暁の刻

作者:崎田航輝

 夜明けを待つ空は美しい彩に染まる。
 陽の光を受け入れようとするように厚い雲が涼風に流れて。青と紫のグラデーションを抱いて、世界を鮮烈な色に染めるのだ。
「……思い出すの」
 こんな時間に旧い廃墟を歩いていると、異国を想起するようで。セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)は立ち止まって仰いでいる。
 柔い風に巻き上げられる砂埃。膚をひんやりと冷やす、暁の前の温度。
 そこにあるのは僅かに甘くて、けれど底が無い程に昏い記憶。
 空が確かに存在しているのに、星も太陽も見えないような、煩悶の感情。
 今、自分は過去にどんな思いで向き合っているのだろうか、と。セツリュウはふと己自身の心のことに考えが及んでいた。
「……いや。帰るとするかの」
 それでも小さく首を振り、呟きながら歩を進めようとした──その時。
 ふわりと砂漠に吹くような風が頬を撫でて、セツリュウは本能的に足を止める。
 はっとして振り返ると、そこに人影が立っていた。
 艷めく長髪を揺らす美丈夫。一見すると人に見えるが、纏う空気は尋常のそれではない。
 ──螺旋忍軍。
 間違いなく強者。けれどその事実よりも──彼の相貌がセツリュウの記憶を濁流のように呼び起こしていた。
「──バルク」
 セツリュウが僅かに感情を抑えて言うと、彼はセツリュウをじっと見つめ返して。次には刀をすらりと抜いている。
「……貴女を、斬ります」
 全力でかかってきなさい、と。
 柔らかで、けれど殺意を漲らせた声で。螺旋忍軍──バルクはセツリュウへ刃を向けた。

「セツリュウ・エンさんがデウスエクスに襲撃されることが判りました」
 東雲のヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へと状況を説明していた。
「予知された出来事はまだ起こっていません。ただ、時間の猶予も残されていません」
 セツリュウは既に現場にいることが判っている。
 その上でこちらから連絡は繋がらず、敵出現を防ぐことが出来ない。そのため敵と一対一で戦いが始まってしまうところまでは覆すことは出来ないという。
「それでも今から急行し、戦いに加勢することは可能です」
 合流するまでに時間の遅れは生まれてしまうだろう。それでも戦いを五分に持ち込むことは充分に可能だと言った。
「現場は町外れの廃墟です」
 半分は砂地になってしまっている建物群の跡だ。
 周囲にひとけは無く、一般人への被害については心配は要らないだろうと言った。
「敵は螺旋忍軍である事が判っています」
 その詳細な目的など、敵については判らないこともある。
 ただ、セツリュウを狙ってやってきたことは確かで、放っておけばセツリュウの命が危険なことは事実。
「だからこそ猶予はありません。ヘリオンで到着後、急ぎ戦闘に入って下さい」
 周囲は静寂で、セツリュウを発見すること自体は難しくないはずだ。
「セツリュウさんを救うために。さあ、行きましょう」


参加者
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
月原・煌介(白砂月閃・e09504)
セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
一之瀬・白(龍醒掌・e31651)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)

