第八王子強襲戦~ケルベロスの牙

作者:そうすけ


 しんと静まり返った宮殿広場を、数多の兵士が埋め尽くしていた。
 ホーフンド王子配下の軍に、レリ王女と今は亡きヘルヴォール妃の残党軍が加わった大混成軍だ。武器を手に整然と立ち並び、バルコニーの扉が開くのをいまか、いまかと待っている。
 そこまではホーフンド軍も、レリ軍も、ヘルヴォール残党軍も、みな同じなのだが……。
 数は多けれど、残念ながら混成軍は一枚岩とはいいがたい。兵士が発する覇気に色がついていたなら、その熱意の明らかな差が見てとれるだろう。
 バルコニーの扉が厳かに開き、ホーフンド王子が姿を現した。背後に心配顔の秘書官のユウフラと、頬を上気させた娘のアンガンチュールを従えている。
 全軍兵士の視線と耳が、バルコニーの一点に集中した。
 王子が一人で、白い手すりの前まで進む。
 目を右から左、そして下へと迷わせ、十分すぎるほどの間をとってから、王子はようやく口を開いた。
「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよ!」
 言葉の勇ましさからは想像できないほど小さな声ではあったが、檄は広場の後方までなんとか飛んだようだ。
 ヘルヴォール残党は熱狂的に、それ以外からはおざなりに、鬨の声が上がる。
 兵士の歓声に嬉しそうに手を振って応えるアンガンチュールと違い、王子の手の振り方はどこかためらいがちでぎこちなかった。


「聞いて!」
 手に紙を握ったゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)が声を張る。
 だが、その声以上に鋭い光を放っていたのは、ゼノの眼だった。
「焦土地帯の情報を探っていた副島・二郎(不屈の破片・e56537)たちの情報から、焦土地帯のエインヘリアルの動きが『大軍勢の受け入れの為の配置展開』によるものであると判明し、予知を得る事ができた。
 その予知に之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)の調査を合わせてみたところ、東京焦土地帯に第八王子・ホーフンドが指揮する大軍勢が現れという結果が出たんだ!
 おそらく、彼らはブレイザブリクに合流するつもりだよ。
 そこで今から、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の提案に従い、合流前のホーフンド王子の軍勢を奇襲する強襲作戦を実行する」
 ゼノの周りに集まっているケルベロスの中から、「第八王子って?」という小さな声が転がり出た。
 説明の必要性を感じたのか、ゼノが転がってきた疑問を律儀に拾い上げる。
「第八王子・ホーフンドは、ケルベロスが大阪城のグランドロン城塞でレリ王女と共に撃ち倒した、三連斬のヘルヴォールの夫だよ。
 今回の出撃は、殺された妻の仇討ち……報復の為みたい。
 だからだろうね、レリ女王とヘルヴォールの配下だった残党軍も、この仇討ちに参加している」
 ケルベロスたちの間に唸るようなどよめきが広がった。
 仇討ちともなれば、指揮官の王子はもとより、その配下の兵士たちの戦意も高いだろう。とうぜん、士気も高いはず。
 その大軍勢を相手に戦うとなれば、激戦は必定だ。
「それが、そうでもないんだ。敵軍の戦力は高いけど、十分、勝ち目はあるよ」
 というのも、とゼノは続ける。
「ホーフンド軍本体と、レリ配下、ヘルヴォール配下だった残党軍の前衛部隊とは、どうも連携がうまく取れていないようなんだ。
 ヘルヴォールの配下だった残党軍はこのかたき討ちに燃えている。けど、王子に忠節を誓うホーフンド軍は『地球への進行に消極的』でね。
