桃花と流し雛

作者:崎田航輝

 かろりかろりと下駄の音を鳴らし、和装でめかした人々が歩みゆく。
 早咲きの桃花が薫る季節。街の一角で催されているのは──ひな祭り。美しく色づき始めた早春の花の並ぶ道が多くの人々で賑わっていた。
 軒を連ねる店々には、この日限定にと色彩豊かなひなあられが揃う。
 そんな和の甘味や屋台の味を楽しみながら、人々は社の神楽殿に飾られた雛人形を眺めつつ。春の花々が咲く景色も楽しんで歩んでいた。
 川沿いの一角では、流し雛も行われている最中。
 小さな船に紙の人形を乗せ、無病息災や様々な願いを込めて、訪れた人々はその形代を優しく川面に浮かべていた。
 と、そんな一年に一度の催しの中へ──空から舞い降りてくるものがある。
 それは彼方よりふわりと漂ってきた、謎の胞子。
 道に生る桃の木に取り付くと、一体化。鳴動するように蠢き出していた。
 祭りを歩む人々は、その光景に驚き逃げ惑う。這い出た樹木はそんな人々へ躍りかかり、容赦なく命を食らっていった。

「攻性植物の出現が予知されました」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
 桃の節句の時期、ひな祭りが行われる場所があるのだが──そこに生える桃の木が敵となってしまうのだという。
 モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)はなるほどと頷いている。
「攻性植物は時期を選ばず現れマスネ」
「ええ。けれどモヱさんが警戒していてくださったお陰で、こうして対処もできます」
 是非悲劇が起きる前に撃破を、とイマジネイターは声音に力を込めた。
 現場は大阪市内。
「爆殖核爆砕戦より続く流れが、未だ絶えていないということでしょう」
 攻性植物は、道の端から出てくる。
 無論、人を狙うだろうが……今回は警察や消防が避難活動を行ってくれる。こちらが現場に到着する頃には、丁度人々は逃げ終わっていることだろう。
「ワタシ達は戦いに集中すれば良いという事デスネ」
「ええ。迅速に撃破することで、周囲に被害を出さず終えることが出来るでしょう」
 ですから、とイマジネイターは続ける。
「無事に勝利できた暁には、皆さんもお祭りを見ていっては如何でしょうか」
 様々な露店もあるし、早春の花を眺めつつ散歩してもいい。材料や道具はその場で貰えるので、流し雛を行うのもいいだろうと言った。
 ミミックの収納ケースが蓋をかぱりと鳴らすと、モヱも応えるように頷く。
「祭事を滞りなくするためにも、確実に撃破致しマショウ」
「皆さんならばきっと勝利できますから。健闘をお祈りしていますね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)
モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)

