バレンタインは高級チョコ以外許せない

作者:神無月シュン

 とあるデパートの一階。『バレンタインフェア』という看板と共に、チョコレートを扱う各店舗がショーケースの向こうから呼び込みをしている。
 そこへ混雑するイベントスペースに向かっていく、羽毛の生えた異形の姿のビルシャナ。その後ろには数名の女性を引き連れている。
「バレンタインに贈るのは高級チョコ以外は許せない!」
「安物のチョコを渡そうとする人は、同じ土俵に立たないで欲しいわ」
「お返しは3倍以上は基本。これでブランドバッグも貰えちゃうかもー」
 ビルシャナの言葉に側にいた女性たちが騒がしく話し出す。
「さあ、安物のチョコを売っている店を、片っ端から潰しに行こうか」
 ビルシャナは女性たちを引き連れて、イベントスペースへと突撃した。


 個人的な主義主張により、ビルシャナ化してしまった人間が、個人的に許せない対象を襲撃する事件が起こると、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は集まったケルベロスたちに説明を始めた。
「高級チョコは確かに美味しいのです! だけど、安物のチョコがダメなんてことはぜぇっっったいにないのです!」
「まあまあ落ち着いて」
 甘いもの好きのねむとしては、許せない事件と腹を立てていた。このままでは話が進まなさそうとアクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)は、ねむを宥める。
「ビルシャナはデパートの『バレンタインフェア』を狙ってるのです。みんなはそこに向かってビルシャナを倒して欲しいのです」
 どうも、ビルシャナの主張に賛同している一般人が配下となっているようだ。
「ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張をすれば、戦わないで配下を無力化する事ができるはずですよ」
 配下となった人間は、ビルシャナと共に戦闘に参加してくる。ビルシャナさえ倒せば、元に戻るので救出は可能だが、配下が多くなればそれだけ戦闘で不利になるだろう。

「問題はやはり配下の女性たちでしょうか?」
「彼女たちの主張は自分勝手過ぎるのですよ」
「まったく、その通りですね」
 ねむの話によると、ビルシャナ自身の戦闘力はそれほどでもない様だ。
 問題の配下の女性たちがビルシャナの主張にどう反応しているのかを聞いた一同は、揃ってため息をついた。
「ビルシャナと一緒にいる女性の数は8人です。こんな自分勝手な人たち、お話をまともに聞いてくれるか怪しいのです」

 説明を終えたねむは資料を閉じ微笑んだ。
「無事に事件を解決したら、お店をゆっくり見てくるのもいいと思います!」


参加者
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)
岡崎・真幸(花想鳥・e30330)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)
ステラ・フォーサイス(嵐を呼ぶ風雲ガール・e63834)
白樺・学(永久不完全・e85715)
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)

■リプレイ


 デパートの中では『バレンタインフェア』の真っ最中。人の出入りも相当なもの。その流れを止めない様、ケルベロスたちは端の方に集まっていた。
「私が恐れていたビルシャナが本当に現れるとは驚きました。楽しいバレンタインデーの為に、この事件は見過ごすわけには行きませんね」
 顔を合わせ、初めに口を開いたのは今回の事件を予期していたアクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)。もちろん目指すは犠牲者を出すことなくビルシャナを倒す事。
「面白い風習ゆえに、様々な思想が生まれ、様々な主義主張が出てくるということかねぇ。何はともあれデウスエクス事件だ」
 気を引き締めてかかろうと、ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)。
「高級チョコってカカオの風味と香りが強くて良いよねぇ。でも、逆にそれが苦手な人も居るんだよね」
 高級チョコについて、語るステラ・フォーサイス(嵐を呼ぶ風雲ガール・e63834)。カカオの風味を活かしたものやミルク等を混ぜ食べやすくしたもの。チョコと言っても種類は数えきれないほどある。ただ高級かそうでないかで、分けてしまうのはいかがなものか。
「これくらいですかね」
 若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)がせっせと用意してきたチョコレートを『アイテムポケット』の中へと収納していく。よく見るとどの箱も一度は聞いたことがあるような、高級チョコレート店の名前が書かれていた。
「高級チョコは確かに美味しいですけど、何もバレンタインデーは高級チョコ以外を渡しても良いと思いますね」
 予算的なものもありますしとルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)。
「進んで高額なチョコを贈るなんて、よほど相手の事が好きなのかと思いましたが、実際は何倍ものお返しが目的なのですね。バレンタインを高金利の投資チャンスか何かと勘違いしているのでしょうか?」
「ほんとにな……義理チョコでこれやられてたんだよな。プライドが先行して断れなかったのが辛え。ただ突き返すのは負けの気がしたんだよ……」
 ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)の言葉に過去の出来事を思い出したのか、岡崎・真幸(花想鳥・e30330)が目に見えて落ち込んでいた。
「あ……なんかごめん」
 落ち込む真幸を見て謝るピヨリ。
「苦労したんだな……」
 その様子を見ていた白樺・学(永久不完全・e85715)が真幸に同情する。
「だー! 落ち込んでても仕方ない。さっさと事件解決しに行くか」
 そう言って真幸はデパートの中へと入っていく。後を追うように他のケルベロスたちも歩き出した。


