ヒーリングバレンタイン2020~星をみたかい

作者:土師三良

●音々子かく語りき
「皆さーん! 今年もまたバレンタインの季節がやってきましたよぉーっ!」
 ヘリポートに招集されたケルベロスたちを元気いっぱいな声が出迎えた。
 ヘリオライダーの根占・音々子である。
「バレンタインといえば、恒例の復興イベントを忘れちゃいけませんよねー。デウスエクスどもから解放されたミッション地域を皆さんのグラビティでヒールしてくださーい」
「お安い御用だけど――」
 と、ケルベロスの一員であるヴァオ・ヴァーミスラックスが口を開いた。
「――どの地域をヒールすればいいわけ?」
「よくぞ訊いてくれました! 今回ご案内する元ミッション地域は群馬県なのどぇーすっ!」
 ハイテンションで県名を告げると、音々子は仁義を切る渡世人の真似を始めた。
「群馬県と言っても広うござんす。北毛でござんす。北毛と言っても広うござんす。吾妻郡でござんす。吾妻郡と言っても広うござんす。高山村でござんす。そう、群馬県で……いえ、日本で最も美しい夜空を見ることができる、あの高山村でーす!」
「『日本で云々』っていうのはおまえの主観だろうがよ」
 ヴァオが半畳を入れたが、当然のように無視された。
「星空が美しい地域ですから、ヒールも夜におこないましょー。ナイトプールならぬナイトヒールですねー。でも、夜とはいえ、村内には一般の人々が沢山いるはずですよ。去年までの復興イベントと同様、避難民の方々が戻ってきたり、旅行者が集まったりするはずですから」
 一般人たちはケルベロスのヒール作業に随行し、見物することだろう。淡い光(星空を保護するため、村内の外灯はどれも控えめであるらしい)と夜の闇との狭間で栄え立つ幻想的なグラビティを使えば、受けがいいかもしれない。
「ヒールが終わった後は、これまたおなじみのチョコ配布会をおこないまーす。会場はお山の天文台の敷地内にある広場です。ストーンサークルやインドの昔の天体観測機を再現したモニュメントがどーんと鎮座してている面白い場所なんですよー」
 会場内には電気雪洞等の照明が設置されるが、光量は必要最低限に抑えられており、また配布が一段落した後はそれらの電源は切られる。つまり、光に邪魔されることなく星空を堪能できるということだ。
「素敵な星空の下で、素敵なチョコを配って、素敵な一時を過ごし、素敵な思い出をつくりましょー!」
 気合い十分の音々子であった。


■リプレイ

●星空ヒーリング
「咲き乱れろ、清廉たる光花。舞い踊れ、花嵐」
 御堂・蓮の詠唱に応じて、夜の薄闇の中に光の花が次々と咲き、そして、舞い散った。
 無数の花片が彗星のように尾を引いて四方に飛び、崩れた家屋を、抉れた地面を、折れた電柱を、荒れた田畑を、本来の姿に戻していく。
 周囲にいた一般人から拍手が巻き起こった。
 グラビティの美しさに魅了されているのは彼らや彼女らだけではない。
「蓮さんのヒールにはいつもお世話になっておりますが……こうして見ると、本当に綺麗ですね」
 蓮水・志苑もまた見惚れている。
 しかし、見惚れるだけでは終わらず、自身もグラビティを発動させた。
「風に舞し花ひとひら、夢うつつの幻」
 新たな花片群が雪のように舞い降り、蓮の生み出した光の花片と混じり合う。
 一般人は更に盛り上がった。何人かは志苑に撮影の許可を求めている。
(「……なぜ、写真を撮ってるのが男ばかりなんだ?」)
 複雑な(いや、とても単純かもしれない)想いを抱く蓮であったが――、
「私たちの力で喜んでいただけるのは嬉しいですね」
 ――志苑に笑顔を向けられると、そんな想いは雲散霧消した。
「ああ、そうだな」

