、春を燈す。
 宴の間を満たす闇に光が映し出すのは、豊葦原の瑞穂の国たるこの国の麗しさと馨しさ。深山の自然に磨かれた水が湧きだし春爛漫とばかりに桜が咲き誇り、朝靄かかる檜の森に、朝露きらめく山椒や茶の新芽に、甘やかな陽色を実らせる柑橘と、その映像さえも瑞々しく香るような花木や果実が、瑞穂の米から生まれる蒸留酒にこの地の息吹を燈す物語。
 一条の光が実物の新作クラフトジンを照らし出したなら宴の間に照明が戻り、皆の歓声が咲く。氷や水晶細工を思わせる硝子のボトルからグラスへと躍った無色透明の滴は限りなく澄みきっていて、
「本当に……雪解け水のようですね」
「うん。綺麗だな」
 柔らかな眩しさに蓮水・志苑(六出花・e14436)が双眸を細めれば、蒸留に磨かれ香りを燈された滴の美しさにティアン・バ(熾瞳・e00040)も真摯に頷いた。白の小袖に紺瑠璃、紫の袴に桜を咲かせる志苑の装いは今宵の宴にしっくり馴染み、燃え立つ夕暮れを思わせる赤橙のドレスを纏うティアンは良く映えて。
 ――点心、大人しく待機してくれてるといいけど。
 花見団子をいっぱい抱えて夜桜の園へ羽ばたいていったウイングキャットに思いを馳せる金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)、今宵はゴリラではなくひとの姿を鮮やかなトロピカルイエローのドレスで彩る彼女は人目を惹くから、
「皆さん、素敵ですね……」
 アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)は改めて感嘆の声を溢す。華やぎを増していく宴の雰囲気に心も浮き立つよう。
 再び満ちた光の中、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は、
「こうして改めて見るト……本当に素敵デス。とても凛々しイ」
「だったら嬉しいな! 僕もエトヴァみたいに着こなせるようになりたいから」
 二人そろって新たに仕立てたスーツでひときわ大人びたジェミ・ニア(星喰・e23256)に微笑み、辺りの状況も改めて見渡した。やがて訪れる戦いの舞台への最短経路は当然窓だ。周囲の会話で選定対象の青年も確認し、伏見・万(万獣の檻・e02075)と目配せを交わす。
 視界の端で件の青年を一瞥した火岬・律(迷蝶・e05593)がグラスを口へと運んだなら、氷の音と共に凛と昇るのはジュニパーベリーの香り。然れど冷たい滴を含めば清しい煎茶の香りが檜や山椒を連れ、喉を灼く酒精の熱が清しさの余韻に桜と甘夏を花開かせる。
 己の裡に、燈る春。
「京都、沖縄、九州を中心に、近年クラフトジンが盛んだとは聞いていましたが」
 この地もそのひとつとなりそうですね、と口許を綻ばせた律の脳裏を過ぎるのは、古都で造られるジャパニーズクラフトジンの代表格とも言える銘柄、そして――。
「九州や沖縄ってェと……ああ、焼酎や泡盛の蔵なんかも参入してるってことか」
 個性的な蒸留酒を造るならお手のモンだろうしなァ、と笑って万もグラスを取り、気侭にスキットルを呷る愉悦とは違った趣を楽しみつつ、奥深い香りを秘めた酒杯を傾けた。
 三階の窓から見渡す夜桜の園は、柔い光を孕む桜の雲が闇に浮かぶ様を見下ろすよう。
 ――今度実家に帰ったら、提案してみましょうか。
