握れ拳、込めろ想い、作れお菓子!

作者:東公彦

 バレンタインデーは一部企業にとって今でも巨額の収益を賭けた一大イベントである。菓子業界はこぞって企画を立ち上げ、王道搦め手奇策を駆使して何が何でも自社製品を売りまくる。やり口は気に入らないところだが、下谷大通りに居を構えるこの店も一大商法の利益に預かっていることは否めない。
 しかしそれと同時に、剛はバレンタインデーというものをこよなく愛していた。
 メレンゲを撹拌しながら思った。こういった行事は大切だ。想いを後押ししてくれる何かを待っている人にとっては特に。表面的に騒ぎたい人もまぁ、いるだろう。しかしこの一日に、抱いてきた特別な気持ちを明かしたり、告げたり、伝えたりする人がいるのだから頭から否定はできない。
 ために剛はこの店で、特別な日を特別なプレゼントで飾りたい人達にむけた調理講習会を開いていた。毎年、お菓子作りを趣味にするアマプロのような人から泡だて器に触ったことのないような初心者まで幅広く集まってくれている。
 彼ら彼女らは真剣な表情で剛の声に耳を傾け、懸命に気持ちを込めてお菓子を作る。その度に剛は料理というものの在り方や意味を再認識させられる思いがするのだった。
 剛は集まった受講者たちを一室で見渡した。唇を引き結んだ真剣な表情からは、お菓子にかける熱情と不確かな未来に対する僅かな不安が感じられた。それは剛の胸を熱くさせるには十分であった。
「はぁーい、それじゃはじめるわよぉ!」
 語尾を甘ったるくあげて剛は身をくねらせた。体が奇怪な鳥類に変化したことなど頭の端にもかからなかった。


「みんな、集まってくれてありがとね……」
 面差しに暗い影をたたえたまま正太郎が言った。感情の乗らぬ声である。諦観極まれりといった投げやりな仕草で資料をめくった。
「あるお店のパティシエがビルシャナになっちゃうみたいだ、受講者達を前にして感極まっちゃったんだろうね……。信者の人達はビルシャナを先生と慕ってお菓子教室に来ているわけだから、簡単に信者になる可能性があるよ。とはいえ避難を先にすることは出来ない、予知が変化して後の惨事に繋がる可能性があるからね」
 灰色の息をはいて頭を掻く。ハリツヤを失った髪がぱらりと落ちた。
「通常の手順なら降下か待機をして状況が変化したところで避難と戦闘をはじめる流れになるんだけど……このビルシャナは腕の良いパティシエみたいだし、みんなが受講者として申し込んじゃえば避難の必要もないし予知も気にせずに済むんじゃないかなぁ」
 思いついたように告げて、正太郎は資料をめくった。
「えーと……第二キッチンは面積こそ広いけど何台ものシステムキッチンが並んでるから戦えるような場所じゃないみたいだね。時期的にみんなもプレゼントしたい相手がいるんじゃない? ビルシャナはとても戦いに慣れているようには見えないから、お菓子作りを体験してから倒してもいいかもね」
「さっ、手作りのスイーツを――じゃなかった、事件を解決しに行こうか」
 怨めしそうに腹をさすりながら、正太郎は呟いた。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
香月・渚(群青聖女・e35380)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)
セナ・グランディオーソ(いつかどこかの・e84733)

■リプレイ

「さて、と。お店の方がちょーっと騒がしいけど気にしなくていいわよぉ。従業員総出で対応してるから」
 受講者を前にして剛はやる気に満ち溢れた女の声で手を叩いた。
 しなをつくる様は気色悪いの一言につきる。おもわず断罪の戦鎌に伸びた手を香月・渚(群青聖女・e35380)はどうにか制した。
 今すぐ叩き斬りたいところだけど……まずは、思いっきりお菓子作りを楽しまないと損だよね、我慢がまん。
「みんなの作りたいものは事前に聞いてあるわぁ。しっかりレックチャーするから安心してねっ、ケルベロスさんたち!」
 言って、剛はパチンと音の出るようなウィンクを決めた。エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)がぎょっとしながら呟く「ご存じでしたカ。ですが、あなたは……」
「ええ、これが私の最後の仕事になっても悔いはないわ。ただし、教えるからには想いのこもった最高の一品を仕上げてもらうから覚悟なさい!」
「そういうことなら、こっちも騎士力――じゃなかった、女子力全力でよろしくお願いするわ、剛さん!」
 肝の据わった声でローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)が頷くと、同じように力強くエリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)も声にした。
「なんだか私も、燃えてきたよー!」
 剛の瞳に滾る情熱が乗り移ったかのようにエリザベスは握った拳を突き上げた。
 こうして、各々がそれぞれの目的や想いを持ちながら、剛の最後を彩るために武器にかわって調理具を手にしたのであった。