 ホーフンド王子本人も、本来は臆病な程慎重な性格みたいだし、ボクたちの攻撃で本隊に危機が迫れば、狼狽して撤退する可能性がものすごく高い」
 まず、戦意は高いが連携が取れていない前衛軍を壊滅状態にまで追い込む。
 次いで、慌てて前衛軍の援護に向かう本隊の動きを牽制しつつ、精鋭部隊がホーフンド王子に肉迫する事が出来れば、王子の安全を守るために配下が撤退を進言するだろう。
 そうなれば、臆病なホーフンド王子のことだ、危険を恐れて撤退命令を出すに違いない……というのがヘリオライダーたちの共通認識だ。
 ゼノは、この作戦は絶対に成功させなければならない、と力説する。
「ホーフンド軍がブレイザブリクに合流すれば、ブレイザブリクの攻略が格段に難しくなってしまう。それに合流を許してしまえば、気を大きくしたホーフンド王子が、ヘルヴォールの復讐の為に東京都民の大虐殺を行いかねないんだ」
 悪夢のような話だ。
 冗談じゃない。
 チーム全員の危機感が高まったところで、ゼノは作戦の要点の説明にかかった。
 この作戦は『ホーフンド王子がブレイザブリクに到着』する前、容易に撤退が可能な、進軍中のみ可能な作戦だ。
 ブレイザブリクの警戒網の穴をついて精鋭部隊を浸透させて奇襲する。
「予知によれば、前衛の右翼はレリ配下だった部隊、前衛の左翼はヘルヴォール配下だった部隊だよ。どちらもとても兵士の士気は高い。
 さっきも言ったけど、この二つの前衛部隊を壊滅にまで追い込めば、ホーフンド本隊から一部の部隊が救援に向かうはずた。
 この本隊から離れた救援部隊を迎撃し、足止めすることで、残ったホーフンド王子の本隊を孤立させる。
 そこへ襲撃をかけて……ビビったホーフンド王子が、慌てて撤退してくれれば作戦成功だよ」
 別に撃破してしまってもいいのだろ、という声にゼノは渋い顔をした。
「今から配る資料を見てもらえればわかると思うけど、戦力的にホーフンド王子を討ち取る事は不可能に近い。それに、もし王子を討ちとれたとしても……戦いに消極的だったホーフンド軍に火がついて、バラバラだった混成軍が一つに纏まってしまう。そうなったら……」
 あまりに危険だ。
 ケルベロスの全滅もありうる。
「ホーフンド王子の配下には、大阪城にいた戦力が多く含まれている。大阪城と東京焦土地帯で軍勢の貸し借りが可能だとすると、かなり厄介な事になるかもしれない。だからこそ、確実にホーフンド王子のブレイザブリク合流は阻止しなくちゃならないんだ」
 そういうと、ゼノはケルベロスたちに敵の情報をまとめた資料を配った。
 配布し終えると、急にすまなさそうな顔をした。
 胸の前で手を合わせ、小さくごめんと謝る。
「それを読んで、敵戦力をどの程度まで削るか……その前に……どの敵にあたるか、他のチームともよーく話し合って決めて欲しいんだ。
 ボクたちヘリオライダーで事前に決められなくて……その……ほんとうにゴメン」


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
黒岩・白(巫警さん・e28474)
新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)

■リプレイ


「いまだ、あきらちゃん君」
「はい。みんな、頑張りましょうね!」
 神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)は千手・明子(火焔の天稟・e02471)とともに張り巡らせた隠密気流を剥いだ。
 砂塵舞う荒野に正体を晒し、前方より進軍してきたホーフンド王子軍のユウフラ隊前衛と正面からぶつかりあう。
「お待ちしていました。ここはお通しできません」
