殺戮の饗宴

作者:四季乃

●Accident
 ゆるやかに落ちていく夕陽が花びらを白く浮き立たせる。
 東から滑り込む宵の風が木を撫でると、はらはらと降りしきる花びらはまるで雪のようだった。楡金・澄華(氷刃・e01056)は夜色の瞳を幾分か和らげて小さな呼気を吐いた。
 桜が開花した。
 慌ただしい時節の、ほんの束の間の安らぎ。
「今年も漸う咲いたか」
 果ての見えぬ美しき空間が、そこには在った。生憎と花見の団子もなければ酒もない。たまたま通りかかった桜並木が満開であったから足を向けただけ。共が無いのを聊か残念に思いながらも、緩やかな歩みで桜の景色に抱かれる。
 はらり、ひらり。ひらひら。
 枝から離れ、落ちていく花びらが澄華の眼前で踊る。白くて、けれど淡く色付いた花びらが、そのとき横に裂けた。真っ二つに割れたそれは、そのまま舗装されたアスファルトに無残に墜ちる。呼気一つ零す間のことであった。
 瞬間、腰に手を伸ばし、抜刀した凍雲の切っ先を振り上げた先で、青い火花が散った。膚に奔るのは、気付かない方が不思議なほどに膨れ上がった殺気。相手の刀身をいなしながら半身を引いた澄華が、一気に真上へと弾き返す。キン、と小気味良い音を立てて振り上がったその碧い刀とも爪とも取れる得物は、女の細腕に握られていた。辿るように視線を走らせると、紅玉の視線とかち合った。
「お前は」
「抜忍・氷雨。元軒猿の零式忍者よ」
「ほう。随分と丁寧に教えてくれるんだな」
 ふふ。口端から笑みを滲ませた女――氷雨は、右手の得物を掌で回転させて構えなおすと、小首を傾げた。
「だって、今からわたしが殺すもの」
 氷雨の刃が、翻る。

●Caution
「楡金・澄華さんが、デウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 集まったケルベロスたちに、開口一番に告げられたのは緊迫だった。セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が言うには、澄華へ何度も連絡を試みているのだが、その一度も繋がることはなく。恐らく敵の術中に絡め取られているのだと推測される。
「このままでは澄華さんが危険です……どうか皆さん、救援に向かって下さい」

 敵の名前は氷雨、種族は螺旋忍軍だと云う。
 類い稀な美貌と優秀な頭脳で活躍していたようだが、その性質は殺戮を好む危険な存在で、刀とも爪とも見える造形をした武器を使用するらしい。刀のように斬り、突き刺しては、爪のように引き裂く。螺旋忍軍ということもあり、身のこなしは軽いのだろう。威力よりも素早さ、急所への的確さを狙う恐れがあるので十分に注意してほしい。
「現場は道幅十二メートルほどの桜並木です。敵の能力によって人払いがされているため一般人の姿はなく、避難誘導などの手間は省けそうですね」
 桜の木を足場にしてくることもあるだろうが、十分な広さがあるのでケルベロスである皆であれば戦闘にてこずることはないだろう。殺戮を好む性質を逆手に取ることが出来れば、敵の逃走を阻止し、注意も引くことが出来るかもしれない。
「皆さん、くれぐれも油断しないように。……澄華さんのこと、お願いいたしますね」
 さぁ、行きましょう。セリカはその瞳に力強い光を灯すと、しっかりとした足取りでヘリオンに向かって踏み出した。


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
 

■リプレイ


 斜に薙がれた鉄爪が肩口を裂く。