 お菓子作りは室温が大事! との剛の言に従って、作るお菓子によって第二キッチンは大きく分けられた。
 伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)は甘い香りに包まれるテーブルの前で、トロトロに溶けたチョコレートの流動的な動きを飽くことなく眺めていた。
「まぜまぜ……」
 加熱した生クリームを流し入れて、ヘラでゆっくりとチョコレートを混ぜ溶かす。しいて作りたい菓子のなかった勇名はセナ・グランディオーソ(いつかどこかの・e84733)と共にチョコマフィンを作っていた。
「お菓子作りは楽しいかしらぁ?」ひょっこり顔を出した剛に問われて、勇名はしばし虚空を見つめてうなった。
「あまいものは、すき。みてるだけでほわほわだし……。だから、じぶんでつくれたら、とってもじゃすてぃす」
「我も楽しいぞ、腕は痺れて動かぬがな!」
 明るい調子で声にしつつ、纏わりつく疲労を拭うようにセナがぶんぶんと腕を振るった。姉の様な存在であるルーナにお菓子を……その一心で再びバターを練りはじめる。と、泡だて器に勇名の手が添えられた。
「むり、いくない。ぼくもてつだう」
 呟いて肘から先を高速回転してみせた。レプリカントならではの『機能』だったが剛は手を振って勇名を押し止めた。
「便利だけどね、ダ・メ・よ。美味しいお菓子を作りたいなら、少しくらい大変でもお手てで回すの。心を込めて、ね?」
「こころ……」
 理解できない不可思議なもの。だがなぜだろうか、大好きなお菓子を自分で作り、誰かに渡す。考えるだけで勇名の胸には去来する何かがあった。それがナニかはわからなかったが。
「ありがとう伏見、感謝するぞ。だがもう少しだけ、頑張ってみようと思うのだ」
 セナは懸命に泡だて器を動かした。勇名は均等にわけた材料をさしいれて、時に役目を代わって自らも腕を回した。レプリカントとしての機能は、非合理的だが使わなかった。なので生地が出来上がった頃には二人の腕はぴりぴりと大いに文句を垂れていた。
「これがこころ?」
「……違うと思うぞ」
 お菓子作りに関して、二人は器用ではなかったが、それでも生地はしっかりと出来上がった。
 手頃なカップに生地を流し込んで余熱したオーブンにいれる。スイッチを入れれば内部に温かな灯がともって、二人は何時間でも待っていられそうな目で中を覗いた。
「ドキドキするな」セナが熱っぽくつぶやくと「これがふわふわになる……まほうみたいだなー」勇名の声にも弾むような調子がついていた。
「魔法……そうか魔法か。ならばルーンも――」
 なにやら不吉なことをセナが言いかけた時「ほぉら、休んでる暇なんかないわよぉ」剛が二人の腕をとった。
「あなた達にはやってほしいことがあるんだから」


