桜雲の果てに

作者:四季乃

●Accident
 ーーこの桜の木はね、二百年以上安泰を保ってきた藩主から町民への賜り物なのよ。
 秋に亡くなった祖母は、毎年春が来るとそんな風に話していた。どうやら己の家系はその藩主に仕えていた臣下の後裔らしいのだが、正直ピンと来ない。でも当時実際に住んでいたという大きなお屋敷の管理を任されるようになってから、人よりは豊かな生活をしているのだと、最近になって気が付いた。
 お屋敷の庭。もはや庭園と呼んだほうが馴染みそうな敷地面積の中央に桜の木が二本、植わっている。なぜ二本なのかと尋ねたとき、祖母は微笑を浮かべて言った。
『ひとりじゃ、寂しいでしょう?』
 なるほど、と納得した記憶があった。
 どちらも競い合うように、あるいは寄り添う合うように成長し、今ではお屋敷より背が高い。子どもの頃、この木に登って酷く怒られたのを思い出す。
「なんて、感傷にふける場合じゃなかった」
 ちいさく頭を振る。
 このお屋敷は明日から無料開放される予定だった。その最後の調整として、今日は数人のスタッフと共に清掃に来ていたのだ。あらかた庭の点検をして、気持ちの良い風が吹くのでついつい気が緩んでしまった。
「見とれるのも分かるわぁ。荘厳、っていうの? きっと手入れが良かったのねぇ」
「そりゃあもちろん。わが一族とスタッフたちが時には寝る間も惜しんで、手入れ、を……」
 はた、と気付く。
 真横に並んだ、圧倒的な存在感。
 そろり、と目線を持ち上げると、ブロンドの髪を編み込んだ女――いいや、男の横顔がそこに在った。桜の木をライトアップする照明の光を照り返す口紅の赤が、なぜだか妙に、鮮明に見えた。
「あらやだ。おブスな顔」
 そう言って、にたりと口端を吊り上げて嗤った。

●Caution
「現場に居合わせた屋敷の所有者である女性、そしてスタッフ五名が被害に遭って、亡くなられたのです」
 締め括ったセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の表情は暗い。目にした予知は凄惨たるものであったのだろう。夜の中に在ってもその青白さが伺える顔色を横目に見て、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は細く嘆息した。
「藩主が民を想い贈ったという由緒ある桜の木。そんな地に罪人が踏み込むなど許せませんネ」
 アスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者が、大人しく花見をして立ち去る訳がない。放置していれば被害は彼女たちに留まらず拡大していく一方だろう。
「そんなことさせません。皆さんで、食い止めて頂きたいのです」

 出現するエインヘリアルは一体、レイピアを所有しているのだという。美しいものには目が無いためか、桜の木を傷付けるような行動はあまり行わないようだ。とは言え、屋敷から臨める庭は十分に広く、戦いに精通しているケルベロスであれば問題のない立地だと思われる。
「スタッフ五名は屋敷の内に居り、正面出入口の方を整備しているようですが、所有者である二十代の女性はその正反対である庭、屋敷の濡れ縁に座った状態でエインヘリアルと接触しました」
「エインヘリアルは、この濡れ縁の回廊を廻ってやって来たようデス」
 L字に造られた濡れ縁は南から西にかけて。随分とぼんやりしていたのか、あるいはエインヘリアルが気配を消すのが得意だったのか。予知では幾らか会話をしていたので、突然斬りかかってくる、ということは無さそうだ。相手の「美しい物が好き」という性質を逆手に取れば、気を引くことが出来るかもしれない。
「その間に、女性には避難してもらいまショウ。屋敷の奥へと逃がすことが出来れバ、あとはこちらが庭で押さえるダケ」
 エトヴァの言葉に頷きを返したセリカは、改めてケルベロスの方を向き合った。
「女性にとっても、地域住民にとってもこの桜の木はとても大切なもの。その土地を穢すような真似は見逃せません。どうかきっちりと、仕留めてきてください」
「どちらがおブスな行為をしているのカ、分からせてあげまショウ?」
 小首を傾げて微笑んだエトヴァの言に、小さく笑いが漏れた。


