死翼騎士団の将軍~知謀のかなた

作者:土師三良

●策謀のビジョン
 東京焦土地帯の一角に設けられた陣幕。
「ブレイザブリクの攻略には奴らの力が必要になるか……」
 黒い翼を有した女戦士が重々しく口を開いた。
 死翼騎士団々長のシヴェル・ゲーデンである。
「然り」
 と、頭を下げたのは、顔を隠すようにして羽扇を持った軍師風の男。
「ケルベロスは既にかの要塞の第二層まで攻略しているとのこと。このまま攻略が進めば、我ら死神の悲願の達成も可能かと」
「フン」
 白い髭を蓄えた巨漢が鼻を鳴らした。
「その悲願ごとケルベロスに破壊されれば、元も子もあるまい」
「兄貴の言う通りだぜぇ?」
 別の巨漢が同意した。彼もまた白い髭を蓄えているが、『兄貴』と呼んだ相手のそれよりもは短い。また、手にしている武器も違う。『兄貴』は青龍偃月刀、彼は蛇矛。
 その二人組の言葉など聞こえなかったような顔をして、シヴェルは軍師に言った。
「だが、戦力がズタズタにされすぎた。我らだけでは力が及ばぬ」
「なればこそ、ケルベロスの力が必要になるのです。奴らはデウスエクスを滅ぼす禍であるが、それ故に、その目的を正しく制御すれば、隙をつくことは可能」
「正しく制御だと……?」
 青龍偃月刀の男が軍師を睨みつける。
 その鋭い眼差しに動じる様子も見せず、軍師は噛み砕いて説明した。
「ケルベロスの優先順位は『人の命』と『ゲートの破壊』が第一ということです。ならば、互いに利用し合うことが叶いましょう」
「ん……? 良く分からねえ……結局、どういうことなんだぁ?」
 蛇矛の男が当惑の顔を見せた。噛み砕きかたが足りなかったようだ。
 しかし、シヴェルにとっては足りていたらしく――、
「まずは彼らと接触せねばなりません。策は?」
 ――軍師を相手に本格的な軍議を始めた。

●音々子かく語りき
「ここ最近、『死翼騎士団』という死神の一派が東京焦土地帯の魔羯宮ブレイザブリクにちょっかいを出しているんですよー」
 と、語り出したのはヘリオライダーの根占・音々子。
 聞き手は、このヘリポートに招集されたケルベロスたちだ。
「据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)さんや天月・悠姫(導きの月夜・e67360)ちゃんが調査してくれたこともあって、その死翼騎士団の新たな動向を予知することができました。それがまた奇妙というか不自然な動向でして……奴らは、ケルベロスが接触してくるのを待っているみたいなんです。もしかしたら、東京焦土地帯を奪還するためにケルベロスの力を借りようとしているのかもしれませんね」
 死翼騎士団の幹部である三人の将の居場所を特定することもできた。隠密行動に特化した少数の部隊であれば、同じく少数の部隊に守られた三将と難なく接触できるだろう(音々子が言ったように、敵はケルベロスの接触を待っているのだから)。
 しかし、『難』がないのは接触するまでだ。接触後は慎重な判断と大胆な行動が求められる。
「選択肢は二つですね。あえて奴らの誘いに乗り、なんらかの交渉をおこなうか。あるいは、誘いに乗ると見せかけ、三将を強襲して撃破するか」
 前者を選び、なおかつ交渉が円滑に進めば、重要な情報を得ることができるかもしれない。だが、その情報を鵜呑みにするのは危険だ。死神の勢力が有している情報が正しいものだとは限らないし、仮に正しい情報を有していたとしても、虚偽を加えて伝えてくるかもしれないのだから。
「まあ、死神どもを安易に信用してはいけないってことですね。でも、奴らが東京焦土地帯の奪還を狙っているのには相応の理由があるはずです。その理由によっては一時的に共闘できるかもしれません」
 死神が東京焦土地帯に固執している件については、豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)が『東京焦土地帯の地下に死者の泉が存在するのかもしれない』という仮説を提唱しているという。
 その仮説が正しいのでれば、伝聞に過ぎなかったエインヘリアルのゲートに関する情報の確度が一気に跳ね上がる。そう、『天秤宮アスカルドゲートを始めとする魔導神殿群ヴァルハラのいくつかは東京焦土地帯の地下にある』という情報が。
