義理に返礼は不要

作者:芦原クロ

 とあるデパートの裏側。
 駐車場になってはいるが、車は表側に集中して停められており、裏側はほぼ無人と言ってもいい。
 デパート内では、ホワイトデーコーナーが新設され、チョコレート、クッキー、マカロン、キャンディ、マシュマロ、などの人気のスイーツが並んでいる。
 他にも、花や美容グッズ、ブランド雑貨からアクセサリーまでと幅広く、女性が喜ぶものを取り扱っている。
『義理チョコに返礼するのは愚かだ。倍返しも無視して良い! 特別コーナーなどが存在するから、返礼をしなければ……と、思ってしまうのだ!』
 裏側の駐車場にて、10名の信者を前に個人的な主張を教義として力説しているのは、異形の者、ビルシャナ。
『ホワイトデーコーナーなど無くて良い! 我々の手で破壊してしまおう! そうすれば義理チョコなんぞに、義理チョコなんぞにぃー! 返礼もしなくて済むぞ!』
 10名の信者は全員、苦い想い出が有るのか、ビルシャナの無茶苦茶な教義に深々と頷いた。

「悟りを開いてビルシャナ化した人間が、事件を起こそうとしています。犠牲が出る前に阻止し、一般人の救出とビルシャナの討伐をお願いします」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、頭を下げる。

 ビルシャナ化した人間が、周囲の一般人に自分の考えを布教して、配下を増やそうとしている所へ、乗り込む事になるようだ。
 このビルシャナの言葉には強い説得力が有り、放っておくと10名の一般人は配下になってしまう。
 幸いなことに、ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、配下になる事を防ぐことが出来るかも知れない。
「もし、配下となってしまっても、ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能です。……ですが、配下が多くなれば、戦闘で不利になるでしょう。配下は、とても弱い敵となりますが、倒すと死んでしまうので攻撃しにくい面倒な敵となるからです」
 ビルシャナの教義に納得出来ない人は逃げ去っているので、周囲の一般人は10名しか居ない。と、伝えるセリカ。

「戦闘になった場合、このビルシャナは【氷】や【催眠】のBSを付与した攻撃をして来るようです。義理チョコ……を、どうやら深く根に持っているようですね。信者10名は全員、男性ですので、なにか共通するものが有るのかも知れません」
 そこを的確に突ける、インパクトのある説得や言動をすれば、10名も正気に戻り、配下化を阻止できる筈だ。
「ビルシャナとなった人は救うことは出来ませんが、これ以上被害が大きくならないように、撃破をお願いします。撃破後なら、デパートに行っても大丈夫ですよ。素敵な品物が見つかると良いですね」


参加者
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)
彼者誰・落暉(ウィッチドクターと心霊治療士・e41593)
芳野・花音(花のメロディ・e56483)
柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)
白樺・学(永久不完全・e85715)

■リプレイ


「先月の事件の時に信者を全員説得できていれば、こんな鳥が湧かなかったかもしれないのに……責任は取らないと」
 引っ掛かりが有るのか、責任を感じている、若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)。
 そう呟くが、後悔の念よりも逆に、やる気が出たようだ。
 ナノナノ、らぶりんは「責任はないよ」と言いたげに、めぐみを見つめている。
「まずは信者たちを説得しないといけませんね」
 芳野・花音(花のメロディ・e56483)の視線の先には、教義を唱えているビルシャナと、聞き入っている信者たちの姿。
「ほんとに悲惨なのは貰えなかった奴じゃね?」
 あっさりとその集団の中に入った柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)が、極論を突きつけた。
 ビルシャナも含め、信者たちがなにかを察したように、ハッと息を呑む。
『イケメンだけどワルそうな顔だから怖がられたり……』
『それで貰えなかったんだろうな、きっと』
「何も貰えないよりも、例え義理チョコでも貰えた方が幾分もありがたいと思います」
 ヒソヒソと言葉を交わし、哀れみの眼差しが清春に注がれる。
 花音も頷き、面倒見がいい性質の為か、精一杯背伸びをして清春の頭を撫で、慰めている。
「オレがいつ貰ってないって言ったよ? あっ、芳野ちゃんから貰えたら幸せだねぇー」
 呆れの声をビルシャナと信者たちに放つが、愛らしい花音に対しては物腰柔らかになる、清春。
「私ですか? バレンタインは過ぎてしまいましたけど」
「芳野ちゃんからのチョコなら、バレンタイン関係無く受付中だよー」
 不思議そうに小首を傾げる花音に、デレデレ状態の清春。
『俺はイベントに縛られるのが嫌だったんだ』
 2人のやり取りを見ていた信者の1人が、贈り物をするのにイベントは関係無いと知り、正気に戻って立ち去った。


