第八王子強襲戦~ケルベロス精鋭部隊浸透撃滅作戦

作者:ハル


 エインヘリアルの第八王子・ホーフンドは、豪華な宮殿のバルコニーから集結した軍勢を見下ろしていた。
 その気弱で幼げな容姿に、見合わぬどころか相応しいと感じさせる自信なさげな立ち姿。
 両脇を固めるのは、ホーフンド王子に対する心配からかどこか出撃に乗り気でなさそうなユウフラと、対照的に戦に対する漲る気合を隠しもしない、ヘルヴォールとホーフンドの娘であるアンガンチュール。
 と、ようやく意を決したホーフンド王子が前に出る。
 自軍であるホーフンド軍、レリとヘルヴォールの残党軍、集う大軍勢は壮観と呼ぶに相応しいだけに、
「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよ!」
 その蚊の鳴くような小さな檄は、どこかおざなり感を残すおー!! という大多数の歓声で占められる――かと思いきや、今は亡きヘルヴォール配下、そしてレリの残党軍だけには、多大なる熱量を持って受け止められる。
 結果、宮殿のバルコニーは、一部は怒号にも似た意気軒昂さで溢れ、一部はそれほど、という奇妙な様相を呈するのであった。

「死神の死翼騎士団との接触、ご苦労様でした。曖昧さや疑いこそあれど、少なくとも互いの利害の確認は成った、といった所でしょうか」
 会議室で、山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が口を開く。その手に握られた資料は、例の巻物の検証結果と思われた。ケルベロス達の視線に応えるように、桔梗は資料を皆に配る。
「皆さんも待ちかねていると思いますので、本題に入りましょう。巻物の検証の結果、エインヘリアルの陣容に不自然な点がある事が発見されました。具体的には、エインヘリアルの迎撃ポイントや迎撃タイミングに、明らかに不自然な穴があったのです」
 無論、明確な穴があるなど不自然。死神側による欺瞞情報である可能性も疑った。しかし、副島・二郎(不屈の破片・e56537)達、焦土地帯の情報を探っていたケルベロスの情報と組み合わせてみると、焦土地帯のエインヘリアルの動向……その不自然な穴が、『大軍勢の受け入れの為の配置展開』によるものであると判明し、予知を得た。
「これに之武良・しおんさんの調査結果も加えると、確実な情報かと。調査結果と予知により判明した東京焦土地帯に現れる大軍勢の指揮官は、第八王子・ホーフンド。彼は、大阪城のグランドロン城塞でレリ王女と共に撃ち倒した三連斬のヘルヴォールの夫であり、その報復を目的として軍勢を出撃させたと見られています」
 予知の通り、ホーフンドの軍勢には、大阪城で皆が撃破したレリとヘルヴォールの残党も合流している。軍勢の戦力は高く、彼らがブレイザブリクに合流すれば、以後の攻略は困難を極めるだろう。
「――と、そんな急を要する情勢ですので、わたし達も動かねばなりません。君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)さんの作戦に従い、合流前のホーフンド王子の軍勢を奇襲する、強襲作戦を計画しています」
 ホーフンドの軍勢は、レリ配下、ヘルヴォール配下の残党を前衛としている関係からか、前衛と本隊との連携が上手く取れていない。
「というのも、ホーフンド王子はヘルヴォールの仇討ちの為に挙兵しましたが、王子を大切に想う直属の配下との思惑には少しズレがあるようです。地球への侵攻には、依然として消極的な様子が伺えます。何より、ホーフンド王子本人が本来、好戦的な性質からは程遠いのです。ケルベロスの攻撃で本隊に危険が及べば、強い狼狽を示して撤退を決断する可能性が高いと思われる程度には」
 やはり、戦意は高いが連携が取れていない敵前衛軍の壊滅を狙うべきだろう。前衛軍を壊滅に追い込めば、本隊も援護のために人手を割かざる得なくなる。その隙に精鋭部隊がホーフンド王子に肉迫できれば……。
 王子の安全確保のため、配下が撤退を進言し、ホーフンド王子のブレイザブリクへの合流を阻止する流れが生まれるはず。
「ホーフンド王子は好戦的ではないとはいえ、妻であったヘルヴォールの復讐の為には何をしでかしても不思議はありません。東京都民の大虐殺の可能性も否定はできないため、何としても合流前に喰い止めなければ! ホーフンド王子を撤退に追い込むには、撤退が容易な進軍中である今しかないのです!」

