ヘッドライトを灯すには、まだ早い夕暮れ。数台のトラックが通過しただけで、その陸橋は再び、静かになった。
片側二車線に中央分離帯を持ち、歩道も付いているが歩行者はいない。
追い越し側のアスファルトが波打つ。
次元の振動がおこり、編み上げサンダルを履いた大きな足が、転送されてきた。
腰布だけの半裸の巨躯、エインヘリアルだ。左手には、碑文をあしらった斧を携えている。
「へへ。待ってりゃ、獲物のほうから来てくれるハズさ」
言葉のとおり、また1台、今度は乗用車が坂を上ってきた。
路上の異変に気がついたのであろう。急ブレーキ音をたてて、つんのめるように停車する。
フロントガラスごしに見える運転手の姿は、若い女性だ。ハンドルにしがみついて、驚愕の表情を浮かべている。
そこへ、斧が振り下ろされた。ルーフもグラスも、ボンネットも断ち割られた。
シートベルトも切れる。運転していた女性の服すら、車両ごと破られたのだった。
「急ぎの依頼ねぇ。紫織ちゃんが調査してくれたからぁ、すぐに出発よお」
白いポンチョ型レインコートを、バタバタいわせて、軽田・冬美(雨路出ヘリオライダー・en0247)は、集まったケルベロスたちの前に走り込んできた。
紹介された、黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)も、続いて入室する。
「冬美さんのヘリオンで現場に到着できるのは、最初の被害者がでた後なのよ。罪人エインヘリアルが人々を襲撃する事件なの」
敵は、かつてのアスガルドで重罪を犯して囚われていたエインヘリアルだ。地球での襲撃を条件に、解放されたのだと思われる。
さいわい、最初の一撃では、被害者の命に別状はない。ケルベロスが名乗りをあげて登場すれば、罪人はまず、ケルベロスから倒そうとする。
予知の内容も語られ、冬美は襲撃者の情報を加えた。
「持ってる斧はルーンアックスで、繰り出してくるグラビティは、ルーンディバイドねぇ。ケルベロスの中にも、使ったことのある人は多いはず。エインヘリアルにとっても馴染みのある技かな。現場の陸橋は、交通量は多くない。でも、事前の完全封鎖などは無理。予知の精度が狂うからぁ」
言いつつ、ヘリポートへと身体はもう、向いている。
「急いで、急いでえ。レッツゴー! ケルベロス!」
「第一被害者の扱いは……まあ、みなさんで相談すればいいわね」
紫織は余裕の笑みをみせた。
参加者 | |
---|---|
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550) |
日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793) |
燈家・陽葉(光響射て・e02459) |
ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476) |
シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532) |
神宮・翼(聖翼光震・e15906) |
黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269) |
巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873) |
●陸橋に急げ
車体を断ち割った斧刃は、アスファルトに食い込んで亀裂を生じさせていた。
罪人は満足そうにルーンアックスをひき戻すと、運転席で身動きできないでいる女性のカラダを、下から上へと眺める。
巨乳ではないが、形は綺麗だ。
「へへへへ。イイ獲物が来てくれたなぁ!」
ヨダレまじりの下卑た言葉に、しかし堂々と答える声がする。
「獲物っていうならまずは……!」
陸橋の降り口方向、つまりはエインヘリアルの後ろから男女ふたりずつ、4人が並んで歩いてくる。
「僕たちの相手をしてもらおうか」
花柄を染めた着物に袴の女性、燈家・陽葉(光響射て・e02459)が声の主だ。振り返った罪人は、美乳を忘れて怒鳴った。
「なんだぁ、ケンカ売ってんのか!?」
「そう、お前の相手はオレたち、ケルベロスだ!」
ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)は、右手にリボルバーを抜き、トリガーガードでくるくる回すと、ホルスターに収めなおした。挑発的に達人の構えをとる。
