現代における魔法の箱

作者:天枷由良

●波打ち際の廃棄家電
 春の暖かさを感じられるようになった浜辺。
 其処に、一台の3Dプリンターが捨てられていました。
 うわぁもったいない。いくら普及が進んでいるとはいえ、もったいない。
 壊れているのだろうけど……やっぱり、もったいない!
 そんなもったいない精神が宿っていた訳ではなのでしょうが、しかし捨てられた機械の陰にはヤツの姿がチラつきます。
 そうです。ダモクレスです。
 拳ほどのコギトエルゴスムに機械の脚を生やしたアレです。
 一匹見たら百匹居ると思えと、そう言わんばかりに未だ絶滅の気配も見せないそれは、3Dプリンターを自らの一部とするため、内部にするりと入り込んでヒールします。
 ――途端、浜辺には復讐の怪物が生まれました。
 道具として使うだけ使い倒し、壊れたら捨ててしまう。
 そんな人類を抹殺し、数多の廃棄家電の恨みを晴らす――とまでは考えていないはずですが、けれど3Dプリンターから変じたダモクレスは確実に、虐殺に励むつもりです。
 その証拠として、四角く透明なボディの中では凶器が生成されています。
 機関銃。散弾銃。擲弾銃。手榴弾。荷電粒子砲――。
 どう見ても過剰性能な気がしますが、それもデウスエクスの為せる技なのでしょう。

●ヘリポートにて
「危険。確実な排除が必要」
 予知の一端を担った款冬・冰(冬の兵士・e42446)が囁く。
 それを見やり、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)も頷いた。
「敵の出現までに余裕がある状態で予知できてよかったわ。浜辺のゴミ掃除は未来が変わってしまうから出来ないけれど……しっかりと準備をして、敵を迎え撃ちましょう」
 説明は淡々と、滞りなく進む。
「戦場となる浜辺付近は、すでに関係各所を通じて無人地帯にしてもらっているわ」
 天候は快晴。時間は昼頃。つまり戦いの支障となるものはないはずだ。
「ダモクレスは3Dプリンターが元になったもので、ほぼ真四角の本体にケーブル製の手足が生えているだけ。大きさは少しばかり膨らんでいるけど……私の半分くらいかしら」
「80センチ強……脅威」
 小柄な冰が、僅かに宙空を見上げながら呟く。
「ええ。ケルベロスである皆にも充分な脅威のはずよ。体内で印刷した使い捨ての銃器を用いて、ダモクレスが繰り出すであろう攻撃は正しく弾丸の嵐。よくあるダモクレスの事件の一つだと油断せず、気を引き締めて戦いましょう」
 それから、とミィルは言葉を継ぐ。
「一つ、役に立つかもしれない情報よ。今回のような事例では、破棄された家電の残留意志のようなものを受け継いでいる事が度々確認されているのだけれど――」
 今回の敵は、3Dプリンター。
 その本来の役目を行わせれば、幾らか脅威度が減るかもしれない。
「ダモクレスになる前から存在していた各種ケーブル類や補助記憶装置の差込口は、そのまま残されているようなの。本体の右側面上部ね。そこに3Dプリントのデータを送り込めば、敵を出力に集中させ、攻撃頻度を減らす事が出来るかもしれないわ」
「……戦ってる最中に出来るかなぁ、それ」
 フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)が苦笑交じりに言う。
「勿論、真っ向からぶつかって叩きのめしてもいいと思うわ」
 それを決めるのは、戦いに赴くケルベロスたちだ。
 そう告げると、ミィルは説明を終えた。


参加者
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)
白樺・学(永久不完全・e85715)
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)

