冷たい風が吹き抜ける、冬枯れの森の小径を彷徨い歩いてみてみれば。
地面に敷き詰められた、ベージュの落ち葉の絨毯の、サクサクと、踏み締める度鳴る心地好い冬の音色が、静かな空に木霊する。
見上げた空には、葉っぱの衣を脱ぎ捨てて、枝が露わになった梢が連なる隧道を、潜り抜けつつ進んでいくと。その先に見えてくるのは、ひっそり佇む一軒の小屋だ。
その建物は童話の世界に出てくるような、メルヘンチックな造りで、そこには魔女が住んでいるのではないかと思えるような場所だった。
ドアの取っ手に手を掛けて、扉を押すと、ギィッ、と鈍い音が不気味に響く。
本当に魔女が出て来やしないか、恐る恐る一歩ずつ踏み込んでいくと――中にあるのは、テーブルや棚に綺麗に陳列された、色とりどりの石。
所狭しと華やかに、装飾されたそれらは、天然石で作ったアクセサリー。
――ここはいわゆる、パワーストーンを扱う雑貨店。
天然石の色鮮やかな輝きに、魅了されるが如く、まだアクセサリーになっていない、石の一つに手を伸ばす。
すると店の奥から、穏やかな笑みを浮かべた老婆が現れ、彼女にそれを手渡すと、器用な手つきで細工を施す。
ペンダントにブレスレットにイヤリングといった定番モノも、装飾に少し手を加えただけで、幻想的な魔術道具のような姿にたちまち変わる。
石に生命を吹き込むように想いを込めた、この世で一つだけのアクセサリーが、こうして新たに生まれるのであった――。
「魔女みたいなお婆さんが営んでいる、そんな天然石の雑貨屋さんがあるらしいんだ」
玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が話を切り出す、その内容は、市街地から少し離れた森にある、絵本の世界のようなアクセサリーショップ。
可愛らしい煉瓦造りの小屋の中には、キラキラ輝く天然石が鏤められて。
それらを元に、オーダーメイドのアクセサリーを作ってくれるらしい。
「石とアクセサリーの種類と、希望のデザインなんかを指定すれば、オーナーのお婆さんが真心込めて作成してくれるみたいだよ」
天然石には、色んな意味や効果を宿し、身に付けているだけで石の力が得られるような、不思議な気分にさせられる。そうした点も含めて石を選べば、きっと素敵なアクセサリーが出来そうだ。
自分用でも、誰かに贈るプレゼントでも、想いを添えて伝えてくれたら、色は褪せることなく永遠に、いつまでも輝き続けることだろう。
「ボクもこういうものは、ちょっと興味があるんだ。だからキミ達さえ良かったら、ボクと一緒に行ってみない?」
魔女が生み出す宝石細工。その輝きはいつの世も、人の心を虜にしてきた、魔性の魅力がそこにある。
石に込める想いはそれぞれなれど、それらの全てが叶えばいい、と。
そう心の中で願いつつ、どんなアクセサリーを頼もうか、想像を巡らせ、心待ちにするシュリだった――。
●輝石の瞳に映す願い
「シュリさん、お誕生日おめでとうございます!」
この日、18歳の誕生日を迎えたシュリにお祝いの言葉を述べるイッパイアッテナ。
彼の隣では、ミミックの『相箱のザラキ』も口を開いて、箱の中身をキラキラ光らせ、誕生日を一緒に祝福するのであった。
「それにしても、なんて雰囲気の良いお店。シュリさんは素敵な場所をよく知っているのですね」
日頃から洞窟掘りに勤しむイッパイアッテナは、宝石自体にも興味を抱いて。天然石の専門店である店内に、所狭しと並んだ石を見ているだけで好奇心をそそられてしまう。
「うん。石は見ているだけでも、心が吸い込まれるような不思議な魅力があるからね。そういえば、イッパイアッテナさんも自分で細工をするのかな?」
シュリも一緒に石を眺めつつ、ドワーフの彼なら作るのも好きなのかもと、ふと思う。
「石の加工っていいですよね! 作って貰えるのも作れるのも魅力で迷います」
当然ながらと言うべきか、イッパイアッテナにとって石の扱いならばお手の物。
