花宴金魚鉢~冥加の誕生日

作者:絲上ゆいこ

●3月3日、昼
「ねえ、ねえ、今日が何の日か知っているかしら?」
 目元を桃色の髪で覆った少女、遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)は君を見つけると、長い耳を上下に揺らして跳ねるように駆けて。
「今日、3月3日はね! 金魚の日なのよ!」
 彼女は楽しげに笑った様子で、君へと一枚の告知チラシを差し出した。

 流れる水。
 暗い部屋に燦爛と満ちる、艶やかな光。
 水槽の中で華が舞う様に、幾つもの鰭が揺れている。
 美術品のように並ぶ水槽に施された照明。
 壁を泳ぐ影の金魚の部屋、鏡写しの幻想的な部屋。
 それは様々な趣向を凝らした、金魚の展覧会の告知であった。

 3月3日。
 桃の節句、ひな祭り、冥加の誕生日。
 語呂合わせで耳の日。
 そして、金魚の日でもあるそうで。

「良ければ、あなたも一緒に来てくれないかしら?」
 そうしてチラシを手に、小さく首を傾いだ冥加はきみの顔を見上げた。


■リプレイ


「わあ……」
 流れる水が光に照らされて、見開かれた宵色の瞳の中を幾つもの鰭が泳ぐ。
 ステラは夢の様な光景に思わず息を呑んで立ち尽くし。
「こういうのステラは初めてだろう?」
 掛けられた声にはっと現実に戻ってきたステラは、差し出されたルーチェの掌を確りと握って頷き。
「すごいね、色んな金魚さんがいるよ……!」
「そうだな、実際見るのは僕も初めてだ」
 母国でも同じような展示は開催していたそうだけれども、とルーチェは瞳を眇めた。
 そうして彼が足を止めたのは、純白に鮮やかな紅模様。
「母さんも好きだったんだよ、金魚」
 兄の言葉に瞳を揺らすステラ。
 ――お母様も、こうやって金魚を見ていたのかな。
 妹と目線を合わせて水槽を覗き込むルーチェは柔く笑み。
 赤色と宵色が交わされれば、彼は柔く妹の頭を撫でた。
「まるで金魚が咲いているみたいだよねぇ」
「ふふ、確かにお花みたいに、ひらひらしてるね」
 そしてステラは首を傾ぎ。
「……ねえ。お母様のお花も、こんな感じ?」
「そうだね、母さんの花も……金魚の尾鰭が咲いているみたいに、綺麗な花だったよ」
「そう、なのね」
 そっと懐中時計を撫でて、ステラが笑むとルーチェも眦を和らげた。
「そうだな、カフェにも寄ろうか」
「ええ」
 ルーチェの言葉に頷いたステラの掌を引いて、彼は考える。
 今日は覚えている限りの両親の思い出話をしてあげよう、なんて。

