美緒の誕生日―和を以て包みを為す

作者:柊透胡

「あのね、2月26日って、『包む日』なのよ」
 楽しそうにケルベロス達へ声を掛けた結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)は、色とりどりの布を何枚も抱えている。
 何でも「つ(2)つ(2)む(6)」の語呂合わせから、2月26日は「大切な人を想い、感謝の気持ちを込めて品物を包む事で、楽しさと豊かさを届ける日」とされたようだ。
「まあ、制定されたのはほんの数年前だから、まだまだ新しい記念日なんだけどね」
 そう言いながら、美緒がテーブルに広げていくのは――模様も色合いも様々な正方形に近い布。『風呂敷』だ。
「包む、ラッピングと言えばプレゼント。クリスマスとかバレンタインデーとかで、皆も色々と『包んだ』と思うけど。日本で『包む』と言えば、やっぱり『風呂敷』じゃないかしら」
 実は大学で民俗学を専攻している美緒は、最近、『風呂敷』についてのレポートを書いたという。
「調べてみると面白いの。それに、とっても『エコ』なのよね」
 小さく畳んでしまえば持ち運びも簡単な風呂敷。何度でも使えるし、結び方によって大小・形状に囚われず変幻自在に包む事が出来るのだ。
「バッグとかリュックにもなるし」
 美緒もすっかり風呂敷にはまったらしく、今度、風呂敷の専門店に行くのだという。
「専門店だけあって、昔ながらの柄は勿論、モダンからカジュアルまで、スカーフとかショールにも使えそうなデザインも沢山あるみたいよ」
 サイズも中巾から二巾、二四巾、三巾、四巾……大きな七巾に至るまで、一通り揃っているという。
「皆も一緒にどうかしら? ほら、ホワイトデーもあるし。綺麗な風呂敷で、素敵に包んだ贈り物は、きっと喜ばれると思うわ」
 ちなみに、袱紗も販売している事から和風カフェも併設しており、そこで金封包みや渡し方のお作法、様々な包み方の講習会もあるという。和菓子は主に、生八ツ橋各種らしい。
「美味しいお抹茶を飲みながら、早速、風呂敷包みのプレゼントを交換してもいいかもね?」

 ――ちなみに、2月26日は美緒の21歳の誕生日。尤も、当人は楽しく過ごせればそれで良さそうだ。
「でも……お祝いくらいは、ねぇ?」
「そうですね。年に1度の『サプライズ』は特別ですから」
 屈託なく笑うドワっ娘の背後では、老淑女と青龍のヘリオライダーが和やかに囁き合っていたりするけれど。


