いちご農園にエインヘリアルは似合わない

作者:砂浦俊一


 三月の、ある日。千葉県某所のいちご農園は団体客で賑わっていた。
 特に小学生ほどの子どもたちの姿が目立つ。小学校が春休み中であるため親たちがいちご狩りの計画を立て、子どもたちを連れてきたようだ。
 暖かな陽気の中でのいちご狩りに子どもたちは目を輝かせ、夢中になっている。
 春休み中の良い思い出になったことだろう――それが、空から落ちてくるまでは。
 落下してきたそれは農園の一角に、轟音とともに地面深くめり込んだ。
 突然の出来事に、居合わせた人々は目を丸くして動くこともできない。
「乱暴な送られ方をしたが、下が柔らけぇ地面でまだマシ――って何だこりゃああ!」
 地面から体を起こしたのは巨漢のエインヘリアル。素肌の上半身は真っ赤に濡れている。
 体を赤く濡らす滴を指で掬い、エインヘリアルはひと舐めした。
「うん? めっちゃ甘ぇ? それと、ほのかな酸味? 地球の果物? 血じゃない?」
 農園に落着した際、大量のいちごがうつ伏せのエインヘリアルの下敷きになって押し潰された。それが自分の血のように見えたらしい。
「だよなあ、柔らけえ地面に落ちて血塗れになりでもしたら、エインヘリアル失格だぜ」
 そしてエインヘリアルは首をゴキリと鳴らして、動くこともできない人々を見渡した。
「んで、てめえらはこの果物目当ての地球人どもか。へへっ、果物狩りに来たのにエインヘリアルの俺様に狩られるなんて、人生わっかんねぇモンだよな!」
 エインヘリアルは歯牙を剥き出しにして団体客に襲いかかる。
 悲鳴と血飛沫が飛び交い、いちご狩りの農園は人間狩りの猟場と化した。


「皆さん、いちごはお好きですか? ねむはとっても大好きなのです。お皿に盛ったいちごに、練乳をかけて食べるのが一番好きなのです。でも美味しいいちごを作っている農園さんに凶悪な罪人エインヘリアルが送りこまれ、襲撃されてしまうのです。君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)さんからの情報提供で、それが明らかになったのです」
 ウェアライダーのヘリオライダーである笹島・ねむの説明によると、現場はいちご農園、被害に遭うのはいちご狩りに来た団体客と、農園の従業員たちのようだ。
「敵は罪人エインヘリアル1体です。ハウス栽培の農園なのでエインヘリアルの巨体だと窮屈そうですが、ビニールハウスなので簡単に壊されちゃうのです。戦闘中にぺしゃんこになってしまうビニールハウスがたくさん出ると思うのです」
 となると破れたビニールが覆いかぶさる、骨組みであるパイプが頭上から落ちてくる等、戦闘時は邪魔になる可能性がある。
 それと団体客に子どもが多いのも要注意だ。まずは彼らの避難を念頭に置き、避難が完了するまでは敵の注意を充分に引きつけておきたい。
「エインヘリアルは上が裸で、下はズボンと獣の革の腰巻きを鎖で巻いているのです。攻撃手段はバトルオーラの気咬弾を好んで使うのです。挑発には簡単に引っかかる、脳筋思考なので撤退はしない等の特徴があるのです」
 自分の肉体に自信があるが故の軽装か。だがいちごの果汁を自分の血と勘違いするあたり、どこか間の抜けた性格のようだ。
「エインヘリアルを撃退した後はいちご狩りを楽しむのも良いと思うのです。いちご狩りに来た皆さんや、美味しいいちごを育てている農園の方々のためにも、よろしくお願いします、なのです!」
 ねむに見送られ、ケルベロスたちはいちご狩りならぬエインヘリアル狩りに出発する。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ


