強さの代償

作者:四季乃

●Accident
 鳩尾にめり込んだ質量が躯体を持ち上げる。
 長年培ってきたその全てを一撃で屠る男は、まるで山のようであった。ゆえにかただの人である我々が山を動かすことなど、ましてや打ち崩すことなど出来るはずもなく。呆気なく散るのがさも正しい理であるかのように、彼は息一つ乱さずに全てを薙ぎ払った。
「つまらん」
 厭いた風にだらりと下したその手に握られた刀は、柄まで朱く濡れていた。ぽたぽたと板張りの床を汚すのも気に留めず、呻き声すら上げることが叶わぬ骸を見下げて吐息を一つ。
「つまらんな」
 切り伏せた門下生の胴着で刀身を拭い、鞘に納めながらさっさと踵を返す男の横顔は「無」であった。双眸に孕むのは仄暗く、果ての見えない海原を臨むような――。
 次第に目が霞んでくる。夜桜の中に消えていく巨躯の背中を茫洋として見送り、ちいさくなってゆく己のともし火を感じながらはついに瞼が下りた。

●Caution
「道場破り、というのでしょうか」
 おそらくはそう言った類の始まりであったのだ、とセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は言った。
 被害にあったのは市街地から少し外れた山の麓にある道場なのだそう。いわゆる武道である。いくつかの武術が複合して一つの道場でそれぞれが修練を行っていたところ、エインヘリアルは現れた。
「より強い敵を求めて彷徨っているらしい。だから、狙われた」
 それまでセリカの傍らで静かに佇んでいたティアン・バ(まぼろしでしたか・e00040)が、そろりと睫毛を持ち上げる。真っ直ぐと正視を寄越す彼女の言葉に納得したケルベロスがセリカを促すと、彼女は戸惑いを浮かべていた。
「相手が剣術使いでも、得物を持たぬ肉体派であっても、たとえ弓を扱う者であってもこのエインヘリアルにとってそれは些末なことです」
 強い敵を求めている。
 たった一つの目的のために、数十人の命が散ってしまった。
「その予知を、皆さんで打ち破ってほしいです」

 アスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者のエインヘリアルは日本刀を所持しているとのことであった。無差別に斬りかかることはなく、いちおう相手を選んではいるらしい。何かの手練れであると分かればなおの事、血が騒ぐ。
「現場は山麓にある道場です。風が心地よくなってきたためか、扉は全て開放されていて、十九時半まで使用されることになっていたようですね」
「ちょうど解散しようか、という気が緩んだ時に乗り込んできたみたいだ」
 呆気なく主導権を握られてしまったのだろう。身の丈が三メートルを超える巨体に挑むのは恐ろしいことであったと思う。それでも誰一人として逃げず、彼の前に立ち塞がった。それが結果として全滅を招いてしまったのだが。
「道場ということもあり、戦闘に持ち込んでも障害となるものはないと見て構いません。門下生の方たちは師範に避難誘導をお願いするとして、皆さんは出来るだけ敵の意識を引き付けてほしいのです」
 彼らも少しは覚えのある者たちだ。ケルベロスが介入すれば避難にまごつくことはないだろう。その代わりに強者を求める敵の欲求を刺激できれば、流れを掴むことが出来るかもしれない。
「危険が伴いますが、きっと皆さんなら大丈夫だと信じております。どうか、よろしくお願いいたしますね」
「矜持をポッキリと折ってやるといい。くっつけることが出来ないくらい、粉々に、な」
 ティアンの言葉に小さく微苦笑を浮かべたセリカは「さあ、行きましょうか」ヘリオンに向かって歩き出した。


参加者
ティアン・バ(まぼろしでしたか・e00040)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
フィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)
巽・清士朗(町長・e22683)
ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)