日本刀を差し向けている黒服は、シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)。敵の抱える斧を、切っ先で示し、フフッと笑った。
「戦闘準備は、完了していますか?」
「うぬう、バカにしやがって」
斧は、スクラップになったボンネットを乱暴に掃い、巨躯を這い出させる。
4人のなかで最も大柄な、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)の背丈は、立ち上がったエインヘリアルの胸元に届く。
いよいよ、ケルベロスたちに突進してきた蛮人に、同じく上半身裸の格闘家は、トランクスから伸びる太い脚の屈伸でもって、真上に飛んだ。
「筋肉最強、せいッ!」
「うぇえああ?!」
走りながら顎を上げた罪人の顔に、泰地(たいち)が先制のファナティックレインボウ、急降下蹴りを浴びせた。
斧を振りつつも、目に虹をチラつかせた敵を、ロディは殴り、シフカは突く。
中途で歩を止めた陽葉(あきは)は、引いた位置から、地面にゾディアックソードの紋章を描き始める。
彼女には判っていた。4人全員が被害者を気にかけているであろう、と。だが、一瞬でも視線は投げない。
少しづつ、陸橋の降り口側へと誘導していく。
戦況に注意しながら、ヒラヒラした服が2着ぶん、かく座した乗用車にたどり着いた。
巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)は、ウェイトレス服でドラゴニックモップを持ち、助手席側のドアを小突いて開ける。
(「やれやれ。バイトが早上がりと思ったら、飛び込みのお仕事でしたか。急いでも最初の被害者が出た後とは」)
プリンセスモードの神宮・翼(聖翼光震・e15906)が中に潜ったのを確認し、グルグル眼鏡は車外を警戒する。
被害女性は、一般的な地球人といった容貌で、普通の人だ。着衣は無かったが、ハンドルの欠片を握ったままだった。
「助けにきたからね。もう、大丈夫だよ♪」
翼は、手に手を重ねて囁きかけた。こわばりが和らいでいく。
割れたダッシュボードの部品に気を付けながら、裸身を運び出すと、バスタオルにくるむ。
「菫ちゃん、あとちょっとだけお願い」
「お安い御用です。……ニンニン!」
姫に姫抱っこされた女性は、モップを構えたウェイトレスに微笑みを返せるほどに感情を回復してきていた。
通行の途絶えた車道を渡って戻り、翼の後ろ姿は、歩道からフェンスを越えて消える。
登り口側では、無関係な車が陸橋内に入ってこないように、日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793)が、点火させた発炎筒を投げ込んでいたのだった。
元々、通行量が少なかったとはいえ、トラックやバンなどの社用車と思しき何台かは近づいてくる。
黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)は、警官や土木作業員からは程遠い出で立ちだったが、まったく気にする様子なく、交通整理を始めていた。
「日柳さん、対向車線側は、どうなっているの?」
「うん? 泰地が発炎筒投げてるはずだぜ。シフカの殺界も、まもなく形成されるんじゃないかな」
もう数台をさばけば、戦場に合流できる。紫織はまた、余裕の笑みだ。
「あのルーンディバイドは、服を破るなんてレベルじゃないわよねぇ。でもまぁ、叩き潰しちゃえばいいだけの話よね」
●集中攻撃
陸橋の下は県道で、傍らは空き地だ。ロディのいつものヤツ、簡易更衣室へと翼は案内する。
サキュバスミストのひと噴きで、女性は裸ではなくなった。
「あたしは神宮翼よ。まだ逃げられないようならここでじっとしてて?」
その美乳を、シフカは記憶していた。車を服ごと斬る、とんでもない技巧の持ち主が、まだ屈んでいた隙にである。
「用途を考えれば、武器がかわいそうというものです」
突いた傷を、斧刃の届かぬ角度から斬り広げる。
「ウウッ、おんなじトコを!」
さらに頭上からの攻撃もまたくらう。蒼眞の『太陽機蹴落顕現(ヘリオンダイブ・リライト)』だ。
「ドーモ。罪人=サン、落ちる男です」
返事はない。二度も踏まれた顔を片手で押さえている。
「それ何なの?」
