苺ビュッフェと紅の螺子

作者:坂本ピエロギ

 とある都会の一角に、一軒のフルーツパーラーがある。
 冬も終わりを迎えつつあるこの時期、店では苺のスイーツビュッフェが催されていた。
 談笑する大勢の客に混じって、供された料理へと視線を向ければ、目を奪うのは真っ赤な輝きが眩しいスイーツたち。サンドイッチ、苺ジャム、ムースにタルトにフレジェ等々……旬の苺を用いた品々が勢揃いだ。
 サンドイッチは、耳を落とした厚切りのパンに純白のクリームを塗りこめて、大粒の苺をたっぷりと詰め込んだもの。その貫禄ある重さには圧倒されることだろう。
 甘く煮詰めた苺ジャムは、スコーンや紅茶をお供にして最高のひと時を約束してくれる。好みに応じてクロテッドクリームを添えてもいい。
 ナパージュがまぶしい真紅のフレジェには、艶やかに熟れた苺を惜しみなく散りばめた。ピスタチオクリームを隠し味に用いた一品は、ホールサイズのアントルメも、一人サイズのプチガトーも、どちらでも楽しめる。
 滴るような瑞々しい苺は爽やかな甘さと共に、春のきざしを人々に告げる。新たなる命が芽吹く季節が、もうそこまで来ていることを。
 しかし――。
『おやおや。地球人ども、ずいぶん楽しそうだなぁ?』
 店の壁を突き破って現れたのは、赤熱するネジを鎧の背に繋いだ大男である。
 男――エインヘリアルは、目の前にいた女性を炎の拳で消し炭に変えると、
『燃えろ、爆ぜろ! この俺にグラビティ・チェインをよこせ!』
 目に映る人々を、ひとり残らず紅蓮の炎に包んで殺していった。

「絶対に許せないですね……」
「ええ。けどカルナさんの調査のおかげで、事件が起きる前に介入できるっす!」
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)の呟きに、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は頷くと、集合したケルベロスたちの方へ向き直った。
「都会の大通りを、エインヘリアルが襲撃する未来が予知されたっす。皆さんには、こいつの撃破を頼みたいっす!」
 事件を起こすのはアスガルドから放逐された罪人の大男。知性に乏しく、破壊と殺戮しか能のない敵だという。放っておけばグラビティ・チェインを奪い、憎悪と拒絶をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化をも遅らせるだろう。
「つまり遠慮なく排除できる相手ということですね、ダンテさん?」
 カルナの問いかけに、ダンテは「その通りっす」と頷きを返した。
「現場の大通りは十分に広いんで、派手に暴れても問題ないっす。皆さんが着く頃には周囲の避難も終わってるんで、敵との戦闘に集中出来るっす!」
 敵は炎属性のエレメンタルボルトを装着した1体のみ。捨て駒で送り込まれているため、不利になっても撤退することはない。
 そうして説明を終えたダンテの話は、戦いを終えた後のことに及んだ。
「現場の大通りに面したフルーツパーラーでは、苺のスイーツビュッフェが催されるっす。折角っすから、戦いが終わったら寄ってみるのも手かもっすね」
 苺スイーツが思う存分楽しめる――それを聞いたカルナは、そっとダンテに尋ねた。
「ダンテさん。ええと……苺のアイスとかは、ありますか?」
「勿論っすよカルナさん。思う存分楽しめるっす!」
 ダンテはサムズアップをカルナに返すと、話の最後を締めくくった。
「それじゃ出発するっす。エインヘリアルの撃破、よろしく頼むっすね!」


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
シュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
九竜・紅風(血桜散華・e45405)

