第八王子強襲戦~ビビリ王子に我儘娘と有能秘書官~

作者:砂浦俊一


 きらびやかな宮殿、そのバルコニーから第八王子ホーフンドは眼下に整然と並ぶ軍勢を見下ろしていた。そこにはホーフンド軍に加えて、レリとヘルヴォールの残党の姿も見える。視界を埋め尽くさんばかりの大軍勢だ。
 青白い顔でバルコニーに立つホーフンド王子の後ろには、秘書官ユウフラとホーフンドの娘アンガンチュールが並んで立っていた。ユウフラは心配そうに王子を見守り、アンガンチュールは戦場に赴く悦びから笑みを浮かべている。
 ホーフンド王子は精一杯の威厳を示そうと、華奢な体をピンと伸ばし、薄い胸板を張り、眼下の軍勢に檄を飛ばす。
「ぼ、僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよぉ!」
 しかしそれは、か細く裏返った、囁きのような声だった。
「ぅおおおおおおおおおおおおお!」
「おー!」
 ヘルヴォールの配下たちは熱狂的な叫びを上げたが、それ以外の面々の声にはどこかおざなりな響きがあった。
 第八王子、出陣。
 これが混迷の東京焦土地帯に新たな局面をもたらそうとしていた。


「死神の死翼騎士団との接触で得た『ブレイザブリク周辺のエインヘリアルの迎撃状況』に関する巻物を検証した結果、エインヘリアルの陣容に不自然な点が見られました。新たに得られた情報と合わせて分析した結果、エインヘリアルの動きが『大軍勢の受け入れのための配置展開』によるものと判明したのです」
 シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールは説明を続ける。
「この大軍勢の指揮官は第八王子ホーフンド。彼はグランドロン城塞でレリ王女と共に撃破した三連斬のヘルヴォールの夫であり、その報復のための出陣のようです。これにはレリとヘルヴォールの残党も加わっているため戦力は高く、もしブレイザブリクに合流すれば攻略が困難となります。またホーフンド王子は報復として都民の大虐殺なども行いかねません。彼らのブレイザブリクへの合流は何としても阻止したいのです」
 そこで立案されたのが、ホーフンド王子の軍勢への奇襲作戦だった。
 レリ並びにヘルヴォール配下の残党が前衛を務めるが、混成部隊のためホーフンド王子本隊との連携に不備がある。
 また仇討ちとはいえ王子を大切に思う配下たちは地球への進行に消極的、ホーフンド本人も好戦的な性格ではなく、臆病なほどの慎重派だ。
 だからケルベロスの奇襲で本隊に危機が迫れば撤退を決断するだろう。
「戦意は高いが連携の取れない前衛を壊滅させ、また前衛の支援に向かう本隊の動きに対応しつつ、精鋭部隊がホーフンド王子に肉迫すれば、配下が撤退を進言すると思われます。これは『ホーフンド王子がブレイザブリクに到着』する前、容易に撤退できる進軍中のみ可能な作戦です」
 作戦の流れは、おおよそでこうなる。
 ケルベロス側はブレイザブリクの警戒網の穴をつき、東京焦土地帯に精鋭部隊を浸透させる。
 前衛の右翼はレリ配下、左翼はヘルヴォール配下。どちらも士気は高いが本隊との連携に隙があるので各個撃破が可能。
 前衛壊滅となれば、本隊から救援部隊が派遣されるので、これを迎撃。さらに本隊へ戻れないよう足止めする。
 手薄のホーフンド王子本隊には派手な奇襲を仕掛ける。王子をビビらせて撤退させれば作戦成功だ。
「ホーフンド王子の軍勢は前衛を除けば士気も低く、立ち回りかた次第では余裕をもって撤退させられるでしょう。その上で敵戦力をどの程度まで削るかは、実際に作戦に参加する皆さんで相談して欲しいのです。どうかよろしくお願いします!」
 新たな王子が加わりブレイザブリクの戦力が増強されるのは阻止したい。
 セリカに見送られ、ケルベロスたちは出発する。


参加者
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
一之瀬・白(龍醒掌・e31651)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)

