狂騒夜

作者:星垣えん

●人の性
 もうもうと宙を舞う粉塵が、視界の何もかもを覆い隠す。
「痛い……痛いのぉ……!」
「誰か来て……誰か助けて……!!」
 いくつもの声があてどなく昇っては、誰にも届かず落ちてゆく。
 都内のビル地下にあるナイトクラブは、惨状に見舞われていた。
 常であればその『箱』の中は、光と音楽と酒とで歓喜に満ちていただろう。実際に数分前まではそうだった。
 けれど、唐突に崩落した天井がすべてを押しつぶした。
 急転する事態に人々は抗いようもなかった。降りゆく瓦礫と轟音に晒されてあっという間に笑声は叫喚に変わったのだ。
 もしくは、怒声に。
「ちょっと! 早く進んでよ!!」
「うるせーな!! こう人が詰まってちゃどうしようもねーだろ!!」
「もおッ! 何なのよもう……ッッ!!」
 傷ついた者たちが助けを求める一方で、無傷や軽傷で済んだ者たちは我先にと階段に群がっていた。崩壊しかねないビルから出るために。
 ――そんな中、最後方にいた男がなりふり構わず動いていた。
「どけッ! どけよこのッ!!」
「痛っ!? ちょ、やめて! 踏まないでよッ!!」
「おい! 無理に動くんじゃねーよ!!!」
「知るか!! 邪魔なんだよてめーら!!!」
 人々が作る黒山を文字通りに登って、男は階段を地上へと上がってゆく。
 男の肩を、女の頭を足蹴にして。
 艶のあるテーラーメイドスーツに身を包んだ男は、他の何をも蔑ろにしてひたすら階段を上がりつづけ、ついには先頭きって地上に抜けた。
 その瞬間である。
「やっ――」
 安堵に息をついた男の脳天を、とてつもなく重い何かが殴りつけた。
 看板だ。ビル上部に設置されていた看板が揺り落とされて、男をちょうど巻きこんだのだった。
 割れて血を噴きだす頭を手で押さえて、男は倒れこんだ。
「ァ……ッ……!!」
「いやー、運が悪いねー」
 伏した男の傍らには、いつの間にか男が立っていた。
 アラビアを思わせる衣をまとい、尖った耳と昏きタールの翼をもつその姿は、紛れもなく妖精8種族のひとつ『シャイターン』である。
「しかし同胞の頭を踏みつけてまで出てくるオマエは大したもんだ。他の連中も大概だが中でもオマエはピカイチだよ! 誇れ誇れ」
「た……助け……」
「あぁ助けてやるとも。立派なエインヘリアルに生まれ変わらせてな」
「ガァッ……!!?」
 にやりと笑ったシャイターンが、大ぶりなナイフを男の背に突き立てる。
 そうして苦痛に悶える男の姿をシャイターンは見守った。
 やがて男がのたうつのをやめ、ぴくりとも動かなくなるときまで。
「あーらら。ハズレかよ使えねー……しゃーねー、次に行くか」
 屍と化したそれから視線を切ったシャイターンが、何事もなかったかのように何処かへと飛び去っていった。
 次なる獲物を、求めて。

●ヘリポートにて
「今わかっているのは、そういう未来です……」
「シャイターンか。勤勉な連中だ」
 ぐるぐるとその場を飛び回るウイングキャットを宥めながら、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)がセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の横で気だるげな顔を作る。
 新たなエインヘリアルを生み出すべく、シャイターンが事件を起こす。
 猟犬たちに予知を告げたセリカは、憂いに眉根を寄せた。
「シャイターンは多くの人々が集まるナイトクラブを破壊し、その事故で死にかけた人間をエインヘリアルへと導こうとしています」
 ナイトクラブには200人ほどの客が入っているが、予め避難させることはできない。
 人がいなくてはシャイターンが襲撃する理由がない。そうなればシャイターンは別の場所で事件を起こすだろう。つまりはケルベロスが介入することすら不可能になる。
「もちろん、人々を見捨てるわけにはいきません。なので皆さんはまずナイトクラブに潜伏して襲撃発生まで待っていてください。そしてシャイターンが行動を始め次第、建物へのヒールをお願いします」
 ヒールをかければビルの崩壊は防げるだろう。できることなら外に避難させたいところだが、あいにく出口は人だかりのある階段しかない。その先にはシャイターンがいるので避難させることはできなさそうだ。
 腕組みして話を聞いていた陣内は、指をあげて発言権を求めた。
「シャイターンに選ばれる男は泳がせておいていいんだな?」
「はい、そうしてください。彼が予知どおりに逃げなければシャイターンを捕捉できない可能性があります」
 シャイターンの攻撃に割りこむのは問題ない。だがあまりに早く介入しては予知された未来から道を外すかもしれない。事件を防ぐためにはギリギリまで待つ必要がある。
 そしてそこまでできれば、あとはシャイターンを倒すだけだ。
「楽な依頼ではありませんが……皆さんなら誰も死なせず事を収めることができると、私は信じています」
 集まった猟犬たちへ、セリカは頭を下げるのだった。