■リプレイ

 2月26日――『包む日』であり、降魔拳士であり巫術士でもあるドワっこの誕生日でもあり。
「ドワっこ……でも、今年で21歳なのでしょう? 子供扱いは失礼じゃないかしら?」
「外見が子供のままであるのは、ドワーフ特有ですからね……当人が憤慨するのは、寧ろ『身長』に関してかと」
 どちらかと言えば常識人に類するだろう、土蔵籠りの老淑女とドラゴニアンのヘリオライダーのやり取りは、まあさておいて。
 本日の京都は、生憎の曇り。だが、午後からは晴れ間も見えそうな、そんなお天気。
「~♪」
 例年に比べれば、コートが薄手とやや軽装で、結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)は軽やかに往く。
 風呂敷処「結包」――お目当てのお店は京町家を改造しており、遠目からも風情のある佇まいだ。
「あそこよ。私もまだ2回目だけど、最近1番のお気に入りのお店なの」
「ふむふむ。美緒、本日は宜しくお願い申し上げる」
 古めかしい言葉使いで、誇らかに笑むザラ・ガルガンチュア。美緒より小柄な少女だが、まだ定命化から間もないタイタニアだ。見た目では判断出来ぬ年の功。
「……嗚呼、まずは素敵なお誘い感謝する。そして誕生日おめでとう!」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
 早速、2人並んで足を踏み入れれば、京町家特有の「うなぎの寝床」ながら一列三室、店の間、だいどこ、座敷に至るまで、全て店舗スペースとして様々な風呂敷が飾られている。
「おお。風呂敷とは斯様に種類があるのか」
 好奇心に橙の眼を輝かせるザラ。風呂敷の色や模様は勿論、材質や大きさも様々あるようで、趣味で集めているドールや割物の取り扱いにも使えそうだ。
「小さな頃、不思議と風呂敷好きで今も持ってますが……作法とか結び方とか、全然判らないので、この機会に知りたいですね」
 やはり興味津々の面持ちなのは、イッパイアッテナ・ルドルフ。あちこちと陳列棚を覗いて回る後ろを、相箱のザラキがひょこひょこ追い掛ける。
「そう言えば、『包む日』って新しい記念日なんですか?」
「制定されて、まだ数年って話よ」
「美緒さん、どんどん詳しくなりますね」
 美緒の大学での専攻が民俗学と聞いて、イッパイアッテナは感心したように頷く。
「ルーツの研究に励むなど、立派ではありませんか!」
「……うん、まあ、卒論のテーマに取り掛かったばかりだけどね」
 イッパイアッテナに大仰に褒められ、面映ゆそうに頬を掻く美緒。
「でも、風呂敷とか、一つ一つの文化について学ぶのは確かに愉しいわ」
「本当、風呂敷って便利なのに。今の人はあまり使わないのよねぇ……」
 しみじみと呟いた朱桜院・梢子の装いは、今日も着物姿。桜に鵯透かしの簪がよく似合う。如何にも大和撫子な風情は、京町家のお店にもよく馴染んでいる。
「美緒さん、若いのに風呂敷を使いこなしてるとは流石だわ。お祝いにこれをあげましょう」
 梢子が広げて見せたのは、深紫の風呂敷。満開の桜柄が目にも鮮やかだ。
「裏は無地の紫だから、色々使えると思うわ」
「素敵! ありがとう、梢子さん」
 満面の笑みを浮かべて喜ぶ美緒の様子に、梢子もにこにこと。
「そうそう、梓織さんや創さんにも、ぴったりの風呂敷を選んでみたのよ!」
 老淑女には、朱色に薄紅の牡丹が描かれた高貴な風情の風呂敷を。次いで、ヘリオライダーには紺青の1枚を渡す。
「何と眼鏡柄よ、最近はこんなのもあるのねぇ……」
「これは又……フレームの種類も豊富で、芸が細かいですね」
「私は、何にしましょうか……」
「決めた! 妾はこの風呂敷にする!」
 イッパイアッテナが悩む一方で、マイペースに吟味していたザラは萌黄色に白の花模様の風呂敷に決めたようだ。サイズは二巾(約68~70cm)。菓子折りやワインを包むのに丁度よいサイズだ。ミニバッグにも出来るので、風呂敷初心者向きだろう。
「私はこれ! 梅が好きなのよね」
 梢子が手に取ったのは、赤地に白抜きの梅柄。裏は鶯色のリバーシブルだ。二四巾(約90cm)は一升瓶も包めるサイズで、風呂敷バッグにするという。
「葉介には……あ、これにしよっと」
 最後に、ビハインドの彼には、青柳色に鱗文様の風呂敷を。
「さて、風呂敷も買ったし、和菓子食べに行きましょ!」

 2階は、カフェスペース。総二階なので、天井もそれなりに高い。二部屋に分かれており、奥の部屋は催しに使われる。今は、風呂敷の包み方講習の時間だ。
 もう一方には、小卓が幾つか並んでいる。板の間となっており、椅子席の寛ぎ空間だ。
「お待たせしました」
 窓際の席で包み方の講習が終わるのを待っていたヴォルフ・フェアレーターは、リュセフィー・オルソンを穏やかに迎える。
「……いえ、こちらも丁度仕上がった所なので」
 怪訝そうに小首を傾げるリュセフィーに、ヴォルフは向かいの席を勧める。
「あの、早速ですけど……これ、良ければ受け取って下さい」
 席に着いて、メニューを開くその前に。リュセフィーが卓の上に乗せたのは、小箱の風呂敷包み。黄金帯びた渋めの黄色はヴォルフの瞳の色にも似て。細やかな文様は、トンボ――前へ前へ飛び、後退しない事から勝利を呼ぶ虫とされている。
 結び方は、風呂敷結びの基本、真結びを2つ重ねた四つ結び。真四角の箱を包むのに最適で安定感も抜群だ。
「……開けてみても?」
 講習を受けた成果ではあったけれど、贈り物の醍醐味は開ける時だ。スルリと解けた風呂敷の中身は――狼のチョコレート。狼の獣人であるヴォルフに因んでだろう。
「ありがとうございます。では、俺からは此方を……」
 丁寧に礼を口にして、ヴォルフがチョコレートの隣に置いたのは、やはりこんもりとした風呂敷包みだ。
 紅地に描かれた文様は、宝尽くし。吉祥文様の一種で、宝珠や打ち出の小槌、宝剣や法螺等、縁起のいいモチーフが集められている。
「よろしければ、受け取ってくださると嬉しいです」
 その包み方は、花包み。結び目が花開いたように華やかだ。リバーシブルの風呂敷らしく、花びらの部分が朱焦げ茶のかごめ模様でお洒落だった。
「風呂敷の扱い、お上手なんですね」
「以前、お勤めの一環で覚えました」
 差し出された包みを、じっくりと眺めるリュセフィー。徐に解けば――宝箱のような小箱。リュセフィーに寄添うミミックにも似ているような。
「折角ですし……何か注文しますか?」
 プレゼントを交換して、メニューを開く。2人の雰囲気は温厚篤実。だが、ヴォルフの口調は常の冷ややかさはないにしても、寛いでいる時には程遠い。
 絆や縁が風呂敷のようにしっかりと結び合されるには、もう少し、時間が掛かるのかもしれない。

