ミモザの日に

作者:坂本ピエロギ

 3月8日、白昼。
 大阪市の外れにある紅茶店には、黄色く明るい花々が咲き誇っていた。
 春の陽だまりを思わせる花弁に、甘く柔らかい芳香。その花の名前をミモザという。
 奇しくも今日は『ミモザの日』。店内に並んだテーブルには黄色い花が飾られ、そこで人々はのんびりとティータイムを楽しんでいた。
 ふわふわと微笑むような黄色い彩花を見ていたら、どんな人だって幸福になる。甘い香りで胸を満たせば、ささくれだった心も和らぐようだ。この花々を贈られた人の顔は、きっと笑顔で満ちるだろう。
 色、香り、佇まい。人々の愛さぬ道理がない。
 だがそんな花々にも、デウスエクスの魔手は容赦なく伸びる。
「なに、あれ?」
 ふと窓辺の席にいた女性が指さした先、青空から飛来したのは、輝く花粉に似た何か。
 それは店の向かいにあったミモザの若木に取りつくと、次々に異形の姿へ変貌していく。
『ギギギ……!』
 醜いうなり声を漏らし、攻性植物の群れは人々に牙をむいた。

「大阪市で攻性植物の事件だ。すまぬが、対処を頼みたい」
 ザイフリート王子はそう告げて、事件の概要を語り始めた。
 とある紅茶店の傍に生えるミモザの若木が、花粉のようなものを浴びて攻性植物となり、現地にいた一般市民を襲うのだという。
「よりによって、この日にか。……許せないね」
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)の呟きに頷いて、王子は話を続ける。
 この事件が爆殖核爆砕戦の影響であろうこと。このままでは市内に住む人々が襲われて、多数の犠牲が出てしまうこと。
 けれども今から向かえば、悲劇は未然に防げること――。
「敵の数は三体。奴らの活動を放置すれば、それだけ攻性植物の勢力圏は広がってしまう。そうなる前に、迅速な撃破を頼む」
 現場は紅茶店に面した歩道。ケルベロスの到着は、攻性植物の発生直後になるだろう。
 道には十分な幅があり、店が戦闘の被害を受ける心配はいらない。周辺の避難は完了しているので、人払いを行う必要もないと王子は言った。
「無事に戦いを終えたなら、紅茶店も開かれよう。今日はミモザの日ということで、ミモザを用いた趣向を用意しているそうだ。もし良ければ、楽しんできても良いかも知れぬ」
 黄色い花々の溢れる店内、落ち着いた佇まいのあるティーテーブルに飾られたミモザは、ティータイムを温かく、優しく彩ってくれるだろう。紅茶やお菓子も好みに応じて、それにちなんだ品を注文することができるようだ。
 ミモザをイメージしたフレーバーの紅茶、花冠のアイシングが施されたクッキー、そして花の黄色に見立てた、ふわふわのクリームでスポンジを包んだケーキ、などなど……どれも楽しいひと時に彩りを添えてくれることだろう。
 そうして説明を終えた王子は、最後にケルベロスたちへ向き直る。
「それでは――人々の命を、そしてミモザに溢れる良き場所を、どうかよろしく頼む」
「分かった。任せてもらうよ」
 説明を終えた王子に、ラウルは深く頷いた。
「あの花に、悲しい涙は似合わないからね」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)

■リプレイ

●一
 三月八日、晴天。
 大阪市内の一角へ降下したケルベロスは、目印の紅茶店を目指して移動を開始した。
 並木道ではミモザの花々が、今を盛りと咲いている。セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)はその眺めに、ふふっと笑みを浮かべた。
「素敵な眺め。今年もまた、ミモザを飾る季節が来たのね」
