皇帝の鉄拳と打ち合う者たち

作者:塩田多弾砲

「さてと……」
 麟堂龍児は、公園でランニングを終え、シャドーボクシングを始めていた。
 じきにプロテストが始まる。自分の青春は、ボクシングにかけたのだ。
 今日も明日も、自分の情熱をリングにかける。そう言い聞かせ、ここまでやってきた。
 時間は夜、この時間帯にはこの公園には人はほぼいない。このままもう少し汗を流した後、ジムに戻るか……。
 そう独り言ちた、その時。
 公園の中央部、円形の野外舞台の中心部を……巨大な『拳』が撃ち抜くのを見た。
「な、なんだ……?」
 龍児は、『拳』が撃ち抜いた場所から、人型の巨体が現れ、夜の公園に立った。
 そいつの堂々とした立ち姿は、まるで『王』や『皇帝』。両腕の拳は、体格に比べて一回り大きい。
 そいつは、龍児を見かけると……、
 ボクシングスタイルのファイティングポーズを取り、パンチを放った。
 距離が離れており、届くわけがない。が、人型の巨体の『腕』は、まるでロケットのように発射され……、龍児に飛んでいき、粉砕。
 さらに周囲の木々を破壊し、地面をえぐると。『腕』は指先から逆噴射し、本体に戻り装着。
 文字通りの『鉄拳』。人型……ダモクレスは、両拳を握りしめながら、胸を張り、
『GAOOOO!』と叫ぶと、歩き出した。

「以前に出現した、ダモクレスッスが……」
 ダンテが言っているのは、エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)らにより退治された、ミサイルを武器とするダモクレス『ヘッジホッグ』。
「その『ヘッジホッグ』が出た町と、そう離れていない町に、また出たッス。ダモクレスが!」
 彼が予見したのは、いわゆる『ロケットでパンチを放つ』……ある元祖的なロボットアニメのロボットのように、自身の『鉄拳を発射する機能』を持つダモクレスが出現し、それが大暴れする、というのだ。
 そして、こいつも例によって、七分、420秒経過すれば、魔空回廊が発生し撤退。撃破不可能になる。故に、七分以内で撃破しなくてはならない。
「そいつが出たのは、夜の公園の中心部ッス。木々が生えて遊歩道が中心部の……円形の野外劇場に続いてるッスが。中程度の高さのビルがたくさん建ってる通りに隣接してるッス」
 つまり、すぐ近くにビル街があるというわけだ。幸い、その多くが事務所や小さな工場、店舗などで、こいつが出た時間帯には人はほぼ居ないらしい。
「なもんスから、人払いは気にしなくて良いと思うッス。ただ……このダモクレス自体は、めっさヤベーっす」
 そいつの外見は、普通に人型のロボットのような姿、だという。しかし……、
「そいつの姿は、魔神か王か、皇帝か、とにかくヤベー雰囲気漂わせてるって感じッス。近いのは、殺気漂わせてる武道家とかッスね」
 そして、攻撃はボクシングのような両拳。ゆえに『カイザーナックル』と呼称するが、
「こいつ、復活したばっかでグラビティ・チェインが枯渇してる割に……めっさ素早く動けるッス。フットワークすげーし、デンプシーなロールもかますくらい、パンチ出す時の体のバランスもすげーっス」
 身長は7m弱……6m半かそれより低めだが、ボクシングのファイティングポーズを取ると猫背になるため、更に低く感じられる。
 そして、そいつは通常攻撃も、普通にボクシングスタイルでパンチを放つだけでなく、『己の鉄拳をロケットで放つ』攻撃、仮称『ロケットナックル』を有しており、距離を取っても攻撃が可能。
 ロケットナックルは、本体に戻る時には指先から逆噴射し、本体に装着される。何度でも使う事が出来るのだ。
 更に、フルパワー攻撃。これはロケットナックルを発射するも……ナックルの噴射口を全開にさせて超高速移動させ、まるで流星群のように、天翔けるペガサスのように、自分の周囲、半径7m内を飛び回り、数秒間で百発もの拳の連打を叩きこむ、という荒業を繰り出す。この内部に誰か、または何かが居たら、文字通りの鉄拳を数十発叩き込まれるのと同じ。全てが潰されるだろう。
 しかも、片腕だけでなく、両腕でそれを使用する。使用する直前に、そいつは両腕を大車輪のようにぐるぐる回転させるが……食らってしまったらまず間違いなく戦闘不能になるほどのダメージを受ける。
「この攻撃……『コメットナックル』は、かわす方法はまずないっスね。全力で後退して、相手のリーチから逃れるか、あるいは大楯など使って耐えきるくらいしか、方法は思いつかないッス」
 後者選んだら、まず間違いなく大ダメージ喰らうでしょうッスが、と付け加えるダンテ。
 とはいえ、『コメットナックル』を放ったら、その直後……5秒間は硬直する。
 この時間は、こちらが攻撃し、攻略するために使えるかもしれない。
「ボディは、頑丈な金属で覆われてるッス。ナックルも同様ッスね。破壊する事は不可能でなくとも、時間がかなりかかるッス。ただ……」
 逆に言うと、両腕をなんとかすれば攻撃能力を大幅にダウンさせるため、攻略する余地が生じるかもしれない。
「たとえば、ロケットナックルが発射されたら、それを本体に戻らないように抑え込むとか、穴掘って埋めるとか、そういう方法が取れるかと」
 ロケットナックルは、ボクシンググローブのように、四本指が一体化した形状。
 さらに、ロケットナックルが発射されたら、内部の予備ナックルが露出する。
 こちらでパンチする事も可能だが、ロケットナックルのように発射できず、頑丈さも欠けるため、大幅にパワーダウンする事に。
「ただ、ロケットナックルを抑え込むのは、かなりムズかしいッス。時速100kmで走る車の前に出て、受け止めて止めるようなもんスからね。要は……かなり気合入れる必要があるってこってス」
 それでも、戦わねばならない。もしもこれが回収された状態で量産され、戦場に出現したら。地獄が現世に出現する事だろう。
「そんな事を、許すわけにはいかないッス! 皆さん、絶対に奴を倒してくださいッス!」
 いうまでもない。ボクサーもどきの鉄くずなどに、誰も傷つけさせないし殺させない。
 チャンピオンボクサーからベルトを奪わんとするチャレンジャーになった気分で、君たちはこぶしを握り締め立ち上がった。