 酒精なしでもジンの味わいに寄せたソーダの甘味はごく僅か、なれど深く幾重にも花開く香気も香味も豊かであでやか。茶道の家元の娘として生まれた志苑には茶の香が慕わしく、いずれうちの茶屋でもクラフトジンをと胸に夢を燈す。
 窓に映った万が顎で示す先、選定対象の姿を眼に留めて。
 思っていたよりもずっと大人の味わいですね――と、凛と香りが際立つソーダにアクアが瞬きをする様子に小唄も釣られたように瞬きひとつ。万がグラスと一緒に渡してくれた情報再確認のメモをそっと畳み直して、一口含んだ滴からこころにからだに染み渡る春の香りと酒精の熱に、小唄はほどけるように笑んだ。
「大人と言えば、桃花さんって私より年上だったんですか……」
「ふふふ~。年上のお姉様ですとも~♪」
 ちょっとびっくりと語れば、真白・桃花(めざめ・en0142)が、わたしが幼く感じられるならそれはそう見ているほうが幼いの~と悪戯な笑みを覗かせて、意味深ね桃花ちゃん、と八柳・蜂(械蜂・e00563)が目許を和ませる。
 片目を瞑ればネットの波間に魅力的なクラフトジンが幾つも浮かびあがってくるけれど、この春生まれたばかりの桜燈すクラフトジンは、
「ね、桃花ちゃん。美味しい?」
「ああん、それはもう『雪解け水に、春を燈す』美酒ですともー!」
 蜂に飛びきりの春をくれた。強い酒精とまろやかな透明感、その裡から咲き溢れる香りは花木や果実の息吹に満ちていて、お仕事頑張りましょうねの気持ちでほっぺちゅーを贈れば返るのは、勿論のほっぺちゅーと、昆布締め桜鯛に木の芽を飾る手毬寿司。
 社交的な微笑を互いにひとつ。
 それだけでエトヴァと状況確認の意を交わし、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は傍らのネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)と掲げた美酒をゆるりと賞味する。
 酒蔵が拘りぬいたボタニカルを十種類以上組み合わせることも珍しくないクラフトジンは飲む香水と謳われる銘柄があるのも納得の芸術品。この宵に皆へ春を燈す生まれたばかりの美酒も、妙なるブレンドが双子に未知なるハーモニーを響かせてくれた。
「絶品だねぇ。この個性を活かしたカクテルを考えるのも面白そう」
「この国らしさが際立つところが粋だよね。ほら、こっちも」
 桜花の塩漬けを練り込むクリームチーズと生ハムのブルスケッタ、桜鯛と甘夏に彩られたカルパッチョ。馴染みの品々がこの国の息吹を燈す様も興味深くて、摘まんだ美味を互いに勧め合いつつ、紅玉と青玉の眼差しで仕事前の華やぎを分かち合う。
 凛と昇る香気、澄んだ硝子の音色。
 蒸留と調合の芸術たる杯を鳴らせば、袖口を音符で彩るカフリンクスも歌う心地。
 今宵は大人びて見えても酒を識るには一月足りないジェミのソーダと乾杯し、エトヴァも己のこころとからだへ、この地の息吹を、春を燈す。豊かに花開く香りはいずれも好ましいけれど、甘夏の香りが嬉しくなっちゃうね、と家族が笑うから、俺も柑橘の香りが好き、と笑みを深め、
「時が来たラ、一本求めテ、一緒に飲みまショウ」
「うん、一緒に飲もう!」
 春風の向かう先、夏風を迎える前の、約束を結ぶ。
 白銀の眼差しで窓を示すエトヴァに尖り耳でぴこりとティアンは了解の意を返し、
「……ひとになった気分だ」
「? レスターは元々ひとだろう?」
