夜の街路を歩くには、コートのまえをしっかり留めていなければ、まだまだ寒い。
オフィス街を駅へと急ぐその女性は、仕事場からタクシーを呼べばよかったと、独りごちていた。
車どころか、2ブロック先まで誰もいない。
そうして、曲がり角に差し掛かり、喫茶店の閉まったシャッターのまえで、そいつに出くわした。
女性と同じくらいの背丈かと思ったが、違う。
「ひっ……」
声が出て、足がすくんだ。
裸の巨漢が、口に剣を咥え、犬みたいに四つん這いになっている。
「ウグ、ウウウゥ……!」
唸りながら、女性に飛び掛かると、剣の切っ先はコートを、そして中に着ていたものすべてを、切り裂いてしまったのだ。
「こんな、感じかしらぁ?」
ポンチョ型レインコートで四つん這いになると、いろんなものがチラチラする。軽田・冬美(雨路出ヘリオライダー・en0247)が、いまひとつ敵の姿勢を伝えきれていないので、除・神月(猛拳・e16846)が代わった。
「ほらヨ。体型は、地球人と変わらねーかラ、犬っつーても、膝はついてるんダ」
パンダとはいえ、ウェアライダーゆえに心得がある。
予知に現れたのは、罪人エインヘリアル。過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者である。
恐怖と憎悪をもたらす条件で解放されたと判ってはいるが、なにゆえ四つん這いなのか。
「そういう闘法ぉ? 謎はあるけど、ともかく倒しちゃってねぇ」
冬美は立ちあがり、掌をはらいながら、集まったケルベロスたちに事件の解決を依頼する。
夜のオフィス街に出現する罪人エインヘリアルの技は、サーヴァントのオルトロスが使う、ソードスラッシュによく似ている。近くにいる一人の服を、口に咥えた剣で切り裂くのだ。
「現場周辺は、被害女性以外は誰もいないの。でも、駆け付けたときには、女性の服は斬られたあと。幸い、命に別状はないから安心して。事前の避難誘導や封鎖は、予知の確実さが減るから避けてねぇ」
「けどヨー。初撃は服だけでも、その後はわからねーからナ」
神月の言葉に冬美も頷く。
「罪人を野放しにはできないよねぇ。レッツゴー! ケルベロス!」
「おっト、冬美。裾が捲れたままだゼ……」
直しつつ、ちょっとだけ手が侵入した。
参加者 | |
---|---|
叢雲・蓮(無常迅速・e00144) |
日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793) |
アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610) |
ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476) |
神宮・翼(聖翼光震・e15906) |
除・神月(猛拳・e16846) |
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441) |
日下部・夜道(ドワーフの光輪拳士・e40522) |
●救出と包囲
裸と恐怖に身をよじる女性。引き裂かれたコートの端が、刀身にまとわりついているのを、見ていることしかできない。
ソードを咥えた巨漢は、両手を地面についたまま、頭をふって布切れを落とした。
人通りの絶えたオフィス街で、罪人エインヘリアルは犠牲者の命を追い込みにかかる。
跳躍に、割って入ったのは、日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793)だ。
「俺はケルベロス! と、言っても副業だけどな!」
ディフェンダーとして庇った拍子に、彼の上着もズタズタになっていた。
女性の震えは収まらないが、ギターのひとかきに、視線は定まる。
「ここは私たちが引き受ける! そこの男ととっとと逃げな!」
アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)が、ゴスハットに蒼いドレスで、店舗シャッター側から登場した。
フェスティバルオーラに興奮を覚えた女性は、蒼眞(そうま)の差し出した手を握る。視線は、ぶら下がったモノから一時逸れた。
