地を喰らうもの

作者:天枷由良

●大阪・地下
 喰らう。喰らう。地を喰らう。
 侵略の根を伸ばす。大阪の地下、深く深く。
 蠢く。巨大な蛆か芋虫かという醜悪な怪物。
 付き従う。かつての覇者の残骸。竜牙を糧に伸びた蔓草。
 それを十ほど引き連れて、怪物は大地を喰らう。
 密やかに、しかし大胆に。
 数多の触手と粘性の溶解液で地下を抉る。穿つ。
 そうして拡がる空洞に、怪物の這いずる音が響く。
 地響きの如きそれは、着実に、近づいている。

●ヘリポートにて
「大阪城の攻性植物勢力に新たな動きがあったわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は手帳の頁を捲り、これが君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の厳重な警戒活動の成果だと続けた。
「大阪の地下鉄で最も深い位置にある『大阪ビジネスパーク駅』で路線の陥没が確認されたのよ。そこから情報を精査するうちに、攻性植物の地下拠点拡張が予知出来たの」
 その範囲は未だ攻性植物の勢力圏内に留まっているようだが、だからこそ手遅れになる前に対応し、敵の目論見を打ち砕かければならない。
「地下を掘り進む巨大攻性植物の名は、プラントワーム・ツーテール。これを撃破するべく、皆には地下路線を爆破して、奇襲を仕掛けてもらいたいのだけれど――」

 ――爆破。
 物騒な単語に若干、場が凍ったのを察してミィルはさらに語る。
「勿論、これは正式な作戦だから何も問題ないわ。TNT火薬を持っていって、封鎖された地下鉄の路線内の指定箇所……即ち、敵が拡張している拠点に繋がる部分を爆破。作業中のプラントワーム・ツーテール、及び護衛のデウスエクスを撃破して帰還、という流れね」
 プラントワーム・ツーテールは全長20mもの巨大なデウスエクスであり、拠点工事に特化した――謂わば重機のようなもので、戦闘力という点では恐れるほどでもないだろう。
 攻撃方法も、伸し掛かりや掘削用の触手、溶解液などを用いた単純なものだ。全てを完全に避けることは出来なくとも、攻撃前後に適切な対応が取れれば問題あるまい。
「そして、護衛に付いているのが植性竜牙兵。名前の通り、攻性植物製の竜牙兵というべき存在で、個々の力は強くなさそうだけれど、十体という数が少々厄介かもしれないわ」
 これらは槍の如く伸ばした蔓草や、眼窩に咲く花から放つ毒素、或いは竜の鳴き声にも聞こえるような音を発することで攻撃しつつ、プラントワームを守る強固な盾になるはずだ。
「……敵とはいえ、あのドラゴンの牙が攻性植物に巣食われているというのは、何とも悍ましいというか、ぞっとするような感じがするのだけれど……」
 ミィルは独り言のように呟いた後、小さく首を振った。
「余計な事だったわね。さておき、目標の撃破後は速やかな撤退を心がけてちょうだい」
 敵が拡げてきた地下空間の“向こう側”も気にはなるだろうが、曲がりなりにも敵拠点の一角に踏み込んで戦うのだ。色気は出さず、眼前の目標だけに集中するべきだろう。
「それでなくとも、地中深くなんて息苦しくて居心地悪そうだしね」
 空笑いをしつつ、フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)が言った。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
白樺・学(永久不完全・e85715)

