ホワイトデーに3倍返ししない男は許せない!

作者:神無月シュン

 バレンタインデーが終わり、早一ヶ月。デパートにはバレンタインのお返しか、マシュマロを購入した男性。
「おい、それはホワイトデーのプレゼントじゃないだろうな?」
「ひぃ! ば、ばけものっ!?」
 男性に声をかける異形――ビルシャナ。男性は話しかけてきた相手の姿を見て恐怖する。
「いいから私の質問に答えろ」
「も、貰ったチョコのお礼にと思って……」
「このたわけがー! ホワイトデーに3倍返ししない男など……許せん!」
「ひぃぃぃ。た、助けてー!」
 ビルシャナが声をあげ怒りを顕わにすると、男性は恐怖に耐えられなくなり逃げ出した。
「今からこの一帯で買い物している男どもを粛正してやる!」


「ビルシャナが、個人的に許せない対象を襲撃する事件が起こるので、解決してください」
「今回はどんな内容ですか?」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の言葉に、真っ先に反応したのはレイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)。
「今回は『ホワイトデーに3倍返ししない男は許せない』というものです」
「やっぱりでましたね」
「はい。レイナさんの予測通りという所です」
 2人してため息をつくと、気を取り直し説明を続ける。
「ビルシャナの主張に6人の女性が賛同し配下となっています」
「この配下となった人間は戦闘になれば、ビルシャナと共にこちらへと向かってきます」
「それは避けたいところですね」
 ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして配下を無力化する事ができるかもしれない。ビルシャナさえ倒せば、元に戻るとはいえ、出来る事なら説得し戦闘に参加させないことが望ましい。

「ビルシャナの戦闘力は高くはないみたいです」
「如何に配下の数を減らすかですね。一般人はビルシャナの主張にどんな反応をしているのでしょう?」
「そうですね、大半はビルシャナの主張そのものに。少数が『プレゼントは気持ちよりも金額。3倍と言わず高いほどいい』というものです」
 本日2度目のため息が会議室に溢れた。

「このような主張が女性の総意と思われては困ります。何としてもこのビルシャナを止めてください」


参加者
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)
レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)

■リプレイ


 ビルシャナの出現するというデパートへと向かう、ケルベロス一行。その道すがらジャスティン・アスピア(射手・e85776)が不機嫌そうに呟く。
「地球の風習……面倒くさいな。しかもこんな傲慢で物欲まみれの連中にはお返し自体、したくないぞ」
 普段は真面目で朴念仁な彼だが、男の立場から今回の主張に怒っていた。
「3倍返しを期待するのは、何とも強欲な方ですよね。3倍返しがホワイトデーのお礼の全てではない事を教えてあげましょう」
 女の立場からも許せない事だと、レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)は言う。
「結局は、男からみて3倍にして返すことを許容できるかどうかだろ? 金の余っていたバブルの時代じゃあるまいし……今時そんな話を押し付けられても男だって困るだろうさ」
「言わんとしていることは、甲斐性の象徴か何かかねぇ……しかし何事も強要は実に良くない」
 心底呆れたような様子で話をしているのは、四辻・樒(黒の背反・e03880)とディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)の2人。
「先に行くよ」
 ジャスティンは足の速さを活かし現場へと駆けていく。
 ビルシャナの横を走り抜け、一般人が集まる方へ。
「ここは今から戦場になる。まだ時間はあるから落ち着いて避難してくれ」
 ケルベロスであることを明かし、『スタイリッシュモード』『拡声器』を駆使し避難を呼びかける。そして――。
「貴女方は高級指向なのですね。だったら俺が持ってきたクッキーをどうぞ。手作りですが、世界の様々な高級食材をふんだんに使っています」
 ビルシャナの配下になっている女性の元へと駆け寄り話しかける。
「高級なクッキー? いいわね」
 ジャスティンの言葉に反応した2人の女性へ厳重に密封された容器を開けると、すぐに口の中へとクッキーを放り込んだ。
「――っ!?」
 クッキーを食べた女性2人が一瞬にして昏倒する。
「貴様! 私の配下になにをした!」
「おっと、残りのクッキーはお前にやるよ!」
 向かってきたビルシャナの口に残っていたクッキーを放り込むジャスティン。
「な、なん……これは……。うぐっ!」
 口元を押さえ悶え始めるビルシャナ。それもそのはず。用意したクッキーにはドリアン、キビヤック、ブルーチーズ、サルミアッキといった強烈な臭いのするものをふんだんに使っているのだ。今ビルシャナの口の中では臭いの嵐が吹き荒れている事だろう。
 その様子をジャスティンは冷たい目で見つめていた。


