ミッション破壊作戦～貫け、冥魚の心臓を

■リプレイ

●一
　ミッション地域の中枢を目指して、一機のヘリオンが飛ぶ。
　向かうは富山県高岡市。死神『夜の呼び聲』と、配下の『ノウナシ』が跋扈する地だ。
「中枢の魔空回廊が見えてきましたね」
　ルピナス・ミラ（黒星と闇花・e07184）はヘリオンの窓から、外を眺めて呟いた。
　バリアで覆われた回廊の周囲には、防衛部隊らしきノウナシの群れが見える。彼らを統率する夜の呼び聲も、中枢のどこかに潜んでいることだろう。
「負けられませんね。皆さん、よろしくお願いします」
「死神の拠点は解放しましょう。頑張りますよ！」
　グラディウスを携えた幸・鳳琴（黄龍拳・e00039）が、怒りを湛えた瞳で頷く。
　親に子供を虐待させ、生贄に差し出させる――そんな死神を、これ以上放置はできない。許すわけにもいかなかった。
「今回で最後にしたいですね。……この戦いも」
　帰天・翔（地球人のワイルドブリンガー・e45004）もまた、死神撃破を誓う一人だった。
　デウスエクスに両親を奪われた、失伝者の末裔。そんな彼にとって、親子の絆を狂わせる『夜の呼び聲』は紛うことなき滅殺の対象なのだ。
「んぅー。回廊どかーん、できるといいなー」
　そんな翔の横で、伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）はベルトの具合を確認していた。
　使用したグラディウスを固定し、紛失を避けるための道具だ。ジグラット・ウォーの勝利でグラディウスの数は増えたが、それらは決して無限ではない。勇名は静かに淡々と、必要な準備を進めていく。
「じき到着かね。じゃ、恒例のヤツをいきますか」
　卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）はそう言って、小さなコインを取り出した。
　コイントス――作戦の結果を占う、ちょっとしたゲン担ぎだ。横ではウイングキャットの『なけなしの良心』が、黙ってコインを目で追っている。
「表か裏か……っと」
　コインが宙に弾かれ、そしてふいに消えた。
　ウイングキャットの猫パンチが割り込んだのだ。転がるコインを弄ぶ猫に、思わず泰孝も肩を竦めて苦笑する。
「おいおい。……なあ、結果はどっちだ？」
　きょとんと首を傾げる猫の頭上で、降下ポイント到着のアナウンスが流れた。
　降下用ハッチが開放されていく中、キソラ・ライゼ（空の破片・e02771）は席を立つと、連れ合いのサイガ・クロガネ（唯我裁断・e04394）の肩をぽんと叩く。
「んじゃ、行きますかね」
「ああ」
　短い言葉のやり取りに、万感の信頼を込めて。
　今度こそ、この回廊を破壊する。それはこの場の全員が、等しく抱く思いでもあった。
「それでは――ルピナス・ミラ、出撃します」
「んぅ。みんな、よろしくなー」
　開放されたハッチから、ケルベロスが一人また一人と降下していく中、ティアン・バ（君の爪痕・e00040）は深呼吸をひとつ、ほそい喉に手を当てる。
　――必要ならば、この傷が裂けても構わない。
　そうしてティアンは、無言の誓いを胸にしまい込み、
「これより、降下を開始する」
　仲間と共に、回廊を目指して降下していった。

●二
　グラビティ・チェインの輝きが、魔空回廊へと降り注ぐ。
　グラディウスを手にした８名のケルベロス、その一番槍はルピナスだ。
「両親を虐待の道へと導いてしまう、悪しき死神は絶対に許しませんよ」
　冥府の海へ帰りたい。だから地球の人々から魂を貰う。そんな死神に差し出すものなど、なにひとつない――ルピナスはそう告げて、バリアに剣を突き刺した。
「この星に生きる人の命を、易々と渡す訳には行きません」
　ルピナスの叫びが雷光に変じ、回廊を貫いた。