 傷口から血が滲むより先に、皮膚の下を這うような熱で痛みを知覚した楡金・澄華(氷刃・e01056)は、呼気一つで凍雲の冷気を放つと、素早さのままに下方へと走らせる。螺旋忍軍・氷雨は得物を盾にして防御に入ったが、容易く繰り出された苛烈な一撃は重く、踏ん張る足の先まで痺れを伴う。
 ――不味い。
 真上に飛び、頼りなげな細い枝に乗り上がった氷雨は枝から枝へと駆け、死角を探す。
「抜け忍者に首を狙われるとはな……私を忘れるほど、堕ちてしまったか」
 己の傷など構う素振りも見せず呼び掛ける澄華の言葉に、スイと片眉が吊り上がる。まるで、自分を知っているかのような口ぶりだ。風に揺られて黒い髪が揺蕩うその背後、無防備な一瞬を見つけてにんまりと唇を吊り上げて嗤った、その時だった。
 星が、瞬いた。
 すぐに違うと認識する。まだ星が輝くような刻限ではない。けれど、視界の端で眦を射すように光るそれは着実に近づいてきてる。思った時にはもう遅い。まるで月光を灯したように夕闇を眩く引き裂くひとすじの蹴撃が氷雨の全身を弾き飛ばした。足場が悪く踏みとどまることも、耐えることも出来なかった躯体は、そのまま大地に突き落される。
「仲間の危機に助太刀参上、ってな」
 咄嗟に手を付いて飛び退いた視線の先で、ニッと唇に弧を描いて笑う月隠・三日月(暁の番犬・e03347)を見つけた。彼女は紅に燃える刀を生成すると、火のついた憎悪で天を焦がさんとするばかりに燃え盛らせ、切っ先を真っ直ぐ突き付ける。
「暗殺の快楽に沈んだ……目的と手段が入れ替わった、ってトコか? 螺旋忍軍になってしまってはどうしようもないな。奴を仕留めるのに手を貸そう、楡金殿」
「すまない……助かった」
 空気が変わった。
 あれほど張り詰めていた糸が、撓んだような。じりじりとすり足で後退する氷雨は、救援に来たものが一人ではないとすぐに察していた。己が利用していた桜雲に、敵が紛れて居るかもしれない。身を翻すべきか逡巡した際、氷雨の決断よりも漆黒の鎌が飛来するほうが早かった。それは激しく回転し、氷雨の肉を斬り付けてもなお止まることはなく、踊る血すら刻んで容赦ない。
「くぅっ……」
 痛みで思わず、といった風に声を漏らした氷雨を視界に捉えたペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は、ピンク色の双眸を細めると小さく喉で笑った。
「初手で殺し損ね、仲間に駆け付けられて尚深追いするとは、忍びとしては三流ではないか?」
「暗殺ってこんな白昼堂々出てきて事に及ぶ行動指して言わねえ気もするんだがな……」
 ペルの言葉に続いたのは桜の花びらを引き連れて地に下りてきた相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)だった。彼は己の右腕を竜のそれに変容させ、そこに強化を施しながら敵の動きに注視する。僅かな動きで彼女は容易く身を引くことが出来るだろう。視線の一つすら逃さぬ細やかさだ。
「守りはお任せ、ネ!」
 己を含む盾役のパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)、そしてマンデリンたちが澄華を中心として死角を塞ぐ陣形についたとき、僅かに首を傾げて小気味よい音を立てた竜人は「そんなことは、まあいいわ」一息で氷雨の間合いに飛び込んだ。
「どんだけ腕が立とうが今日が年貢の納め時さ」
 呼気よりも素早い訪れに、さしもの氷雨も驚愕したようだった。身のこなしが軽い、というよりそれは気迫の差だった。退くよりは構える方が早いと一瞬で判断した氷雨が鉄爪を持ち上げるも、竜人が剛腕で殴り伏せる方が速かった。
「咬み千切ってやるつもりだったんだがな」
 引き裂いた籠手の残骸を放り投げ、だらだらと両腕から血を流す氷雨を見て鼻を鳴らした竜人は、それ以上踏み込まず後退する。