参加者
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
湯上・伊織(ゆがみちゃんは歪みない・e24969)
草薙・美珠(退魔巫女・e33570)

■リプレイ

●ストップ・ザ・ダモクレス
 公園の中央部、円形の野外舞台を……巨大な『拳』が撃ち抜くのを見た龍児は、
「な、なんだ……?」
 いきなり現れた『天使』、エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)に対しても、驚いていた。
「ケルベロスだ。避難を!」
 それを聞いた龍児は……、次の瞬間。
『カイザーナックル』の拳が放たれ、こちらに飛んでくるのを見た。
 思わず目をつぶり……、
「……大丈夫か!?」
 眼を見開いたら、『光の翼』を広げたエメラルドに抱えられ、空を舞っている自分に気付いた。
「奴は、私たちが倒す。貴方は安全な場所へ!」
 地面に卸された龍児は、頷き、そのまま……遠くへと逃げていった。
「さて……これで避難は完了。だが……」
 ダモクレスも、これと同じくらいにあっさり片が付いてくれればいいが。そう思いつつ、仲間たちの元へと飛び、地面に降りる。
「奴め、凄まじい威容だな……」
 エメラルドは『ゴッドフィスト』を連想していたが、やはりスケールが違い過ぎるためか、別物にしか見えなかった。
「塹壕、思ったより掘れませんでしたが……」
「でも、いくつかは掘れたわよ!」
 草薙・美珠(退魔巫女・e33570)と湯上・伊織(ゆがみちゃんは歪みない・e24969)の言う通り、カイザーナックルの進行方向、芝生が生えた地面の運動場には、いくつもの塹壕が掘られていた。
「いいえ、草薙さんと湯上さんのおかげで、有利にコトはすすめられそうですよ。ここなら水道管や埋設電線もありません。思い切り……戦えます」
 と、ライドキャリバー『プライド・ワン』を従えた、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が。
「陣形も周囲の地形や状況もばっちり頭に入ってるぞ! あとは……」
 コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)と、
「ええ。こいつを倒すのみ、ですね」
 クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)、二人の戦意と闘志が、目に見えるほどに沸き立つのをエメラルドは感じ取った。
 全員の携帯端末、そのタイマーが同時に動き始めた。