■リプレイ

●桃花
 木々が映える道は早春の色。
 その花弁の美しさと屋台の並ぶ楽しげな景色に、降り立った笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)はぐるりと瞳を巡らせていた。
「そういえば、もう雛祭りの季節なんだね」
「うん! お祭りって楽しいよね!!」
 爛漫に溌剌に、こくこく頷くサリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)はその再開が今から楽しみでならない。
 故に己が見目を鉢巻に水法被に褌──夏祭り装束に変容させると、大型の長柄団扇をぴしりと突き出して、宣戦の言葉を上げた。
「それを邪魔するなんて、植物でも何でも駄目なんだよ!!」
 真っ直ぐに見つめる視線の先。
 その並木の間から出てくるのは──枝を揺らして這う、異形の桃の樹。
「折角のお祭りだってのに、デウスエクスはところ構わずか……」
 立花・恵(翠の流星・e01060)は仄かに息をつきながら、T&W-M5キャットウォーク──リボルバーをホルスターから抜いている。
「地球の植物に寄生するなんて、厄介な奴だな。悪いけど、へし折らせてもらうぜ!」
「そうだね、桃の木はみんなの大切な樹なんだから……そんな植物で悪さをするのは、許さないからね!」
 気合を入れて、きゅっと自身の拳を握るのはイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)。燿く蝶翅を羽ばたかせ、ふわりと宙へ踊り出していた。
 そのまま掌より解き放つのは『緋蝶』。ひらりひらりと幻想的に舞い降りたそれが、燦めく輝きで巨樹の一体を魅了してみせる。
「後ろの敵も、任せろ!」
 と、奔りながらフロントサイトを敵へ向けるのはレヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)。
 握る二丁の内の一つ、その銀色の銃も今はしかと握り締めて。飛び込みながら引き金を引き、回転銃撃で三体を穿っていった。
「今のうちに、宜しく頼むよ」
「……ええ」
 静やかに頷くキリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)は、翠の瞳をそっと閉じ、手に温かな輝きを抱く。
 穹の光を降ろしたようなそれは『陽光の珠』。
 優しくも眩く、浄化の力で後方の仲間の魂を包み、護りの加護を齎していた。
「……これで、少しでも、足しになればいいけれど」
「くふふ、十分過ぎるくらいですよーぅ。攻撃はこちらに任せてくださいねーぇ♪」
 応えながら前方へと奔るのは人首・ツグミ(絶対正義・e37943)。
 深い蒼の髪を踊らせて、投擲するのは澄んだ円月輪。洗練された動作でありながら、箍が外れた程の威力を発揮して──冷気の棘で三体を縫い止めていく。
 一体が反撃に花雨を降らせてこようとも──直後にモヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)が杖先から多重の魔法円を展開していた。
「暫しお待ちを……すぐに治療に移りマス」
 瞬間、仮想魔法空間から顕現させるのは眩い雷光。電子の煌めきを弾けさせ、花弁を払い除けながら皆を守護していく。
「あそーれ、ワッショイ!! ワッショイ!!」
 と、同時にサリナは大団扇を振り回し、霊力の風で皆の負傷を吹き飛ばしていた。
 キリクライシャのテレビウム、バーミリオンがそこへ癒やしの光を重ねれば戦線は万全。直後には恵が凍気を含んだ弾丸を放ち、一体の根元を凍結させていく。
「よし、今だ!」
「それじゃ、任せてね」
 可憐な声音で鋭いナイフを手に握るのは氷花。こつんこつんと靴音を奏で、踊る『血祭りの輪舞』で剣閃を描く度、巨樹の枝を、表皮を、削って裂いて死に近づけていく。
 別の二体が動こうとしてもレヴィンが見逃さず。
「動いてもらっちゃ困るぜ!」
 腕を交差させながら、銃声と弾丸を協奏させて『レインバレット・パライズ』──内部で弾ける麻痺弾で敵陣の挙動を封じた。
 そこへ、ひらりと宙から舞い降りてきたキリクライシャが、そっと触れるように──けれど鋭い蹴りを叩き込み一体を傾がせる。
「……お願い」
「うん」
 応じた氷花もまた高々と跳躍。
「さぁ、この炎で焼き払ってあげるよ!」
 吹雪の中でも燃え滾るが如き、烈しい業炎を足に纏いながら。宙で回転して繰り出す蹴り落としで一体を爆散させた。