「死神どもとスマートかつスムーズに共闘できたら、エインヘリアル勢との戦いを有利に進められるかもしれませんね。でも……くどいようですけど、死神どもを信用してはいけませんよー。奴らに限らず、デウスエクスってのは平気で嘘をついたり、約束を反故にしたりするんですから」
 とはいえ、誠実でなくても、理論的な思考はできる。約束を守ることで利益を得られるのなら、死神たちがそれを反故にすることはないだろう(利益が得られなくれば、即座に裏切るかもしれないが)。
「もちろん、無理に交渉や共闘をする必要はありませんよ。先程も言ったように敵を撃破するという選択肢もあります。撃破の方針でいく場合は短期決戦で臨み、迅速に撤退することを心がけてください。なにせ、敵地で戦うわけですから」
 交渉を選んで、腹を探り合うもよし。戦闘を選んで、力の限り殴り合うもよし。どちらであれ、得られるものは大きい。ただし、それは交渉に成功もしくは戦闘に勝利した場合の話だが。
「任務の解説は以上です。それでは――」
 ケルベロスたちの成功/勝利を微塵も疑っていないヘリオライダーが拳を突き上げて叫んだ。
「――気合い入れていきましょー! えいえいおー!」


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)

■リプレイ

●和を以て貴しとなす
 東京焦土地帯の外れ。倒壊したビルの跡地に時代がかった陣幕が設けられていた。
 通りを挟んだ向かいのビル(こちらはまだ倒壊には至っていない)の陰に身を潜め、その様子を伺うケルベロスたち。
「随分と目立つアジトだな……」
 と、呟いたのはヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)。かつては裏社会で手を血に染めていたという狼の人型ウェアライダーだ。
「うん。あきらかに私たちを誘ってるね」
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が苦笑混じりに頷いた。サキュバスである彼女は普段から色気を振りまいていることが多いのだが、今は存在感が薄くなり、色気が減じている。防具特徴『隠密気流』の影響だ。
 ヴォルフや他の多くのメンバーも同じ防具特徴を使用し、誰にも見つからないように気を配って行動していた。
 それもあって、敵と遭遇せずにここまで来れたが――、
「――もう、身を隠す必要はないな」
 零式忍者の楡金・澄華(氷刃・e01056)が『隠密気流』を解除した。
「奇襲や暗殺を狙うのなら、話は別だが……」
 と、顔に包帯を巻いた男――副島・二郎(不屈の破片・e56537)が言った。彼の前歴はヴォルフのそれの対極とも言えるもの。警官である。
「交渉の方針で臨むんだな?」
 元・警官は仲間たちを見回して確認した。
「ええ」
 チーム最年少にして唯一の十代である天月・悠姫(導きの月夜・e67360)が静かに答えた。
「いろいろと訊きたいことがあるから」
「うんうん。訊いてみたーい。もっとも――」
 オラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)がわざとらしく何度も頷き、そして、よりわざとらしく肩をすくめてみせた。
「――訊いたからといって、本当のことを教えてくれるとは限らないのよねー」
「まあ、信用ならない相手ではあるけども、お行儀よく対応しようよ」
 ガンナーズハットのつばを指先で押し上げて陣幕の様子を見ながら、ヴァルキュリアの豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)が言った。
「交渉をスムーズに進めるためにもね」
 すると、言葉の頭に乗っていたボクスドラゴンのぶーちゃんが『そのとおりっス!』とばかりに激しく頷いた。これほどまでに交渉の成功を強く望んでいるのは、彼が平和主義者だから……ではなく、戦うのが怖いからだ。
 一方、姶玖亜の隣にいる少女のような容貌の成人男子――平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は本当に平和を愛していた。