■リプレイ

●一
 食べ物の恨みは恐ろしい、という諺がある。
 他人が楽しみにしている食事を奪った輩は、必ずや痛い思いをする……大体、そういった意味合いの諺だ。
 そしてそれは、これから奪おうとする輩も同じこと――。
 2月下旬、快晴。とある街中の大通りでは、今まさに苺スイーツビュッフェをかけた戦いが幕を開けようとしていた。
『出てこい地球人! この俺にグラビティ・チェインを寄越せ!』
 無人の大通りで雄叫びを上げるのは、エインヘリアルの大男。獲物を求めて闊歩する彼の行く手を、ケルベロスたちはすぐに塞いだ。
「――刻印『蛇』」
 真っ先に仕掛けたジェミ・ニア(星喰・e23256)が輝く蛇の文様を宙に描くや、金色の光を帯びた大蛇が具現化。襲撃に身構えた大男を蛇で絡め取り、ジェミは決然と告げた。
「ビュッフェの邪魔は許しません。排除します!」
『ちっ、番犬どもか!』
 大男は舌打ちを漏らすと紅蓮のエレメンタルボルトを起動、地響きを立てて迫る。
 これを正面から迎え撃つ前衛メンバーへ、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)はゾディアックソードで地面に描く守護星座で援護していく。
「世の為人の為、スイーツの為! 全力でぶっ飛ばしてあげましょう!」
 春の訪れを告げる瑞々しい苺の祭典は、沢山の人々に幸せを運ぶもの。
 人の命もスイーツビュッフェも、エインヘリアルの好きにはさせない。
 そう告げるカルナめがけて放たれた拳は、即座に横から割り込んだ影に阻まれた。
「邪魔は、させません……!」
 身を挺して庇ったのはオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)。追撃の爆発で吹き飛んだドワーフの少年はくるりと身軽に身を翻して着地すると、ケルベロスチェインで守護の魔方陣を描き出す。
「地デジ、サポートお願い」
 普段はのんびり屋のオリヴンだが、スイーツがかかればテンションは大いに上がる。
 彼のテレビウムも承知と言わんばかり、主人の傷を応援動画で回復し始めた。
 させじと攻撃を試みる大男。それを妨害するのはシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)の古代語魔法だ。
「デウスエクスどもめ! 地球は貴様らのゴミ捨て場ではないのだぞ!」
 シヴィルが『シャイニングフェザーレイン』の詠唱を開始し、羽ばたく白い翼から羽根の光矢を無数に生み出した。そうして詠唱完了と同時、矢の嵐が一斉に降り注ぐ。
「悪いが、貫かせてもらおう!」
『ぐおおぉ……っ!』
 傷口をジグザグに切り開かれ悶絶する大男。そこへ最前列のシュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)がシヴィルの攻撃と息を合わせ、轟竜砲の砲撃を開始する。
「捨て駒とあっては無粋を攻めるのもお門違いか。だが、許しはしないぞ」
 この敵がいかなる罪を犯したか、それをシュネカたちは知らない。しかし、敵にいかなる理由があろうとも、平和を脅かす以上は排除するのみだ。
『犬どもが、調子に乗るな!』
 集中攻撃を浴びて回避を失った大男は、ますます猛り狂って暴れ始めた。
 殴打と追撃の爆発。属性の力を解放して巻き起こす爆炎。猛攻撃に晒される仲間を守るため、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)はケルベロスチェインを展開。念動力で守護の魔方陣を描きながら、凛とした声で告げる。
「皆さんもこの場も、護り抜いて見せます。――シャティレ、援護を」
 風音のボクスドラゴンが「ぴゃう!」と返し、属性注入で負傷者の回復を開始した。
 守りを固める魔方陣に、足止めを除去するBS耐性。ケルベロスが反撃体制を整え始めたことに焦りを覚えたのか、敵は一際大きな爆炎を前衛に放つ。
『吹き飛べ!』
「好きにはさせません、エインヘリアル」
 葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)はシュネカを庇って攻撃を浴びると、殺戮衝動を解き放って傷を回復した。クラッシャーだけあって、敵の火力は相当なものだ。数発受けただけで体中の関節が悲鳴を上げ始めている。
「ですが……まだまだ」
 かごめは素早く再行動してエレメンタルボルトを起動。氷の属性でカルナを保護すると、気合を入れるようにアスファルトを踏みしめた。
 仲間の盾となって戦う以上、多少の傷は想定内だ。それに――ここには頼もしい仲間たちも来てくれている。
「皆様、支援はお任せ下さい」
 氷の精を召喚し、妨害の力を付与するフリージア・フィンブルヴェトルが。
「私が来たからには、もう安心! どーんとやっちゃって下さい!」
 噴射した魔導金属片で、仲間の守りを固める華輪・灯が。
「俺が肯定しまショウ、生きることの罪ヲ」
 ブラッドスターの旋律で、爆炎の足止めを取り除くエトヴァ・ヒンメルブラウエが。
 そして最後に、九竜・紅風(血桜散華・e45405)は美貌の呪いで敵の身動きを絡め取ると、不敵な笑みを浮かべて告げた。
「さあ。ここからは反撃の時間だな?」
 守備の態勢は整った。回復サポートも万端だ。
 そして何より、苺スイーツビュッフェを守るために戦う者たちの心は一つ。
 負ける要素はない、そう紅風は高らかに告げて、
「行くぞ、疾風丸!」
 心得たとばかり敵へ跳躍する紅風のテレビウム。
 紅の螺子めがけ勢いよく叩きつけた凶器が、反撃の狼煙をあげる。