■リプレイ


 人が歩むには十分広く、けれども鬱屈とした世界。
 見上げても空の無い息苦しさに心がざわついて、それは背負う使命の重みと混じり合い、響く足音の間隔を狭めている。
「……相当な労力を費やしたのだろうな」
 頻りに周囲を見回しながら、ジャスティン・アスピア(射手・e85776)が言った。
 円筒状の地下空間と敷かれた軌条は、セントールの若人にとって珍しい風景だろう。
 それは一朝一夕に仕立てられるものでないだろうとも推し量れる。
 故に漏れ出た呟きであったが、誰かが口を挟むより早く、ジャスティンは頭を振った。
 今、此処に居るのは憐れみ嘆く為ではない。
 彼が想った人々に代わり、侵略者に報いを受けさせる為だ。
「怒りも無念も何もかも、俺たちが纏めて撃ち込んでやるさ」
 不敵な言い草には、仲間たちから幾つかの短い言葉や頷きが返る。
 それと同時に、先頭を行くレヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)が足を止め、振り返った。
「この辺りでいいはずだ」
 頭に刻み込んだ情報と線路脇の標識などを照らし合わせて、軽く地面を蹴る。
 感触にこそ不審なものは無かったが、耳を澄ませば大地の蠢くような音が聞こえてきた。
「一体、何を仕出かすつもりだったんだろうな」
 四辻・樒(黒の背反・e03880)が呟けば、連れ添う月篠・灯音が答える。
「そんなの、なんかろくでもない事に決まってるのだ」
 その親しげなやり取りにレヴィンは笑みを浮かべて、けれども何を言うでもなく視線を外し、足元に戦場への鍵を置いた。
「それでは皆様ー、今一度ー、灯りのご確認をー」
 フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が間延びした声で呼び掛けながら、ふらふらと退いていくのに従い、ケルベロスは次々と鍵から距離を取る。
 伏見・万(万獣の檻・e02075)はスキットルを呷りつつ、リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)は綿菓子みたくもこもこの小竜“オロシ”を引き寄せ、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は少女人形を胸に抱え込んだ上で背を向けて。
「……ん?」
 腰に下げたライトを確かめていた白樺・学(永久不完全・e85715)が、ふと不穏な気配を感じて顔を上げた。
「――あ!? え、あ、ちょ、待て貴様ァ!!」
 狼狽して叫ぶ学に集められた視線は、程なく彼が視ている方に移る。
 それは鍵の位置と同義で。
 其処に佇んでいたのは、学が“助手”と呼ぶシャーマンズゴースト。
 ケルベロスが従えるサーヴァントの中でも、殊更何を考えているのだか解らない種族ではあるが――今に限っては、主以外にも助手の思考が透けて見えた。
 だが、時既に遅し。
 じっと鍵を見つめる助手は、おもむろに原始の炎を生み出し、落とす。


 轟音。衝撃。
 鍵、つまりTNT火薬による爆発はケルベロスたちを傷付けず、しかし充分に驚かせた。
 全身が強張り、視界だけでなく聴覚まで奪われる。レヴィンに至っては尻餅をついたが、爆煙が奏功したか誰にも認められず、彼は何事もなかった顔で体勢を整え、ゴーグルをつける。
「……き、貴様という奴はァ!」
「説教なら後にしとけや」
 今にも助手に掴みかからんとする学へ言って、万はもう一口だけ喉を焼くと、槍を手に駆け出した。
「こんだけ派手にやったんだ、奴さんが気付いてねェはずがねェ」
「そうだね。皆、いくよ!」
 オロシを離したリノが、腕いっぱいにケミカルライトを抱えて続く。
 さらに後を追って、一人、二人。
 合わせて十一名のケルベロスと二体のサーヴァントが、大穴へと姿を消す。