 新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)は、仲間の肩越しに、敵兵ににっこりと笑いかけた。
 箱竜の『ラグナル』が宣戦布告にいきなり吹きだした青い炎を、最前列のホーフンド攻撃隊員が、昔話の鬼が持つような棘のついた棍棒をひと振りし、なんなく払いのける。
 それを見て、晟は感嘆の息を漏らす。
「ほう、驚かんか」
 奇襲であったにもかかわらず、ユウフラ隊に微塵の動揺も見られない。それどころか、素早く本隊から分隊が別れ、幾重にも隊列を組み上げてケルベロスに立ち向かってくる。
 指揮官が発した命令が、瞬時に隊の末端にまで届いている証拠だ。兵士の行動も迅速で、隊の士気が高い。
(「ユウフラといったか。この指揮官、手ごわいぞ」)
 このように優秀な副官を従えるホーフンド王子を、ブレイザブリクへ向かわせてはならんな、と改めて気を引き締める。
 まずはユウフラからなるべく兵を引きはがさねばならない。
 機を見て突撃する別部隊が本隊と前部隊との溝を広げ、強襲部隊が孤立したユウフラ本隊を叩いて退ける……本作戦の勝敗は、自分たちと自分たちを支援する部隊の働きにかかっていた。
「あぎゃっ!」
 下がる箱竜へ、炎を払った攻撃隊員とはまた別の攻撃隊員が、横から鬼の棍棒を振りおろす。
 晟は素早く箱竜の前に出ると、蒼竜之鉄梃で鬼の棍棒を受けとめた。
「全体進め、そのまま押しつぶせ!」
 何処からともなく聞こえてきた強い声に勢いを得て、前へ前へと押してくるホーフンド攻撃隊を、獄犬の『マーブル』から援護射撃を受けながら、黒岩・白(巫警さん・e28474)とともに押し返す。
「はいはい、お巡りさんが悪党どもに死をプレゼントしに来たっスよ! そんなに焦らなくても一人残らず平等にやってやるっスから、落ち着いて」
「――と言ったところで聞かないでしょうけど」
 明子は日本刀を鞘から抜き放つと、盾の内より白鷺の飛ぶ如く飛び出した。
 速さが重力と威力を生み、技がそれを余すことなく刀身に伝える。
 ガッという音とともに、無数の火花が飛び散った。
 おろした刀は真っ向から鬼の棍棒を一撃し、トゲをそぎ落としながら身を滑り落ちていく。
 柄を握っていた褐色の指が四本、赤い血を吹きながら飛んだ。斬撃が形のいい顎を割り、バニー服に包まれた大きな胸をたてに切り裂く。
「列、入れ替えっ!!」
 号令とともに距離を取ろうと大きく身体を弾ませた攻撃隊員を、空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)が音もなく、地表を滑るような身のこなしで追う。
「逃がさない」
 モカは捉えた得物の背に、死を纏う二振りの惨殺ナイフを踊らせた。
 ダメージを受けた前列が散り、後ろから新たに、無傷の突撃隊員たちが進み出てきた。鬼の棍棒を構えてケルベロスの攻撃を受けとめる。
「撃て!」
 激突の衝撃に揺れるバニー耳を越えて、二列目、三列目から炎玉が雨あられと飛んできた。
 まさに猛攻だ。
「俺たちに任せろ」
 罠箱を引き連れた別班のケルベロス、タクティとユグゴトが支援に入ってきた。ドラゴニックハンマと鉄塊剣で、次々と飛翔する炎玉を落としていく。
 他の班員も果敢に再戦列の突撃隊員たちを攻めて、こちらの動きを助けてくれる。
「列、入れ替えっ!!」
 最前列の兵士に負傷者が出始めると、敵は再び列を入れ替えた。
 トドメを刺す前に逃げられると、またか、と悔しさが滲む声が仲間内から上がった。
 一列目に負傷者が出るとすぐに最後列に回らせ、遠距離攻撃をしていた二列目を前に出してケルベロスを足止めする。その間、後の列が炎玉をうち、最後列が前列の兵士の傷を癒す。
 この戦法によって敵は、兵士の数を減らすことなく、連続攻撃を可能にしていた。
