復讐の華

作者:四季乃

●Accident
 赤・橙・黄・白。
 暖かな光が氾濫する古都を楡金・澄華(氷刃・e01056)は一人歩いていた。片手に摘ままれたとろりと黒蜜が滴るきなこの串団子は、往来する人々の賑やかさと気配に揉まれながら食べると特別な気がした。
「気温が高いせいか、むしろ熱いくらいだな」
 雪が降ってもおかしくはない時節というに、冷涼な風は吹けど降雪の気配は遠く、穏やかだ。ゆえにか人の足も多く、どこか浮足立っているようにも見えるのだろう。澄華は口端に微かな笑みを刷くと、最後の一口を頬張った。
 左右に迫る軒が空を切り取り、窓からは談笑する笑い声が降ってくる。気の向くまま歩を進めていた澄華はふと、それまで姦しく耳朶をくすぐっていた喧噪が潮のように引くのを覚えた。
 ハ、とちいさく息を吸い、止まった足は昏い影を踏んでいる。瞬き、巡らせた視線が薄暗い路地を捉えて映す。店の裏口が垣根越しに見える。数メートル先には、眩い光に照らされた石畳が細く見えており、どうやら一本裏に入ってしまったのだと理解した。
「歩きながら食べるのは良くなかったな」
 反省、とばかりに食べ終えた串をそっとゴミ箱に落とす。澄華の指先から逃れた竹串がくるり宙を舞うように反転し、ヒュン、と風を切る音によって真っ二つに切れた。瞬間、振り向きざま凍雲を抜刀、背後に迫る気配に向けて刀身を振り抜くと、それは思いのほか重く響いた。散った火花が刀身を刹那に描き出し、相手もまた刀を所持していることを瞬時に察した。
「何者だ」
 短い誰何に対して返ってきたのは、低く喉の奥から漏れるような笑い声であった。皮膚を爪先で撫でるような、背筋に氷が滑るような冷徹な嘲笑。目深に被った帽子の形から相手は警察官か、と思い、しかし笑うたびに揺れる胸元の飾緒に気付くと相手がただの民間人ではないことを察す。
「静粛する」
 軍服の男は、刀を振り上げた。

●Caution
「楡金・澄華さんがデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロスたちに向き合うと、噛んで含めるような口調でそう告げた。彼女が言うには、急ぎ澄華へと連絡を取ろうとしたのだが、それは幾らやってもただの一度も繋がることはなかった。
「一刻の猶予もありません……どうか澄華さんの救援に向かっていただけませんか?」

 敵の名前は鬼島焔、種族は死神だ。
 一振りの刀を所持していることが分かっている。ただ、生前受けた何らかの出来事が影響しているのか、強い復讐心のような禍々しい感情を発しており、正統派の剣技のみを使用すると見せかけて死神特有のグラビティを織り交ぜてくることだろう。油断は禁物だ。
「澄華さんが襲われたのは古都の路地なのですが、ここは左右に町家が連なっているためひどく狭いんです。ですが敵が掛けた人払いによって、表の通りには人気がなくなっています」
 それを利用しよう。
 皆であれば地形を問わず戦うことは出来るだろうが、まずは澄華の安否を確認し、それから無理をせず確実に敵を仕留めてほしい。生前は権謀術数に優れていたという情報が入っているので、容易く誘導に引っ掛かってくれるかは難しいところだが。
「復讐のために密かに各地で悲劇を振りまく……それが彼の行動理念です。その対象に澄華さんが選ばれてしまうだなんて……」
 絶対に、止めなくてはならない。
「皆さん、澄華さんのことよろしくお願いいたしますね。きっと全員で戻って来てください」
 セリカの力強い視線に、ケルベロスたちはしっかりと頷いた。


参加者
楡金・澄華(氷刃・e01056)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)
