ナイト・ライブラリー~萩原雪継の誕生日

作者:ふじもりみきや

「私立図書館……というものをご存じですか?」
 ある日、萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)はそんなことを言った。
「いえ、本当の私立図書館、ともなれば、いろいろな規定もあるのかもしれませんが……」
 そのように呼ばれている場所があるのだと、彼は言う。
 その建物が建ったのは、大正時代らしい。豪華な洋館で三階建て。モダンな建物だが、その三階分すべてが本に埋め尽くされている。
 私立と呼ばれるくらいなので、それがすべて個人の蔵書らしいというので驚きである。若干おとぎ話に寄っているらしいが、それ以外のものも多く、種類も豊富でその蔵書量は相当のものだ。
「一度、行ってみたいと思っていたのですが、仕事でなかなか時間が取れなくて……。その話を管理人の方に話したら、夜、図書館を開けてもらえることになったのです」
 天井からつるされているランプの光は若干暗めかもしれないが、本を読むには十分な明かりらしい。
 各階にはソファやテーブルなどのくつろいで読書ができるスペースもあり、珍しいことに全館ふかふかのカーペットが敷いてあって、靴を脱いで入る形となっている。
 読書スペースはあちこちにあるが、なんだったらその場で座って本を読みこんでも構わないのだと雪継は言った。
「よろしければ……皆さんも一緒に行きませんか?」
「何だ。君は今年で二十だろう。今年の誕生日は酒盛りでもするのかと思っていたのだが」
 ちょうど誕生日の時期だったからだろう。浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)が呑気にそんなことを言って首を傾げるので、雪継は微笑む。
「まだ弟妹を四人、大学まで行かせたいので、贅沢はできません。それに月子さんは誕生日じゃなくても日ごろから酒盛りしているじゃないですか」
「ふ……。日ごろからしていても理由があれば酒盛りをしたいものなんだよ」
 なんだかよくわからないことを言う月子に、話を聞いていたアンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)はこくりと首を傾げた。
「つまり、一晩図書館で、本が読み放題、というわけですね。……なんという、素晴らしいことでしょう。ああ……でも、居眠りをしてしまわないか、少し心配です」
「ああ。それでしたら……、読書スペースの中には、寝転がって読める場所がありましたから、そういうところを利用すると宜しいかと。別に客は俺たちだけだから、どこで寝ても構いはしないんですけれど」
 翌朝体が痛くなること請負なので。と、雪継はそう言った。
 アンティーク調のどっしりとしたテーブルと椅子がある読書スペースもあれば、
 子供が寝転がって絵本を読むような、ふかふかじゅうたんにクッションもある、寝転べる場所もあるらしいので、
 好きに使ってくれていいと、雪継は言う。
「……と、いうことは、本を読みながら酒を飲めるのでは?」
「飲食禁止ではありませんから、本や周囲を汚さなければ、好きなように」
 ひらめいた。とでも言いたげな月子の言葉に、雪継は苦笑して頷いた。そのあたりは緩く考えてくれて大丈夫で、許可もとっていると。
「時間は夜の19時から、朝の8時まで。その間はお好きなように過ごしていただいて構いません。とにかく、周囲や本を汚さなければ何をしていただいても結構です」
 なので、ごゆっくり。と雪継は言う。ふとそれで月子が思い出したように、
「そういえば、おとぎ話が多いと言っていたな」
「ええ……。館長のご趣味でしょうか。古今東西、日本だけでなく海外ののおとぎ話や不思議な話を集めた小説もあれば、それをまじめに考察した本なども豊富でした。もちろん、普通の本もたくさんありましたけれど、一つ目安にするのもいいかもしれませんね」
 何せ、楽しみですね、と。
 雪継はそう言って、話を締めくくった。


■リプレイ


 ミレッタの隣には、前々から読みたかった本がたくさん、沢山、積まれている。
 最初のほうは、不安を感じていた。
 ずっと楽しみばかりが強くなって。
 実際に読み進めたとき、がっかりしてしまったりしないか。
 詰まらなかったり、思っていたのと違う、と思ってしまわないか。
 ……けれど。
「あ……。もうこんな時間ね」
 一冊読み終え。お替りをしながらミレッタは顔を上げる。
 大人になって、こんな風に夜通し楽しい本をたくさん読んで。しかも、続きの冒険があると知るなんて、想像も出来なかった。
 こうして、誰かの気配を感じながら穏やかに本が読めるなんて、思ってもみなかった。
 なんと、幸せなことだろうかと。ミレッタは息をついて頁を捲った。


