赤子を食らわんとする豚鬼畜

作者:塩田多弾砲

 シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)は、その夜。
『……ああ、そこのあなた』
 閉鎖され取り壊し予定の『病院』にて、そのオークに呼び止められていた。
 最初に見た時は、恰幅が良く、仕立ての良い紺色のスーツに身を固め、革靴を履いた普通の男かと思っていたが……すぐに考えを改めた。
 そいつが手にしているのは、巨大なナイフ。
 その頭部は、豚のそれ。そして……背中からは触手。
 そいつの顔は、まるで『猟奇殺人鬼が、豚の顔になった』かのよう。
 眼鏡をかけた、知的なまなざし。しかし……口元に浮かべる笑みからは、鋭い歯と……残酷を好む気性が伝わってくる。
(「こいつ……姦淫よりも、惨殺を望んでいる……?」)
 シフカが、そんな事を考えていると。
『……その気配、ケルベロスですね?』
 オークが、語り掛けて来た。
『私は……大豚領、カルビン・ニクソンと申します。まずは……アレをご覧ください』
 そう言って、顎をやった先には……、
 病院の内部に、数名の女性たちの姿が。
 皆、一様に後ろ手に縛られ、足も拘束され、口にはさるぐつわ。そして……全員が妊娠していた。気絶している者もいれば、目を覚まし、なんとか逃れようとしている者もいる。
「なっ……何を!」
『お答えしましょう。彼女たちは皆、『妊婦』ですよ。一月前に私の能力で胎児に干渉し、出産可能になるまで成長させました』
 紳士的な口ぶりを崩さず、言い放つ。
「彼女たちはじきに出産します。既に破水している者もいますからね。で、生まれて来た赤ん坊は、これから私が食い殺します』
 それを聞いたシフカは、オークへと飛びかかるが、
『いいですねえ。その怒り! 拒絶! 侮蔑! それが欲しかったのですよ!』
 手の、巨大ナイフを突きつけ、触手を巻き付けて……その動きを止めるニクソン。
「くっ! な、何を……!」
『これから私は、あなたの目前で……産み落とされた赤ん坊を食らい、グラビティ・チェインを取り込みます。あなたが悲しみと絶望に歪む顔を見ながら、ディナーを楽しみたくてねえ!』
 紳士を装いながら、その性根は度し難いサイコ野郎。
 それを悟るも、シフカは動けない。
「や、やめなさいっ!」
 彼女の叫びを無視し、ニクソンは。
 産気づき、苦しむ女性の一人に近づいていった。

「すぐに、向かってください!」
 セリカが焦りを隠さず、緊急招集した君たちへと呼びかける。
「前日、オークのレスラーに襲われたシフカさんですが、今回もオークに襲われています! ……それだけじゃなくて、オークはたくさんの女性を捉えてて、その赤ちゃんを食べようとしています!」
 セリカの口調は、焦りのそれ。
「このオーク……『大豚領カルビン・ニクソン』と名乗っていますが……どうやら『新生児を食い殺す』ことで、グラビティ・チェインを取り込もうとしているようです」
 ニクソンというこのオークは、『妊婦の胎児を、妊娠期間に関係なく成長させ、ひと月ほどで出産させる能力』を有していると、自ら語っていた。
 そして、おそらくは……、
 新妻のような妊婦のみならず、様々な理由で臨まれざる妊娠をした女性たちをも集めている様子だったという。
「みたところ、援助交際や男女の不純異性交遊などで、避妊に失敗した女性も含まれています。ですが……だからといって見過ごすわけにはいきません!」
 当然だ。生まれてくる命を守れずして、何がケルベロスだ。
 さらにニクソンは、シフカを拘束し、彼女の目前で赤ん坊を食らうつもりらしい。
 わざと猟奇的な所業を見せつけ、シフカの心を折ろうとしている。その行為すらも、ニクソンは己の娯楽としているのだと。
「シフカさんの危機ももちろんですが、妊婦さんと赤ちゃんも助けなければなりません。なので皆さん、すぐに向かっていき、助けて下さい!」
 見たところ。妊婦たちは手足を縛りあげられ、さるぐつわも固く噛まされ、動くどころか叫ぶこともできない。なによりお腹が大きく、動く事は困難。
 しかも、全員が臨月で、中には破水してしまっている者もいる。
「なので、まずは妊婦さんたちを助ける事が優先です。そして、ニクソンに向かっていき、その気を引く囮役も必要でしょう」
 しかし、このニクソン。シフカを一瞬で抑え込み、触手で無力化してしまったほどの実力を有している。さらに手にしている巨大なナイフ(ほとんど長刀か長柄の蛮刀)の腕前も、かなり巧み。触手も、拘束するのみならず、鞭のように叩き付けたり薙ぎ払ったりすることも可能。
「並の狙撃や砲撃などは、ナイフを回転させて盾にして弾き飛ばします。その動きも素早く、一瞬で距離を詰め、ナイフの一撃を切り込む事も出来そうです」
 つまり、一体で数名を同時に相手できるほどの戦闘力を持っているという事だ。
「ニクソンは、今回は女性を狼藉するような事はせず、新生児を食い殺す事を優先しています。そして、それを見せつけていい気になり、然る後に殺したい……という目的を有しているので、男性も参加して大丈夫です。あと……」
 連絡が入ったため、サポートとして天現寺・麗奈(地球人の妖剣士・en0313)も参加するという。妊婦らを安全な場所まで誘導する他、君たちを手伝ってくれるだろう。
「事態は急を要します。シフカさんを助け、妊婦さんと赤ちゃんを助けるためにも、皆さんの力を貸してください」