男女のお尻が、角を曲がって消えたところで、喫茶店のはいったビルから向かいのビルへと、ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)のエアシューズが行き来する。
ばばばっと立入禁止の表示が交差した。キープアウトテープによる封鎖だ。
「奴らの狙いは人を殺めることだ。油断はできないぜ。何かの武術かも知れないしな」
「……わふ? あの特徴的な四足歩行の構えは」
交差する路地から、二振りの喰霊刀を鞘に納めたまま、叢雲・蓮(無常迅速・e00144)が駆けつける。ロディに並ぶ機動力だ。テープを投げ渡しながらたずねた。
「知ってんのか? 蓮(れん)!」
「うん。……知らないのだ」
建物の壁を蹴って、あいだにびーっと貼るのを手伝う。
「ただ、下段は特に注意しないとダメな感じがビンビンなの!」
防具からテープを取りだす能力なので、設置は誰が行ってもよい。一般人は越えてこれないが、敵は外に出られる。
女性と蒼眞を追われても困るのだ。アルメイアは、わざと声を出して挑発した。
「……四足じゃなくて四つん這いなんだよな? こいつ。意味がわからん。野生にでもかえったのか?」
除・神月(猛拳・e16846)も続いた。
「随分と面白ぇ格好でヤるじゃねーカ。そんなに犬みてーに調教して欲しいってんなラ、あたしも無下には扱わねーゼ♪」
チャイナ服の上半身だけ、といった姿だった。赤い紐パンに目を向かせるように、腰を左右に振る。
「ふっふっふっ、『せくしーあぴーる』なら、わしも得意じゃがの!」
ドワーフ女の日下部・夜道(ドワーフの光輪拳士・e40522)は、服上からでも明らかなツルペッタンを誇った。
「ウググ、ウゥ!」
エインヘリアルは、街角に囲われた闘技場で、ケルベロスと戦う仕草を見せた。
夜道(よみち)からは、ひょいと目を反らしたようだったが。
「おい! 失礼じゃろ!」
「上手いぜ! まずは動きを鈍らせる!」
偶発的にできた死角からエアシューズで、ロディはスターゲイザーにいった。
「あたしもお手伝いしちゃうよ♪」
神宮・翼(聖翼光震・e15906)の投げたロッドは、ファミリアに戻り、煌めきの蹴りが命中した肩甲骨をかじる。
珍奇な姿勢でも、速さにつながる可能性もあるからだ。
薄暗かったオフィス街に、灯りが増えてくる。
駅にいたる通りに、エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)が、立つ。
「我はヴァルキュリア、高潔なる光翼の騎士」
伝統的なビキニアーマーを誇示する。
「死を看取り、勇者を導く戦天使!」
光の翼が大きく広げられた。
「我が光翼の一撃、存分に受けるが良い!」
レーザーに収束していき、無数に発せられる。
ヴァルキュリアレインは、アスガルドの罪人を照らし、前足相当の腕と肩を踏ん張らせた。
止まった相手の正面に、蓮は易々と踏み込んだ。鞘のまま零体を取り込むと、二本を同時に抜き放つ。
「四足殺法って、そんなものなのかな?」
居合に斬った刀傷が、罪人の顔をバツ字にはしっている。チン、と収めた鍔が鳴った。
「けどね。武器を落とさなかったのは、褒めてもいいかも、なのです」
「ウ、ウ、ウグ」
唸っているのか、喋っているのか。丸裸のエインヘリアルは、ソードの柄をいっそう強く噛みしめた。
●節操のない獣
夜道は、くせっ毛を撫でて、冷静さを取り戻そうとする。
「まずは仲間を助けるのがディフェンダーの役目じゃ!」
先ほどは無視されたような気もするが、エインヘリアルの視線や顔の向きこそ、誰を狙っているかの判断材料である。
「その射線上に出れば、せくしーに庇えるんじゃぞ!」
えい、と伸びあがって、翼のフィルムスーツの前に入った。ソードは来ない。
「わふ!? ボ、ボクなの?! 女の子と間違えてるのかな?」
くらったのは蓮だった。
悲鳴は甲高い。ソードスラッシュは横斬りなのに、ズボンの真ん中から裂けて、男子の証拠が可愛く跳ね上がった。
「もーう。ホントに下段に注意だったじゃないか」
距離をとって、喰霊刀をかざす。Tシャツがダブダブなので、下からちょっとはみ出すだけで済んだ。
「わ、わしなど、見向きもされないのに、なぜに蓮殿が……」
またしても落ち込みかけたドワーフ少女は、しかし男を防御対象から外していた間違いをちゃんと反省した。
アルメイアも気力溜めのオーラを、蓮に送って回復させると、考えを改める。
