●ヒーリングバレンタイン2020
「ミッション地域になってた地域を、たくさん奪還できたのは、みんなの活躍のおかげだよ!」
アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)は、にっこりと笑って言う。それから彼は、こう誘った。
「それでね。この、取り戻した地域の復興も兼ねてさ。バレンタインチョコを作ろうよ!」
アッサムが言うには、一般の人でも参加できるようなイベントにすることで、解放したミッション地域のイメージアップにもなるだろう、という計画らしい。
解放したミッション地域には、基本的に住人はいない。けれども、引っ越しの下見に来た人や、見学に来た周辺住民はいることもあるのだ。そこで、今回のイベントを行う運びになったわけだ。
●心和むひととき
「行き先は、福島県会津若松市だよ。会津若松城の城下町で、歴史的名所も多くて、豊かな自然に囲まれた街だね。イベント会場になる、みんなにヒールしてもらう場所は、その会津若松の日本庭園の一つだよ」
日本庭園内にある、和風の建物の屋内でチョコ作りをする形になる。当日のみ、チョコ作りもできるように簡易改装するそうだ。
「日本庭園のヒール、道具や材料の搬入、イベントの進行、参加者のお世話とかをやりつつ、チョコを作る感じになるね」
一拍置いて、彼は言う。
「あと、この日本庭園は、温かい抹茶をいただくこともできる場所だったんだけれど、今回、抹茶をチョコ作りに利用してもいいって! たくさんあるから、どんどん使って欲しいらしいよ。おいしい抹茶だそうだから、その味をイベントで広めることもできて、一石二鳥になるね」
抹茶生チョコに抹茶ガトーショコラ、抹茶トリュフ、抹茶チョコマフィン……と、挙げていくアッサムは、瞳をきらきらさせている。ほのかにほろ苦く、深みのある味わいを想像しているのだ。
「ヒールされた日本庭園の景色を眺めながら、抹茶チョコを作る。きっと、とっても心が和むひとときになるよ!」
満面の笑顔で、彼は、広がるであろう未来を告げた。
●重力の癒やし
「日本庭園のヒール頑張りますよ、おー!」
「おーっ!」
ミリムに合わせ、アッサムが天に拳を突き上げる。
「結構、派手に壊れてるな」
日本庭園の様子を見渡したカイムが低く呟く。ヒールのし甲斐がありそうな風景が、彼の眼前には広がっていた。
この会津若松市の地に巣くっていたのは、シャイターンの狂魔剣士であった。その魔空回廊を、カイムたちが破壊することに成功したのが、昨年の9月のことだ。
(「もう5か月も経つのか……」)
なぜ彼らが、力の代償に狂気を与える魔剣を手にしたのかは、カイムは今でも少し気になっていた。
(「だが、今は目の前のことをやるべきだな」)
カイムは、仲睦まじく寄り添うシャインとジョニーを連れ、庭園の奥の方へヒールをかけに向かう。
カイムたちを見送ったミリムとアッサム、それに梢子は、日本庭園の手前側のヒールを開始した。
満月を思わせるエネルギー光球を、大きく砕けた庭石へと、ミリムはひょいとぶつける。庭石は、幻想化しながらも修復されていった。
「アッサムさんも、ほら一緒にっ」
「オッケー!」
ミリムに頷いたアッサムは、小型治療無人機の群れを庭園へ飛ばしてゆく。
(「地元に戻ってくる人たちが、増えてくれますように」)
ミリムは願いを込めて、別の箇所に光球をまたぶつけた。
「万代に 年は来経とも 梅の花 絶ゆることなく 咲き渡るべし」
澄んだ声で、梢子は和歌を読み上げる。すると、美しい梅の花の幻影が周囲にほころんだ。歌の情景を具現化する梢子の『和歌技』の一つ、万葉集『万代』である。
「日本庭園に梅の花、というのも素敵でしょう?」
微笑をたたえる梢子へと、ビハインドの『葉介』がそっと頷いた。
やがて、庭園の奥をヒールし終えたカイムたちが戻ってくる。
「ヒールはこんなところで良さそうですね!」
落ち着いた風景を取り戻した日本庭園を見て、ミリムがにっこり笑顔で言う。
それから、会場の準備を行ったケルベロスたちは、いよいよチョコ作りに入るのだった。
●たっぷり抹茶チョコ、夢いっぱい
カイムは、ぐっと腕まくりする。
「抹茶チョコ! いっぱい作るぞ!」
力強く、カイムは宣言した。
何でも食べるカイムだが、抹茶スイーツはカイムにとって、特に好物である。
(「まずは、ホワイトチョコを刻むところからだな」)
これでもかと言うほどたっぷり用意したホワイトチョコを、カイムは包丁で地道に細かく刻んでゆく。
