レイリの誕生日 天鵞絨と猫の仕立屋

作者:秋月諒

●花のように
 花のように生きなさい、と笑ったひとがいた。
 花のように笑いなさい、と告げたひとがいた。
 賑やかな館だった。あの日、全てが失われるまで。誰一人いなくなるまで。
『己が魂を主として。いきなさい』
 生きろと言われたのか。行けと言われたのか。
 未だにその言葉の意味は分からないまま、泣いても怒っても日は昇る。この世界が存在し続けている限り。
「ーーなんで、涙……?」
 知らぬ間に頬に一筋、涙が残っていた。

●天鵞絨と猫の仕立屋
 赤い薔薇をくわえた猫を知っている? 甘い、甘いチョコレートに似た毛の色をした猫のことを。色とりどりのリボンを扱うウサギたちも、それはそれは驚く程に美しい服を作る仕立屋の猫のこと。
「なに、不思議なことはひとつだってありゃしませんよ」
 ゆるり、ゆるりと仕立屋の猫は尻尾を揺らしていいました。
「わたしはね、ずっとずっと笑っていて欲しいから。幸せだって思って欲しいと願って服を作るだけのことです」

「ーーという仕立屋の猫の猫さんの話があるのですが」
 ぴぴん、と狐の耳をたてたのはレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)だった。
「猫ねぇ……」
「千さん千さん、信じていませんね?」
「ひとまず、布に毛が着くんじゃ無いかと思う程度だよ」
 千鷲の言葉に、むぅとひとつ頬を膨らませてーーだが、ぱ、とレイリは顔を上げた。
「それはそれはすごい方法で大丈夫なんです。なにより、その猫の仕立屋さんが久しぶりに街にやってきたんです」
 猫の仕立屋ーーと言っても、ひとつの仕立屋だけではない。多くの仕立屋たちが猫の看板を掲げるのだ。
「工房、という言葉が分かりやすいかもしれません。その猫の仕立屋さんがやってきて、新しい服を請け負うそうなんです!」
 猫の仕立屋たちが請け負うのは、オーダーメイドのドレスやスーツだ。
 工房では、それぞれの希望や布地を合わせることができる。専門用語など詳しい事を知らなくても、相談をしながら一着を仕立てるのだ。
 その人が、幸せだと思える素敵な一着を。ーーそれが猫の仕立屋さん達の矜持だという。
「私も、たまにはこう、大人のちゃんとしたドレスみたいな……年相応というものを欲しいなぁ、と思いまして」
 背伸びかもしれない。まだ似合わないのかもしれないけれど。
 今日のこの日を迎えて、多分きっと、少しは大人になったかもしれないーーなりたい自分の為に。
「オーダーメイドの一着を。……ひとりで行くのは流石に勇気がいるので、もし良ければ皆様も遊びに行って頂けると……と思いまして」
 誕生日の特権に、と言うには子狐の頃も終わりましたし、とレイリは息をつく。だから、今日は少しだけ大人な気分で。
「猫の仕立屋さんへ。素敵な一着を作りにいきませんか?」


■リプレイ

●赤い薔薇と猫の仕立屋
 頬を撫でる風は優しい桜の香り。ゆったりとしたソファーと、沢山の布とリボンが出迎える。ここは猫の仕立屋。オーダーメイドの一着を作る魔法の空間。
「こ、これだけ多いと悩むぅ~」
 いつもと違う色合いも、とあれこれ悩んで、へたりとシルはソファーに倒れ込んだ。
「ね、ねぇ、どの色がいいかアドバイスほしいなぁ……」
「シルちゃんは緑系はどうかしら? 明るめだと華やかで爽やかだし、濃い目の緑なら落ち着いた雰囲気になるかなって」
 さくらの言葉に「緑?」と瞳をぱちくり、とさせるシルにクローネも頷いた。
「さくらは小鳥が羽ばたく空のような晴れやかな青、かな」
 そっと零された笑みに、吐息を零すようにしてさくらは笑った。
「それじゃぁわたしは、青でフィッシュテールのドレスを。あ、あと、翼が出せるように背中が開いているデザインだと嬉しいな」
 あれこれと生地を並べて、合わせながら3人は素敵なドレスを選んでいく。
「ドレスのデザインかぁ……。ふんわり系は何時もしているから、タイトドレスとか、そういうのやってみようかな?」
 カタログで見つけたひとつとにらめっこしながら、シルはぱ、と顔を上げた。
「クローネさんはワインレッドなんだね。……ふふ、その色で誰を酔わすの、かな? なーんてねっ」
「確かには赤系は珍しいわね……もしかして彼氏さんとペアルックかしら?」
 シルと一緒に微笑んで、さくらは顔を上げた。
「完成したドレスが届いたら、皆で写真撮りましょうね♪」