 上手くいっているのは、指揮官ユウフラの的確な判断と指示とがあってのことなのだが。
(「まずいぞ。このままで本隊と引き離す前に、こちらが追い込まれてしまう」)
 アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)は、盛んに燃え上がる炎で赤く染まる空に、ドローンを飛ばした。
「あきら、空国! マーブルも。一旦、下がれ。傷を癒して、こちらも態勢を整え直すぞ」
 ドローンを巧みに繰って、仲間たちの傷を癒していく。
 別班のメディックたちからも回復の手が入った。
 しかし――。
 回復手当の分厚さはこちらにも言えるのだが、いかんせん多勢に無勢。受けるダメージの総量が違う。
 翼猫の『猫』は降り注ぐ火の粉を避けつつ、白い翼を広げた。ニャンと鳴いて浄化の風を起こし、味方の抵抗力を高める。
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は『猫』のアシストを褒めると、突きだした腕を回しながら敵の眼前にグラビティの水鏡を作りだした。
「……こっちはそろそろお宅のお家事情につき合いに飽きてきた。『よく見ろ。そこに何が映るか』。自分たちの行いを見つめ直すといい」
 力任せに鬼の棍棒を振るっていた敵が、水鏡に写った自身の姿を目にするや、ぴたりと動きを止めた。
 このチャンスにセット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)は、手にするハンマーを「砲撃形態」に変形させる。
「お、いい感じ。そのまま動かないでもらえるっすか?」
 竜砲が火を噴き、猛烈に沸き起こる発砲煙と共に砲弾が飛び出した。砲身の先に丸い輪の白煙が残る。
 砲撃を食らった最前列の突撃隊員が、一撃で飛んだ。
 セットが拳を勢いよく突き上げる。
「やったっすよ! この調子でどんどん倒していくっす」
 また列を入れ替えられる前に、一人でも二人でも、敵を倒して数を減らしておきたい。
 勢いに乗って瑠璃音が散扇を振う。
「星の力を」
 空中できらきらと、瑠璃音が放ったグラビティが光る。真昼の星ででもあるかのように。星々は見えない壁にぶつかり、小さな流星と化して次々と最前列の突撃隊員に向かって落ち始めた。
 不吉な星の巡りに守りの力を大幅に削がれた突撃隊員に、別班からの遠距離攻撃が飛ぶ。
 突撃隊員が力任せに振った鬼の棍棒の下をかいくぐり、『ラグナル』が体を丸めて体当たりをする。
 傷が癒えた明子とモカも、別班のウィゼとともに最前列を削りにかかった。
 仲間の動きに常に目を配り続けるアジサイが、仲間が傷つくたびに手当てをしていく。
 連れ合いと戦場で体を入れ替える際に、アジサイはさりげなく声をかけて体を気遣った。
「無理はするなよ」
「ええ、そうね。これからどれだけ粘らなくてはならないかは分からない……。落ち着いて、士気を保たなくちゃ」
「その通りだ。頼りにしているぞ、あきら」
「わたくしこそ。頼りにしてる」
 無骨なドラゴニアンはふっと笑みを漏らすと、遠ざかる愛しい女の細背に気力を送った。
 三人ほど敵を沈めたところで、またも敵後方から号令が飛んできた。
「くそ。またか」
 陣内が、二つの氷結輪を高速回転させて作りだした『氷のゴーレム』を、前線にばら撒きながら毒づく。
 トドメを刺さんと追いかけるも、最前列に入った無傷の突撃隊員たちの猛攻に阻まれてしまう。
 今度は、前線隊の勢いにケルベロスたちが耐える番だった。
 武器や武具ぶつかりあう金属音、肉の潰れるにぶい音、両軍兵士の悲鳴と怒声。生死を彩る数々の音が生まれては消える。
