星月夜

■リプレイ

●星下
　無限の煌めきが遥か地平にまで輝いている。
　宙に張り出た高台から見ると、まるで自身が星空の只中に浮いているようで。
　宝石のような光の粒に満ちた景色を、ウリル・ウルヴェーラ（黒霧・e61399）は仰いでいた。
「冬の空は澄んでいて、星も綺麗に煌いて見えるのがいいね」
　せっかくの展望台、できれば妻とのデートで来たかったが──と。
　呟きながらそれでも視線を下ろすと。
「まずは邪魔者に退場願うのが先だろうか」
　見つめる先の、入り口の山道。
　その暗がりより歩み出る、巨躯の男の姿が垣間見えている。
　剣を握る罪人、エインヘリアル。居並ぶ此方の姿を見て、予見した光景と違ったからだろうか、微かに目を細めていた。
　そこへ一歩出ながらサイファ・クロード（零・e06460）は光色の瞳で見据える。
「このクソ寒い中、出張ゴクローサン。でも残念、ここでアンタが望むものは手に入らない」
「……ケルベロス、か」
　サイファはあぁと頷いた。
「だから早々にご退去願います……つぅ訳にもいかねぇか」
　と、言いながら肩を竦める。それは既に、巨躯が剣を構えているのを見て取ったからだ。
「あくまでやる気みてえだな」
　と、ランドルフ・シュマイザー（白銀のスマイルキーパー・e14490）は吐息を白く染めながらも、自身の拳をがちりと打ち鳴らす。
「この寒空にご苦労なこった。無駄足ついでに命も落とすんだからな」
　ご愁傷様だぜ、と。
　言う頃には眼光鋭く、床を蹴って。星空を逆光に痛烈な踵落としを叩き込んでいた。
　そこへウリルが刃を抜き、闇を揺蕩わす剣撃を重ねると──。
　反撃しようと剣を振り上げる罪人の、視界にふわり。蒼の髪を靡かす影が舞い降りる。
「やらせはしないさ」
　凛然とした声音と、静やかながらも澄んだ戦意と共に──流麗な戦棍を掲げるソロ・ドレンテ（胡蝶の夢・e01399）。
　着地と同時に巨躯の刃を弾き、足元を打ち据えて。動きを許さぬよう組み付いてみせる。
　罪人はならばとソロを斬ろうとした、が。
　立ち位置を変えてそれを受け止めるのがサイファ。
「オレさ、番犬活動するの久しぶりなんだよねー。だからまずは──腕が鈍ってないかオレと手合わせ頼むよ」
　刹那、風を撫でると空間の粘度高めて巨体を包む。『聖杯』に溺れさせるその魔力が、罪人の動きを一瞬で鈍らせた。
　その間に、モヱ・スラッシュシップ（機腐人・e36624）は張り巡らせた小型の魔法陣を輝かせている。
「レイテンシを補正と同期、及び状況の修復を行いマス」
　廻る魔法陣の全てが、情報を統合する大型魔法陣と連動。ナノ秒単位で針の遅れを正すよう、皆の知覚を研ぎ澄ませてサイファを治癒していく。
「引き続きの治療をお願いシマス」
「それじゃあ──ぴよ」
　と、そっと語りかけるのは楪・熾月（想柩・e17223）。
　掌に乗る雛のファミリアが、それに応えて一つ囀りを聞かせれば──皆の心に映るのは“ぴよのゆめ『望遠鏡の先』”。
　遥かな星空をレンズ越しに間近に感じさせるように、心を、魂を澄明にして。曇りなき意志を与えて苦しみすらも消し去ってゆく。
　視界が澄めば、熾月のシャーマンズゴースト、ロティが光棚引く爪を振るって反撃。モヱの魔匣の収納ケースもがぶりと罪人に噛みついていた。
　罪人は衝撃に下がりながらも、尚剣撃を狙う、が。
「遅いわよ」
　艶めく髪を風に踊らせ、リゼリア・ルナロード（新米刑事・e49367）がボウガンを真っ直ぐに構えていた。
　ばちりと光が弾けるのは、その弓弦に眩いエネルギー体の矢を番えているから。
　これは自身にとって始めての任務。
　故にこそ誤ることなどないようにと、心を注いで。
「稲妻の様な鋭い矢を、食らいなさい！」
　瞬間、放つ『ライトニング・ボウガン』が剛速で巨体の腹を貫いた。
「次はお願いね」
「……ん」
　と、そっと応えたのはロナ・レグニス（微睡む宝石姫・e00513）。
　薔薇尖晶石の瞳を短く閉じて。翡翠の欠片が舞う風を渦巻かせると、ふわりと翔ぶように跳んでいた。
　動けぬ罪人が、まるで見惚れるように仰ぐ中──星灯りに燦めく光を抱いたロナは、翻って一撃、流星の蹴撃を与えてゆく。

