まずいな。ビルシャナがおでんを作っているようだ。

作者:星垣えん

●健康食品なんすよ
 黒い空に、ほのかな月明かりが浮かんでいる。
 日付が変わったばかりの街は、当たり前だが閑散としていた。飲食店やコンビニからぽつぽつと光が漏れてはいるものの、やはり人の姿は少ない。
 街が眠っている。そう言えばしっくりくる光景だった。
 当然、裏路地などに入ればさらに光が遠のき、目を凝らしても先が見通せないような深い闇が漂っている。およそ人が寄り付く空間ではない。
 ――が、そんな中にひとつだけ、ぼんやりと明かりが灯っていた。
 提灯だ。
 淡い光に『おでん』という黒文字を浮き立たせた屋台が、人を集めていた。
 そして、その古びた木造りの屋台にて大将に収まっているのは、鳥さんでした。
「おでんってヘルシーだよね。これからの長寿社会を生き抜くためには、やっぱり人間は毎食おでんにするべきだと俺は思う。健康が大事だもん。はいこんにゃく」
「あざーっす」
「やーおでん推すねぇー」
 大将らしく熱々のおでんを振る舞い、その効能(?)を説く鳥さんに、おっさんがコップで酒を煽りながら茶々を入れる。赤らんだ顔を見るにだいぶ酔っているようだ。
 というか、屋台を囲む信者の大半が酔ってた。
 もうほんと場末の屋台だった。
「いいか、おまえたちが酒を飲んでいられるのも健康な体だからだよ? だから酒を楽しむためにおでんを食うべきなんだよ。健康になるから。食うだけで健康だから」
「食うだけって……本当ですかぁ?」
「ほんとほんと。一発だから。朝昼晩とおでん食べれば病気知らずだよ? というかむしろおでん食べなかったら死ぬよ?」
「おでんの効果ヤベェ!」
「じゃあ食う、食うよ! 大根ちょうだい!」
「お、俺は巾着!」
「僕はたまごをください」
「あいよぉ!」
 立て続けに告げられた信者たちの注文に、とってつけたような大将ムーヴで応じる鳥。
 ちなみに、おでんはめちゃくちゃ美味かった。

●冬ですしおでんでも
「え、また鳥さんの屋台なの? 私この前もその近くで鳥さんの美味しい屋台で食べてきたんだけど……」
「そうなんですか? 運命のいたずらですね!」
 目の前にひろげられた地図を見ていた七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)が驚いたように言うと、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はにっこり笑って拍手をした。
 拍手する場面なのかどうかはわからない。
 しかしビルシャナ屋台に連続エンカウントなど滅多にないことだろう。つーわけで猟犬たちもいちおう合わせて拍手とかするのだった。
「みんなありがとう……じゃないわよね。お仕事の話しないとよね、ねむちゃん?」
「はっ、そうでした!」
 さくらの一言でヘリオライダーの使命を思い出すねむちゃん。
 気を取り直した少女は慌てて資料を取り出して、読みはじめた。ちゃんと仕事できることのアピールも兼ねてそらもう早口だったので、老婆心ながら要約しておこう。

 おでん推しの鳥が信者を集めて、深夜の裏路地で屋台を営業している。
 なんでも『おでんはヘルシー』という主張をしているようだが、それはそれとして彼が作るおでんはなかなかに絶品らしい。
 食べたほうがいいんじゃないだろうか。

「――という感じです!」
「ねむちゃん、大事なこと忘れてるわよ! 信者の人たちを正気に戻して、鳥さんを倒してくださいって言わないと!」
「はっ、そうでした!」
 さくらの指摘を受けたねむちゃんが「そこのところよろしくです!」と付け加えた。
 なるほど今回の仕事は……楽だな。
 その場にいる一同は、みんなそう思いました。
「ちなみに信者の人たちはだいたい酔っぱらっているので、おでんを食べてからパタリと死んだふりとかすると目を覚ましてくれます!」
 訂正しよう。
 ねむちゃんの話を聞いて、こら楽な仕事やでと確信する一同だった。
「簡単に説得できるみたいでよかったわね。これで美味しいおでんを食べることに全力を注げるんじゃないかしら!」
「そうです! おでんにオールインなのです! おでんを食べてる分にはビルシャナさんも何も言ってこないので、むしろ食べない理由がありません!」
 嬉しそうに手を叩いたさくらの横で、頷きまくるねむちゃん。
 そのあたりでもう猟犬たちはヘリオンへ向かって歩き出していた。
 美味しいおでんの屋台が待っている。
 そう思えば、1秒でも惜しいって感じだったんやと思う。
「みんなさすがです! やる気満々ですね!」
「ええ、頼もしいわね! これなら楽しいひとときになるんじゃないかしら!」
 わぁわぁ、とはしゃいだ様子で皆の背中を追うねむとさくら。
 かくして、猟犬たちは深夜のおでん屋台への突撃を敢行するのだった。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
御手塚・秋子(夏白菊・e33779)