 やがて、ケルベロスたちが、じり、じり、と敵軍に押されて、下がりはじめた。
「この……っ、いいようにやってくれるじゃないっすか!」
 セットは自身が与えたダメージよりもはるかに多く、反撃を受けていた。憎まれ口にも痛みが滲む。
 陣内は攻撃を続けつつ、敵兵の隙間から、遥か後方で陣取っているユウフラ本隊との距離を測った。
(「ち、不本意ではあるが――」)
 ケルベロスたちは図らずして、ユウフラの前線隊を引きつけ、本隊と引き離すことに成功していた。


 陣内のほかに、最前列で肉の盾となり敵を捌いていた晟も、そのことに気づいていた。いまや、控えていた別部隊、ケルベロスの牙が食い込む余地は十分にある。
(「さあ、来い。来てくれ!」)
 心の中で声をあげて、仲間を呼ぶ。
 地が揺れた。
 アジサイと明子が進撃の音を聞いて驚きの表情となり、つづいてそれが歓喜に変わっていく。
 土煙を上げて、新たなケルベロスたちが駆けてきた。
 三班からなる連隊が戦場に乱入し、ただちにバイオガスが散布される。
 ユウフラ軍は手を打つ前に分断された。
「第一段階、成功っス!」
「やったわね!」
 たちまち混乱しだした戦場で、白とモカが抱き合い喜びを分かち合う。
 本来、敵の前線までたどりついたところで、布陣を維持したり、反撃に応戦しつづけるのは至難のわざだ。
 ところが、この必然的に発生した煙幕は、攻める側の方により有利に働く。
 ケルベロスの牙は、混乱する戦場のど真ん中にいながら、ユウフラ本隊を見逃さなかったのである。
 敵司令官ユウフラの命令は、牙をむくケルベロスたちとバイオガスによって断ち切られ、前線隊に届かなくなっていた。


 セットはドローンを打ちあげて、バイオガスで仕切られた戦場のデータを取った。
 集めた情報をもとに短期の未来予測を行い、3Dホログラムの戦略マップを作り上げる。
『皆さん、コレを使ってくださいっす!』
「ありがとうセット。これより反撃を開始します」
 散扇の刃に冷気を纏わせ、瑠璃音が悠然と舞う。
「流れ流れし夜の刃よ、其は緩やかに穏やかに……命、凍てつかせるモノナリ」
 戦略マップが示した敵軍の脆弱な部分に小さな夜が生まれ、ひょうひょうと音をたてて雪が吹雪きだす。
 夜の雪は突撃隊員に当たるや、瞬時に溶けて凝固し、氷の刃となって柔らかな皮膚を切り裂さく。
 血しぶきが飛び、悲鳴が次々と上がるも、列の入れ替わりは起こらなかった。
 いまだ!
 晟が檄を飛ばす。
「私に続け!」
 敵は正面突撃されるなど予想もしていない。そこに、起死回生の勝機が生まれる。ケルベロスたちはディフェンス陣を先頭に、密集突撃で敵の最前線に躍り込み、思いのままに暴れ回った。
 中央から敵軍を割り進みながら、晟は大きく息を吸い、蒼く燃える炎を吹きだした。
 蒼炎の息吹が火炎旋風となって、敵陣を騒躍し始める。
 パートナーに負けまいと、『ラグナル』もボクスブレスを吐いて弱った敵から仕留めていった。
 一方、本隊と引き離された前線隊も、ようやく秩序を取り戻しかけていた。
 ケルベロスの反撃を受けて隊こそ半分に割られたものの、隊長がユウフラに代わって命令を発し、反撃の体制を整える。
「撃て、撃て、撃て! こやつらを蹴散らし、ユウフラ様をお守りする。我らでホーフンド王子の仇討ちをお助けするのだ!」
 敵軍に巨大な噴火口が出現した。
 炎玉が撃ちあがり、ケルベロスたちの頭上に熱い灰と火の粉が降り注ぐ。
 地面を殴る炎の雨音が支配する戦場を、無情に切り裂き続ける断空音。勢いを増す噴火と灰は太陽をさえぎり、あたり一面、夕暮れの時のような暗さとなった。
 夜目がきく白は、全身を炎に焼かれながら、仲間を守るために猛毒の翼を具現化し、勢いを盛り返した敵にゲシュタルトグレイブを振るい続ける。