参加者
ティアン・バ(君の爪痕・e00040)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)

■リプレイ


 夜の街にそびえ立つビル。
 その入り口に、吸いこまれてゆく人々。
 通りを挟む向かいから眺めていたカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は、暇を持て余してそわそわしてるフォーマルハウト(ミミック)の体を撫でた。
「もう少しだからね。辛抱しよう」
 口をカパカパさせて頷くフォーマルハウト。
 そしてその隣でゴソゴソ動く2つの段ボール箱。
『箱に収まるのも大変ね』
『しかし敵に気取られないためです』
 くぐもった声を交わす段ボール箱たち――もといエヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968)とフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)。
 3人の猟犬はビルの出入口をうかがえる位置で待機していた。
 シャイターンが現れ、ビルから男が出てくれば即座に割って入れるように。
 ――しかし待つというのも簡単なことではない。
 カロンはナイトクラブへ下りてゆくのだろう人々を見ながら、はぁ、と息をついた。
「できれば何でもない日に来たかったなー……みんなすごく楽しそうだもの」

 一方の店内。
 外の通りとは打って変わって軽快なミュージックが響く光の中で、サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)は時を忘れて踊りまくっていた。
「クラブって初めてだけど、賑やかでお祭りみたーい! 楽しー!」
 心からの歓声をあげるサリナ。それにつられて周りの男女も声を出す。大人メイクを施したサリナは、まだ未成年ではあれどすっかり場に溶けこんでいた。
 それを、店の壁にもたれてじっと眺めてるティアン・バ(君の爪痕・e00040)と款冬・冰(冬の兵士・e42446)。
「こういうところ、初めて来るが、きいていたよりすごいかもしれない」
「……これも社会勉強」
 ぽつりぽつり、と会話とも思えないトーンの2人。
 ちなみにどう見ても小さい女の子の冰だが、プラチナチケットの力は偉大だった。ドワーフって言い張っても聞いてくれなかったスタッフが1発OKだった。
「若さも時には考え物」
「このにぎやかなの、しっかりたのしめないのは、少し惜しいかもな」
 2人、視線を合わせた冰とティアンが店内の一角に視線を移す。
 そこには――。
「お酒……もう1杯……」
 バーカウンターに座って黙々と飲みつづけているフローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)がいて、
「おっとお嬢さん。少し飲みすぎたんじゃないかな?」
「えー、そんなことないけどぉ?」
 いい気分になっちゃってしなだれかかってくる女性をさらりといなす玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)がいた。
 ティアンは、自身の腕の中でごろごろ唸ってる猫(陣内のウイングキャット)を撫でる。
「あれが大人」
「確かに成人にしか許可されていない挙動。冰たちには不可能」
 淡々と呟く冰。
 ――だが、その瞬間だった。
 まるで世界が崩れるかのような衝撃が、轟音が、ナイトクラブを揺らした。


