いっぱい食べるキミが……

作者:東公彦

 なぁにがバレンタインだ。チョコ作らねーわ、買っても渡す相手いねーわ、全部自分で食うわ!!
 店内の甘ったるい雰囲気にヤジを飛ばしながら、玲子はスフレケーキにフォークを突き刺した。ぶすり、即死である。
「警部、怨恨の線で間違いないようです」
 玲子はひとりごちてくつくつと笑った。
 下谷の大通りに面した店内には濁りのない明るい陽がふんだんに差しこんでおり、卓上に積み上げられた皿の塔を芸術然と照らしていた。
 セシルの服なんてサイズどうりで買ったら誰も入んねーんだよ、アホが!
 衝動買いした春作のタイトワンピは小癪な奴で、肩からその先へ一向に進まなかった。無理くり頭を通そうとしたら背中から裂けて、8千円のワンピはこじゃれた布きれになった。いまは家のテーブルクロスとして活躍している。
 これじゃアタシがブランドから着用拒否されてるみたいじゃない!?
 玲子は煮えたぎる腹の中にスフレを放り込んだ。甘いものだけが怒りのマグマを澱にしてくれる。それにいくら食べたって問題ない。アタシは太らない、そしてデブじゃない。いや、よしんばデブであったとしても……「いっぱい食べる子はモテる!」
 そう、モテるはずだ。誰かが言ってたし歌ってた。
 仮に、ありえないことだが一部厳格な体重比較論者によって客観的にアタシがデブの烙印をおされたとしても……それは魅力的すぎた食欲の副次的な作用の結果にすぎない。
「つまり、いっぱい食べるアタシは愛されるのよ!!」
 玲子は幾度も頷き、キッシュを皿から滑らせて嘴へと詰め込んだ。自身がビルシャナと化していることなど気づきもせずに、玲子は皿を重ね続けた。


「いっぱい食べればモテますの!?」
 開口一番、木枯らしのような悲鳴がヘリポートにこだました。冬の空はどこまでも高く、声は空に吸い込まれて消えていった。琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は正太郎の胸倉を掴んで詰め寄った。
「平塚様、いっぱい食べればモテますの!?」
「いや、僕はわからないって。それより説明、仕事の説明させてよぉ」
 すると淡雪は正太郎のネクタイを更に強く引っ張った。藍色の瞳は爛々と輝き、嵐に荒れた大海さながらの渦を巻いている。
「どうしてですの!? 平塚様食べますわよね、絶対!」
 正太郎の出っ張った腹がなによりの証拠だと言わんばかり、淡雪は声も高らかに言った。途端、正太郎が分厚い唇を結んだ。
「僕……少食なんだ」
「えっそんなに太ってますのに? って、あっ――今のなし、なしですわ!」
 覆水盆に返らず。正太郎の瞳が潤んだ。
「食べなくても太るんだ……昔からあだ名はデブッチョ。ダイエットが成功した試しもない。あはは、過程をすっ飛ばして太ってるからねボクさ、あははは……」
 渇いた笑い声に淡雪はそそくさと距離ととった「え、えーと……」ひとつ咳払いをして気を取り直すと「お仕事の説明をしますわ!」何事もなかったかのようにケルベロス達に声をかけた。
「とある洋菓子店で女性がビルシャナになってしまうようですわ。避難の必要がないように他のお客様は立ち入りを禁止させてもらって私達がお店のなかで待機しますわよ。このビルシャナは『いっぱい食べればモテる』というセンセーショナルな論理を展開している……そうとなれば確かめたいのが女の性! さぁ皆様、健啖家=モテ女理論の解明に行きますわよ!!」
 熱く握りしめた拳を振り上げて、淡雪はヘリオンに突撃した。
「あー、僕も食べたいなぁ。行かなきゃダメだよねぇ、行ったら食べちゃうよねぇ……」
 正太郎はうなだれたまま、大儀そうに腰をあげた。


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
リリベル・ホワイトレイン(堕落天・e66820)
ブレア・ルナメール(死を歩く者・e67443)