「チョコに対し、返さなければ、という感覚は確かに皆無とは言えないが……」
 白樺・学(永久不完全・e85715)はビルシャナや信者たちの反応を観察しながら、言葉を紡ぐ。
「発想を柔軟にしてみればいい、義理でもお返しを悩めると言う事は幸せな事じゃないか」
『たかが義理ごときで悩みたくない!』
 彼者誰・落暉(ウィッチドクターと心霊治療士・e41593)の言葉に、過剰なほど反応する、信者たち。
「分かる。お礼目当てにして義理配るとか、3倍返しとかはちょっと感覚おかしいよね~。其処は義理なのにそゆ事言う相手もどうかと思うね」
 タイミングを逃さず、秦野・清嗣(白金之翼・e41590)が同意を示す。
『お礼が目当てなの丸分かりだし、倍返し目的なのも伝わって来るし』
『断ったらネットで陰口叩かれるんだよな、女って怖いよ……』
 気弱そうな2人が涙目で、不満を零す。
「断れないのは日本人の悪い所だって思う訳よ、おじさん。でも日本人だからなぁ、辛いねぇ」
 のんびりとした柔らかい口調と、ゆったりした態度で、清嗣は信者2人の頭をよしよしと撫でる。
 今回は、彼らの気持ちを大きな胸で受け止めるつもりの、清嗣。
 その包容力に気が晴れ、2人は落ち着きを取り戻し、礼を言って去ってゆく。
 残された7人の信者たちが、ざわつきだす。
『取り乱すな! 破壊すれば返礼もしなくて済むんだぞ!』
 ビルシャナの、一喝。
(「もったないねーなぁ。非モテ男子にとっちゃ絶好のチャンスじゃねえか」)
 清春はビルシャナでは無く、男性信者たちに目を向けている。
 基本的に、男性に対しては粗雑に対応する清春だが、今回は少し優しいようだ。
「つーかテメェら適当なもん返したんじゃねーだろうな。あー?」
『ひっ、悪そうなイケメンめ、圧をかけるな!』
 ビルシャナは清春のワルメンさにビクつき、一歩後ずさって距離をとる。
 鳥は黙ってろと言わんばかりに睨みをきかせ、信者たちに向けて口を開く、清春。
「好きな子の好みの一つや二つくらい把握しとくのがフツーだぜ? 地雷さえ踏まなきゃちょい安くたって嬉しいもんだしよ」
「額やセンスに拘るのは一部の者で、殆どは相手のために考えられた物や、気持ちのこもった物なら、例え高価じゃなくても嬉しい物だ」
 清春の後に落暉が続くと、2人の信者が微かに反応した。
「義理チョコに、3倍返しとまでは言いませんけど、多少は感謝の気持ちを届けたらどうですか?」
 花音の言葉が後押しとなり、2人の信者は納得して、我に返った。
「社会人として、いえ、人として、貰ったものと等価程度のお礼はちゃんと返すのは常識だと思いますよ」
『人としての常識か……』
 めぐみの説得に、心を揺らす1人の信者。
「義理チョコにお礼は不要と仰いますが、本当にそうなのでしょうか? お礼の気持ちも必要だと思いますよ」
 ここは畳みかけるべきと判断し、花音が加勢する。
「人の厚意に対し、感謝の気持ちを表さない方が、よっぽと問題的だと思いますけど」
 真面目に正論を貫く、花音。
「非常識な人と認識され、ぼっち街道まっしぐらになるかもしれませんよ」
 それでも後悔しないなら、お好きにどうぞ……と。
 言葉を一度区切り、めぐみは少し小悪魔を思わせる表情を見せた。
「ただ、返礼目的で高級チョコを送る、とか。渡すときに、ホワイトデーのお返しは3倍返しね、とかいう、縁を切りたい相手なら、放置もいいでしょうけどね」
 めぐみの表情と発言に、見事に心をわしづかみされ、6人目の信者は正気を取り戻す。
「返礼をしない理由作りに、わざわざ特別コーナーを破壊……それはむしろ、遠回りし過ぎでは。そこまで返したくないのなら、端からそのように、周りに意識付けておけば良いのでは」
『意識付けるって、どうやって?』
 学のアドバイス寄りの説得に、興味を抱いた信者が、尋ねる。
「どうしても対抗したいのなら、もらう前の時点で、ホワイトデーには返しません、と自ずから周りにアピールしておけ。これなら返礼狙いの義理はシャットアウトできよう」
『それでも押し付けられた場合は?』
「それは本来の意味での、義理……正しき道理の気持ちがこもっているか、もしくは……義理ではないか、だな。分かり易くなるだろう?」
(「私も何人かお世話になった方にチョコを配りましたけど。完全に無差別に送ったわけでも無いですよ。ちゃんと、義理なりにも感謝の気持ちを込めて贈りましたし」)
 学の返答を聞いて花音が思案しつつ頷き、7人目の信者も感心して、今度からはそうしようと決めた。