■リプレイ


 曰く、勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求むる。
「――さて」
 款冬・冰(冬の兵士・e42446)はヘリオンの最も寛げそうな座席に陣取った。
 用意するのは薄型軽量省電力と三拍子揃ったノートPC+ペンタブレット。
 あと棒付き飴。レプリカントだって頭を使う時は糖分、糖分だ。
 極彩色を咥えて転がして。うひゃあ甘ぇぜ飴だけに!
「補給完了。準備開始。要望があれば冰が作成」
「俺は用意してきたぜ」
 サバトラ羽猫“夜朱”を頭に乗せて、瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)がデータ提出。
 チェック。OK。次。
「これでいけそう?」
 カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)の分を確認。
 OK……OKだ。次。
「え、今のなんだったの」
 フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)の不安は右から左。
「ソウちゃんの立体データとかも読み込めるのかしらー?」
「可能」
 心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)からブツを受け取り、チェック。
 画面にはスカーフ巻いたお洒落さんなウイングキャットが現れた。
「ソウちゃんはいつ何処で見てもかわいいわねー」
 括は本物を撫でながら、ぽやんとした感想を述べる。
 はい次。
「宜しく頼むよ」
 四番手はディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)だ。
 読み込み。GOOD。順調すぎて欠伸が出そうだぜ。
 だから操縦席のミィルとかまだ訝しんでるフィオナにもアイデアを聞く。
「残りは――」
 ちらり。冰がPCから視線を上げれば青い顔と目が合う。
 青ざめてるわけじゃなく。マジで青い肌。
 グランドロンの白樺・学(永久不完全・e85715)である。同胞ディミックはガチめかつシンプルスマートな戦闘ロボ的外見だが、此方は殆ど人間と変わりない。
「僕の希望は……そうだな……」
 思案を始めれば、傍らのシャーマンズゴースト“助手”が白衣を引っ張った。
「なんだ、象って欲しいのか?」
「!」
「……まぁ良いか、代わりに今日はまともに働けよ」
「!!」
 主と同じ色の神霊型サーヴァントは激しく首肯する。では決定。
「ジューゾーは?」
 作成した新データを保存しつつ、冰が問うのは無二の親友。
 兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)である。
「じゅーぞー、は……」
 微睡むように言って、答えを出す前に問う。
「……こおりの、用意したの、は……?」
「冰はこんな感じと提示」
 Ctrl+の操作でファイルを開く。
「……鶴……?」
「肯定」
 十三が十秒かけて紡いだ台詞に冰はコンマ二秒で答えた。
 鶴。ツル科ツル目の鳥。恩返しに来る粋なアイツだ。
「かなりの出来と自賛。ジューゾーの希望も完璧に仕上げると自負」
 ペン型入力機器をくるりと回して見せる。
「……じゃあ、じゅーぞー、は……」
 ごにょごにょ。耳打ちに親友が幾度か頷いた。
「……どうか、な?」
「了解」
 シャカシャカ。ッターン!
「これで如何」
「すごい、ね……」
 十三は再現度の高さに思わず拍手を贈る。
 冰の表情は変わらないが――ちょっと得意げなのが親友ならわかるはず。
「こおり、おつかれ、さ、ま……」
「問題ない。補給さえあれば――」
 言いかけたところで気付く。飴切れだ。メーデー、メーデー。
「はい、どう、ぞ……」
 救難信号を受信した親友が、新たな包みを解いて口元に運ぶ。
 瞬間、染み渡る糖分。踊り狂うナノマシン。冰は蘇った。しゃきーん。
「大体の用意は、これで終わりだけれどね」
 小柳・玲央(剣扇・e26293)が自分の分を渡して言う。
 チェック。コンプリート。
 そのまま全てのデータが複製され、記憶媒体などに収められる。


