冬の水着は好きですか?!

作者:秋月きり

「水着の女の子は好きですかーっ!」
 それは蠱惑的な女であった。
 年の頃は20前後と言った処だろう。真紅の三角ビキニに包まれた胸部はあくまで豊かで、そして腰は細く綺麗な曲線を描いていた。
 そして、金色の羽毛で包まれたビルシャナであった。
「ダ・イ・ス・キ・で・すっ!」
 応じた男性信者達は総勢10名と言った処か。何れも恍惚とした表情を浮かべている。ビルシャナに魅了されている事は一目瞭然であった。
「私も好きです。大好きですっ。ですが、そんな皆さんに私は残酷な事実を告げなければなりません。皆さんが見て来た水着は、水着のおにゃのこ達は、贋物だとっ!」
 がーん。
 大仰な動作と叫びを信者の一人が口にする。そして、それを認めたビルシャナは、ふっと微笑した。
 ノリの良い子は好きだ。それが自分が掲げる教義の力であるなら尚更であった。
「夏の暑い最中に、水の中に入りたくなるのは当然の事。その為に水着に着替えるのは理に叶っている。そうでしょうそうでしょう。しかしっ!! 水着への愛が純粋であるならば、水着に着替える理由を探しちゃ駄目なんです!!」
「なるほどっ!」
「水着を着たいから着る。それこそが水着への純粋な気持ち。それこそが水着への至上の愛!」
 ビルシャナの叫びが信者に、そして辺りに広がっていく。
 雪がちらほら目に付く波止場はそれを受け止める事が出来るのか。
 しかし、興に乗ったビルシャナに、それを気にする理由はない。彼女の行動理由は自身の教義を広める事、その一点のみなのだから。
「故に、本当の水着の季節は冬、つまり今をおいて他にないのです!!」
 ビルシャナの咆哮に、信者の熱狂が重なっていくのであった。

「と言うビルシャナを予知しちゃったの」
 ヘリポートに集ったケルベロス達に、疲れ切った表情でそれを告げるヘリオライダーの姿があった。リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)である。
「ビルシャナ大菩薩からの光によるビルシャナ事件は未だ、続いているのですね」
 デウスエクスであるならば倒すしか無い。覚悟を決めた目をして頷くヴァルキュリアの影があった。グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)であった。
 話が早いと頷いた後、リーシャは言葉を続ける。多生の疲れは滲んでいたが、それは説明を止める理由にはならないのだ。
「みんなはビルシャナが布教している処――雪ちらつく波止場なんだけど、そこに乗り込んでビルシャナを退治して貰う事になるわ。周りに10名ほどの信者がいるから、対処を考えなければならないけども」
 如何なる教義と言えど、ビルシャナの言葉には強い説得力がある為、放置すれば信者がビルシャナの配下になってしまう事は必至なのだ。
 そして、その教義とは。
「水着姿は冬こそサイコー、って感じね」
 実際には水着への愛を説いている訳だが、要約するとそうなるようだ。確かに寒中水泳を始めない限り、冬の寒い最中に水着姿になるような人間などいる筈もない。
「例によって、ビルシャナの主張を覆すような、強いインパクトのある説得を行えば周囲の人間が配下になる事を防ぐ事が出来るわ。ただまぁ、そもそもが『水着姿への愛』なので、水着と言うキーワードを外すと信者に対するインパクトが弱まるようだけど……」
「みんなで水着を着て立ち向かう、と言うのが立ち向かうべき……と言う事でしょうか?」
 その上でインパクトを与える説得とはどんな物だろうか、とグリゼルダは疑問を口にする。
「やっぱり、水着は濡れてこその水着だとか……かなぁ」
 ただ、寒空の下で水に濡れる苦行はさせたくないなぁ、とリーシャは苦笑する。いくらケルベロスが超人と言えど、寒い物は寒い。無理して欲しい訳ではないのだ。
「ともかく、信者の説得が終わってない状態で戦闘になれば、それだけ不利になっちゃうわ」
 その際はサーヴァントの様に立ち回るので、注意が必要だろう。
「ビルシャナの能力は光を生み出して攻撃したり、自身や信者を癒やしたりするようね。単体でもそれなりの戦闘能力があるから気をつけて」
 その周囲を固める信者達はビルシャナに心酔しており、説得に成功しない限りはビルシャナを守ろうと戦う事は、予想に難くない。
 ケルベロスに抱きついて動きを阻害する等の戦い方は、厄介な事この上ないだろう。
「ただ、ビルシャナさえ倒してしまえば信者達の洗脳は溶けるので、無闇に傷つける必要も無いわ」
 それと……とリーシャは頭を抑えながら助言を付け加える。
「ビルシャナは水着愛が強いので、水着を着ている人への攻撃は、無意識に手加減してしまうようね。あと、逆に、水着を着た人から受けるダメージも大きくなるみたい」
 教義故か。愛故か。
 とりあえずそう言うボーナスがあると覚えておこう。信心とは試練なのだ。きっと。
「あと、残念だけど、ビルシャナとなってしまった女性を救う事は出来ないわ。でも、これ以上被害が大きくならないよう、きっちりと引導を渡して欲しいの」
 そしてリーシャは送り出す。それはいつもの言葉と共に、であった。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「はい! 行ってきます」
 グリゼルダの返答に、満足げな表情を浮かべるのだった。