■リプレイ


「手段は選ぶが良い。何を扱おうとも怒りはせぬ」
 絶対的な”死”が、抜身の大太刀を片手にゆっくりと歩いてくる。
「その勝負、しばし待て!」
 耳朶を震わせるほどの鋭い一声が、緊張を裂いた。
 道場へと踏み込んで来たのは黒いスーツに身を包んだ巽・清士朗(町長・e22683)であった。迷いのない足取りで真っ直ぐ巨体の男――エインヘリアルの眼前に立った彼は、愛刀・大磨上無銘 玄一文字宗則を引き抜くと、
「デウスエクスの相手はケルベロスと相場は決まっている」
 切っ先を突き付ける。
「……先生ですか? 急ぎ、避難を」
 視線は罪人と絡めたまま、背後の老師範へと呼び掛けたとき。
「はぁーったく。ヘリアル同士でヤりあった方がまだ愉しそうじゃねえか。次はそうするこったな。いっぺん送り返してやるからよ」
「場所が場所だけに、まさしく”俺より強い相手を探しに来た”が一番似合いますね」
「俺もオウガだし、強者を求める気持ちはわからないことはないが……」
 清士朗に続くように、続々と踏み込んで来たのはサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)、ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)、長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)の三人であった。
 取り囲む彼らを順に見渡して、ティアン・バ(まぼろしでしたか・e00040)とフィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)が間合いを取った後方で得物を構えるのを見た。
「いまどき道場破りねぇ。強い相手求めるってんなら、他のデウスエクスのとこにでも行ってて欲しいトコ」
 蛍の光に似た双眸を細めて笑ったフィーは、立てた人差し指で宙を撫でると、
「ま、うちの仲間達のが強いんだけどね」
 挑発的な笑みを浮かべてみせた。
 瞬く間に引いていく波。ある程度距離が取れたところで「では、やるか」言葉はいらぬというその風情にあわせ、清士朗は神速の突きを繰り出した。刀身で一点集中の突きを受け止めたエインヘリアルは、ちょいと片眉を吊り上げた。
「ふむ。重い、な」
 興味を示したらしい。
 返す刀のままに清士朗を斬り付けようとした初撃は、左右から飛び込んで来たサイガと千翠に阻害される。
「Ci divertiamo Luce」
 弟のネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)に呼び掛けられたルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は唇に淡い微笑を湛えると一言。
「Sei pronto?」
 返答に笑みで返すネーロは、軸足を中心にその場で身を翻す。理力を籠めたオーラが放たれる間際、ルーチェはそこに石火の蹴りを乗せた。細くしなる脚が敵の背を弾けば、威力は増して巨体が傾ぐ。倒れるに至らなかったものの、意識は十分に奪えたはずだ。
「どう見ても真剣には対処できない相手に、得物振り回すとか……強者との戦い求めるわりに、楽しみ方は知らないのだねぇ」
「強さを求めるその行動は、なんだか親近感。けれど一方的に……自身がさほど傷つけられることもなく、殺してしまうのはナンセンスだね」
 ベルカント兄弟の言に罪人の視線がこちらに落ちる。それから、強引に飛び込んで一撃を叩き込んでくるサイガの拳を片手で制した罪人は、思案するように一度、視線を天井に向けた。
「同じ得物を扱う者の程度を知るよりも、知らぬ武芸に己の業が通用するのか……それだけのことよ」
 戦場では強者に手段など無かろう。
「師範も門下生も、何よりも道場はお前の踏み台ではない」
 胸元から溢れ零れた濁り黝い炎が周辺一帯を埋め尽くす。ティアンから広がる業火の海は巨体を喰らい、飲み込み、動く暇すら消失させる。
(「強く。もっと、もっと強く。なりたい――なる」)
 茫洋とした瞳に聊かの確信を秘めたるティアンの横顔に、口端を歪めるようにして笑ったサイガは、
「っつーか、いつまで掴んでるつもりだ、コノ」