「じゃあ、行こうか」
 陣幕に向かって、平和を愛するケルベロスは歩き始めた。
 他の面々もそれに続く。
 そして、何者にも邪魔されることなく、陣幕の前に到達した。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
 澄華が陣幕をめくった。
 鬼や蛇よりも厄介な存在と相対するために。

●君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず
 昼間だというのに、陣幕の中では二本の篝火が灯されていた。
 その間に一人の男が立っている。中国の戦記物に出てくる軍師のごとき衣装に身を包み、顔の前に羽扇を掲げた、いかにも『知将』といった態の男。
「ようこそおいでくださいました」
 知将風の男は会釈した。顔を隠しているにもかかわらず、ケルベロスたちの姿が見えているらしい。
「ややっ!? なんということだー!」
 和が驚きの叫びを発した。先程の言葉の仕草よりもわざとらしい。
「敵と遭遇してしまったー! どうしよー!?」
「そのような演技は不要です」
 と、小芝居をにべもなく受け流す知将。
「皆様が我らの意図を理解した上で来訪されたことは承知しておりますから」
「では、その『意図』とやらに則って――」
 悠姫が言った。知将のように顔を隠してはいないが、一見して彼女の思惑を測るのは難しいだろう。無表情なのだから。
「――会談を始めましょうか」
「話が早くて助かります。あのお二人にも見倣っていただきたいものですな」
 この地のどこかで他のケルベロスたちと相見えているであろう勇将と猛将のことを口にして、知将は肩を揺らした。笑っているらしい。
「あなたみたいに落ち着いた人が対応してくれると、こちらとしても助かるー」
 と、言葉も笑った。
「おっと、お話しする前に名乗っておかないとね。私、大弓・言葉。こっちはぶーちゃんなのー」
「これはご丁寧に」
 またもや会釈する知将。
 そんな彼を前にして、言葉は笑顔をキープしつつも――、
(「名乗り返さない上に顔は隠したまま……慇懃無礼っていうレベルじゃないよね」)
 ――心の中ではジト目をつくっていた。
 天然キャラを装う所謂『養殖』系として鍛えた彼女であるから、本心を隠すのはお手の物。しかし、この養殖振りを相手が見抜いてるであろうことは察している。
 おそらく、知将のほうも、自分が見抜いていることを相手が察していることを気付いているだろう。そして、言葉は見抜かれていることを察していることを気付かれていることを悟り……と、偽りの笑みの裏で腹の探り合いが延々と続き、陣幕の中は奇妙な緊張感に包まれた。
(「敵意を剥き出しにして睨み合ったとしても、これほどまでに重々しい空気にならないだろうな」)
 心中で独白しながら、澄華は油断なく四方を見回した。
 知将以外に敵の姿はない。しかし、幕内に充満する緊張感の外側から殺気が伝わってくる。それも一人や二人の殺気ではない。いつの間にか、敵が陣幕を取り囲んだらしい。
「……」
 自分と同じく警戒の目を走らせていた二郎を無言で一瞥すると――、
「……」
 ――彼もまた無言で頷いた。
「外の兵たちのことに気付かれたようですね」
 と、二人の声なきやり取りに知将が加わった。
「しかし、ご安心ください。兵たちは気休め程度の警護役。皆様に手出しすることはありませんよ」
「俺たちがおまえに手出ししない限りは……だろ?」
 懐中から手帳を取り出しながら、ヴォルフが問いかけた。
「はい」
 知将はあっさりと認め、また肩を揺らして笑った。
「しかし、そのようなことになったら、私も兵も生きてはいないでしょう。勇猛なるケルベロスの皆様に敵うわけがありませんから」
「……」
 なにも言わず、知将をただ凝視するヴォルフ。呼吸や筋肉の動きなどから相手の嘘を見破ることができる……という自信を抱いていたのだが、当然のことながら、そんな神業めいたことはできなかった。人間相手でも難しいのに相手はデウスエクス。しかも、死神である。人間と同じように呼吸しているかどうかも怪しい。おまけに顔を隠しているので、表情を読み取ることもできない。