それなりの重労働だ。気温は低いが、カイムのココア色の肌に、うっすらと汗が浮く。
けれども、細かく刻めば刻むほど美味しくなるはず。そこでカイムは、全力で刻んだ。
(「これでよし」)
ホワイトチョコを刻む作業を終えたカイムは、抹茶をふるいにかけた。
そこに生クリームを入れて混ぜ、湯煎にかける。
良い香りを漂わせ始めた、とろりとした緑色のペーストへ、カイムは刻んだホワイトチョコを入れた。
抹茶の香りに、甘い匂いが混ざってゆく。
(「さて、充分に溶けたか」)
小鍋から型へと注いだものを、冷凍庫へ入れる。
(「あとは、このまま冷やし固めて完成。楽しみだな」)
しばらくの後に冷凍庫を開けたなら、大きな大きな抹茶チョコがそこで待っているのだ。カイムは心を躍らせる。
(「さて、今のうちに」)
一旦場を離れたカイムは、本格的な抹茶を飲んでみることにした。
「いただきます」
点てたばかりの熱い抹茶を、静かに口に含む。
(「……結構苦い!!」)
思わずカイムは、お茶菓子をもぐもぐ頬張ったのであった。
●これぞ風流
ミリムの前で、オーブンが焼き上がりを音で知らせる。
「ふふふ……」
意味ありげに笑うミリムがオーブンから取り出したのは、茶色い焼き菓子だ。
ゴツゴツしていて、ぐねぐねとねじ曲がって、一見すれば『失敗しちゃったのかな?』とも思える出来である。
だが、ミリムの笑顔は崩れない。彼女はそれを、丁寧な手つきで器にセットした。
植木鉢風の食器に、茶色いねじ曲がった焼き菓子。そう、この焼き菓子は、樹木の幹を模しているのである。
さらに、その焼き菓子へ、ミリムはちょんちょんと抹茶チョコをトッピングしてゆく。緑の葉を広げた松の木が、その姿を現していった。
「THE盆栽チョコ! の出来上がりです♪」
「わー! すごいね!」
様子を見に来たアッサムが、ミリムを無邪気に褒め称える。
「地味かもしれませんが、日本庭園に似合う造形で抹茶チョコとか、ナイスアイディアではないでしょうか」
「うん、とっても良いよ!」
ぐっとアッサムは親指を立てる。
「こちらは見学に来た方向けの観賞用にしておきましょう。あとは、食用に……」
てきぱきと手際よく、ミリムは複数の盆栽チョコを仕上げていく。
それから、温かい抹茶を点てて。
「アッサムさんもいただきましょう」
「やった、サンキュ!」
ミリムの呼びかけに、アッサムは嬉しげ。
盆栽チョコを並べて、ミリムとアッサムは座った。
「ちょっともったいない気もするけど……えい」
おしぼりで綺麗にした手で、アッサムは盆栽チョコの枝を折る。ミリムも、焼き菓子を小さく一口サイズに崩した。
それらを、各々、そっと口に入れる。
「おいしいね! それになんだか、お菓子の家的なロマンがあるよね」
「ふふふ♪ ありがとうございます」
アッサムとミリムは、笑いあった。
●理由
「ねえ、アッサムさん、ちょっといいかしら?」
盆栽チョコを食べ終え、抹茶碗を手にくつろぐアッサムへ、梢子が声を掛けた。
「ん、何?」
「アッサムさんは、ちょこれいと、作れる? もし作れるなら、私に抹茶ちょこれいと作って欲しいのだけど……!」
実は全く料理ができないため、チョコ作りに手が出せない梢子である。そこで、アッサムに頼むことにしたのだ。
アッサムはすっくと立ち上がると、にっこりと力強く笑った。
「作れるよ。オッケー、オレに任せて!」
言うと、アッサムは片目を閉じてウェブに接続し、レシピサイトを閲覧して手順を確認。そこに書かれていたことをしっかり守りながら、作業を進めた。
「これで完成!」
「ありがとう、アッサムさん」
出来上がった抹茶チョコを受け取り、梢子はほっこりと笑顔を咲かせる。
日本庭園を眺められる位置に座りながら、抹茶を飲んで、梢子は一服した。
(「抹茶と抹茶ちょこれいとの組み合わせもいいわねぇ……」)
心安らぐ抹茶の香りを存分に楽しみながら、梢子は爪楊枝で抹茶チョコを刺し、口に運ぶ。
そんな梢子はふと、葉介の、包帯越しの視線に気がついた。
大好きな甘い物を満喫する、幸せそうな梢子。彼女の姿を見つめる、そのビハインドの表情は、どことなく嬉しそうに微笑んでいるように見える。
それを見た梢子もまた笑い、抹茶碗を葉介へと差し出した。
「抹茶って体にもいいらしいわね、葉介も飲んでみなさいな」
頷いて抹茶碗を受け取ったビハインドは、中身をそっと啜る。
けれども、抹茶チョコについては、梢子が葉介にあげようとする様子がない。……スイーツを独り占めしたいのだろうか?