「これが気になっているのね?」
「ええ。けれど、俺には読み切れそうにありませんから」
 雪継が指さした本に、カームは頷いた。幻想譚のようであった。
「お、誕生日おめでとう。本、選んでるんだ? ユキは何を……」
「落内さん。俺は基本小説ですね。少し不思議なものにしようかと」
 ひょいと顔を出した眠堂に、雪継が答える。なるほど、と眠堂は頷いて、
「じゃあ、俺も小説にしようかな。たまにひとの読んでるものを読むのも楽しそうだ」
「私もちょうど今、そう思って聞いていたところなの。自分の好みで選ぶのも良いけれど、誰かの好みからの読書もとても心躍るものだから。あなたのおすすめも教えて貰えるかしら?」
「あ。いいですね。それは俺も知りたいです」
 カームの言葉に、雪継が頷くので、
「俺か。俺は……」

 そうしてあれや、それやと話しながら。
 おのおのは本の世界へと落ちていく。
 カームは美しい妖精の挿絵に指を這わせて。そっとランプの下で息をつき。
「ああ。文体も、装丁も、そしてこの机も椅子も。すべてが素敵ね……」
「………普段はあまり夜更かししねえけど。今日は起きてられるだけ、起きてみようか……」
 そして眠堂は本の途中で軽い欠伸を。
 離れた場所で、他人が選んだ書を開く。
「うん、大丈夫、まだ寝ない、起きられる……」
 ほんの少し、すうっと眠りに落ちそうで、そうでもないような夢心地。
 そんな時間が、眠堂には気持がよくて。
 徐々に文字が溶けていくような感触に目を細めて、眠堂は不思議の物語を追いかける。
 そしてカームは顔を上げる。夜の中でランプの光が幻想的に揺らいだ気がして、
 本の選び手を思い出し、そっと微笑むのであった。


「図書館……なんて、何年ぶりかなあ」
 と、エリオットがまず動いた。予定していた本を探し抜き取る。
「あ、僕それ知ってる。文章とか、表作ったりの教科書。覚えたこと増えたら、僕にも教えて欲しいなぁ」
「……はは、エリヤに教えられるぐらいになるかねぇ。エリヤの方が分かっとるんじゃないか」
 ふんわり見ていたエリヤがほほ笑む。エリオットは肩を竦めた。このふわふわした弟は、なんとなくでいろんなことを覚えてしまう。
「リョーシャ、オフィスソフトの勉強するのかい?」
「ああ。ローシャはこういうの、専門だったよな」
「専門ってほどでもないけれど、読んでみて、わからなかったら聞いて」
「ありがたい。頼りにしてる」
 カメラ以外はからきしのエリオットが、強く頷くのでロストークは笑った。
「ローシャくんが持ってるそれ、なんの本?」
 今度はロストークの本をのぞき込むエリヤ。
「これは、雪と花がお友達になるお話みたいだね。エーリャは本は選ばないの?」
「うん。二人が何を読むのか、知りたくて。……おもしろそうだね」
 こくりとエリヤ。その顔が輝いていて、ロストークは瞬きをする。
「じゃあ、どこかに座ったら、読み聞かせみたいに読んでみようかな」
「わ、わ、聞きたいなぁ。ローシャくんの声って聞きやすいし」
「本当? 聞いてくれる人がいるのはしあわせだし、聞きやすく話せているなら、うれしいなあ」
 語り合うロストークとエリヤ。ふかふかクッションの一角を選んで腰を下ろし。
「じゃあ、始めるよ」
「うんっ」
「……」
 仲良さそうに本を広げるので、じりじりとエリオットが二人に近づく。軽く咳払い。
「内容気になるなぁ。読み聞かせ、俺も聞いてもいいかね」
「もちろん。ほら、リョーシャはこっち」
「うん。にいさんはこっち!」
「ありがとう」
 いそいそうれし気に二人のそばに行くエリオットに笑って。
「それじゃあ……。むかしむかしの話です……」
 語り始めるロストーク。その言葉に二人も耳を傾けて。
 穏やかな音楽のような声が、夜に満ちていくのであった。


 リリィはそっと本の香りを胸に吸い込む。蔵書からその持ち主の人柄が偲ばれるようで……、
「ほほぅ、これはこれは」
 感心したような声に顔を上げると、
「思った通りだ、素足が心地よいぞ」
 清士朗が裸足にの感触を確かめて笑っていた。
「ご本……ご本……」
 エルスがふわもこ姿で飛び上がって本を選んでいる。
「此れはまた壮観な書物棚ですね。どれを手に取るか迷ってしまいます」
 志苑もいつもとは違ったワンピースの寝巻に着替え、嬉しそうに言った。