　突然の襲撃に、死神たちが混乱の渦に飲み込まれる光景を見下ろして、次に降下してきた勇名が叫びを込める。
「おねがいされても、あげられないものは、あげられない」
　子供を守る教育施設。かつてあった親子の絆。かつて夜の呼び聲が奪っていったものを、これ以上奪われないためにも。
「ぼくのモヤモヤ、全部ぶつける。……いっしょにいこう、グラディウス」
　真っ赤な爆炎を、勇名は回廊に浴びせ続ける。
　泰孝はその光景を見下ろしながら、ジャンクアームに装着した剣を振り下ろした。
「洗脳して差し出させた命をチップにするたぁ、感心しねぇな」
　命を賭けるとは、相応の場面でやることだ。不退転の覚悟で行うことだ。何も考えられずに差し出す命など、チップにはならない――泰孝はそう喝破する。
「コッチはオレの命。そっちは回廊とテメーの命。こいつを賭けて勝負といこうぜ」
　これは、今まで死神が消費した分の清算だ。
　そう言って、叫びを込める。
「賽の代わりにコイツを投げさせてもらうぜ！」
　青空の彼方から、幾条もの雷光が降り注ぐ。
　次第に回廊が傷を増やす中、間を置かずに降下してきたのは翔だ。
「来ましたよ、夜の呼び聲！　家族の絆を踏み躙り、傷付いた子を狙う卑劣な死神……」
　そうして左目の混沌が激しく迸ると同時、翔の口調が一変する。
「てめぇが弄んだ家族にはな、明るい未来が待っていたはずだったんだ！　救世主ヅラして命をくれだと！？　家族の幸せを、命を、玩具にするんじゃねぇ！」
　翔がグラディウスに込める叫びは、怒り。
　自身の欲望のため、子供たちの未来を踏みにじった死神への、純粋な怒りだった。
「死神！　てめぇは絶対に許さねー！！」
　翔の剣から爆炎が降り注ぐなか、回廊の周辺をうっすらと煙幕が覆い始める。
　鳳琴はその光景を見下ろしながら、グラディウスの柄をしっかりと握りしめた。
（「残るは４本。必ず……必ず果たしてみせます！」）
　鳳琴は知っている。子供にとって、父母と過ごす時間がどれだけ尊いか。愛する親の手がどれほど温かいか。
　何より尊い、親からの愛情。そんな掛け替えのないものを、
「無慈悲に壊すなんて、許すものか。もう、親子の絆を汚させない！」
　今日この日をもって回廊を破壊し、夜の呼び聲を討ち、必ず高岡市を解放する。
　その誓いを胸に、鳳琴は叫んだ。
「絶対に絶対に、あなたは許しません！　砕けろ、魔空回廊ッ！」
　轟音が空気を切り裂く。死神の回廊が爆炎で揺れる。
　残る剣はあと３本。そこへ降下してきたのは、キソラとティアンだ。
「絶望をばらまくってンなら何度だって砕いてやるさ」
　グラディウスを構えながら、キソラは思う。
　夜の呼び聲のせいで、どれだけ沢山の親子が運命を狂わされただろう。彼らが負わされた傷跡は、死神の死程度ではとうてい消せないのだ。
「つーワケで。もっと深く刻んで、跡形もなく消してやる」
「指令がでてから随分長く経った拠点だが。これ以上維持されてたまるものか」
　魂の叫びを紡ぎながら、ティアンは思う。
　故郷を踏みにじられる者なんて、出ない方がいい。
　優しい親は得難いものだというのに、それを奪われる子供なんて出ない方がいいと。
「お前がデスバレスの海へ帰るとしたら――死神としてではなく、死者としてだ」
　そうして、二つの剣は力を解き放った。
　雷と炎が荒れ狂い、破壊の嵐に翻弄される魔空回廊。その光景に、ティアンの胸の奥から『なにか』がこみ上げる。留めようとしても溢れ出るそれは、彼女の喉を通り、迸るような絶叫となって放たれた。
「――ァァァアアアアア！！」
　喉の傷も裂けろとばかり、ティアンは声を振り絞る。
　そして――最後の一人、サイガが降下してきた。
「律儀にまた来てやったぜ、死神。クソ汚ねえ声でてめえが呼ぶから」
　回廊がある限り、夜の呼び聲は何度でも甦る。つまりは何度でも殺せる、億回でも。