『死の翼ふれるべし……触るだけでも死に至る猛毒の翼、防ぎ切れるっスかね?』
 剣が起こす風で、猛毒を持つ羽毛の欠片をまき散らす。
 薄闇に乗じ、白の背後から鬼の棍棒で襲い掛かろうとした突撃隊員を、彗星のごとく飛んできたセットが蹴り倒した。
 怒りで背中の毛を逆立出せた『マーブル』が、唸りながら剣を振るってパートナーに襲い掛かった敵にトドメを刺した。
 アジサイは薬液の雨を戦場に降らせた。
 黒くすすけて色あせた仲間たちが、優しくもあたたかな雨を得て、生色を取りもどす。
「妻の弔い合戦か。なるほどね、その気持ちは理解できる。同じ立場なら俺だってそうするだろう。だが、はいそうですかと受け入れることはできないな」
 バイオガスの向こうにいる仲間たちを信じ、ここで残りの部隊を殲滅するのだ。ユウフラ軍をホーフンド王子軍と合流させてはならない。
 目に敵と切り結ぶ連れ合いの姿が入った。二人を同時に相手どっている。
 見ているうちに、下段からのすくいあげを敵の一人に鬼の棍棒で落とされ、大きく体勢を崩した。その隙に、残る一人が無防備な背に回る。
「あきら!!」
 爆破スイッチを押した。
 轟音を発生させ、敵の気をひいた刹那。
 明子が名物『白鷺』を丸く振って、同時に二人を切りおろした。
 ほっと安堵した瞬間、アジサイは眩暈を起こす。
 仲間の回復を優先させ続けた末に、巌のような体が傾いた。
 『猫』が浄化の翼をはばたかせる。
 駆けつけた陣内が、尻尾でひっぱたいて兄貴分に気合を入れた。
「すまん」
「しっかりしてくれよ」
 憎まれ口をたたく。陣内は固く結ばれた二人の絆を羨ましく思った。もちろん、そんなことは口が裂けても言わないが。
 瑠璃音の援護を受けて敵隊の奥深くに切り込んだモカは、レプリカントの腕に内蔵されたモーターをフル稼働させて、肘から先を高速回転させた。
「私の目の前で、回復なんてさせないわよ」
 顕著させた命の蛇ごと、突撃隊員をぶち抜く。
 これでちょうど半分。ともに戦う別班とともに、前線隊の数を半分にまで減らしたことになる。
 敵軍の動きがにわかに慌ただしさを増した。
「退却、退却ー! 直ちに反転、戦場から離脱。ホーフンド王子の軍と合流せよ!」
 まずい。まだ敵は余力を残している。
 このままホーフンド王子の軍に組み込まれてしまえば、ブレイザブリクへの進軍を止められない。
「待て!」
 ケルベロスたちは逃げて行く敵を追った。だが、すでに満身創痍の状態、追撃もままならない。
 敵との距離が刻々と開いていく。
 もうダメなのか。ここまで追い込んでおきながら、不首尾に終わるのか。
 明子が下唇を噛む。
 気持ちが挫けそうになったとき、敵軍の退路の向こうから、ヘルヴォール軍を壊滅させたケルベロス達が向かってくるのが見えた。


 ケルベロス側の増援を確認したユウフラ軍は、船上に留まり、ホーフンド王子を守る役目を引き受けた。
 全滅覚悟で戦う敵ほどこわいものはない。
 ユウフラ軍は反転すると、憎悪で眼を光らせ、血の海の彼方からすさまじい勢いで突進してきた。
 敵味方問わず吹き出す血で霧が生じる中、瑠璃音が声をあげて舞い、味方を鼓舞する。
「死力を尽くして、私たちの役割を果しましょう」
 それから数時間後。
 激戦の末に、ケルベロスたちはユウフラ軍を下した。

作者:そうすけ 重傷:神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) 黒岩・白(巫警さん・e28474) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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