 で。
「あら、お早いこと♪」
「ま、そういわずに。リリィもほら、乾杯」
 清士朗がグラスを掲げれば、リリィもはぁぃ。と乾杯に加わる。
「君影さんは、何になさいますか? キャナリーさんもいかがでしょう」
「あら。飲み物は志苑さんの?」
「ええ。兄様にはアイリッシュ珈琲をご用意したのですよ。味をみる事は出来兼ねますがレシピ通りですので……」
「ああ。いい味がする」
 清士朗がそう言葉を添えるので、志苑は嬉しそうに微笑んだ。その顔にリリィも嬉しくなる。
「お菓子も、あるの。チョコにナッツに……」
「おお。もちろん、頂こうか」
 エルスが清士朗の服の袖を引いて主張すると、清士朗も嬉しそうに手を伸ばす。そして、
「雪継も一口くらいどうだ? ナッツにチョコ、チーズもあるぞ」
「珈琲、紅茶、ミルクなどありますよ」
 すかさず声をかける清士朗。志苑が上品に手招きしている。
「では、少しなら……」
「あら。少しと言わずに、遠慮はせずに」
 私も遠慮なくいただくから。なんてリリィは手を振るのであった。

「私、民俗学専攻なのよ。自分のルーツが知りたくて」
「ルーツを知る……どうしてですか?」
 その後。そんな会話を雪継として本を抱えリリィが戻ってくると、
「おかえり」
「ただいま戻りました」
 着ぐるみわんこのリリィは清士朗を背もたれに。清士朗はついでにエルスに膝を貸し。
 エルスはおやつの箱に手を伸ばしながら、もう片方の手でページを捲る。
「雨……宝石、鎖……」
 指で漢字を追うように読み上げるエルス。
「……さて」
 清士朗も本に手を伸ばす。
 静かな声で読むのは、ある領主とその奥方たちの愛と冒険の物語だ。
「ふふ……」
 自分の本を読みながら聞く声にリリィは目を細める。自分の本と物語がないまぜになって、
「……そうして彼らはいつまでもいつまでも、幸せに暮らしましたとさ」
 清士朗の物語が終わったとき、
「おや」
 エルスとリリィは目を閉じて、静かに夢の中へと旅立っていた。
 もしかしたら二人とも、遠い誰かの夢を見ているのかもしれなかった。
「おやすみ」
 静かに清士朗が毛布を掛ける。志苑も顔を上げ微笑ましく見ながら、
「兄様、少し休憩を如何ですか?」
 そっと声をかけた……。


 静かにページをめくる。
 はらりというささやかな音を立てて、世界はまた静寂に沈む。
 その穏やかな沈黙を破ったのは、同じぐらい静かなレフィナードの声だった。
「お久しぶりです。お身体など崩されておりませんか?」
 エヴァンジェリンはお伽噺から顔を上げた。
「お久しぶり。アタシは元気。アナタは?」
 はい、と少し脇によると、レフィナードは微笑む。彼は手に籠を持っていて、
「ありがとうございます。宜しければ召し上がりませんか?」
 ハーブティや軽食の入ったを示すので、あら。とエヴァンジェリンは声を上げた。
「嬉しい、飲み物が欲しいと思っていたの。夜の図書館でお茶会なんて、何だかわくわくするね」
「ええ。まさにお伽噺のよう。ナイトライブラリ、とはまた洒落たものですね」
 はい、と、籠を示すと。ありがとうと笑ってエヴァンジェリンはサンドイッチを手に取る。
「本はお好きですか?」
 紅茶を口にしながら問うレフィナードは、興味津々、という顔をしていて。エヴァンジェリンは思わず笑う。
「ええ、本は好きよ。本はアタシの親友だった。……それは今も同じ。……そして、レフィと同じね?」
「なるほど」
 活字中毒者の自覚はあるレフィナードであった。

 ……その後。
「宜しければお取りしますよ」
「……レフィ、お願い」
 仲良く本を探す二人。夜はまだまだ続きそうだ。


 白空は顔を上げた。
「本が、いっぱい……だ……すごい、ね……」
 その表情に、弥鳥は嬉し気に小さく頷く。
「ミナニエと好きな本を選んでおいで。なんでもいいから」
「なんでも……」
 反芻する白空。ミナニエと見つめあう。
「ミナニエは、なにが、読みたい……? 一緒に、行こう……」
 声が弾んでいて、それだけで弥鳥も嬉しかった。