「ほう……」
 広大華麗な星空を見上げると、言葉の代わりに吐息が漏れた。
 視線を下げ、一般人たちに微笑を見せて一礼。
 そして、エトヴァ・ヒンメルブラウエは仲間たちに声をかけた。
「さあ、始めまショウカ」
「おう!」
 尾方・広喜が片耳に手をやり、ピアス型の爆破スイッチを押した。
「せーのっ」
 と、同時に動いたのはジェミ・ニア。
 途端にブレイブマインのカラフルな爆煙が巻き起こり、同じくカラフルなカナリアの群れがその奥から飛び出してきた。カナリアのほうはジェミのグラビティの産物だ。
「まるで天の川ですね」
 闇を染める爆煙を見ながら、カルナ・ロッシュが頭上に手を伸ばした。指先が複雑な動きを見せ、宙に刻まれた軌跡が魔法陣に変わる。その魔法陣の作用によって、周囲の空気が圧縮されて氷の結晶が散らばった。
「おおおぉーっ!?」
 一般人たちがどよめいた。魔法陣の作用によって、傍にあった家屋――廃墟も同然だったそれに変化が起きたのだ。星のごとくきらめく氷の結晶群に包まれ、在りし日の姿に戻っていく。
 魔法陣は地上にも描かれていた。描き手はベルベット・フロー。ラジカセから流れる音楽に合わせて、ステップを踏んでいる。当然のことながら、ただの踊りではない。ヒールのグラビティである。
「どうよ、アタシの舞踏は?」
「すごーい」
 と、ベルベットに答えたのは伏見・勇名。
「ぼくは、そんなふうにおどったりうたったりはできないけど――」
 勇名の背後から何機ものヒールドローンが飛び出した。
「――どろーんをおどってるみたいにうごかすことなら、できるかなー」
「では、一緒に楽しく踊らせましょう」
 ジェミのカナリアたちがドローンたちに合流し、夜空をくるくると舞い始める。
「うん! いっぱい、なおれなおれー!」
「なおれなおれー!」
 勇名に釣られて、同じ叫びを発する広喜。すると、一般人の中の子供たちも『なおれなおれー!』のコールを始めた。
 皆の元気な声で更なる力を得たかのように、カナリアとドローンの群れは輪舞のスピードを増した。ドローンのほうはカナリアほどカラフルではないが、煌めいて見える。カルナの魔法陣で生じた氷片を照り返しているからだ。
「Wollen Sie mit mir tanzen♪」
 ベルベットのラジカセから流れる音楽に歌声が乗った。
 歌っているのはエトヴァ。
(「皆で描くこの情景は、光と彩りに溢れ、まるで――」)
 新たな光が夜空で揺らめいた。
 オーロラが出現したのだ。
(「――奇跡のヨウデス」)
「おっと! 聞き惚れている場合でも見惚れてる場合でもなかった」
 歌声とオーロラに魂を鷲掴みにされていた筐・恭志郎が我に返った。
「俺も頑張らないと……」
 祖父の形見の斬霊刀を真っ直ぐに掲げ、目を閉じて祈りを捧げる恭志郎。
 その祈りは淡い輝きに変わり、大地の傷を癒した。
「この地に幸多からんことを」
 カルナの呟きを聞くと、恭志郎は目を開き、自分のヒールの成果を見届けた。
 そして、心の中で祖父に語りかけた。
(「爺ちゃん。この世界はあいかわらず大好きなもので溢れています……」)

「んなぁー!」
 星空に伸ばした腕にウイングキャットがとまり、催促するように鳴いた。
「判ってる。今だけだぞ」
 そう応じてグラビティを発動させた腕の主は玉榮・陣内。
 ウイングキャットが溶けるように消失し、代わりに陣内の背中から碧い翼が生えた。
 その翼の根本――衣服に隠れて見えない部位にある傷のことを思いながら、新条・あかりもグラビティを用いた。
(「この雪は降り積もらないけれど、一瞬でも季節の煌めきを感じられるように……」)
 雪が降り始めた。温かさを有した雪。
 碧い翼がゆるやかにはためき、雪とともに癒しを周囲に与えていく。
 その翼の動きを陣内は感じていた。
 かつて感じた痛みではなく。
 そして、亡き姉の存在を感じた。なりたかった/なれなかった自分自身を感じた。間断なく触れる雪片の温かさを感じた。
(「僕たちは誰かヒールしているようで――」)
 あかりは陣内の背に手を置いた。
(「――その実、僕たち自身を癒してきたのかもしれない」)
 翼が消え、ウイングキャットが再び現れた。
「にゃん?」