「私も安っぽい大袈裟な位の甘味が大好きなので、この件は黙って見ておけません。子供も利用する楽しいお手頃なチョコのお店を奪わないでください。大人にもなってみっともないです」
 今にもイベントスペースへと向かう所だったビルシャナたちを呼びとめるピヨリ。
 その言葉を聞き、何事かとビルシャナと配下たちが振り向いた。
「高級チョコですか、羨ましいです。わたくしはあまり手持ちのお金が無いので高級チョコに手が届きません」
 貧乏学生を演じ、ルピナスが話しかける。
「高級チョコですか……たとえば、これとか?」
 話を聞いていためぐみは『アイテムポケット』から高級チョコの箱を取り出し見せる。
「わたくしが買えるチョコといえば、せいぜい100円くらいの板チョコなのです。バレンタインデーは高級チョコに限ると仰いますが、それはわたくし達貧乏な方々はバレンタインデーを楽しんではいけない、と言う事でしょうか?」
「当り前じゃない。そんな貧相な物、貰ったって相手が困るだけよ。それに比べてそっちのあなたはいい物持ってるじゃない。味に天と地の差があるもの」
 調子に乗ってルピナスを見下し、笑う配下たち。
「確かに高いですし、その価格にあうだけの味ですね」
 ここで反撃に出たのはルピナスではなく、めぐみの方。
「でも、贈る相手の事を考え、思いを込めたものでないなら、それに何の価値もないです」
 自分たちの同類だと思っていた相手からの批判に、配下たちも驚きを隠せない。
「わたくし達でも楽しめる様に、安いチョコを渡しても良いと思います」
「あまり上手ではない手作りチョコだろうと、廉価なチョコでも、相手の事を考えて贈るなら、どんな高級チョコより価値のあるものです。ましてや、お返し目的の物欲まみれのチョコなんて、ゴミ未満です!!」
「なによ! いきなり結託してっ!」
 先程までの余裕の表情はどこへやら。ルピナスとめぐみの言葉に顔を真っ赤にして怒り出す。
「初めてチョコを贈ったときの気持ちを思い出して、そこからやり直してください」

「君たち、『3倍返し』の根拠は何だろうか? 物事を交換する……商売を含めた取引の基本は一方が損をしない『等価交換』だ」
 別の場所ではディミックがお返しについて熱く語っていた。
「チョコレートの2倍部分の得をする錬金術の中身は『お嬢さん方と付き合いを続ける価値』だろうね」
「それなら十分な価値じゃない」
「……今こうして他人のまっとうな商売を邪魔しようとするあなたがたと仲良くすることに、高級チョコの2倍の価値があるとは、とても思えんのだよ」
「なっ!?」
 今まで拒絶など味わったことがないのだろう。ディミックの言葉に反論する事すら出来ずに押し黙ってしまった。
「高級チョコ以外許せない、ですか。渡す物が高級であればあるほど良いのですか? 3倍返しへの期待でしょうか」
 アクアが配下たちへと詰め寄る。
「それなら、もっと高級な物……宝石とか指輪とかプレゼントしてみなさい。高級チョコよりも、もっと大きなお返しが期待できますよ」
「バレンタインはチョコを贈るイベントよ。宝石とか指輪を贈るとか……バカじゃないの?」
 ――イラッ!
「まあまあ、ここはあたしの用意したチョコでも食べて落ち着いて」
 そう言ってステラはチョコを配る。
「見た目もいいし、美味しいわね」
 配下のその言葉に、ステラはニヤリと笑うと一本の動画を再生した。
 そこにはステラが100円前後の板チョコを使って、先程配ったチョコを作った工程が映っていた。
「安いチョコでも手を加えるだけでこんなに美味しくなるんだよ」
「いくら料理が上手くたって、こんな味出せる訳がないじゃない」
「分かってないなぁ……一番の隠し味はね、愛情、だよ♪」
 実際は『おいしくなあれ』を用いて作ったのだが、教えるつもりはない。
 余りの出来事に配下たちは驚きを隠せないでいた。