 太い肉厚な肘を蹴り飛ばし、拘束が緩んだ一瞬を突いて引き抜くと、宙返りして着地。
「思い切り握りしめやがって。嬉しくないっての」
 ひらひらと手を振っている。それだけ軽口を叩ければ大丈夫なのだろう。フィーは盾役を含めた前衛たちに向けて黒鎖が守護する魔法陣を描く。
「ポッキリ折ってやろうじゃん。ね、僕の仲間は強いよ。試してみる?」
 悪戯に笑うフィーの数歩前。トントンと軽く床を蹴っていつでも駆け出せる体勢に在るニコは、双眸を柔和に細めると獣化した両足に重力を集中させる。
「僕もフィーさん同様相打ちして頂けると……とはいえ、まあこうなってしまった以上は仕方がありません」
 それではどうぞ。
「お手柔らかに」
 言うなり、その場からニコの姿が掻き消えた。否、跳躍をした彼は敵の視界から束の間消えたのを利とし、構えた得物が入れぬ僅かな隙間を縫い高速の一撃を蹴り込んだ。肩口から大地に沈めるが如く重量ある蹴りに見舞われた罪人は、しかしニコの足が肉体から離れるより早く刀身を返した。
(「早い」)
 猫人であるニコですら、思った。
 だが、寸でのところで間合いに飛び込んで来た千翠が、庇うのと等しくカーリーレイジの幻影を至近から撃ち出すと刀が僅かに浮く。それでも柄を握るのは一瞬だった。
「命を奪おうとするなら放置しておくわけにはいかないからな。来いよ、最後の相手くらいにはなってやる」
 千翠とて殴る蹴るの方が性に合っているのだ。その不気味なまでに無を刷く顔面に一発くらい入れてやりたい。オウガの血が騒ぎまくるのを悟られぬように頭のなかで「仕事仕事仕事」と念仏のように唱える千翠だった。
「僕も強者との対峙は好みだけれど……愉しくなると、つい殺しちゃうのだよねぇ」
 右手の白手袋を外して露わになったのは、白皙の甲に茨が絡む、漆黒のエイワズのタトゥー。
「それとも、僕より彼の方がよっぽど”お行儀が良い”ってことかな」
 爪先まで磨かれた指先をゆっくりと折り曲げて、呼気を吐くのと同時に魂を喰らう降魔の一撃を放つ。罪人は切っ先を滑らせるように薙ぎ、ルーチェの降魔真拳を正面からいなした。
 しかしルーチェもただかわされるだけの優しさはない。数瞬、その赤い瞳に喜色を浮かべると、拳から肩にかけてなぞるように斬り付けられたにも関わらず彼は強い踏み込みで更に前へと出る。振り抜いた拳をそのままに、くるりと身を翻し腹に一発、見舞わせたのだ。
「ねぇ、もっと無様に這い蹲ってご覧。血反吐を吐いてのたうち回らなきゃ、自分の程度も見えないよ」
 ルーチェの容赦ない言に笑いを零したネーロは、掌からドラゴンの幻影を放ちたちまち巨体を炎で包み込む。
「俺たちという強者に、その剣を折られて潰されるといいよ?」
 まるで二人だけの秘め事のように、ネーロは彼だけに微笑んだ。狂気を孕ませた仄暗い美しい笑み。
 ティアンは振り抜かれた刀身を足場にして飛び上がると、罪人の顔面を蹴った。ガツンと鋭い一発が人中に決まり喉の奥で獣が唸るような呻き声を上げたのを見て、清士朗は玄一文字宗則に空の霊力を注ぎ込む。求むるは己が血を沸き立たせるような強敵、結果命の有無なぞ問わぬ、などと言いたげなその風情に。
「同じ武人として、判らぬでもないが――抜くべき時、相手を見誤るのはいただけん」
 避けられぬ距離から放たれた一閃が躯体を奔る。しかし罪人も大太刀を片手で振るえるほどの体力が未だ残っているようで。振り抜いた姿勢の清士朗に目掛けられた凶刃が胴を薙ぐ――そうと思われたが、刃に食い込んだのは流体金属だった。腕を覆いつくすその武装生命体は鋼の鬼と化しサイガの拳を包み込むと、鋼を上へと跳ね返し弧を描くように腹へと一発。
 超鋼拳に巨体が吹き飛んだ。
「軽いとは言わせねぇ……あー、聞こえてる?」
 もしもーし、とふざけた口調で呼び掛けるサイガに小さく笑い、気を取り直したフィーは今の内に味方への回復に当たった。まずは大きく斬り付けられたルーチェへと生命を賦活する電気ショックを飛ばし、戦闘能力を向上させるヒールを施すと、すぐ次の回復に回れるよう手早く武器を持ち替える。まるで魔法みたいに掌に踊るその様に感服しながらも、千翠がパイルバンカーに凍気を纏わせはじめたとき。ちょうどエインヘリアルが上体を起こしたところであった。