自分で作成するのも悪くはないが、折角なのでと、店のオーナーである老婆にオーダーメイドを依頼することにした。
まずは石選びから、と。数多の天然石の中から彼が手に取ったのは、艶めく黒色の中に、白い模様が目玉のように浮かぶ石。それは天眼石と呼ばれる石だった。
イッパイアッテナはこの天眼石を使って、目の模様が映える形のデザインでアクセサリーを作ってほしいと、老婆に頼んで手渡した。
石を受け取る老婆は、にこやかに微笑みながら頷いて、店の奥のアトリエに入って作業を始める。
彼女の作業の様子を見守りながら、その緻密なまでの手捌きに、イッパイアッテナは目を凝らしながら息を呑む。
そうして暫くすると完成し、短剣を模した銀のパーツに嵌め込んだ、魔除けの効果を齎すペンダントとしてイッパイアッテナの元に渡されるのであった。
●夜を彩る星の欠片と、輝き照らす陽の標
パステルカラーの淡い色彩帯びたその場所は、まるで御伽話の中の世界のようで。
童話の頁を捲るが如く迷い込んだ先、可愛らしい煉瓦造りの小屋の扉を開けば――広がる景色は、花や空、月の色を抱いて煌めく宝石達の群れ。
アンティーク調のメルヘンチックな空間は、どこか懐かしくて心安らぐような雰囲気で。
ラウルは宝石達の放つ優しい彩に、仄かな温もり感じつつ。異なる色を見比べながら、どの天然石がいいだろうかと、選ぶ時間をゆるりと愉しむ。
「石もこれだけカラフルなのが多いと、お菓子みたいで美味しそうだよな」
その傍らで、シズネがぽつりと漏らした呟きは、場違いながら如何にもシズネらしいと、ラウルが思わず苦笑して。そうした彼の反応に、シズネは眉を顰めてムスッと拗ねる素振りをするものの、天然石から溢れる不思議な魅力に、心惹かれてすっかり夢中になっていた。
その感覚は、隣の彼の薄縹色の双眸に、自分が映っているのを見た時と、同じ気持ちにさせられる。何故ならそれは、きっと石も自分も魔法にかかっているだろうから――。
この日二人で一緒に訪れたのは、天然石で揃いのピアスを作る為。
装飾はどうしようかと言葉を交わし、ラウルは青の輝き達に視線を巡らす。
互いに贈る天然石を探しつつ、目を惹く数多の宝石達の中から、ラウルがそっと手を伸ばして取ったのは――星降る宵空の欠片のような瑠璃色の粒。
深い青に金の模様が煌めくラピスラズリは、星空を閉じ込めたみたいにとても綺麗で。
「俺は君を照らす星になると誓ったから。確かな証として夜を彩る星を――誰より傍で燈る光を君に贈るよ」
そう言いながら、にこりと微笑むラウルに、シズネは照れ臭そうに笑顔を返して。
自分だけの傍らで燈る光を、二つの澄んだ薄縹に重ね合わせて見てしまう。
シズネの方は決まったかい? と、期待を含ませ訊ねるラウルに、まだ子供っぽさの残る青年は、石とにらめっこしながら少し悩んで。やがて一つの石が目に留まり、引き寄せられるようにその天然石を手に取った。
それは彼の瞳の輝きと、よく似た赤橙の石だった。
その輝きは日の光のように煌めいていて、情熱的な明るい色は、サンストーンと呼ばれる名前の通り。
「オレはお前の、太陽のような標になると決めたから」
心に秘めた決意を示し、想いを託して石を見つめる黒猫の青年。
だから決して沈まない、この小さな日輪を彼に贈ろう、と。
「眩しいくらいに輝いているこの石は、オレに似てるだろ?」
シズネが得意げに、人懐っこい無邪気な笑みを浮かべれば。ラウルも嬉しくなって目を細め、彼の手の中にある橙色の石を覗き込む。
日長石の強くて優しい色彩は、まるでシズネみたいだと思いを巡らせ、視線を彼の方へと向けながら。
「俺だけの太陽、だね」
ラウルの言った一言に、シズネはニヤリと口元吊り上げ、八重歯を覗かせ、この上ない満足感に思い浸った。
そうして二人は、店のオーナーである老婦人のところへ赴いて。石をそれぞれ手渡しながら、アクセサリーの作成を依頼する。
「貴女がとっておきの魔法を掛けてくれるのを、楽しみにしてるね」
