命がけでヒトリジメしたい

作者:ほむらもやし

●プロローグ
 街を歩いていると、それまで存在しなかったような不思議な風景に出会うことがある。
 今日の、安海・藤子(終端の夢・e36211)には、遠目に見えたその樹のシルエットがやたら大きく、まるで宙に浮いているような印象を受けた。
 たいしたものではないだろう。目の錯覚と、済ませれば、そこで話は終わりだった。
 しかし藤子は、好奇心から其処に向かった。
「なるほど小さな古墳の上にあるのね」
 廃墟となっていたが、そこは小さな神社だった。
 地面が20メートルほどこんもりと盛り上がっている分、生えている樹も大きく見える。
 遠くから見えたのは楠。
 横に広がった枝が樹勢の盛んさを示しているのに反して、巨大な幹の根本付近は空洞になっている。
 藤子にとって初めて来る場所だったが、大きな根張りは思い出の場所を連想させる。
「幹周りは15メートルほどかしら、空洞はそれなりに大きいようね」
 考え事をしながら、それでも根を踏まないように気をつけて、大楠を一回りしたところで、背後に凄まじい殺気が出現、同時に燃える柱に打ち付けられるような激痛が走った。
「――っ?!」
「けけけっ、すごいにおい、超デンジャラスなデリシャスゥスメル」
 午後6時を告げる遠くのサイレンが響く中、夕暮れ時の光に照らされた女のドラグナーの姿が見えた。
 目の焦点は定まっておらず、カクカクと揺れるようにして動くようすは正気とは思えない異常さがある。
 不利と直感した藤子は反射的に横に跳んで間合いを広げようとするが、その動きを読まれていたかの様にドナグナーは離れずついてくる。
「けけけっ♪ おっかしいな、キミはもっと悦ばせてくれるはずだよ?」
 夕方の光を浴びたドラグナー「熱狂的偶像崇拝・手習」の瞳が金色に光り、くるくると回る。それを見ているだけで術中に嵌ってしまう気がした。

●ヘリポートにて
「皆、聞いて欲しい。潜伏していたドラグナーに襲われて、今、安海・藤子さんが窮地に陥っている」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、すぐに救援に向かって欲しいと、呼びかけた。
「潜伏していたドラグナーはデータによると『熱狂的偶像崇拝・手習』と呼ばれる。本名かどうかは分からないけど、相手を気に入っているうちは褒め称え、少しでもイメージと違ってくれば殺害して肉の像にしようとするらしい」
 高い戦闘能力と技量を持つ藤子ではあるが、単騎で戦うには相当に分が悪い。
 このドラグナーが単独行動であるぐらいしか分かっておらず、能力の詳細は不明だ。
 地面の上を動く相手の動きを、行動開始と同時に把握しているかのような挙動は気になるが、身体能力によるものか、別の理由があるのかは分からない。
「一瞬先を見透かされているような――素早いだけとは思えない気配があるんだ」
 野球のピッチャーが長袖なのは様々な理由があるが、腕の筋肉の動きからコースや球種を読まれないようにする為とも言われる。
 現場の周囲は度重なる攻性植物などのデウスエクスとの戦闘により廃墟化の進む住宅街。
 この神社も例外では無く、現状で一般人が近づく可能性はほぼない。
「大丈夫、君たちならきっと出来る。不安になったら、自分の強みを信じよう」
 人には生まれ持った、あるいは自分で磨いて獲得した才能やセンスがある。
 自分の弱いところが得意な仲間もいるはずだ。
 人には色々な欠点がある。欠点のない人はいない。
 しかし人の欠点は、自分で直すことも、違う誰かに補って貰うこともできる。


参加者
天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)
ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)