■リプレイ

●おでん殺人事件
「……なんだ、この状況は!」
 不意の夜風に赤鱗を撫でられて、ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)が我に返る。
 気づけば彼は、屋台を囲む長椅子に座っていた。
「あ、どうも」
 しかも、おでんの湯気を挟んだ向こうには鳥。
「ビルシャナ……!」
「ヴァルカンさん!? どうしたの!?」
「さ、さくら! なぜ止める!」
 日本刀を抜きかけたヴァルカンに、しがみつく七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)。制止されたヴァルカンは混乱した。
 目の前にいるのは敵だ。制止するなど間違っている。31歳の妻がブルマを穿いているのも間違っている。
 が、ここで彼ははたと思い至る。
 ビルシャナ、屋台、おでん。
 ビルシャナ! 屋台! おでん!
「………………なるほど、普通だな!」
「よかった、目が覚めたのねヴァルカンさん!」
「もー。おでんが食べられるからって浮かれちゃったんですか?」
「まったくヴァルカンさんってばー」
 刀を納めるヴァルカンの顔を指でツンとやるさくら。朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)とベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)も底抜けの明るさで笑い飛ばす。
 慣れって、怖いよね……。
「ところで、さくら」
「なあに?」
 正気に戻ったヴァルカンが、さくらに目を向ける。
 ブルマと体操服を装備した31歳の妻に、目を向ける。
「なぜそんな格好なのだ? 流石に歳を考え――」
「ボルトストライク!!!」
 ヴァルカンは死んだ。