●二
「そこです!」
 爆炎の力がもたらす鈍足を守護星座の力で解除し、ジェミがフラワージェイルを発動。
 白銀の細剣から噴き出した花々に囚われた敵の攻撃が、徐々に勢いを衰えさせ始めるのを見て、ジェミは確かな手応えを感じ取る。
「カルナさん、チャンスです!」
「そのようですね。――行きましょう」
 頷きを返したカルナはすぐさま己の魔力を圧縮。そこから生成されるのは、不可視の魔剣『閃穿魔剣』だ。グラビティの発動と同時、カルナの剣は大通りのアスファルトを試し斬りのように切り刻みながら、大男めがけ容赦ない一撃を繰り出した。
「穿て、幻魔の剣よ」
 本能か、あるいは幸運か、反射的に炎で防御壁を生成するエインヘリアル。しかし魔剣はそれすらも容易く突き破り、分厚い胸板を甲冑もろとも貫くと、男の背中で光る紅蓮の螺子をグラビティの力で捻じ曲げた。
 吐血する大男。対するケルベロスは、カルナの攻撃を皮切りに一斉攻撃を開始する。
「そこだ!」
 真っ先に仕掛けたシヴィルが、時空を凍結させる弾丸を放つ。寸分たがわず傷口へと命中した弾は、枯れ木を折るような音を立てて氷へと変じ、大男を氷で包み始めた。
「太陽の騎士として、人々を脅かす者を野放しにはせん!」
『畜生……っ!』
 シヴィルの一撃がもたらす氷に抵抗するように、なおも炎を燃え立たせる大男。そこへ、オリヴンが、かごめが、更なる追撃を浴びせていく。
「きら、きら。凍るよ」
 オリヴンが放つのは『アクアマリンの欠けら』。透き通った氷の粒は、まるで意志を持つようにまとわりついて、大男から熱を奪い去る。
「あなたの炎、凍らせてあげましょう」
 続けてかごめが、氷結輪を発射。地デジのテレビフラッシュで目を眩ませた大男の喉元を氷輪の斬撃で切り裂いた。
 回避を奪われ、火力を封じられ、さらには氷で身を刻まれて……追い詰められた大男は、なおも悪あがきで爆炎を中衛へ放つも、シャティレに食い止められてしまう。
「大丈夫、シャティレ?」
「ぴゃう!」
 元気の良い返事に風音は微笑みを浮かべると、念動力を注いだ黒鎖で大男を捕縛した。巨体を締め上げる猟犬縛鎖の一撃に耐えきれず、エインヘリアルが地に膝をつく。
「ただ奪うだけの貴方に、譲れるものはありません」
『畜……生……』
「さあ終わりだ、覚悟しろ」
 紅風の腕から放たれたのは、血染めの包帯。
 血装刺突法によって硬化した包帯は、甲冑すら穿つ鋼の槍へと変じ、意思を持った生物のように寸分違わず大男に命中した。
「お前を血に染めてやろう」
『ぐ、お、おおおおおっ!!』
 紅風の狙いすました刺突に胸を貫かれ、大男は悲鳴とも絶叫ともつかぬ咆哮を轟かせる。撃破の好機を、その場にいたケルベロスの全員が感じ取った。
「行くぞっ!」
 シュネカはグラビティ・チェインを極限まで高め、最後の一撃を発動。
 竜派の姿を持つシュネカの幻影を自身へと重ね、強化した体で一直線に突撃し、とどめを叩き込んだ。
『ぐ……あ……』
 心臓を穿たれたエインヘリアルはその場に斃れ、光の粒となって消滅する。
 そして大通りのヒール完了から程なく、再び街は雑踏と喧噪を取り戻すのだった。