 作戦を整理しよう。
「まず今回の作戦は、ブレイザブリクに合流しようとするホーフンド王子ら軍勢に対し、ブレイザブリクの警戒網の穴へ精鋭部隊を浸透させての奇襲作戦です」
 桔梗が、状況を纏める。
「最終的な目的は、妻であるヘルヴォールの仇討ちのために出撃してきた、第八王子ホーフンドの性格を利用して、撤退に追い込むよう仕向ける事」
 そのためには第一に、士気は高いがホーフンド王子の本隊との連携に隙がある前衛軍の各個撃破を狙う必要がある。
「ちなみに前衛の右翼はレリ配下だった部隊、左翼はヘルヴォール配下だった部隊が担っています」
 そして第二に、前衛部隊を壊滅させた後、救援のために送り出されたホーフンド本隊の増援を迎撃し、さらにホーフンド王子の本隊に合流できないように足止めをする。
「そうして第三、手薄になったホーフンド王子の本隊に直接襲撃をかけ、ホーフンド王子を精神的に追い込みましょう。これ以上の進軍は命の危機があると彼の心の奥にまで叩き込んでやるのです」
 それらが成功すれば、最終目的が果たせる公算は高いと思われる。
 ホーフンド王子が撤退すれば、作戦は成功だ。
「皆さんご存知の通り、八王子市の東京焦土地帯は、東京首都圏近郊に存在しています。ここに新たな王子勢力が加わり戦力が増強されれば、東京都民の身が今以上に危険に晒されてしまいます。確かに死神の死翼騎士団の動向は気になりますが、少なくともわたし達と今の所は利害が一致している模様。その他諸々の材料を勘案しても、何よりもまずはホーフンド王子を撤退に追い込むのが先決でしょう」


参加者
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)
羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)

■リプレイ


(「これまたずいぶんと派手な作戦をおっぱじめたわね、相手さん。……ま、私達も人の事は言えないけどね」)
 羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)の心情を代弁するように、戦闘開始直後から、東京焦土地帯は怒号と轟音に満ち溢れていた。ケルベロス陣営の精鋭部隊による直撃を受けたホーフンド王子ら軍勢の前衛部隊が、猛攻により瓦解しかけている。
 その瓦解しかけた前衛の一方、旧ヘルヴォール軍を掩護しようと出張ってきたのが、秘書官ユウフラに率いられた本隊左翼。
(「堅い、な」)
(「ええ、正直、予想以上ね」)
 そして、優秀な指揮官であり、ブレーンでもあるユウフラの斬首作戦を画策する4部隊の内の1部隊に属するマーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)とアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は、アイズフォンでやり取りを交していた。
 ユウフラ軍背面へと進行中のケルベロスの視界に映るは、決して歓迎は出来得ぬ情勢。先行してユウフラ軍へと仕掛けた2部隊が、余裕を持って受け止められている。1部隊が主力、1部隊が援護と協調して事に当たっているのも関わらず、だ。
(「負傷した隊員を後方に下がらせて、代わりに後方の要員と入れ替えているのね。消耗させる事はできても、止めを刺す事ができていないわ」)