 程なく、九人は無人の浜辺へと降り立った。
「……あれが、3Dぷりんたの、だもくれす……」
 ぽかぽか暖かな日差しの下、十三が見つめる先には手足が生えた四角い箱一つ。
「見かけによらず強敵との情報」
 ひし、と十三の腕を掴むようにして並んだ冰が言う。
「ただし此方の作戦成功で封殺可能」
「右上のなんか空いてるとこに挿せばいいんでしょ?」
 カッツェが俄に動き始めた敵を示して言う。
「楽勝だなー。今日のカッツェは外す気しないからなー」
「本当に大丈夫?」
「フィオナこそ大丈夫かなー? 気合入れて盾役やらないと……」
 ニヤリ。その不敵な笑みの前では相棒も蛇に睨まれた蛙。
「貴様も間違えるなよ。狙いはあの敵ただ一つだ」
 学が言えば、助手は首を激しく縦に振った。
 繰り返さえるその仕草から、玲央は律動を感じ取って足で刻みつつ。
「さて、それじゃあ彼のリズムを教えてもらおうかな」
 呟き、号令をかけるかのように九尾扇を振る。
「ではデータ入力の準備を。敵は私共が――!」
 戦闘の鍵を握る者たちに言って、最前線に飛び出したのはディミック。
 光り輝くオウガ粒子を放出しながら砂上を疾走すれば、ケルベロスの接近に気付いたダモクレスも腕を振り上げ――その場で何やら機械音を発した。
「――!?」
 急減速。仲間の盾になれるよう備えつつ、様子を伺うディミックの眼が捉えたものは。
「これは……」
「なるほど。こういう感じになってるのか」
 同じくメタリックバーストを放ちながら後に続いた灰が、しげしげと敵の体内を眺める。
 透明な箱の中。ベルトやシャフトと接続された部品が原材料の噴出を始めて、少しずつ立体物が形成されていく。
 それが物騒極まりない銃器であることは、すぐにわかった。
「こんなものが家電扱いなのか……時代は進んでいるんだな」
 真剣に、けれど楽しく観察を続ける灰が呟けば、頭の上の夜朱が退屈そうに一度鳴く。
「……いや、一応は戦いだ。真面目にやるぞ、真面目に」
「ソウちゃんもお仕事しましょうねー」
 灰が相棒を持ち上げる姿を見つつ、括も白猫を解き放った。
 ソウは素直に応じて邪気祓う羽ばたきを始め、夜朱は爪研ぎするくらいの感じで敵をぎゃりぎゃり擦る。
 それがちょっと嫌だったか、ダモクレスはケルベロスから距離を取ろうと走り出す。
「作業の途中で動いて大丈夫なのかしらー?」
「あれでもダモクレスですからねぇ、何とかなるんでしょう」
 のほほんと言う括にはそう答えつつ、ディミックは再度、敵へと接近。
 学も駆け出すと――砂浜を踏み切ってジャンプ。飛び蹴りを見舞う。
 さらにフィオナの蹴りとカッツェの竜爪撃も炸裂すれば。
「全力で、いく、よ」
 青空の下でさえ禍々しい気を放つ赤黒い刃の大太刀“月喰み”で、十三が両断せんばかりに斬りつける。
 その威力たるや痛烈。ダモクレスは堪えきれずに吹き飛ばされて――浜辺を何度か弾んだ後、腕を体操選手の如く上げてぴたりと着地を決める。
「やる、ね」
「印刷も続行中。やはり強敵」
 思わず感嘆を示す十三に、冰も同意しつつ攻撃に移る。
「親衛隊、前へ」
 命令を下せば、黒ずくめの自動人形軍団がダモクレスに進撃。
 その幾つかはケーブル類で作られた腕に払われたが、如何せん数の差には勝てない。
 瞬く間に拘束される敵。それに詰め寄って、勝利の鍵を高々と掲げる冰。
「データ入力、開始」
 がちゃ――かちゃ、かちゃかちゃかちゃかちゃ。
「……? 冰ちゃん、どうかしたの?」
 どうにも手こずっているように見えたのか、括が近寄って心配そうに言う。
「問題ない」
 答えてすぐに作業を終えると、冰は言った。
「ポートの形状が不親切。差込口の上下或いは裏表が極めて不明瞭。要改善」
「USBみたいな……いや、もしかしてそれより酷い?」
「フィオナの理解で概ね正解。要改善。メーカーに意見具申」
 冰はアイズフォンを用いて簡潔な文面を送信した。
 それがユーザーのお言葉として反映されるかは、当然ながら今回の戦いに関わりない。