参加者
ティアン・バ(まぼろしでしたか・e00040)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
終夜・帷(忍天狗・e46162)

■リプレイ


 月が爆ぜた。
 そんな錯覚の白さに呑まれ、くらり、身が傾ぐ。肩に触れた熱はあたたかくて、光の奥で弾けた声が、妙に場違いだったのを憶えている。薄く開いた視界の端、前方を厳しく見据えたランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)の横顔を見つけて、知らず詰めていた息を吐いた。
「大丈夫」
 混乱の様相に染まるより早く、視界を塞ぐように滑り込んだジェミ・ニア(星喰・e23256)が笑むと、ランドルフが白い手を取ってゆっくりと立ち上がらせた。
(「落ち着いたら奥へ逃げな……任せろ、桜もアンタの笑顔も散らさせやしねえさ!」)
 触れた指先から言葉が伝わってくる。
 ――非常事態。短く息を呑んだ女性は、二人の肩越しに巨体を一文字に斬り払う筐・恭志郎(白鞘・e19690)を視認して数度頷いてみせた。震える脚を叱咤して、光の大輪、その上空で純白の翼で羽ばたくフクロウに敵の目が奪われている間に、奥へ奥へ、歩を進める。華奢な身体を守るようにして背を向けたジェミは、地面を掻き守護星座をえがいた。
「頼みましたよ」
 それは巨体の罪人――エインヘリアルの真正面に立ち塞がるアイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)等前衛の身をひとしく包む。そこに終夜・帷(忍天狗・e46162)が奔らせた黒鎖が、守護を示す光の群れを流水の如くなめらかな螺旋に踊らせれば、矮小な存在が逃げ出したことなど、既に失せていた。守りが一層の強固を増す。
「さあさあ、あなたの為に踊ってあげる。ようくご覧。よそ見なんてさせないよ」
 身に纏った装飾の数々を煌めかせ、砂糖菓子みたいな花びらが舞う向こう側。胸に掲げたレイピアをヒュン、と振り抜いた。先端から放たれた花の嵐は、罪人の花吹雪ごと抱き締め、束の間意欲を削ぐ。けれど、エインヘリアルは真っ赤な唇を三日月のようにしならせて笑った。初撃に喰らったカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)の轟竜砲を受けているはずなのに、その表情に焦りは見当たらない。
「細腕の悪いに良い一発してるじゃない」
 腰に下げたレイピアを引き抜く矢庭に薔薇が視界いっぱいに咲き乱れる。剣戟は素早く、防御を取るアイリスを、身を盾にするエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)を、護身刀で受け身に入る恭志郎を一絡げにして抱き、絡め取る。
「美しいものが好きなのに、それを維持する為に力を尽くしてきてくれた方々に敬意を払わないだなんて……振る舞いが美しくないですね」
 斜線に留意した立ち回りで次撃に掛かる恭志郎が言を向けたとき、ちょうど天から花びらのオーラが降ってくるところであった。それは傷付き、幻惑に目を眇める彼らの躯体を癒す花の雨。
「あなたたち、アタシに負けず劣らず良いもの持ってるわね」
 すぐに消えてしまうグラビティしか思いつかなかった。ティアン・バ(まぼろしでしたか・e00040)は「形に残るようなものは、もらいものばかりだ」ふと、そんなことを思う。
(「……二百年を数える二本桜。その様ヲ、双子、家族、伴侶…何と称するのカ、美を解すならバ、見惚れるままであれト」)
 夜に浸る青いトルコランプを灯し、エトヴァは青薔薇の攻性植物の業を重ねて幻惑する。仕草によって揺れる光の移ろいを視線がなぞる隙を見て、ティアンたち後衛に対し黄金の果実を齎せば。
「あら」
 初めて見るのか、その様に罪人の目を奪われる。身動きを取らせまいと、すぐさま次の姿勢に取り掛かる帷が手裏剣に指先を掛けたとき。