■リプレイ

 大抵の場合、客は店を選べるが店は客を選べはしない。
 店内に入るやドカ喰いをはじめた限りなく鳥類に近い客のテーブルには、いつの間にやら人の輪が出来ていた。ガラス窓を挟んでその隣、陽の当たるテラスの二人掛けでは月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)はメニューと格闘していた。
「ザッハトルテにサバランにフルーツタルト……あっ、あとモンブランも。それとチーズケーキもお願いするのだ」
 店員は目を白黒させながら伝票にペンを走らせる。すると「だめだぞ灯、店員さんが困っている」見かねた四辻・樒(黒の背反・e03880)がやんわりと恋人をたしなめた。
 一瞬なにか考えるような顔をして、樒はメニューを閉じた。従業員に手渡しながらゆっくりと口にする。
「メニューの端から端まで全部で」
「――は、はいっ!」
 男は慌ただしく厨房へ引っ込んでゆく。
「ふおぉぉぉ。樒かっこいいのだ!」
「ん、一度ね。やってみたかったんだ」
 目を輝かせる灯音の手をそっと握って、樒はふっと息を吐くように笑った。


「はい、どうぞ」
 チョコドーナツが卓上に置かれ、次の瞬間にはただ一枚の空しき皿と化した。
 黒い輪っかを一口かじって新条・あかり(点灯夫・e04291)は耳をぴこりと動かした。歯に逆らわぬしっとりとした食感、舌に触れればほんのりと甘くとろけるチョコレート。幸せの味だ。と、不意に視線を感じてあかりは目をあげた。
 玲子だ。彼女が食い入るような目つきであかりを凝視めていた。
「ほら、いっぱい食べる子って可愛いでしょ!? だからモテるわけよ!」
「甘いですわね、チョコドーナツよりも甘いですわ!」
 口の回りをチョコまみれにした琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が玲子の言を否定してみせる。
「いっぱい食べる子が可愛くモテる……アレはね、10代限定なの! 花も恥じらうお年頃なあかり様が可愛いのは当然ですわ!」
「ぬぅっ!?」
 仁王像さながらの形相で言葉を詰まらせる玲子。畳みかけるように淡雪は続けた。
「20越えればただのカロリーオーバー……。孤独な女の自棄食いくらいにしか見られない。ええ、体の芯まで凍り付くような白い目ですわ。淡雪さん知ってる、自分のことじゃありませんけれど知ってしまってますわ!!」
 冷たい現実の雷に打たれ仰け反り、玲子は卓上に顔を突っ伏した。ぐしゃり、生クリームのタルトが圧潰した。
「つまりあんたはこう言いたいのね……」玲子が震える声を絞り出す。
「私のように25越えてもシングルの大食い女は世間的には痛いだけの太った女だと!!?」
「ぐふっ――」
 剛速球を打ち返されて9回裏の逆転劇を許してしまった敗戦投手よろしく淡雪はがっくりと項垂れた。
「太ってはいない……太ってはいないはずですわ……」
「これぞ諸刃の剣っすね」
 シルフィリアス・セレナーデ(紫の王・e00583)が言った。淡雪の捨て身の攻撃を横目にシルフィリアスはあくまでケーキに攻撃を集中させる。最後に残しておいたイチゴを口に放り込むと、イチゴのショートケーキを片づけた。卓上に鎮座する皿の山が嵩をます。すかさず従業員の少年が皿を片づける。
「どんどん持ってくるっすー」
「あ、はい。かしこまりました」
 ぱたぱた足音を立てて少年が厨房に消える。その後姿を訝しげに見やっていたリリベル・ホワイトレイン(堕落天・e66820)だったが、疑問はひとまず頭の隅に置いて口をひらく。
「モテるかは知らないけど。結構需要あると思うんだけどなぁ、一杯食べる女の子って」
「うん。いっぱい食べる子がモテるっていうか……幸せそうな顔で食べてる子って男女関わらず、とってもかわいいなあって思うよ」
 リリベルの意見にあかりが頷く。虫の息の一匹と一人を勇気づけんとする言葉であったのだが――、
「お黙りチビっ子たち!」
「若さ、若さがまぶしいですわっ!」
 彼女達は大袈裟に目を覆い、ヒステリックに叫ぶばかりである。
 実のところリリベルは淡雪や玲子と一つしか齢が違わないのだが、とりあえず彼女は口をつぐんだ。いわゆるコミュ障のリリベルにとって熱く滾る独身女魂は非常に恐ろしい。エネルギッシュに過ぎて不発弾的な危うさを秘めているそれに、わざわざ火をつけるような者はいまい。
「あはは。私が言うのも何ですが、お金を食費にガン振りしていてモテる筈ないじゃないですか~!」
 いや、いた。火をつけるどころか爆弾を投下したのは、卓上で素早くフォークを振るうセレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)であった。いつになく素早く躍動する『彩雪』と熾烈な『スポンジケーキ争奪戦』を繰り広げながら事もなげに話し続ける。
