雪だるまさんが転んだ

作者:四季乃

●Accident
 小さなコギトエルゴスムが、昏い倉庫の中でかさかさと動いている。機械部品のような細い脚が生えたそれは、廃棄同然に隅へと押しやられていた埃っぽい機械を見つけると、ぴょんと高く跳ねて飛び乗った。
 青い筒状のファンが付いたそれは、キャタピラ式のスノーマシンだった。随分と年季が入っているのか一部の塗装が剥げていたり錆のようなものもあって、現役を引退して長い月日が経っていることを伺わせる。
 コギトエルゴスム――否、小型ダモクレスはファンから内部へと侵入すると、ヒールをかけた。仄暗い倉庫の中でまばゆい光が散らばると、それは物悲しくも放置されていたスノーマシンを新品同然にぴかぴかにしただけではなく、己の手足を生み出したのだ。
 キュルキュルキュル、とキャタピラが回れば重たい機体がズンズン進む。胴体から生えた蜘蛛のような脚が筒状のファンをクイッと回して方向を決めたり、左右に振ったりする様はまるで準備体操のようだった。
「みっちゃん、まってぇ」
 そんな時だ、外からちいさな子どもの声がした。
 それを聞きつけたダモクレスは、まるで雷にでも打たれたかのように、シビビビビっと全身を震わせ硬直した。
 たちまち駆け巡るのは微笑ましそうに笑う大人たち、はしゃいで回る子供たち、雪うさぎを作る女の子たち――それから、雪玉を転がして雪だるまを作る園児たちの姿。
 瞬間、ダモクレスは居ても立っても居られなくて倉庫を飛び出した。

●Caution
「そしてダモクレスは、外で遊んでいた幼稚園児たちに雪を噴射して、雪だるまさんにしてしまったんです……」
 頬に手のひらを当てて困った風に吐息を零したセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の締めくくりに、ケルベロスたちの表情が複雑なものになる。笑っていいのか、怒ればいいのか、それとも嘆くべきなのか。そういった反応が伺える様子に、微かな笑みを浮かべたのは清水・湖満(ペル竜おめでとう・e25983)であった。
「ま、私たちはいつも通りお仕事したらいいんよね」
 確かに。納得の頷きが返ってくる。
 気を取り直したセリカは、とある小さなパンフレットを取り出した。それは自然公園のもので、赤い丸印が描かれているところを、彼女は指す。
「この時期になると、いつも遠足で遊びに来た幼稚園児たちに雪遊びをさせる恒例行事があるそうなんです」
 何でも芝生広場に人工降雪機を持ち込んで遊び場を作ってあげるとかで、雪が殆ど積もらなくなった地域に住む子どもたちにとっては、一大イベントと言っても過言ではない。今回、その自然公園が管理していた人工降雪機――スノーマシンがダモクレスと化して人々を襲う事件を起こそうとしている。
 それを皆に、止めてほしいのだ。

 ダモクレス化したスノーマシンは、大型ファンが付いたキャタピラ式のものだ。胴体部分には機械の蜘蛛のような足が生えており、それで筒状の大型ファンの向きを変えたりする。砕氷による雪の攻撃を主に使用するが、氷結晶の吹雪を起こしたり、冷気のレーザーを撃ち込んできたりと氷結輪やバスターライフルの攻撃に似たようなもののようだ。
「ただ、このダモクレス、どうやらスノーマシンの残留思念が影響しているのか、子ども相手には積極的に攻撃をしないようなんです」
「スノーマシンが元々地域の子どもたちの為に購入されたものやから、その思い出が残っとるんやろうねぇ」
 長い間染み付いた記憶が反映されているのだとしたら、それは何とも切なくなる。
 しかし放置していれば、いずれこのダモクレスはその子どもたちをも一絡げにして命を奪うようになってしまうだろう。たった一瞬でもその思い出が防波堤となっている内に、ダモクレスを無力化してほしい。
「とはいえ、相手は嬉々として雪を吹き付けて、隙あらば雪だるまにしてしまおうとするようですから……ちょっと気が抜けちゃいそうではありますね?」