「テメエは桜より先に散らせてやるぜ! 覚悟しな!」
 強く発光した輝きが真っ直ぐ、巨体の肩口に被弾した。宙でくるりと身を翻したランドルフは、そのまま地面を蹴るとエインヘリアルの顎下に螺旋掌を突き出した。短く呻き、吐血した罪人の両目が、殴られた角度のままぎょろりと落ちる。視線のみで見下ろす形相に怖気を感じるより早く、地を這う影に帷の手裏剣が突き立てられる。ランドルフを庇うよう前に出たエトヴァは、花嵐に身を貫かれる苛烈さに鏡映しの白銀を細めつつも、決してその場から退く気配を見せぬまま。
「この桜、貴方には勿体ないでス」
 石火の蹴りで、得物を弾き飛ばした。
「桜を美しいと思う感性は共通でも、人を襲う時点で相容れない感が半端ないですね」
 ファミリアの白梟を肩に乗せ、カルナは厭きれを滲ませる独語を零している。合流が避難完了の意味を示していることに安堵を覚えるも、桜からも屋敷からも程よい距離を取りつつ戦うのは意識が必要だった。一撃は重くなくても、確実に相手を蝕むよう。
(「あまり美しくない戦い方かもしれませんが、戦いに美醜なんて元より不要でしょう」)
 得物を取りこぼした僅かな隙。カルナは強く大胆な踏み込みで敵の死角に回り込むと、敢えて眼前に姿を現す恭志郎に注意が逸れた一瞬を狙い、
「穿て、幻魔の剣よ」
 自らの魔力を圧縮して形成された不可視の魔剣にて、高密度な魔力の塊を叩き込んだ。攻防一体の戦技は右の脇腹を斜に穿ち、呼気を奪う。ハ、と短く吸い込まれた息と共に、反射とも思える素早さで薙ぎ払われるも、盾役の恭志郎は舞う鮮血に目を眇めながら刃を返し、巨体の肉を確かに斬り付ける。
 掌に光、浮かぶ小さな姿。
「おいで」
 癒しの力をのせて羽ばたくはカナリア。ジェミのやわらな掌から飛び立ち、触れた羽は傷を癒し、泉のように力を湧き上がらせる。目線で感謝を表す恭志郎に対して柔和に微笑ったジェミは、のそりとした動きで睥睨する罪人を振り仰ぐ。
「こんなに思いの詰まった場所を、血で汚させてはいけないよね」
 二対の桜を背負った巨体。
「桜のうつくしさは分かるのに、それを守って来た人へのリスペクトはないのかな、かな?」
 全身を粒子に変えたアイリスが、夜を引き裂く光となって横腹を撃つ。まるで鋼鉄にぶつかったみたいに鈍く、重たい衝撃を覚え、肉体に戻りながら地面に着地しようとした腕が、掴まれた。う、と短い声が漏れ落ちる。即座に放ったティアンの紙兵がアイリスの守護に入るも、それを上回る激烈が彼女の内を迸る。
 その時。
「させない!」
 光が嘶いた。
 瞬きより速いその閃光、アイリスとエインヘリアルの二人を引き裂くジェミの神速の突きが腕を貫き、掴む五指が開く。瞬時に後退したアイリスと入れ違いに、後方から氷結の螺旋を放つ帷の一撃が巨体を押しのけた。
「ありがとう! ありがとう!」
 歌うように紡がれる感謝の言葉に、ジェミと帷ふたりから頷きが返ってくる。
 更に間合いを取らせようと、カルナが轟竜砲にて傷口を押し開くように腹へと撃ち出すと衝撃で数歩後ろへよろけたところへランドルフの蹴りが連続する。エインヘリアルはただで倒れるわけにはいくまいと、上体が傾ぐにも関わらずレイピアを振り払った。それは残像を伴う高速の斬撃。至近に迫る恭志郎の皮膚を断ち、肉を抉る痛みに眉が寄るも、踏み出した足はそのままに、サイコフォースにて爆破を試みた。
「アタシ爆発って嫌いなのよね!」
 黒い煙を吐き出しながら、薔薇を咲かせ幻惑の渦に突き落とす。深紅と薄桃、二色のコントラストが奏でる色彩を眩しそうに見ていたティアンは、くるり、爪先で舞う。空気を含んでたっぷりとした灰の髪を夜を揺蕩い、茫洋たる視線が仲間を撫でた。
「髪がチリチリになるからか?」
「えっ、嘘!」
 静かな言葉に大きな動揺を見せたエインヘリアルは、レイピアを持ったまま両手で頭を押さえた。掌の感触で髪の質感を確かめる仕草はどう見ても”がら空き”で。
「これで良く見えますカ?」