「私も花より団子ですからね、つい美味しいお菓子ばっかり買って食べちゃいますよ~。結構大食いですけど……全然モテないんですよねぇ~! 生まれてこの方、恋のお相手が出来た事なんてありませんしっ」
 語尾が跳ねるとセレネテアルの腕も跳ねあがった。三又の矛先はしっかとスポンジケーキに喰いついて攫ってゆく。リスのように口いっぱい頬張ると大きく数度咀嚼してごくん。彼女もケルベロスの例にもれず健啖家であった。
 おのれ次こそは! 彩雪が虎の瞳で雄々しく鳴き、床を走り回る。――と、
「お待たせいたしまし――たぁっ!?」
 トレイに大量のお菓子をのせてきた少年が闘志溢るるにわとりに蹴躓いた。
 皿が宙を舞う。あっという暇もない。ケルベロス達は手間暇かけて作られた洋菓子の数々が地面に落ちるのを見ているだけであった。かに見えた。
 その時、素早く一つの影が飛び出した。影は両腕を真っすぐに伸ばし、一本の棒のようにして落ちてゆく皿をその上に受け止めてゆく。
 とっ、とっ、とっ……。腕を回転させながら、軽快なリズムで皿をのせる。
「さしずめ修行が恋のお相手ですかね」
 ぴたり、動きを止めたセレネテアルは苦笑しつつ両腕にのった皿をゆっくりと卓上へ移した。
「おおー」と歓声が間延びした感じで店内に響いた。
 そんななかでリリベルは顎をあげ、ほっと安堵の息をつく従業員の少年を見上げた。
「ところで、どうしてそんなことしてんの?」
「えーっと……厨房が大忙しでホールに手が回らないと頼まれてしまいまして」
 少し丈長のユニフォームに身を包んだブレア・ルナメール(死を歩く者・e67443)がバツ悪そうに頬をかいた。リリベルの頭に、店員に頼まれて今のような顔を浮かべながら承諾するブレアの姿がありありと浮かぶ。
「そんな面倒くさいこと断ればいいのに」
 呆れかえったようにぼやきながらもリリベルはどこか嬉しそうに口にした。今回は大人の女の余裕で許してやるとしよう。そして彼女はランドセルを下ろした年齢から変化のなかった胸をえへんと張った。
 一方で、玲子と淡雪はセレネテアルの動きを見て驚きを隠せぬようであった。
「なに、なんなのあの瓜二つ。なんで養分が一点に集中してるわけ!?」
「しかも玲子様、あれ天然ものですわよ!」
「なんでよ、腹に贅肉ないのに!」
「アノン様、こーなるのが不安ではありませんの!?」
 淡雪が丸々と太った鶏を抱え上げた。こうなったら女はオシマイよ、目が悲しく物語る。
「え~と、修行でカロリー燃やしているからですかね? 食べても太らない体質なので気にしてませんっ」
「言い切った、言い切りやがりましたわ!」
「許せねー、そこへなおれぃ!」
 一人と一匹が騒ぎ立てるなかで「どーやったら、あんなになるんだろ……」あかりはひとりごちた。そして穴のあくほどに揺れ動くそれへ視線を注ぐ。
 次いで恐る々、自分の胸元に視線を下ろした。遮るものは何もない。尖った耳がぐったり垂れた。圧倒的な貧富の差が少女に与えた衝撃は並々ならぬものであったらしい。
「見事なまでの絶壁ね……」
 迂闊にも玲子が呟いた。くるり、振り向いた少女の顔にはホッケーマスクが。ひっと淡雪が悲鳴をあげた。
「甘いもののあとには、辛いものだよね。――焼き鳥とか」
「玲子様、これダメ。命の危機なやつですわ!?」
 殺気だつ屠殺師さながらにカトラリーナイフをぶんぶんと振るうあかり。
「ちょっ、ダメ! 羽はやめてっイヤーー!?」
「……本来の論点からズレていないか?」
 樒が僅かに首を傾げた。彼女はあくまで冷静に、ホットチョコレートに口をつけてから、ゆっくりと語りだした。
「食べるという行為からモテる側面を探すなら……美味しそうに食べるってのは大事かもしれないな。美味しそうに食べているのを見るのは誰だって気持ちのいいものだし。少しくらい太っていたとしても、うん、福々しいって表現もあるだろう?」
 彼女はそのまま大テーブルに腰をおとす。
「そーいえば幸せ太りってやつもあるっすね。ということは……幸せで太るなら太ってることで幸せになれるということっす」
「なんと!?」
 とんでもない理論がシルフィリアスの口から展開されたが、玲子にとっては釈迦だの国生みの神だのよりも功徳のある現世救済の法則である。既に彼女は太っている=幸せという突拍子もない話しを信じ込もうとしていた。溺れる者は藁をもつかむのだ。
 と、樒の後頭に寄りかかるようにして胸をあずけ、灯音が身を乗りだした。
「いい食べっぷりだから、月ちゃんがこのケーキをご馳走しちゃうのだ! 少なくとも美味しいものを食べてる時の玲子さん、月ちゃんは好きなのだ」
 こぼれる灯音の笑顔に熱いものが込み上げてきて、突如玲子は大声で泣きだした。
「あ――あんたたちっ。いい子たちねぇ……」
 ひさしく恋人がない独身女の涙腺ダムは用意に決壊する。例にもれず、玲子は見知らぬ若い家族を見るだけで涙ぐむほどには独身症状が進んでいた。
「ま、ということでカロリーなんて気にせずに食べまくるっす」
 シルフィリアスが言うと7人の女たちが声を揃えて賛同した。