 なるほど、足止めで『最低』2部隊を要求されるだけはあると、植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)は理解する。
 それでも、ユウフラを撃破さえできれば、頭脳を失った部隊の瓦解は必至。
 それは全員の共通認識でもある。隠密気流を纏い先頭に立つ源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が、ハンドサインで細かく行き先を示す。最後尾を豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)が務め、ユウフラとの接触まで極力戦闘を避ける構えだ。
(「これは、生かしておく方が厄介そうだ。ここでユウフラには……ご退場いただきたいね」)
 ユウフラの巧みな部隊指揮を実際に目撃し、姶玖亜の心情はさらに強固なものとなっている。
(「出来れば一緒にユウフラの元まで行きたかったけど、仕方がないよね。私達がやるしかないんだよ! だよね、アウレリア義姉さんに兄さん?」)
 決意を込めたエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)の視線に、家族が頼もしく頷きを返してくれた。
 依然として大きな損害を与えられていないユウフラ本隊と前線に楔を打ち込もうと、進行していたもう1部隊が突入を敢行したのだ。
 と、その時、突破に難儀していた戦線に変化が起こる。
『2名によるバイオガスの使用を確認でございます!』
 ステイン・カツオ(砕拳・e04948)が、筆談用の紙片にそう書きなぐって仲間に周知する。つい今しがた突入した部隊によるものだ。
『やった! 相手さん、混乱しているわ!』
『ええ、ようやくね』
 バイオガスによって、局所的にユウフラの指揮が鈍り、混戦状態だ。乱戦となり、先行していた2部隊も含めた戦況を互角以上に持ち直そうとしている。
 垣間見えた光明に、結衣菜と碧の表情も僅かに緩んだ。
(「見つけたわ!」)
 さらに朗報は続く。気づかれぬようにソッと望遠鏡を覗いていたアウレリアが、左翼本陣にて忙しなく動くユウフラと思しき敵影を発見したのだ。
「焦土地帯来るとさみしくてお腹すくぅ~。早く食べ物屋さんが帰ってきてくれるように、お仕事頑張らなくちゃだね」
「――はい。頃合いでございますね」
 潜めていた戦意を解放するように、エヴァリーナとステインが呟く。
「個人的には、主君を第一に考えることは理解できなくはないのですが……」
「同感だね。僕も族長の義姉の右腕として……要するにユウフラと似た立場だから、気持ちは痛い程理解できるよ。だけど――」
 そう、だけど。敵として相対したなら話は別だと、瑠璃は言外に告げる。
「まぁ、それほど王子様が未熟なのだということにしておきましょう」
「義姉が王子と違って頼れる人で、僕としては助かるよ」
 軽く言葉を交わすステインと瑠璃のみならず、準備は着々と。
 ケルベロス達は限界まで引き絞った弓の如き気配を漂わせる。
「では行こうか。先鋒は俺が。友軍をいつまでも待たせる訳にはいかないだろう――SYSTEM COMBAT MODE」
「だね、レディをダンスの舞台にお誘いといこう」
 マークが冷静沈着に戦闘態勢に移行、姶玖亜がフォーリングスターを構える。
 そして本陣を狙い、一直線にケルベロスは突撃した。
 目標、ユウフラ!

