寒い朝の布団は天国

作者:神無月シュン

 深夜のとある柔道場。その稽古場である畳の上に、無数の布団が敷かれていた。
「諸君、ここに集まってもらったのはほかでもない」
 10名の信者を前にそう切りだすのは、全身羽毛で覆われた異形――ビルシャナだ。
 先程までのざわつきが嘘の様に、皆ビルシャナの言葉を聞き逃さない様にと、真剣なまなざしで耳を傾けている。
「寒い朝、目覚めて感じる布団の温もり。あれほどの極楽はないであろう? しかし普段であれば布団という天国から出なければならない!」
 ざわつき始める信者たちを片手をあげ制すとビルシャナは話を続ける。
「そこでだ、ここに布団を用意した。明日は思う存分、布団の温もりに包まれようではないか!」
 その直後、柔道場は歓声で包まれた。


「ビルシャナ化した人間が、周囲の人間に自分の考えを布教して、配下を増やそうとしているのです!」
 会議室のドアが開くと同時、飛び込んできた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が叫ぶ。
 突然の事に目を丸くするケルベロスたちを目の当たりにして、ねむは深呼吸を一つ。説明を始める。
 ねむの話によると今回の目的はこうだ。悟りを開いてビルシャナ化した人間とその配下と戦って、ビルシャナ化した人間を撃破する事。このビルシャナ化した人間が、周囲の人間に自分の考えを布教して、配下を増やそうとしている所に乗り込む事になる。
「ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力があるので、ほうっておくと一般人は配下になっちゃうのです!」
 ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の人間が配下になる事を防ぐことができるようだ。
 ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナと共に戦闘に参加してくる。ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能だが……配下が多ければそれだけ戦闘が不利になるだろう。

「ビルシャナの主張は『寒い朝は布団から出たくない』です!」
「布団と外の温度差を考えると、確かに外に出たくなくなりそうね」
 話を聞いていたシルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)はその状況を思い描いて、呟いた。
「配下たちはお布団でゆっくりできる事に大喜びしてるです!」

「お布団はぽかぽかで、出たくなくなるのはわかるのです。けどビルシャナはほうっておけないのです!」


参加者
皇・絶華(影月・e04491)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)
花開院・レオナ(薬師・e41749)
アルベルト・ディートリヒ(レプリカントの刀剣士・e65950)
シルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)

■リプレイ


 ――深夜。辺りが闇に覆われている中、不自然に灯りをともす柔道場。その中では今、ビルシャナの演説が行われている事だろう。
「まさか私が危惧していた教義が本当に行われているとは驚きだね。早く皆の目を覚まさせてあげないと」
 柔道場を見つめ呟くのは、今回の事件を予期していたシルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)。夜の冷え込みに、吐く息は白い。
「こっちが鳥に引摺り込まれそうな、恐ろしい教義だな。だがそこで、抵抗しきれなければ人生終了だ。心してかからねば……」
 ビルシャナの教義に賛同しない様気を付けなければと、アルベルト・ディートリヒ(レプリカントの刀剣士・e65950)は気を引き締める。
「朝に布団から出られない、ですか。その気持ちはわたくしも分かりますね、朝はついつい寝込んでしまいたいですし。ですが、それは人が堕落していく駄目な道なのですよね」
「うんうん。布団から出たくない気持ちは分かるけど、それだと本当にダメ人間になっちゃうよねー」
 冷える手を擦りながら、布団について話をしているのはルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)と花開院・レオナ(薬師・e41749)の2人。
「ふむ、睡眠は大事だ。だが……横になり続けるという事は実はリスクもある。その辺をついてみるか……」
 皇・絶華(影月・e04491)は一人、説得する方法を呟きながら考えをまとめていた。

「うおおおおおおおおおおおおお!!」
 柔道場内から、歓声が響き渡る。予知通りならばビルシャナの主張を聞いた信者たちが喜びの声をあげたのだろう。
「そろそろ突入しましょうか?」
「準備は出来ている」
「いつでも行けます」
「うん。いける」
「よし。行こうか」
「先頭は私が」
 中の様子を窺っていた伊礼・慧子(花無き臺・e41144)が皆に問いかけると、心強い返事が返ってくる。
 柔道場へと突入する為、シルフィアはドアを思い切り開いた。