参加者
アリア・ハーティレイヴ(武と術を学ぶ竜人・e01659)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
ジルダリア・ダイアンサス(さんじゅーよんさい・e79329)
シーラ・グレアム(ダイナマイトお茶目さん・e85756)

■リプレイ

●冬と水着の狂騒曲
 それは、冬と春の境界のような日のことだった。
 雪のちらつく波止場に、一体の鳥人と、それを取り囲む10人の男性が集っている。
 それは、傍から見れば異様な、しかし、ビルシャナ事件としてはごく普通な、そんな光景であった。
(「いえ、慣れては駄目なのですが」)
 冬の水着について言及を始めた彼らに、9人のケルベロスたちは嘆息する。諦観や悲観の溜息であった。
 なお、先の台詞はグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の独白である。元デウスエクスと言えど、種が違えば全てが違う。ビルシャナを理解する事は不可能なのだ。
「そんなものだよ」
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)の呟きは虚無に染まっていた。
「むむっ! 現れましたね、ケルベロス!! 我らが教義を邪魔しに来ましたか!!」
 流石は集合無意識の産物、ビルシャナである。彼女らからしてみれば突如現れた9人と2体の集団ではあったが、その存在は何らかの力で共有しているのだろう。
(「話が早いわね」)
 シーラ・グレアム(ダイナマイトお茶目さん・e85756)が唸り、サーヴァントのお玉がうみゃと短く鳴く。
「水着姿は冬が良いってだけなら平和なのだけど」
 仲間内で騒ぐだけならば、世間に迷惑を掛けていない為、不問にもしたい処。だが。
「ええ! そして行く行くは全世界を水着姿に!」
「広めてはだめなやつね。此処で倒そう」
 笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)が紡いだ声は少しだけ弾んでいた。
 人に迷惑を掛けないビルシャナなど存在しない。そう言い切るようでもあった。

