「皆のおかげで、多くのミッション地域の奪還できた。本当は休みたい年末年始も頑張ってくれた方々のことを思うと、感謝の気持ちしか浮かばない。本当にありがとう。……で、今度はヒールによる復興の支援とバレンタインのチョコレート作りを絡めたイベントをすることになったのだけど、来てくれるかな?」
ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、あなた方の姿を認めると、爽やかな笑顔で切り出した。
現在、解放されたミッション地域には、住民が居ない状態であるが、定住を考える人や、周辺に住んでいる人、土地に思い出のある人が、よく訪れているようだ。
今回の仕事はヒール活動と共に、一般の人も参加できるイベントを開催して、被災地のイメージアップを目指している。
「これから皆で向かうのは北海道苫小牧市。苫小牧漁港と言えば北海道ではホッキ貝を食べに行くところだと思われているらしい」
ホッキ貝の他にも色々観光資源はあるようだけれども、此処で説明されるよりも、ぐぐって見た方がより詳しく分かるだろう。ちなみに苫小牧市の花はハスカップとのこと。
「で、作るチョコレートだけど。ホッキ貝に因んで、良い感じに作ってみたらいいんじゃないかなと思う」
そう言って、いろんな形の型を見せる。溶かしたチョコレートを流し込んで、冷やせば、誰でも簡単に物理的に可能な限りの好きな形をしたチョコレートが作れる。
「さらに、色の違うチョコレートを組み合わせたり、型から出してからデコレーションすると、見栄えも良く出来る。せっかくなら、受け取った人が、苫小牧の良さを思い出せるように出来るといいよね」
味についてはチョコレートに拘る必要はないだろう。
チョコレート味のカレーかカレー味のチョコレートのどちらが正であるかという問いに応えるのは困難なので、ようは「これがチョコレートだ」と言ってしまえばいい。
「デコレーションには、定番のものであれば、ガナッシュやナッツ、ドライフルーツを使うことも出来る。違う食材を組み合わせれば、見た目だけではなくて、味や食感も楽しくできるよね」
なおケンジの女子力はひそかに高いが、肝心なところで超適当になる欠点がある。
このイベントは復興の支援であると同時に、地域のイメージアップでもあるから、訪れた一般の方が楽しむことと同じくらい、あなた方ケルベロス自身が楽しむことも重要だ。
「もちろん、自家用のチョコレートを作る時間もある。誰かに渡す用でも、自分で食べる用でも、遠慮しないで作って大丈夫だよ」
今、終わりの見えない戦いという逆境の中で、辛い思いをしている人に、ケルベロスだって、苦しんで努力している、そうであったとしても、儚い人生の時間を楽しんでいる。……という姿を見せることに意味がある。
「楽しく、幸せな姿をみんなに見せることも、ケルベロスの仕事だよ」
良いバレンタインを、凍土を溶かすような笑みで、ケンジは言った。
●朝早く
苫小牧のミッション破壊作戦が終結してから2ヶ月が過ぎた。
湾内で無残な姿をさらしていた貨物船は早々に撤去されて、港の機能は復旧しつつあるように見える。
朝、苫小牧漁港の、卸売市場のあたりの一角賑やかになっていた。
「このドラム缶、しばれ焼きに使うやつだよね」
ドラム缶の炎の周囲に集まっているのはケルベロスたち。皆、襲来した寒波に合わせて防寒の装備も万全であるが、それでも寒そうな様子。でも、チョコレート作りのための道具や材料は、確りと持ち寄っている。
「海の幸も獲りに行けるようになれば、皆もっと元気になれるよね!」
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)の言葉に、ジンギスカンと一緒に海の幸を焼く様子を思い浮かべたケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)が、「そうだね」と微笑む。
今回はバレンタインのイベントに合わせてのヒール活動であるが、誰かが特に騒ぎ立てる様子もない。アルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)やジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719)、シルディが率先して、漁港周辺の現況と、参照が容易なネット上の地図、写真などの記事などを比較しつつ、確認をしている。
「自然災害からの復旧も想定して設計されているのですね」
漁港には漁船の拠点という役目の他にも、水産物や加工品の生産や、流通の拠点としての機能もある。故に防波堤や岸壁といった漁港設備にはどの程度の地震に耐え、何メートルまでの津波を防げるか――まで詳細に定められ、設計されている。