●星月
　膝をついた罪人は、苦悶の声に嘆く色を滲ませていた。
「……判らないな。僕はただ邪魔を排そうとしているだけだ」
　何故それが責められるのかと、言ってみせるように。
　その言葉にロナは瞳を僅かに伏せる。
　ロナは星が大好きだ。星を好きな人のことは、もっと──だからこそ。
「おほしさま……きずつけようとするひとは、いや……」
　エインヘリアルってみんなひどいひと、なのかな、と、声音は仄かに淋しげで。
　けれど罪人は自信に溢れたように首を振る。
「僕は星を傷つけているのではない。この燦めく美しい星空から、要らないものをなくそうとしているだけだ」
「だから目の前のものを斬る？　……全部、違うよ」
　と、冷えた声が風に乗る。
　それは熾月が返す言葉。
　相貌には微笑みを浮かべながら、声音はまるで刃を喉元に当てるかのように、そして罪人のその在り方の一切を否定するように。
「燦めきにこそ、血は要らない。それこそ邪魔だよね」
　──寝言は寝てからどうぞ、伏して存分に。
　放るように言いながら月光の如き矢で巨躯を穿てば、ソロも掌から暗月色の魔力塊を生み出していた。
「そういうことだ。エインヘリアルの罪人だかなんだか知らないが、不浄な刃で私達の世界を傷つけさせはしない」
　消え失せろ、と。
　空間を撓ます程の圧力を放って巨躯を後退させる。
　跳躍してその面前に悠々と降りたサイファは、腕を回して首をこきりと鳴らしていた。
「やっぱ身体動かすとすっきりするなー」
　夢を目指して忙しくなることは楽しいが、反面番犬活動が少なくなりストレスもあった。
　故にこれはそれを晴らすいい機会だと。のびのびと愉しげに、輝く蹴撃で膚を破ってみせる。
　血を吐く罪人は、それでも斃れず刃を掲げた。
「僕はただ星を、楽しみたいだけだ……！」
「そうか。でも、まだ慌てる時間じゃないな。オリオン座がもう少し傾く頃には決着もつくと思うよ」
　尤も、その星を楽しむのはどちらだろうね、と。
　ウリルは『Aurore』──虚無から手を伸ばさせるように、冥色に揺蕩う闇を広げて罪人の命を直接削り取る。
　リゼリアは暗色の魔力球を虚空より顕現させていた。
「さぁ、貴方に悪夢を見させてあげるわ」
　自身の中の恐怖に耐えられるかしら、と。放たれた一撃は精神に衝突するように波紋を生み、その隙間から凄絶なる闇の景色を溶かし込む。
　罪人は苦渋に喘ぎながらも、剣を暴れさせた。が、リゼリア自身が防御すれば──熾月が敵の歪んだ意志ごと正すよう、清らかな光で治癒。
　モヱも己がエネルギーを癒やしの魔力へと昇華していた。
　寒空にも暖かな心地を与える耀は、気力を高めさせて傷を跡形もなく消していく。
「これで万全デショウ」
　言うとちらりと視線を下ろし。察した収納ケースが収納物を撒いて罪人を惑わせていた。
　同時、ロナが顕すのは無数に分裂する吸血槍、『堕天神槍』。
　──あなたに暗い喰らい紅を、魅せてあげる。
　神槍の成れの果ては只管に降り注ぎ、巨躯を穿ち貫く。血に塗れた罪人がそれでも這い上がれば──。
「あくまで人々を殺そうとするなら。絶対に許さないわ！」
　リゼリアは裂帛の意志を烈しい雷光に変えて一撃。打ち下ろす閃光で巨体を灼いた。
　時を同じくランドルフも銀の銃口を向けて。
「煌く星もいつかは燃え尽きるモンさ。テメエの命もココで終わりにしてやるぜ！　コギトの欠片も残さず逝きな！」
　バレットエクスプロージョン──放たれた特殊弾が炸裂し内外から躰を破壊する。
　そこへソロは漣の如く輝く光を刃と成していた。
「これで最後だ」
　振り抜く一刀は『真星剣』。邪悪を切り裂く斬撃で、巨体を両断し消滅させた。