■リプレイ

●刃
 夜と朝の間に揺蕩う、夢のような紫の刻。
 その中に確かに現実として顕れた男の、その一刀をセツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)は刃で受け止めていた。
「……ほざけバルク! 此方の台詞ぞ!」
 差し向けられた言葉へ返すのは、真っ直ぐに過ぎる激昂。
 そして刀を大きく弾き返す、全霊の力。
 一歩だけ下がりながら、対する螺旋忍軍──バルクは仄かに瞳を細めている。
「一層、鋭くなりましたね。鍛錬を、怠っていない証拠です」
 ならばこそ全力で、と。
 柔らかい仕草に鋭さを交え、美丈夫は剣舞を繰り出してきた。
 その一撃一撃に鋭利な殺意が香って、セツリュウは武器で逸らしながらも歯を噛む。
 自分に向けられた容赦なき刃。それがいつかの再現のようで。
 知らず尽きた筈の涙が滴り、世界を滲ませていた。
 同時に心が昏く燃えるのは、抱き続けた怒りと哀しみが綯い交ぜに滾るから。
 その全てを発露させるように、セツリュウは暴風の如く爪を振るって一閃。膚を切り裂いてみせる。
「何故全て裏切った!」
 ──嗚呼、幸も不幸も過去であるのに。
 置き去りにされた心が、いつまでも燻って。
 バルクが剣撃を重ねても、セツリュウはただ気力で耐え抜いて真実を求めた。
「何故……我等の子まで殺した」
「言うべき事は、ありません。出来るのはただ剣を振るう事です」
「……、生まれてもおらず。愛しい子と、お主も……」
「すぐに、全てが終わります」
 だから、と。一度だけ目を伏せながらも、バルクは踏み込んで刃を掲げる。
 それが致命の一撃に成り得ると直感し、セツリュウははっとした。
 だが、その一刀は何者の命も奪わない。
「……させない!」
 白き影が冬の空気を裂いて、セツリュウの眼前に滑り込む。
 羽ばたき舞い降りた、一之瀬・白(龍醒掌・e31651)。己が身を盾として、斬撃をその背で庇い受けていた。
「ああ、そこまでだ」
 次いで声音を響かすのはソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)。
 蒼空色の髪を大きく揺らがせて跳ぶと──刃から放つのは魔力球。疾風の爆ぜる衝撃を与えてバルクを後退させていく。
 その一瞬に、駆け寄った月原・煌介(白砂月閃・e09504)が月の煌きを凝集。セツリュウの傷を光で包んでいた。
「セツリュウ……大丈夫」
「うん、すぐに治すから……!」
 クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)も同じく蜂蜜色の耀を顕現。
 掌より瞬かせた輝きを、揺らめくように広げて温かな優しさを齎して。躰を覆うように護りと治療を兼ねていく。
「皆、来てくれた、か」
 セツリュウは言いながら、気づいて眼前を見やる。白もまた、傷つきながらもセツリュウに触れて癒やしを与えていたから。
「白、お主こそ傷を」
「……いいや。これくらい……セツリュウさんの苦痛に比べれば、何ともないさ……!」
 息を零しながらも、白は首を振っていた。
 その言葉にも直感して、セツリュウは隣を見やる。煌介は静かに頷いていた。
「話した、すまない」
「ええ。お話は伺いました。あの方が……友人を散々傷付けたと」
 一歩だけ踏み寄って、ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)は視線を前方へ向けていた。
 そこに見えるのは、戦線へ戻りつつあるバルクの姿。
 故に、ヨハンは手を伸ばし。
「僕も割り込ませてください。……かなり、頭に来ているのです」
 瞬間、降魔で錬成した鋼の竜を飛翔させていた。『臥竜霧遊戯』──鋭く滑空したそれは、バルクの足元を切り裂き動きを淀ませる。
 アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)はその間隙に花吹雪の如き霊力を舞わせて、後衛に加護を齎していた。
「これで、護りは整ったはずです」
「後はこっちに任せるッス……!」
 応えて疾駆するのが、堂道・花火(光彩陸離・e40184)。
 バルクは鋼の竜を斬り、既に此方の前線の至近に入っている。だが花火はその鋒がセツリュウを捉える前に──跳躍し蹴撃。流星の如き一打で退けた。

