罪と罰のダ・カーポ

作者:朱乃天

 冬の寒空を、覆い尽くさんばかりに広がる鈍色の雲。
 太陽の光は一切届かず、肌を突き刺すような冷たい風が、梢に残った枯れ葉を揺らす。
 重く凍てつく空気に閉ざされた、冬枯れのモノクロームの景色の中に、静かに佇む廃教会がそこにある。
 朽ち果てて、打ち捨てられたその教会に、訪れる者は誰もいない――筈だった。
 光の射さない礼拝堂の暗がりに、隠れるようにその身を潜める一つの影が姿を現す。
 見た目は普通の少年みたいだが、両手と首はモザイクがかって、はっきり見えない。
 窓から外を覗き込む、彼の淡褐色の瞳に映ったものは――空から雪が深々と、地上に舞い降る光景だ。
 雪は天使の羽のようにふわふわと、一面に咲くスノードロップの庭に降り注ぐ。
 その幻想的な景色も、彼は我関せずと退屈そうに眺めていたが――雪降る空を仰ぎ見ながら、少年は何かを発見したのか、微かに口元吊り上げ、ニヤリと笑う。
 視線の先には、彼を迎えに参じた、虚空を漂う奇怪な魚の群れがいて。
 少年は待ちくたびれたと言わんばかりに、礼拝堂の扉を開けて、死神達の待つ外の世界に旅立つのであった――。

「やあ、集まってくれたみたいだね。ボクからも、改めてお礼を言わせてもらうよ」
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はヘリポートに揃ったケルベロス達の顔を見るなり、ジグラット・ウォーでの労をねぎらいながら、話を始める。
 ドリームイーターの本星シュエルジグラットを制圧したことにより、敵勢力を壊滅状態まで追い込んだ。しかし戦争で生き延びた『赤の王様』や『チェシャ猫』と一緒に、残党達も逃げてしまったようである。
 その残党達はポンペリポッサと同様、デスバレスの死神勢力に合流しようと目論んでおり、彼らを迎える為に、下級死神の群れが現れることが予知された。
「そこでキミ達には、これから合流地点に向かってもらって、下級死神達と残党のドリームイーターを撃破してほしいんだ」
 標的となるドリームイーターの名前は『ジョヴァンニ』。
 死神が迎えにくるまで、ジョヴァンニは廃教会の中に隠れ潜んでいる。そしてデスバレスに移動しようとする時が、撃破のチャンスということになる。
 だが戦闘開始から6分が経過すると、ドリームイーターはデスバレスに逃げてしまう。
 更に下級死神はジョヴァンニの撤退を支援する為、死力を尽くして戦いを挑んでくる。
 従って、ただ戦うだけでは、五分五分くらいで撤退を許してしまうことになるだろう。
「そうさせない為に、こちらも様々な作戦を練ることが必要になってくるね。方法については、キミ達に任せるよ」
 場合によっては、下級死神を後回しにしたり、ドリームイーターの注意を引き付けるような方法があれば良いかもしれない。それらの工夫は、ケルベロス次第というわけだ。
「それとジョヴァンニは、音楽に関する攻撃をしてくるみたいだね」
 その攻撃方法は、モザイクの手から、旋律を紡ぐ五線譜のように糸を繰り出してきたり、ノイズがかった歌声は、聴く者達の力を削いでいく。また、祈りを捧げるような仕草を見せると、相手は罪の意識に苛まれ、精神までも侵されてしまう。
 これらの点に気を付けながら、作戦を遂行してほしいとシュリは言う。
「死神勢力にドリームイーターが加わることだけは、何としても阻止しておきたいからね。どうかキミ達の手で、全てに決着を付けてほしい」
 彷徨う夢喰い達の還る場所、その死を以て、この戦いに終焉を――。


参加者
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
輝島・華(夢見花・e11960)
ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
九重・しづか(海柘榴・e42275)