 少し前。
「こうすれば、アラームになるわよ」
「あらーむ機能……なるほど、こういうのもあるのですねっ」
 と、機械音痴な美珠に、伊織は送ったスマートフォンの使い方を教えていた。
「これで、五分経った事がわかるのですねっ」
 と、田舎のおばあちゃんに教えるように、五分後にアラームが鳴るよう設定していたのだ。
 そして今、その機能が動き始めた。
 しかし……尋常ではない『殺気』が……目前のダモクレスから漂っているのを、伊織は感じていた。
 既にボクシングスタイルで構え、機械だというのに殺気めいた雰囲気が。猫背で両拳を構えており、身長はやや低め。
 時を超え神代に蘇った、神にも悪魔にもなりうるような『魔人』……否、『魔神』の皇帝。
 そいつの顔は、騎士の兜のようにも、髑髏や悪魔が笑っているようにも見える。
 そのまま、吠えた『カイザーナックル』は、突進し……。
「来るぞ!」
 コクマの言葉通り、拳を発射させた。
 右の拳から手首、前腕部を発射。それはマグナム弾のように、銀河を破壊するかのように、空気をうならせ飛んでくる。
 すんでのところで、迫り来た拳を……、
「……!」
 クリムが惹きつけ、かわした。
「速い! それに………」
 拳とともに放たれる『衝撃波』。それがクリムを打ち据える。
 腕に一抱えもある、巨大な金属塊。それが超高速で飛んでくるのだ。衝撃波が発生して当然。
 後ろざまにふっとばされるクリムだが、何とか堪え、立ちあがる。
「……いいだろう。相手にとって不足なし。私が倒すにふさわしい相手だ」
 セントールランスを手に、クリムは構え……他の皆も身構えた。
 指先から逆噴射し、手首を再接続させた『カイザーナックル』は、
 ケルベロスらを血祭りに上げんと、両拳を握りしめ、身構えた。
 両者の間に、戦いの空気、張り詰めるような空気が流れる。日常の場である公園は、『戦場』へと変化していた。

●炸裂! 強力ロケットナックル!
 ボクシングは、足技も関節技も無い。攻撃はパンチのみ。故に、格闘技として下に見る者も少なくない。
(「誰だ、そんな莫迦を抜かした奴は!」)
 コクマは、そう毒づかずにはいられなかった。
 ボクシングの武器は『拳』だが、それと同じくらい、『フットワーク』……すなわち『脚による動き』が肝。
 既にクリムのサイコフォース、そして真理のプライド・ワンによるデッドヒートドライブを受け、若干は傷ついている『カイザーナックル』だが、その動きは全く鈍っていない。
 コクマは鉄塊剣『スルードゲルミル』を叩きこもうとするも、ことごとく回避され、触れる事すらできない。
 地面を滑るように動き、拳が剣より鋭く、叩き込まれる!
「あぶないっ!」
 美珠の雷刃突の一閃が無ければ、直撃していたに違いない。しかし、その一撃すら、踏んだステップと足による移動により、掠ったのみ。
「……拳闘の技に、これほど優れているとは……」
 日本刀『草薙剣』を正眼に構え、『カイザーナックル』を見据える美珠。
 彼女とともに、コクマは鉄塊剣、クリムはセントールランス、真理はアームドフォートを手にして身構えている。
 エメラルドも、ゲシュタルトグレイブを手にして……塹壕の一つに半身を隠し、『カイザーナックル』へと視線を向けていた。
「……ガジェットガンも、直撃しなかったわね……」
 伊織も呻いていた。彼もまた、塹壕と掘り出した土に半身を隠し、勝機を見出そうとしている。
「……直撃、させるですっ!」
 真理がフォートレスキャノンを放つが、『カイザーナックル』は上半身を動かし……いわゆる『ウィービング』というディフェンステクニックでかわし、突進。
 と見せかけ、左のロケットナックルを放つ!
 その先には、コクマがいた。そして彼は、拳がまるで、銀河を貫く幻影……ファントムのように、素早く接近する事に、対処しきれなかった。
「あぶないっ!」
 もしもクリムがいなければ、それはコクマを直撃していた事だろう。だが……、
 クリムごとコクマを捉えた左拳は、二人にぶち当たり、吹き飛ばす。
「……っ! だめ、間に合わない!」
 真理の目前で、青髪の地球人と黒髪のドワーフは、
『ザシャアアッ!』という音とともに地面に転がった。
「す、すまん。クリム……」
「……大丈夫か? こちらは、掠り傷だ……」
 息も絶え絶えに、呟く二人。
「だが……やはり、『間合い』の判断がしづらい、な……」
 が、左拳が戻る、そのわずかな時間に。
「食らうがいいっ!」
 エメラルドの稲妻突きが、『カイザーナックル』の胴体に炸裂。その装甲を歪ませ、傷つけ、切り裂いた。
「はーっ!」
 続き、伊織のガジェットガンの援護を受け、美珠の正確な一刀! よろめいた『カイザーナックル』だったが、すぐに体勢を立て直した。
 そのまま、マグナム弾のごとき右拳を発射する。それはエメラルドを追い、彼女を打ち据えようとするが。
「……かかった!」
 それは、エメラルドが潜む『塹壕』へと拳を導く結果に。すんでのところでエメラルドが空中に飛びあがり、右拳は穴にすっぽりと収まった。
「今だ! 埋めろっ!」
「嫌なものは埋めちゃえ!」
 即座にエメラルド、そして後方に控えていた伊織が、近くに堆積させていた盛り土を塹壕内に落とす。たちまち、塹壕は大量の土砂により埋め立てられ、右拳は土中に封じ込められた。
「やつら、やりおった!」
「時間は……あと4分です! いけるです!」
 コクマとクリムは、真理のヒールドローンにより回復していた。勝機を見出した、その時。
「? ……シヴァルスさん、あれを!」
 いつの間にか、接近していた『カイザーナックル』が、
 その『左腕』を回転させていた。