参加者
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)
シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)
弓月・永凛(サキュバスのウィッチドクター・e26019)
フォルティ・レオナール(桃色キツネ・e29345)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
安海・藤子(終端の夢・e36211)

■リプレイ

●It's Alive! 悪魔と赤ちゃん
 カルビン・ニクソンの触手は、普通の個体よりも力強く……、シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)の動きを封じていた。
『……ところで、『スナッフフィルム』というのをご存知かな?』
 ニクソンが質問してくる。
『いわゆる、『殺人・拷問の、実録映像』ですが……『赤ん坊』のものもあるのですな、これが』
「……!」
『私も、色々と見て来ましてね。赤ん坊の殺害や、奇形死体や、その処理。中には大人と交わる……』
「やめろ!」
 聞きたくない、おぞましく恐ろしいそんな映像の事など、脳に記憶していたくも無い。
「……殺す」
『?』
「今、お前はここで、殺す……楽に死ねるとは、思うなよ……」
『おうおう、怖い怖い。では……』
 オークが妊婦たちへと向かおうとした、その時。
「こっちですよ……この糞豚!」
『怪光線』……ステイン・カツオ(砕拳・e04948)の放った光の矢がニクソンの身体に突き刺さった。
『!?』
 触手が緩み、シフカは脱出。そんな彼女を、
「シフカさんっ! ご無事なのだ?!」
 月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)が、触手から助け出した。
 隣りには、四辻・樒(黒の背反・e03880)……灯音の同性の伴侶も。
「月篠さん……助かったわ……」
「もう安心なのだ。藤姐も来てるのだ!」
 灯音が促した先には、
「大丈夫かい? あたしもいるよ、シフカ!」
 安海・藤子(終端の夢・e36211)が、オルトロス『クロス』と、姿を現している。
「くーやん、あんたは妊婦さんたちの方へ……。月ちゃん、樒……まずはこの豚、一発ずつぶん殴ろうじゃないか。狐の嬢ちゃん、あんたもやるだろ?」
「もちろん! っていうか、十発はぶちのめしたいよ」
 フォルティ・レオナール(桃色キツネ・e29345)が、アームドフォートを手にして、構えていた。
『……なるほど。ま、食事前の軽い運動、といったところですな』
 囲まれても余裕のニクソンに、
「ざけんな……」
 ステインが飛び出し、拳でのストレートを放ち、
「……他人の宝……否、世界の宝とも言うべき存在に、手を出すとどうなるか。身をもって知っていただきましょう……死にやがれ」
 そのまま、連打する。
 衝撃が、オークを道へと弾き飛ばした。
『……ふん。下品なメイドですな』
 立ち上がったニクソンは、
 今だ『余裕』を崩さずにいた。
『宝? 赤ん坊など、ただの食い物。貴方たちは、今まで食してきたパンを、かけがえのない宝だとでも言うのですかね』
「……ふうん、面白いねえ、お前」
 藤子が、静かに歩む。
「……ここまで『悪』な相手も珍しい。気兼ねなく……なぶり殺しが出来るってもんだ」
『ふふふ……なぶり殺されるのは、はたしてどちらでしょうかねえ。さあ……』
 パーティーの始まりです。穏やかな狂気の表情とともに、ニクソンが両手を広げた。