●決着
 深い殺意の顕れか、異形の樹木は一層強く躰を揺らして吼える。
 そこに清らかな早春の花の趣きはなく──モヱは仰いで声を零していた。
「雛祭りといえば桃の花デスガ……準主役に取り付いてしまうとは、厄介な胞子デス」
「ええ、本当に折角の桃の木は残念ですが──」
 ツグミは言いながら、悲嘆というよりはただ、先鋭化された戦意の笑みを浮かべる。
 それは悪と判じたものを討つことに一切の躊躇いを差し挟まない、己が内に在る歪なまでに澄み切った正義感の発露。
 攻性植物、となれば悪に全力で傾いているからして。
「せめて花も木も、美味しく最後までいただいてあげますねーぇ♪」
 握る拳に力を込めて、ただ真っ直ぐ戦いに踏み込んで行った。
 巨樹は戦慄くように枝を暴れさせ打ち払おうとする。が、その遥か上方へ、既にイズナが翔け上がっていた。
「ダメだよ! 人のこと攻撃したり、ちゃんと言うこと聞かない──そんな悪い攻性植物は反省してもらうんだから!」
 光の軌跡を描きながら、下方へ加速して鎌を投擲。荒れ狂う枝を斬り落としていく。
「みんなも!」
「ああ、了解だ」
 頷くレヴィンも地上から走り込み、巨樹へ一息に距離を詰めている。
 敵の意識がこちらへ向いても、弾丸で牽制しながら零距離にまで迫り一撃。ダンスシューズで鮮烈な打撃を打ち、幹に亀裂を入れた。
 そこへ腕を振りかぶるのが、ツグミ。
「言葉どおり、吸い取ってあげますねーぇ♪」
 樹の躰に突き立てた右手は、鹵獲術の降魔を綯い交ぜにした魔力に覆われている。『悍ましき聖人の手』──刹那、知識も技、そして魂すら喰らいつくすように、その一体を跡形もなく消滅させた。
 残る一体は最早退く事も叶わず、攻め込んで枝を鞭の如く振るう。
 その威力も浅くはない、が。モヱの足元から駆けたミミックの収納ケースが、硬質な面で上手く受け止めると──。
「まだまだいけるよ!」
 すぐ後にはサリナが一層大きく大団扇を掲げていた。
「セイヤッ!! セイヤッ!!」
 ぶわりと吹き抜ける風を伴って、贈るのは『八苦祓い』。御業の加護を込めた斬撃が、厄を断ちながら苦痛までもを切り裂いて癒やしていく。
 同時、モヱは数分前のデータベース情報から、万全時の収納ケースの状態を選び出してコード化。魔術円陣を介して時空魔術に反映させていた。
 『Roll back sync Ver1.0』──同期を完了させて収納ケースの傷を消し去っていく。
「問題ありマセン。すぐに反撃をお願いシマス」
 声に応じて、収納ケースは即座にエクトプラズムの斬撃を巨樹に返した。
 微かによろけた敵の躰に、キリクライシャもそっと手を伸ばして──凝集した光を弾けさせる、眩い爆破。炸裂する衝撃で幹を内部から粉砕していく。
「……後は、お願い」
「ああ!」
 応えた恵と共に、同時に頷いてぐっと膝を折りたたむのは氷花。跳ねるように宙へ跳び上がり、氷片を煌々と靡かせながらパイルバンカーを掲げていた。
「雪さえも退く凍気を、その身に刻めー!」
 刹那、真下へ打ち下ろした魔氷の杭は、巨樹を縦に貫き裂いていく。
 大音と共に砕けゆく敵へ、恵も銃口を向けていた。
「これで終わりだ!」
 瞬間、空が眩むかの如き光が瞬き、闘気を込められた弾丸が踊る。
 『スターダンス・メテオブレイク』──高エネルギーに燿く連続射撃は、無数の星が舞うかのように飛び交って、異形の樹木を散り散りにしていった。

●ひな祭り
 屋台に足音が響き、香ばしい匂いに花の芳香が交じる。
 祭りは、早々に再開されていた。
 皆で周囲を修復し、人々を呼び戻した結果で──行き交う人々は既に味覚に景色にと楽しんでいる。
 番犬達もその例に外れず、氷花は軽やかな足取りで散策をしていた。
「みんな楽しそうだね」
「うん。怪我する人が出なくてよかったよ」
 頷き見回すのはイズナ。
 今は上品な着物に着替えており──周囲をひらひらと舞う緋色の蝶々が幻想的な雰囲気を作り出し、美しくも雅に見せている。
 そうして暫し散歩しながら、辿り着いたのが流し雛。川沿いに人が集まり、和紙で作られた人形を小さな藁の台に乗せていた。
「あっ、折角だからやっていこうよ」
「そうだね。私も参加してみようかな」
 イズナの言葉に氷花が頷くと、早速二人で歩み寄り人々に交じる。
 雛人形の形代は、シンプルながらも可愛らしいものが多い。その中から二人はそれぞれに選び、船に乗せていく。
 それから、イズナは木の小さな一片を一緒に置いた。
 それは攻性植物となってしまった桃の樹木の欠片。一緒に流してあげようと、戦いの後に見つけて拾い上げていたのだ。
「これで、穢を祓ってあげるよ」
「それじゃあ、流そうか」
 氷花は船をそっと持つと、しゃがんで水面に置く。
 するとそれは小さな波紋を生んだ後、徐々に川の流れに乗って──揺蕩い始めていた。
 形代は自身の代わりとなって穢れを清めて貰うものであり……同時に願いを込められるものでもある。
「これからも平穏に、健やかに過ごせますことを……」
 氷花はそんな祈りを込めて、流れる人形を見つめていた。
 イズナも、散った桃が清らかに浄化されると祈って──それが終わると歩み出す。
「桃の木も、見ていこうよ」
 そうして沢山の花を咲かす並木を眺めながら、労って、励まして。早春の風が吹き抜けていくと、前にも目をやる。
「食べ物も、あるんだね」
「食べていこうよ」
 と、氷花が楽しげにステップすると、イズナもうんと頷く。
 祭りなら、やっぱり楽しんでいきたいから。風に桃の香りを感じながら、屋台に進み出すと──氷花もまた期待を顔に浮かべ、美味を味わいに向かった。