■リプレイ


 ホーフンド王子の大軍勢を、ブレイブザリク到着前に撤退させる一大作戦。
 敵を分断して各個に攻撃するべくケルベロス側も多くのチームを編成し、東京焦土地帯に潜ませていた。
 作戦開始前には周辺の地形のチェックを行い、同時に敵影の確認も怠らず、入念に準備を整える。やがて双眼鏡を覗いていたピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)は、着々と前進する雲霞の如き敵影を見た。
「みんな、僕はこの作戦を成功させたいんだけどそのためには僕らがやられる前に作戦を完了させるのがベターだと思うんだ」
 双眼鏡から顔を離した彼は、真剣な眼差しをチームの仲間たちへ向けた。
「やられる前にやるってことは敵に倒される前に敵を倒すってことだ。いいね?」
 その言葉に仲間たちは頷きを返す。
 彼らが相手にするのは大軍勢の前衛、旧ヘルヴォール軍の連斬部隊。これはシャイターンが主力であり、ヘルヴォールを討ったケルベロスへ復讐するためホーフンド王子の軍勢に合流していた。だがヘルヴォールを初めとした名のある指揮官が撃破されているため、連斬部隊は複数の小部隊へ再編、エインヘリアルの勇者兵たちが統率している。
 仇討ちに燃える連斬部隊の戦意は高いだろうが、対するケルベロス側も主力部隊で迎撃する。正面からの激突、力と力のぶつかり合いになるだろう――そして他チームの放った火球の爆発音とともに、戦いの幕は上がった。
 他チームとの足並みは乱せない。スターゲイザーで蹴りかかったピジョンに続き、一之瀬・白(龍醒掌・e31651)が盾役として前に出る。
「……一体何処にこれだけ潜んでたんだか」
 彼が懐から取り出した御札の束は、空中へばら撒かれると同時に紙兵へと変化し、味方の防壁となる。
「敗残の敵兵ほど油断出来ないものはない、気を引き締めていくよ!」
 彼らが相手にする敵集団は、おおよそ50体。盾を手にした防衛兵たちが前衛を務め、次いで銃剣付きのハンドガンを持つ一般兵たち、杖を携えた魔法兵たちが続く。最後方で指揮を執るのが巨体の女戦士、エインヘリアルの勇者兵。
「撃ちまくれっ」
 ライドキャリバー騎乗の天音・迅(無銘の拳士・e11143)が敵集団を斬り裂くように一直線に突っ込んでいった。相棒の雷にはガトリングを掃射させ、自らは手近な敵へ時空凍結弾を撃ち、防衛兵を盾ごと氷結させる。
「おぅおぅ、有象無象どもが集まったもんだ。攻性植物側の動きもあるし、そっちにも集中できるよう徹底的に叩いとかねーとな」
「お師匠は前衛の人たちをお願い」
 数が最も多いのは一般兵か。この敵中衛へと比良坂・陸也(化け狸・e28489)が氷河期の精霊を送り込む。クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)はサーヴァントのお師匠を味方前衛のサポートに着かせると、自身は法術支援の動きを見せる敵後衛へ轟龍砲を撃った。
「シャイターン主体とはいえ、数が多いですね……」
「あの数をブレイザブリクに行かせるわけにはいきません。ここで食い止めましょう」
 自チームの孤立を避けるためにも、同じ旧ヘルヴォール軍を相手にする他チームの動きにも留意しなければならない。他チームの戦況も窺いつつ、エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)は味方前衛へ六華、防壁となる雪をふわりと降り積もらせた。
 リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)はエナジープロテクションでさらに味方の耐性を高めると、サーヴァントのミミックを敵陣へ走らせた。ばら撒かれる愚者の黄金、攪乱される敵前衛、そこへシャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)が蹄を鳴らして突進する。
「そのとーりっす! 正々堂々、蹴散らすっすよ!」
 翼のように広がるオーラは炎となって襲いかかり、防衛兵の戦列が乱れた。続く一般兵と魔法兵にも動揺が生じ、ケルベロスの攻勢に後手後手に回ってしまう。
「チッ。シャイターンの連中じゃあ支えきれないか」
 前線の戦況にエインヘリアルの勇者兵は舌打ちすると、鞘から剣を引き抜いた。