 慣れぬスーツで紳士然と振舞う面映さをレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が言の葉に紛らす様に、もひとつぴこり。大人に一年と少し足りない少女と禁酒中の男が杯を鳴らせば硝子と気泡が唄い、凛と香る滴で喉を潤せば、燈る春にゆびさきまで浸れる心地。
 溺れなけりゃ人生の楽しみに違いねえ、と彼が語るのは大人だけが識る酒の歓び。
 お酒はどんなものなのだろうと想い馳せれば春色を見出し、そのクラフトジンにはどんなおつまみが合いそう? と乾杯しつつ訊ねれば、これもばっちりだけどとホワイトチョコを纏う甘夏ピールのオランジェットを差し出す桃花のおすすめは。
「桜餅とかどうかしら~? もちろん道明寺で!」
「さくらもち」
「桜と米か。成程、案外いけそうだな」
 鸚鵡返しなティアンの様子に眦を和らげ、レスターもオランジェットを手に取った。
 甘夏より鮮やかな赤橙の胸元に白珊瑚を燈す少女が大人になる日も、その先も――と自分勝手に希う望みが、灰と銀で重なるものとは、識らぬまま。
 確かにこれも合いますね、とオランジェットを試した律の胸にふと、湯で割ればこの酒の甘夏の香りがいっそう立つだろうかとの想いが萌す。芽吹いたぬくもりは昨年渡英した先でクラフトジンを酌み交わした相手を、今宵味わったライススピリッツのふくよかなまろみは己が未だ折りあえぬ父と亡き母が、これは般若湯だから、と楽しげに呑んでいた光景を思い起こさせて。
 復讐のみに彩られていた世界が雪解けの雨に洗い流されたような。
 空虚さではなく清々しさを、今感じることができるのは――。
 深紫の双眸が細められた刹那、唐突な震動がパーティーホールを襲った。

●桜送り
 ――春宵の宴に、乱を燈す。
 突然の震動と衝撃で天井や壁が崩れ窓の強化硝子が砕け散る。吹き込む夜風と天井や壁を舐める炎の熱気が渦巻いたが、選定対象となる青年が窓から跳び降りた次の瞬間、その身に宿すエアライドゆえに迷わぬエトヴァと律も窓から跳んだ。
 途端、崩落する天井とシャンデリアを天使の極光が抱擁して、癒しの雨が降りそそぐ宴の間を翔けた銀炎の波が瓦礫に潰されかけた出入口を癒しあげる。
 天翔けるヘリオンからの降下作戦も日常的にこなすケルベロス達だ。その身体能力ならば三階から跳び降りることに不都合はないが、
「それでも不安があるヤツはこれ使え!」
「事後承諾で悪いけれど――行くよ」
 瞬時にケルベロスチェインを奔らす万は誰かの癒しのカナリアに修復された柱に絡ませた鎖をロープ代わりに窓の外へ放ち、仲間が動くと同時に天使の翼を展開する心積もりでいたルーチェは即座に、戦場で癒しの要となるティアンを抱えて夜風に身を躍らせる。
 敵襲に備える者が警戒しながら時を待つのは当然のこと。
 肝心なのは、機を見極め具体的かつ最適な行動を『採る』ことだ。
 エトヴァと万が状況把握と情報共有を図ってくれていなければ、敵の出現地点への移動を具体的にイメージできていなかった女性陣は機を見誤ってしまう可能性があった。アクアが考えていたように怪我人を運ぶ必要などあるはずもなく、敵襲から迎撃への流れそのものを誤認していた小唄は、展開次第では敵の姿を捉えることさえ不可能にしてしまっただろう。そうなれば当然、撃破も叶わない。
 夜桜をさざめかす風を突き抜け、降り立つ先は敵を待ち受ける戦の舞台。
 着地後に体勢を整える僅か一瞬さえもエアライドで短縮して、流れるよう腕をめぐらせたエトヴァが解き放つのは淡い羽めく白き光、桜の樹下で呻く青年の腹部の裂傷と全身打撲の痛手を一気に癒し、