 ゆらりゆらり、揺れる鰭を追って。
 金魚すくいじゃ見られない珍しい金魚達が、床に壁に、傘に水槽にと揺蕩う姿。
 部屋を抜けてなお視界の端に、光と優雅に泳ぐ彼等が舞うような感覚。
「綺麗だったな」
 展示にはちょっかいを掛けられないが、ゼリーの金魚ならば怒られない。
 ティアンは金魚鉢ソーダの金魚ゼリーをストローで突き。
「キャプテン、うまそうな金魚はみつかったか?」
「アタシは大きな焼き魚の方が好みだよ」
 揃いの金魚鉢ソーダ。
 ギフトがルミエルに声を掛ければ、彼女は肩を竦め。
 洒落たものは似合わぬとアイス珈琲を頼んだレスターと、シルヴェストルの前にも金魚鉢。
 空色瞬かせたシルヴェストルは、金魚鉢に砂糖とミルクを注ぐ。なかなか不思議な体験だ。
「もしかして、今回のためにわざわざ作ったのかな」
 首を傾いだ夜鷹がまじまじ見上げる焙茶にも、金魚の絵付け入り。
「――湯呑まで金魚か」
 感心に似た苦笑を漏らしたレスターは、金魚型鯛焼きを齧り。
「ま、洒落たとこでぐらい洒落た物食わないとな」
「そうだよ、せっかくだから、ね」
 青い炎を揺らし小さく笑った夜鷹は、和金の泳ぐ寒天をのんびりと口へと運び。同意を重ねたルミエルもゼリーをぱくり。
 赤白錦ソースのオムライスがギフトの前へと運ばれてくれば、いよいよテーブルの上は金魚づくしだ。
「もしかして、全てのメニューが金魚絡みなのか?」
「展示に負けねェくらい賑やかだなー」
 ティアンの言葉に、ギフトがこっくり頷き。
 金魚クッキー添えのシャーベットに舌鼓を打つシルヴェストルが、周りを見渡した。
「嗚呼。そういえば、このカフェも壁が水槽になっているのだな」
「そうだな」
 レスターの相槌。彼もシルヴェストルに倣って水槽を眺めだし。
 赤に黒、金に――テーブルに腰掛ける面々と金魚を二人は見比べて。
「灰色の金魚は?」
「勿論居るさ、レディ」
 その視線から彼等が面々の面影を金魚に重ねているのだと気づいたティアンが、長耳をぴると揺らして尋ねた。
「……何探してんだ? あんましキョロキョロしてっと金魚になっちまうぜ?」
 ギフトはオムライスを口に運びながら、揶揄るように言い。
「おや、金魚のように口が空いていたかね」
「ああ、シルヴェストルはあれぐらい豪華な金魚になりそうだなと思ってな」
 シルヴェストルとレスターは、調子を合わせて言葉を紡いだ。
「俺は、何方かというと鯉だろう?」
「鯉?」
「シルヴィはもう空飛ぶ羽があるのに、魚になるつもりまであるの?」
 シルヴェストルの言葉に、ルミエルと夜鷹が同時に首を傾いで笑って。
「……」
 視界の端に揺れる影。
 ふ、と顔を上げたギフトがその影を見やれば、天井で金魚のモビールが揺れていた。
 うずうず疼く体。
 なーんか、追っかけたくなるんだよなァ。
「……手を出すなよ?」
 ギフトの様子に、ぽつりとティアンが言葉漏らせば。
 猫と金魚。
 ついつい、皆の視線が集まるのは黒猫の獣人――ゼリーを齧るルミエルの元。
「何だい、アンタたち? ……アタシはイイ猫だからね、イタズラ猫みたいに簡単に手を出しはしないよ」
 ルミエルの狩猟本能は食欲と繋がっているようで、食事中はあんまり、だそうで。澄ました表情で彼女はソーダを飲む。
「そういうものか」人の尾を彼女が追っていた記憶もあるが、ティアンはこっくり。
「嗚呼、疑って悪かったな」シルヴェストルも小さく頭を下げるが。
 夜鷹だけはルミエルの尾をじいと見て、狩猟本能は本当に抑えられているのか訝しげ。
「お、向こうに顔出し看板みっけ!」
 そこにギフトが声を上げ、指す先には人面魚看板。
「顔嵌めってそんな、子どもみたいな」
 この後ちゃんと付き合ってあげる夜鷹は瞬き重ね。
「看板か、いいぞ。撮ってやる」
「全員分は穴が無いだろう? 子ども達がやるといいさ」
「頭の花が邪魔なものでね、俺も撮影は見学かな」
 ちゃっかり回避するレスターに、ルミエルとシルヴェストルの大人組も手をひらひら。
「ティアンはカメラをもってるから、撮れるぞ」
 長耳を立ててティアンは、どやっとカメラを手に。
「そうだね、撮ったら転送しておくれ」
 ルミエルは澄ました顔で言う。
 それは自らが写って居なくとも、それはきっと今日の素敵な思い出になるだろう。