●デスマッチ! 立ち上がれ、我らがケルベロスたち!
 いつしか『カイザーナックル』は、半径7m圏内にケルベロスたちが入り込めるよう、移動していたのだ。
 そして、『回転』が終わると。
 残った左拳のみが、発射される。
「! っ! っ!! ……っ!!!」
 文字通りの鉄拳……あるいは『鉄塊』
 それが超高速で、ダモクレスの周囲7m内の空間を動き回った。その空間に入り込む事は、全方位から拳の強打を受ける事と同等。
 コクマは、全力でそれを回避する事に専念したが、すぐに自分の無謀さ、または愚かさに後悔した。
(「回避……しきれんっ!」)
 拳の動きに、視覚、そしてその他の感覚全てがおっつかないのだ。全方向から機関銃を打ち込まれているようなもの。回避などできるわけがない。
「これ位の攻撃、耐えきって見せるです! それが、私の意地なのですよ!」
 それは真理も同様。すぐに、シールドユニットの表面が叩きのめされ、見えないなにかに殴られたかのようにぼこぼことへこんでいく。
(「耐え……きれないっ!」)
 そして、とうとう。シールドごとコクマ同様に……無限の拳に晒されてしまった。
『意地』など、冷徹なる『事実』の前には無力。そのことを、真理は痛いほど実感させられた。
 クリムとエメラルドは、全力で射程距離外に下がるが……わずかに掠っただけで頬や二の腕などが大きく切り裂かれた事に気付いた。
 伊織もまた、美珠を突き飛ばすように庇ったが、
「ぐっ……がはあっ!」
「伊織さんっ!」
 僅かだが、伊織にも流星の乱打が打ち込まれていた。宙を舞った伊織は、放物線を描き地面に落ちる。
「ピンチには……必ず、駆けつけ……」
 わざと痛みを無視して、笑顔を浮かべるが……そこまでだった。
「伊織さん、そんな……私なんかのために……っ!」
 美珠が嘆き、そして……、
 ファントムのごとき飛び回っていた鉄拳は、指先から逆噴射し、左手に戻る。
「今だ!」
 クリムが叫ぶ。
「動きが止まった今がチャンスだ! 畳みかけるぞ!」
 その言葉に、躊躇するケルベロスはいない。
『五秒間』の、硬直時間。
「貫くは己の信念、穿つは悪しき妄念……。我が敵を突き抜けろ、『ルーン・オブ・ケルトハル』ッ!」
 己がランスを媒介とした、形成された魔力による『槍』。掌を焼かれる痛みとともに、クリムは投擲し……、皇帝の名を持つダモクレスの胸部を貫いた。
 五秒経過し、再起動した『カイザーナックル』だが、
「これが私の全力だ! 受けてみろ!『ヴァルキュリアブラスト・クラッシャー』ッ!」」
 光の翼を暴走させ、前進を放電させたエメラルドの突撃が、『カイザーナックル』に直撃した。
 翼の放電、光の粒子が、皇帝を包み込み、その装甲の表面を爆ぜさせる。
 思わずダモクレスも、膝をついた。
「鋼鉄の『拳』ッ……! 草薙流の『剣』と、勝負ですっ!」
 間髪入れず、飛びかかる美珠。その刀剣の一閃と、発射された左拳とが交差する。
 美珠の月光斬が、『カイザーナックル』の脇腹を深く切り裂いた。
 そして、放たれた『ロケットナックル』の片方は。
 地面を低く飛び、塹壕の一つにめり込んだ。そのまま………地面へと己の推進力でめり込み、潜り込み……、
 右拳同様、無力化された。
 同時に、五分のアラームが全員から響く。
「……『防ぎ』きれはしなかったですが、『耐え』きりましたです」
 シャウトで自身を回復させた真理は、
「ああ……ここからは、ワシの……いや、ワシらのターンだ!」
 ヒールドローンで回復させ、立ち上がるコクマと、
「ええ! 左拳も埋めちゃったわ! あとは、本体をやっつけるだけね!」
 自力で復活し、塹壕を埋め立てた伊織の姿を認めた。

