ミッション破壊作戦～風が吹いて森が燃える

■リプレイ

●尾花沢は雪だった
「――という感じでいかな？」
　グラディウス使用後の撤退プランを話した、シルディ・ガード（平和への祈り・e05020）は、誰からも異論がしてホッとしたような表情を見せた。
「そういえば、避難中の農家さんに聞いたらね。ここでのスイカ作りは、秋にはもう始まるんだって！」
　何気なく続けた言葉だったが、据灸庵・赤煙（ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357）の表情が厳しくなる。
　尾花沢でのスイカの播種は３月に始まり５月の連休前には定植を終えると言われる。
　普通に考えれば今年のスイカ生産のタイミリミットについてだが、赤煙の懸念はそこでは無くて、日本で最も多く栽培されている稲についてだった。
「どうしたの？」
「何でもありません。私の杞憂だと思います」
　今のところ、広範な地域で、特定の品種が一斉に攻性植物化するような事例は認められないし、そのような動きに繋がりそうな事象も確認できない。尾花沢の事例だけでは根拠には弱いだろう。
　何も起こらなければそれで良い。
　ただ何かが起こってから、その前兆を潰し損ねた。手遅れだった。とは思いたくない。
（「今はまだ西瓜だけですが、これが主食に拡大していけば日本全体を蝕み、人を、ケルベロスを、着実に弱らせるでしょう」）
　だから打てる手は、できる限り早く打って起きたかった。
　そんなタイミングで、目的地への到着を告げるサインが灯る。
「――では行きますわね」
　ヘリオンを最初に飛び出して行ったのは、彩咲・紫（ラベンダーの妖精術士・e13306）であった。
「スイカが沢山食べられる農園に攻性植物が巣食うとは、何とも面倒な事態になっていますわね」
　まずは考えを整理する。尾花沢の特性に思いを巡らせながら、グラディウスを持つ手に気持ちを込めた。
　上空から見る奥羽の山並みは雪で覆われている。
　ヘリオンを出るときは豆粒ほどにしか見えなかった魔空回廊はもう掌よりも大きく見える。
　前日から南下してきた寒波のせいで肌に触れる空気は痛みを感じるほどに冷たい。
　それでも春は間近だ。
　農繁期に向けての準備を考えれば、春を迎えようとしている今、田畑に近づくこともできない状況は名産のスイカのみならず、米も洋梨もサクランボもあらゆる作物の、今年の収穫を断念するのと同じ意味だ。
「スイカは夏の風物詩、この地域に住んでいる方々はスイカを楽しみに待っているのです」
　トラックの荷台に沢山のスイカをのせて、「甘くて美味しい尾花沢のスイカ～♪」と美声を響かせて売り回る山形の風物詩も、これを切っ掛けに途絶えてしまうかも知れない。
　魔空回廊を護るバリアはもう目の前だった。
「ですから、攻性植物を倒して、今年もみんながスイカを楽しめる様にしましょう」
　紫の突き出したグラディウスがバリアと接触した瞬間、太陽が生まれたが如き閃光が広がる。
　光が空気を圧していると錯覚する幻想的な光景を経て、強烈過ぎる光は火球と変わり、爆発音を轟かせた。
　天に向かって十字架の如き爆炎が伸び上がる。
　その輝きを上から下に裂きながら突っ込んで来るのは、ミント・ハーバルガーデン（眠れる薔薇姫・e05471）であった。
「あと３ヶ月もすれば夏です。誰もが、スイカを食べたくなる季節です」
　頬を打つ寒気は熱波に変わり、靡く青髪が焦げてしまいそうな程に熱を帯びる。
　髪につけた薔薇の花弁が水気を失い砕け散るのも気に留めずに、アメシストの如き紫の瞳で、割れた炎の道の先、橙色の輝きを映す防護バリアを見据えてグラディウスを構えるミント。
「大切なスイカを攻性植物にするとは許せませんね」