 つるりとした乳色のデトランプを前にして、ウリル・ウルヴェーラは気合を入れ直してめん棒に手をかけた。
 さぁ、ここからだ。挑むような目つきでぐっと押し込み生地を伸ばす。出来るだけ厚さを均等に、ついでカードで綺麗な正方形に形を整える。ついで剛に言われた通りに直接手が触れないようバターを、これまた正方形に伸ばした。
 隣ではリュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)が熱っぽい眼差しで見守っている。
「うりるさんファイトっ」
 その言葉に応えるべくウリルは作業に集中した。バターの敵は温度、パイ生地は速度が命。剛の言葉を脳裏に何度も繰り返しながら、ウリルはバターをデトランプで包み、肩をつっかえ棒のようにして生地を伸ばした。まず縦長に、それを織り込んでから回し、再び伸ばす。
 ぐっ、ぐっ。めん棒が生地を押し込む感触。力もコツも必要な作業だったがウリルは集中力を切らさずに取り組んだ。ちょうど一回転を終えたところで、ふーっと大きく息をついた。
「お疲れ様、うりるさん」
 タオルを額に優しくあててリュシエンヌが微笑んだ。
「えへへ。二人の雰囲気にあてられて、とっても甘いパイが出来そうねっ」
 天板を手に通りかかったエリザベスが冷やかすように言うと、リュシエンヌは耳元まで赤くなり、ほてった顔を夫の胸に埋めた。彼女の頭にそっと手が触れて、優しく髪をとかす。
「ラム酒を頼むよ? ルル」
「う、うん! たっぷりいれてビターなチョコレートフィリングにするのっ」
 ラム酒のまわった真っ赤な顔でパイをつつく妻の顔が見えるようで、ウリルはくつくつと笑った。つゆ知らずリュシエンヌは張り切ってコンロの前に立った。
「あはは、あたしもあてられちゃいそぉ」
 エリザベスはひとりごちて、そそくさと退散した。


「テンパリングは己との戦いよ。焦らず、とはいえノロマじゃだめ。ほら、目は絶対に温度計から離さない」
「はい」
 心なし固い口調で返し、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)はボウルの底をこそげさらうように手首を回しつづけた。根気つよく、愛情を以て丁寧に。温度計の表示が31℃を指したその時「ん~、上出来よ」子供にするように剛はセレスティンの肩を叩いた。
「ふぅ」とセレスティンは大きく肩をさげた「ありがとう。一度、しっかり習ってみたかったの」
「あなたは基本が出来てるからね。でも、わざわざテンパリングまでして。渡される人は幸せ者ね」
 剛が茶目っけに告げてくるり踵を返した「なんの話?」渚がボウルを抱えてひょっこり顔を出す。すると、さも意外だというようにセレスティンは目を瞬かせた。
「あら、艶っぽい話じゃないのよ? これは家族や友達へ、ね」
 言葉だけでは十分に伝えられないこともある。さもすれば真摯な言葉ほど陳腐にも。だから、少し遠回りではあるけど誰かを大切に思って美味しいものを作る。笑顔が何よりの会話になるのだから。
「あなたは誰に渡すのかしら」
 問いかけられて、渚はしばし手をとめた。照れくさそうにウェーブがかった髪をかく。
「まぁ折角だから、日頃お世話になっている人たちにね……もちろんっ、恩を売っておく意味もあるけどっ」
 少女らしい声音は、その言葉が本意でないことを表していた。
「あらあら、如才ないのね」嗜めるような無粋はせず、セレスティンもにっこりと笑った。焼き型を手渡すと、どこかくすぐったそうに受け取って渚は生地を流しこんだ。
「ガトーショコラ。自分で言うのもなんだけど、結構うまく作れたと思うんだよねぇ。お菓子作りも奥が深くて、けっこう面白いよ!」
「ハマっちゃった?」
「んー、まぁまぁ、かな」
 胸を反らして誇らしげに鼻をこする「そっちはもう完成かな?」
「ええ、あとは美味しければ完璧なのだけどね」
「じゃぁ大丈夫だね。剛さん曰くお菓子に一番重要なのは――」
「ふふっ、そうね。心だもの。それならきっと天にも昇るような味のはずね」
 颯爽とした清潔さでセレスティンは歯を見せた。彼女を知る者からすればぞくりとする比喩だが、渚は全く気にかけなかった。
「ん? 他に作るものが……」
 余ったにしてはやけに多い材料が何気なく目にはいって渚が疑問符を浮かべる。
「まぁ、ね」
 歯切れ悪くセレスティンが返したので、渚はピンときて深くはつっこまなかった。
「そっか。後で味見させてね~」
 今度は少年のような邪気のない笑いをみせて、渚はオーブンへ足をむけた。
 ころころ表情が変わる子ね。脳裏に幼い日の妹が想起されて、セレスティンはくすりとした。そして、卓上を見やってだれともなしひとりごちる。
 今日くらいは、いいわよね?