あるいは――病弱であった葉介の体を気遣って、のことなのかもしれない。
●ずっと
新婚夫婦のシャインとジョニーは、それぞれ、お菓子作りに着手した。
(「最近料理してないから不安だが……頑張らないと」)
喜んでくれる妻の顔が見たいから、ジョニーは気合いを入れる。
(「抹茶チョコマフィンを作ろう。マフィン得意だし」)
一方、得手とするお菓子を選んだシャインは、余裕を持った表情で作業に取りかかっていた。
慣れない手つきで、ジョニーはホワイトチョコをボウルに割り入れてゆく。
苦戦しながら、ジョニーがようやくその作業を終える頃には、シャインは既に、手早く混ぜ終えた生地を型に流し入れていた。
「シャインは何を作ってるんだ?」
「ん? ジョニーは?」
「俺? 抹茶トリュフをね」
逆に問い返されて、ジョニーは素直に答えた。けれどもシャインは、悪戯っぽく微笑む。
「私はできてからのお楽しみ」
「えー、俺教えたのに?」
笑い合って、二人はまた各々の作業を再開した。
(「喜んでくれると良いな……」)
(「沢山の感謝と愛情……伝わるように……」)
調理技術に差はあれど、ジョニーとシャインがお菓子に込めた愛情の大きさは、互いに勝るとも劣らない。
先に仕上がったのは、シャインの抹茶チョコマフィンだ。
抹茶の色に、程良い焼き目のついた焼き菓子。焼きたてのそれを、味見としてシャインは一つ食べてみる。
優しい甘さと、香り高い抹茶の味わいが広がってゆく。
(「ん、味のバランス完璧。喜んでくれるかな」)
にっこりと、シャインは笑顔を浮かべる。
やがて、ジョニーも味見の段階に入った。バットに並べた抹茶トリュフを、一つ掬って食べてみる。
(「……味良し。あとは見栄えを整えて……」)
ジョニーは、丸めたチョコの出っ張りを、ちょんちょんと押して引っ込めようとする。だが、力加減を誤ってしまい、トリュフはぐにゃっと歪んだ。
「あっ」
余計なことをしてしまった、とジョニーは後悔するが、時既に遅し。
何はともあれ、二人のお菓子は完成した。お茶席に移動したジョニーとシャインは、温かい抹茶を用意して、共にいただくことにする。
「私からはこれ」
シャインは、完成した抹茶チョコマフィンをジョニーへ手渡した。
「ありがとう、シャイン」
ジョニーは、マフィンを一口頬張る。甘くほろ苦いその焼き菓子には、彼女の感謝と愛情がたっぷりと詰まっているのが感じられた。
「いつもありがとう、その……私の気持ち……伝わった……?」
かあっと頬を赤らめながら、長いエルフ耳を垂れさせるシャインへ、ジョニーは屈託のない笑顔を向ける。
「とても美味しいよ、ありがとう」
そのジョニーの言葉と表情に、シャインは安堵の笑顔を溢れさせた。
「ジョニーのは? ……いただいていい?」
「ああ、俺も愛情と感謝を込めて作ったよ。……でも最後で失敗しちゃって……」
苦笑いするジョニーが差し出した抹茶トリュフは、ぐんにゃりと歪んでいるのが一つ混じっていた。
シャインは迷わずに、その歪んでいるトリュフをつまみ、そっと自分の口へ入れる。
ふわり、シャインの口の中でとろけるチョコレート。そこには、彼の想いが籠もっている。
「……ん、美味しい……見た目より心を込めて作るのが大事だから」
ほわっと笑うシャインを見て、今度はジョニーが安堵する番だ。
「美味しい? ……あー、よかった……」
胸を撫で下ろすジョニー。
そんな夫へ、シャインはそっと手を伸ばした。
「気持ちが通じ合うって……嬉しい」
その妻の手を、ジョニーは優しく握り返す。
「そうだね」
微笑み合う二人。握った手が、温かい。
「時間も気持ちも思い出も……ずっとシェアしていきたいね」
「これからも、ずっと一緒に」
互いを伴侶として、歩み始めた二人。共に行く、未来への道のりは、長く長く続いてゆくことだろう。
こうして、会津若松市のヒーリングバレンタインは、成功を収めて幕を閉じた。
いつか、人々がこの地に戻ってきて、心豊かな生活を送り始める時が来るだろう。それは、そう遠くないことのはずだ。
作者:地斬理々亜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月13日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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