 床も壁も無く四方を泳ぐ色とりどりの魚達が、ランタンの光に照らされている。
「まるで金魚と共に泳いでいるようですね」
 見惚れた様に声を漏らす志苑の横で明子は頷き、灯を標に金魚の邪魔をしないようにそうと歩く。
 金魚と歩む志苑の、美しいものを映して輝く紫瞳も見ていたいから。
 ゆらゆら泳ぐ魚の鰭を、二人の小さな足音が追う。
「本当に金魚も色々ですね、あきらさんはどの金魚がお好きですか?」
 志苑の問いに、明子は首を傾いだ。
「そうねえ、和金だとか。シンプルで身近なのが好きかも」
「確かに和金はどの金魚よりも赤が艶やかで惹かれます」
 相槌を打った志苑は一度足を止め、水槽を覗き込んで揺れる赤の鰭を追うと眦を和らげ。
「身近で親しみやすく鮮やかな赤を纏い、優雅に泳ぐ姿はあきらさんのようです」
「まあ! 志苑なら、黒髪をゆらめかすように泳ぐ黒の琉金とか。土佐錦もいいわねえ、おとなしやかに泳ぐのに目を惹かれずにいられない所が、あなたそっくり……」
 紫と視線を交わし軽やかに言葉紡いだ明子は、はたと瞬きに睫毛を揺らし。
「……あら。わたくしったら」
「いえ、綺麗な金魚に例えて頂けるなんて恥ずかしく恐れ多く」
「あんまりここが綺麗だから、つい、志苑のことばっかり考えちゃうのね」
 くすくすと笑って志苑が応じれば、明子は小さく肩を竦めて。
「ね、志苑。とってもきれいよ」
 なんて、笑みを深めた。

 昏い部屋の中を金魚が、壁を、天井を、床を、悠々と泳ぐ。
 プロジェクターに投影された、光の金魚達。
 備え付けられた流木を模したベンチに腰掛けた、広喜と眸は片目を瞑って。
 それぞれ左手と右手の上に、赤い金魚――二人が家で飼っているイチとニイを投影させる。
「ほら、イチと二イが仲間の中で泳いでいルようだ」
「ほんとだ。イチとニイ、すげえ楽しそうだぜっ」
 外の金魚と共にゆらゆらと泳ぎだした、二匹の光の金魚。
 眸が眦を和らげ、広喜が常の笑顔で頷いて。
 普段は金魚鉢の中で泳ぐ二匹が戯れる様に、大きな部屋で鰭を揺蕩わせる様を視線で追いかける。
 ――彼等が一緒に暮らすきっかけになった金魚達。
 縁日で掬って、一緒に生活を初めて、二人で名前をつけて。
 ひらりと揺れる尾鰭。
 ――そうだ、ちょうどこんな風に。
 暴走した広喜を、眸が迎えに来てくれた時もイチとニイが見えたのだ。
「……綺麗だな」
 金魚たちも、――眸も。
 広喜は横目でちらりと眸を見る。
「そウだナ」
 視線に気がついた眸が、翠を空色と交わし。
 彼の脳裏に過ぎっていたのもあの日の事、久しぶりに会えた喜びに満たされたあの日。
 二匹の金魚のように寄り添って、あの時みたいに、ふ、と指先が触れる。
 優しい手で手を掴んで、指先を貝のように結んで、握って。
 ――もうこの掌は、決して離す事は無い。
 ぎゅうと、かたく、かたく、結ぶ。

 周りを見渡すシャムロックのみつあみがゆらゆら。
「こうして見ると金魚も色々な種類があるんすねー」
 床も壁も水に満たされた空間は、ランタンの明かりに照らされて。
 スレンダーなコメット、優美な尾びれの土佐錦。
 鮮やかな金魚達の尾鰭が揺れる。
「見て、モノトーンの金魚なんてのも居るわ」
「おおっ」
 春燕に紹介されるがままに金魚を追いかけていたシャムロックは、ふと目に止まった一匹の金魚を指差し。柔く笑めば。
「こっちには出目金が……」
 しかし。
 彼が言葉を紡ぎ終える前に掌へと絡みつく白くて細い指、――春燕の指先。
 シャムロックは、驚きに目を見開いて。
「……ふふ、びっくりした? ごめんなさいね」
 この薄暗い部屋ならば、少しくらい笑顔がぎこちなくたってきっと平気よね?
 実は少し緊張もしているけれど。春燕は目一杯大人の余裕を漂わせて、笑み。
 目を白黒させたシャムロックは、必死に金魚の数を数える。
 ――平常心、平常心!
 そうして彼は小さく頭を振って、紅色の細身の金魚を指差し。
「……あの金魚は何となく、優雅で綺麗な所が春燕さんっぽいっすね」
「そうかしら、ありがとう」
 春燕はふふ、と小さく笑って。
「ね、この後はカフェで休憩しない?」
「ええ、勿論っす。お手をどうぞ、可愛い人」
 何とか平常心を取り戻せた彼は、少し格好をつけて掌を春燕へと差し出す。
 その手を取った彼女は、綺麗に笑って。