 程なく、闇の中に浮かび上がったそれは、正に醜悪と呼ぶ他ない。
(「小さいミミズなら可愛いのに……」)
 大きくなった途端に気持ち悪くなるのは何故だろうか。
 胸中に生じた疑問から首を傾げるリノの視界で、徐々に明らかとなっていく敵の姿。
 身体の端々で脈動を繰り返す蠕虫と似た巨大な怪物――プラントワーム・ツーテールは、自身を小さくしたような触手を伸ばし、だらだらと涎の如く粘性の液体を垂らしている。
 仄かに漂う異臭は土壌そのものの香りや焦げ付いた空気と相まって不快感を煽り、護衛の植性竜牙兵が奏でるケタケタという音は、ケルベロスたちに嫌悪や苛立ちを募らせた。
「……草かミミズかはっきりしろっての!」
 重力に引かれていく最中、万は粗暴さを隠さず吐き捨て、狙い定める。
 標的は巨大な異形――でなく、盾の陣形を作り始めた骨の群れ。
「食欲わかねェ見てくれだが、まずはテメェらから喰ってやらァ!」
 吠え猛ると同時に投擲すれば、宙空で十に分かれて降り注ぐ槍は竜牙兵の腕を刺し、足を貫き、頭蓋を穿つ。
 さらにはフラッタリーの掌で生まれた小さな太陽も、戦場全てを照らすほどの輝きを撒き散らしながら落ちる。
 爆薬に勝るとも劣らない熱波が、行く先を求めてケルベロスたちの方へと噴き上がった。
 その合間を鏑矢のように、巨大な異形の吐く粘液を避けながら突き抜けて地の底に降り立つと、土煙の中から体勢を立て直した竜牙兵たちが次々に飛び出してくる。
 先制攻撃は幾らか傷を与えていたが、しかし十も纏めて相手取れば効果が薄くて当然。
 勿論、それはケルベロスたちも理解した上での事であるが。
「何を企んでたんだか知らんが、潰させてもらうぜ!」
「あれも植物だというなら、燃やしてしまうのがいいよな」
 レヴィンと樒が口々に言って、如意棒を振りかざす。
 唸りを上げて回るそれは炎を宿し、程なく骨に挑む二人そのものを燃え上がらせる。
 それを焚きつけるようにアンセルムが色鮮やかな爆煙を起こし、ジャスティンが銀の輝きを降らせれば、リノは二本の杖を白のフェレットとスピックスコノハズクに戻し、声を張る。
「チアモードシフト――! Lets go!」
 途端、呼び掛けに応じた使い魔はシルクハットをかぶり、ステッキを握り、数多の映し身と並んでステップを踏み始めた。
 懸命な応援は特にレヴィンへと力を与えて、渦巻く炎が竜牙兵を焼き払う。
 さらに続けて、樒も紅蓮の大車輪を浴びせかければ、かつて竜の牙だったものに巣食う蔓草はたちまち焦げ付き、一部を灰として大地に落とした。
 けれども、敵は一匹たりとも倒れずに踏み止まり、傷を意に介さぬとばかりにケラケラ、カラカラと嗤っている。
 その不気味な音は、やがて一つに纏まり、竜の咆哮の如き重さと厚みを伴って。
(「……君達は、一体……」)
 背筋が凍るような感覚。アンセルムは人形を抱く腕の力を僅かに強めながら、恐怖と興味を綯い交ぜにした視線を送る。
 しかし、それも束の間。
 竜牙兵の一つが、学の散りばめた不可視の地雷を踏んで高々と宙に舞った瞬間、アンセルムの思考は仲間たちと同じく、眼前の敵の排除だけに注がれる。
 もっとも、彼の役目は勇ましく最前に飛び出す事ではない。
 手元のスイッチを押し込み、再びカラフルな爆発を起こして皆の戦意を煽る。もくもくと立ち昇る煙が真上の光に辿り着くかと言う頃には、リノが仲間たちの集中力を高めるべく煌めく粒子を降らせて。
「――オロシ!」
 相棒に呼びかければ、もこもこ毛玉の竜は手近な骨に体当たりを仕掛ける。
 手応えは――軽い。任された役割が盾である小竜は、僅かな衝撃を竜牙兵に与えるのと引き換えに、蔓草の槍で脇腹を切り裂かれた。
 しかし、それで務めは充分に果たしただろう。
 詰め寄ったレヴィンが勇敢な毛玉を放るようにリノの元へと返して、同時に銃口を敵に突きつける。
「喜びな、お前が当選者第一号だぜ」
 勿論、プレゼントはありったけの弾丸。
 頭蓋に添えたリボルバーが乾いた音を響かせて、その度に竜牙兵の全身が小さく震える。
 やがて手元に返る感触が軽くなった頃、蔦の生えた骨も力を失って後ろ向きに倒れた。
 その様子を見るに、やはり竜牙兵は強力な“個”ではない。
「刻んでツマミにしてやらァ!」
 殺意を剥き出しに吠え猛り、万は己が内に潜む獣の群れを解き放つ。
 他方、戦地に降り立ってから不気味なほど静まり返っていたフラッタリーも、自身の一面を曝け出して。
「地ノ底探rAバ黄泉二繋ガ羅ン。虚ロ開kEバ即チ獄門也。サA来ラrEヨ根ノ国ヘ!」
 人の言葉とも獣の唸りともつかない叫びと共に、再び大火球を作り上げて放る。
 熱風は切り裂かれた骨のみならず、薄い空気までも灼き尽くさんばかりに広がったが、しかしグランドロンの学には何ら不都合などない。
 細身であっても、健康と真逆にあるような青い肌でも、頑健そのものである身体は場を選ばすに動く。先頃仲間が繰り出したような焔の大車輪を武術棍で作り上げた学は、猛々しく竜牙兵の合間に飛び込んでいき、助手はそれを見やると戦場の隅で腰を下ろした。
「此処に置き去るぞ貴様ァァ!!」
 敵を打ち叩く主からの怒号も梨の礫で、ケミカルライトを弄る助手。
 一方で、樒と月の動きは地に在って連理の枝の如く。
「月ちゃんの愛をめいっぱい受け取るといいのだー!」
「ん、頼む」
 愛らしい呼び掛けと共に燃ゆる緋色の加護を受けて頷き、樒は上方に喚び出した刀剣を雨あられと降らせて浴びせる。
 幾らか硬度を増したそれは敵を屠るまでいかなくとも、気勢を殺ぐには充分。
 攻撃の機を逸した竜牙兵に、相馬・泰地の気合が変じた重力振動波やフィオナ・シェリオールのバール、アンセルムの喚ぶ吹雪と、レヴィンの鋼鉄の拳などが次々に炸裂して。
「――――ッ!」
 万が降魔の力で満たした腕を突き出せば、背から胸骨までを貫かれた竜牙兵はまた一つ、朽ちて土に還る。