 素早く手を動かしてコーティングチョコレートを流しかける。パレットナイフが生き物のようにうねりチョコの波をかきわけると、ムラなく艶やかな光沢を放つザッハトルテが出来上がった。挟みこんだ特製のあんずジャムはほのかに酸味を利かせて甘さを際立たせてくれることだろう。
 さて、休む間もなくエトヴァは絞り袋をやわく手で包んで、シートを敷いた天板にゆっくりと生地を押し出す。これが焼ければ美しい小麦色のラング・ド・シャとなる。そのまま食べてもチョコファウンテンにつけても楽しめる、崩れるような舌触りが特徴の一品だ。
「やっぱいい手付きね、あなた」
 オーブンのタイマーをセットしていた時、エトヴァの背中に声がかかった。
「ねぇねぇ、うちで働いてみる気はなぁい?」
「ご遠慮しておきまショウ。俺も自分の店がありますカラ」
 エトヴァが苦笑する。にやっと嘴をゆがませて「あ~、やっぱりねぇ。同業さんなんじゃないかと思ったのよぉ」剛はおやじ臭く笑った。
「俺モ、好きなんデス。お菓子作りも、お菓子を作る人たちモ。想いを込めて作ったお菓子を食べているひとたちの美味しそうな表情、くつろぐ姿、それをカウンターから見ているのが何よりの幸せなのデス」
「職人冥利につきるってやつね」剛がしんみりと男の声で口にした「いやねぇ、湿っぽくって」
「いいえ。それは感傷ではなく、とっても素敵な誇りであると、俺は思いますよ」
 エトヴァはうすく笑いかけて、片手大のスポンジ生地に苺ジャムを満遍なく広げた。剛が首をかしげる。
「そんなものリストにあったかしら?」
「これは内緒のスペシャルトルテ、デス」
 梢が風に揺れるような声音で言ってエトヴァは生地を重ねた。レプリカントの少女へ、小さなサプライズを届けるべく。


 お菓子作りは不慣れなエリザベスだがクッキーだけは例外だった。英国人にとってクッキーはお茶会に欠かせない。プレーン生地さえ作ってしまえば、ココアに抹茶にセサミなど、いくらでも応用がきく。アーモンドダイスで香りとアクセントをつければ触感も変わって楽しめる。
 えーと、あの子とあの人とそれに……。エリザベスは頭の中でプレゼントを渡す人々の顔を思い浮かべた。うん、たぶん足りるはず。
 さて、オーブンに入れてしまえば後は待つだけだ。手持無沙汰となった彼女はキッチンを回る。誰もが真剣にお菓子作りに取り組んでいた。調理している際には気にならなかった甘い香りが胃袋をきゅっと掴む。
 なんだかお腹減っちゃった。
 誰かのお菓子を味見でもしようかしら。そんな風に考えてテーブルを覗いた時、
「わっ、なにこれ!?」
 エリザベスは小さく悲鳴をあげた。家だ、お菓子の家が小さなパーツにわかれてテーブルに置かれている! 型紙に合わせてゆっくりとペティナイフを引くローレライは、唇を結んで集中していた。桃華の眼差しはただただ必死で、エリザベスが近くにいることすら気づいていない。
「ヘクセンハウス、剛殿が言うにはスイスのお菓子だそうデス」
 エトヴァがそっと囁いた。邪魔にならないようエリザベスも声を抑える「難しそうだけど……。エトヴァさんは何してるの?」
「俺はもう作り終わったので、ローレライ殿のお手伝いデス。大切な方を驚かせたい、そんな素敵な想いに手を添えられるのは喜ばしいですカラ」
 彼女は「へぇ~」とひとりごちて「私も手伝っていいかな?」首を傾げた。
「では、私と一緒に土台を作りましょうか。彼女も集中しているようですし……こっそり用意致しまショウ」
「うんうんっ、驚かせちゃいましょう」
 ひそひそと話しあいながら、二人はゆっくりとテーブルを離れていった。