■リプレイ

●邂逅のプレリュード
 空は鉛色の雲に覆われて、ふわりと舞い降る雪が導くその場所は、人々の記憶の彼方に忘れ去られた廃教会。
 仄暗く、色褪せ朽ちた、退廃的な世界の中心で、その『少年』は一人立ち尽くして待っていた――冥府の海へ、自分を導く存在を。
 虚空に歪みが生じて、彼の地に出現したのは、計10体もの巨大な怪魚。
 それらは下級死神、『ザルバルク』。戦争で生き延びたドリームイーターの少年を、迎える為に現れたのだ。
 少年は自分の居場所を教えるように手を伸ばし、死神達と合流を図ろうとする。
 これでもう、この世界とはおさらばだ。そう考えながら、ニヤリと笑ったその直後――。
「皮肉だねぇ。あの日、死神に殺された『彼』と良く似た少年が、今度は死神と行動を共にするだなんて……」
 相手の顔を一目見るなり、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)はこれも運命の巡り合わせなのかと苦笑する。
 彼の脳裏に浮かぶのは、少年時代の唯一無二の親友――『ジョヴァンニ』だ。しかしその友人は、死神の襲撃に遭って命を落とし、還らぬ人になってしまう。
 だがその親友と姿形の全く変わらぬ夢喰いが、今こうして目の前にいる。それが本人なのかは定かでないが、この現実に一体何を思うだろう――。
「ねえルーチェ、彼は誰?」
 相手を知っているかのような兄の口振りに、ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)が問い掛ける。
 そんな弟からの疑問に対し、ルーチェは「Sono io」とだけ返答し、その言葉にネーロは何も聞かずに力強く頷くのみだ。
 二人の間の因縁が、どうであろうと、自分はただ弟として、彼らの過去に区切りをつける手助けをする。だから遠慮はしないと、笑みに仄かな狂気を滲ませる。
 そうした二人と対照的に、エヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968)は表情を曇らせながら、愁いを帯びた様子で双子の兄弟に視線を向ける。
「……出来れば会って欲しくなかった。そういうのは、アタシの我儘でしょうけれど」
 二人には聞こえないくらい小さな声で、ぽつりと呟くエヴァンジェリン。
 夢喰いの少年との邂逅に、不安を隠せぬ彼女であるが。それでもこの戦いが、『兄さん』の望むことなら黙って手伝うのみであり。力になって支えることが、兄と慕いし彼への献身なのだと――。
 ドリームイーターの少年と死神との合流を阻止する事は、ケルベロス達における共通認識である。その上で、彼らが相手に抱く思いは様々だ。
「敵がルーチェさんと縁ある存在であるならば、可能な限り貴方の望む方向へ。幕引きへ導けるよう、私の出来る事を――」
 ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)が願うのは、ルーチェの思いが果たされる事。
 それこそ最良の結末で、少女は願いを叶える為に、タン、と地面を蹴って白花を散らし、空に向かって高く舞う。
「この邂逅が……ルーチェ様の更なる呪縛に、なりませぬよう」
 九重・しづか(海柘榴・e42275)はルーチェの身を案じるように、白金に揺れる首飾りに手を添える。
 其れはお守り代わりに贈ってくれた『Cornetto Rosso(赤い角)』。君を守りし紅い剣にならん、と込めた思いに今こそ応える為にも、しづかが巨大な鎚を担いで照準定め、少年を狙って溜めた魔力を一気に発射。
 そこへブランシュが、落下の加速で重力を載せた蹴りを放って、二つの力が少年目掛けて襲い掛かる。が――下級死神の一体が間に入って盾となり、ブランシュとしづかの攻撃を、少年の代わりに受けるのだった。
「死神達は言わば護衛役といったところでしょうか。それなら数を減らして、突破口を開いてみせます」
 相手が妨害するなら排除してみせると、知井宮・信乃(特別保線係・e23899)は強気の姿勢で気炎を上げて、敵陣営の真っ只中に突撃していく。
 信乃が螺旋を篭めた掌を、弱った死神相手に押し当てる。その瞬間、解き放たれた衝撃によって、死神の大きな魚体が吹き飛び、まず一体を仕留めるのであった。
 ケルベロス達は攻勢を掛ける一方で、守りの備えも忘れない。
「――Nobiscum deus」
 ジークリート・ラッツィンガー(神の子・e78718)がヴァイオリンを肩に掛け、仲間を支援するべく、音に魔力を乗せて演奏し始める。
 曲が流れると、波動関数が異なる解に収束した、無数の可能世界に存在するジークリートと同じ姿の幻影が、周囲に顕れ、一楽団を成す。
 弓を弾き、弦が奏でる音色は、悪しき力を遮るよう、仲間に聖なる加護を付与させる。
「あなたが何者なのかは存じませんが、私は自分の為すべき事をします。誰も傷つけさせはしません!」
 例え相手が誰であろうと、輝島・華(夢見花・e11960) は回復役として、仲間を守り、攻撃に専念させるだけである。
 ケルベロスとしての任務に忠実に、デウスエクスを倒す事。華が魔力を宿した杖を掲げると、破邪の力を備えた雷の壁が張り巡らされていく。
 ――ドリームイーターが逃走に要する時間は、僅かに6分。
 ケルベロス達はそれまでに、ドリームイーターを倒すだけでなく、同時に抗う死神達とも戦わなければならない。
 この難局とも言える状況に、果たして彼らはどう立ち向かうのか――。