 祭りを歩むサリナは、巫山・幽子を見つけて声をかけていた。
「何かおいしいお店、あった?」
 言葉にぺこりと頭を下げて挨拶をした幽子は、持っている串を見せる。
「苺飴がありました……」
「美味しそう!! こっちは雛霰、あったよ!!」
 と、サリナは指し示しつつ情報交換。
 それから互いの店に寄って買い物をしようと、暫し歩いた。
 サリナの格好ははんなりとした和服。雰囲気に合わせた趣きある見目になっている。
 そのまま人波に乗って店に行き、サリナは苺飴の甘味を、幽子は雛霰の食感を楽しんだ。
「美味しいです……」
「うん、本当だね!!」
 サリナは雛霰も頬張りつつ、笑って見回す。
「賑やかなお祭りも、こういう心がほわーってなるお祭りも大好き!!」
 夏の明るさも、早春の穏やかさも。
 祭り好きの本能を刺激するのは変わらない。
 その雰囲気を楽しみながら、サリナはその後川沿いへ。
 可憐な雛人形を船に乗せ、水流に送り出した。これで厄を流して──。
「みんな楽しく過ごせますように」
 そんな純粋な願いを込めながら。

「こんな祭りがやってるんだな……」
 恵は歩みながら、少々物珍しげに視線を巡らせている。
 元より男の一人っ子。ひな祭りにあまり馴染みがない身としては、初めての文化に触れるような心地だった。
 故に暫し興味深げに景色を眺めつつ──行き着いた川辺で流し雛もやってみる。
「これも、初めてなんだよな」
 勝手が判らないながら、教えて貰いつつ和紙の雛人形を選んだ。
 そこに願いを込めるのだと聞くと、頷いてそっと船を水に浮かべる。
 ケルベロスにとって健康は大事であるからと──風邪などをひかぬようにとお祈りして。
「今年もまた、地球を守れますように……っと!」
 そんな願いと共に、緩やかに流れ行く形代を見送った。
「さて、後は美味しいものでも食べようかなっ!」
 そうして踵を返して歩んだ恵は──甘酒で体を温めて、屋台を散策。木々や花も眺めつつ、雛霰を買ってつまむ。
 焼きそばやたこ焼きの良い香りがしてくるとそれも買って。
「やっぱり、祭りならではの味はいいな」
 香ばしさと美味を楽しみつつ、暫く練り歩いたのだった。

 真珠の銀髪とアネモネが、水面を撫ぜる涼しい風に揺れる。
 キリクライシャは川べりに歩み、流し雛に参加するところだった。
「……これ、綺麗ね」
 和紙で出来た雛人形は、幾つもの色合いや姿形を選ぶことが出来る。キリクライシャはその中から目についた男女一対を選び、船に置いた。
 ただ、流す前にその人形に触れて──身に着ける着物の色を逆にする。
 紫と蒼を抱くものを女性の方に。
 そしてキリクライシャの髪花にも似た赤を、男性の方に纏わせて。
 少しだけ、並ぶ人形を見つめた。
「……互いの色彩を身に着ける程……」
 零れるのは小さな呟き。けれどそれ以上は何も溢れさせず、ただ静かに一度だけ瞳を閉じている。
 それからゆっくりと歩み、人々に交じって船を川の流れに乗せた。
 船の上で隣り合ったまま、遠くに去っていく人形。キリクライシャは誰にも聞こえず、誰にも知られぬ祈りと共に──それを眺めていた。