 クッションのある部屋で座り込めば、
「ミナニエ、弥鳥の音楽、は……この空みたいにキレイ、だよね……」
 白空が持ってきたのは綺麗な空の写真集と、動物たちの冒険物語だった。
 本を覗き込む白空に、弥鳥も本を捲った。

「……」
「……気になる?」
 いつの間にか、白空はじぃぃぃぃ、と弥鳥の手元を覗き込んでいた。
「一緒に、見て、いいの……? うれ、しい……」
「ああ。一緒に見ようか」
 弥鳥が選んだのはたくさんの景色が乗っている写真集と優しい物語。
 寝転がるような体勢になると、白空も一緒に寝転がる。
「お花も景色もみんな、きれい……! 弥鳥の、音楽みたい……!」
 思わず目を輝かせる白空。
「……俺の音楽は、こんな風に見える?」
 その言葉に、嬉しそうに弥鳥は問うので、
「うんっ。ミナニエも、ニコニコ、してる……」
 しっかりと頷く白空。
「楓にも、見せてあげたいな……」
「……ああ」
 嬉しそうに言う白空に、弥鳥も小さく、頷いた。


「二人してただ本を読むだけだと些かつまらないし、ひとつ賭けをしない?」
 梢子の提案に理弥は不敵に笑う。
「いいぜ、夜更かしには慣れてんだこれでも」
「じゃ、先に寝た方が朝の目覚めの珈琲を奢る、で」
 梢子の言葉に、了解。と理弥は頷いた。

 その後。
「お、あの本……。うーん……あとちょっと……」
「なあに? この本を取りたいのかしら? 背が低いと大変ねぇ」
「……悪かったな、ドワーフだからしょうがねぇだろ!」
 そんな会話をしたり。
(ミステリ……いや、冒険活劇か。これはこれで面白いな。怪盗と探偵だったらどっちがかっこいいかなあ……)
(うーん……題名からしてもっとどろどろの愛憎劇を期待してたのだけど……もう少し先まで読めば泥沼展開になるかしら……)
 双方大正時代もの。理弥はわくわくとページをめくり、梢子はなんだか難しそうな顔で流すように本を傾けている。
(違うじゃん。黒幕はそいつ……逃げ……)
(だめね……純愛悲恋物は……修羅場がない……。欠伸が……)
 そしてだんだん二人して船をこぎ始め……。

 朝。
「ヤバい寝ちまった!」
 はっ。と顔を上げる理弥。
「なあ俺梢子姉より長く起きてたよな!?」
「え? 私の方が遅くまで起きてたと思うけれど?」
 そんな理弥に、当然のごとく梢子は肩を竦めるが、
 きっとどちらも、勝敗の行方は分からない……。


 二人して、静かに、静かに。
 ひそひそ話が良く似合う雰囲気がジェミはなんだか好きだった。
 大切な家族の、エトヴァが手にするブランデー入りの珈琲は、いつもより大人味で。
 僕ももうちょっとしたら飲めるようになる? 心でそっと尋ねながらココアを手にジェミはエトヴァの本を覗き込む。
「エトヴァ。これはまるで絵画のよう」
 それは、写真の多い旅行記だった。エトヴァは穏やかな声で返す。
「……懐かしくテ。……カフェにいる時間が好きデ。こちらへ来てかラ、喫茶店を営もうと思いまシタ」
 ウィーンの、伝統的なカフェが並んでいる写真に、ジェミは瞬きをする。
「なるほど……。エトヴァらしい」
「ふふ、趣味も兼ねているのデス」
 まさに、彼らしいというジェミにエトヴァはそう言いながら、
「……ジェミは何を読んでいますカ? 俺にも見せテ」
「ん、僕の本?」
 ジェミの持っている本を覗き込んだ。問いかけにエトヴァがと頷くと、ジェミは得意げに、
「ふふーん、『世界の猫写真』です!」
 持っていた本をばばんと広げてエトヴァに見せた。
「あア……やっぱり」
「やっぱりって何。ほら、尻尾の長いにゃんこも、お耳の大きなにゃんこも……」
 うっとりするジェミにエトヴァは思わず、
「ふふ……どのにゃんこサンも可愛らしいですネ」
 ジェミの顔を見て、エトヴァも頷き、和むのであった。