●恋
 花火は素早く飛び退き、仲間の元へ舞い降りる。
 セツリュウは花火のその表情も見て、実感を得たように呟いた。
「……そうか」
 仲間が皆、己について識っているという事実。
 涙さえ見せた事もないから、抱くのは緊張の心だった。
 けれどそれは一瞬。謝る煌介へ、セツリュウは涙溢る儘に笑みを零してみせている。
「なんぞ、解かれる時が来ただけの事であろう」
 そうしてかたじけない、と皆へ告げてから、自分の口でそれを伝える。
「奴は某が愛し裏切られ、我が一族を滅ぼしし仇敵よ」
 自身を見つめる、ヨハンや白。彼らに今まで話せなかった由を呟くように、微かにだけ俯いて。
「この様な恋もあってな。だからとて、某の様に怯えて欲しうなかった。愛に……」
 けれどその琥珀の瞳には、決意も宿っている。
 唇を震わすクラリスへ視線を向け、穏やかさすら含んだ声音で笑った。
「助けに入ってくれて、嬉しいぞ。これで……十全に戦えるというもの」
「セツリュウ……」
 クラリスは、自身の拳をぎゅっと握る。
 何で、とか悲しい、とか、敵に対して言いたい事は今も浮かんでは消える。
 けれど今誰より彼に言葉を掛けたいのは、彼の言葉を聞きたいのは、彼女自身だと思うから──クラリスは今はただ黙って一度頷いて、笑いを返した。
「……セツリュウさん、無理に笑わなくていい」
 白は呟くけれど、それは何より自身が今、力になってみせるという心の証左。
「何でかな……覚えてない筈なのに、セツリュウさんの気落ち、僕にも解る気がするんだ」
 だからっていうのも可笑しな話だけれど、と。
 白は武器を握り敵へ向き直る。
「あいつには……今、此処に現れた事を、過去の行いを悔いさせてやろう……ねっ?」
「力を、貸してくれるか」
 セツリュウが視線を巡らせれば、アリッサムは頷いた。
「……本当に、良いのですね?」
「ああ」
 そのセツリュウの答えに、花火も深い呼吸をして力を入れ直す。
 セツリュウの事を知った時、自身の心と力で為すべき事に自信が持てなかった。実感がなくて、どこかふわふわした心地で。
 けれど敵は許せなくて、セツリュウを絶対に助けたくて。
 やるべき事は変わらないと、それだけは確信できるから。
「セツリュウさんのやりたい事は手伝うッス」
「そうだな」
 ソロは左腕に淡い光の線を奔らせ、駆動音を鳴らす。
 ──愛した人が宿敵になる、これほど心を痛める事はあるか。
 想像する程に、深く底のない感情だ。
 それでもセツリュウが気丈に振る舞い、戦うというのなら──自分に出来るのはそれに敬意を表し、一人のケルベロスとして力を貸す事だから。
「私も全力を尽くすよ」
 告げるとソロは疾駆して、腕を変形。『死の万力』と成してバルクを締め付けた。
 骨を軋ます躰へ、花火は両腕の獄炎を滾らせ『気炎万丈・旋風斬』。
「さあ……いつも通りでいくッスよ!」
 瞬間、腕を振るって炎の旋風を叩き込む。
 煌介はその間に『夜梟流翔』──羽撃く金色梟から光の羽毛を降らせ、皆の決意を強くしていた。
 煌めく残滓を見つめながら、バルクは刃を構え直す。
「誰も退かないという事ですね。……彼女の為に」
「当たり前だ。貴様こそ、よくのこのこと顔を出せたものだな?」
 白はそこへ槌を突きつけていた。
「お前は、俺が……いいや 俺達が、徹底的にぶちのめす。己の行いを、あの世で詫びてきやがれ」
 会えるかは知らないけどな、と。
 そのまま引き金を引き、至近から爆炎を見舞う。
「何せ、お前が逝くのは──地獄なんだからさ!」
「……っ」
 強烈な炎撃にたたらを踏み、バルクは血煙を噴いた。
 それでも彼が刃を振るおうとすれば、クラリスは躊躇わずそこへ飛び込んでゆく。
 セツリュウがずっと抱えてきた想いを、ここで総て吐き出せるのなら──自身を盾にする事に迷いなどなかったから。
 直後、銃身で斬撃を受け止めて細かな血を散らす。
「……なんで」
 と、クラリスは自然と声を溢れさせた。
 そんなつもりはなかった。でも、彼の剣技に未だ拭えぬ殺意を感じて、それが予想よりもずっと鋭かったから。
「セツリュウはあなたを信じてたのに……愛してたのに」
 胸の内が焼けるように痛むのは、きっと自分も恋を知ったからだろう。震える声で堪えきれない怒りを顕にする。
「あなたは奪ったんだよ! 彼女の大切なものを、全部!」
「そうッスよ。どうしてセツリュウさんを裏切ったんスか。どうしてセツリュウさんを選んだんスか……!」
 花火が声に感情を含める、だが飛び退くバルクは表情を変えずに応えるばかりだった。
「過去の出来事も、私達の事も。全ては二人の問題です。本来なら、この戦いすら」
「……それは、違う」
 煌介は小さく、けれど確かに首を振る。
「俺は数年前、記憶喪失で、彼女に出会った。人格……知性や言葉が、白紙から年相応に戻るまで……本当に、面倒を見て貰った」
 それから瞳を横に向けて。
「セツリュウ、言ってなかったね……その間、君を幾度か『母』と呼びそうになった」
 笑む頬が、珍しく少しの熱を帯びても構わずに。
 次にはバルクを瞳で鋭く射抜いた。
「だから、無関係じゃない……。どんな事情でも、俺はお前を赦せない」
 その言葉は、余りに傲慢で無意味な『子』の我儘だと判っているけれど。
「……セツリュウに謝って」
「……」
 バルクは一瞬だけ言葉を止めた。けれど次には刃を下段に構えている。
「斬る相手へ謝罪をするのは、虚ろです。私はそこまで……欲深くない」
 瞬間、砂塵を放ち視界を幻に包む。
 膝をつくヨハンは、自身の心が自身を蝕むのを自覚した。
(「エンさんの過去に気付けなかった、察せなかった。大切な友人なのに」)
 自分もいつか、大切な人を傷付けてしまうのかと。
 それが恐怖で、己で己を攻撃しようとする──だがそこへ鮮烈な光が輝いた。
「絶対に、誰一人、倒れさせませんとも」
 それは癒し手の意地と矜持を胸に、鎖を走らすアリッサム。
 ここにあるものは、全てを喪った彼女が紡いだ絆だから。
「そしてここにいるのは、彼女を想い、彼女の力になりたいと願った人達ですから──彼女を傷付ける事も、彼女から奪う事も、私は、私達は許しません!」
 同時、魔法陣による決意の光が皆を包む幻を祓ってゆく。
 ヨハンはもう、立ち上がっていた。
 心にある不安はきっと単なる幻ではない。
 けれど仲間の姿を、そして深く傷ついても尚皆を思いやれるセツリュウを見ると、心は前を向く。
 ──僕達はもっともっと恋をする。
「折れても泣いても人生を、優しく誰かを愛したいのです」
 だから斃れはしないと、拳でバルクを穿つ。
 同時にクラリスが『Supernova』──指鉄砲で不可視の弾を撃てば、セツリュウも優美なる銃から燃ゆる鋼糸を奔らせバルクの脚を抉り裂いた。
 そこへ視線を合わせた煌介も頷いて。杖先から月光を重ねて注ぎ、バルクを貫いてゆく。