 さておき、外部からのデータ入力はダモクレスに異変をもたらした。
 本来の性能から考えれば驚異的な速度(1分)で短機関銃を完成させた後、ケルベロスに向けるべきそれを放り捨て、新たな生産活動を始めてしまったのだ。
 最初の印刷がウォーミングアップになったのか、内部構造の動きは滑らか。
 心做しかダモクレスの姿も楽しげに映る。
「いいリズムだね」
「ああ。本能には抗えんということだろう」
 玲央が指で律動を刻みつつ言えば、灰も答えて引き続き観察。
 何が出来るのか。徐々に重なる原材料が作ったそれは――。
「きゃー! 見てソウちゃん、ソウちゃんが出てきたわよー!」
 愛猫抱えた括が声を上げる。
 肝心のソウは若干、驚いている。己と瓜二つの物が作成されているのだから当然か。
 もっとも、主はお構いなしで子供のようにはしゃぐ。
 心意・括。見た目は二十代。実年齢は五十代。
 いつまでも若い心を失わないって大切だよネ!
「うちの子達に見せてあげたら絶対喜ぶわねー!」
「ほう、お子さんが……」
 ディミックが唸ると、括は笑いながら手を振って訂正する。
 彼女が言う“うちの子”は、自身が養う孤児達のこと。
「3Dプリンター、うちにも買っちゃおうかしら? ……あ、でも、こういうのはすぐ飽きちゃったりするのかしらねー?」
「はは、そうかもしれませんね」
 まさか(地球年齢的に)同年代とは思わずに相槌を打ちながら、しかしディミックは地球に住まう者の優しさの片鱗を改めて感じ、心中で敬意を表す。
 そうして歓談しているうちに、完成したソウちゃん模型は排出されて砂に還った。
「本物みたいに可愛かったけど、やっぱり本物の方が断然カワイイわねー?」
 撫でり撫でり。……あれ、何をする為に来たんだったか。
 思い出せ。ダモクレスを撃破するべく来たのだ。
「そういうことでどーん!」
 ようやっと一仕事終えたばかりの敵に、カッツェが記憶媒体をブチ込む。
 数度のビープ音。振動。再び始まる印刷作業。
「なーにが出るかなー?」
「……嫌な予感がする」
 彼女が浮かれている時は、大抵ろくでもない事態が起きる時だ。
 愉悦を隠そうとしないカッツェの傍らで、フィオナはまた訝しみ。
「……あー!?」
 悲鳴を上げた。
「カッツェさん、あれ、アレ何!?」
「見ればわかるでしょー? フィオナフィギュア(1/8)だよ」
「何でボクの3Dデータなんて用意して――っていうか、どうやって!?」
「あのねぇ、カッツェがただ缶蹴りやら枕投げやらしてるだけだと思った?」
 カッツェは完成品を素早く取り上げ、それが崩壊する前に自らの所業を誇る。
「ごらんフィオナ! 帽子の下のアホ毛からスリーサイズまで完璧だよ!」
「のあああああ!?」
 襲い来るヒール不能ダメージ(心因性)に絶叫が轟く。
「あ、フィギュア壊れちゃった。まあいいか、また作れば」
「ノー! ノーモア! 誰か、誰か新しいデータを!」
「なんだか知らんが、とりあえず入力はするぞ」
 かしましい二人に冷ややかな視線を送りつつ、学が自身の関節部からケーブルを射出。
 それによって接続したダモクレスにデータを――。
「!!」
「……あ?」
 送ろうとした矢先、何故か助手がダモクレスをビンタしたのでケーブルが外れた。
「……だーかーらーきーさーまーはァァァ!!」
 バトル勃発。学が怒りを露わに飛び掛かれば、助手は腹立たしい程に華麗なステップでそれを避ける。ついでに学が握っていた敵に関する情報メモを原始の炎で燃やす。
「ああああああ貴様またァァァァァ!?」
「こおり、もういちど、させ、る?」
「可能。それ以外に方策なし」
 喧しい主従とか、まだわちゃわちゃやってる女子二人を余所に、再び自動人形群で敵を拘束した冰がデータ入力を行った。