 そうして、まずは竜牙兵の数を減らしていくのがケルベロスの作戦。
 片やプラントワーム・ツーテールは野放しのままで、その巨体を武器に襲い来る。
「――っ、下がれ!」
 呼びかけるや否や、ジャスティンは持ち前の健脚で以て万の前に滑り込み、伸し掛かろうとする敵と己の間に光の盾を挟む。
 それは悲しげな音を伴い、硝子のように砕けて散ったが、その間に庇われた万もは当然のこと、ジャスティンも大きく間合いを取って。
「暫くは俺の相手で我慢してもらおうか」
 見上げながら吐き捨てれば、巨大な異形は触手を振り乱す。
 その全てを誘うように戦場を駆け回るジャスティンとは対照的に、フラッタリーは自ら脅威に迫って大刀を振った。
 打ちのめされた触手の切れ端が舞って、どろりとした液体が僅かに肌を焼く。
 けれど、この大穴に飛び込む前の穏やかさを何処か奥深くに追いやってしまった彼女は、喚くどころか浮かべた笑みを一層悍ましく狂わせて、額から噴き出す地獄を棚引かせながら異形を遮り続ける。
 それは仲間すら畏れを感じる程だったが、しかし盾として頼もしいことに間違いはない。
「今のうちに、邪魔者を潰せるだけ潰すぞ」
「言われるまでもねェ!」
 呼び掛けた樒に言葉だけを返しつつ、万は嬉々として竜牙兵に蹴り掛かる。
 大鉈を振るうが如き荒々しい脚技は骨を上下に分かち、その傍らでまた学の地雷を踏んでもんどり打った一体を、レヴィンの銃が仕留める。
 着実に倒されていく敵軍の様子を伺いながら、リノは盾役の二人を応援すべく再び使い魔たちの名を呼んで。
「――Go for it!」
 自らも声を上げたかと思えば、すぐに小竜オロシにも指示を出す。
 最後衛で自陣を支える彼が落ち着いて、かつ的確に行動していれば、数を減らす一方の竜牙兵風情にケルベロスたちを突き崩せるはずもなく。
 地下深くでの戦いの趨勢は、時を経る毎に一方へと傾いていく。
 それがケルベロスの側であることは疑う余地もなく。
 暫しの後、待ちかねたように万が言った。
「そろそろ本命を“喰う”頃合いじゃねェか!?」
 プラントワーム・ツーテールの守りに奔西走する竜牙兵も、気付けば残り三つ。
 ケルベロスの全力を受け止めるには頼りなく、たとえ気概を覗かせて立ちはだかったところで、既に幾度となく攻撃に晒された身が長く持つとは思えない。
「よし、行けお前ら! 援護は任せろ!」
 泰地が拳を打ち鳴らせば、灯音も銀槍を振り上げる。
「……よし、一気に決めるぞ」
 樒が如意棒を握り直して言う。
 瞬間、それまであちこちに向けられていた意識と視線の全てが一点に集まった。
 それを察したか、竜牙兵も護衛対象との距離を狭めて備える。
 けれども、真っ先に放たれたそれは、雑兵が止めるにはあまりにも大きく。
「喰らい付け――」
 俄に険しい表情を見せるアンセルムの囁き。妄執の大蛇と化した蔦が鎌首もたげて、プラントワーム・ツーテールに襲いかかる。
 ぶつかり、縺れて、互いを締め上げるような形になったその様は、さながら怪獣大決戦。
 蠕虫と蔦蛇が荒れ狂う度、削れた土塊が落ちてくる。けれど、そんな中でもジャスティンは前後の脚をしっかりと地に付けて、狙いを定め。
「――そこだ!」
 タイミングを見計らい、氷と光の二輪を飛ばす。
 螺旋を描いて進むそれは、揉み合う異形二つから正確に敵だけを撃ち貫いた。
 そうして開いた傷に、学が射し込むのは関節部から伸びるケーブル。
 物理的な接続を果たした刹那、異形と学は魂や精神と呼ぶべき階層でも繋がりを持つ。
(「さあ、思い出せ――!」)
 痛みを、苦しみを。何時のものとも、誰のものかも解らない、けれども識り得るそれを。
 思い出せ。
 学が念じる度に流れ込む“智”の魔力が、巨大な異形から嗚咽のような音を引き摺り出す。
 置き去りにされていた竜牙兵たちが、一斉に学を標的と定め、動く――が、しかし。
「痴レ者gA!」
 伸びる蔓草の槍と花より放たれた毒と、さらにはプラントワーム・ツーテールが振り回す触手の一部すらをも纏めて受け止め、フラッタリーは金瞳を爛々と輝かせながら獣じみた叫びを上げた。
 本来あるべき苦痛は疎か、これまでに作った傷すらも消し飛ばさんばかりのそれに気圧された竜牙兵を、泰地が蹴りの一撃で叩きのめす。
 その様子を見たリノは治癒の構えから一転、杖をファミリアに戻して魔力を込め、射ち出した。
 白い弾丸が一直線の軌跡を描き、異形にまた新たな孔を空ける。
 のたうつ巨体。けれど、まだ倒れず。
「ならば切り裂くのみ」
 樒が如意棒で一閃。幾つかの触手と肉片を斬り捨てれば、鋼で覆ったレヴィンの拳と、降魔の力で満ちた万の拳が、敵を挟み込むようにして炸裂する。
「――――!!!」
 殊更大きく耳障りな呻きと、全身を大地に打ち付ける振動。
 程なく、プラントワーム・ツーテールは天に向かって大きく伸びてから、自らが空けてきた大穴の方へと倒れ込んだ。
 俄に土煙が生じて、戦いの流れも僅かに止まる。
 その合間を、残された骨二つが密やかに駆けて――。
「有象ム象gA見逃サrEルト思ウtAカ!」
 悪あがきすらも許されず、まず一つがフラッタリーの大刀と焔で滅ぼされる。
 そして再び戦場が動き出せば、最後の竜牙兵もすぐに仲間の後を追うこととなった。