「犬プレイの変態ではない……のかもしれないぜ」
そして、蒼眞に与えたダメージにも感じたが、侮れない量と深さだ。
「くそっ、無駄に素早いぞ。ヒール活動に専念しなきゃならねぇだろ」
歌で流すべく、ギターを調整した。
生きる罪を肯定するメッセージが、戦場にこだまする。ソードスラッシュよりも勝る点があるとすれば、射程だ。
「手近な相手にしか仕掛けられねぇ。ステージ衣装を、犬ヤロウに破かれる心配だけは無くなったぜ」
上半身チャイナ服も健在な神月(しぇんゆぇ)は、前衛にふれまわる。
「蒼眞のヤツ、帰ってこねーよナ。もう、倒しにかかろーゼ?」
降魔真拳を敵のわき腹に打つ。よじって退いた胴体を、夜道が『気』を掴んで投げた。
「オレは賛成だ」
ロディは、リボルバーに形成した銃剣で、獣剣をすり抜け、蛮人の肩口を刺突した。
「長引かせてアンラッキーヒットをくらっちゃ叶わない」
「あたしのビートで、ハートもカラダもシビレさせてあげる!」
『V☆B☆V(ビビット・ビート・バイブレーション)』にはいる翼。
踊る彼女を護るのも、もちろんロディだ。彼氏としての自覚がそうさせる。
(「……今までもフォローしてた様な気もするけどな」)
かわりに、ベルトがぶっちぎれた。引きずったのでは邪魔になるので、ズボンは脚から抜く。
「さぁみんな、ここからはガンガンやろうぜ!」
すっきりした下半身で、前衛に宣言だ。
神月の手先が黒く変わる。獣撃拳だ。
「ほらほラ、赤いひらひらには、どー反応すっかなア?」
片っぽのヒモが切れたのをウザったく感じたのか、神月も赤いパンティをつるっと脱いでしまった。
闘牛士の真似ごとに犬は関係ないはずだが、ソードで突こうとして、パンティにかわされる。プレッシャーくらいは与えたらしい。
次の攻撃には、夜道が。
「はーっ!」
短い手足を伸ばして、切っ先に対した。蓮への攻撃を防ぐ。
ヘソ出しの冒険者スタイルは、全出しのはだかんぼ。
「やったのう、わし!」
でも、満足だった。いろいろ生えていないトコロを晒して、跳ねる。
「ありがと。夜道」
「いやいや、わしに掛かれば、犬のかじった骨みたいなもの……あぎゃぎゃ!」
蓮の少年が、猛々しい男になって、Tシャツを押し上げていた。
アルメイアは、演奏を続けている。
「ふう。小さい者どうし、頑張っているようだな」
本人は元気そうだが、体力の総量には差がある。もう一度は耐えられそうにないから、ヒールの歌を送ってやる。
同じく後衛から、エメラルドはヴァルキュリアレインの光線を放っている。
「結構なことだ、しかし……」
攻撃が来ないのは、ある種のヒマを感じる。ふたりして、ため息をついた。
前衛に対して、贅沢とは思うのだけれども。
獣化が進んだ神月の拳法は、足まで黒くした。パンダだ。
「そろそろ決めてやんゼ。こーいうのが好きなんだロ?」
手をつき、見本に示したような四つ足で、襲いかかる。
「ウギュルルル……」
エインヘリアルは、咥えた柄の隙間から、ヨダレをたらしていた。そのスジが横に流れ、獣撃拳をかわして神月の後ろをとった。
発情しきったモノが突き入れられる。
「うぼぉ!」
それこそ獣のような声を発せられて、ケルベロスの仲間たちは、あっけにとられた。
神月とは体格差のせいで、バックというよりも、覆いかぶさられている。カクカクとした腰の動きに、相手の本能がみえた。
「あと一撃ダ。あと一撃喰らわせれバ、倒せ……おほオッ!」
一発を先に、四つん這いへと注がれている。
夜道が、滑り込んできて、神月のカラダを押し出した。抜けた穴と、まだ硬い竿のあいだを糸ひく、白い粘液。
代わりに犬罪人の懐に潜ったドワーフ拳士は、はだかんぼを光に包んだ。
「わしを大分無視しとった報いなのじゃー!」
抗神拳のアッパーカットが伸びあがる。
「ウグゥ!」
エインヘリアルは、顎を上にのけぞって、頭から路上に激突した。ソードの柄をかみ砕き、刀身はこぼれる。
まさに最後の一撃を、夜道はしっかり決めたのだった。
●夜の街で
蒼いドレスに汚れが付くのもいとわずに、アルメイアは神月を支えて立ちあがらせた。
「で、結局アイツはバーサークしてただけなのか、ただの趣味だったのか、なんだったんだ?」
「ホントに犬だったのかもナー」
応えはするが、さすがにグッタリしている。ロディが、戦場の片づけを始めながら、帰還を勧めてきた。
「あの裏路地に、簡易更衣室が用意してあるんだ」