●暁
 地に手をついて、バルクは掠れた息を洩らしていた。
 ただ、自身を囲う番犬へ、そしてセツリュウへ向ける瞳は何処か穏やかだ。
「貴女はただ絶望せず、生きてきたのですね。仲間と共に」
「エンさんは、自分が苦しんでいても……それでも誰かのことを考えてくれるんです」
 ヨハンは静かに想起する。
「僕へも皆で食卓を囲む楽しさを、戦場で健闘を誓い合える喜びを……温かな友愛を教えてくれた。凛々しくて優しくて、とても愛情深い女性です」
「俺も……唯、その優しさに救われた」
 煌介も過去を思った。服の着方から箸の持ち方まで習った事。何もない自分へ、多くの事を教えてくれた記憶を。
 だからこそきっと、とヨハンは見据えた。
「僕達はひとりじゃない」
「……私を、討ちますか」
 立ち上がるバルクが言えば、ソロは頷く。
「私はお前達の間でのことを、とやかく言うつもりはない。ただ、ケルベロスとしてお前の行為は見過ごすことは出来ない」
 だから討ち果たすのだと、宣言してみせた。
 皆のその言と想いが心を澄ませるから、セツリュウは小さく、深く声を紡ぐ。
 ──多謝(ドーシェ)。
 それが飾らぬ心で純な思い。そして意志の表れ。
「皆、唯『番犬』として願う。バルクに、死を」
 皆はそれに応えるよう、攻勢へ。バルクが自身を癒そうとも、ソロとクラリス、ヨハン、そして花火が打突を見舞い──。
「これで打ち砕くッスよ!」
 連続の衝撃で加護を霧散させる。
 バルクが拳を返してきても、アリッサムが『花獄の舞~瑠璃唐草~』──舞で花を咲かせて傷を消滅させた。
 形勢は決しつつある。勝敗はすぐにつくだろう。けれどアリッサムはその前に敵へ問うた。今はただ彼女の『友人』として。
「……あなたは、彼女を、愛していたのですか?」
「私にとっては斬るべき相手です。今も……あの時も」
 バルクは答えて刃を振りかぶる。が、白が『龍眼解放』──眼力で氷獄に囚えると、煌介も鋭き刺突で死の間際に追い込んだ。
 血を吐いて座り込むバルク。
 セツリュウはその傍へ歩み寄って見下ろす。
「バルク。某は一つだけお主に奪われず済んだと思った。だが、もっと良うあった」
「……」
「人派の姿、だけではない。邂逅、未来の絆……」
「……そう、ですか」
 と、弱った声で呟いて、バルクは瞳を和らげていた。
「貴女は、良い仲間と出会いましたね」
「……。ああ」
 そしてここにもう一つ、とセツリュウは自身の胸に手を当てて。
「お主との愛の記憶も、また」
 だから、麗しき竜人は爪を振るう。
「──さよならだ」
 雪柳の白き花弁の幻影と血の華が舞い散る。『紅華闘舞』──美しく、けれど残酷なまでの一閃がバルクの命を突き破った。