 審判の音が鳴り響く。ローレライは祈るような想いでオーブンを開けた。恐る々天板を掴みだしてテーブルへ。そしてすぐさま目を皿のようにして、ジーっとクッキー生地を凝視める。
「うそ……」
 そこには想像していたような悪夢の影はなかった。生地にはうまい具合に焼き色がついており、ヒビも綻びも見当たらない、型紙どおりの形を保っている。控えめに言っても大成功だ。
「――やった。やったわーっ、うまくいった!」
 跳びあがらんばかりに――いや、実際嬉しさのあまり飛び跳ねたのだから文字通り跳びあがらんほどローレライは歓喜したのである。
「ほらほら、喜んでる場合じゃないわよ。お菓子の家を組み立てないと」
「そ、そーだったわ」
 剛の声で現実に引き返されて、ローレライはアイシング入りのコルネを握った。再び緊張した面持ちをつくって手中の袋を引きしぼる。ゆっくり細い線を引いてお菓子の家をくっつけてゆく。
 うまくくっつきますように。崩れませんように。あの人が、美味しく食べてくれますように。
 魂を吹き込むようにローレライはお菓子の家を組みあげていった。そんな彼女の願いに応えたのだろうか、お菓子の家は揺らぐことなくオーブンシートの上にどっしりと居を構えた。
「おめでとう、ローレ」
 声にローレライが振り返る。そこにはお菓子の家の完成を待ちわびていた仲間達が立っていた。
「ローレライ殿の気持ちがこの家を作ったのですネ。うん、とても美味しそうデス」
「これは私とエトヴァさんから贈り物。ココア風味のスポンジケーキよ、お家の土台にどーぞ」
「これって――」
 テーブルに置かれたスポンジケーキを見てローレライは言葉を失った。
 スポンジ生地はまるで雪国の黒い大地で、そこには所々鮮やかな緑色のモミの木が林立していた。林の根元には動物が二匹、身を寄せ合って眠っている。スポンジの端からは敷き詰められた石畳が伸びて、琥珀色の美しい囲いに繋がっていた。
「お菓子の庭、とでも呼びましょうカ。少しずつ材料を集めて作ってみまシタ」
「林は我が作ったんだぞ! ミントチョコレートを型に流しただけだから、我にも簡単に出来たのだ!」
 抑えきれぬウキウキとした気持ちが言葉にのせて、セナが袖を引いた。すると勇名も指を指して説明をはじめる。
「こっちはしか。こっちはうさぎ。いっしょうけんめいつくった」
 なるほど、言われてみれば見えなくもない。砂糖菓子で作られたカラフルな動物は精巧ではないものの、少女の努力を感じさせる出来栄えであった。
「私とうりるさんとムスターシュからは飴細工の柵を。お家には囲いがあったほうが素敵だもの」
 新婚夫婦への贈り物。そんな風にリュシエンヌが微笑んだ。桜の花がほころぶような笑みだ。
「囲いへの道はボクが工事したんだよ。まっ、凝ったものは作れないから、砕いたアラザンを敷いただけなんだけどね」
「ううん、すごいわ。どれもとっても……。私、こんなにしてもらって。なんて言ったらいいのか――」
「あら、お菓子の家を作ったのは紛れもなくあなた一人よ。つまり、あなたの懸命な姿と想いが皆を動かしたのよ」剛が優しく語りかけた「さ、お家を置いてみて?」
 ローレライは両手でそっと包んでいたお菓子の家を、楕円を描く、美しい飴細工のなかへおろした。わあっ、と歓声があがった。
「ローレ、最後に魔法をかけましょうか。言祝ぎに相応しい、純白の魔法を」
 セレスティンに粉砂糖を渡されたローレライは、それをひと掴み、ぱっと振り撒いた。途端、粉雪が降り積もり、お菓子の家が美しい雪化粧に彩られる。
「みんな、ありがとう。本当にありがとう……」
 ローレライはつまったような声をだした。目をあけても景色はにじんでしまう。だから目を閉じたまま最愛の人に声を投げた。
 美味しいお菓子のお家を持って帰るから、二人でゆっくり食べましょう。だから聞いてね、私の仲間達がどう手伝ってくれたか、私がどんな気持ちを込めて作ったか……。
 眼鏡の奥の幼い瞳を輝かせて笑う彼の顔がうかんでくるようで、ローレライは小さく胸を抱いた。
 剛はケルベロス達をテーブルの前に並ばせて「さ、せっかくだから記念撮影よー!」満足そうに相貌をゆるめた。
「今年も、最高のバレンタインになりそうね」
「待って、ルーナも呼ぶ。ルーナー、ちょっと来てくれー」
 セナが廊下へ飛び出して叫んだ。

 ケルベロス達は戦いの日々のほんの僅かな一時。純粋にお菓子作りを楽しんだ。そして成すべきことを成し、店を出た。バレンタインの当日はすぐそこにせまっていた……。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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