「一体何があったのでしょう」
 遅れる事数十秒、残りのケルベロスたちも現場へと到着する。そして倒れている2人と悶えているビルシャナを見て、レイナは驚いたように言葉をもらした。
「貴女達は3倍返しを期待しているそうですけど、お徳用チョコの、量の3倍か、値段に換算しての3倍か、どっちがいいでしょう?」
 気を取り直してレイナは配下の女性へと向き直ると、用意してきたお徳用チョコをこれでもかというくらいの量を女性の手へと乗せていく。
「こんなに要らないし……」
「これで分かったでしょうか? 心の籠っていない単なる3倍返しよりも、男性が心を込めて選んだり、作ってくれたお菓子の方が有難みがあると思いませんか?」
 結局は大事なのは値段でも量でもないんですよと、レイナは語った。
「……高くて良いものだから、と言われたらなんでも受け取るのね?」
 キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)の『割り込みヴォイス』へと乗せた声が辺りに響く。
「……気持ちは関係ないのでしょう? ……高いから、と選んだものならなんでもいいのでしょう?」
「もちろん」
「……邪魔になるだけの置物、趣味の悪い装飾品でも、高額品なら受け取るのよね?」
「ええ。どうせお金に換えちゃうんだし、高ければ高いだけ嬉しいわね」
「…………」
 女性の言葉にキリクライシャは呆れた様子で見つめていた。
「具体的に欲しいものがあったのかい? ならば、バレンタインのお返しなどという、一ヶ月もかかるまどろっこしいやりとりにするべきではないよ。望むものを要求して、それに応えてくれるかどうかじゃないかな」
 わざわざ面倒な事しなければいいのにとディミック。
「仮にだ、特に欲しいものはなくとも絶対に3倍で返さなければならない債務があるなら先に渡す際、それなりに契約を結ぶのが前提だろう。闇雲に増額しろというのはギャンブル場で騒ぐ理不尽なクレーマーと何も変わらないよ。返してくれる人もいればそうでない人もいる、贈り物とはそういうものでないかい?」
 強要した物は贈り物とは言わないと諭すように話しかける。

「オレには年下で養ってくれる将来の嫁がいる!」
 話の流れをぶった切る様に卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)の叫びが辺りに響く。
「そんな養ってもらう立場のオレが3倍返しなど出来るだろうか? 無理だ!」
 泰孝の叫びに彼のウイングキャット『なけなしの良心』が頭を抱える。
「強引に3倍返しなどすれば身の破滅、不幸な結末を相手が望むのか? お前らも目を覚ませ、支えようとした相手が3倍返し、などという言葉に囚われ借金して不幸になる事が望みか!?」
「お互いが幸せになる、それが一番だろう?」
 自らの駄目人間っぷりを自信満々に語る泰孝。聞いていた女性は冷たい視線を泰孝へとやると、付き合いきれないとその場を去っていった。
 その様子に『なけなしの良心』はもうだめだ。救いようがないと達観した表情で遠くを見つめていた……。

「僕も男ですし、相手に貰ったものよりも何倍も良いものでお返ししたいという気持ちはあります……」
 地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)の言葉に興味深そうに話を聞き始める配下たち。
「でも『気持ちの大きさを伝える目安の一つ』として金額があるだけで、ものの金額が良さの全てではないと思います……」
「ちょっと! いいこと言ったと思ったら結局それ?」
「えっと……皆さんの主張では、金額は凄く重要なのですよね……?」
「当たり前でしょ!」
「仮にそれが正しい事だとしたら、その……凄く言い難いのですが……『私はバレンタインを贈った相手に3倍のお返しをする価値を見出してもらえませんでした』と大声で自己申告しているように聞こえてしまっているのですが、そうなのですか……?」
「なっ……!?」
 言葉を失う女性たち。そこへ追いうちをかけるかの様に話しかける樒。
「良い女には自己主張などせずとも、沢山渡したくなるものだ。何もせず、主張だけで3倍も貰おうってのは虫のいい話じゃないか?」
 樒の言葉に傍で聞いていた月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)がウンウンと頷いている。
「3倍返しを主張しなくとも、それぐらい返してもらえるのが良い女ってものだと思うがな」
「っ!?」
 さっきまでいいこと言うと嬉しそうに頷いていたのが一転、灯音は膝を抱えて座り込むとブツブツと呟きをもらす。
「灯音が3倍返ししてもらえなかったら いい女じゃないって事なのだ……そもそも3倍ってなんなのだ? 手作り品なら原価の3倍? 電光熱費もいれるの?」
「3倍などと言う単純な値では言い表せないくらい、灯は私にとってはかけがえのない大事な相手だ。いくら掛けても惜しくないくらいに大事だからな」
 樒の言葉に灯音は涙目になりながら抱きつく。樒は包み込むように抱きしめ返すと、慰めるように優しく頭を撫でた。
「等価交換というものを知ってるのだ? 一見すれば、3倍返しでチョコを渡しただけで得をするような仕組みに見えるが……目に見えないだけで3倍の中にはしっかり、下心ってものが隠れてるのだ」
 抱きしめられながら語りだす灯音。
「まぁ、金銭感覚の相違はあっただろう。昔は女性の所得が低く男性の所得の方が高いのが当たり前な時代があったからだったと思う。だけど、今は男女共に所得も差があまりないのだ。ゆえに! 等価交換を埋めるのは日頃の感謝と……下心しかないのだ」
「あんたは下心を向けられて平気なの?」
「好きな人からの下心なら……別に嫌じゃないのだ」
「灯……」
「樒……」
 見つめ合う2人。
「結局あんたたちが惚気たいだけじゃないの!」
「おまえたちは3倍返しをしてもいいと言えるほど良い女なのか? こんなところで喚いている暇があったら、自分磨きをしたらどうだ?」
「なんなのよもう! あー馬鹿馬鹿しい、帰る!」
「しらけるわマジで……」
 苛立ちを隠そうともせず、配下の女性たちは不機嫌のままこの場から立ち去った。