●星空チョコレート
「うわー!」
 マヒナ・マオリは、目を輝かせて視線を巡らせた。
 ここは天文台内の広場――チョコの配布会場。翼を広げた滑り台のごとき奇妙なモニュメントが並んでいる。どれも十八世紀のインドの天体観測機を再現したものだ。
 それらの他にストーンサークルも鎮座していた。
「なんとなく、故郷を思い出すな……」
 イギリス出身のピジョン・ブラッドはストーンサークルを見つめていたが、故郷に馳せていた心をこの地に戻し、マヒナのチョコに視線を移した。
「また腕を上げたねぇ」
 チョコのモチーフはプレアデス星団。夜空に見立てたダークチョコにアラザンが六つほど並べられ、銀の食用スプレーが吹かれている。前者は肉眼でも見える明るい星々であり、後者はその周囲で控えめに輝いている星々だ。
「私の故郷ではプレアデス星団のことを『マカリイ』って呼んでるのよ」
「マカリイか……」
 ピジョンは小さな『マカリィ』の一つ摘み、口に運んだ。

「綺麗な色ですね」
 傷の走る凶相を笑みで崩すヨハン・バルトルト。
 彼が覗き込んでいるのは、星形のルビーチョコと三日月型のホワイトチョコだ。
 それらを用意したクラリス・レミントンは――、
「ヨハンのもよく出来てるよ。器用だね」
 ――ヨハンの満月型チョコを感心そうに見ていた。どの満月の上でも兎が跳ねている。白いチョコペンで描かれた兎たち。
「こういうメルヘンな発想ができるところは羨ましいなあ」
 賞賛を送った後で、クラリスは溜息まじりに付け加えた。
「あと、画力も羨ましいかも……」
「いやいやいやいや。クラリスさんの絵、なんか前衛的な感じがして、僕は好きですよ」
 不器用にフォローするヨハンであった。

「星にちなんだチョコといえば……やはり、星座でしょうかっ!」
 長机の上にミリム・ウィアテストが星座型チョコを並べていた。うさぎ座、きりん座、コンパス座、テーブルさん座。多種多様なチョコを長机を埋めて……いかない。いつまでも経っても埋まらない。
「あ、ヤバい! これ、すごく美味い!」
 ローレライ・ウィッシュスターが摘み食いをしているからだ。
「もう止まらないわー!」
「じゃあ、私が止めてあげますっ!」
 ミリムがローレライの手をぴしりと叩いた。
「食いしん坊のローレの分は別に用意してありますから、配布用チョコには手を出さないでください」
「はーい」
 ローレライが手を引っ込めると、彼女が作った更地にリリエッタ・スノウが新たなチョコを並べ始めた。星座型チョコではなく、星形のチョコクッキーである。
「リリは料理が苦手だから、型抜きでお手伝いすることしかできなかったよ」
 と、リリエッタが誰にともなく語ってる間にローレライがまた手を伸ばした。
「お手伝いするだけでも立派じゃない。ところで、この星形チョコも味見していい?」
「ダメですっ!」
 ミリムの叫びとともに二度目の『ぴしり』が響いた。

 ヴィヴィアン・ローゼットも星座を象ったチョコを配布していたが、こちらは十二星座限定である。
「星座はなんですか?」
「牡羊座のO型です」
「では、牡羊座の加護がありますように。そちらのかたは?」
「ロマンチストな魚座っす」
「魚座の加護がありますように」
 相手の星座を確認し、それに対応したチョコを手渡すという細やかなサービス。
「『血液型まで訊いてない』だの『ロマンチストとかどうでもいい』だのと塩対応しないあたりはさすが現役アイドルって感じだな」
 ヴィヴィアンの後方で妙なことに感心しているのは、婚約者の水無月・鬼人。裏方として手伝っているのである。