(「賢明な判断だ」)
 後方から敵の動きを視線で追っていたゼレフ・スティガル(雲・e00179)は柔和な目元を一層やわらげた。もし一歩踏み出していれば、竜人の腹は下から貫かれていただろう。手首を返した動きを捉えていたゼレフの合図は、斜線に居た彼に正しく伝わったらしい。
「仲間の味方をするのは当然だからね」
 己の血で肉体が彩られているにも関わらず、氷雨の表情に苦悶は見当たらない。
「やる気満々、って感じだねぇ」
 のんびりとしたゼレフの言葉はしかし、行動に伴わない。魔術切開とショック打撃によるウィッチオペレーションにて初撃を喰らった澄華の傷の手当は確実で、皮膚に傷跡一つ残さぬ気概が現れている。
「桜の舞台は見事だけれど。彼女の死に場所にするわけにはいかないからね、遠慮なく水を差させてもらうよ」
 傷を負っても、すぐに治せるのだとばかりに笑むゼレフの気配に、一つの頷きを見せたアウレリア。彼女は傍らのアルベルトと言葉のない疎通をはかると、まず先にアウレリア自身が天空高く飛び上がる。
 氷雨はぐっと腰を下ろし、アウレリアの動きを注視してその軌道を読むと、下から突き上げるような一閃を放った。だがその寸前、体勢を突き崩すために、その場でくるりと踊るように身を翻したパトリシアが、得物目掛けて星型のオーラを蹴り込んだことで、弾かれた切っ先が空を掻く。
 瞬間、アルベルトは氷雨の全身を絡め取る金縛りを発し、一瞬の硬直を狙った。
「月に叢雲、花に風。此度は私達こそが貴女にとっての叢雲であり風であったわね」
 見えたのは、桜雲に掛かる美しき虹。
 衝撃で吹き飛ぶ躯体が、大地を転げ、太い木に衝突する。気配を察し咄嗟に放った斬撃はちいさきマンデリンの身体を傷付けたにも関わらず、マンデリンは己のことよりも味方のフォローにあたることを第一としているようだった。懸命に流れる応援動画は、見るものを等しく癒す。
 すかさず、無数の霊体を憑依させた凍雲にて斬りこんだ澄華は、至近で青い焔が膚を焼くのを感じながら、いっそ憎いほど正視を寄越す紅玉の瞳に口の中に苦いものを覚えた。
(「堕ちる前は歴代くノ一でも比肩する者は少ないとされる腕利き。そして、私の憧れだった姉のような存在……」)
 それが今や、こんな――。
 ぐん、と風向きを変えた炎に気付き、逆手の得物が澄華を刺す。脇腹に深く突き刺さる異物に短く息を呑んだ気配に気付いていながら、あえて澄華は躱さなかった。致命傷にならない程度に傷を負うことが目的であった。
 しかしだからといって彼女に一点集中させる気はない。
 三日月は強い踏み込みで氷雨の意識を奪うと、生成した刃を振り上げ、燃え尽きるそのときまでの数瞬の内に、しなやかな躯体を滅多斬りにする。幾ら目で見切れたとて、決して消えることのないデウスエクスへの憎しみが炎となって、纏わりつく。
 敵が気圧されている様子を察し、パトリシアはいち早く高く飛び上がった。桜雲よりも高い位置で身を翻すと、桜吹雪に乗じてアウレリアへと突っ込む氷雨に狙いを定め、一気に急降下。
 確実に敵の軌道を読んだパトリシアは、立ち止まりこちらを見上げる氷雨が、別の殺気も捉えどちらが早いか計算している姿ににっこりと笑いかけると――。
「よそ見しちゃ、だめデスよー」
 真上からの蹴撃を見舞い、大地に沈ませる。
 シュタ、と華麗な着地を見せたパトリシア、その背後からゆるりと姿を現したアウレリアは、突き付けた銃口を隠してしまうように桜吹雪を纏うと、一発。弾丸を放った。それは体勢を低くしたままのパトリシアの頭上を真っ直ぐ飛ぶと、アルベルトが背面から突き上げた衝撃で浮いた氷雨の鎖骨を穿つ。