帰月・蓮(水花の焔・e04564)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
カタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)
左潟・十郎(落果・e25634)
清水・湖満(ペル竜おめでとう・e25983)

■リプレイ


「ご先祖に誅されたと聞いたが……よもや死神になっているとは思わなんだ」
 打ち込まれた刀を凍雲の鍔で受け止めた楡金・澄華(氷刃・e01056)は、聊か厭いたようにそう零した。半身に引いた脚が初撃に入ると察した鬼島は火でも触れたかのように飛び退き距離を取るが、澄華は構わずに踏み込んでいく。
 刀を両手で構え刀身で受け止めるもそれは重く、無数の霊体を憑依させた凍雲に圧し切られた肩口が裂ける。鬼島が刀を捻り至近に迫る澄華を跳ね返そうと切っ先を振るったとき、真紅の刃が凶刃を打った。キン、と鼓膜を刺すような鋭い音と共に爆発のような凄まじさが続いて身を貫く。
「死神か。因果応報でしかない末路に逆恨みでの復讐、見るに堪えん」
「凄く物騒な敵ですね……恰好から昔の軍人に見えますが、その無差別な殺戮の犠牲者に澄華さんをさせる訳にはいきません」
 頭上から聞こえた声に振り仰ぐと、町の灯りに押し上げられる夜空の下で無数の刀を内包する領域を展開したハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)と、砲撃形態に変形させたクリーヴブレイカーを抱えた源・那岐(疾風の舞姫・e01215)を見つけた。
「援軍か」
 唾棄するように守りに入った鬼島の体が、突如として背後から炎に抱かれる。視界の端より仕掛けた帰月・蓮(水花の焔・e04564)の奇襲によって、反射的に前方へと踏み出しかけた脚がもつれたのは、背を押し出すように撃ち込まれた光線のせいだ。回転しながら地面を蹴り上げ、一気に起き上がった鬼島が振り向きざま刀を振り払う。
「なるほど奴も軍人という訳か。ならば話が早い」
 殺気を覚えるや否やバスターライフルを盾にしたカタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)は、その苛烈な一撃を受け止めながらも視線を横へと滑らせた。その視線の意味を正しく解した左潟・十郎(落果・e25634)は、ライトニングロッドを引き抜くままに横薙ぎする。
「全く、らしくないじゃないか。食い物に気を取られてたんじゃ、忍びの名が泣くぞ」
 ロッドは風を切り雷を生むと雷鳴轟く衝撃が鬼島の腹部を貫いた。
「カハッ……!」
 体をくの字に折り曲げ吐血した鬼島の体が、数歩後ろへとよろめいた。後方から敵の仔細を伺っていたキルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)は、すかさず美貌からなる呪いを放つ。
「見た感じ、帝国陸軍の亡霊ってやつかい? この御時勢に、しかも死して尚愛国奉公とはご苦労なこった」
 身を内側から蝕んでゆくような呪いを受け止め、掻き毟るように胸元を掴む鬼島が射竦めるような視線で仰いだとき。片手の得物は既に空を掻いていた。
「澄華殿は長きに渡る大切な友。どこぞの馬の骨とも分からぬ輩になど、血一滴、髪一筋とてやるものか」
 眩い光の奥から穂先を突き出す蓮は、その切っ先を滑らせると鬼島の胸を穿った。高速の突きを真正面から受けた鬼島の瞳に映るのは、蓮の体越しに見える澄華であった。彼女の身体は星の瞬きのような光に溢れていて、それが彼女を支える癒しであるのだと察する。
「今回は、充分お役に立てそう。思う存分やっといで!」
 朗らかな声援を送る清水・湖満(ペル竜おめでとう・e25983)に見送られ、口端に笑みを滲ませ力強く頷いた澄華が前へと一歩、踏み出した。