 斃れた肉体は夜明けの風と共に消滅する。
 全てが残らない──筈なのに、そこにはひとつの指輪が落ちていた。
 見知ったその細工を拾い上げて、セツリュウは呟く。
「莫迦者。やり切れぬわ」
 暁を迎える空に、竜人の細い遠吠えが響いた。
 花火はそれをただ見守っている。ソロも言葉はかけず、静かに瞳を閉じていた。
 自身も大事な存在と、いつか戦う日が来るかもしれないと。その時は討つべき相手として斃せるようにと、胸の中で決意を新たにしながら。
 その間も竜吼の残響は長く残る。それが切なくて、煌介は目を瞑りながら聴いていた。
 ただ、クラリスは空を見上げている。
 今やそれは眩しい程になっていて。
「……セツリュウ、がんばったね」
 彼女に訪れる眩い未来は、祈らずとも、きっとすぐそこにあるのだと思ったのだ。
 煌介もその内にゆっくりと歩み出す。
 この先に待っているものは、誰にも判らない。それでも今は帰ろうと、優しく手を差し伸べるために。
 そんな思いに気づくように、セツリュウが静かに振り返る。
 昇り始める陽に照らされた、その表情は──夜の残滓と逆光を纏って酷く美しく、そして哀切を帯びて見えた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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