■リプレイ

●ずっと迷子でした
 安海・藤子(終端の夢・e36211)と向き合っているドラグナーの女『熱狂的偶像崇拝・手習』は正気を失っているように見えた。
 髪はボサボサのまま、目の焦点は定まらず、口元は開け広げられたまま常に笑っている。
「飽きた玩具は捨てるものでしょ――」
 春の初めの黄味を帯びた夕日を浴び、狂ったような笑顔の女は緑の瞳を金に輝かせて大楠の根に己の尻尾を突き立てる。
「おージャマスメルウ、ジャマジャマジャマーだよ!!」
 瞬間、樟脳の如き清涼感を含んだ強い風が巻き起こる。
 それは2人の間に割入ろうと突っ込んできた、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)を弾き飛ばした。
「なんだ? そんな香水つける趣味があったのか?」
 反射的に身を躱せたかに見えた藤子は軽口を飛ばすが、すぐに筋肉が痙攣を始め、鈍器で頭を打ち付けられるような幻聴がもたらす激痛が襲い来る。
「筋肉の痙攣に精神錯乱か――ったく、相変わらず、碌でもねえやつに狙われてやがるな」
 戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)は自らも毒に冒されながらも、素早くライトニングロッドを掲げて雷の壁を構築する。雷の壁自体は直ちにキュアの発揮するものではないが、時間が経つにつれて必ず効いてくるはずだ。
「ジャマジャマいらなーい!!」
 ドラグナーの女は思い通りに事が運ばなかった子どもの様にわめき散らす。
(「これまた面妖なのに絡まれておるのぅ……」)
 それを好機と見た、天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)は跳び上がり、流星の輝きとともに蹴りを放つ。
 機を合わせて、ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)がケルベロスチェインを展開する。
「ちっ、これを外すか?」
 外し続ける気はしなかったが、祇音は一筋縄では行かない、この敵の嫌らしさを直感する。
「さて、わしの手助けは必要か? 不必要と言われようが手助けするがな!」
 直後、ボクスドラゴン『レイジ』に癒されて、笑みと共に小さく頷く藤子、ひとりでは厳しい相手というのは理解していた。
 次いで、ラグエルの発動したサークリットチェインの輝きが、毒に冒された者たちを一挙に癒やし、戦況は振り出しに戻った様になる。
 アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)は、神社の境内が古墳になっていて盛り上がっている点が気になっていて、ポジションを空中に取った。
 最近のドラグナーと攻性植物勢力の関係を考慮すれば根張りを広げた大楠は怪しい。
(「いろいろ分からないことはあるけれど、試さない手はないよね」)
 様々な可能性に思考を巡らせたアルシエルの手の内に自身の血を媒介にして作った弾丸がずるりと現れる。
「……血に、沈め……」
 赤く輝く軌跡を曳いて弾丸が飛び行く。次の瞬間、それは敵の太腿に突き刺さり、肉片とともに赤い血を噴き上がらせた。
「ジャマジャマぐずーきらいだよ!」
「灯、そちらは任せた」
 剣を薙ぐ鋭い風音とともに、四辻・樒(黒の背反・e03880)の声が響く。
「ここからが、本番ということで良いのか?」
 樒の描いた守護星座の描線が放つ光が満ちる中、月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)は敵との間合いを精密に測りながら、素早い所作でライトニングウォールを発動する。

 次々と手の内を潰されて行くことに気がついたドラグナーは苛立ちを隠さない。
 元より藤子にのみ執着していたこともあり、回避能力の高さに頼った、攻撃一本槍の行動が続く。
「どうでしょうか? 今度はうまくジャマしましたよ」
 だが、敵にとって自分の攻撃を思い通りに当てるのは至難であった。
「ジャマジャマアアア!!」
 硬質化したドラグナーの女の爪の一撃を、奏過は身につけたオウガメタルの装甲を腕に集中して――己の満身の力と共に受け止める。
 オウガメタルの悲鳴と強烈なダメージから来るダメージに膝が崩れそうになるタイミングで、オルトロス『クロス』の咥えた刃の一閃がドラグナーと奏過の間を広げ、そこに流れるような動きでラグエルが駆け寄ってくる。
「手ひどくやられたね。大丈夫かい?」
 腕の骨はバラバラに砕けていてオウガメタルが形を保っていてくれなければ千切れ落ちていたかも知れない。
 だが体力さえ残っていれば、どんなに酷く見える状態でも癒して再び前線に立たせることができる。
「痛いに決まっているでしょう。お手柔らかに頼みます」
「わかった。それじゃあ、これ咥えて――行くよ」
 激痛に奥歯を噛みしめながら微笑みで返す奏過。ラグエルは固く絞った手ぬぐいを噛ませると、躊躇すること無く、魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術を施した。