 エトヴァが灯りを持ち上げる。焦げた前髪を寄り目で捉えた罪人は、そのまま白目を剥きそうなほど絶句した。くすりと笑みを一つ。零したエトヴァは、ティアンの癒しに乗せるよう、黄金の果実による聖なる光で味方を補助。
「チリチリも素敵だよ! だよ!」
 ぷぷ、とちょっと笑いを含んだアイリスに、くわっと目をかっぴろげたエインヘリアルは「やっかましー!」花の嵐を吹き荒らす。「わあ!」「危ない」踊るようなステップでそれを回避したアイリスは身を反転させると、落ちてくる花びらを攫うように突き出したのは、凍気を纏う杭。ぐ、と片膝が曲がり巨きな身体に歪な間が生まれたのを見やり、広い背中に向けて帷が刃を振り払う。
 素早く、一切の無駄を削いだ冴え冴えとした斬撃は脚を断ち自重を崩す。足りない。帷が感じるや否や、己を追い越していったものはきらきらと光を放つ星型のオーラ。迷いなく蹴り込まれたフォーチュンスターが肩に被弾したのを見て、更なる追撃を願うカルナが視線を滑らせると、正しく意思を受け取ったランドルフが惨殺ナイフ・曼珠沙華を引き抜くなり肉体に刃を躍らせる。血が噴き出し、返り血で真っ赤に染まるのも厭わぬケルベロスの姿勢に、流石のエインヘリアルも危機感を覚えたらしい。
(「……代々この桜を守ってきた人の想いを、踏み躪られない為に」)
 悪戯に戦いを長引かせて被害を大きくする必要はない。
 恭志郎は、敵の視線がちらと他所を見て己に有利になるものを探した気配を察し、
「逃がしませんよ!」
 深い踏み込みから一文字に斬り払う。
 パッと赤い華が散る。眼前に舞う己の鮮血に眉根を寄せたエインヘリアルが血の花を掻い潜るように剣先を跳ねさせれば守りを意識したジェミとエトヴァの二人が立ちはだかる。
「花の世よ、在れ」
 一面斉放する幻影の花々。鮮烈に灼き付いて、瞬く間に弾けて消える、それはひかりの泡だった。ティアンの楽園が身を抱く。天上への誘いに腹の奥底から温められるような感覚を覚えた二人は、目配せをすると互いに微笑いあった。間近でその様を目にしたエインヘリアルが、わずかに目を細める。
 が、しかし。
 楽園、その果てから星の光を引き連れて薙がれた長剣が、咄嗟に構えられたレイピアを叩き折る。横一閃、得物ごと断ち切られた肉体から血が噴き出すより早く、ジェミより前に出たエトヴァが間合いを詰める。白銀の瞳に囚われた罪人の意識が、揺れる。重なり合った視線が、いつしか”己自身”に成り代わっていることに気が付いた瞬間、内臓をかき混ぜられているような不快感を覚えた。
 叫びをあげながら折れた状態のレイピアを払う。錯覚に落ちたエインヘリアルは片手で己の口を押え、噛み締めた唇の隙間より荒い呼気を漏らしている。
 コツ、コツ。
 足音がする。いや、それは靴の音だった。
「こんな踊りはどう?」
 ずっと踊っている。何度もジャンプをして、大声をあげて、手も振って。ずっとその人は踊っている。壁を叩いて、鏡を割って、破片に裂かれても。
 ずっとその人は踊っている。焼けた靴を履いて、炎を纏って、灰になっても。
「散るのはね。あなただけで十分だから」
 静かなアイリスの言葉に、巨体が起き上がる。津波の如く覆いかぶさるように飛び掛かってきた罪人が、振り上げたレイピアを――止めた。その刹那、影よりするりと身を現した帷が手裏剣を放ち、影を縫い止める。びくん、と跳ねた身体が拘束を解く、その前に。
「テメエに『終わり』をくれてやる! 喰らって爆ぜろッ! Grinning野郎!!」
 グラビティ・チェインと気を練り合わせた特殊弾が、心臓を撃ち抜いた。肉を貫通し体外へと排出された弾が夜空を突き抜け、夜のしじまを呼ぶ。傾いた背中が前のめりに大地に伏した。その奥に絢爛と咲く二対の桜を見つけて、ティアンは小さく、嘆息した。
「散り際だけは綺麗なモンだ、コギトの欠片も残さず逝きな。それこそ『永久』に、な」
 リボルバー銃を収めたランドルフの言に、罪人は紅が乱れた唇を僅かに上げて――瞼を落とす。
「……勘違いしないことね。信念を曲げるのが嫌だっただけよ」
 これがアタシのやり方なの。
 どこかすっきりとした表情で、罪人はわらった。