 床一面の水槽。
 淡い灯を纏い、鰭を揺らす色とりどりの魚達が足元をすり抜けて行く。
「――俺達も金魚になった気分だね」
 薄縹色の眸を細めて、笑むラウル。
 しかし声を掛けられたシズネは、声が届いていない様子。
 よくよく見れば、彼は一匹の金魚を夢中で追いかけている様子であった。
「シズネが惹かれているのは、どの子?」
 横で改めてラウルが尋ねると。
 そうっとシズネは彼の耳元に唇を寄せて、内緒の言葉。
「! ――オウサマがいたんだ!」
 朱い蕾が綻び緩やかに咲き始めるように、ゆるりゆるり揺蕩う鰭。
 彼の指差す先には、悠々と泳ぐ和蘭獅子頭の姿。
 シズネにはその金魚が、この部屋の中でも一番大きく見えて。
 ――キンギョキングだと、思ったのであった。
「……確かにこの子は強そうだし綺麗だね。色だって、君の瞳の色に似てるし」
「そうだろう! 強そうで綺麗でオレの色で」
 二人が見つめていると、足元へとすいっと泳いできたキンギョキングは口パクパク。
 その姿が餌を強請っているように見えて、ラウルは唇を笑みに擡げ。
「それに食いしん坊なところもね?」
「食いしん坊!?」
 悪戯げに片目を瞑ったラウルにシズネは目を丸くして。
 頬を膨らせたシズネが金魚を真似て口をパクパクしたものだから。
「後でカフェにも行こうか」
「オレはキンギョキングより食べるぞ!」
 シズネの言葉に、ラウルはくすくすと笑った。

 大きな水槽の中を泳ぐ金魚達は、何だか気持ちよさそうに見える。
「みょうがちゃんお誕生日おめでとう!」「チラシありがとうな」
 めびると敬重の声に、冥加は微笑み。
「まあ、今日の二人はデートかしら?」
「えへへ、そうなの。めびる、金魚ってすごく好きでね、昔、飼ってた事もあるんだよ」
「へえ、そうなのか」
「そう。お宮の外に出られなかっためびるのために、縁日でとった金魚をじんちゃんたちがお土産に持ってきてくれたの!」
 頷くめびるに敬重は瞳を細め。
「お宮の金魚は随分長生きしそうだなあ」
「ふふ、ひらひらの尻尾はずぅっと見てられるよね」
 揺れる明かりが色とりどりの鰭を照らす様に、めびるはうっとり。
「なんだかこういうのって、とっても……ムードが、あるよね」
「はは、ムードね。――確かに優雅って言うか、雰囲気あるな」
 小さく笑った敬重。
 どきどきしちゃうのと拳を握るめびる。
「そうだ。めびるね、買える金魚があったら連れて帰りたいの」
「そうだな、俺も気になってきた」
「それなら向こうにあったのよ!」
 冥加が先を示せば、ありがとうとめびるは手を振って。
「で、ねえ、敬重くん。金魚もひとりぽっちじゃさみしいよね?」
 彼を見上げるめびるは、出来たら二匹とお願い顔。
「そうだなあ」
 同意の色を示す敬重が折角ならば悠々と泳ぐ事のできる水槽も、と。
 どの子にしようか。
 二人は相談を始め――。