●三
 店の扉を潜った先には、苺の楽園が待っていた。
 ムース、アイス、サンドイッチにフレジェ……熟れた苺を惜しみなく用いたスイーツは、どれもみな目を奪うものばかりだ。店員に席へと案内されたのち、さっそくお待ちかねのビュッフェタイムが始まりを告げる。
「ふむ、こんなにも苺づくしな光景は初めて見るな」
 シヴィルはそう呟いてビュッフェのエリアをそぞろ歩く。折り目正しく並んだスイーツはどれも美味しそうで、なかなか決めるのが難しい。
「さて何にしよう。折角だし、色々な味を楽しみたいが……」
 煌びやかなスイーツに目を泳がせるシヴィル。
 いっぽう風音は、シャティレと店内を巡っていた。手に提げた小籠には新鮮で真っ赤な苺がある。こちらはシャティレの大好物だ。
「素敵な香りですね。紅茶との相性も良さそうです」
 風音が目を留めたのは苺ジャムだった。並んだ大瓶の中からは、丹念に煮詰めた苺の香りが漂ってくる。傍に置かれた磁器の皿には、拳骨のようなスコーンが沢山。ジャムを塗って食べれば至福の心地に違いない。
 その傍には、苺サンドイッチを宝物のように掲げるオリヴンの姿があった。
「わあ、凄いよ地デジ……!」
 旬の苺をクリームに埋め込んだ一品は、紅白のコントラストが眩しい。手応えのある重さは、苺が中までギッシリ詰まっていることの証だ。
「地デジ、ジャムとスコーンは取ったね? じゃあ次はタルトに行こう……!」
 そうしてオリヴンは目を輝かせ、更なる苺スイーツ探索の旅に出かけていく。そんな彼と入れ替わるように、苺サンドに目を向けたのは紅風とかごめだ。
「美味そうだな。これを頂いてみよう」
「綺麗ですね。見ていてお腹が空いてきます」
 苺の美味しさをシンプルに追求したサンドイッチは、二人の食欲をこれ以上なく刺激したらしい。紅風は疾風丸をお供に、かごめはフリージアに声をかけ、憩いのひと時を過ごしに席へと戻っていく。
 一方、ジェミは席を立つと、まっすぐにドリンクコーナーへと向かった。
 戦いで動けば喉も渇く。ジェミは大きなコップに苺ジュースをなみなみ注ぐと、駆けつけ一杯、ごっきゅごっきゅと喉へ流し込む。
「しーみーわーたーるー!」
 口の中を満たす苺の風味に、歓喜の声を漏らすジェミ。
 フレッシュジュースで充填した苺エネルギーは今や全身に行き渡り、ビュッフェを楽しむ準備は万全だ。
「ねえエトヴァ。あっちのサンドイッチも美味しそうだよ!」
「良いですネ、食べたいデス。君は何ヲ?」
 微笑するエトヴァの手を引きながら、ジェミは元気よく答える。
「僕はヨーグルトとふんわりムース!」
「ア、俺もムースが欲しいデス。あと珈琲もいただきまショウ」
 ジェミとあちこちを巡りながら、エトヴァはプレートにスイーツを盛り付け始めた。をの動きは慣れたもので、談笑しつつも手は淀みない。会話が落ち着く頃には二つのプレートは煌びやかなスイーツで彩られていた。
「さあジェミ、お待たせしまシタ」
「わあ綺麗……! ありがとう!」
 そうして笑顔で席に戻る二人とは対照的に、シュネカは真剣な表情を浮かべていた。
 彼女は何事にも全力を尽くす性分だ。戦いはもちろん、その他あらゆる何事にも。
「無論、スイーツタイムも全力で……だ」
「シュネカ殿。及ばずながら自分も、全力で相伴に預かる所存ですぞ!」
 びしっ、と背筋を伸ばす尾神・秋津彦に、シュネカは上等だと笑って見せる。
「良い機会だから苺尽くしを制覇しようか、尾神」
「喜んで。苺スイーツビュッフェ、男ひとりで入る機会は中々ないですからな」
 やる気満々の会話を交わしながら、二人は目に留まった苺スイーツを次々にプレートへと載せていく。ムース、苺ジャム、サンドイッチ、そして――。
「やはりフレジェのプチガトーは外せないな」
「では自分は、ホールサイズのアントルメを!」
 フレジェの苺はどれも真っ赤で瑞々しい。山で抓める蛇苺とはまた違う輝きに、秋津彦の尻尾がぱたぱたと踊った。
「これは美味そうですな……!」
「ふふっ。準備はいいか?」
「勿論。いつでも行けます、シュネカ殿!」
 こうしてケルベロスたちは席へ着き、賑やかな宴が幕を開ける。