 穏やかな風が、水面に快いせせらぎを奏でさせる。
 その音にも惹かれて、レヴィンは川にやってきた。
「これが流し雛か。こんな機会めったにないしな」
 参加してみようか、と。その光景を暫し見つめた後で自分も加わってみることにする。
 雛人形を貰い受け、それを藁の船に乗せて。川面に浮かべて後は流れに任せた。
「……どこまで旅するのかな?」
 少しずつ遠ざかる人形に、レヴィンはふと呟く。
 それからその形代が自身の分身でもあるのだという話を思い出し、考えが自分に及んだ。
(「……ああ、オレも今度旅に出るならまずはどこから行こうかな?」)
 十八歳までは父親と旅をし、番犬活動をする二十四歳までは一人旅をしていた。
 レヴィンにとって旅は身近であり、何処か特別でもあって。
 デウスエクスとの戦いが終結したら再び旅に出たい──そう思っていたことがまた強く意識されていた。
 それでも首を振って。
「将来の話はここまでだ」
 言いながら歩み、視線を留める。
「ひな祭り……というとあまり縁がなかったけど。始めから、めっちゃ気になってる事があった……そう、あのひし餅だ!」
 餅好きには外せない、と。
 その三色の色と味わいを求め……早速急ぎ足で向かい始めたのだった。

 幾つもの人形が連なり、水面を流れていく。
 どこか不思議なその景色を見やりつつ、モヱは川へと歩いてきていた。
 そこには多くの人々がいて、藁の船に形代を乗せている。モヱもそれに倣い、シンプルな図形のような、人型の和紙を手にとった。
「自分では初めて触るのですが……上手く行くでショウカ……」
 小さく零しながら、それでも皆に交じってそっと水辺で膝を降ろす。
 そうして仄かな水音を立てながら船を浮かべると──それは風と水流に押されるように段々と遠ざかり始めた。
 災厄を祓うために身代わりとなり流される、無機質な形代。
 モヱはそこにふと、本星から地球へ尖兵として送られるダモクレスを重ねてしまう。
「……」
 果たして本望だろうかと、心は感傷的になった──それでも。
「愛される個体もあって今の雛祭りと成ったのデショウ」
 今は前向きに思い直し、流れていくさまを見つめる。
 それが終われば、花咲く道に戻って。
「改めて見ると、よく咲いていマスネ」
 眺めながらゆっくりと、モヱは歩んでいく。

 ノチユ・エテルニタは久しい和装姿で、幽子と共に露店を行く。
「桃の花って、こんなに香るんだ」
「ええ、とても良い匂いです……」
 早春の薫りを感じながら、買うのは雛霰に甘味と、幽子の食べたい物。
 流し雛が見える場所に着いて食事を始めれば、美味しいかと訊く必要もない──幸せそうに食べる表情がすぐに判る気がするから。
「幽子さんは、流し雛ってしてた? 僕の家には、ない風習だから」
 幽子が首を振ると、ノチユはそう、と呟く。
「人形が、病気も災いも全部持っていくのは──少しだけ、可哀想だと思うんだ」
「エテルニタさんは、お優しいですね……」
「ん……でも」
 それは祈りの形。子供の幸せを願う親の想いは尊いだろう。
 だからそのまま暫し眺めて。ノチユはまた幽子と共に、屋台へと向かった。

 平和を取り戻して華やぐ景色を、ツグミはぐるりと見回している。
「祭りですねーぇ」
 見えるのは桃の木々。神社には雛人形も飾られるというけれど。
「んんー、この辺りも大変魅力的ではありますがーぁ……」
 やはり自分は食べ物が気になる、と赴くのは屋台のある一角。焼きそばに焼きとうもろこし、じゃがバターと買い込んでいく。
「屋台料理、良いですよねーぇ……味以上に、雰囲気が味わい深く感じますよーぅ♪」
 じゅうじゅうと鉄板の灼ける音、温かな湯気、濃密なソースの香り。祭りで食べるからこその楽しみがそこにはあるのだった。
 勿論、濃いめの味付けも美味で。
 はふはふと温かさも味わいつつ──その道中で川を見つける。
「流し雛……願いを込める行事、そして穢れを払う儀式、ですかーぁ」
 くふ、と零すのは笑いだ。
 何故ならそれを払ってしまえば、自分には何も──いや。
「食欲は残りますかねーぇ? くふ、ふ」
 笑みを含みつつも、歩みは止めず。
「さぁ、今日は1日、食べ歩くとしましょーぅ!」
 まだお腹に空きはあるからと、ツグミは次の屋台を目指して進んでいった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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