 旧ヘルヴォール軍とこれを相手にする他チームの雄叫び、金属と金属がぶつかる甲高い音、肉の潰れる重苦しい音、銃声、砲声、爆発音――これらが混ざり合い響き渡り、焦土の大地を震わせる。
「ヘルヴォールさまの名誉のために!」
「ケルベロスどもに報復の刃を突き刺せ!」
 戦場に流れ出す血と臓物臭の中で、連斬部隊はケルベロス側の攻勢を押し返そうとする。策らしい策もない突撃だが瞳には復讐の炎を滾らせ、口からは憎悪が吐き出される。
(大切な人を倒された復讐……その想いは否定しない。その牙を受け止め、君たちを、君たちの大切な人の元へと送るくらいしか、ぼくには出来ないけれども――)
 もしも敵軍が合流すれば無関係な人々が傷つけられてしまう。だからこそ今ここで彼女らの復讐に真摯に向き合う、クローネはハンドガンを撃つ一般兵をドラゴニックミラージュの炎で火だるまにする。その近くでは、お師匠の地獄の瘴気を吸ってしまった魔法兵が悶えながら地面に崩れ落ちた。
「さぁ、かかっておいで。お前たちが憎むケルベロスは、ここにいるぞ」
 前衛の防衛兵たちに被害が出たとはいえ、連斬部隊はまだまだ数が多い。中衛の一般兵たちが戦列を支えるべく前進、後衛の魔法兵たちがこれの支援に回る。
「今は数を減らす。雷、やっちまえっ」
 雷は液晶パネルに『応』と表示すると群れなす一般兵へとキャリバースピンをブチかまし、迅は炎を纏った右脚で魔法兵を蹴り倒す。そこへ一般兵をパイルバンカーの一撃で貫いたシャムロックが続いた。
「自分らがいる限り、地球に手出しはさせねぇっす。尻尾を巻いて逃げるのなら今のうちっすよ!」
 威嚇するように彼は前脚を高々と上げると、盛大に大地を叩く。敵陣の縦横で暴れ回るケルベロスたちに、連斬部隊は前後の連携を失いつつあった。
「敵を分断できれば各個撃破も難しくないがこちらが孤立する危険もある」
 味方前衛を突破しようとする一般兵を気咬弾で撃ち抜くと、ピジョンはマギーを盾役として前線へ走らせた。
「こっちの火力は少しでも高めてえが、防御も疎かにできねえ――」
 前衛組にサークリットチェインを飛ばした陸也は、この時、敵陣後方から小山のような影が猛烈な勢いで襲来するのを見た。
「白、後ろだ!」
 尾を振り防衛兵たちを薙ぎ払う白の耳に、陸也の叫びが突き刺さる。咄嗟にチョーカーへ装備された小刀を引き抜き、彼は間一髪で死角からの斬撃を受け止めた。
「コレが無かったら危なかったな……ありがとう、ウォリアさん」
 すぐさま距離を取り窮地を脱した彼は、エインヘリアルの巨体を見上げた。
「アタシの名はピオーネ。ケルベロスども、この首欲しけりゃ獲ってみな!」
 そこに立つのはビキニアーマーにマントという姿の女エインヘリアル。刀身が揺らめく炎のように見える剣、フランベルジュをブン回して名乗りを上げる。
「勇者兵が前に出てきましたか」
「戦線を立て直したいのでしょうが、させるわけにはいきません」
 さすがにシャイターンを相手にするのとはわけが違う。エルムとリュセフィーは各々、前衛のクラッシャーへとマインドシールドを送る。