「タイヘンヨクオニアイデス……」
「お、おい……」
「大丈夫か旦那……?」
「まあ! 私の好きな具も満遍なく取り揃えていらっしゃりますのね!」
 黒焦げドラゴニアンが放つうわ言に信者たちがどよめく横で、人の姿を取っている獣人――エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)がときめく。
 ちなみになぜか眩しい純白ドレスである。
「寒い空の下で食べる温かいおでん……感極まりますわね!」
「その味、確かめなくてはね」
 昂揚を垣間見せるエニーケに、ひとつ頷くティユ・キューブ(虹星・e21021)。腕に抱いた白い小竜『ペルル』と一緒に鍋を覗く。
「すまないがこちらにはちくわとイカ巻きとタコ、蒟蒻お願いするよ」
「私は大根と玉子、しらたきをとりあえず頂きますわ」
「はいよー」
 ティユとエニーケの注文に片手をあげる大将。
 その姿は完全に屋台のおっさん。神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)はつい「ヘイおやじっ!」と呼んでしまっていた。
「たまご一つ、ハイスピードで! なのじゃ!」
「私はお出汁のしみた大根をおつゆたっぷりめでお願いします! あ、玉子とか餅巾着とか後で食べたいので切らさないでくださいね! タコとしらたきとはんぺんも!」
「おーるおっけー」
 シュビッと挙手した早苗に完コピムーヴで続く環。鳥さんが鍋を菜箸で探りながら親指を立てると、さらに間髪入れずに御手塚・秋子(夏白菊・e33779)も「はいはいはーい!」と身を乗り出してくる。
「店主さん、私にはそこなおじさまと同じものください!」
「がってん」
 しゅぱぱぱとおでんをピックする鳥。
 熱々おでんが出されると、秋子は満面の笑みで割り箸を取った。
「いただきまーす!」
「私もー♪」
 あむっとさつま揚げを頬張る秋子に負けじと、さくらもはんぺんをはふはふ。
 で、味わうこと数秒。
「「美味しい……」」
「ふふ、でしょ?」
「美味い上に健康になれるとか最強やで」
 ニヤリと笑う大将、賛同しつつおでんを食う信者たち。
 ――が、悲劇は突然やってきた!
「あっつぁあああ! 顔の古傷がああ!」
「ベルベットちゃん!?」
 平穏を切り裂く断末魔に立ち上がるさくら。悲痛な声のほうを向けば、そこには顔面に熱々のがんもどきを乗っけたベルベットさんが!
 そして、バターンと倒れこむ!
 さくらは主人の上でおろおろ飛んでるビースト(ウイングキャット)をのけてベルベットの脈を取り、顔を青くした。
「し、死んでる……!」
「何だと!?」
「がんもどきで人が……!?」
 ざわつくおっさん連中。
 がんもどきで人が死ぬのを見るのは、初めてだったんや……!
 しかし、この死は序章に過ぎなかった!
「たまごおいしいのじゃー……むぐっ!?」
「蒟蒻も美味しい……これは止まらな、熱っ、つっ……ぐっ!」
 玉子をぱくぱく食べていた早苗が喉を押さえ、蒟蒻を口に放りこんだティユが苦しげに身悶えする。2人が長椅子から転げ落ち、そのまま停止すると、何事もなかったかのように復帰したヴァルカンが首に指をあてた。
「……死んでる……!」
「早苗ちゃん……ティユちゃん……!」
 口を両手で覆うさくら。夫婦揃ってノリノリである。さりげなくおでん食ってる早苗の尻尾がフリフリしてるのとかガンスルーやもん。
 そっからはもうね、怒涛でしたよ。
「……具の美味さと出汁が全身に染み渡りますわね……これは実に甘露……」
「エニーケ殿、如何なされた!?」
「もう最後の晩餐はこれでもいいかなって……ウッ」
「環ちゃん!?」
 おでんのあまりの美味にエニーケが倒れこみ、打ちつけた後頭部から盛大な血飛沫(トマトジュース)を散らす。ドレスの純白を赤で汚す鮮烈な死にざまの横で、環もパタリと突っ伏して静かに逝った。
「みんな……どうしてこんなことに……」
「さくら、秋子殿も……!」
「そんな……秋子ちゃんも燃え尽きたみたいに……!」
 ヴァルカンの声に振り向いたさくらが膝をつく。秋子は長椅子に座ったままぐったりと、真っ白な灰になったボクサーのごとく安らかにお亡くなりになっとった。
 酒の酔いに浮かれていた信者たちの頭が、さーっと覚めてゆく。
「おでんを食ってみんな死んだ……!?」
「えっ、おでんのせい?」
 そっと箸を置く信者たちを、きょろきょろと見回す大将。
 さくらは、わざとらしく啜り泣きをしてみせる。
「わたしが魔性のおでんを見つけてしまった所為で皆が……! ごめんね……責任はこの命でとるわ!」
「さ、さくらー!」
 おでんを頬張って伏したさくらに駆け寄るヴァルカン。
 かくして潰えた7つの尊い命。
 一部始終を見届けた信者たちは、次々と席を立つ。
「何がおでん食えば健康だ!」
「惨劇にも程があるじゃねえかよォォ!!」
 おっさんたちが皆はけるのに、10秒もかからなかったぜ。