 ヴィヴィアンと違って、大弓・言葉はアイドルではない。
 しかし、アイドル以上にアイドルらしいポーズをあざとく決めて、写真撮影に応じていた。
 もちろん、チョコの配布も忘れてはいない。
「星形ホワイトチョコをどうぞ! オレンジやイチゴのフルーツソース入りなんだけど、どれが当たるかは食べるまでのお楽しみなのー」
 彼女の体は淡い光を発していた。それは隠しきれないカリスマ芸能人のオーラ……ではなく、オラトリオヴェールによる自己演出だ。
 一方、仏頂面がほぼデフォルトとなっている比嘉・アガサは自己を演出することを完全に放棄していた。
 その代わり、オルトロスのイヌマルの力を借りていた。
「がおー」
 と、可愛く鳴くイヌマルを一般人が取り囲み、スマートフォンやカメラを向けている。
 アガサはそこにさりげなく近付き――、
「はい、どうぞ」
 ――と、手早くチョコを渡した。こんな回りくどいことをするより、無理にでも愛想笑いを浮かべるほうが簡単なような気がするが、本人はそう思っていないらしい。
 なんにせよ、作戦は大成功。多くの一般人の記憶に刻まれたのはアガサの仏頂面ではなく、尻尾を振るイヌマルの姿であろう。
「あ? あの竜ちゃんもかわいいー」
 と、イヌマルに骨抜きにされていた一般人が指さしたのは、籠をくわえたボクスドラゴンのロク。
 その籠の中身――薔薇の意匠のラッピングを施された星形のチョコを鬼飼・ラグナが配って歩いていた。聞いてるほうまで元気になりそうな声をあげて。
「美味しいチョコ、いかがですかー!」
 もっとも、彼女の声を聞く前から元気一杯な者たちもいた。
 櫟・千梨の前に集まってきた子供の一団だ。
「どれ、お兄さんがチョコをやろう。一人ずつ並ん……どぇっ!?」
 一斉に飛びかかる小さなギャングたち。たちまちのうちにすべてのチョコを略奪し、ついでに千梨の服の裾やエルフ特有の長い耳を引っ張り、それに飽きると、嵐のように去っていった。
「疲れた……まあ、元気なのはなによりだな」
 乱れた髪を手櫛で整えていると、ラグナがやってきた。ロクの魅力もあって、多くのチョコがさばけたにもかかわらず、不満げに唇を尖らせている。『俺の探偵』と見做している千梨が他者にも大人気(?)であるところを目の当たりにして、なにやらもやもやした気持ちが涌いてきたのだ(蓮ならば、その気持ちを理解してくれるだろう)。
 もっとも――、
「俺の分、残ってる?」
「もっちろん! ナッツたっぷりのブラウニーだ!」
 ――『俺の探偵』に声をかけられた瞬間、機嫌は直ったが。
 笑顔で大声を響かせる彼女とは対照的に、空鳴・無月とミント・ハーバルガーデンは静かに一般客の相手をしていた。
「ハッピーバレンタイン」
「どうぞ、私たちからの贈り物です」
 両者ともに無表情。しかし、チョコの見た目は華やかだ。
 冬の星座を模したそれらを配り終え、一つだけ残したチョコを互いに交換していると、アナウンスが会場に流れた。
『暫しの間、消灯しまーす。星空をどうぞご堪能くださーい』
 電気雪洞等の照明が次々と消え、会場は闇に包まれた。
 いや、完全な闇ではない。
 見上げれば、そこには無数の星がある。
「誘ってくれて、ありがとう」
 ミントに礼を述べる無月。
「おかげで素敵な星空を見れたよ」
「はい」
 ミントは小さく頷き、星空に祈りを捧げた。
「この星の数だけ、皆さんに幸せがありますことを……」
「うん」
 無月も頷き、同じように祈りを捧げた。
「皆と……ミントにも幸せがりますように」
 二人の祈りのおかげかどうかは判らないが、ラグナは幸せな気分に浸っていた。
 先程までチョコの籠を持っていた手を額にあてて。
 照明が消えた瞬間、そこに『俺だけの探偵』が唇で触れたのだ。

「冬の夜空は綺麗だけど――」
 双眼鏡で『マカリイ』を見ながら、マヒナがピジョンに語りかけた。
「――他の季節の夜空もこの場所でじっくり観察してみたいね」
「うん。流星群の時に来れたら、素敵かもない」
 二人の邪魔にならない位置でテレビウムのマギーも空を見上げていた。頭部の液晶はナイトモード。余計な光で星空を台無しにしないように。