(「何か、こう些細な所へ突っ込みが入ってる気がして危うさを感じるなぁ……ビルシャナ化、何とかしないと」)
 仲間たちの話を聞きながら、清嗣はビルシャナを見て思い悩んでいた。
「急にプレゼント贈られるんじゃ、なかには警戒したりヒク相手もいるかもしんねーけどよ。義理でも貰ってる以上はスタートラインできてんだろーが。あとどーするかは自分次第じゃね?」
 珍しく、男性相手に語る、清春。
「柄倉君の言う通りだ、どうするかは自分次第。何も倍返しをしなくても良いし、義理とか義務でも0よりは希望がある」
 少し堅めの口調のままで、落暉は清春の言葉を借り、続ける。
「仮に義理でも、切っ掛けにはなる筈だ。例えばそう、そこにいる清嗣は俺といい仲だ。ホワイトデーとか記念日が楽しみで仕方ない。好きな人なら笑顔や幸せな顔を見たいと思わないのかね?」
 落暉が清嗣を紹介すると、信者たちは唐突過ぎるカミングアウトに、衝撃を受けた。
 衝撃が強すぎたのか、それだけで我に返り、急ぎ足で逃げてゆく、8人目。
「見栄とか有っての事だろうけど、そもそも気にし過ぎだよ。本来好きでもない相手から貰うもんでもないしね~」
 義理チョコ自体を否定するかのような、清嗣の言葉に、ビルシャナと信者たちは開いた口が塞がらない。
「ああ……若人よ、どうぞ恋愛を謳歌してくれたまえ。でなければ俺は飢えて死んでしまうサキュバスなのだ。人助けだと思って、ひとつ頼むよ」
 落暉の言葉に流されるまま、これは人助けだと自分に言い聞かせながら去る、9人目。
「ってわけで、きゃり子でお返しの練習してえ奴はこっち来いよー」
 ビハインドの、きゃり子をエサに、信者を誘い出そうとする清春。
『こ、これ。受け取ってくれないか?』
 最後の信者が、勇気を振り絞って、包装済みの小箱を差し出す。
 きゃり子では無く、清春に。
 唐突なホモォ……に、清春の頬がひきつった。
「なんつう展開だ。オレじゃなく、きゃり子使え」
『俺は男にしか興味が無くて。キミのその、ワルメンな顔がものすごくタイプなんだ』
 鼻息を荒くして迫って来る、男。
「オレは女の子にしか興味ねぇんだわ」
『やっぱり俺みたいなムサいのに抱かれるのは嫌なのか。彼みたいなのがタイプなんだな!?』
 ビシッと、学を指差す男。
「オレを男とくっつけよーとすんじゃねぇ!」
「ふむ。仮に柄倉とそういう関係になったら、どういう付き合いをするのだろうか」
 知識欲の強い学は、メモをとり始める。
「白樺そこは全否定しとけよなー」
『割り込む隙が無い』
 清春と学のやり取りを見て勘違いした男は、ショックのあまりに信仰も消え失せ、駆け足で逃げてゆく。
 残された敵を、これから憂さ晴らしするぞというように、鋭い目つきで睨む清春。
「断ったりできるものを受け取ると言うのも如何かな」
 清嗣が手にした嘉留太の札が、青い光を放出する。
 見えたのは、ワンコインで買える一口サイズのチョコを、義理だと女性たちから渡され、倍返しを全員から要求されている男の姿。
(「ビルシャナ化する前なら話も聞けたのに残念だよ。助けられなくてごめんね」)
 優しい気持ちと共に、清嗣は敵を白い光で包み込む。ボクスドラゴン、響銅が敵にダメージを与える。
「女の子は、オレがかばうからねぇ」
「柄倉君は気持ちイイくらいフェミニストだねぇ。おじさんはどうとでもなるし、そちらのレディーたちを優先してあげてくれたまえ。これでも医者だしね、医者は自分で身を守れるから」
 落暉は清春を褒めつつ、精神操作により伸ばした鎖で、敵を締め上げた。
 敵が氷の輪を飛ばし、前衛陣を凍らせる。
 めぐみを庇いながら竜砲弾を撃ち込み、きゃり子と共に敵を攻撃する、清春。
「エクトプラズムよ、仲間を護る力を貸して下さい!」
 花音の声に応え、エクトプラズムが味方の外傷を塞ぐ。
「憶えているか。これはお前の経験であり、お前の智識より刻まれたものだ。今世のものであるとは限らんが、な」
 射出したケーブルから魔力を流し、敵の内側から苦痛を与える、学。シャーマンズゴースト、助手は味方の負傷を癒す。
「あなたも非常識女の犠牲者だったかもしれませんけど。でも、もう戻れないでしょうし、このままみんなに迷惑をかけさせるわけにはいかないので……倒します」
 待機していためぐみは敵に同情するが、らぶりんと協力しながら特大の一撃を放ち、敵を消滅させた。