●星夜
　星見の時間に、人々の和やかな声がこだまする。
　戦場を癒やし人々を呼び戻せば、展望台には再び平和が訪れていた。
　番犬達もそれぞれに歩み始める中、モヱはゆっくりと一角で過ごしている。収納ケースに入れておいたブランケットとダウンジャケットで防寒も抜かりなく。
　タンブラーに入れておいた紅茶を一口啜ると。
「……なかなかのものデス」
　冷えた体に香りと温度が沁みて、白い息を昇らせた。
　と──そこでモヱはふと気づいて横を見る。その先にいるのは、ソロだ。

「眩いくらいだな」
　ソロは一人、星を仰いでいた。
　空から吹く風は透明で光を遮らず、明るさをありのままに伝えている。
　人々の声を少し遠くにしながら、そんな煌めきを見つめていると──ふと視線を戻した先にモヱを見つけた。
　互いにふらりと歩み寄り、共に星を眺める。
　モヱはソロに紅茶を分けつつ、綺麗な空デスネと視線で星座を辿った。
「プラネタリウムではなく天然の星空……。此処には解説もカーソルも御座いませんが、昔人と同じ景色を見て夜天の神話を思い描くのも、また一興と言えマショウ──」
　連々と紡がれる星座の話に、ソロは視線を向ける。
「詳しいな」
「ええ、まあ昔に少々……」
　言いつつモヱは空を差す。
「闘技場チーム名のお題を『冬の星座』にした折に、ソロ氏は『はと座』をお選びになりましたが……あれで御座いマショウカ」
「ああ」
　短めの連なりを見て、ソロは頷いた。
　その周りに、そして全天に星は無限にある。ソロは目を閉じた。
「……この星が広い宇宙の中心とはな。数奇なものだよ。お陰で災厄のオンパレードではあるが……乗り越えさえすればいつか幸福な日々も来るだろう」
　自分にそれを享受する権利はないけれど、と想いを含む。
　妹に貰った命は戦いの中で燃やせればそれでいいと思っているから。
　ただ、この星の人々や仲間にはあの煌く星星のように。
（「いつまでも光り輝いて欲しい」）
　静かに、ソロは願っていた。