「ここから離れテ、逃げてくだサイ。今すぐニ!」
「敵デウスエクス、来ます!!」
 助け起こした彼へと有無を言わさぬ勢いで避難を促せば、仲間へ報せると同時に青年にも状況が理解できるよう言葉を選んだ律が迷わず竜の鎚を振り抜いた。
 轟く砲声はさながら荒御霊の鬨の声、狙い澄ました轟竜砲が直撃したのは大地にふわりと舞い降りた桜の妖精さながらの、炎の邪精。
『ケルベロスですの!? なんて余計なことをしてくれますの!!』
 痛打を喰らった少女シャイターンは逃げ去る青年ではなく彼を癒したエトヴァをめがけて炎を放つが、獣のごとき跳躍で射線に跳び込み、
「ハッ! 折角の酒に余計な水を、ってか火ィ差したのはテメェだろうが!!」
 ツマミにして喰っちまうぞと吼えた万が灼熱を受けとめる。間髪容れず噴き上がる輝きは翼飛行で着地の衝撃を殺したルーチェが彼ら前衛陣へ幾重もの加護を贈る星の聖域、更には強大な癒しに二重の浄化を乗せたティアンの光が煌々と燃え上がる炎を霧散させて。
 敵を牽制するよう大地に突き立った万の星剣が後衛陣の聖域を描けば、
「――参ります!」
 夜桜の園へ白雪の桜で月弧を描く志苑が敵の懐へ斬り込んだ。
 鬱陶しいですの貴方達、と幼い怒りを露わにした少女が幻惑の砂嵐で前衛陣を呑むが、
「選定であろうがなかろうが、ティアン達が誰の命も奪わせはしない」
「ええ。死を運ぶ妖精など、御呼びではありません」
 ゆびさきの裡、掌の芯へと砂中の星を握り込み、妖精靴で夜桜の花筵を翔けるティアンの光の花嵐が砂嵐と激突する勢いで仲間へ癒しと浄化を贈り、万に護られた志苑が雷の霊力を凝らせた刃で真っ向から少女の胸と護りを穿つ。
 癒し手ティアンからの援護も妨害手ルーチェからの支援も手厚く万全。
 ならば護り手三人すべてが癒しに手を割く必要はなく、
「金剛! 回復補助はヒンメルブラウエが適任だ、俺らはコイツをぶん殴ンぞ!」
「わかりました! 点心はそのまま頑張って!」
 光の花々と星の聖域に幻惑を祓われるまで黄のドレス姿の仲間がバナナに見えていた――気がする、なんて内心の焦りはおくびにも出さず、万が敵を直接殴りつけんばかりに地獄の炎弾を叩き込めば、後衛から贈られる翼猫の羽ばたきを背に受けた小唄が降魔の一撃で彼に続く。息をつかせる間も与えず降り落ちた光は流星を燈した律の蹴撃。
 選定であろうがなかろうが、というティアンの言葉がアクアの脳裏に谺する。
 アクアが運ぶつもりだったのが『怪我人のままの選定対象』であったのなら、そこを敵に狙い撃ちされたはずだ。この少女シャイターンも、瀕死の者を『選定』するのだから。
 仮にそうなっても狙撃手たる自分が庇えるはずもないと痛感しつつ、戦乙女は滝の音めく砲声とともに竜砲弾を撃ち放った。
 大地に輝く星芒が照明とともに夜桜をいっそう神々しく照らしだす。
 春宵の園に更なる美しさ添えるのは銀の吹雪めいた流体金属の粒子や光の蝶、然れど敵も負けじと赤き灼熱を、幻砂の嵐を春宵の園に躍らせる。夜風を掻き乱す幾重もの砂嵐、その奥に麗しき蜃気楼を見せんとする砂塵が後衛陣へ襲いかかったのと同時、夜風へ蒼穹の髪を踊らせた青年が灰の少女の盾となった。
「ありがとうエトヴァ、そっちは任せていいか?」
「大丈夫デス。お任せくだサイ、ティアン殿」