「さほど強敵ではないみたい。幸い現場も芝生公園で障害物もなさそうやし、まぁ……ほどほどに、ね?」
 含みのある言葉に、ケルベロスたちはちょっとニヤっとした。
「子どもたちが可愛らしい雪だるまになってしまわないように、どうか皆さんお願いいたしますね」
「雪遊びやなくてダモクレス退治やからね」
 ひらひらと手を振りながら笑う湖満に、セリカが小さな声を出して笑った。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
クレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
清水・湖満(ペル竜おめでとう・e25983)
岡崎・真幸(花想鳥・e30330)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)

■リプレイ


「こいつは厄介そうだねえ――さて、術式開始だ」
 物置から飛び出してきた物体を視認した戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)は、柔軟をしていた腕を下すと独語のように呟いた。
「…子供達と遊びたいのでしょうけれど、今の貴方の力は彼らには強すぎるわ。いらっしゃい、……代わりに私達が遊んであげる」
 真っ先に動いたのはアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)だった。彼女はホルスターから引き抜いたリボルバー銃・Thanatosの銃口を前方に向けて発砲すると、スノーマシンの下部に生えた蜘蛛のような機械脚を一本、正確に弾き飛ばした。バランスを崩した拍子に、青い筒状のファンからぽぽぽんっと雪玉が吐き出され、それは広場で遊ぶ子どもたちの方に向かって飛んでいく。
 きゃああ!
 幼く、甲高い悲鳴が沸き起こった。それは恐怖からではなく、歓喜に満ちていた。どうやらダモクレスが寄越したものを”攻撃”と認識していないらしい。ゆえにか率先して前に出ることで総身を盾とし庇い受けたアルベルトが、玉に貫通して頭だけ雪だるまさながらの姿になった時は、ちょっとした拍手が沸き起こったほどだった。
「ケルベロスが来たから、もう安心だぞー! みんなは先生の言うことを良く聞いて、ばっちり離れていてくれー!」
 雷の壁を構築する久遠の傍ら、武装全てを変形させてダイナマイト変身を見せつけたグラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)が氷の精を召喚すると、子どもたちから更なる歓声が沸き立った。子どもたちに恐怖が植え付けられなかったのならば、それでいい。フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)は幼きものたちの声を耳に留めながらも、重厚な鉄塊を壁のように隔てて遮る。
「残念ながら遊び場のー、お役目は終わりましたのよー。これより先に進む事はー、罷りなりませんのー。どうしてと仰るならばー、我々がお相手ですわねぇー」
「敵は引き付ける。ここは任せて先に行け」
 フラッタリーが鉄塊剣・野干吼で機械脚を複数まとめて叩き斬るのを横目に見ながら、久遠は今にも腰を抜かしそうな若い女性担任に向けて促すと、間に割って入り流れ弾を叩き落す岡崎・真幸(花想鳥・e30330)が「さぁ行きな」と顎でしゃくってみせた。
「えーと、ダモクレスで雪遊びすればいいのか?」
 自身を蝕む呪いをいくつもの鎖付きの枷へと変容させ、雪玉を連発するダモクレスを拘束しながら長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)が首だけで振り返ると、紙兵を散布していた清水・湖満(ペル竜おめでとう・e25983)がパッと両手で頬を抑えて目を丸くする。
「やだ! わたちみたいないたいけな子どもをおそうちゅもりなの?」
 ピュン。