「ばあちゃんがどんな魔法を使うのか楽しみだなあ」
年齢的に孫とも言える二人の言葉に、老婆は穏やかな優しい笑顔で頷きながら、後は彼らの想いに応えるよう、早速作業に取り掛かる。
魔女の魔法が心を紡ぎ、生まれ変わった石達は、きっといつまでも、褪せることなく二人の心を照らすだろう――。
●指輪に永久(とわ)の、誓いを込めて
――幻想的な童話の世界のような魔女の小屋。
その建物の雰囲気は、どこか『彼女』に似ているような気がすると。
煌介は店内をぐるりと見回しながら目を細め、彼の隣にいる婚約者のメイセンを、ちらりと横目で見ながら、魔女装束を纏った彼女とメルヘンチックな空間を、視界に収めて微笑み浮かべる。
「ああ……この場所は、優しい魔法が流れている、気がする」
メイセンの衣装に店の造りがとても似合って、棚やテーブルに所狭しと陳列された宝石達を品定めする、彼女の真剣なまでの表情が、実に愛おしくって、絵になる、と。
その横顔を、じっと見守りながら、煌介の頬が自然と緩み、それだけで彼は幸せな気分を堪能していた。
「煌介、折角ですから、何かお揃いでアクセサリーを購入しませんか?」
石を眺めていたメイセンが、不意に彼に振り向き、訊ねたその時。思わず互いの目が合って、二人は気恥ずかしそうに目線を逸らしながらも、そのまま会話を続けるのであった。
「首飾りにブローチ……迷いますが、カジュアルリングも良さそうですね」
指輪と聞いて煌介は、高鳴る胸の鼓動を感じるが。しかし顔には出さず、表情を変えずに落ち着きながら、メイセンの言葉に耳を傾ける。
「私の好きな石は琥珀、意匠はカモミールなどの薬草の花々ですが……。煌介だったら、どんなモチーフになるんでしょうか」
最初に自分の好みを伝えるメイセンに、如何にも薬草問屋を営む彼女らしいと思いつつ、煌介も応えるように意見を述べる。
「俺はこういう石ならラピスラズリ。モチーフは月、鳥の羽や……露草が好きかな」
彼の意見を聞きながら、メイセンは言葉の一つ一つに頷き返し、暫く黙って考え込んで。
「煌介、自分好みのデザインにして、それを交換……なんていうのはどうでしょう」
二人は以前も、お互いの為に水引細工を作って贈り合ったことがある。
そして今度は、互いをもっと身近な距離で感じることができたら、良いかな、と――。
そう言いながら、メイセンは仄かに頬を赤く染め、照れ臭そうに口元隠して俯いて。
そんな彼女の提案に、煌介は目を瞬かせ、喜び隠せず、満面の笑みが思わず溢れて。
「それは……とても良いね。ぜひ」
相手のイメージを贈り合うのは、相手を思うからであり、それはそれで素敵だけれど。
自分のイメージを贈り合うのは、自分がずっと傍にいられるようにと願うから。
だから二人の絆が、更に深まるように思えてならない。
「……君が俺といつも共に在りたいと想ってくれる」
その気持ちだけでも、彼にとっては嬉しくて。品物を受け取るよりも先に、もっと大切な贈り物を貰った、と。
煌介は恥ずかしそうにはにかむメイセンの、肩に優しくそっと、手を添えて。
そのまま彼女を抱き寄せながら、顔を近付け、見つめ合い。
口付け代わりに、耳元で囁く言葉は――『ありがとう』。
二人は互いの心と温もりを、確かめながら、それぞれ石を手に取って。
煌介は、星が煌めく夜空の結晶のような瑠璃(ラピスラズリ)を――。
メイセンは、目映い太陽の光を宿したような琥珀(アンバー)を――。
店の主の老婆にそれらを手渡し、モチーフを伝えて、指輪を注文。
老婆は石と彼らの想いを受け取ると、幸せそうな二人の様子に、おやおやと、こちらも幸せそうな笑みを携えながら、早速指輪作りに取り掛かるのだった――。
●光が導く、その先に
アンティークな造りの小屋の中には、キラキラ輝く色とりどりの天然石が、訪れる客を出迎える。
まるで宝石箱みたいなメルヘンチックな店内は、絵本の世界に飛び込んだみたいと。響はふわりと笑みを咲かせつつ、棚に陳列された石に目を向ける。