 春にミモザの花々を飾る――それは彼女にとって新しい発見であると同時に、新しい春の習慣でもあるのだ。
 だからこそ、これからミモザの攻性植物と戦うことには複雑な思いもあったようだが、
「ま、考えてても仕方がなし。倒しちゃいますか」
 その辺りは割り切ったもので、麗らかな淑女の眼差しはすぐに番犬のそれへと変わる。
 隣では、黒い竜角を生やした相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)が、彼の連れるテレビウム『マンデリン』にちらと視線を投げ、
「準備はいいな、おい」
 用件のみを端的に告げる。マンデリンは物静かな仕事人気質、多い言葉は必要ない。
「色鮮やかなミモザですわねー。綺麗ですのー」
 フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)はおっとりした微笑みを浮かべ、次第に近づいて来る紅茶店を視界に収める。そこでは既に攻性植物化したミモザの若木が、次々と並木道から這い出して来ていた。
 街へ行かせる訳にはいかない。花の黄色に紅を足すのは、無粋が過ぎるというものだ。
「……あれが敵ね。リオン、今日もよろしく」
 銀髪に赤いアネモネを揺らすキリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)に、コック帽を被ったテレビウム『バーミリオン』がぴょんと跳ねて応える。
 すでに周囲の避難は完了しているようで、店や歩道に人の気配はない。情報通り、気兼ねなく戦うことができそうだった。
「大阪も、そろそろ解放してあげたいね……」
 マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は、フルフル震えるシャーマンズゴーストの『アロアロ』を連れて、そう呟く。
 爆殖核爆砕戦の勝利。サキュレント・フラクタルの撃破。攻性植物を生み出す元凶は着実に減っているものの、未だ根絶には至っていない。
「頑張ろう、アロアロ」
 アロアロは身を震わせながら、小さく頷く。対する攻性植物もケルベロスの存在に気づいたのか、威嚇するように枝を揺らして距離を詰めてきた。
「花を愛づる日に花に憑くとはの……!」
 彼らの行く手を塞ぐようにルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)は前衛へ飛び出ると、堂々たる所作で御護刀を抜き放つ。
「容赦は要らぬ、速やかに斬り棄ててくれようぞ!」
「ああ。人々の安寧の為にも早々にご退場いただこう」
 速やかに組まれていく陣形の後衛で、ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は彼のボクスドラゴンに盾役を任せる。
「ボクス、準備はいいか?」
 ――任せておけ。
 そんな声が聞こえてきそうな程に頼もしい背中を見せ、戦友の箱竜は翼をしきりに動かしている。病魔の去った体で臨む初陣を、今か今かと待ち望むように。
「ミモザには煌くような想い出が沢山あるから、できれば散らせたくないけど……」
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は、愛用のリボルバー銃を抜いた。
 多くの思い出がある花、ミモザ。既にデウスエクスと化していても、その木々を討つことを考えれば胸が痛んだ。
「月のような花色を、赤に染めるわけにはいかない。だから、ここでお別れだ」
 リボルバー銃を構えるラウル。攻撃態勢を取る攻性植物の群れ。
 こうして、戦闘は開始された。

●二
 3体の攻性植物は、花々から放つ黄色い光を一斉に乱射してきた。