 当然だが、冬の波止場は寒い。雪が降る気候であれば尚更であった。
 それは超人であるケルベロスやデウスエクスでも代わりはない。寒さによる凍傷や低体温症はなくても、グラビティの力無くして寒さの克服は難しいのだ。
 まして。
(「私の防具は『寒冷適応』がついているからいいけど、グリちゃんたちは……」)
 水着姿の仲間に視線を送りながら、神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)が焦燥を浮かべる。
 自身を含め、9人中7人が水着姿なのだ。水着の上にコートを羽織るシーラも含め、何れもが正気の沙汰ではない。
 なお、ビルシャナは除外した。だって羽毛で温かそうだし。
「寒いよなー。温かいのが恋しいよなー」
 グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)の言葉を、しかし、信者たちは無視する。震えている気がするが、それでも、教義の手前、頷くわけに行かないのかもしれない。
 ちなみに、外気温の低下には、彼女やジルダリア・ダイアンサス(さんじゅーよんさい・e79329)の『氷界形成』も一役買っている。雪がちらつく程の気温の中、摂氏0度まで下げた処でどれ程の意味があるのか、判らなかったけども。
(「やはり気絶しないかー」)
 ビルシャナ信者は一般人ではなくなる事を否応がなしに思い知らされてしまう。
「水着が好きならば着ればいいと思うよ」
 アリア・ハーティレイヴ(武と術を学ぶ竜人・e01659)はゆっくりと正論を説く。こんな寒い日に水着姿になる愚を。
「風邪や肺炎、最悪死ぬ可能性があるわけだけど、その場合、貴方達は責任がとれるのかな?」
「え? 取れますけど?」
 目をぱちくりとしながらビルシャナが返してくる。
「私の信者になれば超人と同等です。何か問題が?」
 信者たちが氷界形成で倒れないことは証明されている。
 何より、ビルシャナを正論で論破するなど出来るはずがない。信者は殉死を恐れることはないだろう。狂気に染まった目は、それすら雄弁に語っていた。
「き、気合と根性!!」
 フリルのみを装飾としたシンプルな白ビキニ姿のミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は、同じ姿の特大パネルの後ろで、歯を鳴らしながら自身を叱咤する。その怒号は確かに信者たちに響き渡っていた。
「冬でも水着が最高なら老若男女関係あらず! あなた達も水着姿であるべきです! この場に居ておきながら水着を着て来ていない信者は水着を語る資格すらないです! 水着に対する愛が全く足りません! さあ! 水着の私を倣いあなた達も脱ぎなさい!」
 早口だった。長文を5秒足らずで捲し立てた彼女は、ぐっとイズナを指差す。
 白鳥の如き荘厳なパレオと、それに勝るとも劣らない白と群青、そして肌色の彼女はニコリと微笑しながら、10枚のトランクス型水着を持ち上げる。
 そう言うことになった。