「生きてても死神、死んでも死神……私たちで祓ってやろう」
 ちらちらと眩い光が溢れる表通り、人気が絶えて閑散とした道に一人きり佇む状況に小さく息を呑んだ鬼島は、ことを理解したのか唇を歪めて歪めて――嗤った。
「凍雲、仕事だ……!」
 刹那、携える凍雲の力を解放する。
 それは冷気を纏った空の如く、霞の構えを取る鬼島に向かって振り放たれた。大気すら震わせるほどの過酷な斬撃が眼裏を刺し、怒髪天とすら思えるほどの威力が躯体を襲う。そのさなかにあって、しかし得物から五指を離しもしない鬼島が次撃に移ろうとしているのを見、那岐と蓮そして十郎の三人はすぐさま己の身を盾として前へと飛び出すことで、放たれた巨大な一閃を総じて受け止めた。
「私とお前とではどちらの器量が上か試してやろう。戦場という命懸けの舞台でな」
 熟練からなる精密な小手先だった。隙を作らぬ利き腕の動きは刀を返し、盾役を飛び越え迫るカタリーナの破鎧衝を肩口に食らっても尚、正確に彼女の鳩尾を掻いていた。どちらからともなく噴き出す鮮血が、取り取りに氾濫する光の中で雫となりて華開く。瓦屋根を疾走していたキルロイは、眼下に見える双方の距離が一定を保ったのを見計らうと、帽子の鍔が作り出す死角に飛び込み、鬼島の身体を突き崩すような蹴りを見舞ったのだ。
「当人相手ならまぁともかく、子孫に八つ当たりとはみっともねぇ」
 はじめて大地に身を投げ打ち、転倒した唾棄すべき存在を睥睨するキルロイの言は厳しく、辛辣さが見て取れた。隠しもしない怒気は膚を刺すように苛烈で、視線で人を殺せるなら正しくそれであった。
「静粛と粛清の違いも分からんのか、座学の時間寝てたのかテメェは」
 手を突き起き上がる鬼島は、口の中に溜まった血を吐き捨てると、刀を握る手の甲で口元を拭う。その一連の動作に怯みはなく、また焦りもない。
 余力がどれほどのものなのか把握できた気がして、那岐の身に一層の確固たる決意が走る。族長になって三か月の新米族長とはいえ、族長としての教育と剣士としてのストイックな修行を積んで来た彼女は、真面目で一途な武人気質であった。そんな彼女だからこそ殺戮の剣を奮う輩である鬼島には強い怒りを覚えている。
 手慣れた様子で舞剣・ローズマリーを胸前に掲げた那岐は、ピンと突き付けた剣先からこの時節にしては珍しい花々を解き放つ。それは逆巻く嵐となって鬼島の躯体を飲み込むと、束の間その動きを制したように見て取れた。
「死神は殺す」
 一瞬の隙すら今は好機。たゆたう光の中で白髪と共に刀剣を躍らせ、舞うような軽やかさ美しさでハルの剣戟が寄越される。
「――と言いたいところだが俺の因縁ではない」
 瞬きすら許されぬハルの気迫に奥歯を噛み締めて一つ一つを受け、流し、跳ね返す鬼島は、上へと刀身を振り上げた際の空いた脇腹に向かう得物に気付き――瞠目する。
「執念深い男ってな、みっともないもんだ。大人しく然るべきとこへ帰るんだな」
 その動き、身のこなしは、おそらく鬼島には不可能だった。
 まるで獣が疾走するかのように、低い体勢からバランスを崩すことなく一気に詰めた距離。日本刀の届く範囲と攻撃の反動を理解した上で踏み込んできた十郎の斉天截拳撃は、いともたやすく人体の弱点を突いたのだ。
 ガクン、と膝から崩れ落ちた鬼島を横目に、盾役の負傷度合いを見極めていた湖満は、
「もし前衛が全滅したら、ではなく。全滅させへんのよ」
 腹を裂かれたカタリーナを中心とした前衛たちへと混沌の水を浴びせかけた。
 見る間に癒えていく傷、塞がった膚に双眸を細めた鬼島は後方を尻目に見やると、背面から刀身を突き出してくる澄華の躯体へと、自身の刀を腕と脇腹の間より逆手に突き立てた。頸だけで振り返り睥睨する鬼島、敵を見上げ凍雲を奥へ奥へと刺し貫く澄華。どちらかが足を引けば、目線を逸らせば、たちまち次撃が寄越されるであろう緊迫の時。