 護ってくれた彼とアクアを庇った小唄、そして律と翼猫の様子をティアンが一瞬で見極め光の花々が後衛に舞えば、深い幻惑を抑え込む微笑みのまま、エトヴァが歌い上げる癒しと浄化が前衛陣を抱きすくめる。光と歌に彩られる夜桜の園は邪精の術などなくとも幻想的、だのに無粋な炎や砂塵を招かんとする敵を見遣れば、然して春宵に感慨を抱くわけでもないルーチェにも純粋な殺意が燈った。
「思い入れがあるわけじゃないけど、不愉快になるよねぇ。春の宵を穢されるのって」
「春宵一刻値千金……と感じるのは万国共通のようですね」
 零した言の葉に返ったのは律の声、一瞬で彼我の距離を殺した彼が打ち込む竜の鎚が咲き乱れる華のごとき凍気を少女の肌へ花開かせた刹那、白妙の手袋の先まで流るる銀で覆ったルーチェはその拳で標的の腹と護りを三重に抉り、破砕した氷片が更に少女を斬り刻めば、凛冽に奔る志苑の絶空斬が敵の縛めをいっそう強めて、
「勘違いしてンじゃねェぞ、今日のテメェは狩人じゃなくて、狩られる獲物なんだよ!」
『……!!』
 大人しく喰われろ、と愉しげに万が吼えれば獰猛なる黒狼の影が炎の邪精に躍りかかって絡みついて喰らいついた。影の獣に逃げ場を奪われた少女が妖精靴の踵を鳴らすけれど、
「それはもう焼け石に水でしかないって、お前も解っているんだろう?」
『いいえ! まだ勝負は判りませんの!!』
 純然たる能力そのものは高くとも、広く癒しを舞わせる光の花々では少女の深手を大して塞げない。敵の花を圧倒する鮮やかさでティアンが春宵に咲き溢れさせた数多の熱帯睡蓮は前衛陣の力を強める花、瞬く間に泡となって消えた楽園の花の加護を得た志苑が馳せる。
 幾重もの浄化を孕んだ光の花々は少女の縛めの大半を霧散させていたが、既にエトヴァの光の蝶とルーチェの銀の吹雪の加護も授けられている志苑の剣閃は何処までも冴え渡って、
 ――凍れる白雪、散らすは命の花。
 凛冽な桜を舞い吹雪かせる自陣最高火力の剣技、桜花霜天散華が炎の邪精に咲いた。
 夜桜の園に鮮血がしぶく。永遠にも思える一瞬のうちに最後の命のひとしずくまで凝らす様に少女の掌へ煌々たる赤き輝きが燈るが、灼熱の炎が放たれるよりも志苑に機を繋がれたエトヴァが邪精の懐へ踏み込む方が速い。
 夜桜には華やぎも、静寂も似合う。
「……ですガ、炎は風情を醸す篝火で十分ですよ」
 真っ向から少女を捉えるのは鏡映しの瞳。映った少女自身が悪戯に笑んで灼熱の炎を放つ幻影が標的の魂に刻まれ麻痺のごとく身を竦ませたなら、同感だね、と微笑したルーチェの魔力が織り上がる。
 春宵の焔は美しいモノだと思っていたけれど、
「使い手次第、なのだねぇ……」
 たとえ少女に一切の足止めがなくとも、三重の精密さで獲物を追い詰める今の彼の術から逃れられる相手もそういない。幾重もの水の鎖で少女の華奢な肢体を縛めて、白妙の手袋を取り去れば露わになるのは生命を断ち切るエイワズの刻印、
 ――君の魂(ココロ)を僕に頂戴……?
 この上なく甘美な微笑でこの上なく残忍に少女を抉るルーチェの右手が、臓腑も生命も、魂さえも握り潰す。ゆうるりと、確実に。なれど、いのちすべてを潰された少女の身体が、風に浚われた砂の城のように、風に散らされた桜吹雪のように崩れ去ったなら。
 彼の手をあたたかに濡らした鮮やかな赤も、春宵の夢のごとく柔く薄れて、消え果てた。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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