「古墳って説明だったけど、これだけ地面が盛り上がっているんだぜ。地面の振動は怪しいだろ」
 敵の回避能力を高めている理由は、久遠にもだいたい察しがついたが、その対策までは手が及ばない。
 アルシエルや浮遊するボクスドラゴンの動きに敵が視線を向けていることは気づいた。
「それは同意だが、フェイントが効かない所をみれば、恐らくは体重移動の段階で読まれている」
 地道に命中力を高める支援を続けると同時に、他にも手立てを講じようとした樒だが、行動の工夫のみで有効となる手立ては見つけだすことは出来なかった。
「樒、暗くなってきた、サクッと片付けて帰るのだ」
「そうだな、当たらないと言うならば、当てられるようにするまで」
 確信に満ちた声と共にメタリックバーストを発動する。夕闇に沈み始めた神社の廃墟に銀色の光の粒が舞う。理詰めで考えれば、命中力のアップさせる樒の判断は妥当である。
 楠の根を破壊し尽くすと言う手もあるかも知れないが、手間の大きさ考慮すれば、味方の命中率を上げて、敵の回避力を下げるだけでも同じ効果を目指せる。
「これ以上、貴女の好きにはさせないのだ」
 ライトニングウォールを着実に積み重ねて敵の手を確実に封じて行く灯音。
 暗い宙に浮かぶ雷の壁の光に照らし出されるドラグナーの肌は風雨に曝された枯れ枝のように白く見えた。
「そういうことならば、これじゃな」
 全身の筋力を駆使して飛び蹴りを放つ祇音。強かに頭を打ち据えられたドラグナーの身体が揺らぐ。
 いくら回避能力が高くとも、常識として避け続けることなど不可能だ。
「おまえ、ジャマ! キモチワルイヤツ!!」
 ダメージを受ける毎にドラグナーの女は老いて行くようで、戦い初めの頃は筋骨隆々に見えた身体もどこか皺枯れたような質感になっている。
 刹那、安定して攻撃が当たり始めた祇音の方を見遣り、戦士としての頼もしさを感じつつ、アルシエルは側面から敵に迫る。
「後悔はない。こういう戦い方があっても良いよね――」
 アルシエルの動きに反応したドラグナーは、氷の様に澄んだ剣先を躱すが、続く残像の攻撃に為す術も無く切り刻まれて行く。切り刻まれ襤褸の様になったドレスの下には枯れ木のように皺だらけになった肌から、赤くてどろりとした血が流れ出ていた。

 日は暮れて、帳が降りたように周囲は真っ暗だ。
 無人化した市街に生活の灯りはなく、ただ空中に浮遊する雷光の壁が灯りのように戦場を照らしていた。
「あんたがアタシに何を求めているか知らないけど、お呼びじゃないのよ」
 ドラグナーの女、『熱狂的偶像崇拝・手習』の命が尽きかけていると察した、藤子は己の後始末の如き戦いに終止符を打とうと、身体の正面を向ける。
 射線が開ける。瞬間、警戒をしていた奏過の脇を風が抜ける。
 ズブッ!
 肉の潰れるような音と共に生温かい気配が散るのを感じた。
 奏過が振り向けば、馬上槍の如くに尖ったドラグナーの尻尾に胸を貫かれた藤子が、敵と重なり合っていた。
「デリシャスデリシャス、がぶがぶー♪」
「糞っ、たかだか贄の分際で図に乗るなよ」
 瀕死に近いダメージを負いながらも藤子は踏みとどまり、荒い呼吸を整える間も惜しんでドラグナーの身体を引き剥がそうとする。しかしがっちりと食い込んで容易には剥がれそうも無い。
「……ハハハなんだかなあ。手こずらせてくれるじゃないか、だがな、その程度の術で俺が満足するとでも? 笑わせる」
 駆け寄ってきた、祇音の拳がドラグナーの鱗を剥ぎ取り、灯音と久遠の癒術が藤子の体力を支える。
「お前がこんなことでくたばるとは思っちゃいねえが、お前に何かあるとしらべが悲しむんだよ」
「――離れろ。こいつは、アタシがケリをつける!」
「わかったのだ――」
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは静かなる冴の化身。全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ。その憂い晴れるその時まで……」
 剥き出しの傷口から血が溢れ続ける中、藤子は詠唱する。
 身体の周囲に現れた巨大な氷塊が藤子に突き刺さったままのドラグナーの女を引き剥がす。次いで、氷塊から変じた翼竜が枯れ枝のようになったドラグナーの身体を巨大な爪で踏みにじり跡形も無く消滅させた。
 瞬間、楠の大樹が白く輝いたように見えて、黄緑の若葉が一斉に散り落ち、爽やかな香りが広がった。