「別にバレンタインは女だけが贈り物をする行事じゃねえよ。というわけで、ん」
 配下の一人に高級チョコを渡す真幸。
「女に贈るチョコとか考えた事ねえから数時間凄え悩んだわ。気に入ってくれるかね? 因みにそれ、3倍返しな。労力に見合った対価だろ?」
「なんで私がお返しをあげなければいけないのよ」
「普通はそういう反応になるよな。お前ら、お返しして貰える前提で考えてないか? 俺は高そうなもんなら受取拒否するぞ。常識的な値段のものの方が受け取りやすいし、お返しするかという気持ちにもなる」
「贈る、という行動の意味が分かっているのか? 中身でなく値だけを見て、お返しを期待して、など……それは単に、送っているだけだろう」
 追いうちをかけるように学が語り始める。
「相手に応じて品を選ばねば意味などあるまい。と、言うだけでは伝わり難いか? では仮に僕が高級チョコをもらったという体で……そら、お返しを渡そう」
 高級感漂う木箱を取り出し、配下に手渡す。
 箱を開けるとそこには、解剖実験用器材一式セットが入っていた。
 予想外の中身に配下は目を丸くする。
「ピンセットの種類が豊富でな、相応に高い。ちなみに売り捌くのは無理だ、専門業者よりも信用があれば別だが。これで3倍返し……嬉しいか?」
「こんなもの。嬉しいわけないじゃない」
「相手を考えん自己中心的な内容、詰まる所その主張はこういうものだ」


 説得に応じなかった配下4人を手早く無力化したケルベロスたちは、ビルシャナを追い詰めていた。
「こんなところで……こんなところでぇええ!」
 実力差に打ちひしがれるビルシャナ。
 学のパズルから解き放たれた稲妻が、ビルシャナを襲う。ディミックはビルシャナの気を掴むと体に触れることなく投げ飛ばす。
「ほ~ら、ほ~ら、こっちだよ~」
 めぐみは相手を苛つかせる様な言葉を選び、容赦なくビルシャナにぶつける。ナノナノのらぶりんもめぐみに合わせて攻撃を繰り出す。
「無限の剣よ、我が意思に従い、敵を切り刻みなさい!」
 ルピナスの詠唱に無数のエナジー状の剣が空中に現れる。剣はルピナスの合図と同時、ビルシャナへと総攻撃を開始しその身を切り刻んでいく。
「貴方の子達に害なす輩へ罰を 畏怖せよ、偉大なる父が顕現された」
 真幸の詠唱が終わり、ボクスドラゴンのチビと同時にビルシャナへと攻撃を繰り出す。
「この球に飲まれて、消えてしまいなさい」
「シルバーブリット、チェンジ・キャノンモード! さぁ、行くよ……グラビトン・ランチャー、ファイア!」
 アクアの虚無魔法により放たれた虚無球体が、ビルシャナを飲み込み、ステラの撃ち出した超重力の銀の弾丸が圧し潰す。
「ほろびよ」
 そしてピヨリの手元から次々と投げつけられるひよこのファミリアたち。ひよこは着地と同時に爆発を起こしていく。大量の爆発を浴び、ビルシャナは限界を迎え力尽きた。


 戦闘が終わり手早く周囲の修復を行うアクア、ステラ、ルピナス。
「説得とは存外疲れるものだな。糖分でも補給しつつ、一休みとするか」
 学が持参していたチョコを食べようと取り出すが、半分以上が欠けている。
「なぁ助手……お前の頬、そんなに膨らんでいたか?」
 シャーマンズゴーストの助手は元からこうだったと言わんばかりに何度も頷く。その間ももぐもぐとしきりに口が動いている。
「そうかそうか、ははは……戦闘をサボってチョコを盗み食いしたな――貴様ァァ!!」
 逃げる助手に、追いかける学。
「せっかくなので、お店を見学させてもらおうか」
「せっかくのバレンタインフェアです。沢山のチョコを買って帰りましょうか」
「自分へのご褒美チョコを買おっと」
「やはり、チョコレートは高い物も安価な物も、どちらも美味しいですよね」
「俺は味分からんから見て楽しめるものを買うか。早く買って帰って渡そう」
「可愛い動物チョコはあるでしょうか? ピヨコ達、はぐれないようにね」
「持ってきたチョコも買い物が終わったら皆で食べましょう」
 学が追いかけっこを続ける中、他のケルベロスたちはバレンタインフェアを楽しんだのだった。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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