 突然空から降ってきたエインヘリアル。いちご狩りの団体客は恐怖で動くこともできず、農園の従業員も呆然と立ち尽くしていた。
「果物狩りに来たのにエインヘリアルの俺様に狩られるなんて――」
 歯牙を剥き出し、エインヘリアルが闘気を練り上げる。溢れ出る闘気は周囲に土埃を起こし、渦が巻く。
「人生わっかんねぇモンだよな!」
 叫びとともに、球状のバトルオーラが団体客めがけて放たれた。
 着弾と同時に爆発が起こり、半壊したビニールハウスは吹き飛ばされる。
 だが土埃が消えた後に現れたのは――我が身を盾に団体客たちを庇ったケルベロスたちの姿だった。
「なンだァ……?」
 人々が消しとんだと思ったエインヘリアルは、予想と違った光景に眉間へ皺を作る。
「……随分弱そうなのデス。エインヘリアルでも下級のようですネ」
「ぼくこれしってる、あさめしまえとかいうやつ。いちごがりだから、いちごまえ?」」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は上着の土埃を手で払い落とし、その後ろから姿を見せた伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)はエインヘリアルの巨体を見上げつつ小首を傾げた。
「へっ。ケルベロスか。こいつぁ上等な獲物だ。俺様の闘気を見てビビるなよ?」
 エインヘリアルが再び闘気を練り上げる。渦巻くそれは先程よりも激しく大きい。
「心配ハ無用。この失格エインヘリアルはワタシたちが倒す。皆は安心しテ避難ヲ」
「大丈夫だ、あんな変な格好の個体に負けやしねえ」
 対抗するように君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)と尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は、スタイリッシュモードと重武装モードを披露する。2人の勇姿に、怯えきっていた子どもたちが瞳を輝かせた。正義の味方が来てくれた、彼らの目にはそのように映っていた。
 一方で避難誘導班はエインヘリアルには見向きもせず、団体客の誘導を開始していた。
「シカトしてる連中がいるなァ! こっちを見ろ、これからテメエらを殺す相手だぞォ!」
 露骨に無視されたと感じたエインヘリアルは腹を立て、闘気が爆発的に膨れ上がる。
「あー悪いな、いま忙しいんだ。相手なら後でしてやる」
「泰地さん急ぎましょう。さあ皆さん、こちらですっ」
 農園の見取り図や周辺の地形は、ヘリオンでの移動中にスマホや地図でチェックしており、避難経路も構築済み。後のことは引きつけ班に任せて、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)とイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が団体客の避難誘導を開始する。相箱のザラキも『こっちへにげて→』と矢印付きの看板を掲げて、皆の視界に入るように飛び跳ねていた。
「やだなー、無視なんてしないよ。やーいやーい、不器用ー! のろまー! お前の創造主でべそー!」
 火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は舌を見せてエインヘリアルを挑発、その怒りの火に、いいや炎にガソリンをぶっかける。
「最初に死ぬバカは決まったな!」
 そして引きつけ班とエインヘリアルとの戦端は開かれた。
「皆さんの身は僕たちが守ります、落ち着いて行動してくださいっ」
 ジェミ・ニア(星喰・e23256)は襟元のハンズフリーマイクで呼びかけつつ、避難する団体客たちの最後尾で盾になっている。
(……少しの間だけ、頼みますっ)
 戦闘の光景を一瞥した彼は、転んでしまった子どもを抱え、親御さんのもとへ駆ける。