 藤子のオルトロス、クロスが向かった先には。
「永凛お姉様! 私は、何を……」
 天現寺・麗奈(地球人の妖剣士・en0313)に、
「麗奈ちゃん。あなたは……こちらで指示に従って」
 弓月・永凛(サキュバスのウィッチドクター・e26019)が。
 二人の前には、縛めを解かれた妊婦たち。そして、
「……救急車は?」
 リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)と、
「なんとか集められはしたよ」
 風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)も、動いている。
 ヘリオンに乗っている間、リティと錆次郎はアイズフォンで、病院の緊急外来へ連絡を入れていた。
「まさか……妊婦さんが、全部で十人いるとはね」
 だが、今は安全な場所への移動が先だ。救急車も、無理をすれば患者を二人までは乗せられる。
 加えて、破水してるのは二人。そして全員が体力的に危険な状況に陥り、歩くどころか自力で立つ事すらできない。それだけでなく、熱に浮かされ……会話する事もできない。
 つまりは……このまま一人ずつ、抱えるなどして運ぶしかない。
「天現寺さん、すぐにこの公園まで行って! 救急車がそこに待機してるはずだから、状況説明を!」
「は、はいっ!」
 永凛にうなずき、錆次郎から聞いた公園まで急ぐ麗奈。
「……まずいわね。母体に負担がかかり過ぎてる」
 永凛の言う通り、体力的に妊婦らは全員、限界に陥っている。
「それならば!」
「……運ぶしかないわ!」
 錆次郎とリティは、一番つらそうな妊婦を抱き上げると、立ち上がった。

●ブラッディ・マリー(鮮血色)と赤ちゃん
「やあ! えい!」
『飛散獣爪(ヒサンジュウソウ)』、生成した獣の爪を飛ばすフォルティ。
 それは直撃すれば、大ダメージを食らわせられる威力を有していたが……、ニクソンは手にした巨大ナイフを回転させ、あるいは触手を鞭のように振り払い、この攻撃のほとんどを弾き飛ばしていた。
『困りますね、スーツに傷が……』
 ニクソンは、顔をしかめた。
「服なんざ気にしてる場合か!」
 ステインの気咬弾が炸裂する。が、
『気にしますよ。赤ん坊を食う時に、血でスーツが汚れるのは、避けたいものです』
 ステインの方へ視線すら向けず、攻撃をかわすニクソン。
 しかし、かわしたその先に、
「どこ見てるんだ? 俺らはこっちだぜ?」
『なっ!?』
 藤子のケルベロスチェインが。『猟犬縛鎖』、伸ばした鎖が、ニクソンに巻き付き締め付ける。
『……やりますね』
 しかし、それでも『余裕』を崩さないニクソン。
「……戦闘準備完了……行くわ」
 灯音により、回復したシフカが、手に日本刀……廃命白刃『Bluと願グ』を構え、切りかかった。
『ならば……これはどうですかな』
 ニクソンが、得物の巨大ナイフを投げつける。ブーメランのように回転するそれを……ギリギリのところでシフカは回避した。
「くっ……どんだけクソなんだ、この豚は!」
「けど、かわせました。後は……」
 ステインと灯音に続き、樒が、
「!? 待て! まだかわせてない!」
 忠告したが、『遅かった』。
「……!!ッ!」
『その通り! 最初から、この鎖を持つ貴女に向けて投擲してたのです!』
 ニクソンの言う通り。回転するナイフはそのまま、藤子の死角から襲い掛かっていたのだ。
 背中を大きく切り裂かれ、膝をつく藤子。
「……やって、くれるじゃないかっ……!」
 鎖が緩み、解放されるニクソン。そのまま触手で……空中高く飛びあがった。
 そして、近くの電柱の先に飛び乗り、ケルベロスらを見下ろす。
『……さて、貴方たちと遊ぶのは楽しいですが……私を引き付けておいて、あの妊婦たちをどこかに運ぶとか、そんな事を考えてらっしゃるのでしょう?』
「はっ、何の話だい」
 藤子がとぼけてみせる。彼女には既に、灯音が駆け寄り、ウィッチオペレーションを。
「私らから逃げるとは、卑怯で臆病者だな! どうせアッチのサイズも、貧弱なんだろうよ!」
 ステインの下品な挑発に、
「ほらほらオークさん、はやく続きしましょうよ」
 フォルティもそれに乗る。
『貴女たちの下手くそな陽動など、最初からお見通しです。あえて遊びに乗ってやったまでの事』
 せせら笑うニクソンは、文字通り……完全にケルベロスらを『見下して』いた。
「降りてこい! 私と戦え!」
 シフカが剣先を向けるが、
『なんで、馬鹿正直に戦わねばならないんです?』
 そこまで言ったニクソンは、遠くを見て……顔をこわばらせた。
『……おい、テメエら。やってくれたな……まさか本当に……この俺を出し抜くとはなあ!』
 そのまま、空高くジャンプしたニクソンは、ある方向へと向かっていった。
「……あの方向! 錆次郎さんたちが、救急車を呼んでおいた場所なのだ!」
 灯音の言葉に、その場にいる全員の顔が凍り付いた。