 崩れる天井と同時に、クラブ内に満ちた音楽と光が消失する。
 すべて一瞬だった。何が起きたのかを理解する間もなく、瓦礫と粉塵と暗闇にさらされた人々は本能的に叫び、喜楽が地獄に暗転する。
「おい、おいマジかよ……!」
 状況を察した身なりのよい男が――シャイターン『ナビエ』に選ばれるだろう男が階段へと駆けてゆく。一目散に。
 その動向をずっと目の端で捉えていた陣内は、隠し持っていたライトを明滅させた。
 男が店外へと動き出した。
 つまりは事態がレールに乗ったのだ。光の合図でそれを把握した冰はすかさず椿の花弁――否、椿を模した折紙型ドローンの群れを中空に展開した。
「状況の始動を確認。よって人命救助に着手」
 宙に舞ったドローンたちが一斉に、崩壊する天井の第二波へ光線を放つ。それによって破砕された瓦礫群がガラガラと降りそそぐが、一つひとつが軽くなり、射撃で勢いも相殺されたことで重い怪我を負う者はだいぶ減っただろう。
 けれどパニックまでは収束しない。鈍い音を立てる瓦礫に恐怖した人々は暗闇から抜け出そうと階段へと走りだした。
『逃げろ! 早く早く!』
『外だ! 外に出るんだよ早く!!』
『おいまた揺れたぞ! 急げって!!』
 外からの攻撃を受けるたび、砲撃じみた揺れが襲うたび、そこかしこから焦燥と怒鳴り声が聞こえる。
 猫とともに天井へヒールを放ちながら、陣内はあまりに早い人の流れに目を見張った。
「……すごい勢いだな。これも群集心理ってやつかね」
「呑気に言ってる場合じゃ、ない……」
 右肩にいる攻性植物『葉っさん』から温かな光を放射するフローライトが、ぼそりとたしなめる。2人のヒールのおかげで天井は更なる崩落を免れていた。
 しかし、人々の恐怖を静めなければ事態は収まらない――。
 そんなときだ。
「慌てないで! こっちに注目ー!」
 粉塵と暗闇の中にパッと光が灯り、同時にサリナの声が響いた。
 その姿は――なぜか祭り装束。
 水法被を羽織り、褌を締め、頭には黒いねじり鉢巻。
 そんな危うい衣装でダイナマイトボディを包んだサリナは『祭』と字が踊る大団扇をぶんぶんと振り回した。
「みんな、ワタシ達ケルベロスが来たからもう安心だよ!!」
「ケルベロス……?」
「じゃ、じゃあ大丈夫……なの?」
 ド派手なパフォーマンスに引かれた人々が、俄かに落ち着きを取り戻してゆく。
 ティアンと陣内はすかさず携帯していた光源を灯して、その光をフローライトへと集めた。
「サリナの言うとおり。ティアンたちはケルベロス」
「無闇に走らず、まずは話を聞いてくれ」
「そう、落ち着いて……フローラ達が……崩壊を止めてみせる……」
 不安の心に染みわたるフローラの声。
 我を忘れて出口へひた走るような者は、もういなかった。

 一方、ビルの外でも事態は動きはじめていた。
「――オマエはピカイチだよ! 誇れ誇れ」
「た……助け……」
「あぁ助けてやるとも」
 流血し、伏した男へと、ナビエが嫌らしい笑みを浮かべてナイフをかざす。
 その命を絶ち、新たなエインヘリアルへと。
 ナビエの刃が振り下ろされた。
 けれどその凶刃が命を奪う前に、猛然と飛んできた1発の砲弾がナビエの体を吹っ飛ばしていた。
「んなっ!?」
「Bonsoir。酷い夜ね。そう思わない?」
 ドラゴニックハンマーの砲口を差し向けたまま、エヴァンジェリンが奏でるような挨拶を投げる。頭にひっかかった段ボール箱でほとんど顔が見えないのはご愛敬。
「ケルベロスかよ……面倒くせーな」
「そこのあなた、こちらへ!」
「あっ!? てめー!」
 舌打ちをしたナビエの隙を見て、駆けこんできたフローネが男を回収して走り抜ける。
 そのまま彼女の小脇に抱えられて運ばれる男はか細い声で礼を言った。
「あ、ありが……とう……」
「別にあなたのためじゃない。あんたのような人間でも死んだら悲しむやつはいるんだろう」
 厳然と答えたのはフローネではなく、物陰へと走りゆくフローネを見送るカロンだ。
「此処にいる人達の笑顔を少しでも取り戻すの。そのためにやってるだけ」
「……」
「ひとまずあなたは身を隠して下さい!」
 顔さえ向けないカロンの背中を見つめながら、男はフローネに抱えられたまま通りの裏へと運ばれていった。