　スイカを作る人がいて、スイカを運ぶ人が、宣伝する人がいて、売る人がいて、買う人がいて、食べる人がいる。人と物とお金が巡ることを経済と言い、経済は人間の生命そのものだ。
「美味しいスイカの為、そしてスイカを食べる方々の笑顔の為に、此処で退く訳には行きません」
　間近では巨大な壁のごときバリアに向かって、ミントは満身の力を込めてグラディウスを突き出す。
　この日二度目の閃光が爆ぜ、新たに生み出された爆炎が前のそれを飲み込んでさらに膨張して行く。
　雪を融かした蒸気のような熱気が凄まじい上昇気流となる。
　真夏のような異様な熱気に汗ばみながら、燈家・陽葉（光響射て・e02459）は無駄の無い動きでグラディウスを構え、穿つべきバリアに狙いを定める。
「農作物を攻性植物化させるのは許せないね」
　あいつらがやってることのどのあたりが純なる愛なのか、全く分からないのだけど。
　無理に理屈で理解しようとすれば、分からなくは無いが、気持ちの上では受け容れがたいこと。
「取り返させてもらうよ」
　陽葉のグラディウスとバリアが触れた瞬間、爆発が起こる。
　炎を孕んだ上昇気流は進路の雪雲を消し飛ばして、更に上空へと伸びて行く。
　その炎の中に開けた道のような隙間を急降下するシルディ。
「僕は覚えているからね。土を耕して今年に備える事ができなかった、ってすごいさみしそうな顔を」
　瞼を閉じた刹那に脳裏に浮かぶのは、避難所を訪ねた時に出会った、尾花沢の農家の人の表情だった。
「忘れられるはずが無いよ。家にも畑に近づけないのに、春からのことばかり考えて、福島の方の育苗農家さんに苗を頼んでいるなんて……」
　今日、ここで魔空回廊を打ち砕かなければ、あの農家はこれから先どうやって生きてゆくのだろう。
　薄暗い納屋にぶら下がる人影のイメージがよぎる。
「そんなの絶対ダメだよ。だからお願い、願いに応えてよ、グラディウス！」
　思いの丈のすべてを篭め、シルディは構えたグラディウスを叩き付ける。
　瞬間、バリアの球面を覆うように稲妻が走り、キシキシと澄んだ音と共に蜘蛛の巣の如き亀裂が走った。
（「これはどういうことですか？」）
　上空からも見て取れる大きな変化に赤煙は驚く。
　だが、すぐにグラディウスを構えた手に意識を集中する。
　叫びは望む未来を掴み取る意志だ。あと少しで砕けそうだなどと言う甘い予測は意志を軟弱に変える。
　敵に弱みを見せてはいけない。
「芽の内に摘み取らせて貰いましょう！！」
　爆音が轟き、噴き上がる炎と煙は成層圏に達して、黒い雲を広げて行く。風景が急速に暗転して行く中、バリアから飛び散った輝きが、手で掴めそうな星空の様にそこかしこでキラキラと輝き、矢の様に飛ぶ数え切れない程の雷が空中に巻き上げられた異形の影を貫いて様々な色の輝きを撒き散らす。
「まるで花火みたいだねぇ」
　思いがけず作り出された幻想的な光景に、ピジョン・ブラッド（銀糸の鹵獲術士・e02542）は息をのむ。
「そうだ、スイカ、おいしいし夏にあの赤と緑と黒のコントラスト見るとワクワクするじゃん」
　噴き上がって来る炎と煙の先に、魔空回廊を護るバリアの輪郭が姿を現す。ピジョンの目にはそれが花火であると同時に、瀕死の巨獣が慟哭しているようにも見えた。
「夏に一番沢山おいしいスイカを作ってきたココをこれ以上好きにはさせないよ！」
　ピジョンはグラディウスを叩き付ける。
　思いがけず、脳裏においしそうなスイカのフルーツポンチの像が浮かび、瞬間閃光が爆ぜる。そして世界が白黒に明滅する。
　凄まじい勢いで噴き出した爆煙は高速の上昇気流によって高空に運ばれ、同時に渦を巻きながら地表にも広がって行く。
　ディミック・イルヴァ（グランドロンのブラックウィザード・e85736）は鞘からグラディウスを引き抜いた。