●赤ちゃんはオークがお嫌い
 錆次郎とリティは、救急車を手配する際。
「いいですか、指定したこの場所……公園近くの広場。こちらに救急車をよこしてください」
「ただ、気取られないようにサイレンは止めて、目立つようなら赤色灯も消してください」
 彼らはそれに従ってくれた。更に、かけつけた麗奈からの情報で、救急看護師たちは担架を手にして、妊婦を運ぶため助けにも来てくれた。
 破水していない妊婦たちも、既に危険な状況。集まった救急車は六台。そして、緊急性の高い妊婦、破水した妊婦から、すぐに収容し、病院へと向かっていく。
「どうやら、うまくいきそうね……」
 永凛の目前には、最後の救急車。それに最後の妊婦二人を乗せて運んでしまえば……、
「大変です! 妊婦が二人とも破水しました!」
「だめです……動かすと母子ともに危険です! もう頭が出ています!」
 最後の二人の容態が、急変した。
 そして、更に悪い事に……、
「お姉さま! あいつにバレました、現在こっちに向かっています!」
 麗奈の端末に入った、陽動班からの連絡が、更なる絶望を呼ぶ。
 ならば、するべき事は一つ。麗奈を除くケルベロス達は目配せし、
「……看護師さん、ここで出産の処置を」
 永凛が、言い放った。
「……分かりました。お気をつけて!」
 看護師たちも、逡巡したのは一瞬。彼らもまた、この仕事に命を懸けている。
「お姉様! 私も……!」
 麗奈も剣を抜き、構えるが……、小刻みに震えているのが分かる。
「……肩に、力が入り過ぎているわね」
 永凛は彼女を、後ろから胸を押し当て、抱きしめた。
「気持ちを、落ちつけて。がんばったら……後でいっぱい、撫でてあげるわ」
「……はいっ!」
 そして、夜空の闇から。
『……てめえら! 思い上がるな!』
 スーツに身を固めた悪魔が、落下するようにして現れた。
 四人のケルベロスは、身構えるが……、
「! 早いっ!」
 リティの目前で、そいつは駆け出した。
『お前らと遊ぶより、まずは食事だ!』
 と、ニクソンは救急車の前で、出産の作業を行っている看護師と、妊婦、そして、ほぼ顔を出している新生児へと向かい……、
『……てめえらぁぁぁぁっ!』
「……何が、『てめえら』だよ……ふざけるな」
「……あなたのような最悪の豚に……思い通りになど、絶対させない!」
 錆次郎にタックルされ、掴みかかった腕を、永凛とリティとにしがみつかれ、その動きを止めていた。
『放さんか! このくそサキュバスにメスガキが! ぶち殺すぞ!』
「メスガキ? 残念ながら23だ。ガキじゃない。それに……やれるものなら、やってみるといい」
 リティの言葉に、オークの触手が炸裂する。太いローブを叩き付けられたかのような、骨を砕く衝撃からの激痛に、リティは襲われ……、
「ぐっ……はあっ……」
 昏倒し、地面に倒れる。
『放せ! このクソデブが! 女! テメエも引っ込んでろ!』
 錆次郎の背中に、手にした巨大ナイフを突き刺すニクソン。そのまま永凛を蹴り飛ばした。
「お姉様! このおっ! ……きゃああっ!」
 麗奈が切りかかるも、触手の前に弾かれた。
『食わせろ! 赤ん坊を俺に食わせ……』
 が、その時。
「……ビハインド、『天現寺雷花』! 私の姉ですっ!」
 麗奈の姉、麗美の生き別れていた双子の妹で、もう一人の麗奈の姉。
 ビハインドと化した彼女の一撃が、ニクソンの背後から攻撃を放っていた。
 その一撃は、決して強くはない一撃。しかし……、
 藤子のオルトロス、クロスのソードスラッシュを続けざまに受け、わずかな時間、ニクソンは混乱。
「クロス! いい攻撃だ!」
 それは、駆けつけた藤子の声。
『なっ……がはああっ!』
 そして、ニクソンの横っ面に、ステインの拳が叩き込まれる。
「痛いか? 『出産』の痛みなんて、こんなもんじゃねえんだろうな。だったら……この程度で根をあげてやれねえだろうが!」
『うるさい! くたばれ! このクズが!』
「いやだね、てめぇがくたばるまで……こっちもくたばらねえ!!」
 腰を低くし、放つは『螺旋掌』。掌底の一撃が、ニクソンの身体へとぶち込まれる。
「わたしもだよっ! こんなことで、倒れないっ!」
 続けて、フォルティの旋刃脚が、ニクソンのみぞおちに。
 とまどい、逃げるそぶりを見せたオークだが、
 足下にシフカの、ケルベロスチェインが巻きついている事を知った。
「これは、縛神白鎖『ぐlei伏ニル』。今からお前を……地獄に引っ張るための鎖だ」
 シフカの死刑執行の言葉が、静かに響く。
 既に鎖は、ニクソンの周囲に陣を形成。そして、鎖で描かれた『陣』は、
 澱んだ、黒い『異空間』の穴をも、形成した。
「……これぞ……螺旋忍法!『鎖縛獄門開』(ラセンニンポウ デザート・ヘル・ゲート)!」
 穴から放たれるは、無数の鎖。それがニクソンの、太ったオークの手足に、のたくる触手に、胴体に巻き付き、そのまま……、
『異空間』の中へと、引きずりこんでいた。
『て、てめえら! この……この……』
 最後の言葉は、ごぼごぼとしか聞こえなかった。
 そして、それすらも『穴』は飲み込み、
 おぞましいオークはこの世から放逐され、その痕跡も含め、全て……消えてなくなった。
 その直後。
「生まれました!」
 看護師たちの間から、赤ん坊の泣き声が響いてきた。