 卓上に溢れんばかりのきらびやかなお菓子の数々。そのどれもが舌と同時に目も楽しませる自慢の一品である。
 ようやくミドルエプロンをとることが出来たブレアが席につく。と、目の前に見るも鮮やかなシャーベットとパンナコッタが差しだされた。
「はい。これ、ブレアさんの」
「パンナコッタ……僕大好きなんですよっ! リリさんは何を?」
「私は何でも。食べたいものを好きなように、それが私の食の楽しみなのだ!」
 ぷっくらと膨らんだシュークリームにかぶりつくリリベル。店にあったのか持ち込んだのか片手に握った炭酸飲料をぐいとあおった。
「お菓子に炭酸ですか?」
 リリベルの私生活が見事なまで脳裏に再現されてブレアは苦笑した。彼はティーカップを優雅に一口。西洋菓子の最良の友人は紅茶と信じて疑わぬ少年にむけて、リリベルはちっちと唇のまえで指をふるった。
「お上品さは必要ないぜ、もはやここは戦場……己が欲望に従い、お菓子どもを喰らうのが一番だ!」
 彼女の言葉を聞いて、なんとなし、ブレアはテーブルに首を巡らせた。なるほど、確かに戦場かもしれない。
「むっ、美味しい気配。そのザッハトルテ頂きです~!」
 セレネテアルが手を伸ばす。鈍い光を伴ってフォークが伸びる。が切っ先は空を切った。切り分けられた最後の一片を咥え、彩雪が着地し羽を畳む。
「ちょ――えっ。あなたそんな動きできましたの!?」
 主人の狼狽つゆ知らず、彩雪はザッハトルテに顔を埋めていた。
「むむむぅ。次は負けませんよ~」
 ひもじそうに――いや、相当数のお菓子を食べている彼女がひもじいわけないのだが――セレネテアルはフォークをくわえた。

 耳を尻尾のように上下させながら、あかりは卓上の中央に聳える黒頭の塔を見上げていた。
「チョコレートファウンテンっ……!」
 全知全能を与える知恵の泉よりも、いまは滑らかに滔々と流れるチョコレートの噴水だ。年頃の少女ならば黄色い声をあげて叫びたくなるだろうそれに、あかりは息を呑んでカトラリーフォークを伸ばした。
 その先端にある苺が塔に触れた瞬間、波に呑まれて苺は洋服を変えた。黒と赤のツートンカラーだ。あかりはそのまま苺を口にいれて、
「っ……美味しい」
 ほんのりと目尻をさげた。蜂蜜を入れた紅茶を一口ふくめば、そのさっぱりとした味わいがまた病みつきになる。
「さ、あかり様。たーんとお食べ。ですわ~」
 そこへウキウキとした調子でやってきた淡雪が、特製のアラカルトをギャルソンよろしく差しだした。ラング・ド・シャに苺のミルフィーユ、一口大のフルーツタルト。あかりの耳がピンと張った。瞳がぱぁっと明るくなる。
「ありがとう、淡雪さん」
「え、ええ。どーいたしましてですわ~」
 その純粋無垢な瞳に淡雪は若干たじろいだ。まさか、邪な企みを持っているとは口が裂けても言えない。
 うん、ひとえに大きくなってほしい善意の行動ですわ! 自分を納得させるように淡雪は幾度も頷いた。あかりはせつないような溜め息をつきながら、お菓子の山を堪能するのであった。