「春。苺の実る季節……甘くて赤い喜びヲ、守りまショウ」
 エトヴァが味方前衛にサークリットチェインを張り巡らし、広喜と眸が駆けた。
「さっきの一発はヌルかった。ケルベロスも倒せねえようじゃエインヘリアル失格だな」
「ヒトを狩りに来た貴様をケルベロスが狩ってやろウ。人生分からなイものだな?」
 狂イ詠とGuillty/Scar、挑発を交えつつエインヘリアルへダメージと怒りが叩きこまれる。
「ぶっとべ!」
 エインヘリアルは渦巻く闘気で2人を押し返すと、気咬弾を撃とうとする。
「祈れ。許しを請え」
「うごくなー、ずどーん」
 しかしひなみくの告解は誰が為にがエインヘリアルの腕を痺れさせ、次いで勇名のポッピングボンバーが脛に命中した。
 発射寸前でバランスを崩したため、気咬弾は見当違いの方向へ放たれた。だが飛んでいった場所には別のビニールハウス。それは風船のように弾け、栽培されていたいちごが土くれとともに宙を舞う。
「やりゃあがったな!」
 抉れた地面で片膝をついたエインヘリアルは、痛みの走る脛をさすっていた。歯ぎしりとともに立ち上がり、闘気を漲らせてケルベロスたちに突っ込んでいく。
 別のビニールハウスが吹き飛ぶ光景は避難誘導班も見ていた。
 団体客に直撃しなくて良かった、と思った直後に四方八方へ気咬弾が放たれ、農園内のビニールハウスが次々と吹き飛ばされていく。
 エインヘリアルは怒り狂っているようだが、引きつけ班の負担も大きい。後のことは駆け付けた警察と農園の従業員に任せると、避難誘導班は味方との合流を急ぐ。
「どぉした! その程度か!」
 激戦に農園は荒れ放題だ。いちご畑はクレーター状に抉れた無残な姿をいくつも晒し、摘みごろの果実はどれも踏み潰されている。
 だがエインヘリアルは目の前の戦闘に夢中、避難誘導班には気づいていない。
「罪人ならば縛りましょう……泰地さんっ」
「応っ。調子に乗るなよド外道、筋力流流星一直線蹴りッ!」
 駆け付けたジェミのフラワージェイルがエインヘリアルの周囲を覆い、崩れ落ちて散乱する鉄パイプを飛び越えた泰地の飛び蹴りが顔面を捉えた。
 エインヘリアルの巨体が仰向けに倒れ、土埃が盛大に舞う。
「エトヴァさんお待たせしました、私も手伝いますっ。勇気ある民に報いるために!」
「助カル。あの罪人、見た目以上に頑丈ダ」
 この隙にイッパイアッテナはエトヴァと連携して皆の回復と、猛言葉での攻撃のサポートに回る。
「……クソがっ」
 立ち上がったエインヘリアルはまとわりつくような花びらの嵐を振り払うと、折れた前歯を勢いよく吐き捨てた。人間の大人の歯よりも遥かに大きいそれが、地面に突き刺さる。


 8人が揃ったことでケルベロス側の戦力は増した。
 だがエインヘリアルも果敢に反撃し、一歩も引かない。その身に漲る闘気も衰えを知らず、まるで底無しのようだ。
「あいつ、図体がデカいだけのウドの大木、ってわけじゃなさそうだね」
 ジェミは額から流れる汗を拳で拭う。見ればそれは汗ではなく、傷から流れ出た血だ。
「でも技のキレが落ちてきる。体を厚い筋肉で固めても、内臓にはダメージがいってるんじゃないかな」
 攻撃に移る際の相手の挙動から、ひなみくはそれを見抜いていた。だったら傷んだ内臓をさらにおかしくしてやろう、彼女は手にしたゲシュタルトグレイブを頭上で回転させると、エインヘリアルの胴へと電光石火の鋭い突き。
「いちごがりのひとをかるのをやっつける。いちごがりがりがり?」
 続けて勇名の轟龍砲。命中と同時に舞った土埃がエインヘリアルの目に入った。
「ちぃっ」
 指で拭おうとエインヘリアルの気が取られた瞬間を狙い、ジェミと泰地が挟撃に出た。
 かたやレイピア、かたや刃の付いた手甲。
 左右から敵の脇腹を抉った両者はバックステップで下がろうとした。しかし振り回されたエインヘリアルの右腕が泰地を捉え、顔面を掴み、高々と持ち上げた。
「そういや汚ねぇ足で蹴ってくれたな。礼はするぜ、この距離なら外さねえ!」
 エインヘリアルの右腕に闘気が集中していく。
「相馬ッ」
「これはいけませんっ」
 間一髪、眸のクリスタライズシュートがエインヘリアルの右腕を氷結させ、イッパイアッテナの気咬弾の衝撃が泰地を地面へと落とした。
「ご無事ですカ?」
「すまねえ、助かった!」
 エトヴァがマインドシールドを張り、立ち上がった泰地は敵を見据える。
 そのエインヘリアルの右腕には広喜の放った攻性植物が絡みついていた。
「さあ、壊し合おうぜ」
 攻性植物を自身の左腕にも巻きつけた広喜は、無邪気な笑顔のまま右腕をハンマーへと換装し、エインヘリアルの真正面に立った。
「チェーン・デスマッチの真似事か。面白ぇ!」
 エインヘリアルもまた真っ向から迎え撃つ。