「さすがに巨人の襲来は想定外だったみたいだけどね」
自然災害への対策はデウスエクスの来寇にも多少なりとも時間を稼ぐ効果はあったのだろうか。
卓越した穴掘り技術を持つドワーフの視点だからこそ見えるものもあるかも知れない。
「それは仕方ないでしょう。なかなかの範囲の様ですが――ありがとうございます」
シルディと山元・橙羽(夕陽の騎士妖精・e83754)が話していると、ケルベロスが来ると知らされていた漁協の関係者や地元のケーブルテレビ局の取材陣が近づいて来る。
「ようこそいらっしゃいました。今日はよろしくお願いします」
漁協の方が用意してくれた温かい飲み物を受け取りつつ、取材に応じる一行、苫小牧でのミッション破壊作戦にも関わった、シルディやジュスティシア、アルケイアらには質問が集中している様子。
「もう漁には出られているんだよね?」
「はい。でも、まだたくさんの水揚げを受け入れられる状態ではないからねぇ」
シルディの問いかけに、冷凍倉庫や市場、加工場の復旧がまだまだで、捕った魚をさばくには別の港で水揚げしなければいけないと、おっちゃんは今、漁港が置かれている状況を語った。
「もう大丈夫ってこと、知らせてあげないとね!」
「漁港としての機能だけではなく、安心して仕事をできる雰囲気や気持ちも大事なのですね」
これから此処を訪れそうな人たちの気持ちに思いを巡らせる橙羽。
怖い思いをした土地から離れたい。
生まれ育った土地だから昔と同じ様に暮らしたい。
遺品や家族との思い出を探しに来た。
十把一絡げには扱えない様々な事情があるはずだ。
「まずは元気よくヒール! 歌って踊って~がんばるよ♪」
タイタニアは飛行する姿を見た人の「楽しい気分」を増幅させると言われる。であれば、訪れた人が少しでも楽しい気分を抱かせれば、それを増幅させることもできるはず。定命化したとは言え、かつては遊興とルーンを司った種族、関わる人を楽しませたくなるのは、彼なりの矜持かも知れない。
「ボクもオウガメタルとわちゃわちゃするよ」
なぜか張り合うシルディ。流体金属型の身体をもつ生命体であるオウガメタルは、心通わせて一緒に宴会芸をするには、ある意味最強のパートナーたりうる。
「さー、いくよー! オウガメタル、小人さん、ここからあそこまでだって!」
シルディは精一杯の元気を込めて声を上げる。
何が大切で、何がそうではなかったかなんて、当事者でなければ分からない。形が残っていない思い出を訊ねて、返って来た言葉から寸分違わぬイメージを思い浮かべることも出来ないだろう。だからアルケイアは昔の漁港の写真を参考に昔の風景の輪郭をイメージしながら慎重に光輝く掌をかざして、ヒールを発動する。
陽が昇ってくると、口コミやテレビなどで、バレンタインデーに合わせてヒールが実施されている話を聞きつけた、今も避難所暮らしを続ける人たちや、ミッション地域の解放を機に同じ場所で、もう一度再起を図ろうと考えている人々、ケルベロスの活躍する様子をひと目見たいと考えている人が訪れはじめる。
復興の手が行き渡っていなかった漁港のあちこちで、ヒールの光が煌めく度に歓声が起こった。
●チョコレートイベント
お昼前には予定していた漁港でのヒール作業を終えることができた。
ケルベロスたちはバレンタインデーのチョコレート作成と配布の方に意識を切り替える。
2月になって降った雪が積もっていて海からの風も冷たいが、訪れる人たちは想像以上に多かった。訪れる人の表情は一様に不安の色が滲みでていたが、ヒールによって修復される幻想的な光景や、ヒールによって元通りになった様子を目にすると、人が変わったように明るくなり「もとどおりだ」「すぐに仕事がはじめられそうだ」といった、声が上がる。
「来てくれた皆さんが笑顔になってくれるなら、頑張っ甲斐もあります――ね」
ジュスティシアは膝を折って、婦人の手を引いてやって来た女の子と目線の高さを合わせると、淡い黄色の花の絵があしわられた包みを差し出した。
「おねえさん、ありがとう!」
「これはケルベロス様が作られたのですか?」
「はい。お口に合えばよろしいのですが……」
母親らしい婦人にアルケイアが受け答えをしていると、受け取った女の子が包みに描かれた花の絵に気がついて、嬉しそうな声をあげる。
「あ、この花、ハスカップだよね。今年も、いっぱい咲くといいな」
「春には、きっと咲きますよ」
そのハスカップがどこに、どのくらい植えられているものかは分からなかったが、自宅か畑か公園か、女の子にとって身近な場所だろうと想像を巡らせながら、ジュスティシアは首を傾げて微笑んだ。