●冬の水着は最高です!
 覚悟とは、水着を見るために、自身が水着姿になることを厭わないことだ。
 例えそれが寒空の下だとしても。

「だっ!」
 一人の信者の叫びは、彼ら10人の総意でもあった。
「素晴らしいわ! 皆さん!!」
 一切の躊躇いもなく、水着姿となった信者にビルシャナは涙する。
「水着を見たいだけの癖に……」
 鈴の歯噛みはしかし、信者には届かない。誰しもが鳥肌を立て、歯ぎしりをしていたのだ。病気の類は大丈夫でも、寒さをなんとか出来るわけではないらしい。
「でも、それだったら、これはどうですか? 水に入るから水着って言うんですよ!」
 そして派手な水音が響き渡った。
 鈴が海の中に飛び込んだのだ。
 青い水着が冬の昏い海の中に溶け込んでいく。共に付き従うボクスドラゴンのリュガと相俟って、まるで海に遊ぶ妖精のようでもあった。
 だが。
「あ、それはノーサンキューです」
 と、泳ぐ鈴にビルシャナが首を振る。
「我が教義は『純粋な水着姿』を是とします。水に入った瞬間、それは教義と異なるものなのです」
「な、なんと!」
 信者たちを海に突き落とそうと身構えていたミリムもビルシャナの一睨みでその動きを止めざる得なかったようだ。ただ、驚愕の声を上げるだけだった。
「ですが、水に濡れてこその水着。それは信徒の心に響いた様子ですね。流石、ケルベロス! 我らが好敵手!!」
「その言い方は、ちょっと嫌ですね」
 こそこそと信者の輪から抜け出ていく一人を見送りながら、ジルダリアが乾いた笑みを形成する。インパクトとしては中々だったのだろう。同類と思われるのは癪だったが、これはそういう戦いなのだ。致し方ない。
「皆さん、寒いようですね。それならばおしくらまんじゅうはいかがですか!」
 ジルと胸に描かれたスクール水着姿の彼女は、むふーっと笑う。
 そしてケルベロス達とビルシャナによるおしくらまんじゅうが始まった。
(「流石に分断とまでは行かなかったですが――」)
 まだ説得が終わっていない段階で戦闘に持ち込むことは出来ないと、少々残念な気持ちが沸き立っている。
「ぐぐ。そんなおしくらまんじゅう如きで、揺れる水着のおっぱいやらお腹やらボトムやら飛び散る汗やらで俺らが――」
 殿方は混ざっちゃ駄目です、の一言で見に徹していた一人が呻いた。
「えっと、つまり?」
「水着姿でのおしくらまんじゅう、最高でした!」
 良い笑顔で2人ほどの信者が去っていく。
「わ、我が教義が――」
 そして、ビルシャナはワナワナと震えていた。冬場の水着の女性以上のインパクトに、洗脳が上書きされても仕方ないのだ。
「これが、ケルベロスとビルシャナの戦い――!」
「いや、取り繕わなくていいと思うよ」
 グリゼルダのシリアスな表情にイズナのツッコミが光る。やってることはインパクト勝負だ。あまり感心しないで貰いたい。
「熱々のお鍋を作ってみたよ。皆も良かったら食べてみないかな?」
 そして戦いは北風と太陽作戦へと移行する。
 氷花の差し出したそれは、湯気立つお椀の一献だった。寄せ鍋の温かな、そして優しい匂いが辺りを覆っている。
 鍋料理を差し出すのは彼女だけでもない。ファーコートにマイクロビキニと言ったコンパニオン風のシーラもまた、それに追随する。共に使用するラブフェロモンは一般人と異なる信者たちに効果を発することはなかったが、思いだけは届けることに成功したようだ。
「その、無理しなくても、いいぞー……? あったかなものも用意したから……体調崩れちゃう前に、使ってくれなー?」
 そして追い打ちはグラニテが差し出した毛布だった。
 椀を受け取った二人の信者、そして、毛布を受け取った二人の信者は、ぽろりと涙を流しながら、その場を後にする。
「あの温かさが、優しさが、俺を正気に戻してくれたんだ」
「水着姿で鍋料理を差し出す彼女とか……いい」
「透け透け。水着、毛布……サイコー」
 何らかの琴線に触れたのだろうか。
 アレな言葉を残す信者もいたが、それが舌戦の締めくくりであった。

●滴水成氷の明王
「ああ、皆さん!」
 去っていく7人に悲嘆を浮かべ、そしてビルシャナはケルベロスたちに向き直る。
 体は震えていた。それは怒りだった。
「もはや今生に貴方達の救いはないと知りなさい。水着を抱いて涅槃へと旅立つのです!」
「要するに死ねってことだね」
 アリアのツッコミに、しかし答えはない。
 代わりに返ってきたのは、ビルシャナから放たれた光線だった。
「リューちゃん!」
 怒りの一撃はリュガを打ち据え、小柄な体を吹き飛ばす。踏ん張った四肢で地面を削り、その場にとどまるものの、ダメージが重度である事は明白であった。
「確かにリュガは水着姿じゃないけどさ!」
 超重量級の一撃を叩きつけながら、ミリムが声を上げる。
 サーヴァントとは言え、ディフェンダーの加護を抱くリュガにあそこまでダメージを与えるなんて! 驚愕する反面、水着を着ていて良かったと、一息つくその暇。
 どんっと、超重量級の一撃は、地面を打ち砕くに終結した。
(「――?!」)
 確かに自身の加護はメディックで、この一撃は大振り過ぎて並のデウスエクスなら捉えるのは難しい命中率であった。しかし、水着姿な自身の攻撃をこのビルシャナが避けるなんて!
「いいえ」
 静かにビルシャナが口にする。
「貴方のそれは水着じゃありません。『バトルクロス』です」
 少なくとも私にとっては、とビルシャナは淡々と呟く。瞳には水着以外を見るつもりはないとの狂徒の色が浮かんでいた。
「やっぱり……」
 花の嵐を召喚するグラニテは予感があったと呻く。彼女はあくまで水着の信望者なのだ。水着以外の防具を水着と認めるつもりはないのだろう。
「ビルシャナ様に続け! ケルベロスたちを生かして帰すな!!」
 そして、残された3人の信者たちも、我先にとケルベロスたちへ突撃する。瞳には同じ狂気が浮かんでいた。
「これが、ビルシャナによる侵略行為?!」
 聖なる光を前衛に付与しながら紡ぐイズナの言葉は、恐慌に彩られていた。今や配下と化した信者たちは、死を恐れぬ尖兵として、ケルベロスたちへ突貫している。姿形は人で、しかし、ビルシャナに汚染されてしまった彼らを、人という範疇で収めて語る事は出来そうにない。
「それでも――」
 冬景色を思わせる靴で身構える氷花は、ビルシャナを、そして信者たちを見据える。
 それでもまだ、助けることが出来る。ビルシャナを倒し、彼らの洗脳を解く。それで彼らは日常に帰ることが出来るのだ。
「水着で冷えたその身体、炎で温めてあげるよ!」
 黄金色の羽毛を焼くべく、炎纏の蹴りがビルシャナへと放たれた。