 言葉はなくとも流れるように呼気の合った二人の連携に、ほう、と愉快そうに目を瞠ったペルは、
「そら、刻んでくれるぞ」
 白い日本刀にて冴え冴えとした月の如し一閃で追い打ちを掛ける。
「目撃者全員消さねば帰れない性分か。クク……精々最後の花見にならんようにな」
「一撃で仕留めるのに厭いたから、じわじわ甚振って殺すつもりだったのに」
 予定が狂ったわ。
 乱れた髪を後ろへ払い、口端を歪めて笑う。
「その強がりがいつまで持つかね」
「ふふ。あなたこそ……髑髏の仮面で表情を隠しているけれど、本当は怖いんじゃなくて?」
「よし殺す」
 パン、と掌に拳を突き当てた竜人は、ルーンアックス・蟷螂を片手で引っさげると勢いのまま振り被った。流れる花びらを断ちながら隕石のような重量を帯び放つ大きな斧。氷雨は紅玉の双眸を僅かに細めて笑うと、刃をいなすように素早く、鉄爪を振り払った。
「おーっと、危ない危ない」
 ゼレフは舞い散る花びらに薬液を混ぜると、雨を降らせる要領で傷付いた皆の傷を癒していく。誰一人として欠けぬように、倒れぬように。マンデリンも回復に重点を置く傍ら、万が一ゼレフに牙が向こうものならば竜人と共に庇いに出る姿勢を崩さない。
「首はここにあるぜ。獲りに来るのは勝手だが逆に食われねえようにな」
 トントン、と爪先で地面をノックし、竜人が不敵に笑う。
 桜雲に息を潜める。四方八方から殺意を探る。時折吹いた風に、悪戯に翻弄されそうになる意識を研ぎ澄ませ、低い位置からの斬り込みに反射で振り抜いた蹴りは氷雨の横っ面を正しく蹴り飛ばした。
「無駄に飛び回ってくれるな。桜が散ってしまうだろう。止まるがいい」
 ペルの拳に白き魔力で生み出した強力な白雷が宿る。彼女はそれを何のためらいもなく、否、飾ることなくそのままぶつけてみせた。倒れ込む氷雨の身の内を駆け巡る雷が、痺れを伴い動きを拘束する。
 乱れた髪の隙間から睨み付ける視線は強く、だらりと垂れた腕が重そうだ。
「花影に隠れる、と言えば風流にも聞こえるけれど。春の喜びを謳い花開く場所を血で染めよう等無粋なものよ」
 リボルバー銃・Thanatosをベルトに差し込み、惨殺ナイフ・Nemesisを逆手に引き抜いたアウレリアは鈍った身体が自由を取り戻す前に躯体の傷口を深く、斬り開く。跳ねのけるように振り払われた氷雨の鉄爪が蒼く薙がれると、それは白皙の頬に紅を一筋。瞬間、白銀の銃を発砲したアルベルトの一撃は背面から真っ直ぐ、腹を打ち破った。
 カハ、と腹を抑えて吐血する、その歪んだ表情に凍雲を握る澄華の表情が昏くなる。しかし彼女は頭を振ると、マンデリンが回復を施すのを一瞥し、それから自分に言い聞かせるように足を一歩、前に踏み出した。
「凍雲、行くぞ……!」
 両手で握りしめた凍雲から冷気が迸る。
 三日月は氷雨がほんの一瞬、紅玉の視線を左方へ向けたことに気が付いた。踵が浮く。澄華の一閃が完全に振り抜かれる先に、パリリ、と雷の欠片が散った。
 それは右の脇腹から差し込まれた。
 雷刃突。三日月神速の突きに動きを封じられ、静かな瞳と至近で交わりあう。
「逃がさん」
 凍雲は得物を違えなかった。
 三日月の身体を綺麗に避け、氷雨ただ一人の肉体を斬り付ける。蒼く凍てる気迫が肺から凍り付きそうだ。
 ならば。
「――お行き」
 白刃伝う黄金、逆巻き包み全て帰す眩き炎の渦。血の一滴終わる刻まで、涯の旅路を供往く灯火は凍てた氷を融かしてゆく。涯火によって爛れた顔を隠すように、氷雨は桜雲に身を隠そうとした。
「桜は眺めるものだよ。無粋なことはするもんじゃない。……あるいは、まさかケルベロスを恐れてるわけじゃないんだろう?」