●生と死のロンド
「全く……厄介な連中に見つかったものだね。でも退屈凌ぎの相手には、丁度いいかな」
 番犬達に逃亡を阻まれた夢喰いは、微塵も動じることなく、逆に迎え撃とうと身構える。
 彼のモザイクの手は、楽器を演奏する事も出来ず、モザイクの首から発する声は、歌う事すら叶わない。
 しかしそのような失われた部分こそ、ドリームイーターの力の根源なのである。
 ジョヴァンニがモザイク化した手を使い、ピアノを弾くかのような仕草を見せる。
 すると彼の五指から糸が伸び、番犬達を絡め取らんと迫り来る。
「兄さんは、我が身を賭しても守ってみせます」
 だが今度はエヴァンジェリンが前に立ち、五線譜の如く繰り出される殺意の糸を、身を挺して受け止める。
 絡まる糸がギリギリと、エヴァンジェリンの身体を締め上げる。五線譜が紡ぐ旋律は、相手の悲痛な叫び声。だがダチュラの花を戴く天使の乙女は、声を上げることなく耐え凌ぐ。
「俺ができるのは、ルーチェの気持ちの決着のために露払いをすること」
 兄を苦しめる夢喰いと、死神全てを破壊したい――ネーロは抗い難い衝動に駆られるものの、頭の中は冷静に、戦況を見極めながら狙いを定める。
 そしてルーチェも呼吸を合わせ、指輪に念じ、具現化させた光の剣で、死神に一太刀浴びせて斬り裂いて。更にネーロが、竜の力を宿した巨鎚に凍気を纏わせ、超重力の一撃を叩き込み――生命潰えた瀕死の怪魚が、地に落ちる。
「この調子で、次も参りましょう」
 しづかが片手を突き出し、魔法を発動。唱える呪文は大気を歪ませ、ドラゴンの幻をそこに創り出し、噴き出す炎で空飛ぶ怪魚を灼き払う。
「タクトを揮うのがルーチェさんなら、私はその指揮に全力で応えて見せましょう」
 信乃が精神を集中させて、極限まで溜めた理力を、炎に灼かれる死神相手に撃ち当てる。
 怪魚の肉が弾けて血が飛沫き、次いでブランシュが、黒曜石の巨大な鎌を振り被り、回転させて手負いの死神目掛けて投げつける。
「邪魔者は、早々に退場願います」
 暁色に染まる刃が旋回しながら、貪るように斬り刻み――八つ裂きにされた死神は、断末魔と共に跡形残らず霧散した。
 また一体と倒される死神達だが、ドリームイーターを守る為、形振り構わずケルベロス達に牙を剥く。
「皆様の傷は、わたくし達が治して差し上げますわ」
「ええ。私も癒し手として、皆様を支えてみせます」
 華が祈りを込めて降らせる癒しの雨は、雪へと変わり、仲間が負った傷口に、溶け込むように治癒を施す。
 片や、ジークリートは高らかに声を響かせ、聖歌を歌う。魂を鼓舞する勇壮なる旋律に、番犬達の眠れる闘志が奮い立つ。
 ケルベロス達は尚も攻撃の手を止める事なく、残った盾役の死神を難なく撃破。逃走まで残り3分となったところで、夢喰いの少年に手が届くところまで遂に来た――。