「敵ながら貴様はよく理解している。喰うか喰われるか……それが戦場だ」
 眦を射した強き光が、一瞬を生んだ。
「勝者のみに生存権が与えられ、敗者は一切の権利を失う。たとえ卑怯者の謗りを受けるとて、如何なる策略を尽くしてでも絶対に勝たねばならん」
 それは空に昇る月よりも眩く、辺りを照らす。仕草一つで発射された主砲はただ一人の敵を目掛けて空を奔り、躯体を貫いても尚止まることを知らず大地を跳ねる。
「貴様にその覚悟があるのなら、死に物狂いで私の首を討ち取るがいい。私も全力で貴様の首を討ち取るまでだ」
 フォートレスキャノン、それはカタリーナの妨害であった。
 真横から身体を突き上げられた鬼島は転倒した。転倒したが、手慣れた様子で身体のバネを利用し跳ねると、至近にあった床几を一時の盾として繰り出された那岐の炎弾を防いだ。
「わざと床几の方へ転倒したのか……場をよく見ているな。しかし」
 屋根を飛び移り二階のうだつに足を掛けたハルが手を振り払うと、刀剣が冴え冴えとした一閃を叩き込み、鬼島の行方を遮った。まろぶように踵を返す鬼島の視線が逸らされるのを見逃さなかった蓮は、絶空斬にて鬼島の負傷した脇腹の傷を正確に斬り広げる。これには鬼島もたまらなかったらしく、唇から漏れたのは沈痛な呻き声。
「復讐の為の剣技とは……刀も技も憐れだ」
 独語のように呟かれた蓮の言葉に、返しはない。その胸中を渦巻く仄暗い色には、決して光の欠片すら当たっていないのだろう。流れる血が糧と成るばかりで、己の痛みが復讐への原動力になっているのかもしれない。
 そんな、姿を見ていたら。
(「きよみず、こみち。今回こそ大人しくしたいて思うて、癒し手に回ったけど」)
 圧縮したエクトプラズムで大きな霊弾を作る十郎が鬼島へと思い切り叩き込むのを見、熱を奪う凍結光線を撃ちだして更に鬼島の躯体を穿つキルロイを見、それから流血しても厭わず果敢に攻めていく澄華へと破壊のルーンを宿す己のアックス・磔壊を見る。
(「うーん、やっぱだめね。安全圏でぬくぬくして癒すーていうのはどうも性に合わん」)
 ふぅ、と悩ましい溜息は誰ぞの耳にも届かない。
 湖満はちらりと前衛たちの躯体を見渡し、いっそ活き活きとしたように駆け回り跳ねるように斬りこんでいく姿を確認して小さく意気込む。白い着物の裾を乱さず高い下駄にも関わらず、すすすと素早くすり足で敵の背後を取ると己の手ごと磔壊を凍らせて――。
「背中がお留守やね」
 こそりとした呟きを乗せて渾身の一撃をお見舞いした。
 背後を取られた鬼島が怒りの形相で振り返るも、その時には既に何事もなかったかのような澄ました様子の湖満の横顔しかなく。
「あら、よそ見しててええの?」
 微笑を零した湖満の言葉通り、左右から澄華と蓮が抜身の刃で迫ってくる。
 ――フ。
 あるいはそれは、ただの呼気であったのかもしれない。しかし、鬼島は不利な態勢であったにも関わらず退く気配を見せなかった。容赦ない斬撃を繰り出す凍雲の刀身に己の日本刀を絡めるようにして切っ先を上へと跳ね返した鬼島は、何処からか生み出した歪な光の魚を蓮へと寄越した。それは穂先を掻い潜るように螺旋を描いて胸元に迫ると、心の臓、その真上へと食らいつく。
「くっ……」
 魚を斬り捨て鬼島から飛び退いた蓮と入れ替わるように、ハルのレゾナンスグリードが敵の顔面からぱくりと飲み込んだ。暗闇に呑まれた鬼島にキルロイの呪いが重なったのを見やり、ハルは蓮の方を振り返る。
「大丈夫か?」
「問題ない。すまないな」
 しゃんと伸ばした背筋に嘘はない。
 一つ頷くことで意思を受け取ったハルが湖満の方を向く。湖満はそれに応じるように溜めたオーラを放出。状態異常すら跳ね返す癒しが足の爪先から迸るのを感じ、ささやかな安堵が落ちてゆく。