 けれど、ゼレフに問われ「恐れ」の一言に瞠目した視界に虹が掛かった。その意味を既に解していた氷雨は、パトリシアに向けて一点狙いの突きを繰り出した。急降下する加速も手伝い、下から突き上がる威力も増加する見込みだ。
 そこへ、眩い光が飛び込んできた。矢庭に鉄爪で刺したものは確かに人の肉の感触がした。けれど、軽い。
「危なかったデース!」
「助かるぞ竜人。カッコいいではないか……クク」
 轟竜砲にて氷雨を地面へと縫い付けた竜人は、顎下に伝う血液を肩で拭い、背に隠したペルの前から横に退く。くるりと踊るように着地の余韻を残すパトリシアに、斬り込んで来たペルに深手は見当たらない。何もかもうまくいかない。歯軋りが聞こえてきそうなほど、氷雨は食い縛っている。
 三日月は次の一手に移ろうとして――やめた。
 氷雨の狙いは澄華。口端から、腕から、絶え間なく滴る血を見てにんまりと弧を描いた唇から、艶やかな笑いが漏れた。
 けれど。
 澄華はそれまで一度も抜かなかった黒夜叉姫に手を掛けた。
「謙信公の時代から使える者の居なかった刀だ、使いこなしたときの威力、思い知ってもらう」
 抜刀するのは一瞬。
 はらり。ひらひら。
 氷雨の眼前を花びらが舞う。すぱりと切れた花びらが真っ赤に染まっている。ぬるりとした感触を覚え、視線を落とす。心の臓を捉えた鋼鉄が、次第に痛みを帯びていく。冷たい。熱い。相反する感触が身体と心をバラバラにする。
「さらばだ……」
 夕焼けの桜雲を仰いでいた瞳に、ゆっくりと瞼が落ちた。


「来た時よりも美しく! ジャパニーズカンヨウク? デース」
 花筵をぱたぱたと駆け回り、倒れたベンチや乱れた植木を正すパトリシアの動きは軽い。分散して適所ヒールを施す一方、澄華は氷雨の骸と遺品の回収のため、膝を突いたまま暫くじっとしているようだった。
「姉のような人だったからな」
 そう呟く澄華の背中が、なんだか小さく見えた。
「仕留めたことを里に報告せにゃならん」
 やおら立ち上がった彼女の横顔は幽かに疲れが滲んでいるようであった。じっとその表情を見つめていたペルは、くるりと踵を返すと、
「竜人、このまま花見と洒落込もうか」
 手を引いて、歩き出した。自分よりもうんと小さなペルに引きずられていた竜人は、声を上げようと口を開いたが――すぐに閉じて、ガリガリと後頭部を掻いた。「おい」とマンデリンに短く呼び掛け、澄華たちには片手をあげることで労う姿勢を見せる。アルベルトがそっと腕を曲げて持ち上げた。
「澄華、おつかれさま」
「皆、本当にありがとう」
 ちいさく頷き、アウレリアはアルベルトの腕を取ると、ペルと竜人が歩んでいく方とは反対へ歩き出す。ゼレフと三日月も遅れて歩を進める奥で、パトリシアが笑みを零して別れを口にすると、ようやく彼女が口元に淡い笑みを刷いたのが見えた。
「この桜も、あっという間に散ってしまうんだろうね」
「桜というのは、どうして散るのが早く感じてしまうんだろうな」
 ゼレフと三日月の言葉にそっと睫毛を伏せる。眼裏に描かれるのは先ほどの横顔。花吹雪がアルベルトの美しい銀の髪を彩るのを横目で見上げたアウレリアは、そのひとひらを指先に摘まんでちいさく吐息した。
「ひとりで泣きたいときも、あるわよね」
 これから弔いに向かう澄華を思うと、胸がつきりと痛むようだった。ふう、っと軽い息に煽られて花びらが舞う。
 この美しい情景が辛い記憶にならなければいい。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月31日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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