 被弾の衝撃で抉れる道。土の焦げる臭いが漂うなか、最初に動いたのはフラッタリーだ。額のサークレットを展開すると同時、金色の瞳がぎらりと開眼する。
「野干ヨ叫BE、十一ノ煉獄ハ此処二。集ヱ焔ヨ……黄炎ヲ塗リ潰セェ!!」
 禍々しい鉄塊剣『野干吼』を掲げ、殺戮衝動で前衛を包み込んだ。
 破剣の力を帯びた刀を構え、敵との間合いを図り始めるルティアーナ。その横では竜人もまた、同じく攻撃態勢を取って反撃の機を伺う。
「そうイキらねえでも、きっちり殺してやるから安心しろよ」
 髑髏の仮面を被った竜人が、戦意も旺盛に誘いの言葉を投げつける。攻性植物の光線から仲間を庇い、全身を炎で焦がしながら戦う姿は、まさに悪鬼そのものだ。
「……足元注意、だな」
 ビーツーが『炎礫射撃』を発動し、ケルベロスの攻撃開始の狼煙と為す。
 地面に送り込むは、グラビティと高温の熱量。それらが火山弾の如き飛礫と化し、中央に立つ攻性植物の足元から一斉に噴出した。
「ボクス、支援は任せる」
 ディフェンダーを務めるボクスが、火山属性を己が身体に注入。炎上する体にBS耐性の力を付与していく。
 最初の撃破対象は、炎礫で足止めを受けた個体だ。
 竜人はエアシューズで滑走、スターゲイザーを叩きつけて更に敵の回避を奪う。身動きに優れるキャスターの回避を封じられれば、翼をもいだも同然といえた。
 竜人の炎を、マンデリンの流す応援動画が消火して行く。背後の中衛では九尾扇を構えたセレスティンが九尾九節鞭を勢いよく振るい、ケルベロス反撃の狼煙とした。
「さて、行くわよ」
「荒い剪定といこうかの! 庭師の資格は無いが充分であろう!」
 九つの尾が多節鞭へと変じ、敵の群れを氷で打ち据える。
 続くルティアーナが放つは『神來儀 凶魂絶 刃乱華』。三鈷剣を握ったルティアーナの現身が顕現し、刃の乱舞で敵の隊列を包み込んだ。
 立て続けに放たれる範囲攻撃を、足止めのない敵が幾度か避ける。だが、この程度は想定の範囲内。傷ついた個体を狙い定めての猛攻を、ケルベロスは更に加えていった。
「ナル、力を貸して」
 マヒナが『いたずらな波(コロヘ・ナル)』で召喚した小波が、攻性植物に押し寄せる。
 意志を持つように絡みつく波に動きを封じられ、攻性植物は一斉に進化の光で自分の身体を照らし始めた。
 BS耐性を付与する癒しの光。だが、ケルベロスがそれを予想しなかったはずがない。
「……計算通り。かかったわね」
 キリクライシャは口元を覆い隠した九尾扇を掲げ、百戦百識陣を後衛に示す。
 陣形が破魔力を与える一方、バーミリオンは応援動画で仲間の傷を癒していった。
「……これが、攻性植物に手向ける葬送の陣よ。……さあ、攻撃を」
「――存分に哭け」
 キリクライシャの一言に、ラウルの破剣を帯びた銃が攻性植物を捉える。
 魔力によって生成された『游星』の弾雨は、進化の光がもたらす保護を粉々に撃ち砕き、回避を封じ込めていく。

●三
 癒し、狙い撃ち、足止めした敵を集中攻撃。
 炎と捕縛の執拗な攻撃を浴びながらも、ケルベロスは粘り強く戦い、攻性植物を追い詰め始めていた。中でも竜人などは、仲間を庇い続けて全身が炎上するのも構わずに、嵐の如き猛攻で敵と斬り結んでいる。
「竜が相手だ。逃げても誰も咎めねえぜ?」
 竜人の右腕が竜の腕へと変貌する。
 『古竜の剛腕』――咆哮を放った直後には、もう竜人は攻性植物の眼前だ。見るもの全てを圧倒する黒き剛腕を叩きつける。竜の爪に幹を割かれ、バキバキと音を立てて傾き始める攻性植物。そこへフラッタリーが、とどめの一撃を叩きつけた。
「aaaaAAAァァアアアアッッッShin羅вÅΝ象壱切劫切喰ライ尽クシテェェェ!!!!」
 額から地獄炎を迸らせ、狂笑をあげて野干吼を暴威のままに振るうフラッタリー。