　それはサイガにとって、これ以上なく心躍ること。
「つーわけだグラディウス。ぶっ壊すぞ、億回分を一にしろ」
　サイガは物騒な笑顔でグラディウスの力を解き放つ。叫びは短く、しかし強靭に。
　次の瞬間、特大の爆炎が回廊を直撃した。
　そうしてほんの一瞬、世界のすべてが静止するような感覚の後――サイガと仲間たちは、煙幕の漂う地上へと着地する。
「さて結果は……っと」
　翼猫が手放したコインを拾い上げる泰孝。掲げたコインの結果は『表』。
　果たしてケルベロスの仰ぎ見る先、回廊の姿は跡形もない。
　キソラはふっと息を吐きだすと、サイガの肩をぽんと叩いた。
「やったな」
「ああ。だが、コレで終わりじゃねえよな」
　グラディウスを収納したサイガの目は、もう回廊を見ていない。
　なぜなら、まだ仕事が残っているからだ。死神を殺すという、最大の仕事が。
「んぅ。じゃあみんな、だっしゅつー」
　勇名の言葉に頷いて、ケルベロスたちは離脱を開始するのだった。

●三
　煙幕に覆われたミッション地域を、番犬の群れが疾駆する。
　脱出の好機は今しかない。走って、蹴散らして、また走って……ノウナシの警戒網を抜けながら全力で駆けること数分、ふいに先頭を行くルピナスが足を止めた。
「注意して下さい。……来ます」
　煙幕の奥から現れたのは、ノウナシの群れを引き連れた女の死神。
　回廊の主たる『夜の呼び聲』に間違いなかった。
『犬どもめ、よくも……』
「死神。てめぇに今日こそ償いをさせてやる、覚悟しな！」
　翔の言葉に、死神はかつての慇懃な口調をかなぐり捨て、呪詛を込めた叫びを上げた。
『なぜ邪魔をする！　あともう少しの命を刈れば、冥府の海へ帰れたものを！』
「……絶対に、許しませんっ！」
　怒りに燃える鳳琴が、エアシューズで死神へと突撃する。
　元より分かり合える相手ではない。そして死神も、ケルベロスを逃がす気はない。
　選択肢はひとつ――戦うのみだ。
「少しでも思い知ってください。痛みというものをッ！」
『死ね、犬どもが！』
　トラウマをもたらす死出の呼び聲が、後衛へと浴びせかけられる。
　鳳琴は心を抉られる痛みに耐えて加速、渾身のスターゲイザーを叩き込んだ。この程度はどうということはない。今まで虐げられた子供たちの痛みに比べれば。
「皆さん、気をつけて下さい。敵はクラッシャーです」
　勇名を庇ったルピナスは、エネルギー状の剣を生成しながら、死神の警戒を促した。
　もはや討たれるしかない未来を悟り、道連れを作る気なのか。だがそれに付き合う義理などケルベロスにはない。ルピナスは『暗黒剣の嵐』を生成すると、ありったけのグラビティを込めて射出した。
「無限の剣よ、我が意思に従い、敵を切り刻みなさい！」
『ノウナシ、殺せ！』
　死神の指図でノウナシが動き始めるが、熟練の番犬たちにはまるで障害にならない。
　剣の嵐を浴びる死神の周りで、ノウナシが蹴散らされていく傍ら、勇名は守護星座の力で仲間に保護の力をもたらしていった。
「んぅー、支援は任せてなー」
　戦場は、瞬く間に地獄と化した。
　ティアンの気咬弾が飛び、翔の如意直突きが放たれ、死神の体に傷を刻み付けていく。
　泰孝は指先に挟んだトランプを、手裏剣のごとく死神へ投擲した。
「子供じみた遊びだが……コイツはちっと厄介だぜ？」
『笑わせるな――っ！？』
　邪尾を構えて攻撃態勢を取った死神を、７を示すトランプが阻む。
　『sevens』――魔法のカードで攻撃力を損じる、妨害の障壁だった。立て続けに翼猫からキャットリングで武器を封じられ、死神は攻撃を断念。己の傷口をかきむしろうとする。
　そこを即座に攻めるのは、キソラとサイガだ。
「最後まで、」
「もひとつ如何？」
　キソラの『禍喰ノ雹雨』が凍れる牙の雨を降らせる中、最前列のサイガが突撃。