「やれやれ、思ったよりもやるじゃない。お兄さん達」
 そう言いながらジョヴァンニが、余裕の笑みを覗かせる。その表情はあどけない少年なのだが、彼は紛れもない夢喰いなのだ。
 モザイクがかった喉から奏でる歌は、聲にノイズが混ざって、不協和音の音波となって。破壊の音は空気を震わせ、生じる圧が番犬達を罰するように闘争心を削いでいく。
「歌で勝負なら、わたくしも負けていられませんわ」
 相手が聲亡き歌なら、こちらは魂を乗せた歌声を――ジークリートが仲間達への想いを込めて、響かせる声。生きて背負い続けていく罪に、赦しを与えて癒さんとする、優しい調べに番犬達は再び気力を取り戻す。
「音楽で人を傷付けることしか出来ないなんて、実に哀しく……憐れだねぇ」
 少年に抱くルーチェの想い。言葉で悲哀を口にすれども、戦う上では冷酷に。表情一つ変えずに非情を貫き、空を駆け、繰り出す蹴りが相手の腹部に炸裂し、夢喰いは足を蹌踉めかせながら後退る。
 彼を守る役目の死神はもういない。ならばと番犬達は、残りの怪魚達には見向きもしないで、ドリームイーター打倒の為に火力を集める。
「祈る時間は、あげない――」
 『Jeanne』――それはエヴァンジェリンがが唯一憧れ抱いた、戦乙女の名。
 かの聖女のように真っ直ぐに、どんな謗りを受けようと。
 ただ声を信じて、守るべきものの為――銀槍携え、梟の爪を翻すが如く放つ斬撃は、煌めく星の光のように、征くべき道を切り拓かん。
「ルーチェの望む幕引きを、逃しはしない……」
 全ては双子の兄の為だけに――ネーロはルーンの透かしが刻まれた、白銀の指輪に誓いを捧げ、魔力を高め、時間を凍結させる弾丸を、討つべき敵に向かって撃ち放つ。

●断罪のフィナーレ
 ここから先は時間との勝負とばかりに、ケルベロス達が怒涛の猛攻撃で攻め立てる。
「――葛の呪縛を打ち破り、御出でなさいませ、ツチゴモリ」
 しづかが剣を地面に突き刺し、巫力を注ぐと――むくりと地から這い出ずるのは、召喚された巨大な土蜘蛛。
 その大蜘蛛にしづかが命を下せば、千筋(ちすじ)の糸を発して夢喰いの四肢に巻き付かせ、じわりと締め付け、生命力を殺ぐ。
「貴方はどんな色の花を咲かせるのでしょう――」
 普段は物静かなブランシュの、心の内に渦巻く地獄の炎。それを彼女が解き放ち、烈しい炎の奔流を、相手の体内に送り込む。
 東雲色の炎はまるで朝焼け空に似て、熱も痛みも感じることはないのだが、代わりに敵の生命を啜り喰らい、芽吹いた種は、鮮やかな紅蓮の花を咲かせるのであった。
 スノードロップの白い花弁が宙に舞い、花咲く箒の車輪がうねりを上げて、夢喰い少年に向かって猛突進。
「――さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
 地を駆る箒に跨りながら、華が掌の中で魔力を練り上げ、生成された花弁が風に運ばれ、花の嵐となって渦を巻き、刃の如き一片がドリームイーターを斬り刻む。
 ケルベロス達の畳み掛けるような波状攻撃に、ジョヴァンニは徐々に追い詰められていくものの、倒れるまでには未だ至らない。
「……いかにも悲劇の主人公といったところですか。ですが、悪夢はもうお終い……ここでフィナーレです」
 信乃が氷の螺旋を描いて少年に放ち、氷柱と化した螺旋が脾腹を穿つ――しかしそれでもドリームイーターは、薄ら微笑みながら番犬達に殺意を向ける。