●赤ちゃんよ永遠に
「俺は……いや、僕はもう大丈夫だよ。それより、妊婦さんたちは?」
 灯音からウィッチオペレーションを受けた錆次郎は、看護師に質問していた。
「病院に連絡したところ、現在は全員、無事に出産し、母子ともに安定してはいますが、予断を許さない状態でもあるとの事です」
 看護師の答えに、ほっとした表情を浮かべる錆次郎。そして永凛、リティ。
 ニクソンが倒れ、すぐにもう一人の妊婦も出産を終え……事なきを得ていた。
 しかし、決して楽観はできない。
「感染症や低体温も気になるけど、何より、こんな酷い体験が、後に悪影響を与えなければいいんだけど」
「そうよね。必要なら、私も病院に向かい、処置するわ」
 錆次郎とリティにうなずいた永凛も、
「私も、妊婦さんのメンタルケアをしたいから、一緒に行くわ。麗奈ちゃん……」
 お疲れ様という前に、彼女は、
「私も行きます。手伝いたいんです」
 こうして四人は、この場所で出産した二人の妊婦とその新生児二人とともに、救急車で病院へ。
「さて、それじゃ……」
 こちらも後片付けだと、ステインたちは事後処理を。
「……ねえ、みんな」
 と、シフカは懐から、手紙……『天国にいない私の赤ちゃんたちへ』を取り出し……、
「……妊婦さんたち、救えたわよ」
 そう言葉をかけると、小さくくちづけた。
 かつてシフカは、記憶操作能力のあるオークから、偽りの記憶を植え付けられた事があった。
 しかし、たとえ偽りの記憶でも、子供に向けた母性と愛情は本物。だからこそ、今回のオークは許せなかった。
「……守ってみせる、子供達の事は」
 偽りの記憶でも、記憶には違いない。そのことを噛みしめたシフカは。
 子供たちへの想いを、新たにするのだった。

作者:塩田多弾砲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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