●おでんが美味くて酒がすすむ
 遠ざかってゆく男たちの足音。
 それを追っていた早苗の狐耳が、ぴくっと動いた。
「……よいな? もうよいな? よーしっ!」
「ふぇっ!?」
 がばっ、と起き上がる早苗。鳥さんがビクッと肩を跳ねさせるが、そんな純な反応を嘲笑うように猟犬たちは次々と起き上がった。
「はーい本編でーす!」(ベルベット)
「おでんパーティーの始まりね!」(さくら)
「あー熱くて死ぬかと思った……」(ティユ)
「ジュースがおでん鍋に入らないよう気をつけましたが大丈夫でしょうか……大丈夫ですわね」(エニーケ)
「すいませーん。頼んでおいた餅巾着とかください!」(環)
「私しみっしみの大根食べたーい」(秋子)
 3秒とかからず長椅子に整列する猟犬たち。その目は期待感できらきらと輝いて、もうもうと湯気をたてるおでん鍋に齧りつかんほどである。
「みんな、そんなに俺のおでんを……蘇るほどに……!」
 お客さんを10人失ってちょっとヘコんでた鳥さんは、皆の熱望を受けて震えた。
 自分が作るおでんを食べたくて黄泉の国から帰ってきたんだ。
 ――とゆー大変都合の良い解釈をした鳥さんは「はいよ!」と環に餅巾着や玉子を、秋子に出汁しみっしみの大根を出してくれました。
「じゅわっと出てくる旨味……大根美味しい……」
「玉子もしっかりと味が染みてますね! 餅巾着も!」
「あーそれ絶対おいしいやつなのじゃ! おやじー! わしにも大根とたまごと餅巾着とー、ロールキャベツにごぼう巻を頼むのじゃ!」
 むぐむぐと至福顔で頬張る秋子と環を羨ましげに見つめた早苗が、ふわふわ尻尾を盛大に振りながらべしべしと屋台の卓を叩く。この人本当に22歳なのかな。
 鳥さんの丹精込めて仕上げたおでんが揃うと、さくらとヴァルカンは互いのぐい呑みをこつんと合わせた。
「お仕事お疲れ様! かんぱーい♪ みんなもかんぱーい♪」
「あぁ、乾杯」
『かんぱーい!』
 2人の乾杯に乗っかって、仲間たちも熱燗のたっぷり入ったぐい呑みで応じる。出汁の溢れる油揚げを噛みしめてから、ベルベットは一口あおって深い息を吐いた。
「……っぁ~~幸せ♪」
「ほんとねー……」
「仕事のあとの1杯って最高ですねー」
「うんうんわかるわかるー」
 ふ-、と揃って杯を置くさくらと環。相槌を打ってくる鳥さんから牛すじやらタコやらを受け取って「ありがとー」と言っているのを見るに、本当に仕事終わった気でいるのかもしれない。
 そのはしゃぎようを聞きながら、ティユはロールキャベツを口に入れた。ほろりとほどけるキャベツを噛めば、温かな出汁とたっぷりの肉が零れだしてくる。
「このおでん、本当に美味しいね。ロールキャベツ何個でも食べられそう」
「こんにゃくやジャガイモも絶品ですわよ。美味しすぎて……これは撮影しないわけにはいきませんわね♪」
 もぐもぐと味わっていたエニーケが箸を置き、パシャパシャとスマホのシャッター音を連発させる。明日にはもう食べられませんものね。
 熱々の大根をはふはふと口に収めたヴァルカンは、しみじみ首を振った。
「ビルシャナでなければ今後も贔屓にしたいところだ。この至高の味を生み出す匠を倒さねばならぬとは、ケルベロスとは何と業の深い稼業であろうか……」
「わかる! わかるわヴァルカンさん!」
「残酷な世界、だよね……!」
 ガチで口惜しんでそうなヴァルカンの肩を、ぽんぽん叩くさくらとベルベット。このノリは結構お酒が進んでますね、間違いありません。
 が、ここでさくらさん閃く。
「そうだわ。おでんのレシピ教えてもらえばいいんじゃないかしら」
「なるほど! さくら、ナイスアイデアじゃ!」
「それいいね。僕もこのおでんの作り方、気になってたんだ」
 ごぼう巻をくわえた早苗がサムズアップする横で、取り分けたおでんをペルルにあげていたティユがささっと身を乗り出す。割と旅団では炊事場担当と化している彼女はぜひともこのおでんを作ってあげたかったのです。
「というわけでどうだろう。レシピをうかがっても?」
「いいよ!」
 ティユの視線に、二つ返事で答える鳥。
 やったね! ガードが緩すぎる大将のおかげでレシピGETだよ!
 この味を家庭でも――と沸く猟犬たち。
 その歓声を聞きながら、秋子は一心不乱にごぼう天やタコをもぐもぐしていた。
「美味しい……美味しい……この世の極楽……」
 飲み干したぐい呑みを置き、にんまりとだらしない笑みを浮かべる秋子。そのまま酒もおでんもおかわりしたのは言うまでもないっすね!