「伝令兵はいますか!」
「はっ、ここに!」
 その頃、本陣にてユウフラは、バイオガスの影響による戦線の乱れを修正すべく、多数の伝令兵を走らせようとしていた。その影響か、本陣は手薄となっている。
 そして、彼女の敵はその隙を見逃してくれる程に甘い敵ではないのだ。
「FIRE」
「~~~~~~ッッ!」
 少し離れた地点で、無数の弾丸が吐き出される特有の音と、本陣への突撃を阻止せんと壁となった隊員の声にならない悲鳴が木霊した。


 超鋼金で誂えられた瑠璃の機龍槌アイゼンドラッヘが、ドラゴニック・パワーで加速しつつホーフンド攻撃隊員を強かに打ち付ける。
 砲撃形態に変型したアウレリアのKeresから竜砲弾が放たれると、急所に受けた隊員が膝をつく。エヴァリーナがロッドから火の玉を放出。負傷していた隊員を焼き尽くし、巻き込まれた前衛が炎上して悶えた。
「ユウフラで間違いないわね、あれは!」
 カラフルな爆風で味方前衛の士気を高めながら、碧は遠目に辛うじて見える怜悧なユウフラの眼差しを正面から受け止める。スノーが、小さな翼を羽ばたかせた。
「っ、まだちょーとだけ距離があるわね、攻撃は届かないか! 邪魔よ、貴方達! まんごうちゃんも出来るだけ急いでねっ! 必ず、必ず勝ちましょう、ユウフラを討ち取るわよ!」
 結衣菜も続いて士気向上に努めながら、同時に言葉としても仲間を盛り上げようと声を張り上げる。
 まんごうちゃんが遅れずに原始の炎を召喚。
 現状、ユウフラの元へ直接殴りこんでやるには、多少の距離と防御網を詰める必要性があった。だが、それは決して踏破しえない距離ではない。
「掬え!」
 ステインが鋭く声を発すると、差し出した指先に禍々しい弾丸が凝縮する。目視するだけで悪意に囚われそうになるそれを彼女が放つと、弾丸は黒い竜巻となって隊員の足並みを乱そうと猛威を振った。
 姶玖亜が、隊員の足元に絶え間なく銃弾を撃ち込む。それはまるで隊員にタンスを強要しているようであったが、生憎と姶玖亜が誘いたい相手はホーフンド攻撃隊や斥候隊のような小物ではないのだ。
 とはいえ、隊員たちとてユウフラの前で無様を晒す訳にはいかない。攻撃隊前衛が鬼の棍棒に似た武器を振り上げ、携帯型固定砲台からロックオンレーザーを撒き散らす。
 瞬間、マークは弾かれたように碧の眼前に壁の様に立ちはだかると、LU100-BARBAROI――そう名称が付けられた近接格闘戦及び重砲撃に特化した脚部のパイルバンカーを地面に固定。肩部のシールドにて受け止める。クラッシャーの一撃はシールドをへこませるが、その威容は変わらず、後退も許容せず。
「意志を貫き通す為の力を!! 全力で行くよ!!」
 敵の攻勢が一段落したのを見計らい、瑠璃が太古の月の力を剣に纏わせ、Dfに斬りかかる。完全に制御された力は、前衛のDf攻撃隊を紙のように斬り捨てた。
「マークさん、感謝するわ!」
 皆の状態を注視しながら、碧が戦乙女の歌を歌い、マークに感謝を告げる。
(「ユウフラがすぐそこにいるって分かってるだけに、どうしても急いちゃう!」)
 エヴァリーナはむむむっ、と懊悩する。こんな時、家族が傍にいてくれるのは有難いものだ。もし気持ちを口に出せば、家族特有の容赦ない突っ込みを入れられると分かっていても。
「後少し踏み込めれば、バイオガスで分断できる可能性はあるわ。そうなれば、チェックメイトよ」
 とはいえ、獲物を前に手をこまねいている時間が惜しいのはアウレリアも一緒。目にもとまらぬ速さで弾丸を放ちながら、少しずつ距離を縮めるしかない。アルベルトが、二人を宥めるように隊員に金縛りをかける。
 エヴァリーナが、圧縮したエクトプラズムにて霊弾を形成し、放った。
「READY ALL WEAPON」
 敵Dfの数が減ってきたのを見計らい、マークが銃砲、ミサイル、コアブラスター、レーザー、ドローンと、諸々の火力を全て注ぎ込み、掃射する。
「焦りは分かるけど、今はとにかく攻撃よ! 大丈夫、傷は私にどうか任せなさい! みんなは思いっきり攻めて!」
 結衣菜が自身を対象に、翠緑の恵みで治癒する。と、彼女が軽く振り返ると、(「傷を癒すなら、私とスノーもいるわよ?」)そう言わんばかりのどこか親愛を感じさせる碧の視線に辿り着き、結衣菜は笑顔で軽く肩を竦めた。
 そう、ここは戦場。笑えなくなった者から倒れていく。
「戦場における運の良さなら、多少の自信がございます」
 私生活では役には立たないようですが……そう嘯くステインが、禁縄禁縛呪で隊員を捕縛。
「さて、そろそろ声なら届く距離かな?」
 星形のオーラを蹴り込んで隊員を沈める姶玖亜が、徐々に鮮明になってきたユウフラを見て呟いた。
 だが、
「おかしいわね、さっきからユウフラが――」
「確かに変だね。いや……この状況だ、理由なんて、一つしか……!」
 後衛から敵の動向をつぶさに観察していた碧が、異変に気付く。同感だと瑠璃が頷くと、碧はハッと顔を上げた。
「そうよ、私達が徐々に接近しているというのに、彼女はこっちをまるで見ていない! ユウフラの視線の先にあるものは……まずいわ!!」
「っ、碧お姉ちゃん、それって!?」
 結衣菜が悲鳴染みた声を上げる。
 ユウフラが自身や部隊よりも優先するものと聞いて、この場に察しの付かぬ者は一人もいない。十中八九、ホーフンド王子の本陣!