「音々子さんが太鼓判を押すのも頷けますねー」
 満天の星空に感動するミリム。
 しかし、リリエッタのほうは首をかしげていた。
「おおいぬ座……こいぬ座……」
 ぶつぶつと星座の名を唱えながら、この天文台で配布されているパンフレットと実際の星空を交互に見る。
「なんで……あれが、わんこなんだろう?」
「昔の人にはあれが犬っぽく見えたんだよ。あるいは、昔の犬はあんな形をしていたのかも」
 と、冗談を返したのはエマ・ブランだ。
「それにしても、本当に綺麗だよね。地上の灯りは消えて、空にはお星様がいっぱいで……ねえ、ヴァオさん」
 エマは真横を向くと、そこにいたヴァオ・ヴァースクラックスにいきなりパスを送った。
「こんな状態をなんて言うんだっけ?」
「『インスター映え』っつーんだよ。スターだけに! なははは!」
 呵呵大笑するヴァオ。逃げずにパスを受けた勇気だけは評価していいかもしれない。
 しかし、エマはなにごともなかったかのようにまた空を見上げた。
「あの星の海のどこかにアスガルドもあるのかな?」
「無視かよ!?」
「いつか必ずエインヘリアルから取り戻してみせるよ」
「今更、シリアスな流れにすんな!」

 小惑星型のチョコを配り終えた浜本・英世は広場の隅で星空を眺めていた。
 温かいお茶を飲みながら。
 イヴ・シュピルマンと肩を寄せ合って。
「本当に美しいね……」
 半ば無意識のうちに英世は呟きを漏らした。それは星空に対する感想ではない。いつの間にか、視線はイヴの横顔に向けられている。
 彼に見られていることに気付いたイヴは少しばかり頬を紅潮させて――、
「あ、あの……これを……」
 ――手作りのチョコを差し出した。
 微笑を浮かべ、それを受け取る英世。
 そして、イヴに顔を寄せ、なにごとかをそっと囁いた。

「不思議なもんだ。ヴィヴィアンとはいつも一緒にいるのに、毎日のように新しい発見がある。仕草とか表情とか……」
 鬼人も英世と同じように夜空を眺めていた。そして、これも英世と同じように、いつの間にか視線を横に向けていた。
 もちろん、そこにいるのはヴィヴィアンだ。
「鬼人。ちょっと口を開けて」
「ん?」
 と、指示に従った鬼人の口の中に山羊座仕様のチョコが優しく放り込まれた。
「おっ……あうあおあ(ありがとな)」
 チョコをもぐもぐと咀嚼する鬼人を見つめて、ヴィヴィアンは微笑んだ。
「新しい発見、また増えたかな?」

「ごくろーさん、イヌマル。取っておいたチョコ、一緒に食べようか」
 会場の端でアガサはイヌマルを労っていた。
 その横に言葉が立ち、星明かりを頼りにしてモニュメント群を眺めている。
「ねーねー、根占ちゃん。このモニュメントって、本物みたいな使い方はできるのかしら?」
「できるみたいですよ」
 そう答えたのは、先程までアナウンス係を務めていた根占・音々子。
「たんに形を模しただけじゃなくて、この天文台の位置に合わせて設置したモニュメントですから。あっちの大きい日時計は時間がちゃんと判りますし、こっちの小さいやつは惑星の位置を測定する際の指針になるそうです」
「おー!? 昔のインド人の叡智、すごっ! オラトリオもびっくり!」
 言葉が感動していると、ヴァオが現れて水を差した。
「でも、こんなにでっかい代物をわざわざ現代に再現する必要あるのかね? 測定だのなんだのって、スマホのアプリとかでもできそうじゃん」
「ヴァオさんってば、ロマンがなさすぎ!」
「あ? ヴァオもいたんだ」
 イヌマルを撫でていたアガサがヴァオに目を向けた。
「ついでだけど、あんたもチョコ食べる?」
「『ついで』ってなんだよ!? でも、食べるー」
 ロマンはないが、食い気はあるらしい。

 星空の下に子守歌が流れていた。
 歌っているのはクラリス。
 聴いているのはヨハン。
 いや、もう聴いてはいない。
 レジャーシートに寝転び、クラリスと同じ毛布にくるまって、すやすやと寝息を立てている。
 クラリスは歌い続けた。自分の激しい鼓動のせいでヨハンが起きたりしないよう願いながら。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月13日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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