「傷つけられた乙女の心は3倍の炎で燃やし返してやるのだ」
 灯音の放つ炎弾が未だ悶えるビルシャナへと直撃する。続けて樒が空の霊力を帯びた武器を振るう。
「普通の編成の3倍だねぇ……」
 ディミックが阿頼耶識から光線を放つ。ジャマー3人からの攻撃にビルシャナが苦しそうな表情を浮かべる。
「ここで、止めます……!」
 ビルシャナの周囲に雪を展開する夏雪。雪の勢いは留まることなく、辺りに積もっていく。
「テメーの結果はコイツで決めるぜ」
 3つのサイコロを生みだし、投げつける泰孝。出目は6が3つ。よく見るとサイコロの全ての面は意図的に傷を付けて6の目になっているのだ。その不正にビルシャナの怒りが否応無く込み上げてくる。
「太古の暴君よ、我が武器にその牙を宿して敵を喰らい尽くしなさい!」
 武器へと恐竜の顎を思わせるオーラを宿すレイナ。武器を振るうと傷口を抉る様に恐竜の顎がビルシャナへと喰らいつく。
「……照らして、全てを明るみの中へ」
 キリクライシャが仲間の元へ、浄化の力を込めた光の珠を飛ばす。更にゾディアックソードを掲げるジャスティン。光の珠、守護星座の光。2つの光が仲間たちを包み込んだ。
「何だこの臭い……くせぇ」
 ビルシャナの攻撃を受け止めた泰孝は、ビルシャナの口元から漂ってくる臭いに顔をしかめた。
「貴様らのクッキーのせいだろう!」
 ビルシャナが元凶を睨みつけると、視線の先のジャスティンは知らん振りをして顔を背けた。その間にキリクライシャのテレビウム『バーミリオン』の画面に映し出された動画が泰孝の傷を癒していく。
「伏して願う。戦場に身をおく我が友等に 汝が加護を授けんこと。出ませ、焔姫!」
 灯音が詠唱を終えると、レイナたちの元へ燃え上がるような緋色の焔が舞い上がる。
「ただ、全てを切り裂くのみ」
 樒が斬撃を放ち、泰孝が釘を生やしたエクスカリバールを頭目掛けてフルスイングする。
 彗星の様に光を放ちながら体当たりをするディミック。合わせるように上空から流星の蹴りを浴びせるキリクライシャ。
 2人が退くと、一筋の光がビルシャナを襲う。ジャスティンの放った凍結光線がビルシャナの熱を奪っていく。光が収束した瞬間、夏雪は頭上からドラゴニックハンマー『名残雪』を振り下ろした。ビルシャナの身体ごと地面へと打ち付けられる『名残雪』。その一撃によって生み出された氷がビルシャナを包み込む。
「虚無球体よ、敵を消滅させよ!」
 詠唱が終わりレイナの手元から放たれた不可視の球体。球体はビルシャナと辺りに充満していた臭いまでも飲み込みその存在を消し去った。


 キリクライシャ、バーミリオン、ジャスティンの3人が手早く辺りの修復を行っていく。
「よっしゃ! 景気づけに雀荘にでも行くか!」
 後始末が終わると、ホワイトデーの事など忘れたように立ち去ろうとする泰孝。
 それを見た『なけなしの良心』が嫁に何か返してやれよと言わんばかりに、泰孝の顔目掛けて飛びかかった。
「まて、あいつにはこの事は言う……グアーッ」
 耳を引っ張られながらデパートの奥へと引きずられていく。
「皆、お疲れ様だな。さて、では帰ろうか。それこそお返しもちゃんと渡したいしな」
 灯音の方へと手を差し出す樒。
「さあ灯、一緒に帰ろう」
 手を繋ぐと2人は仲良くその場を立ち去った。
「僕もお返しを買って帰らないとですね……」
「どんな物にすれば良いか迷いますが……一生懸命選べば、きっと喜んでもらえる筈です……。本当に重要なのは、贈り物に込められたプライスレスな想いです……!」
 呟きながら売り場の方へと向かう夏雪。
 様々な思いを胸に、この後の時間を有意義に過ごすケルベロスたちだった。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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