アルメイアは頷いて、肩を貸したまま連れていく。
「あたしとロディくんは、その後で使うのよね♪」
翼が、ぴょんと前に飛び出して、ロディの隠しきれていないマエをつつく。
「コラー。翼は無傷だったんだから、更衣室はいらないよな?」
などと抗議しても、大きくなってきている。
「……わふ?」
蓮は、そばに着替えを置いていた。幸い、戦闘の影響を受けておらず、戦ううちに忘れていた着衣の乱れを正そうと、手を伸ばしたところだった。
小柄な夜道が、小さくしゃがんでいた。
「なあ、なあ。蓮殿のソコが、ソンナなのは、わしのせいなんじゃろ?」
確かに、居合を得意とする割には、隆々と構えられたままである。
夜道の姿勢では、閉じた膝に胸元まで隠れていて、肝心なところは見えないものの、街灯に青白く照らされた肌には、すべすべとした感触が想像された。
まだ、はだかんぼでいたのである。男の切れ味は、言いわけできないほど増した。
「あ、ごめんね。ボクが悪いんだよ、すぐしまうから」
「ふっふっふっ。慌てんでもよい。思っていることを口に出してみよ」
蓮の手から着替えを取り上げる動作で、夜道の膝が無邪気に開く。
「……わ、私は、周辺に一般人が紛れこんでいないか、確認にいこうと思うのだが」
エメラルドが声をかけても、ふたりは聞いちゃいなかった。夜道からちょっかいを掛けた形だが、始まってみると蓮のほうが積極的だ。
「うむ、ここは任せた。蒼眞たちはどこへ行ったんだろう?」
キープアウトテープを部分鎧の脚が跨ぎ越す。
二組のカップル(?)を残し、エメラルドは取り合えず、被害者の勤め先のビルに向かった。
看板の電灯も落ちたエントランス前で、またしても犬みたいな四つん這いになった裸が、重なり合っているのを発見する。
目に焼き付いている、神月と罪人の交わりのようであった。
ビキニアーマーの騎士は素早く、建物の陰に身を隠した。
それが、蒼眞と被害者女性だったのは、様子をみるうちに判ってくる。
「服を直そうとしたんだけどねぇ。大事なところは隠れなくってゴメンな」
たしかに、ふたりの肌には花びらのようなものが、ちょいちょい付いている。フローレンスフラワーだろうか。
「こんな時間に一人で置いとくわけにもいかなくってさ。逃げろと言っても、駅に服無しじゃね」
一理ある。事情に納得したエメラルドは、三組目のカップルの情事を邪魔しないよう、そっと場を離れた。
「あん、ケルベロスさんも、ひんっ、すごい。あの犬みたいなのと、戦わなくてよかったの……あふっ」
「俺の仲間は強くてね。バター犬でした、なんてオチになってるだろう……よ!」
蒼眞は、後ろから思いっきり責めたてた。女性はもう語らず、よがり声だけをキャンキャンとあげた。
辻をひとつ離した街路を通って、エメラルドの足は駅前へと向かっていた。
デウスエクスの出現に、被害を被った一般人は他にいないようだし、破壊された建物も見当たらない。
危険は去った。
それなのに、胸のざわめきは収まらない。数々の出来事にあてられたのだとは、思うのだが。
「敵の剣を前にして私は、皆のように勇敢に戦えただろうか? 例えば、こんな……」
パチンと、アーマーの留め金を外してしまう。豊満な乳房をあらわにして、ゆるんだブラは落下した。
「無防備な姿に、……されたら!」
腰にも手をやったところで、フラッシュが焚かれた。ぴろりん、と撮影音も聞こえる。
駅の改札口が、すぐそばだ。夢想するうちに、人前に出てきてしまったのである。周囲には数人の一般人がいて、スマホやカメラをかざしている。
「あ、わ、私はケルベロスの、エメラルド・アルカディアだ。この先のビルで戦闘があった。警告する」
姓名まで名乗ってしまった。撮影は止まらないが、話は信じてくれたようだ。
むき出しなのも不自然なので、手で胸を隠しつつ、笑顔で応じる。
「協力に感謝する。ありがとう。気を付けて」
仲間に合流するまでに、ブラはみつかるか。と、また心配していた。
作者:大丁 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年3月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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