「和菓子と言っても色々あるからね。何を頼もうかな」
 楽しそうにメニューを覗き込む草間・影士。同じく唇を綻ばせ、小柳・玲央はメニューの一端を指差す。
「私はこれ、生八つ橋が目当て」
 本来、八つ橋は薄く伸ばした生地を焼き上げた堅焼き煎餅の一種だが、蒸して薄く伸ばした生地を切り出した菓子を「生八つ橋」と呼ぶ。
「種類があったりするらしいよ?」
 米粉・砂糖・肉桂を混ぜた正統派だけでなく、抹茶や胡麻を混ぜた生地もあるらしい。仕込まれた餡も粒餡だけでなく、チョコレート餡やカスタード、ちょっと豪華に果物も。
「……あ、桜餡、季節限定だって」
「八つ橋か……頻繁に食べないけど。偶に食べると美味しいよね」
 快活に笑い、影士は歯応えの良い醤油煎餅を注文する。
「此れも日本茶に合うから、俺も頼もう」
 お茶は2人お揃いで緑茶にした。それぞれお茶請けを愉しみながら、お茶を味わうのもじっくりと。
(「……あ、何となく甘い。苦味の中に甘味とか、この淹れ方凄いな」)
「珈琲以外も、淹れ方上手くなりたいんだ」
 しみじみと溜息を吐いて、玲央は目下の目標を口にする。
「もっと影士の好みにあうものを、より美味しく出せるようになりたいし、ね」
「俺の好みに? 嬉しい事を言ってくれるね」
 素直に喜び、相好を崩す影士。
「そう言ってくれるなら……煎餅と一緒に飲む時は、渋めに淹れて貰えると嬉しいな」
「渋めに……淹れ方か、茶葉の違いなのかな」
 衒いなく甘えてくれた事も何だか嬉しくて、後で調べようと玲央は密かに決意する。
「……あ」
 お土産用の生八つ橋を手に席を立った玲央は、お隣の席に着いた美緒に声を掛ける。
「誕生日おめでとう! ……君の髪が春色だから、って選んだものだけど」
 玲央からの誕生日のプレゼントは、桜餡の生八つ橋。
「誕生日おめでとう。好みに合うか分からないけど。お誘いへのお礼も兼ねて、受け取って貰えれば嬉しいよ」
 影士からはやはり美味であったという醤油煎餅で、和菓子好きの美緒には、勿論どちらも嬉しい贈り物。満面の笑みを浮かべて御礼を言った。

「早速、お土産が増えましたね」
「当分、3時のおやつが楽しみだわ」
 丁度、美緒がお祝いを受け取った所に居合わせたイッパイアッテナの言葉に、美緒はにこにこ笑顔のまま応じる。
「講習会の補習までお願いするなんて、熱心ね」
「じっくり学ばせて頂きました」
 少しばかりの居残り講習の成果は、丁寧なお使い包み。
「わあ、可愛い!」
 思わず歓声を上げる美緒。イッパイアッテナの差し出した包みの側面に、招き猫の顔。何でも折り紙出来る風呂敷とかで、折り方によって眠り猫になったり睨み猫になったり。様々な表情が現れるという。
「他にも、福助とか七福神とか、色々種類がありました」
「成程のう……風呂敷、色柄が豊富だな」
 生八橋に煎茶で寛いでいたザラは、風呂敷の変わり種を面白そうに見やる。
「何だかその内、買い足して増えそうな気がするな……」
「増えても困らないのが、風呂敷の良い所じゃない?」
 クスリと笑み零れる美緒に同意するように、ミミックのザラキは大口を開ける。その大口へ抹茶と八つ橋が投入されると、更に嬉しそうにパカパカさせた。
 ――2月26日。『包む日』であり、降魔拳士であり巫術士でもあるドワっこの誕生日でもあり。
「美緒さんにとって、日日是好日でありますように」
「あるがまま良し、なら楽なんだけど」
 老淑女のお祝いに、彼女は何処か大人びた表情で青緑の双眸を細めると、シュガーピンクのおさげを揺らして微笑んだ。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月15日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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