「本の匂いってなんだか落ち着くわね」
 リュシエンヌは寝転ぶウリルの傍らに腰を下ろして本を広げた。
 挿絵に奇麗な花の妖精が描かれている、可愛らしい物語だ。
「ああ……」
 そんなリュシエンヌにウリルは短く返事をする。ちら、とリュシエンヌはウリルの顔を見る。
「……ん?」
「ううん。面白かったら、次ルルに貸してね」
 顔を上げるウリル。それを見下ろすリュシエンヌ。なんだか新鮮な構図で、
「ん、終わったらね」
 そして、本にまた目を落とすウリル。没頭する彼は、なんだか新鮮でリュシエンヌはずっと見ていたくなる。
「ルルは、何を読んでいるの?」
「ええと……」
 しばらくしてから、ウリルはそう聞いた。
 そしてリュシエンヌの返答に、顔を上げる。……と思ったらもそもそ懐に潜り込んでくるリュシエンヌ。どうやらウリルの問いかけで、うとうとしている自分に気付いたらしい。
「うりるさん……」
「まあ、そうなるだろうなとは思っていた」
 寝ぼけ眼で懐いてくるリュシエンヌを、ウリルは優しく抱き寄せる。
「うりるさん、ぬくぬく……」
 そのまますぅっと眠りに落ちていくリュシエンヌの髪に、
「お休み、ルル……。続きは夢の中で、かな」
 ウリルはそっとキスをした。
 そうしてウリルは再び本を広げる。彼女の寝息を聞きながら、今、再び冒険の旅へと……。


「そうだ。お誕生日おめでとうございます。これを……」
「わ、ありがとうございます」
 雪化粧模様の布製ブックカバーは、雪継は嬉し気に礼を言う。それから、
「ええと、すこしふしぎ、でSF」
「なるほどえすえふですか」
 雪継が座って読んでいた本を示す。最中はなるほどと頷いた。見知ったタイトルであった。
「連城さんは……お伽噺の考察本?」
「ええ。……おとぎ話は勧善懲悪ものが多いですよね」
「ああ……確かに」
「悪を懲らしめるだけの終わりが少し寂しくもある。……なんて」
「教訓っぽいのも多いよね。今読んでるのがまさにそんな感じ」
 通りすがり話に加わったのはカルナだ。
「お誕生日おめでとうございます。の紅茶とクッキーの差し入れですよー。最中さんもどうぞ」
「「ありがとうございます」」
 お礼が被った。最中はでは少しと席につきながら、
「教訓……ですか?」
「そうそう。例えば僕が読んでるのは冒険小説なんですが」
 カルナは咳払いをし。
「隠された財宝伝説を求めて旅立ち、冒険の末に財宝の対価として求められたのは主人公の記憶。彼は承諾するが、真の代償に気づいた時、主人公は……! とか。そういう感じです」
 若干真に迫った台詞であった。雪継は頷く。
「物語として伝えたいことがなければならない、とはよく言いますから、どうしてもそういう教訓めいたものが入ってくるのでしょうか」
「そうそう。色々と考えさせられますよね。こういうのもいいものです」
「物語だけでなく、その裏側も考える……。これが大人になったということでしょうか」
 最中の言葉に思わず静かな笑いが起きる。
 おのおの本の夜に沈む前、そんなささやかな会話もあっただろう……。


 二人で一つ。座り込んで一緒の本を覗き込み。
「クゥちゃん、クゥちゃん……」
 本を手に、莉音は顔を上げる。その眼がもうねむねむしていて、クロセルは微笑んだ。
「もう、寝るか?」
「んーん」
 ふるふると首を横に振る莉音。うとうと眼でそっと差し出すのは金平糖。二人で齧れば甘い、と笑いあって。
「もうちょっと。もうちょっとですなのじゃ。もうちょっとでお姫様が……」
 二人して読んでいた本は、強くてカッコいいお姫さまが活躍します冒険ファンタジー。物語は佳境で、莉音は何とか眠気を堪えようとする。
「そうだな……。お姫様とは、守られるだけではないのだな」
 だってクロセルもそうやって、感心したように本を覗き込んでいるから。
「ん。クゥちゃんが、楽しんでくれてるなら。嬉しいですなの……」
 じゃ、と、語尾が眠気に溶けていく。
 本がその手から滑り落ちて、クロセルはそっとそれを畳んだ。
「そうか。では続きはまた明日の楽しみにしよう」
「明日……そう。明日ですなのじゃ。明日も、クゥちゃんと一緒に……」
 眠りに落ちる莉音の傍らで、クロセルも思わず欠伸を一つ。身体を寄せ合って目を閉じると、いい感じに睡魔が襲ってきて。
「お休み……」
 冒険の続きは、夢の中で。
 きっと二人のお姫様は。見事悪い竜を倒すだろう。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月26日
難度:易しい
参加:25人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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