 青白いレーザーが湖満の頬をスレスレに駆け抜けた。湖満のジャマー能力を高めようと至近に近付いていたグラニテのスノウスピリットは「ひええ」といった様子で小さく飛び上がり、役目は果たしたとばかりにさっさと消えていく。
「……て、流石に無理か、歳が歳やしな」
 ちゅいんと地面に焦げを作るレーザー跡を見て真顔になった湖満は、前衛たちにスターサンクチュアリの支援を行っていたクレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)の微苦笑を一瞥して、肩を竦めてみせた。
「子供達との良い思い出たくさんな機械をダモクレスにしちゃうなんて酷いよね。無事に……って言うのも変だけど、退治しなきゃね」
「ごめん、ふざけとらんで大人しく戦うわ」
 くすくすと忍び笑いを漏らす桜は、同じビハインドのアルベルトが「えいやっ」と雪だるまから脱出し、壊したその破片をぶつけようとしているのを見つけ、自身も同じように雪玉を持ち上げる。ふわふわと前後左右を飛び交うビハインド二人に、左右から雪玉をぶつけられたスノーマシンは、筒をくらくらさせて右へ左へよろけている。
「成る程ー、雪が身近でない子供達にもー、遊べる良い場所ですわねぇー」
 引いて行った子どもたちを尻目に見やり、展開された殺界形成を感じながらおっとりとしたように間延びした口調で頷くフラッタリー。
「そしてこの場所のー、重要な立役者であったとー。その名誉の為にもー、討ち果たさねばなりませんわねぇー」
「……冗談だっての、真面目に仕事するから!」
 すぐさま次の攻撃態勢に入る千翠の声が右から左へ抜けていく。ただ一人真幸だけは違うことを考えていた。
(「今年も地元に雪降らねえ」)
 砕氷された氷結晶をあたりに撒き散らし、突然の吹雪を巻き起こしたスノーマシンに向かい、ドラゴニックハンマーから成る超重の一撃を叩き込んだ真幸は、吹雪を猛然と突き進むチビがグラニテへと耐性付与を行うのを横目に、先ほど子どもたちが居た遊び場へ視線を滑らせた。
(「雪で交通機関が運休になって出勤出来ず途方に暮れ冬空見たり、休校のガキ供の雪遊び眺めるのが毎年の恒例だったんだがな」)
 気温は低いものの、降雪にまで至らない。
「……雪に埋もれてえ」
「イイヨー」
 ぼふぼふぼふぼふぼふ。一点集中された真幸の身体が、見る間に雪に埋もれていく。ちいさな呟きであったにも関わらず、耳聡く聞きつけたスノーマシンが、あっという間に170センチをゆうに超える真幸雪だるまを作り出した。背から生えた色取り取りの翼は冷たさに震えて、息が出来るようにと顔だけ繰り抜かれたその奥に見えるのは遠い空を見つめる碧眼。
「フラグ回収が早すぎるわね?」
 背に庇うようにして前に出たアウレリアは、吐き出す雪玉ごとスノーマシンに炎を纏った激しい蹴りを見舞うと、フラッタリーが地獄の炎を纏わせた野干吼を叩き込み、更なる炎を燃え上がらせる。活性化するフラッタリーの前頭葉の地獄を至近で感じたスノーマシンは「ヒエー」と情けのない声を上げてじたばたする。炎が怖い、というよりは恐らく金色瞳が開眼し、狂笑を浮かべ額に隠した弾痕から地獄を迸らせているさまに怯えているといった方が正しい気がした。
「分かっちゃいたが、やりにくいぜまったく」
 キャタピラを全速前進させてぴゅーっと間合いを取るダモクレスを見やり、久遠がやれやれと言った風に肩を竦めて吐息を一つ。さほど攻撃の威力は強くないようだが、甘く見てはいられない。中衛のクレーエ、湖満、そして真幸にライトニングウォールを展開し異常耐性を高める折、マシンがファンをぎゅるぎゅる回転させるのを見た。
「おっと、そいつはやらせねえ」
 すかさず地面を蹴りだし、吐き出された大きな雪玉をロッドで叩き割る。その久遠の背後から影の如き斬撃を叩き込んだのは湖満であった。
「雪は素敵やとは思うけど、冷たいから嫌い」