 だが、心中を探ることをなによりも難しくしているのは、その芝居がかった言動だ。
(「どんなに真摯に訴えたところで、信用されるわけがない。だったら、トリックスター的に振る舞って、自分のペースに巻き込んじゃえ! ……ってところかなー?」)
 と、プランが鋭く考察していることを知ってか知らずか、トリックスターならぬ知将は会話のパスを皆に送った。
「さて、なにから話しましょう?」
「ずばり訊くけど――」
 姶玖亜がパスを受け、すぐに返した。
「――君たちの目的はなんなんだい?」
「エインヘリアルたちから死者の泉を奪い返すことです」
(「死者の泉、きたーっ!」)
 と、心の中で拳を強く握りしめたのは言葉。死者の泉に興味津々ではあったが、『相手が触れない限り、こちらからは話題に出さない』と決めていたのだ。
(「まさか、いきなり触れてくれるとはね!」)
 興奮を抑えつつ、養殖娘は首をかしげてみせた。
「うーん。シシャノイズミとやらについては、こっちに情報がぜっんぜんないのよねー。それって、エインヘリアルと喧嘩してでも取り返さなくちゃいけないほど大切なものなのー?」
「はい。本来、死者の泉はデスバレスにあったもの。そもそも、我ら死神がこの宇宙に染み出すことになったのも、アスガルドの神々の命を受けたヴァルキュリアたちが死者の泉からエインヘリアルを持ち出したからなのです」
 その伝承はケルベロスたちも知っている。真偽は不明だが。
 続いて、プランが確認した。
「やっぱり、エインヘリアルのゲートは東京焦土地帯の地下にあるの?」
「はい。エインヘリアルのゲートに攻め込み、死者の泉を奪取する――そのための準備として、我らは東京焦土地帯を制圧しました。そう、そのためだけに。決して、かの地に住んでいた人々に対して害意を抱いていたわけではありません。我らとエインヘリアルとの戦いに住民の皆様を巻き込んでしまったことについてはとても心苦しく……」
「いや、そういう演技はいらないから」
 先程の仕返しとばかりに和が知将の小芝居(こればかりは誰にでも嘘だと見抜くことができた)を遮った。
「でも、あなたたちは長期間に渡って東京焦土地帯に居座っていましたよね」
 と、悠姫が指摘した。
「その間、一度もゲートに攻め込まなかったのですか?」
「恥ずかしながら、攻め込むには戦力が足りなかったのです。内紛が続いているとはいえ、エインヘリアルは手強いですから」
『恥ずかしながら』などと言っているが、あまり恥じているようには見えない。
「エインヘリアルもそれが判っているので、我らを放置していました。奴らからすれば、我らは番犬のようなものだったのでしょう。自分たちに牙を剥くほどの力はないが、外敵たるケルベロスの侵攻を防いでくれる、都合の良い番犬……」
「でも、防ぎ切れなかったよね」
 と、姶玖亜が厳然たる事実を告げた。
「番犬であるところのザルバルクの群れはすべて剣にされちゃって、君たちは追い出された。そして、入れ替わるようにエインヘリアルがやってきた」
「然り。自覚されていると思いますが、皆様はとても強くなられた。ゲートに攻め込むことが可能になる日も遠くはないでしょう。それ故にエインヘリアルたちは焦りを抱き、改めて東京焦土地帯を守ることにしたのだと思われます。くくくっ……」
 知将は初めて声を出して笑った。肩を揺らすことなく。
「東京焦土地帯を失ったことは大きな痛手ですが、エインヘリアルどもが皆様を脅威と見做し、慌てふためいているのは……なかなかどうして快事ですなぁ」
「快事に酔うのは後にして、話を進めてよ。結局のところ、君たちはケルベロスになにを求めてるんだい?」
 そう尋ねた後で、姶玖亜は心の中で付け加えた。
(「まあ、察しはつくけどね」)
 彼女だけでなく、他のケルベロスたちも察していた。
 故に知将の答えを聞いても驚く者はいなかった。
「我らと皆様との共闘――その可能性を心に留めておいていただきたいのです」

●六馬和せざれば造父も以て遠きを致す能わず
「共闘を申し込まれても――」
 二郎が口を開いた。
「――それを受けるかどうか、俺たちの一存では決められない」