「灯、クリームがついてるぞ」
「どこ、どこなのだ??」
「違う、反対。もっと下――っと、いきすぎだ。……動かないで?」
 樒の顔が近くなる。うなじに細い指が添えられて、灯音の口元を指が拭った。指先についたクリームをそのまま口に咥えて「ん、美味しいな」樒は満足そうに頷いた。
 恋人のそんな顔がたまらなく好きで、灯音は彼女の頬に素早く口づけをした。唇に冷たい頬の感触。ついで恥じらいを隠すように、チーズケーキにフォークをいれて樒の口元に突きだした。
「はい、樒。あーんしてなのだ」
「ん……あーん」
 奇襲攻撃にやられた樒も気恥ずかしげに、しかし素直に口を開いてチーズケーキをぱくり。美味しい? そんなふうに灯音が首を傾げた。
「ん、美味しい。チーズケーキも悪くないな。……じゃぁこれはお返しに。はい灯、あーん」
 今度は樒がチョコレートたっぷりのエクレールを差しだした。灯音は少しも躊躇わずエクレールにかぶりついた。詰められたコーヒークリームがにゅっとシューからあふれて、また灯音の頬にくっついた。
「ん~、バレンタインにはやっぱりチョコなのだー!」
 樒はそんな灯音の姿を見て、クスリと微笑んだ。嬉しそうに目を細めて、ゆっくりと頬に唇を重ねる。赤面する灯音の頬のぬくもりを感じながら樒は口にした。
「これも、おかえし」

「……バレンタインって聖なる日にいちゃつく不届き物を撲殺する日っすよね」
「そうね、うん。そのはずだわ」
 スイーツに負けず劣らず甘い雰囲気の二人を見やりながらシルフィリアスと玲子が呟いた。言いつつ更に一枚、舐めとったように綺麗になった皿をシルフィリアスが重ねる。
「あんた、よく食べるわね。そんなちっこい体で……」玲子が驚いたように口にする。胃袋に穴でも空いているのかというほど、シルフィリアスは休まずお菓子を口に運んでいた。動きに合わせて頭の触覚が元気に跳ねる。それは次に食べるお菓子を狙っているようにも見える。
「あちし普段からお菓子ばっかり食べてますし、いくら食べても太らない体質っすので」
「不健康ねぇ。ちゃんと食べないと育たないわよ」
「大きなお世話っす」
 頬を膨らませながらもトリュフチョコを一粒放り込むのを忘れない。口のなかでチョコレートを転がしながらシルフィリアスは立ち上がった。突然、魔法の杖をくるくると回す。淡い光が肢体を包み、一瞬の後に弾けた。ふんだんになされた刺繍にフリル、今時SNSに夢中な少女よりも大人から好かれるようなマジカルなコスチュームを纏ってビシッとポーズを決める。
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす!」
「あんた、恥ずかしくないの?」
「……」
 玲子のほどほど冷ややかな視線にシルフィリアスは押し黙った。こほんと咳払いを挟んで「ぱっぱとやるっす。言い残すことはないっすか?」面倒そうに杖を構える。
「そうね……一つあるわ。右の年齢が増えると一気に年取った感じがしない!? その左側が増えるのを想像すると……」
「わかりますわ! もうこの世の終わりかってくらいの恐怖が押し寄せてくるのですわ!」
 淡雪がものすごい勢いで首を縦にした。29と30では大きな違いがある。女性にとって何よりも重要な問題である。が、「あ、それは只の錯覚っす。実際には毎日じわじわ老化してるだけっすから」一言で片づけてシルフィリアスは魔法を放った。
「そんな現実は嫌ぁぁぁぁ!!」
 開け放たれた店の窓から遥か青空の彼方へ、玲子が飛んでゆく。
「ぐふぅ」
 淡雪も血を吐いて突っ伏した。気にせずシルフィリアスはくるりと回って、誰ともなしに声を投げた。
「お仕事、完了っす!」


「あ、そうだ。今度改めて出かける?」
 帰路についていたリリベルは隣を歩くブレアへ思いついたまま言葉を口にした。今回あまりゆっくり出来なかっただろうブレアへの軽い提案のつもりであった。
「わぁ、嬉しいです。リリさんからデートのお誘いを頂けるなんて」
 なのでブレアも冗談じみた口調で返した。しかしリリベルは固まってしまった。彼女にとってデートは情報としては存在するものの、現象としては実在しない。かつ、それは未知との遭遇であり、男性からの誘いの受け答えは理解不能な他国言語に等しかった。
 故に愛用のスマートフォンを密かに手繰り、リリベルは素早く検索にかけた。
『ブレア、攻略ルート』

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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