●酒が美味くてテンションがヤバい
「はい、油揚げだよー早苗ちゃん」
「むっ! ありがとなのじゃベルベットー!」
「環ちゃんはやっぱり練り物かな? 盛り合わせにしとくね?」
「わー、ありがとうございます! あ、ベルベットお義母さん、できれば大根も追加で!」
 てきぱきとおでんを取り分け、それぞれに器を差し出してくれるベルベット。その有り余る母感に早苗と環は思わず諸手をあげていた。ちな同い年。
 数十分経っても、猟犬たちのおでんペースは緩むことを知らなかった。
 それどころか酒の力も相まって消費量は増える一方であり、秋子の口は休まる暇もなくむぐむぐと動きっぱなしである。
「秋子ちゃん、よく食べるわね!」
「もっちろん! だって美味しいもん!」
 くすりと笑うさくらに、幼子のようにこくこく首を振る秋子。
 頬張っていた餃子巻きをごくんと飲みこむと、秋子は「あっ」と声をあげた。
「そういえば、おでんって地域性出るって聞いたけど本当かな? 皆は何で食べてる? 辛子かな? 味噌かな? ちなみに私は柚子胡椒!」
 何かな何かな、と悪戯っぽいノリで仲間たちの皿を見て回りはじめる秋子。無邪気に覗きこんでゆくその姿は……完全に酒が入ってやがるぜ!
 だが無理からぬことだろう。
 なにせおでんがあって、酒があるのだ。
「おでん食べてお酒飲む、止まらないかもこれ……」
「ええ、成人していなければ、この依頼を真にこなすことはできなかったかもしれませんわね……揚げ豆腐おいしい♪」
 出汁の色の染みた玉子を齧るティユに、揚げ豆腐をむぐむぐするエニーケが深い同意を示す。2人とももう何度、おでんと酒を往復したかわかりません。
 つまり何が言いたいかというとだね。
 みんな結構、酔ってるんだ。
「ほらほら、ヴァルカンさんも食べてる? 飲んでる? はい、あーん♪」
「こ、こらさくら、皆の前でそのような……」
「いいじゃない♪ ほら、あーん?」
「…………あーん」
 さくらさんとヴァルカンさんなんて人目もあるのにイチャついてるからね。
 しかもそんな2人を囲んで、ベルベットや早苗もひゅーひゅー言ってるからね。
「いやーお熱いなぁ!」
「どれ、おしどり夫婦を肴にもっと飲むとするかの! ほれ環も1杯いくのじゃ!」
「あ、どうせなら出汁割りでいただきませんか?」
「それいいのじゃ!」
「え、何それ私も私も!」
 全力でさくらたちをからかっていたベルベットが、環の発した『出汁割り』の一言でぐるんと向きを変えた。秒で興味の対象が変わってるよ。酔ってる以外の何物でもないよこのムーヴ。
 幸せそうな客の姿に、鳥はほっこりと微笑んだ。
「楽しそうで何よりだなあ」
「あの、鳥さん……おでん、お土産に持って帰っても良いですか? 少し……」
「いいとも! どれにするー?」
 おずおず尋ねてきた秋子に快諾し、嬉しそうに鍋の中を物色する鳥。
 おでんを食べて幸せそうにしている――それが、鳥さんにとって最大の幸福だったのかもしれません。

 しかし悲しいかな!
 鳥は鳥なんですよね!
「ふぅ、食肉加工も大変ですわ。こういう仕事に従事する方々のおかげで、私たちは美味しいおでんをいただくことができるのですわね♪」
 赤々と濡れたチェーンソー剣を綺麗にふきふきするエニーケ。トマトジュースで赤模様の入っていた純白ドレスは、もう白地を潰す勢いで真っ赤だ。
 言わずとも、わかるだろう。
 おでん作りが上手かったおじさんは死んでいました。
 縦真っ二つになって伏してる鳥っぽいそれの前で、ヴァルカンは瞑目した。
「この味は決して忘れまい」
「おでんに入れる具のように分け隔てなく、他の料理も受け入れていれば分かりあえたろうに……」
 光になって消えてく鳥を、惜しそうに見送るティユ。
 おでん以外を認めていれば、ガチで殺る理由とかなかった。
 美味しいおでんでお腹を満たした猟犬たちの一夜は、なぜか一抹の寂しさとともに幕を閉じるのだった。

作者:星垣えん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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