 ティアンが選んだのは赤橙のドレスだった。気付くと白か灰か黒の服ばかり選んでしまうが赤橙は、だいすきなひとの色。でも、ーーだいすきなひと達がいなくなった、夕暮れの色。
「あまり纏う気になれなかったんだが、やっぱり、着てみたいなって」
「ティアン様にとって、とても大切な色なんですね」
 微笑んだレイリに、ぱち、とティアンは小さく瞬き、ふ、と笑った。
 職人と相談しながらドレスのデザインを決めていく。
(「ティアンの幸せ。だいすきなひとが、自分が隣に居ないなら意味が無いって、言った」)
 でも、幸せだったら嬉しいし、ティアンの幸せを喜んでくれるという人も、いて。
 ーーふ、と小さく、ティアンの口元が綻ぶ。ほんの小さく。このドレスを着て見せたらどんな顔するかなあ、と思いながらそっと、裾のように揺れる布に触れた。

「色は青寄りの黒がいい。暗闇にも馴染むし、何よりもアッシュに似合う。光沢が少ない生地の方がお前は好きだよな?」
「俺はその方が目立たなくて有難いが……」
 眉を寄せたアッシュに、瞳李は手にした布をすい、と当てた。
「私の事はいいんだ。私はお前に合せるの得意なんだからな」
「……お前って奴は」
 言いかけた、言葉が一つあったのか。アッシュが視線を僅かに逸らす。灰色の髪に隠れた瞳に、ぱち、と瞳李は瞬いた。
「て、どうし……なんだ? 照れたのか?」
「さて、誰かさんのがうつったのかもな」
 嬉々とした様子で覗き込めば、一度息を吐いた彼の手がくしゃりとまた頭を撫でて。またそれだな、と少しばかり眉を寄せた瞳李の後ろ、ふ、と職人が笑った。
「何か他にご希望などございますか?」
「出来れば、動きを阻害しない感じに仕立てて貰えりゃ有難い。俺らの場合、スーツは仕事着で戦闘着なんでな」
 アッシュのその言葉に、職人は一礼と共に頷いた。

「かっ、かかっ奏くん! 私はっ! ここでウェディングドレスをしたたてて貰おうと思うのだが!」
「うんうん、勿論良いよ。楽しみだね」
 照れて焦ってしまったリーズレットに奏は微笑ましそうにそう言って、手を伸ばす。頬を包み込むように両手を添えられてしまえば、顔は彼の方を向いた。
「それで、どんなウェディングドレスを着てくれるのかな?」
 目の前に旦那様の笑顔が在るわけで。
「どどんなのがいいれふか?!」
 心臓がはじけ飛ぶかと思った。
「基準は純白。肩は出して、レースやフリルはあった方が華やかで好きかな」
「なるほど!」
 メモを取るリーズレットの姿に、奏は、ふ、と笑った。
「リズならどんなのでも似合うけどね。俺の為に着てくれるなら、尚更嬉しいよ」
「まぁ、奏くん以外の為に着るウェディングドレスとかあり得ないしな。喜んでくれるなら私も嬉しい」
 ふわり、と笑みを零す彼女の話に奏は耳を傾けた。
「私はあの前が短めので後ろが長いスカートとかベルスリーブとかつけたいかも! ……どっかな?」
 ドレスに袖を通したリーズレットの姿を想像しながら、ひとつ奏は頷いた。