 戦いは泥沼の様相を示していた。
 ビルシャナの攻撃を掻い潜り、鈴の蹴りやアリアの縛鎖、ジルダリアの斬撃やシーラの竜砲弾が突き刺さっていく。
 だが、相手はただの人間ではない。不死のデウスエクスなのだ。
 持ち前の強靭な体力はケルベロスの攻撃を受け止め、俊敏さはそれらを躱していく。ビルシャナの攻撃はディフェンダーであるアリアやジルダリア、そしてリュガやお玉が引き受けるものの、一切の容赦ない攻撃は彼らの体力を奪い、その都度、メディックたちが奔走する結果となる。
 そして、何よりも――。
「むー。うざいぞー」
 配下の一人を引き剥がしたグラニテは、ビルシャナへの息吹が不発に終わったことへの不満で口を尖らせる。
 彼らの攻撃が与える損傷は軽微だが、体を張って行われる阻害には辟易してしまう。
「排除はしたいですが――」
 ビルシャナへオウガメタルの攻撃を叩きつけながら、ジルダリアが呻く。
 手加減攻撃はあくまで重傷や即死をしにくくなる効果しかない。最悪の自体を引き起こす可能性がゼロでない以上、それらを行使するわけにいかなかった。
 それこそが罠のようにも思えた。
「ビルシャナ様!!」
 そして、配下たちの阻害は、ケルベロスたちが行使するグラビティに対してのみ発揮されているわけではなかった。
 配下の一人がジルダリアを、そしてもう一人がアリアに抱きつき、その動きを封じたのだ。
 成人男性がスクール水着姿で幼い容貌のジルダリアに抱きつく様は事案を思わせたが、安心して欲しい。小柄、童顔なだけで合法であった。
「任せてください!!」
 ビルシャナが放つ怪光線は寸分違わずアリアの体を貫く。仲間を、とりわけ、片思いの女性を庇い続けた彼に、それを耐えうるの体力は残されていなかった。
「アリアさーん?!」
「鈴……ッ」
 膝を付き、崩れ落ちる彼に掛けれる言葉は悲壮な叫びだけだった。ミリムの紋章術も、グリゼルダの緊急手術も及ばない。それだけの負傷が蓄積されていたのだ。
「わ、私だってっ?!」
 叫びは光の矢と化した牙として具現する。
 鈴の全身が生み出す蒼牙に切り裂かれたビルシャナはその勢いに押され、その場でたたら踏む結果となった。
「くっ?!」
「――不吉の月。影映すは災い振り撒くもの」
 そこにイズナは勝機を見出す。禍々しいルーンは世界の帳を落とし、悪夢に歪め、呪いと不幸を一身にビルシャナへと集めていく。
「いいもの見せてあ・げ・る♪」
 精神を焦がす悪夢は彼女だけの専売特許ではないと、哄笑を込めた詠唱を行うのはシーラだ。恐怖に顔を歪ませるビルシャナは何を見たのか。嘴から多大な悲鳴をこぼし、血走った目を見開く。
「あはは♪ 貴方達を皆、真っ赤に染め上げてあげるよ!」
 先の二人が精神的恐怖の具現であれば、氷花のそれは視覚的な恐怖の具現だった。
 血染めの美少女が笑みと共にパイルバンカーを振るう様なぞ、悪夢と言う他あるまい。惨劇映画さながらの光景に、標的となったビルシャナは元より、手駒と動く配下たちからも恐怖の声が溢れ落ちる。
「冷たき北風よ、唸り逆巻き……かの者を氷の帷に閉じ込め給え」
 ジルダリアの冷たき声は、まさしく吹雪――冬の女王の怒りだった。無情に、無慈悲に。召喚した突風はビルシャナそのものを凍結させていく。
 それが終わりの宣言だった。
「負けません! 信徒が、水着がある限り、私を見てくれる人がいる限り!!」
「わたしが歩んできた世界。すごくきれいだったから、きみにも見せてあげたいんだー。……ちょっとだけ寒いかも、だけどなー?」
 そして、最期が紡がれる。
 グラニテが描く世界は白く、極寒で、そして、救いのない色彩に彩られていた。
 書き手の手技の差か。柔らかみすら覚えるはずのそれは、しかし、ビルシャナにとっては寒冷地獄以外の何者でもない。
 氷が、凍結が、極寒がビルシャナを覆い尽くす。ジルダリアとグラニテ、二人のアイスエルフによって紡がれたそれは、ビルシャナを凍えさせ、そして。
「ああ、水着よ……」
 抱いた野望ごと、その体を打ち砕いた。