 きっぱりと断言されて、スノーマシーンが「ガーン」と身を硬直させた。そんな姿を見ていると、殴る蹴るの脳筋スタイルの千翠が「んん」と口端を歪ませる。ブラックスライムを捕食モードに変形して丸呑みにさせたものの、もがもがと暴れるさまにちょっとだけ胸が痛んだり痛まなかったり。
「にしても、子供は攻撃しないってのは……すげー楽しかったんだろうな」
 カリカリと頬を掻く千翠の顔面に、雪玉が激突した。そのままぐらりと後方へ倒れるかと思いきや「エーイ」「ソーレ」「ウフフー」とのんきな声を上げてスノーマシンが大噴火。
「ああ……また一人雪だるまが生まれたね」
 猛吹雪を喰らい、身体に凍り付くものをブレイブマインの爆風で剥がしていたクレーエが、吐息交じりに微笑んだ。桜とアルベルトは共にビハインドアタックを行っているのだが、二本角の千翠雪だるまの方をちらっちらっと振り返っては、何だかそわそわとしている。まるで自分にもして! と言っているのが聞こえてくるような、うずうずする様子だ。
 そんな彼らから視線を滑らせ、ふんすふんすと雪玉を吐き出すスノーマシンを正視する。アウレリアはまるで眩しいものを見るかのように双眸を細めた。
「願って言う言葉ではあるけれど、本当に彼は遊びたかっただけかもしれないわね」
 ”殺す”事を目的に造られた自分から見ると、誰かの優しい想いを受け、望まれて生まれ、そして誰かの願いを叶え役に立ち優しい記憶を残す彼らが愛しくも羨ましく思う。
「風邪を引いたら洒落にならん」
 一方、雪を破壊して何とか脱出を試みた真幸は、惨殺ナイフ・マキナを逆手にスノーマシンのファンに添えられていた機械脚を削ぎ落したところであった。複雑に斬り刻まれたそれはぱちぱちと電気のような放電を繰り返し、根元から沈黙する。その様子を上空から見ていたチビは、グラニテが黄金の果実で味方に耐性をばらまくのを見て、得心がいったように一つ頷いた。そして、くるりと旋回すると一気に降下。味方に向けられた砲身のようなファンに突撃!
「アーレー」
 衝撃でくるくると回転するファンが、ちらちらと細かい氷雪を撒き散らす。それが次第に一帯の土を覆い、白く化粧が施されていくのを目の当たりにして、グラニテは感心したような吐息を零した。
 グラニテにとって雪や氷は、当然のように身の回りにあったものだった。初めの記憶は氷の世界であったから。だからこそ、機械で作り出す、というのが未だにちょっと不思議な様子。
「ほんとに雪、積もるんだなー」
 スノーマシンが、こっちを向いた――気がした。
 マシンは直線状に居るグラニテを見つけると、はかなく溶けて消えてしまいそうな彼女を視認して、ぐぐぐ、と固まってしまった。その奇怪な動きに隙を見つけた湖満が、
「お前が雪だるまになるんだよ!」
 縛霊手・希護ごと凍らせて放つ渾身の一撃で(恐らく)後頭部をブン殴った。その拍子に、精製されていた雪玉がブハーーッと一気に放出された。それは弧を描くと目で追って見上げていたグラニテの頭にぽすん、と着地。更にもう一つぽすんと着地し、それは小さな雪だるまとなった。
「おおー! わたしも氷の精になったぞー!」
「俺たちのより全然可愛いんですけど?」
 寄越される雪玉を蹴りで破壊し、そのままスノーマシンへ一撃を見舞った千翠が、すれ違いざまそんな風に声を上げた。
 グラニテはふっふっふーと得意げに笑うと幻惑術のひとつ、懐かしき極寒の地の再現に入った。それは月白絵具で描いた輝き。落ちる綿雪照る光。
「雪と氷の世界…もしもきみがいっぱいいたら。こんな景色もほんとに再現できたりするのかなー?」
 月白の時。
 見た目には美しさもあたたかみも感じられるそれは、スノーマシンの全身を抱くと容赦のない冷徹を内から奔らせた。氷漬けにされたマシンが、かちこちに固まるのを見て、フラッタリーが白い繊手の中に地獄の炎の火種を握りしめる。
「掲ゲ摩セウ、煌々ト。種子ヨリ紡ギ出シtAル絢爛ニテ、全テgA解カレ綻ビマスヨウ。紗ァ、貴方ヘ業火ノ花束ヲ!」