童話の世界に出てくるような、建物の雰囲気もさることながら。
中に並べられた品々も、魔法のアイテムみたいで。本当に魔法使いの雑貨屋さんと思える程だと、十郎は嘆息しながら、物珍しそうに店内を見回す。
アクセサリーを作ろうと、一緒に誘った友人に、笑顔を浮かべて訊ねる響。
そんな彼女の誘いの言葉に、勿論と、十郎は強く頷きながら微笑み返す。
「わたしも魔女になれるかしら?」
「君なら、道に迷った子供を助ける良い魔女だろうな」
響はこの不思議な世界の住人に、なった気持ちで十郎との会話を弾ませながら、二人は互いにアクセサリー作りに使う天然石を探して選ぶ。
そして響が目にしたものは、花の形に彫られた菫色の石。その一輪の宝石の花は、アイオライトで生成された竜胆だ。
この石は、見る角度や光彩によって色が違って見えると言う。そうした特性からか、嘗てバイキング達が航海の羅針盤として使っていたと伝えられている。
だからこれから私が作るのも、彼が思い描く世界への道標となるように――。
一方で、十郎が手に取ってみたのは、濃淡の青や緑が混ざり合い、特徴的な模様が映えるクリソコラ。
青い水の星を小さくしたかのような、調和の取れた綺麗な色彩を帯びていて。それは心の傷を癒す効果を齎し、成功へ導いてくれる石である、と。
十郎が石を指で抓んで覗き込む、その輝きは、自分達が住む星みたいに美しく。こうして見ているだけで、心が吸い込まれそうになってしまう。
やがて二人はそれぞれに、選んだ石を使ってアクセサリー作りを開始する。
響は参考書を片手に、作業の合間に時々眺め、蝋引紐でブレスレットを編んでいく。
「右、左……こんがらがってきたわ……」
勇んで挑戦したものの、細工は想像以上に難しく。
気が付けば、指を紐でぐるぐる巻いていたりで、思わず目をぱちくりさせて。
作業に苦戦している彼女の横で、十郎は石片を蝶の形の土台に嵌め込んでいた。
意識を集中させて黙々と、繊細な作業に没頭していたら。指に紐が絡まり、悪戦苦闘している響が視界に入って、ついつい笑みが漏れてしまう。
「貸して、解いてあげる」
そう言って、十郎は手を伸ばして彼女の指に絡んだ紐を、器用に緩めて外すのだった。
斯くして解けた糸に、響は仄かに頬染め、はにかみながら、お礼を言う。
それからも暫く作業が続き、どれほど時間が経っただろうか――。
「お店の品ほど綺麗ではないけれど……」
口籠りながら響が、完成したアイオライトのブレスレットを、十郎にそっと手渡す。
君が迷わず進めるよう、いつも心温かくあるように――それは一粒の石に籠めた、魔法のおまじない――。
十郎は差し出されたブレスレットを受け取りながら、青い輝石の花に籠められた、彼女の願いが胸に沁み、目から涙が零れそうになってしまう。
しかし泣きたくなるのを必死に堪え、誤魔化すように笑ってみせて。
今度はこちらがお返しと、心優しい友の手に、細い金鎖のネックレスを乗せるのだった。
――蝶は成長の象徴だから。
君自身が誇れる君になれるように、その羽翼となれれば良い――。
彼の優しい願いに、響は胸が一杯になって返す言葉に詰まってしまう。
今にも羽搏きそうな、珪孔雀石の蝶を黙って見つめ。ゆっくりと、十郎の顔に眸を向けて――ありがとう、と精一杯の感謝の言葉を口にする。
こんなに綺麗な羽翼なら、どこまでも、果てなく飛んでいけるだろう。
「きっと似合うと思う」
込めた想いは今だけでなく、千年先まで、いつまでも。二人の絆がずっと続いていきますように――。
作者:朱乃天 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月8日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
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