●例え寒空の下だとしても
「寒いときは水着じゃなくてこっちですよね」
 ずるずると麺を啜ったジルダリアは、はふぅと幸せそうな吐息を零す。共に飲む水のような液体もまた、幸せを加速している。背脂マシマシ濃厚豚骨味と無味無臭の液体の組み合わせは最強なのだ。
 恩恵を享受するのは彼女ばかりではない。目が醒めた信者たちも、そして大食漢のグリゼルダもまた、共に麺をすすり、熱い吐息を零している。
「おーっほっほっほ。今回ばかりはよくやったと褒めてあげましょう」
 その背後で高笑いをするシーラである。
 多少の犠牲はあったが、無事、ビルシャナの野望を砕くことが出来た。そのことが素晴らしいとの高笑いが、彼女ら以外いない波止場の中に響いていく。
「まぁ、寒いのは嫌よね」
 鍋の残りを突きながらの氷花の台詞に、毛布をまとったグラニテやミリムがウンウンと頷く。説得のために水着を着ていたが、寒さそのものに強いわけでもない。ビルシャナの大言壮語な野望を打ち砕くことが出来て本当に良かったと、心のそこから同意する。
「せっかくの水着なんだし、これから温水プールとかどうかな?」
 とはイズナから。幸せな液体で喉を焼いたジルダリアもいるが、そこはケルベロス。なんとかなるだろう。けっして一般人は真似してはいけないけども。
「そうですね。……はふぅ」
 同意する鈴の声色に元気はなかった。
 戦闘後、直ぐに病院に運ばれたアリアのことが気にかかるのだろう。勝利を素直に喜べない自身に、少しだけ苛立ちと気落ちがあるようであった。
「ともあれ、デウスエクス事件を解決することが出来ました。それが何よりかと」
 グリゼルダは毛布に包まりながら、激励の台詞を口にする。
 此度、無辜な人々の犠牲を生むことはなかった。それだけは事実。それを喜ぶべきとの言葉に、一同は強く頷く。

 今もなお、デウスエクスによる侵略行為は続いているのだから。

作者:秋月きり 重傷:アリア・ハーティレイヴ(武と術を学ぶ竜人・e01659) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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