紫織も追いついた。すでにアスファルトを割って、『アースヴァイン』が大きなサンダルを締めている。上下から足止めだ。
「挨拶は大事……なんてな」
詰めた間合いでは、ロディがなおも素手で破鎧衝にいっていた。砂の蔓に捕まったサンダルがすっぽりと抜ける。
意外に弱点だったようだ。逆上したエインヘリアルは、足元のロディへと斧を振り下ろした。
薪割りにこそされなかったが、ガンベルトは締めたまま、シェリフスタイルはズタズタになっている。
「この威力! てめぇの狙いは服を破くことじゃなく、やっぱり殺害だな?」
歯を噛みしめると、腰だめに構えた。ぶら下げた銃にピクリと反応が。被害者の無事は、幸運にすぎない。
「へへ、捉えた獲物はユックリ調理したいタチなのさ」
「お待たせしました。ご注文の品でーす!」
菫が割り込んでくる。次の一撃は、モップの柄で受け止めた。だが、衝撃はバイト制服に及ぶ。
「お、重い! でもまだ、エプロンが残っていますよ!」
それ以外は無い。腰回りの前だけを覆って、スタイルのいいヒップは剥きだしだ。
庇った拍子に後ずさり、ロディのガンを、あいだに挟みこんだ。
「うっ……」
「まさか、味方のマグナムが暴発して、ナカに弾丸を勢いよくばら蒔いたりしませんよね?!」
翼が、オウガメタルで待ったをかける。菫と罪人、ロディにも。
「あなたにこそ、剥がされる恐怖を教えてあげる♪」
「いったい、ナン人、でてくんだぁ?!」
戦術超鋼拳は、ストレートパンチで、ちょうどエインヘリアルの腰の高さ。腰布が破れて、中身をブルブルさせながら、中央分離帯のコンクリートに激突した。
8人そろったケルベロスはグラビティを集中させる。
泰地は、仰向けからやっと上体を起こした相手に対し。
「虐殺を許すわけにはいかねえ!」
顔を踏む。
「ムギュ、三回って」
エインヘリアルは腕をまわして抵抗し、泰地の背面から斧を引っかける。格闘トランクスがサポーターごと力任せにちぎれた。
尻にも引き締まった筋肉。
蒼眞は御業を駆使し、距離をおきながら様子をみていた。筋肉にも銃にも、ヤツは反応していない。
「ふー。取り越し苦労か。このエインヘリアルには、男色の気はないようだぜ」
斬霊刀を抜き放ち、グラビティブレイクで近接戦に移行する。
「ぐわー。脱がされるのはいっしょ……」
近づいたとたんに、まろび出される、蒼眞自身。でも、チェインを込めた刀傷もつけてやった。
これで、前衛4人ともがルーンディバイドのダメージを受けたことになる。
見定めて陽葉は、ゾディアックソードを収める。
「破るというか……叩き潰す? 危険な攻撃だったけど、僕が阻止させてもらったよ」
服への勢いが余って斧刃がつけた亀裂が、路面にいくつも走っている。
その上を、星辰を宿した剣先によって描かれた紋章が、滑っていった。
今、四つ並んだ前衛のお尻が、スターサンクチュアリの守護星座の光によって、足元から照らされる。
●襲撃者の最期
黒服に大きなシワはなく、絶空斬をふるったシフカが、華麗に着こなしたまま、車線の外に戻ってくる。プリンセスクロスの翼が、トラウマボールを飛ばすところだった。
「あの人に怖い思いさせたんだからね! 悪夢漬けにしちゃうよー!」
「ええ、翼さん。存分にやってやりましょう」
シフカの夢想には、あの美乳が浮かんでいる。
「てめぇの防御も無しだろ!」
泰地のレガース部分での蹴りは、もう片方のサンダルを跳ね飛ばす。
すると、足元からの輝きで、格闘技用トランクスが再生され、筋肉質な尻肉を覆った。
おひつじ座のイラスト付きで。
男性3人ともが、地球人。蒼眞も豊富なグラビティ・チェインを乗せて、斬霊刀を叩きつける。罪人エインヘリアルの額に。
「がおー」
飛び越して、反対車線に着地した時、獅子の咆哮が聞こえて、ケダモノのようなモノは、いったんパンツに収められる。
リボルバー銃、ファイヤーボルトがホルスターから抜かれた。
ロディのシェリフスタイルは、靴の拍車から、首元のスカーフまで元通り。おうし座の角にちなんだバヨネット、銃剣が伸びる。
「見切れるか、電光石火!」
もはや斧使いは、グラビティの刃を防ぎようがない。呻き声すら上げなかった。
口にモップを突っ込まれたから。
「普段はニンニンとか、言いませんよ?」
菫の掃除道具、を模したドラゴニックハンマーは巨躯を持ち上げた。
「あちこちにぶっ飛ばすと、陸橋も傷つけますからね」