 行く道を彩るは、色とりどりの鮮やかな魚達。
 イッパイアッテナはパンフレットを片手に、記された金魚と演出を確かめるよう。
 相棒のミミックのザラキが小さく身体を揺らしながら金魚を追う様を、笑みを浮かべたイッパイアッテナはゆっくりと追いかけて。
 幻想的な明かりに照らされた道を行く。
「おや、冥加さんお誕生日おめでとうございます!」
「あ、こんにちは……!」「ありがとう、イッパイアッテナさん」
 そうしてイッパイアッテナは、シャーマンズゴーストの夏雪とその主の月と並び、金魚を眺めていた冥加に小さくお辞儀。
「金魚の日なんて初めて知りましたよ、冥加さんは地球の文化に詳しいのですね!」
「うふふ、調べてみると本当に記念日って沢山あるのね、面白かったわ」
 笑う冥加に、イッパイアッテナは頷き。
「今日はどんな金魚を見られるのかとわくわくしているのです、ゆったりと楽しませていただきますね」
 帽子を掲げたイッパイアッテナはザラキと共に、更に金魚の道を歩み行く。
 透明な床の下、足元を泳ぐ金魚達。
「……月、冥加」
 ロコはその不思議な光景に魅入られたように。
 茫洋と鮮やかな鰭を眺めていたが、おめでとうと顔を上げて。
「ねえ。行き交う金魚は大体が……赤いよね?」
 確かに白、黄色に黒、斑の子だっているけれど。
「だのにどうして『金魚』と呼ばれるの?」
「確かに……そう言われてみれば不思議です」
 ロコの突然の質問に、月は瞬き重ね。
「紅魚とか、赤魚でも良かったよね」
「それはなんだか美味しそうね」「たしかに」
 煮付けられたり塩焼きにされていそうな名前になってしまった。
 冥加の答えに瞳を眇めたロコは、首を傾ぎ。
「でも何となく足を運んだけれど見事な展覧会だ、誘ってくれてありがとう」
 楽しい一日になると良いね、とロコが手を振れば。
「ええ、またです!」
 月と冥加は手を振って。
「……そう言えば、少しお腹が空きませんか?」
「そうね」
 今日は冥加と月が出会って4度目の誕生日、だから今日はきっと沢山食べても大丈夫。
 目指すは金魚カフェ。
 気になるメニューはシェアして全部食べよう、なんて。

 足を運ぶは、水槽に囲まれたカフェ。
「見て下さい、赤くてひらひらでかわいい金魚がこんなにもリアルなのですよ!」
 垂れ耳を揺らして環が差し出したのは、本物のように美しい飴細工。
 水槽を泳ぐ金魚に見せびらかす様に、環は空中に飴を泳がせて。
「本当、食べるのが勿体ないくらい可愛いですね」
 ぱしゃりと写真を撮るエルムの前には、小さな金魚鉢の中でチョコの金魚。
 盛り付けられた果物にクリームが可愛らしいパフェ。
 ――食べるのが勿体ないのは、アンセルムの前に置かれた和風ゼリーだって同じだ。
 透明なゼリーの中で涼やかに、小さな金魚が泳いでいる。
「うん、とても素敵だ。……飴細工とパフェもいいな、ボクも後で頼もうかな……?」
「――待った」
 アンゼルムは首を傾ぐと、環が突然真剣な表情で二人を見やった。
「ねえ、こんなにそっくりなんです。この飴を咥えたら、私ってばお魚咥えたドラ猫では……!?」
「わ、そうかあ、本当だね。……ところで、それってどこから食べるの?」
 柔く頷いたアンセルムは蔦をわっさり揺らして首を傾ぎ。
「……確かに、思い切りいったら大変です」
「ほら、スプーンを思いきり突き入れると、こう……金魚が。金魚がひどい事になりそうで……」
「あー、やっぱり同じトラップにかかりましたかー」
 エルムの同意に、アンセルムと環は眉を寄せて金魚スイーツをにらめっこ。
「……ふふ、やっぱり2人もそう思うよね」
 人形を抱き寄せて笑うアンセルム。
「やっぱり、一思いに行くしかないのですかねー……?」
「う、ううっ、本当に食べるのが勿体ないです」
 じいとパフェの上で、スプーンを止めたままのエルム。
 環も口に入れれば綺麗な尾びれからすぐ割れてしまいそうで、飴を前に躊躇したまま。
「まあ、皆素敵なご馳走ね!」
「あ、遠見さん」「おや、お誕生日おめでとう」「おめでとうございますー」
 そこに冥加がカフェに訪れたものだから、祝いを重ねて食べ物との戦いは一時休戦。

 食事を終えれば、本物を見に行こう。
 ――どうにか口に入れてしまえば、甘くて美味しい涼やかな金魚達。
 ぴかぴか瞬く光の道。
 金魚達は鮮やかに水槽の中を彩り、揺蕩い――。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月12日
難度:易しい
参加:24人
結果:成功!
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