「うん。お母さんと植えたの、いーっぱい咲くんだよ」
「ハスカップは苫小牧市の花として愛されているそうですね。私たち、知らないことも多いので、良かったら教えてくれませんか?」
「うん。いいよー」
ジュスティシアが女の子と話している間、アルケイアは母親の方と情報交換をしていた。
「ご自宅のほうの被害はなかったのは、不幸中の幸いでしたね」
「今は札幌で暮らしていますが、この様子なら今月中には戻れそうです」
「そうですか、それはなによりです」
女子同士だと不思議と会話が弾むようで、賑やかさも増す。そして次から次に来る挨拶の応酬が新しい会話を作り出して行く。
一方の普通に作るばかりではなく、様々に工夫を凝らしながら、ふたつとないチョコレートを次々に作り出している者もいる。主に男子である。
「うわー。お客さんが作ったのもすごく上手だよね☆」
「本当です。こうして皆で一緒に作るのもワークショップみたいで楽しいですよね」
シルディは小さな子供のような調子で言って、同意を求めるように目をぱちぱちと瞬きさせる。橙羽は頷きつつ小さな型から取りだした色違いのチョコレートを袋に包みに入れて行く。
「に、しても、ケンジさん、本当に変わった形の型まで用意されたのですね」
「3Dプリンタって本当に便利だね。自分でもよくやったと思う」
ホッキ貝の貝殻の成長線の凹凸を再現した特大のチョコレート型を手にした橙羽が閃いたかのように目を見開いて、白のホワイトチョコと黒のビターチョコをシマシマの層状にしようと思い立つ。
「かわいいのも良いけど、ロマンも必要です」
粘り気の強いチョコレートを薄く重ねるのは至難の技。一度流し込んだらやり直しは利かない。
「難しいです」
あまりの難易度の高さに橙羽は悶絶しそうになりながら、これはこういう物なんだと割り切って手を擦るメル少ししか作れないけれど、作る過程の楽しさもできあがった時の迫力も、苦労した分だけ、格別のものになる。
「どうしても、型からはみ出ちゃうんだよね。どうしたらいいのかな?」
ホッキ貝はもちろん、ホタテやカニ、エビ、ウニなど複雑なのも含めてシルディはさまざまな形にチャレンジしているも不思議とチョコレートの固まり具合が居遅いような気がするのだ。
「なんでなのかな?」
首を傾げるシルディが暖房の位置が近すぎたことに気がつくには、もうしばらくしてからだった。
「もう、学校は始まっているのですか?」
元気の良い中学生くらいのグループが来たのをみてアルケイアは問いかける。学校自体は再開しているが生徒は半数以下になっていて、戻って来るかどうかも分からないと言う。
人間の社会には受験や進学、就職もある。限られた時間では失った時間を取り戻すことが出来ない。複雑な感情が沸き出しそうになるも、それは顔に出さずに、笑顔でチョコレートの包みを差し出した。
「だいぶ陽も傾いてきました」
●夕方
今の時季の苫小牧は、4時を過ぎると夕方の雰囲気で、5時の時報が鳴る頃に日没を迎える。
体感気温も急速に低くなるようで、訪れていた人も帰宅して寂しい雰囲気になる。灯りが点いている建物に僅かだ。その少ない灯りのひとつ、漁港の卸売市場に一行は集まっていた。
「家が直ったからといって、すぐに帰れるわけではないのですね」
「そうだね。街はいろんな人がいるから街になるんだね」
ふっと呟くように言った、ジュスティシアの言葉にシルディも頷く。
建物や道はきれいにできても、お店で働く人がいなければ生活に必要な物も買えないし、お店だけ開いても交ってくれる住民がいなければ店は潰れるしかない。誰もが誰かを支えたり支えられたりして生きている。
「本当に色々な人が来てくれましたね」
「まったくです」
親子連れや中学生の集団、漁師、勤め人風の人、様々な立場の人と出会った。
誰もが目に見えない心の傷や、悩みを抱えていたけれど。
その誰もが、街を取り戻してくれただけではなく、復興につながるヒール活動、さらにはバレンタインのイベントまで開いてくれたことに感謝しているように感じた。
「きっとこれからもっと良くなるよ」
暖かすぎるとチョコレートが固まりにくかったように、結果には何かしらの過程がある。
生きている限り時間は進み続ける。人が人として生きているのだから、前を見続けていよう。
シルディは元気な声で笑った。
作者:ほむらもやし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月13日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
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