「貴族風のスーツするとして……せっかくだから合わせようか」
 白と淡青メインのスーツで、フリルブラウスとジャケットを。職人の話を進めるアンセルムを見ながら、貴族風か、とウィスタリアは顔を上げた。
「ワイシャツは白で、ちょっとびしっと行こう。首元にはリボンタイで……」
 ジャケットは勿忘草で春ぽく。
「それなら私は薄水色ベースで……」
 薄水色ベースで、と環も生地を選んでいく。爽やかに、可愛らしさも欲しい。
(「……胸はフリルか何かでサイズを誤魔化せるように」)
 うん、いける。と環は思った。踊る色彩に、ふ、と笑みを零せば、エルムが、ぱ、と顔を上げた。
「あ、良い感じに素敵なリボンがある。これで髪を結ぶなりすれば良いかな。どうでしょう」
 三人お揃いの色を選んで、出来上がったそれぞれの一着は、どんな服になるだろう。
「届いたらちゃんと着たところ見せてくださいよー」
 くるり、と振り返った笑った環に、エルムは笑みを見せた。
「エスコートしますね。お手をどうぞ、お嬢様」
「ふふ、エスコートならお任せください。マイ・フェア・レディ……」
 なんてね、と響いた言葉にんぐっ、と環は息をつめる。心臓に悪い。すごい悪い。
「言ったからにはしっかりリードしてもらいますからね!」
 差し出した手を取って。
 素敵な時間を過ごすために。

「色も大事だが手触りとか。俺が引っ張っても破け辛えやつであるべきだ」
 破れづらいねぇ、とサイガの言葉に生地を見ていれば出会ったのは、ふんわりかわいい。
「わーすっげぇ花柄ー」
 ひらり差し出せば、無言でサイガから合わされたのはストレッチ生地の春の青春さくらピンク。
「……」
 必殺のクロスカウンターにより、唐突に発生したファンシー空間を破ったのは、なぁん、と鳴く黒猫様で。
「俺の無地の優しさを見習え」
「えぇー優しさは花の有る無しじゃねぇでしょ」
 結局の所、落ち着く先はカジュアルなもの。
 ベストは、ネクタイはと手当たり次第にキソラが勧めてはサイガが着せ替え人形と化していく。ため息も三度目で終われば、ふいに合わされた色は薄灰。
「……グレー? なんだ結局いつもの感じじゃねえか」
「黒っぽい服が多いじゃんね」
 オレが言うんだから、映えるって絶対。
 ふ、と笑ったキソラに、サイガが押しつけるのも青空に夜が混ざったかのような色彩。結局、と薄く笑って。インディゴブルーのジャケットが注文のメモに載った。

「誕生日おめでとう、レイリ。……あまり緊張しすぎて怪我をしないよぉにな?」
「そこはちゃんと、レディ、ですから」
 レイリは、遊鬼様はスーツですか? と首を傾ぐ。
「ま、俺もオーダーメイドのスーツは新鮮だな。ルーナは楽しそぉだな」
 キラキラと目を輝かせていたのは、ナノナノのルーナだった。生地にリボン、釦にと興味津々なのか。
「俺はそぉさな…紺色のスーツでも頼もうか。胸ポケットにナノナノの銀刺繍を入れてもらう……絶対だ」
 至極真面目に告げた遊鬼に、職人は笑って頷いた。
「必ず。では、そちらの方もドレスを?」
「……!!」
 ぱぁっと目を輝かせたルーナに、遊鬼は小さく笑って頷いた。
「あぁ。ルーナのドレスは同じ色の紺色のふわふわとしたドレスにキラキラを散りばめて……」
 同じ夜空色の服を頼んで、揃いのよぉな服は初めてだな、とくすくすと笑った。

「お姫様みたいなドレスかぁ。絶対似合うよ! 絶対似あ……」
 けど、絶対転けるだろうなぁ、と思わず口をつぐんだレヴィンの前、同じような顔をしていたのは犬飼さんで。
「……」
「……」
 思うか。やっぱりそう思うのか。
 そんな二人の様子はかなみも気がついたようで。
「うぅ、犬飼さん……『それじゃあ絶対に転けちゃうニャ』って顔してますよね……あ! レヴィンさんももしかしてそう思ってます…!?」
「いぃ!? 思ってない思ってない! 大丈夫だ! うん!」
 力強く、それはもう力強くレヴィンは頷いた。
「そ、それじゃあ、ボリュームはあるけど、動きやすいドレスで、色はレヴィンさんも薦めてくれてる太陽の様な色を!」
 レヴィンさんも、とかなみは赤茶の瞳を見た。
「スーツを作りましょうよ! ネクタイの色は赤なんてどうですか?」
「え? スーツ? 似合うかな? でも折角の機会だしな。仕立ててもらおうか」
 二人、悩みながら選んでいる時間も楽しくて。
「ドレスとスーツが出来上がったら、オレとまた踊ってくれよ」
 嬉しそうな彼女に、レヴィンはそう言って微笑んだ。