　狙い定めた先で、バリアは内側にある魔空回廊の激しい伸縮に揺さぶられる様にして光の破片を散らす。
「人々の食を支える農家を襲って奪い取るなど、今や地球の者となったこの身では到底許しておけぬ」
　金属質の顔からその表情を窺うことは難しそうだが、声には怒りが籠もっている。
「私に食事は不要だが、皆が美味しいものを喜ぶ笑顔は幸せの象徴だ。愛とは定義が難しいが、立場が違えばぶつかるものだ」
　それぞれに立場に思考を広げると、誰もが正しくて誰もが悪くなってしまう。バリアにグラディウスを打ち付けるまでの短い間、ディミックは頭に浮かぶ思いを言葉に変える。
「ユグドラシルの者よ、我らの愛の前に退きなさい」
　閃光、そして爆発。ディミックの複雑な心境を象徴するように爆発の炎は煙と混じり合って赤と灰のマーブル模様を作り出す。模様の煌めきは脈打つ血管のようで、澄んだ音を立てながら砕けて行くバリアの崩壊を手助けしているようだった。
　そんなタイミングで、流星の如くに叫びと共に突っ込んできたのは、ジャスティン・アスピア（射手・e85776）であった。
「そのふざけたスイカ頭を叩き割ってこの地を取り戻す！」
　丹精込めた畑と作物を奪われるのはどれだけ辛く生計にも困難をきたすことか。
　直接命を奪われなくとも、仕事や家を奪われれば、人は病み、死んでしまう。
　ジャスティンは満身の力でグラディウスを叩き付けた。ゴキッと骨の折れるような音がして衝撃が来る。
　激痛に風景が赤く染まって見える中、破片のような光を散らしていたバリアがどろどろと溶け始める。
「やったか？」

●過去から繋がれた希望
　溶け始めたバリアは伸縮を繰り返し小さくなりつつあった魔空回廊に、まるで極小のブラックホールに、吸い込まれるようにして、くしゃくしゃに潰れて小さくなり、指折り数える間も無く魔空回廊と一緒に消滅した。
「一滴の油、これを池水に点ずれば、散じて満池に及ぶとや」
　魔空回廊の破壊成功を確信した赤煙がぽつりと呟いた。
「どういう意味だい？」
「江戸時代の医師の言葉です。油は水に溶けません。しかしたとえ一滴でも池に落とせば、油膜となって池に広がることもあると言うのがそのままの意味です」
　どんな小さな行動も、世の中に広がる可能性がある。
　良いことも悪いことも、生涯をかけた仕事についてだって。
　広がったとしても広い池の水が違った物質に変化するわけではない。
　聞き手によって、解釈は様々にでき、感じ方も異なるが、全てのはじまりが小さな一滴である点は揺るがない。
　そんなタイミングで、攻撃を終えた、ジャスティンが合流する。
「よくやってくれたね」
　撤退準備を整え合流を待っていたディミック労いの言葉を掛ける。風景はスモークに満たされ、嵐の前のように雷鳴が轟く。雲と煙に光を遮られて夜中のような暗さだが、グラディウスを身につけていれば何の心配も無いような気がした。
　先頭を行くシルディはもとより夜目が利く、加えて入念な準備も重ねている為、その足取りに迷いは無かった。
　しかし心の中には漠然とした迷いがある。種族を越えて共に生きる未来は目指せないのかと。
「なにかいるよ！」
　敵影を察知して当然の様に警告を飛ばす。同時にディミックの方光の蝶を差し向け、その力によって第六感を呼び覚まさんとする。
「僕も、先に使わせてもらおうかな」
　次いで動いたのはピジョン。素早い身のこなしで術を発動する。
「防御、展開」
　詠唱と共に呼び出された茨群が、まるで早送りの映像の様に繁茂して防御壁を形作り、直後に煙の向こうから敵が吐き出した種蔓弾のダメージを減じる。
「助かったよ。ちょっとベトベトするけれど大丈夫だから」