 そうして刹那、絶対無比の理性が移り変わり、
「――潰します」
 鉄塊剣の刃を牙と為し、幹を丸ごと齧り取った。
 断末魔さえ上げず、光の粒となって消滅する攻性植物。キリクライシャは残る敵2体への命中を高めるために、前衛のメンバーを光の珠へと映し出した。
「……返して合わせて、力を増やして」
 光輝く珠が仲間の体へ溶け込んで、命中力を向上させる。
 キリクライシャの『月光の珠』。月が持つ反射の力を用いた、精神集中を促す魔法だ。
「行くぞボクス。その力を見せてやれ」
 オウガメタルで身を包んだビーツーが、戦術超鋼拳を敵の幹へと叩き込む。
 ボクスは主の声に目で応えると、白橙の炎を纏いながら滑空。守りを剥がれた攻性植物へ全体重を込めたタックルをぶちかました。
『――!』
 保護を叩き割られ、攻性植物が声なき悲鳴を漏らす。
 進化の光が十分に力を発揮しきれなかったのか、セレスティンが付与した分厚い氷は未だそのままに、攻性植物の身を蝕み続けていた。
「氷の傷、効いているようね」
 セレスティンは敵の傷を注視しつつ、破剣付与と命中率向上の支援を、キリクライシャと協力して仲間へ付与していく。派手さはない、華やかさとも遠い、しかし着実に万全の態勢を築く立ち回りだ。
 そして、支援が行き渡った事を確認すると、
「そろそろ頃合い、かしら」
 セレスティンは三発の弾を、何もない空間へむけて立て続けに放つ。
 空気のはじける音の後、ぽっかりと空間に開いた大穴から、黒い鳥の群れが洪水のように飛び出してきた。『呪詛食らう烏』――漆黒の翼を持つ、ワタリガラスの群れだ。
「あなたに呪いの祝福を」
 濡羽色の髪をなびかせてセレスティンが告げると同時、ワタリガラスは一斉に攻性植物へ襲い掛かり、傷口を切り開く。
 そして、見る間に氷に包まれた幹を、ルティアーナの呪怨斬月が捉え――。
 一閃。
『……!!』
 呪詛の斬撃に幹を断たれ、光となって消えていく敵に背を向けると、ルティアーナは仲間たちへ発破をかける。
「残り1体かの。油断禁物じゃぞ!」
「アロアロ、手伝って」
 応じるように、マヒナがエクトプラズムを圧縮し、プラズムキャノンを発射。
 後衛から放たれた霊弾は寸分過たずに攻性植物の足元へと命中し、その根を抉り取る。
 それに勇気を貰ったように、神霊撃で非物質化した爪を振るうアロアロ。怒りに囚われた攻性植物が、炎の光で反撃を返そうとして――。
 そこで、終わりだった。
「ごめん。人々の命を、奪わせるわけにはいかないんだ」
 エアシューズで加速したラウルは、依代となったミモザの若木に語り掛け、跳んだ。
 幹に直撃したスターゲイザーは、傷ついた心臓部にグラビティの楔を撃ち込む。光の粒となって青空に消えていくミモザを、ラウルは静かに見送って、
「幸福の花が、また春に優しく芽吹くように祈ってるよ。――さよなら」
 そうして、戦いに終止符を打つのだった。

●四
 修復が完了した並木道は、温かな春の空気を再び取り戻した。
 デウスエクスとの戦闘が滞りなく終了したことを、ビーツーが各所に伝えてから程なく、紅茶店にも人々の賑わいが戻ってくる。
 店の扉をくぐったケルベロスを迎えるのは、店内に飾られたミモザの花々。戦いに疲れた心を甘い香りで解しながらティーテーブルで羽を休めていると、ミモザを象った菓子の数々が温かい紅茶をお供に、卓上を彩っていく。
「見てアロアロ、綺麗……!」
 ミモザを象ったチーズケーキに、マヒナは目を輝かせる。
 両手で包めそうな丸く可愛らしい一品は香りも高く、紅茶との相性も抜群に違いない。
「日本でもミモザの日を愉しめるなんて素敵だね」
 眦を緩めたラウルが注文したのは、トルタミモザ――ミモザケーキだ。