 大ぶりな瓦礫を、ごろんとどけて。
 下敷きになっていた女性を抱え起こすと、ティアンは無表情のままステルスリーフを施してやった。
「これで大丈夫だろう」
「あ、ありがとうございます……」
「とりあえず隅っこで待ってるといい。気をつけてな」
 ふらふら歩く女性を送り出し、また瓦礫に降られた人のもとへ向かうティアン。
 彼女が進んでゆくその空間には、サリナがばらまいた紙兵がはらりはらりと舞っている。
「怪我はちゃんと治してあげるからね! 心配しないで!」
「よかった……ケルベロスの人がいて……」
「外にデウスエクスが1体。店の者には客を出さず落ち着かせることを要請。ビルの修復・治療・デウスエクス撃破はこちらに任せて」
「わ、わかりました……!」
 拡声器から響く冰の指示を受けて、統制を取り戻したスタッフたちも動き出す。
 ナイトクラブ内はすっかり平静を取り戻していた。さすがに人々は不安げな様子ではあるが、ケルベロスの存在が認識されていることもあり、指示を無視して動くような兆候は完全になくなっている。
 おかげで集中して注力できた分、建物へのヒールも順調に済んでいた。
「これで強度は確保できたか?」
「たぶん大丈夫……だと思う……」
「見取り図からわかる支柱は修復済み。崩壊の心配は無用と判断」
 ヒールした壁を叩いて安全確認する陣内とフローライトに、アイズフォンを起動させている冰が淡々と回答する。
 ならば、急いで仲間のもとへ。
 猟犬たちは未だ残る粉塵を突っ切って、階段を駆け上がってゆく。

「かってーなー。さっさと倒れろって!」
「倒れません……倒れても、立ち上がります!」
「フローネさんから離れて!」
「おっとと、物騒だねー」
 振りつけられる惨殺ナイフを菫色の防壁で受け止めて、フローネがナビエを跳ね返す。それに合わせてカロンが調律魔法を仕掛け、フォーマルハウトが齧りつくがナビエは余裕の笑みを崩さなかった。
 男は物陰で伏したままだが、ナビエもそちらへ向かう素振りは見せなかった。不用意に猟犬へ隙を晒すほどの間抜けではなかったのだ。
「まー3人程度なら、ちゃちゃっと殺っちゃうのがいーよな」
「甘く見られたものですね」
「アナタの思いどおりになんてならない。誰一人欠けることなく、誰一人死なせることなく、今日は終わるの」
 ナビエと正対するフローネに、後ろからエヴァンジェリンの気力溜めがもたらされる。そのグラビティと言葉でもって気力を持ち直したフローネは再びアメジスト・ビーム・シールドを掲げた。
 とはいえ戦況が苦しいのは事実だった。特に被弾の最も多いフローネは。
 そして、ナビエもそれを察していた。
「いつまでもつか楽しみだよ……ね!」
「っ……!!」
 刀身に映る画が、フローネの心を抉る――。
 そう思われた瞬間に、ビルの出入り口から人影が飛び出し、ナビエとフローネの間に割って入った。
「……フローライトさん!」
「お酒の代金は……あなたの討伐代から使わせてもらうよ……」
 フローネを庇い立ったのは、フローライト。
 彼女に続いて、仲間たちも次々と通りへと姿を現した。
「すまん。待たせた」
「フローネ、遅参申し訳なく。直ちに治療開始」
「皆さんも、ご苦労様です」
 前を向いたまま並び立つ陣内の言葉と、そっと背後に立った冰のウィッチオペレーションを受けて、フローネはくすりと笑むのだった。