「ああ、やはりこの世界はうつくしい」
 まるでそう在るのが正しい姿だとばかりに屹立する桜を見上げて零れたのは、感慨深いものだった。カルナは膝の上に乗せた白梟のネレイドを労いながらも、翡翠の視線を一心に注いでいる。
「良かったらEscortさせてくれ。ひとりじゃ、寂しいだろ?」
 声が聞こえて振り返ると、例の女性を伴ってランドルフが屋敷の奥から戻ってくるところであった。邪魔になるのではと室内でケルベロスの様子を伺っていたらしい。ご厚意に甘えて縁側で桜を慈しんでいたジェミとエトヴァに手招きされて、彼女は安堵したようだった。
「わあ、綺麗だね、キレイだね!」
 くるくる回って、落ちてくる花びらをキャッチするアイリスに笑みが零れる。ジェミがちゃっかり持参した花見団子は好評で、エトヴァが準備してくれたあたたかい茶も加われば一層の美味が得られるというもの。
「……永く愛される桜、美しいですネ」
 エトヴァの言葉に、帷が同意するように頷いた。
「皆で一緒に見られることが一番の幸せ」
「こうしテ、仲間たちと花を眺められることガ、喜ばしク」
 口数の多くない帷が見せる安らぎの声音に頷き返して、ふたりは甘辛いみたらしを頬張る。後ろ手に少し上体を逸らし、夜空に咲く桜木を仰いだジェミは、
「寄り添う桜なんて素敵だよね。こんなふうにずっとずっと、来年も再来年も綺麗に咲いてくれると良い」
 仲間たちに向かって、微笑んだ。
「妙なる景色……幽玄、と呼ぶのでショウカ」
 大切な家族である彼の傍らにそっと寄り添い、長い睫毛を伏せる。
 何と称するかは、きっと、見る者の心へ映すままに。
「お団子? ハイハイ、私たべまーす!」
 桜の花びらを引き連れてやってくるアイリスに、レンズが向く。カメラからひょこりと顔を出した恭志郎は「カメラ持ってきたんですよ」そう言って、シャッターを下ろす真似をしてみせた。
「本当に立派な木で、公開が始まったら地元の人達がいっぱい見に来るのかな。愛されているんですね」
 だから、あんまり上手いとは言えないけれど、写真に撮って見せたい人が居る。それに。
「折角なので記念撮影とかどうですか?」
 その言葉に、ハッと思い出したように自分のカメラを取り出したティアン。ご相伴にあずかるカルナや、しみじみと呑むランドルフたちも巻き込んで花見の席はより賑やかさを増していく。
「この桜たちが欠けなくてよかった。やっぱり、一緒がいいもんね」
 餡子とみたらしを両手に持って笑うアイリスのそばで、帷が黒瞳をやわらげている。

「桜雲の果て、永遠はどこにあるだろう」
 あたたかな春。幽かな誘いが見る人を惑わせる。銀の鐘の首飾りが鎖骨をくすぐる冷たさにちいさな問いを浮かべたティアンは、切り取った世界がどんな色をしているのか、どんな色に移ろうのか。なんだか逸る心を抑えて、深く息を、吐き出した。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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