「お互いはっきり言う時は言う、という風になりたいね~」
 学が避難を促していた為、元信者だった一般人は数人、離れた位置に残っていた。
 彼らにのんびりと話し掛ける、清嗣。
「僕らもその辺は変に求めたりしてないよねぇ。無理強いするもんでもないし。ねぇ……落暉」
 一般人たちの話を清嗣が少し聞いてあげると、彼らは満足した様子で帰ってゆく。
 オンオフを付けるタイプの落暉は、くだけた口調に変わり、装飾を見ようと清嗣を誘った。
 デパートのコーナーは広く、紅茶の茶葉も数種類売られていた。
「茶葉がたくさん有りますね」
 紅茶に詳しい花音は、どの茶葉が美味しいかも分かっているようだ。
「お買い物が終わったらみんなで帰りましょう」
 男性陣の買い物を、少し距離を取りながら見ている、めぐみ。
「デパートでおデートさ。落暉には腕輪でも送ろうかな~、なんてね」
 清嗣と落暉は、アクセサリーを見て回っている。
 騒がない、大人同士の落ち着いたカップルだ。
「清嗣、興味ある物は見つかったか?」
 落暉が穏やかに訊き、清嗣の視線の先を読むと、さりげなく購入してプレゼントする。
「おっ、そーゆーとこ。彼者誰はモテそうだなー」
 色とりどりの華弁が詰められたキャンドルランプを買い、他のメンバーはと、興味津々に見ていた清春が思わず声を掛けた。
「ああ、柄倉君。新たな扉を開きたければ、いつでもおじさんの元へ来てくれたまえ」
「恋仲だけどフリーダムだからね~」
 落暉の誘いに、清嗣ののんびりした声が続く。
「今日はとことんそーゆー流れかぁ? でもなー、流されはしないぜ」
 冗談めいた落暉と清嗣に、軽い調子で返す、清春。
「さて、使い易い文房具でも探すとして……助手、貴様も何か買ったのか。なに、僕にくれる? これは……」
 助手が購入したのは、小型のシュレッダーだ。
 学のメモを良くゴミだと思って廃棄する助手としては、これが有れば、廃棄しやすいと言いたげだ。
 家で勝手に食べたチョコの返礼に、と。
 助手は小型シュレッダーをグイグイ渡して来る。
「いや、だからな、部屋のメモや書類はゴミでは……」
 かといって、返礼品を受け取らないわけにもゆかず、学は複雑な想いに苛まれる。
「ククク、まーたやらかしてるなぁ」
 学と助手のやり取りを、清春は楽しそうに眺めながら呟いた。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月18日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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