●迷子は家に帰る
 ドラグナー『熱狂的偶像崇拝・手習』を倒すと同時に藤子は気を失っていた。
 治療を続けていたラグエルと灯音と久遠は安堵の吐息を零す。
「心底面倒なやつだったぜ」
「まったくね。捨てたモノはちゃんと燃やしておかないとこうなるのか――経験を積むにはいい機会だったわ」
 いつもの調子の藤子の言葉に久遠は目を細める。
 一方、灯音は何か不穏な予感がして、そっと藤子との距離を取ろうとした。
「今回はクロスにも直接会えて良かったな」
 そんなタイミングでの、樒の声に灯音は跳び上がる程に驚いた。
「灯音、手伝ってくれてありがとうね」
「えーっと、困ったときはお互いさま? なのだ」
 樒の背中側に隠れるようにする、灯音の奇妙な動きに、場が和んだ。
 そんなタイミングで、異国情緒溢れる香りを孕んだ風が吹き抜ける。
 香りの方に視線を向けると、ハンカチを手にした奏過の姿があった。
「香水――強すぎたでしょうか?」
「いいえ、素敵な香りよ」
 疲れ切った様子の藤子が目を細めて頷いた。
 神社の境内は廃墟化しつつあったが、元々大きくは壊れていなかった。
 それが戦いの余波で崩れたり焦げたりして壊れている。
「やれやれ、……レイジ、頼むのじゃよ」
 人が訪れなくとも神域は神域。祇音は戦いで痛めた場所は確りと癒すべきと考えていた。
「この楠だけ、傷ついたままに見えるが、なぜだろうか?」
「もしかすると、生命力を使われてしまったのかもしれんのぅ」
 樒の問いに祇音は首を傾げつつも、もう一度、楠の幹の空洞や根をよく確認してから仮説で返す。
 収穫を終えた麦畑にヒールを掛けても再び収穫できるようにならない様に、ドラグナーによって生命力を消費されてしまっていたのかも知れない。
「1000年も生きた楠じゃ、後は生命力を信じるだけじゃ」
「降り立て。白癒」
 灯音の作り出した白い霧が境内に漂う。
「代償は、誰かが支払っているものなのね――」
「代償?」
 淡く物悲しげな自嘲的な笑みを浮かべる、藤子のいつもと違った神妙な態度に、違和感を覚えてラグエルとアルシエルは首を傾げる。
「何でもないわ。捨てたモノはちゃんと燃やしておかないと、痛い目を見るってこと。貴重な経験を積むいい機会だったわ」
「何があったかは聞かないけれど、色々あったんだね」
「ええ、本当に色々。手伝ってくれてありがとうね、――みんなも。さぁ帰りましょう?」
「そうだな、仕事は仕事だ。きっちり片付けたら、帰る。そういうものだ」
 ひとたびデウスエクスの事件が起これば、誰かが犠牲になり、別の誰かが尻拭いをしなければならない。
 斃される者の行く末は残酷で、もの悲しいが、もし殺されたい程に愛した者に殺されるのなら、どう感じるだろうか?
 それは斃される者にしか答えることが出来ない、斃される者にも答えることが出来ない難しい問いだ。
「念のために聞くが、最近ツケの支払いが続いてるんじゃねえか藤子?」
「何のことかしら? そんなのあるはず無いでしょう」
 久遠の軽口に軽口で返す藤子。
 無人化した灯りひとつない市街地を、藤子を助けたい一心で集まった一行は、足早に帰路につく。
「樒、寒いのだ」
「灯、今日はよく辛抱したな」
 肩を寄せ合う2人に気がついた、祇音は何気に空を見上げる。
 寒気の戻ってきた、春の空はとても澄んでいて満天の星が輝いていた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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