 その時、ユウフラが何かを決断するかのように一度目を閉じ、ケルベロス達を一瞥した。
「やあ、お嬢さん。難しい顔してどうしたんだい?」
 姶玖亜は普段通りを意識して語り掛ける。
「何者かって? ボクはただのアルバイトさ。特技はレジの――って、無視かい、お嬢さん? ボクとしては、お嬢さんに愉快に踊ってもらいたいんだけどな」
 しかしユウフラは、姶玖亜の軽口にも耳を貸さず、徐々にケルベロス達から距離を取り始める。
「戦場で余所に気ぃ配ってる場合かよてめぇ!!最初から王子様と一緒にいればよかったじゃねえか!!」
 ステインが、なんとかユウフラの意識をこっちに持ってこようと怒鳴りつける。
「このまま退いて良いのかしら? 滅びと死を貴女の大切な王子の元に引き連れて戻る事になるわよ。戻りたいならば私達を倒してから行きなさい」
 行かせる訳にはいかない。ほんの僅かな差とはいえ手が届かない以上、アウレリア達は言葉で引き止めるしかないのだ。
 しかし、優秀な指揮官たるユウフラは、挑発に顔色一つ変えない。己には成すべきことがあるという明確な意思の元、一心不乱にして即座の撤退を決断していた。
「あとは任せました。私は、ホーフンド王子の陣に戻ります」
「はっ!」
 隊員に命じたユウフラは、それ以上ケルベロスを一顧だにせず。
「逃げるというのか、この状況で! 一人だけ! 配下を残して!」
 マークが僅かの間だけ戦闘モードを解除して一喝した。
 マークの本気の怒りの籠った挑発も柳に風とばかりに受け流し、ユウフラはホーフンド王子の本陣目指し、ケルベロス達を迂回して去っていく。
「い、行かせないよ!」
 エヴァリーナがユウフラの背を睨み、燃え盛る火の玉をロッドに生み出す。
 しかし即座に隊員たちが立ち塞がり、ケルベロス達に応戦しながら軍を再編。ユウフラ軍の有能さを証明するように、撤退戦の構えに移行する。
 そうはさせまいと、瑠璃は前衛がほぼ壊滅し、激しく消耗しつつある敵陣に向けてファミリアを射出する。
「結衣菜様には感謝を」
「いいの、いいの! それにしても……指揮官が優秀だと、率いられた部隊もそれなりに優秀って訳ね」
 結衣菜が苦々しく吐き捨てながら、ステインに魔法の木の葉を集め、手元で優しく包み込んだ。
「……バイオガスを発生させるまで、ユウフラ軍にほとんど隙がなかったのは誤算だった」
「ホーフンド王子本隊への攻撃をすぐに察知されちゃったことも、ね」
 とはいえ、これは詮無き事。誰が悪いという訳でもない。単純な戦力不足も大きく起因しているのだろう。瑠璃とエヴァリーナは大きく息をつくと、しかしユウフラの追撃を諦めず、隊員達との死闘に邁進する。
 隊員を撃滅するには、指揮官を失った今が最大のチャンスでもあるのだから。
「余所見をさせないつもりが、余所見を強要される羽目になるとはね!」
 アウレリアが、炎を纏った激しい蹴りを見舞う。
「くっ、ユウフラ狙いだった以上、範囲攻撃よりも単体攻撃を重視してきた私達は少しここで時間を取られるかもしれないわね! スノー、ここが踏ん張り所よ!」
 後衛の隊員のヒールに【盾アップ】の効果を見てとった碧が、「寂寞の調べ」を奏でる。スノーはロックオンレーザーによって撒かれるBsを打ち消すため、休みなく邪気を祓ってくれている。
「LOCK ON」
 マークが、後衛に居並ぶ隊員目掛け、ミサイルポッドから焼夷弾をばら撒き炎上させる。
「さあ、踊ってくれないかい? と言っても、踊るのはキミだけだけどね!」
 姶玖亜が、確実を期して隊員の足元に絶え間なく銃弾を撃ち込み続ける。
 ステインが、音速を超える拳を中衛の隊員に捻じ込み、11体目の残敵を始末していると、――ふいに彼女の視界がある一団を捉えた。
「皆様、あちらを! 援軍でございます!」
 ステインの報せに皆がそちらに意識を向けると、ヘルヴォール軍を壊滅させたと思しきケルベロス部隊が、猛然とこちらに向かってきてくれていた。
「止む無し! ユウフラ様のため、そして何よりもホーフンド殿下のために!!」
 ケルベロス側の援軍を認識したのは、ユウフラ軍も同様だ。しかし隊員達は絶望する事無く、撤退を諦め、この場を死守しての徹底抗戦を選択する。
 死兵と化した隊員達は、それまで以上の勢いでケルベロス達に襲い掛かった。
(「あんなビビリくんの配下なのに。意外にも慕われていのね、あの王子!」)
 結衣菜は背中すら見えなくなったユウフラを振り切るように残敵に相対すると、せめて戦闘不能者だけは意地でも出さないよう、まんごうちゃんと共にDfとして全力で身を張り、癒やしの風を巻き起こし、祈りを捧げる。
 その後援軍と合流したケルベロスは、協力し、死力を尽くして左翼を撃滅に導いたのであった。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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