 生地に指を滑らせアリシスフェイルは、そっと息をついた。選んだのは夜色のドレスだ。黒い蝶を思わせる首回りに、肩を出したもの。花のように広がる膝上丈のドレスは、どうしたって動き易さ重視になってしまった。
「アリシスフェイル様は、もうお決まりになったんですか?」
「ひとまずは。レイリ、誕生日おめでとうなのよ。全然背伸びじゃないし、なりたい自分に近づけるようなものを選んだって良いと思うの」
 アリシスフェイルはそう言って微笑んだ。
「理想像があるから少しずつ変わっていけるんだもの。……これは自分に言い聞かせてる部分でも大いにあるのだけど」
「理想像が、あるから……」
 瞬いたレイリにアリシスフェイルは小さく笑った。
「どんなドレスをお願いするのかしら」
「ーー大人なドレスを」
 それが似合うのは「今」の自分じゃないかもしれないけれど。理想として。胸を張って着れるように。

 ーー月の女神と聞いて浮かんだのは、純白のエンパイアラインだった。軽やかなジョーゼットの胸元を開けて。
「きっと貴女自身が思うよりずっと、ミレッタという女性は素敵なひとなんです」
 そう言って、アイヴォリーは顔を上げた。
「両足を地につけて歩む姿も、生を真直ぐ慈しみ楽しむ姿も。誰より大人で、だけどすれてなんかいなくて」
 繊細なレースを生地に重ねて、同じようにドレスを選ぶ友人を見る。真剣な眼差しに、その姿に、ふ、とアイヴォリーは微笑んだ。
「こう……その辺を是非表現して頂きたく」
 真剣な顔で職人と相談をしながら、波の様に繊細なレース袖と花冠を添える。
「完璧です! これでイチコロですよ!」
 ぱふん、と手を打ったアイヴォリーの前、ミレッタは柔らかな白の生地を眺めていた。歩く時は堂々と華やか。ひとたび飛べば、花を思わせる広がりを。
「足元はふわりと波打って、上は羽が映えるようにシンプルめにお願いします仕立て屋さん!」
「承りました」
 職人が笑みを零したのは真剣に、互いに似合うドレスを作る姿が微笑ましかったからだろう。振り返って、ぱち、と目が合えば、貴女の瞳に映る私がいた。

「タマちゃんは見守る楽しみ、なんて言うけれど、僕だってたまには『こんなに格好良い人が僕だけのものなんて』なんて贅沢な溜息をついてみたい」
 いつも格好良いけど。
 そっと心の中で言葉を添えて、つい、と見上げれば負けたのは陣内の方だった。
「――そこまで言うなら。同じ生地で春物のシャツを仕立ててもらおうかな」
「シャツは素敵な提案だね。ダークな毛並に映えるよ」
 そう言って笑うと、あかりは手にした生地をそっと撫でた。
「僕はノースリーブのラッフルドレスにしようかな。シンプルなんだけど、背中までぐるりと入ったラッフルが、まるで天使の羽根みたいみ見えるんだ」
 軽く肩に生地を併せて、背を見せるようにくるり、と回って見せる。その姿に陣内は吐息を零すようにして笑った。
「なるほど、確かに小さな羽根が生えたようにも見える」
 今は小さくとも、あっという間に伸びやかに、艶やかに育つんだろう。こうして自ら翼に手を伸ばすようになったみたいにね。
「服が届いたら写真を撮りたいな。二人と一匹の家族で、とびきりの春を纏って」
 あかりはそう言って笑った。

 互いに選んだのは王子様な服に、お姫様のような服。大まかな雰囲気を伝えれば、サンプルを試着させてくれるのだという。なんとか着替え終わったドレスで瑠璃音はそっとカーテンを開けた。
「少し恥ずかしいですけど……どこか変ではないでしょうか?」
 くるり、と回って見せる。ふわり、と広がったスカートに、ふと彼の言葉を思い出す。
『これから先にも幸せが広がっていますように、って気持ちを込めてスカートはふんわり広がるように』
 初めてのデートで、嬉しさと緊張に包まれていた瑠璃音が、ふわり、と笑った。
「凄く可愛いし、はにかむ様子なんて物凄く幸せそうだ。それに……」
 つい、と手を取られる。ぱち、と瞬いていれば軽々とツカサに抱き上げられた。
「純白のドレスだから、お嫁さんっぽくもあるよね」
 王子様らしく、お姫様を抱き上げた彼は、なんて、と小さく笑って見せた。