 至近距離での壮絶な壊し合い。
 広喜は気咬弾の直撃、エインヘリアルは腕部換装のハンマーをくらい、双方、倒れこむ。両者の腕を繋いだ攻性植物も千切れ飛ぶ。
 エインヘリアルは、今度は歯でなく黒々とした血を吐き出した。やはり内臓を痛めているようだ。
「広喜さん、時間稼ぎ感謝しますっ」
「いちごのため、そして人命の……そしていちごのため! 頑張っちゃうんだよっ」
 イッパイアッテナからの幻夢幻朧影を受けたひなみくが、エインヘリアルの胸から胴へとチェーンソー剣で斬りつける。
「所詮は飾りの筋肉だなっ」
「いちごは、あかいし、あまいから、とてもじゃすてぃすーだぞ。でも、おまえは、ちがう」
 さらに泰地と勇名が追い討ちを浴びせる。ブラッディダンシングと旋刃脚、厚い筋肉が裂かれて血飛沫が舞った。
「蚊に刺されたほども……効かねえっ」
 強がるエインヘリアルだが虚勢も同然だ。闘気を集中させればさせるほどに、傷口からは血が吹き出す。このまま戦闘を継続すれば失血死は免れない。
 それでもなお、戦闘狂のエインヘリアルは引くことなく、右腕に溜めた渾身の闘気を撃ち出そうとした。
「無駄ダ。エトヴァ、ジェミ、タイミングは任せル」
 眸のスパイラルアームは弧を描き、エインヘリアルの顎を真下から抉るように打ち抜いた。脳が揺れたエインヘリアルは白目を剥いて虚空を仰ぎ、放たれた気咬弾は天へと飛んでいき――そしてエトヴァがジェミへとメタリックバースト。
「穿て!」
 白熱するエネルギーがレイピアに集中する。それは優美な白鷺のビジョンを纏って放たれ、エインヘリアルの胴を胸を穿つ。
 エネルギー光が羽を散らすように弾けると同時に、絶命した罪人は崩れ落ちた。

 戦いは終わったものの、いちご農園の惨状は目に余る。戦闘の余波で多くのビニールハウスが倒壊、多くの果実を実らせていたいちご畑も今や荒れ地も同然だった。
「さて後片付けだ。避難した団体客にも討伐完了だと伝えなくちゃな」
 泰地はエインヘリアルが履いていた巨大なブーツを拾い上げる。いちご農園には無用の代物だ。
 やがてヒールが始まり、輝きとともに農園が徐々に修復されていく中、ケルベロスたちのもとへ農園の従業員がやってきた。
「皆さん、危ないところをありがとうございました。せめてものお礼です、どうかウチのいちごを好きなだけ食べていってください」
 案内されたのは一棟だけ無事だったビニールハウス。
 中では大粒のいちごが実っている。
「いちご! れんにゅう、ぼく、れんにゅうをかけたい」
 普段なら戦いが終われば疲れて眠くなる勇名だが、今は食欲が勝る。彼女は目を輝かせていちごに飛びついた。
 その隣で、何もつけずにいちごを口へと運んだエトヴァとジェミが微笑む。
「エトヴァ、うちのお店でも何か苺スイーツ考えてみようか? 僕はムースが良いな!」
「承知デス。苺スイーツ、良いですネ。ムースは特に素敵デス」
 近いうちに、2人が経営する喫茶店の新メニューに『摘みたていちごのムース』が加わるのかもしれない。
「いっちっごー! いっちっごー! 紅い宝石なんだよー、おいし~! あ、これでジャムを作ったら美味しそう! あのー、ちょっと痛んでいるのとか、商品にならないやつありますか? 買い取ります!」
「爽やかな甘味が格別ないちごですね。何か困ったことがあったら、これを使ってください」
 ひなみくは従業員に買い取りを申し出、イッパイアッテナはケルベロスカードを手渡す。
「苺は味も美味しイし、見た目も可愛らしイ……広喜、綺麗な粒ヲ見つけたぞ」
「俺もな、すーっげえ綺麗な粒見つけたんだっ。うん……すっげえ美味え、甘えっ」
 際立つ甘味とほのかな酸味。
 眸と広喜は互いに互いの口へいちごを運び、満面の笑みを見せる。
 食べさせあったそれは、これまでで一番甘く感じたいちごだった。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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