●四
「いただきます。――シャティレ、一緒に食べようか」
 淹れた紅茶が温かいうちにと、風音は仲間たちと一緒にスイーツへ手を伸ばす。
 慣れた手つきでスコーンを割り、苺ジャムをひと塗り。混じりけのないプレーンな味は、ジャムの味を存分に引き立たせてくれる。
 シャティレはと言えば、大好物の苺を大喜びで頬張っている最中だ。
「たくさん食べてもいいけれど、お腹を壊さない程度にね?」
 箱竜に小さく釘を刺すと、風音はジャムを一匙溶かした紅茶で体を温め、サンドイッチに手を伸ばす。
「ふふ……美味しい」
 ホイップクリームが引き立てる苺の味に、思わず幸せの声が漏れてしまう。
 春を旬とするフルーツ、苺。その爽やかな酸味に舌鼓を打ちながら、風音は暖かな季節の訪れを静かに感じていた。
「れっつイチゴパーティー、です……!」
 その横に座るオリヴンもまた、大きな苺サンドと格闘の真っ最中。たっぷりのクリームと苺が詰まった一品を手に、かぶりついては口を拭ってと忙しい。
 果汁が滴るような苺を噛み締めれば、まろやかなクリームのくちどけに乗って、口いっぱいに幸せが広がった。柔らかなパンは重すぎず軽すぎず、クリームとの比重も完璧。まさに三位一体の美味しさだ。
「ねえ地デジ、何だか食べる前よりお腹が空いてきちゃった」
 苺ジャムを忍ばせた紅茶で喉を湿らせ、ほうと溜息をつくオリヴン。
 目の前にはスコーンにタルト、フレジェ……彼が選んだスイーツが盛り沢山。彼の素敵な時間は、まだまだこれからだ。
 かごめはと言うと、半分に切った苺サンドをフリージアに差し出して、
「予想より量が多かったので、よろしければ分け合いませんか?」
「喜んで、かごめ様」
 申し出を快諾したフリージアと一緒に、黙々と苺スイーツを味わっている。後にひかえるタルトやフレジェに向けての前哨戦といったところか。
 その隣に座るジェミとエトヴァも、お互いのお気に入りをシェアしながら、憩いのひと時を過ごしている。
「ヨーグルトは爽やかな……甘酸っぱさのハーモニーが絶妙デス」
「ムースも美味しいね。苺ソースが甘酸っぱくて濃厚!」
 分け合ったムースを頬張るジェミの顔に、エトヴァはほっこりと微笑む。
「ジェミ。折角ですかラ、もう少し食べませんカ?」
「わあ、いただきまーす!」
 嬉しさが極まったように、ジェミはぱちぱちと手を叩いた。
 一方シュネカは秋津彦と共に、とっておきのフレジェにフォークを伸ばす。
 上に載った苺はナパージュで輝き、ルビーのような佇まいだ。その一粒を頬張りながら、紅茶で体を温めるシュネカ。そんな彼女の向かい側では、秋津彦もアントルメを平らげて、ミルクティーに苺ジャムを溶かした一杯を堪能している。
「ふむ、美味しい苺だな。ピスタチオとの相性も抜群にいい」
「全く。口の中で溶け落ちてしまいそうであります」
 ゆるゆると頬を緩ませる秋津彦に、シュネカが挑むように笑う。
「さて尾神、このサンドイッチも大物だ。一緒に行ってみるか?」
「勿論。いざ勝負ですぞ!」
 次なる皿に意気揚々と手を伸ばす二人を眺めながら、
「苺スイーツって見てるだけで幸せになりますね」
 そう言って微笑むカルナのテーブルには、温かな紅茶がほんのり湯気を立てている。
 甘酸っぱい苺の風味が香り立つ一杯は、苺のジャムを溶かしたフレーバーティー。お供のスコーンとの相性も最高だ。
「カルナさん。私は、こんなものを選んでみたのです!」
「サンドイッチですか。美味しそう……!」
 さっそく苺サンドを頬張り始める灯に、カルナは微笑みを浮かべた。ストレートの紅茶と一緒に舌鼓を打つ灯の表情を見ていると、胸がぽかぽかと暖かくなってくる。
(「友人と楽しむひと時……まさに醍醐味ですね」)
 そうして前菜の一品を綺麗に片付けると、カルナはいよいよメインディッシュにフォークを伸ばす。この席は、お互いの選んだスイーツを持ち寄ってのフルコースなのだ。
「やっぱりフレジェは外せないですね!」
「ふふふ、このケーキは絶対メインですよね!」
 躊躇いがちにフォークを入れた一切れを口へ運べば、こってりしたムースリーヌと固めのスポンジが、苺の味を最大限に引き出してくれる。
 苺の苺による苺のためのケーキ。そんな言葉が似合いそうな味だ。
「ああ、至福なのです……!」
「ええ、僕もそう思います」
 フレジェを綺麗に食べ終えたカルナを見つめて、しみじみと呟く灯。カルナもまた、濃厚な苺アイスで最後の余韻を味わうと、満足の吐息を漏らした。
 美味しいスイーツを、気心の知れた友達や仲間と、心行くまで味わう。
 幸せのフルコースと呼ぶに相応しいこの時間を、じっくりとかみ締めながら――。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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