 すると、続いて形成されたのは玲央が望んでいた物の一つ。
「蝶か?」
「うん。何処まで細かな構造や色彩が表現できるのか、見てみたくてね」
 灰に答えると、玲央はすっかり回避行動も取らなく(取れなく)なった敵に近づく。
 その体内で着実に出来上がっていく蝶。
 翅は現実でありえないほど細かに仕切られて、七色の輝きを宿す。
 教会のステンドグラスに匹敵する――いや、ともすればそれ以上の美しさかもしれない。戦いの場が屋外で、降り注ぐ光が充分なのも好材料だっただろうが、それにしても。
「素晴らしいね」
 芸術品を作り上げる敵の体内機構は、メトロノームのように規則正しく動く。
 それも含めて、玲央はもう一度「素晴らしい」と口にした。討ち果たすべき敵であるダモクレスが、その言葉をどのように聞いていたかは、知る由もないが。
 惜しい。玲央はそう感じる。彼が敵であることも、作品の命が短いことも。
 だからせめて充分に鑑賞してやろうと、出来上がって排出された蝶を手に取る。
 己が羽ばたきで飛べないそれを空に放ってやれば、まるで崩壊すらも美の一つであると訴えるように、七色の蝶は儚く消え去った。
 最後の輝きを無言のままで見やると、玲央は頷く。
 もう一つ気になる所であった印刷物の最大サイズは、敵の大きさと体内機構の観察で大凡の想像がつく。即ち知的探究心は存分に満たされた訳で、玲央はデータ入力の補助に回る。
 腕からコードを伸ばして攻撃。その直後、学のケーブルが今度こそ目的を完遂した。
 印刷されたのは――胸を張って空見上げ、翼を大きく広げて今にも羽ばたかんとする鶴。
 冰が作ったデータだ。国内でも長い歴史を持つ都市公園の像をモチーフにしたそれも、造り物であるが故に空へと舞い上がりはせず、しかし陽光を浴びて輝きながら朽ち果てる。
「…………」
「こお、り……?」
 じっと黙り込んだまま消滅を見守る親友に、十三が声掛ける。
「やはり完璧な出来。出力したダモクレスにも脱帽」
 それ以外にも思うところは――あるのかないのか。
 ともかく冰は淡々と言って、さらなる入力を試みる。
 幾つかの攻撃で機動力を奪い、オウガ粒子などで此方の精度を高めての試行。それも三人がかりであれば、印刷待ちのドキュメントは積み重なるばかり。
 ミニバール(フィオナ案)とメモ帳(ミィル案)が出力された次は、十三提案・冰作成の友情タッグな一品。
「これは……うさぎかしら?」
 括が小首を傾げて言うと、十三がこくりと頷く。
「ちょうじゅうぎがの、うさぎ、だ、よ」
 渋い。
 墨で描かれた擬人化兎が何体も形成されていく。
 シンプルだからだろうか。それはささっと完成して、ささっと排出され、さささっと浜辺を跳ねて夢幻の如く消えた。
「ジューゾー、満足?」
「うん。こおり、ありが、と」
 此方も淡々と、けれど情感溢れる礼を述べると、その雰囲気からは想像もつかない激しい斬撃を再び繰り出す。
 さすがに丈夫なダモクレスも幾らか傷んできた。
 しかし出力はまだ問題ない。
 次に作られたのは、助手として働かない学の助手。
「……ふん」
 戯れを止めて、学は出来上がったものを掴み取る。
 極小の桜の花弁を無数に重ねて作るという驚愕の品は、少しずつ崩れて破片を風に乗せ、春の訪れを祝うかのように舞い飛んでいく。
「凄まじい性能だな」
 この精度はダモクレスだからこそ成せる技か。
 学は唸り、感じたものをすぐさま新しいメモに書き留めて――。
「!!」
 すぐさま燃やされた。
「あああァァァ!?」
 放っておこう。春の後は……夏だ。
「ようやく俺の番か?」
 敵に張り付く灰の眼前で作り上げられたのは、イルカとクジラとシャチの三点セット。
 ざばん。大海原へと飛び出さんばかりの勢いで、それは宙を泳いでくるりと回って、硝子のように砕けて散った。眩い光が乱反射してキラキラ輝く。
「……凄いな」
 さすがは家電の最先端。
 実力が遺憾なく発揮されたところを間近で見れたのならば、灰の目的も達成されたと言っていいだろう。
 で、春夏とくれば秋だが――それはデータに存在しない。
 何故か。奴は四季の中でも最弱だからだ。
 従って冬が来た。
 冬といえば、クリスマス。出来上がったのは赤いブーツのオーナメント。
「おお……!」
 ディミックが歓喜に震える。
 それで思い起こした者も居るだろう。聖夜。大阪城を囲む長城での激闘。
 救出されたグランドロンは多くのケルベロスから様々な事を教えられて、蘇生と定命化への道を歩んだ。
 あの日の出来事がなければ、学もディミックも此処には居ない。
「冬の一時期にだけ飾るものだとは後で知ったのですがね」
 両手で大切に取り上げたそれを、ディミックはじっと見やる。
 例に漏れず崩れていくから少し哀しい。
 けれど悲しむ必要はない。グランドロンは自由を得て、地球の民となった。
 だから今年の冬にも必ず仲間たちと祝えるはずだ――メリークリスマス、と。
 それはまだまだ先の話。でも必ずやってくる未来。だから。
「また冬に逢おう」
 ディミックは穏やかな心で見送る。
 素敵な思い出を振り返る日を、少し先取りさせてくれたことに、感謝しつつ。


 かくして、ケルベロスは色々な立体物を堪能した。
 用が済んだのでダモクレスは粉砕した。当たり前だ。奴は敵だ。慈悲など無い。
「よーし試作はバッチリ! プリンター買って帰ろ」
「断固反対ー!」
 フィギュア量産阻止に挑むフィオナをカッツェが返り討ちにする。
「帰る前に、お掃除、しな、きゃ」
 しょうもない争いは放っておいて、十三が戦いの後始末を始めた。
 それに倣って皆で浜辺を片付ければ、この事件も歴史の一頁として幕を閉じた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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