 あまり詳しくはないから、と雑誌をチェックしながら、ジェミはエトヴァに似合うスーツを選んでいく。考えているのは肌触りも良くて動き易いもの。
「思わずお出かけしたくなるようなスーツが良いです。……後、コーディネートもアドバイスいただけたら」
「ーーえぇ。承りました」
 青空の下、歩くエトヴァの姿を思い描いて。ジェミは、ふ、と笑った。
「……」
 嬉しそうなジェミの顔を見ると、なんだかつられて笑みが零れた。そっと、エトヴァは濃いめのグレーの生地に触れる。落ち着いた色彩だが、ストライプで華やかな印象に変わる。
「シャツは淡いブルーが似合いますネ。チーフに春らしい色彩ヲ……」
 髪が白く輝いて綺麗だから、映えるように。
(「けれど、春らしく明るク」)
 そうして二人選びとれば、大きなテーブルに二着のスーツが仮縫いで並んだ。
「予想以上に格好良いのでは!? これなら、大人に見えるかな」
 スタイリッシュで活動的な雰囲気のある、すらりとした一着にジェミは瞳を輝かせる。
「着心地まで考えてくださル……素敵デス」
 カジュアルでありながら上品な、決して派手目では無い一着にエトヴァは顔を綻ばせた。
「……似合うものヲ、俺よりよく知っていてくれるかラ」
 温かな笑みをひとつ。そっと袖に五線譜に音符のカフスを合わせる。
 ーーこれはジェミから貰ったもの。
「ふふ、一緒にお出掛けするのデス。並んで歩けバ、きっと心が浮き立ちマス」
 きっと素敵な1日になる。

「オレはあんまり拘りとかないから、意外となんでも良かったりするんだけど……」
 良案が出れば乗っかろうかと思いながら、二人を見れば、ふむ、と考えるようにしてレフィナードがページをめくる。
「でしたらグレイシア殿、カジュアルにも着こなせるスリーピースなどどうですか? サスペンダーという選択肢もありますよ」
「ほー……スリーピースにサスペンダーねぇ……。うん、いいねぇ、それにしようかな」
 他の箇所はネコさんのセンスにお任せしてみようかな、と釦の並ぶ棚を見る。
「キース殿は普段もスーツが多い様ですがあえてフランクな雰囲気のイタリア風の……」
「俺にイタリア風スーツでフランクなもの?」
 レフィナードの言葉に、キースは雑誌をめくる。
「ああ、こういう……」
 成る程、とキースは考えるように眉を寄せた。
「着崩しは難易度高そうな気もするが……俺に合うだろうか? そうだ、尻尾穴も考えないとな」
 あれこれと、考えていれば、ふ、と零れる笑みに気がつく。
「レフィこそキッチリしたものが似合いそうな気がする」
「キッチリしたもの、ですか?」
「それこそ英国紳士のようなイメージが、キッチリしているようで、普段実は結構ラフだろう?」
 ぱち、と瞬いた友人の瞳がゆるり、と弧を描く。
「私の普段ですか? ふふっ、どう思われますか?」
 さらり、と艶やかな黒髪を揺らして、レフィナードは微笑んだ。

 ーー去年よりもっと綺麗になったレイリを引立てるデザインと生地。
 目指すべき帰結は、料理にも通じる気がしてアラタの胸に火が点る。何せ財布持ちは決まっているのだ。
「前のドレスはどんな感じだったんだ?」
 デザイン見本を手に、アラタはそっと視線を上げた。家族と居た頃のだろうか。小さく、ほんの小さく目を瞠ったレイリにアラタは視線を合わせた。
「もし、懐かしさと痛みが胸を締付けるなら、その時はアラタが傍で、手を握るから」
 レイリの家族の話を、アラタに教えて欲しい。
「……可愛らしいものだったんです」
 遠い日。あの日も誕生日だった。兄や姉たちから貰ったドレス。小さく声が震えた。そっと重ねられた手に、甘えるまま握り返す。
「私はいつか、義兄さんを追い越してしまう。それが、怖かったんです。……でも」
 少しずつ、確かに前をーー先を生きていく自分を想像できるようになったのだ。怖いままじゃいられない。いたくないと、確かにそう思えたから。
「だからーー少し、大人なドレスを」
 いつかこの一着で、あの日の場所へ行けるように。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月2日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
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