「うんうん。持ち帰って、皆で協議しないとね」
 和がそう述べると、知将は羽扇の向こうでかぶりを振った。
「いえ、協議までしていただかなくても結構です。我らが望むのはあくまでも『心に留めておいていただくこと』だけ。協定等の形で明確に手を結ぶつもりはございません」
「協定を結ぶつもりがない?」
 澄華が、形の良い眉を微かに顰めた。
「ならば、なんのために私たちをここに誘い込んだ?」
「共闘の意思があることを知っていただきたかった。ただそれだけのためですが、それだけで充分だと思っております。賢明な皆様なら、ご理解できるはず」
 確かに理解できた。
 来るべきケルベロスとエインヘリアルとの決戦において、死者の泉を奪還するために死神が介入してくる可能性は高い。その時、今回の情報が正しく伝わっていなかったら、ケルベロスは死神がエインヘリアルに与していると誤解して攻撃する(結果、戦力を消耗する)かもしれない。それはケルベロスにとっても死神にとっても望ましくないだろう。
 また、ケルベロスが共闘の道を選ばなかったとしても、死神の事情を知ったからには、その結論に至るまでにタイムラグが生じるはずだ。それだけでも死神には利がある。もちろん、共闘に勝るほどの利ではないが。
(「戦場での俺たちの動きを鈍らせるため、あえて自軍の情報をつまびらかに伝えたのか……食えない奴め」)
 知将と仲間とのやり取りを手帳にしたためながら、ヴォルフが密かに歯噛みした。
「うーん」
 プランが唸った。
「なんだか、そっちばっかりが得するように思えるなぁ」
「そうだね」
 と、同意したのは姶玖亜。
「共闘を望むのなら、相応の対価を払ってほしいな」
「共闘という行為そのものが価値あるものでしょう。ともに戦い、ともに勝てば、我らは死者の泉の奪還という悲願を達成することができて、皆様はエインヘリアルのゲートを破壊できるのですよ? 皆様が言うところの『うぃんうぃん』ではありませんか」
「アクセントの置き方がヘンだよ。パンダの名前みたいになってる」
『Win-Win』の発音について物申す姶玖亜。
 知将がそれに反応するより早く、和が疑惑をぶつけた。
「とかなんとか言ってるけど、ボクたちがエインヘリアルに勝って油断しているところを背後から襲うつもりなんじゃないの?」
「滅相もない。くどいようですが、我らの望みは死者の泉を奪還することです。死者の泉が目前にあるという状況で、返り討ちにされるという危険を犯してまで皆様に挑むことなどありえません」
「では、もし――」
 二郎が知将をじっと見据えた。
「――俺たちが死者の泉の奪還を阻止しようとしたら?」
「ふむん」
 羽扇の隙間の奥でなにかが光った。
 きっと、目だろう。
「残念ですが、我らと皆様が友情を育む機会は永遠に失われるでしょうな」
「ふむん」
 と、言葉が知将の物言いを真似た。頭の上ではぶーちゃんが震えている。先程の知将の眼光に恐れをなしたらしい。
「つまり、共闘するためには『ケルベロス側は死者の泉の奪還を阻止しない』という条件が必須なのねー」
「然り」
 知将は頷いた。
(「死者の泉が死神の手に渡ったとして、ケルベロスになんらかのメリットかデメリットがあるのかしら?」)
 そんなことを考えながら、悠姫はヴォルフの手帳を覗き見た。今までの知将の言動を確認するために。
(「彼は『この宇宙に染み出すことになった』と言っていた。だとすれば……死者の泉を奪い返したら、死神たちはこの宇宙にはもう手を出さない?」)
 それはメリットだと言えるかもしれない。
 知将が虚偽を述べていなければの話だが。
「さて、伝えるべきことはすべて伝えましたので、そろそろお暇いたします」
 顔を隠したまま、知将はしずしずと後退した。
「願わくば、皆様と肩を並べて戦える日が来ることを……」
 突然、篝火の炎が激しく燃え上がった。
 ケルベロスたちがそれに気を取られた瞬間、知将の姿は消えた。煙のように。
 そして、陣幕の外の殺気も消えた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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