 一転。
 攻勢だった。
「このッ……!」
「いい加減、悪趣味な選定は終わりにして欲しいの。もうたくさんよ。そう言っても……やめてはくれないのでしょうけれど」
「ぐあっ!?」
 鍔迫り合いからナビエを弾き飛ばすエヴァンジェリン。悠々と立つその背中へフローライトは葉っさんの光を向ける。
「怪我は……治す……」
「いちいち治癒しやがって……だりーなクソが!」
「口の減らない人ですね……!」
「がッ!?」
「あんまり口が悪いなら……お仕置き……」
 舌打ちさえするナビエに打ちこまれるのは、フローネの音速の拳。さらにフローライトが偽翼を振るわせてタックルをぶつけ、吹っ飛ばしてビル壁に打ち付ける。
 背を強打したナビエは、体を折って屈みこんだ。
「何だよ! クソ! こっちが負ける流れじゃ、なかったろーがよ!」
「ところが! ってことですよ!」
「冰が来た以上、戦線崩壊の芽は皆無」
 大団扇を振り回して、ナビエを斬りつけるサリナ。さながら1人だけ夏祭り状態になってる女が連続の斬撃でワッショイワッショイしてる隙に、冰がメディカルレインで前衛の傷を治療してゆく。
 戦況は、完全に逆転していた。
「楽な仕事のはずだったのに……何なんだよこれはァッ!!」
「いい加減、お前たちは選定基準と方法を見直した方がいいと思うぞ? まあそうしたところで、地球に死人は出させないが」
「ク……カッ……!?」
 吐き捨てるナビエを襲ったのは、ティアンの放ったフロストレーザーだ。彼女の茫洋とした瞳の中で、シャイターンはあっけなく氷結してゆく。
 すかさず、カロンはファミリアロッドを、陣内は2本のナイフを構えた。
「そろそろ終わらせてもらいます!」
「いい加減、お前の顔にも飽きたんでな」
 カロンの放つファミリアシュートが凍ったナビエの胸を穿ち、陣内の振るう剣閃がナビエの両腕を肩から切り落とす。凍った腕は血も噴かずに地面に落ちて砕け散った。
「オレが……死…………?」
「覚悟も持たず、アナタは戦場に立ったのね」
 腕を落とされ、茫然とするナビエの前に立つエヴァンジェリン。
 手にした青銀の得物を、彼女はナビエの穿たれた胸にあてがった。
「なら、もうお還りなさい」
 突きこんだ槍が、命を貫く。
 消滅して夜空へ昇るシャイターンの光は、その醜さに似合わぬほど美しかった。


 平和になったビルの足元。
 冰とサリナは外壁にこまめにヒールを施して回っていた。
「ヒール状況を確認。結果は良好」
「よかったねー。あと半月したらまた来たいなー」
 ぶぅん、と大団扇を振り上げるサリナ。半月もすれば成人。存分にナイトクラブを楽しめるようになるだろうと、今からちょっとわくわくした。
 一方の店内には、冰たち同様に損害を見て回るティアンとフローライトの姿がある。
「営業再開は問題なさそうだな」
「全部無事みたいで……よかった……」
 ヒールの甲斐あってクラブ内の損壊は軽微に留まっている。被害を最大限抑えられたと、フローライトは声に安堵を滲ませた。
 そしてもちろん、人的被害も含まれている。
「大丈夫。傷は残らないわ」
「本当? ありがとう……」
「大きな怪我がなくて何よりです」
「もしまだ痛みがある人がいれば言ってくださいね」
 じっくり傷を診てくれたエヴァンジェリンに、女性が嬉しそうな笑みを見せる。そんな彼女にフローネも笑顔を返し、カロンは辺りにいる人々へ両手を振って声をかけた。
 死者はなし。
 重傷者も、なし。
 選定されかけた男も、応急処置を施してから病院へ運ばれた。命に別状はないだろう。
 万事、何事もなく。
 その事実が確認できたから、陣内は遠慮なくバーカウンターで一服していた。グラスに満ちるビールは勝手に拝借したが、それに文句を言う者はいない。
 潤った喉に煙草の煙を押しこむと、陣内はパパッと端末を操作する。
 ほどなくして、少女の声が聞こえてきた。
 こちらの状況を気遣う言葉。
 陣内の顔に微笑みが浮かぶ。残ったビールを口に流しこもうとしたが、ぱらりと天井から落ちた屑が液面に入ったのでやめておいた。
「もう少し、ヒールしておいたほうがいいか」
 ちょっと遅くなる――。
 そう告げて、陣内はそっと通話を切った。

作者:星垣えん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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