 ――そして戦闘が開始されてから、時間が6分を回った、その時だった。
「その欠損を埋められるモノは、此処に在る。ジャンニが求めるのなら、僕は両手も声楽も捧げるよ」
 だから、奪いにおいで――と、少年の気を惹くかのように、ルーチェが両手を広げて相手の攻撃を誘う。
 彼の思わぬ行動に、ジョヴァンニは虚を突かれながらも不敵に笑い、受けて立つ。
 少年は首から下げたペンダントを握り締め、祈りを捧げるように歌を詠う。
 憐れみたまえ――と告げた瞬間、ルーチェの視界が霞んで揺らぎ、彼の紅い瞳に映るのは、少年だった頃の過去の世界。
 モノクロームの景色の中で、死神に襲われ、力の無かった当時の彼は――その弱さ故、判断を誤り、一人の少年を殺してしまう。
 それはルーチェの心に刻み込まれた、罪の記憶。その無残な光景は、瞳の色と同じ血に染まり、広がる赤は闇に融け、彼の身体も魂も、全てを呑み込み、喰らおうと――。
 昏くて冷たい、闇の中。光を閉ざした世界に、どこからともなく射し込む、目映い輝き。
 織り成す光の糸に引かれるように、闇の迷路を抜けた先、待っていたのは春の陽だまりのような優しい温もり。
「兄さんがどれだけ痛みを抱えても……せめて、最後まで隣に寄り添うわ」
 耳元で囁きかける澄んだ声。エヴァンジェリンの癒しの光が、ルーチェを包む闇を祓い、どうか悔いなき決着を、と全ての終わりをその手に委ねた。
「――此処は終焉の地。凍てつく檻からは、逃れられない」
 兄を援護するべく、ネーロが力を行使する。凍てつく冬の冷気が魔力を高め、地面に氷の蔦を這わせて、ドリームイーターの足に纏わりつかせる。
 氷の檻に囚われた、咎人たる夢喰いに待っているのは――断罪の終焉(フィナーレ)。
 その最期の幕を下ろすのは、『彼』自らの手で――。双子の兄たるオラトリオの青年が、一歩ずつ、囚われの少年の傍に歩み寄る。
 両手に嵌めた手袋を、右手の方だけ外すと、その手の甲には、漆黒の茨が絡むエイワズのタトゥーが刻まれている。
 差し伸べるのは果たして救いの手だろうか。少年の胸に触れれば、そこに生命の鼓動が伝わって、光を帯びた刻印が、相手の胸にも浮かび上がる。
「Addio.Mi dispiace,tu non sei Giovanni――」
 別れの言葉を告げた後、ルーチェは後ろを振り向きながら、右手を小さく握り締める。
 生命を断ち切る刻印は、魂を宿す臓腑を抉り、脈打つ生命の音が儚く消えて――少年は、まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちて逝く。
 ドリームイーターが斃れる音を聴きながら、ルーチェは蕩けるように甘美な微笑を、静かに浮かべるだけだった――。

 斯くしてケルベロス達は残った死神全てを掃討し、完全勝利で戦いの幕が閉じられる。
「その首飾り、素敵ですわね。どちらで入手されましたの?」
 ジークリートが不意に訊ねる視線の先には、ルーチェの首に掛けられた古銀貨の首飾り。
 彼女の問いにルーチェは無言で微笑み、それを首から外すと遠くへ投げて、右手に持った銃で撃ち抜いた。
 あの世で眠る親友に、届くようにと銃声響かせ。空へと昇る硝煙を、仰ぎ見ながら、抱く想いは――ただ安らかなれ、と。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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