「気合いを入れな連斬部隊っ、ここでケルベロスを討ち取れば値千金だ!」
 ここまでの戦況で彼女が統率する小部隊は既に半数を失っている。崩れそうな戦線を維持するべく勇者兵がシャイターンたちを鼓舞した。
「必ず助けが来る。それまで耐え抜こう!」
「ホーフンド王子なら私たちを見捨てないはず!」
 第八王子を信頼する連斬部隊も未だに士気と戦意を失っていない。また鼓舞されたことで反撃にも勢いが出てきた。
 だが負けられないのはケルベロス側とて同じ。
「戦況はこちらが優勢っす! 皆さん、一気に押し切りましょう!」
 他チームの動向も注視していたシャムロックが叫び、バスターフレイムの炎で敵を包み込む。
「そいつぁ良いニュースだ」
「天音さん、受け取ってください」
 陸也が召喚した氷河期の精霊が残る防衛兵たちを氷結させ、魔導書を手にしたエルムの詠唱が迅の脳細胞をブーストさせた。
「まとめて吹っ飛びな」
 レガリアスサイクロン、強化された一撃が氷に苦しむ防衛兵たちを薙ぎ払う。
「怯まず押し返せ! 火力をケルベロス前衛に集中だ!」
 勇者兵は残る連斬部隊に指示を下すと、剛腕を唸らせ縦横無尽に剣を振るう。暴風のような斬撃がケルベロスたちに襲い、その身を傷つける。
「さすがに指揮を任されたエインヘリアルね。侮れない」
 驚嘆しつつもリュセフィーは己の役割に徹し、ウィッチオペレーションで負傷者の回復を行う。1人も欠けることなく作戦を成功させたい、その思いを顔に滲ませている。
 かたや勇者兵の顔には焦り。ケルベロス側の猛攻に手勢の防衛兵を全て失い、残りも1体また1体と倒れていく。
「一般兵どもはアタシの左右につけ! 魔法兵どもはアタシの後ろから援護! ここが正念場だよ!」
 その指示に、残る一般兵と魔法兵が勇者兵のもとへ駆けつけた。わずかな手勢で勇者兵はなおも抵抗を続けるが、直後に右脇の一般兵が砲弾の直撃で吹き飛ばされた。
「頼むから僕の意識があるうちにすまないが死んでくれ!」
 ドラゴニックハンマーを火砲へ変形させたピジョンの砲撃だった。相棒のマギーも凶器を逆手に持ち、倒れた一般兵にトドメを刺す。
「冬を運ぶ、冷たき風。強く兇暴な北風の王よ。我が敵を貪り、その魂を喰い散らせ」
 左脇の一般兵もクローネの北風の牙、凍てつく嵐によって全身を刻まれ崩れ落ちる。
「さぁ、己の恐怖に食い尽くされるがよい……!」
 空へ撒かれた八卦龍紋呪符、白の幻龍剣【夢葬乱舞】が敵集団を呑み込んだ。爆散と爆炎、その後の凶悪な幻影――勇者兵は歯を食いしばって堪え、裂帛の気合いとともに剣を大地に叩きつけた。
「ハァハァ……何人残ってる!」
 全身から脂汗を流す勇者兵は、喉が潰れんばかりに叫んだ。


 しかし、返事はひとつとしてなかった。
 立っているのは勇者兵のみ、彼女が率いていたシャイターンは全て散った。
 いつしか付近の戦場からも、旧ヘルヴォール軍の声は全く聞こえなくなっていた。
「残っているのは――」
「おまえだけだよ」
 リュセフィーの時空凍結弾とピジョンの砲撃に巨体が揺れるが、勇者兵はなおも大剣を担ぐように構えた。
「……アタシだってタダじゃあ死ねないんだよっ」
 血走る眼球でケルベロスたちを睨みつけ、勇者兵がにじり寄る。
「まだ動けるの?」
「しぶといっ」
 勇者兵の大振りの一撃を避け、クローネと白が左右から仕掛けた。左からは飛び蹴り、右からは如意棒の打撃。さらにエルムから脳髄の賦活を受けたシャムロックが突撃する。
「さぁ、派手にいくっすよ!」
 草原の走者<feroce>によるすれ違いざまの一撃、勇者兵の体に呪いの刻まれた傷が広がる。ガードを固めて耐える勇者兵だが、口から黒々とした血が吐き出される。
「エインヘリアルを舐めるでないよ!」
 なおも勇者兵が大剣を掲げた。残された力を、その一振りに注ぎ込むように。
「んじゃ、いい具合に支援すっから。遠慮なく突っ込めや」
「我は無銘なり、我が連撃が型を纏わず――」
 だが陸也の【詩編再現:邪視の妖精】、詩編を媒介に召喚された妖精が、邪視の力で勇者兵の全身を硬直させる。そして身動きの取れなくなった勇者兵の懐へ迅が飛び込んだ。
「我が乱撃は夢幻なり」
 天啓の幻影、迅の閃きから繰り出される即興の連撃が勇者兵の全身へ叩きこまれる。フィニッシュの回し蹴りに頸椎をヘシ折られた勇者兵は、唇から一筋の血を流すと、声もなく大地に崩れた。
 彼らが盛大な歓声を聞いたのはその後だった。
 他チームも旧ヘルヴォール軍の殲滅を完了したようだ。
 エルムは歓喜の表情を浮かべた後で、緊張の糸が切れたのか体がよろめていしまう。近くにいたピジョンが慌てて支えに入った。
「大丈夫かい?」
「ごめんなさい、安心しちゃったのか気が抜けたみたいです」
 そこへ他チームからの割り込みヴォイスが聞こえてきた。
『こっちは無事だ! 皆も無事みたいだな? オレたちはこれから本隊に向かう、余力がある奴らは一緒に行こうぜ!』
 この機に本隊を叩くのは望むところだ。
 ケルベロスたちは手持ちの武器を高々と掲げて『了解』と意思表示すると、他チームと合流するべく焦土の大地を歩き出した。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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