「二人とも、よければどうぞ」
「いいのか？　サンキュー」
「ん、ありがと、ね」
　熾月が微笑みと共に差し出したホットココアを、サイファとロナは受け取って──展望台の柵近くにまでやってきていた。
　熾月の傍には勿論家族も一緒。熾月と共に暖かい服装でもこもこになりながら……ロティは既に星空に興味津々だ。
　サイファも仰ぎながらふと声を零す。
「オレ、実は星に詳しくないんだよね。オリオン座？　くらいしか分かんないけど……」
　と、言いながらも瞳に映った星々は余りにも綺麗で。
「……ほう」
　つい吐息と共に見惚れてしまう。
　そんなサイファと共に熾月も仰いで、その溢れそうな星達と煌めきに柔い声音だ。
「すごいね、よく見える。オリオン座だと有名な星は……ベテルギウスだっけ」
「うん、あの、まぶしいのが、そう……！」
　と、声音と表情に花咲かせ、瞳をきらきら輝かすのはロナ。
　元より、お小遣いを貯めてホームプラネタリウムを買うくらい星が好きで──今もその手にはマイ星座盤を持参していた。
　だから愉しげに、眩く輝く一等星を指差して。
「オリオンざがあれ、だから……あのおおきなほしは、おおいぬざ」
「冬の大三角だね」
　熾月も愉しげに指でなぞるようにアステリズムを描く。
　ん、とロナは頷き、三つ目の光を含むこいぬ座を仰いでから……視線を手元と行ったり来たりさせつつ、次に双子座も瞳に映した。
「あった、こいぬざのした……！　それから、あれなんだっけ……えっと、えっと……カシオペアざ……？」
　少し離れた位置へ目線を映すと、その間の空間が眩いことを改めて実感して。
「あまのがわ、はっきりみえる……！　すごい、すごい」
「天の川……ぼんやりと光ってるあれか」
　サイファも感心したように、空を縦断する煌きに目を奪われている。
　熾月はまじまじと天を見つめるロティと、ぴっぴっ、と肩で跳ねるぴよにも笑みを向けつつ──また空を視る。
「なんだか冬の星空って贅沢だよね。綺麗で目を離すのが勿体ないや」
「うん」
　と、ロナも肯く。
　星を見るのはやっぱり楽しくて。暗い夜を、優しく照らしてくれるその明るさに心が温かくなるようで。
　寒い冬でもみんなが笑顔になる、そんな光を。
「……わたしね、まもれてよかったって、おもうよ」
「そうだなぁ」
　サイファもふと呟いて、今を楽しんでいるのだという実感を得る。
「なんか、こーゆー時間を過ごすと、自分に余裕がなかったんだなってしみじみと思い知らされるよ」
　うん、と一つ頷くと。
「なんか元気補充できたカンジがする！」
　だから明日からまた頑張ろう、と。思いを新たに、またその煌めきを見つめていた。

　夜が少しだけ深まって、より風は冬の温度を含んでくる。
「やはり、冷えるな」
　ウリルは展望台の一角で、肌を撫ぜる感触に季節を実感していた。
　ただ、そんな冷たい空だからこそ星は一層よく瞬く。思わず目を細めてしまう程の眩さを、同道するリゼリアものんびりと仰いでいた。
「冬は空気が澄み切っていて、星座が綺麗に見えるわね」
「そうだな。本当に、綺麗なモンだ」
　言って頷くのはランドルフ。
　星々は全てが仄かに違った色と光度を持っていて──その美しさだけは確かに掛け値のない真実に思えた。
「いつでも輝いているのにね」
　ウリルは呟く。
　忙しいと、星空を見上げる機会は少なくなるのかもしれない。故に改めて見つめるとそれに気づくのだろうと。
　リゼリアは星座を探し始めている。
「さて、オリオン座はどの方角に見えるのかな？」
「オリオンは、あそこか」
　と、ウリルは視線を向けた。冬はその三連星を起点に他を探すことも多く、今もそうしている。
「あの下にも小さく縦に並ぶ三つがあって、そのうちの一つが大星雲なんだ」
　言いながら、いくつかを辿っていく。
　リゼリアはそれを視線で追いかけるように観賞していた。
「いい機会だわ。都会だとここまではっきり見えないものね」
「そうだな」
　と、ウリルは応える。
　彼方にある星雲。そんな星々を見るたび、世界は広いと感じながら。
　ランドルフはそんな二人に頷きながら、それでも難しい表情をしていた。
「何にせよ、星空や宇宙ってのは見てるだけの方がいいな……」
　思い出すのはプラブータや月面、グランドロン。ロクな目にあってないな、と思うと、少なくとも当分は見る側で居たい心持ちなのだった。
　無論、いずれは敵の本星まで殴り込む事にもなるのだろう。
「ま、そんときゃそん時だ！　どうせ派手に殴りこむ事になるなら、覚悟は決めるぜ！」
　拳をぐっと握ると、ウリルもそっと頷いた。
　様々な思いは去来する。
　ただこの場所を守れて良かったと思うのは事実だから。
　それからふと、思い立ったように。
「まあでも、寒くて冷えるのはどこに居ても変わらないな」
　帰りを待つ人だっている。
　だから帰路へ向かおうと、ウリルは星空の下を歩み始めていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年1月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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