　一呼吸で死神の間合いへ潜り込むと、その傷口を魂もろとも降魔の拳撃で食いちぎる。
『がああっ！！』
　治癒を阻害する連続攻撃に、死神はたまらず悲鳴を上げた。傷口をむしって癒えたのは、足止めの効果と僅かな生命力のみ。憎悪の呻きをあげながら邪尾撃ちの態勢を取った直後、ルピナスの禁縄禁縛呪が死神の体を拘束する。
「御業よ、敵を鷲掴みにしなさい！」
『早く来いノウナシ！　役立たずどもが……！』
　苦し紛れに死神がティアンへ放つ一撃を、泰孝が即座に庇った。
　泰孝はそのまま保護の力で催眠を払うと、キソラと息を合わせてバールを手に、跳ぶ。
　放つは撲殺釘打法。死神の牙を砕き、治癒の力を削ぎ落とすのだ。
「ノウナシはてめぇの鏡だろ。奪った末路にゃ、ナニも無いと思い知るといい」
「パスは認めないぜ。ゲームオーバーだ、死神」
　二振りのバールが死神の頭へフルスイングし、傷口をジグザグに切り開く。
　果たして死神は、泰孝のカードに七並べのごとく四方を阻まれ、牙を失った。治癒の力も最早ない。あとは決着をつけるのみだ。
「今こそ見せましょう。これが、私達の絆の力です――！」
　鳳琴は精霊の少女を召喚すると、己のグラビティを龍の形に具現化。少女の掲げる光の剣と共に、流れるような乱舞で死神を捉えこむ。
「すべてを、撃ち砕くっ！」
　死神を刻むは少女たちの乱舞。とどめの一撃が放たれて響くハイタッチを合図に、勇名がブレイブマインで前衛の味方を鼓舞した。
　ケルベロスの猛攻は止まらない。ティアンは死神の頭上空中へと転移し、光る呪文で構成された刃を足元へと生成、一直線に落下していく。
　彼女の『断頭台宣言』が狙うは、ただひとつ。
「君の、首を、もらう」
　死神は紙一重で直撃を避けるも、ティアンの刃に胴を袈裟に切り裂かれた。
　満身創痍の体で立ち上がった直後、死神を焼き焦がすのは高出力の混沌光線。翔が放った『カオティックファイナルバスター』の一撃だ。
「肉片も残さねぇ。跡形もなく消えやがれ！」
『犬、ども、め……！』
　断末魔めいて呪詛の言葉を漏らし、逃げようとする死神の前を、サイガが塞いだ。
「生きて逃げてえか？　だろうなあ、出来るならやりゃイイ」
　楔穿ち断つ漆黒の爪を、黝い地獄炎で覆いつくし、サイガは笑う。
　死神への純粋な殺意を、その眼に宿しながら。
「用ってのは前回のてめえで済んだからな。じゃあなんで殺すかっつぅーと……」
　――やっぱ。いけ好かねえツラしてっから。
　そうして振り下ろされたブレイズクラッシュは、『夜の呼び聲』の心臓へとグラビティを打ち込み、その全身を焼き尽くすのだった。

●四
　戦いを終えて数分後、ケルベロスは無事に離脱を終えた。
　回廊の破壊、死神の撃破、かたやグラディウスの喪失と負傷者はゼロ。すなわち、
「私達の……勝利です！」
　鳳琴が仲間と喜びを分かち合う言葉が全てだった。
　これでもう、高岡の地に死神の呼び聲が響くことはない。運命を狂わされる親子も、二度と出てくることはないだろう。
　そうして仲間たちが帰還の支度を進めるなか、サイガは一枚の写真を取り出した。
「もう、伝える相手もいねえからな」
　男と子供が写った古い写真に、サイガはそっと火をつける。
　過去とはここでお別れだ。灰となった写真は手を離れ、風に乗って消えていく。
「……さ、帰るか」
　サイガはそのまま振り返ることなく、仲間とともに帰還する。
　踏みしめる道の先、どこまでも晴れた青空が広がっていた。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年3月23日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 1
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