 戦いが終わると、辺りからは音が消え失せた。
 まるで頭上に空けた大穴から注ぎ込んでくるかのように満ち満ちる静寂。
 それをじっと佇みながら感じていると、息苦しさすら覚えてくる。
「此処に留まる意味もないだろう。戻るぞ」
 学はネクタイを僅かに緩めつつ言って、程なく目を瞬かせる。
 大気を必要としないはずの自分は今、何をしたのか。
 不可思議で興味深い事象だ。早速、メモに書き留め――。
「……ん? あ、や、ちょ、止めろ貴様ァ!!」」
 懐漁っても見つからないそれを探し求めて、彷徨う視線がヤツを捉えた。
 しかし、時既に遅し。
「――――!」
 助手は両手に炎を宿して、握る紙片を灰燼に帰す。
 同時に響き渡るのは、静けさを一時吹き飛ばすほどの凄まじい叫び。
「貴様ァァ!!」
「お二人はー、とてもー、仲がよろしいー、ですのねー」
 フラッタリーが暢気な感想を述べた。
 その言葉の端々にも、彼女の表情にも、戦いの最中に見せた寒々しい気配は無く。
 もう何を言うのも面倒だった万は、飲み干さんばかりの勢いでスキットルを呷る。
 一方で、暗闇の先を見つめていたアンセルムは突如、その場に崩れ落ちて。
「どうした? 何処か痛めたか?」
 必要ならば手を貸すが――と、近寄ってきたレヴィンを悲痛な顔で見やり、一言。
「ほらぁ、見てよこれ!」
 同時に突き出された少女人形は、造り物らしからぬ艶やかな髪を僅かに土で汚していた。
「気をつけて戦ってたのにさー! ああもう、変な匂いとか付かないかなぁ……」
「お、おう……」
 その価値を測りかねて、レヴィンは言葉を詰まらせる。
 けれど、そこに助け舟を出す者はおらず。
「樒、お疲れ様なのだっ」
「ああ」
 仲睦まじい二人は互いを労い、ジャスティンは学と助手の諍いに割り込んで。
 静かに祈りを捧げていたリノは、仲間たちの様子を伺いながら、一先ずばら撒いたライトの回収に励むのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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