 ニコはガネーシャパズルを高く掲げると、竜を象った稲妻を解き放つ。眼裏を突き刺すようなドラゴンサンダーに身を貫かれた罪人の指先が開いた。痺れを伴うそれは束の間、神経を震わせたのだ。瞬間、好機と見た千翠が駆け出す。ぐんぐんと風を切り僅か数歩で間合いを詰めた彼は大きく振り被ったパイルバンカーを敵の利き腕、得物が掴めぬよう肩の根元を狙い、深く刺す。
 穿たれた皮膚から血が滲み、退くのと同じくして引き抜いた瞬間、噴き出す鮮血が千翠の頬を濡らす。その時だった。
 ゆるく吊り上がった唇から、八重歯が覗く。くふ、と空気が抜けるように笑った罪人は、四つ足の獣のような体勢から一気に駆け出した。
「うわっ」
 思わず仰け反る。
 不可解なものを見るように、少し小首を傾げてその様子を伺っていたネーロは、素早く惨殺ナイフを引き抜くと迫る巨体に向けて刀身を躍らせた。血が舞う。
「ねえ、君も楽しいかい?」
 惨劇の鏡像、そのひと振りを確かに受けたはずなのに、罪人はだらりと垂れたままの腕をそのままにして、大太刀をもう片方の腕で引っ掴むと、頭上から突き刺すように振り下ろす。咄嗟に前に出た清士朗は、刃は受け止めずに受け流しつつ踏み込むと、獣のような懐へ飛び込み降魔真拳での体当てにて、敵の体勢を突き崩した。
 しかし。
 鈍い音が立った。皮膚を真っ赤にして衝撃で吹き飛んだサイガは、切れた唇を手の甲でグイと拭う。刀を握った手の甲で、ぶたれたのだ。寸前で前に踏み込んだ千翠なぞ、馬のように後ろへ蹴り飛ばされ滅茶苦茶だ。
「いってぇ……獣かよっ!」
 はじめて千翠の声が荒ぶった。
「いま回復するから」
 フィーは慌てて黒鎖を放つと、再度の魔法陣を描き出す。守護が身を包み、目に見える傷が塞がっていく。ホッと安堵する間もなく、今度は至近の前衛たちを等しく掻く一閃が放たれた。まるで津波のように押し寄せる怒涛の一波。耐えて踏みとどまるのがやっとな苛烈さを仲間が凌いでいる間に、波を飛び越えたティアンがドラゴニックハンマーを振り被る。頭部目掛けて振り抜かれた超重の一撃が、脳を震わせた、そのはずだ。
(「戦場だ。大切な人達と並んで戦わせてもらえるようになりたいと――あれほど望んだ戦場だ。ひとりだけお前は死ぬなと置いていかれた頃から、幾多の戦場を踏み越えて此処まで、きた」)
 だからこの男に負けるわけにはいかないのだ。
 圧倒的な価値観の違い。強さを求める変わりに誇りを失ったこの罪人に。
「そこから動かないでくださいよ!」
 オービタルアンクでびしりと指して放出されたのは、地面から生えた無数の蔓。手綱を引くような仕草で急速生成された蔓が罪人の身体を絡め取ると、跳ねたサイガが旋刃脚で頭部を弾く。罪人は蹴り飛ばされた体勢のまま、サイガを下から突き上げた。誰も倒させない。フィーがすかさず謎の薬瓶から翡翠色に光る液体を撒く。
 盾を思わせる魔方陣が薄らと浮かび上がり、サイガの身を守護する一方、後退した彼と入れ違いに前へと出た千翠は、一気に押し込むべく自身を蝕む呪いを全てを食い千切ろうとする巨大な竜へと変化。
「――噛み砕け!」
 そして食い散らかせ!
 吐き出された激烈と共に放出された餓竜の牙がエインヘリアルの肩を喰らう。鈍い音が立った。直後、だらりと垂れた手から大太刀が落ちる。フーッ、フーッと荒い息を繰り返す身を戒めるは水の鎖。幾重にも絡み合い、生命を断ち切る刻印の右手を露にすれば、ルーチェの手が抉るのは魂を宿す臓腑。
「君の魂を僕に頂戴……?」
 爪を立てる。
 脈をなぞる。それから、拍動を繰り返す生命を握ると一気に。
「ガッ……」
 潰した。
 蕩けるように甘美な微笑は美しく――そのままぐるりと反転する世界の果て。謳うかのような高らかな声に呼応するように、夜に浮かび上がる光の中で花びらが散った、気がした。
「どうやら言葉は届いていなかったようだね」
 きっと自信があるであろう火力、それを削られることなくねじ伏せられたらどんな反応をするのか、興味があったのに。ネーロの呟きは、清廉なる微笑みにとろけて消えてゆく。
「俺ひとり殺せねえとは。いやあ”つまらん”な。って、聞こえてねぇか」
 滲んだ血を拭いながら吐き捨てるサイガの傍らで、ティアンは一人考えていた。
(「まだ強くなる。足りなくなってからでは遅い。大切な人達に並んで支えられるくらい、強く、もっと、」)
 ――そのために何を代償に出来るだろう。