 檸檬香るカスタードクリームにふわふわのスポンジを重ね、ミモザの花に見立てたもの。春を告げるイタリアの菓子である。
 一方、ルティアーナとセレスティンもミモザケーキを。クリームからふんわり漂う優しい香りは、紅茶との最高のひと時を約束してくれそうだ。
「おお、かんばしい匂いじゃの!」
「最近、ミモザが知られてきたみたいで嬉しいわ。とっても素敵な花だものね」
 そんな二人の会話を小耳に挟みながら、キリクライシャは注文したケーキたちを慈しむように眺めていた。
(「……沢山頼んで正解だったわ。レシピの参考にできそう」)
 チーズケーキにロールケーキ、その他にも両手で数え切れない品々が、まるで小さな宝石のように卓上を飾る。その隣ではビーツーからご褒美を貰ったボクスが、体中で喜びを表現していた。
「抹茶ティラミス、美味そうだったからな。俺はクリームケーキを頂こう」
「さて、俺は土産を見繕って来る。おい、行くぞ」
 そう言って竜人はマンデリンを連れ、物販の棚へ向かった。世話になっている女性陣に、お礼の品を買って行くつもりらしい。
「それではー、お茶が冷めないうちにー、頂きましょうかー」
 ミモザのアイシングクッキーをお茶請けに、並木道の景色を眺めるフラッタリー。窓の向こうでは、春風にそよぐミモザの花々が見える。
「最近暖かくなりましてー、お洗濯物がよく乾くようになりましたわねぇー」
 そうしてミモザの紅茶をのんびり啜りつつ、仲間たちへと目を向けた。
「……口当たりも、爽やかね」
「うむ。絶品のケーキじゃの」
「紅茶も美味しいわ。誰か、お替りはいる?」
 キリクライシャとルティアーナ、そして隣ではセレスティンが、紅茶と共に休息のひと時を楽しんでいる。どうやら話題なのはミモザケーキのようだ。
 ビーツーはクリームケーキを味わいつつも、目はボクスに向いている。デザートフォークを大喜びで操る戦友は、ミモザ型の砂糖菓子に飾られた抹茶ティラミスに上機嫌だ。
「オノ! 美味しい……!」
 チーズケーキを口へ運んだマヒナが思わず叫び、アロアロと一緒に目を輝かせる。紅茶はミモザイメージのフレーバーと、まさにミモザ尽くしだ。
「本当に素敵な花だよね、アロアロ」
 マヒナは細い指先でプリンセスクロスに触れ、にっこり微笑む。
 『ミモザ咲く春の夕べ』。ミモザイエローの美しいワンピースは、彼女の婚約者でもある仕立て屋が腕を振るったものだ。
「この服もそうだし、それに去年のバレンタインも……」
 ミモザ咲く花園で交わした婚約者との口付けを思い出し、ハイビスカスのように真っ赤な顔を、マヒナは慌てて隠す。
 ケーキに、お茶に、お土産に……。
 そんな仲間たちの賑わいに包まれながら、ラウルはトルタミモザへナイフを入れた。
 中から顔を覗かせたカスタードクリームは爽やかな甘味で、レモンの香りが仄かに漂う。ミモザを思わせる甘やかな紅茶とは、抜群の相性だ。
「いいねえ……実にいい」
 懐かしさに身も心も温まり、ラウルは緩んだ眦で外を眺めた。
 並木道にはもう攻性植物の影はない。ガラス越しに差すミモザの木漏れ日が、テーブルにゆらゆらと優しい光を揺らしている。
 ラウルは暫しその眺めを黙って見つめ、この場にいない『彼』を思った。
 帰ったら、一枝のミモザの花を贈ろう。
 彼にも幸せが芽吹くように、ありがとうの心を贈ろうと――。
「今日も、いい日になりそうだね」
 春風にそよぐ日溜まりの彩花。その眺めに、ラウルは静かに満足の息を吐いた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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