バイト服は、ファミレスから牛ステーキ屋に代わっている。生まれ星座の効果も、ここまで個性が出るとは、陽葉にとっても予想外だった。
「もう、決まりのようだよ。キミの力は借りなくても良かったかな?」
着物の袖を振って、ロッドもしまう。ファミリアの金色カラスの化身だ。
「あら。私まで順番がまわってきたのね」
紫織は詠唱の後に、吊るし上げられた全裸の大男にむかって、魔法の光線を放った。哀れな姿ではあるが、手を緩めたりなどしない。
ペトリフィケイションの石化が始まる。動きが止まって、彫像のように固まりだした。
急に、夕闇が迫ってくる。
「もう、いいのよ」
支えていた柄を、菫が抜くと、ごとりと車道に転がってきた罪人エインヘリアルは、自らが真っ二つにかち割れて、消滅した。
●夜のドライブ
碑文付きの斧は欠けていた。大きなサンダルは、そのまま残っている。
泰地は、左右一足を拾い集めた。
「貰っといてやるか。さんざん踏んだヤツの記念に」
「ねえ。陸橋ってこのままでいいのかな?」
陽葉が、来た道を引き返しがてらたずねてくる。紫織は、その反対側へと向かいつつ、ふたりに頼んだ。
「破壊された自動車と、道路の傷んだところは、日柳さんと巻島さんが直してくれるわ。発炎筒の回収をお願いよ」
「うん、わかった。シフカさんの殺界って、いつまで続くの?」
翼とロディともども、被害者の様子を見に行ったようだが。泰地は、編み上げサンダルの紐を掴んで肩にかけ、陽葉に並ぶ。
「あの女の人が、運転できるようになるまでは、形成したままなんじゃねぇか。俺も、解除された時のために交通整理しとくかぁ」
登り口側にひとりで戻ってきた紫織は、ようやく一息をついた。転がる発炎筒は、燃焼がほとんど終わっていて、チロチロと火が見えるだけだ。
慌ただしい出撃だったが、こうして陸橋に封じた状態で、敵を撃破できたことを誇りに思う。
「まあ、それほど強い敵ではなかったのかしら」
などと、ほくそ笑んでみたりもした。
簡易更衣室に入ったロディは、被害者女性が思ったよりも元気そうで安心した。
(「心に傷が残るといけないからな」)
戦闘での経緯はともかく、全員の着衣が無事なのも、嬉しい計算違いだ。シフカも、この女性とみんなのぶんの着替えを用意してきたので、同じ気持ちのようだった。
付き添う翼が、念のための確認をしている。
「ほーらね、大丈夫だったでしょ?」
「はい。ケルベロスの方々が来てくれて、心強かったです。もう、帰れそう……」
お礼を言って立ちあがる姿に、翼が一瞬だけ、真顔になった。すると、シフカがスルっと間に入ってきて、自動車への送りは自分がするという。
「何から何まで助かります」
女性は、熱い視線をむけた。この、胸のついたイケメンの異名をとる、黒服に。
ふたりが退出したあとで、翼はやっぱり、と納得する。
「シフカちゃんも好意を感じたみたいだけど、相手は一目惚れよね」
急にそんなことを言うので、ロディは唖然とし、ついで疑問も口にした。なにか気が付いてなかったか、と。
「うんとね。サキュバスミストでキュアした服だから、素肌に快楽エネルギーで描いただけのボディペインティングだったの♪」
「おーい!? それじゃ、悪い奴が使ってくるイヤガラセみたいだよな? ……むぐぐ」
翼は抱き着いて、口を塞いでから囁いた。
「あたしも、まるで敵のエッチ攻撃だって、今さらにね。彼女のことは、シフカちゃんに任せてへーき。それに……」
討伐したエインヘリアルは、エッチさが足りなかった、とロディに補充を求め始める。
修理の完了した陸橋に、エンジンのかかった乗用車が寄せてあった。
辺りは、菫によるサキュバスミストがもうもうと立ち込めていたが。
そうでなくとも、美乳の地球人はとろけそうな表情で、シフカに揉まれながら連れてこられる。
蒼眞が後ろのドアを開けてやった。
「ハンドルなら、俺に任せろ。ちょっとしたドライブだ」
「シフトレバーは私が握るっす」
暗がりに、ぐるぐる眼鏡がキラッと。それじゃ運転できないのでは、とシフカは笑いつつも、後部座席にいっしょに寝転がる。
「殺界、解除します。出してください」
4人を乗せたくるまは、ヘッドライトを灯した。
作者:大丁 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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