「土足で上がってすまなかったな」
 一列になって箒で穿く門下生たちへ呼び掛ければ、思いのほか柔らかな笑みが返ってくる。ティアンは掃除の作法を知らぬので、率先して動く清士郎を真似て箒を動かしていた。
「掃除も鍛錬の内なのか」
 どのように掃除をするのか興味があるようだったので、門下生に交じって雑巾できっちりと磨いていく千翠は、なんだか借りてきた猫のようだ。
「ねえねえ、ちなみに清士朗さんから見て此処の道場はどうよ。稽古でもつけてあげたらー?」
 冗談めかした言が飛んでくる。
 振り返った先では扉前でニコと並んで座るフィーが居て、落ちてきた桜の花びらを掌の上で躍らせている。
「俺の手など借りずとも、降魔相手に引かぬ気概があれば強くなるさ」
 軽口に淡い微笑を浮かべた清士朗は、開け放った窓から夜風を伴い舞い込んでくる花びらに目を眇める。
「……花なぞ不要、そう言いそうだがな」
「それにしても道場に桜って、なんていうの? 風流だねぇ。ティアンがこの事件、見つけてくれて良かったよ」
 特に今は満開、花弁がひらひら降りてくるのも綺麗だ。
「桜、見て帰る? 夜桜というやつ」
 フィーの言葉に安堵を示したティアンは、サイガの襟ぐりに箒の柄を差し込んだ。
「ハイハイ、付き合うから。この首根っこ捕まえた子猫スタイル、ヤメテ?」
 忍び笑いがあちらこちらから聞こえてくる穏やかさに目を眇めたニコは、月に被さるようにして芽吹いた桜の木々に一年ぶりの懐かしさを馳せる。
「またこの季節が来ましたね」
 楽しむよりはしみじみとして、それははかなげな雰囲気だった。

「桜って、綺麗だよねぇ……。華やかで……とても儚い花」
「今年は見に行く暇もなかったから、ねぇ」
 ベルカント兄弟は桜の木の下に居た。雪紛いの花びらを散らす大樹に感嘆を示し、束の間の休息に心を落ち着かせる。狂喜するように波打っていた拍動は今や平静を保っている。
 こんなに美しい花を目にして逝けたのだ。罪人とて幸せ者ではないか。兄弟は目配せすると、常と変わらぬ笑みをもって暫しの桜を眺めていた。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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