『カイザーナックル』は、立ち上がり、畳まれていた予備の拳を展開させた。
 飛ばす事も、フルパワー攻撃も出来ないが、普通にボクシングスタイルで戦える。両拳を構え、突進した『カイザーナックル』は、
 その勢いのまま、立ちはだかったコクマへ左ストレートを繰り出した。
「我が拳に宿るは『アウルゲルミル』! 天地創造を司りし、巨人の怒りが齎すは……」
 コクマが放つは、右ストレート。グラビティを収束させた義腕のクロスカウンターが叩き込むは、
「……己を否定した『世界』の破壊なり!」
 空間そのものを破壊する、必殺の一撃。
『Aurgelmir(アウルゲルミル)』の拳が、皇帝の顔に叩き付けられ、その半面を吹き飛ばした。
「……諸々の禍事罪穢を、祓え給い清め給うと、申す事の由を……」
 止めの一撃を叩きこまんと、美珠が鞘に納めた日本刀……草薙剣を手に、摺足で移動。
「天津神、地津神、八百万の神等と共に……」
 可憐な巫女の祝詞とともに、
「……聞こし食せと 畏み畏みも白す! 我が剣、魔を祓い清め給え!」
 抜刀! 邪悪なる皇帝の胴体を、鋭い刃が一閃した。
『剣の祓魔(スサノオ)』
 須佐之男命の名を冠した、剣の一撃。それは神代に八岐大蛇を屠ったがごとく、
 機械の魔神皇帝、『カイザーナックル』を両断し、引導を渡していた。
 上下半身に両断されたダモクレスは、そのまま爆発。
 魔空回廊が出現した頃には、残っているのは燃える残骸のみだった。

●ケルベロスは皆、明日の勇者
「大袈裟だって……もぉ、そんな泣かないの」
「で、でもっ!」
 美珠は、伊織に縋りつき、大泣きしていた。
 回廊が消え、事後処理をする事になったが。伊織の負傷は、深刻ではないにしろそれなりに深かった。
「私は大丈夫だから。じゃあ、終わったらデートして帰りましょ?」
「本当に? 本当に大丈夫ですか? ……って、でーと?」
 それに対し、ぶんぶんっと首を振る美珠。
「だめですっ! 助けていただいたお礼として、何でも言う事聞きますから、安静にして下さいっ!」
 そんな二人を遠くから眺めつつ、
「……まったく、あの二人は相変わらず、だな」
「だね」
 エメラルドとクリムは、ヒールで周囲を修復していた。
 塹壕は、コクマと真理が埋め直していた。が、埋められたダモクレスの両拳は、既に掘り出されている。
「この、ダモクレスの『残骸』。調べてみる価値はありそうだな」
 そして、鎮火した本体の方も、コクマは回収するつもりだった。
「……でも、強敵でした。『拳が飛ぶ』って、アニメとか漫画のロボットが良くやってる必殺技っぽいですが……」
 真理が、安堵した口調で呟く。
「……こうも大きなダモクレスが相手だと、文字通りの必殺なのですね」
 全員無事に終わって、何よりです。そう独り言ちた真理は、残骸に腰掛け、一休みを。
『全員無事』。ケルベロス達は、その言葉を噛みしめていた。
 今回以上の敵は、今後も出てくる事だろう。今回は勝利しても、明日は辛勝、その次には敗北しているかもしれない。
 だが、それでも。泣き言などは言わない。己がグラビティを熱く燃やし、奇跡を起こしてみせる。傷ついたままでなどいるものか。
 皇帝を撃ち破ったケルベロス達は、その思いを新たにしつつ、空を見上げていた。

作者:塩田多弾砲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月5日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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