 その姿を横目に見ていたカタリーナは徐々に攻撃が大胆になっていく鬼島へと向き合った。切っ先が、揺れている。どれを相手にするか迷っているのだ。本命は分かっている。けれど彼女とだけ斬りあうことは最早、土台無理な話であった。
 バスターライフルを肩に担いだカタリーナは、その仰々しい武器で敵の意識を奪っている、その隙に那岐へとアイコンタクトを送る。正しく受け取った彼女は鬼島の凶刃があちらに向けて振り上げられた瞬間――。
「その心、縛らせて貰います!」
 それは、霞のような暗紫色の風を浴びせる事で、敵の心に不安を呼び起こす”風の戦乙女の戦舞・霞”。その風に抱かれた鬼島の躯体が前のめりに折れたとき、カタリーナのライフルが光線を放つと、光によって生まれた十郎の影から闇色の狼の群れが、一斉に駆けだした。それは鬼島の腕を、足を、腹を裂いていく。キルロイは血飛沫を上げて咆哮する死神の背面から武器を突き立てると、身を内側から灼かれた鬼島から鮮血のように赤黒い劫火が噴き上がる。
「忍相手に仕掛けてきたんだ、相応のリスクは承知してるよな!」
 ご先祖に討たれた奸勇、その御首を頂くため澄華は走った。元より秀でた脚力は今や瀕死の鬼島が及ぶはずもなく、最大に解放された凍雲から逃れることも、視線を逸らすことも出来ず、真っ直ぐに心臓を貫いた。
「お、のれ……おのれおのれ、おのれぇぇぇ!」
 よもやお前が――。
 叫びはふつりと切れた。心臓から外側へと向かって、まるで花が散るように鬼島の身体は残滓すら見せずに消えてしまった。恨み言すら満足に言えぬまま、復讐に嗤う男は塵にすら成れず。


「気の抜けない相手でしたね……」
「全く厭な相手だったよ」
 澄華の無事を確認した那岐が安堵の吐息を漏らすと、鬼島の残滓を一瞥していたキルロイが武器を収めつつ肩を竦めてみせた。
「澄華殿? 何やら美味そうな団子を食していたとか」
 パン、と裾の埃をひとつ払った十郎が、聞こえてきた蓮の言葉に首だけで振り返ると、鬼島の得物を手にしていた澄華が口端に笑みを浮かべているのが分かった。
「しっかし、そんな美味い団子だったのか? 近くで売ってんなら食ってみたいな。案内してくれよ」
「そうだな、団子の食べ直しといこうか。強敵との戦い後ゆえ、多少値の張るものでいいな。折角だ、お茶も高級なものをもらおうか」
「是非とも皆で頂こうではないか」
 うんうん、と頷く澄華と蓮の二人の瞳が、じぃっと十郎を見つめている。う、と小さく声を漏らした十郎は、無言の圧力に耐えかねたように両手をパッと上げた。
「……うん、奢る。奢るから」
 ちいさく微苦笑を浮かべてはいるが、嫌々というほどでもない。気心の知れた友に対する横顔を見ていれば、どうにも癇に障って終始逆立っていたものが、ようやく落ち着きを取り戻すようだった。キルロイは紺青の夜空を見上げると深く深く、呼気を吐きだした。
「団子か。楽しんでくるといい。任務完了の報告はひとまずこちらで済ませておこう」
「皆、お疲れさま。あまり羽目を外し過ぎるなよ」
 帰路につくハルとカタリーナが片手をゆるく持ち上げる。
 反対の方へと歩き出した三人と別れ、見送り、そうして賑わいを取り戻した夜の古都を静かに抜けていく。ケルベロスの死闘が繰り広げられていただなんて、誰も知らずに、ただ明るい夜を往く人々の朗らかな笑みを横目に見ながら。
 氾濫する光の眩さに眼を眇め、湖満はあたたかな人波に揺蕩うようにするりするりと消えてゆく。
「どうせ咲くなら梅がええよね」
 店先にちいさく芽吹いた紅梅が楽し気な人々の気配に揺れて、わらっている。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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