　攻撃を受け止めた陽葉は敵の方を見据えたまま、ピジョンに告げると、意識を集中して自ら破剣を纏う。
（「大阪の方でも動きがあったようだし、尾花沢の奪回で何がおこるか……」）
　スモークは濃く、まだ時間は充分にあるはずだ。
　前衛が万全の態勢をとる中、ジャスティンはま呼吸を整えながら身に纏うオウガメタルに気を送りメタリックバーストを発動する。次の瞬間、輝きだしたジャスティンの全身から銀に輝くオウガ粒子が放出される。
「我ハ、純ナル愛ヲ継グ者……ルーンセンチネル！！　ココハ通サヌゾ！」
　スモークの中を光の粒が舞う幻想的な光景が広がる中、ルーンセンチネルは何を考えたのか悠長に名乗りを上げて、精一杯の強がりを見せる。
　敵の態度がどうであったとしても、ここは戦場だ。相手の流儀に合わせる義務はない。
「恨みはありません。が、行く手を塞ぐなら倒れてもらいましょう」
　赤煙の放った凍結弾が突き刺さって緑の身体を白い霜で覆ってゆく。
　次いで、被弾してなお強がって見せるルーンセンチネルの態度を見てミントは好機と判断し、大技を仕掛ける。
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい！」
「応ッ！　来ルガイイ！」
　凜とした声に導かれて無月の残霊が現れる。
「ありがとう。それでは、速攻で行きましょう」
　そう声をかけて射撃を開始するミント、同時のタイミングで目にも止まらぬ速さで槍を乱舞刺せる無月。
　銃弾に穿たれた緑の身体が散った破片が落下するよりも早く、無月の連続斬撃が穴だらけの身体を両断する。
　ばさり。と、鈍く湿った音を立てて、ルーンセンチネルは倒れ伏す。
「えっ、これで終わりですの？」
　続けて両掌から光を放とうとしていた紫があまりにも呆気ない幕切れに目を丸くする。
「ここから立ち上がって来ることもあるから気をつけてね――あれ？」
　ここで戦うのは二度目のシルディが言うのに合わせたように、倒れたままのルーンセンチネルは無数の光の粒を舞い上げて消滅した。
「折角支援してもらったのに心苦しいが、私が出るまでもなかった無かったようだね」
　ディミックはそう言って肩を竦める。
「えっと、早く倒し過ぎてしまいましたか？」
「いえ……むしろ早いほうが良いと思いますの」
　あまりにも呆気なさ過ぎて驚いただけだと、紫はミントの顔を見つめて、穏やかに目を細めた。
「スモークはまだ十分そうですので、慌てず急いで撤退を続けましょう」
「みんなグラディウスは持っているか？」
　出発を促す赤煙の声に続いて、ジャスティンが問いかける。
　今一度、誰もが自分のグラディウスの所在を確認してから、西へと走り始める。
　スモークに覆われて明確ではなかったが、土地は荒廃しているように感じた。
　現実は大ざっぱで融通が利くことも多いが、残酷で物悲しく異常なまでの厳しさを見せることもある。
「きっとまだ間に合うよね」
　苗を準備している農家の人たちの、一生懸命な顔を思い浮かべるとシルディは、強く願わずにはおられなかった。
　この後舗装された道を西に向かって走ること暫し、一行はミッション攻略中のケルベロスたちに出会って、強襲型魔空回廊の破壊成功を伝えた。
「本当にお疲れさまでした！　これで、この尾花沢も平和になりますね」
　初対面のケルベロスからの労いの言葉を聞いて、一行はミッション地域開放の成功を実感した。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年3月18日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 3
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