 力を封入し注ぎ込む。そうして貯めた封炎を得物に宿すと、敵向けて放つ事で爆発が寄越され、周囲の雪を蒸発させ花火の如く起きた爆発が、スノーマシンを激しく叩きつける。その衝撃で「ブヘー」と吐き出された雪玉が、目の前に居たフラッタリーに直撃。
「微睡ミ午睡眠リ二墜チrEド、吾ニ忘我ナド終ニモ非ズ」
 嗤いと共にカッと目を瞬かせるフラッタリーに、マシンがぶるりと震え上がった。
「油断大敵ってな。ボディが甘いぜ」
 そこへ一気に間合いを詰めた久遠が旋刃脚を見舞うと、キャタピラとファンが分断された。ボキリと折れた身体を見てダモクレスは「キーーヤーー!」と女の子のような悲鳴を上げて、ファンをぎゅるぎゅる回転させる。けれど出てくるのは弱弱しいちいさな欠片だけ。ちょっと名残惜しそうにしていた桜が、金縛りでじたばたするのを捉えると、もう味方に襲い掛かることはないだろう、そう判断したクレーエが雪の精を呼び起こす。
「冷たさに抱かれ、凍り付くまで良き夢を」
 その優しく冷たい抱擁は逃れる気持ちを奪い去り、徐々に徐々にと凍てつかせるとマシンは随分大人しくなった。アルベルトが千翠からもぎ取った雪玉を叩きつけると、アウレリアの正確無比に狙いすました弾丸が、ダモクレスの破損部位を抉り沈黙させる。
 それでもまだ動くファンを見やり、真幸は最も慈悲深く最も厳格、最も残酷で最も気まぐれな自身の信仰対象を召喚。
「貴方の子達に害なす輩へ罰を 畏怖せよ、偉大なる父が顕現された」
 鱗に覆われた巨躯を気怠げに投げ出し、鎌首を擡げた瞳がスノーマシンを捉える。逃れられぬ視線に身を硬直させたダモクレスに一歩、近付いて。
「ほな、ちょっと申し訳ないけど。さよならね」
 タン、と軽やかに飛び上がる。青空を背にした湖満の身体が翻り――そして炎を散らす。焔の奥から寄越された蹴りがファンを破壊すると、プロペラがころん、と地面に転がった。チビがフッとブレスを吹きかけると、それはまるで雪が解けるように残滓となった。
 ――くしゅん。
 ふるりと身を震わせた涙目の蛇が、そそくさと消えていき、後に残ったのは――。
「え、今の誰のくしゃみ?」
 素朴な疑問。


「昔は上手かったんですのよー」
 そう言って、フラッタリーは残った雪でお手玉を披露してみせた。子どもたちはきらきらした目で彼女を見上げている。ゆらゆらと揺れているせいで落ちていく雪玉を拾っては掌に乗せて、落ちてはまた拾ってを繰り返していて、なんとも微笑ましい。
「たまには童心に帰るのも悪くねえ。よっしゃ、でっかいの作ってやるから待ってろよ」
 仲間の手当を終えた久遠が腕をぐるぐる回しながら雪を前にすると、喜んだのは男の子たちであった。その中には桜とアルベルトの姿もあって、子供と一緒に遊ぶ伴侶を呆れ気味に眺めているアウレリアの隣で、クレーエがたまらずといった風に笑みを零している。
「雪合戦とかどうだ?」
 冷えた身体を炎で温め終わった千翠は、後片付けも終えて元の平穏を取り戻した様子に満足気に頷いて、それから腰に拳を当てた。手近にあった雪をぎゅっぎゅと押し固めて振り返ると、せっせせっせと雪玉を転がしていたグラニテが、鼻先を赤くして新緑のような瞳を輝かせた。
「おおー、いいねいいね。これが終わったらやろー」
「あ、私はパスね」
 びし、と掌を突き付けた湖満が「寒いし……ほんま無理……」と巻き付けたファーに顔を埋めている。そんな姿を見てにやっとした千翠は、大きく振り被り――「いやほんま無理ぃー!」気配を察した湖満がすり足で逃げる。
「早っ!」
 恐ろしく早い動きに呆気に取られた千翠。そんな彼らの横顔を静かに見ていた真幸は、カメラのディスプレイに視線を落とすと、仏頂面にほんのりと幽かなやわらかさを乗せて、吐息する。
 そういえば、こんな表情だった。
 切り取られた一瞬は白の世界の中で、雪よりも眩くて何ものよりもあたたかい色をしていた。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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