「皆、朝になったら起きる時間だよー」
 扉を開け放ち最初に飛び込んだシルフィアの第一声。
 もちろん今は夜中。ビルシャナからも信者からも『いきなり現れて、こいつは何を言っているんだ?』という視線が刺さる。刺さる。
「あれー? 視線がものすごく痛いのだけど」
「ど、どんまい……?」
 シルフィアが皆の視線を独り占めしている中、ルピナスは柔道場の中へコタツをせっせと運び込んでいた。
「こんなものでしょうか?」
 コタツを3つ、壁の方から延長コードを引っ張り電源を繋ぎ終わり。準備万端と、ルピナスは満足そうに頷いた。
 3つのコタツが取り囲むように中央にはレオナの置いた石油ストーブ。
「そんな布団よりも、こちらのコタツの方が暖かいですよ」
「さぁ、皆さん。そんな布団で寝るよりも、皆でストーブを取り囲んだ方がとっても暖かいと思うよ」
 ルピナスとレオナが信者たちに向かって声をかけ始める。
「布団に入ったままだと、自由に動けないけど、ストーブで部屋中を暖かくしたら自分の好きな場所に行くことができて、お得だと思わないかな?」
「それだと、コタツも自由に動けないからダメってことになるでしょう? 何なら、コタツの上に蜜柑もありますので、コタツ蜜柑を堪能しませんか?」
「それなら、ストーブの上で、餅も焼く事ができるから、お腹が空いたら餅も食べてみない?」
「コタツの方がいいでしょう?」
「いいえ、ストーブの方がいいわ」
「コタツ!」
「ストーブ!」
「コタツ!!」
「ストーブ!!」
 どちらの暖房器具も良い所があるのは分かっているが、ついつい自分の用意した物を勧めようと、白熱する2人。
「どうでもいいが、俺たちは作られた暖かさじゃない、あの布団の温もりに包まれてゆっくり眠りたいんだ!」
 中断させたのは信者の冷ややかな言葉だった。

「お昼過ぎまで寝ているのでしょうか?」
 信者の言葉に反応して、慧子が口を挟む。
「そりゃゆっくり寝られるなら……なぁ?」
「けど寝てばっかりではお腹もすいて、起きがけに温かい食事など欲しくなりますよね。でも……そんな素敵なブランチは誰かが勇気を出して布団から出て、用意してくれないと成立しないんです」
 信者の返事を聞いて慧子は話を続ける。
「布団の中から今流行りの料理宅配サービスアプリで注文できますけど……玄関までは受け取りに出なければなりません」
 それに……とさらに続ける。
「どこかのタイミングで働きに出ないと、その代金も払えませんよね? 起きてするべきことをやったうえで、寝る時は寝る。メリハリのついた生活でこそ、お布団の中に居る時間の価値が高まるのではないでしょうか」
「そんなこと分かってるさ。休みの日くらいゆっくり寝たいって思うだろう?」
「それは……そう、かも?」
 誰もが一度は考えてしまいそうな内容に、慧子はつい頷いてしまうのだった。

「寒いなら、セーターを着ればいいじゃない。それでも寒いなら、部屋の中でもコートにマフラーを身に付けても良いと思うよ」
「騙されたと思って一度着てみろ」
 各所で問答が繰り広げられている中、こちらは柔道場入り口付近。
 シルフィアとアルベルトが厚着を勧めていた。
 アルベルトが取り出したのは、表面はフェイクファーで飾り付けられ、裏はパイル地にカイロを入れるスペースを取り付けたダウンコート。更にはパイル地の肌着やシャツ、イヤーマフにマフラーと次々に取り出しては並べていく。
「もし布団から出たくないあまり仕事や学業をサボれば、その布団すら失ってしまう。そうならない為の、布団から出ても同じ快適さを味わえる、特上のコートだ!」
「布団に潜ってばかりだと身動きが取れないけど、コートにマフラーなら、部屋の中も自由に動いたりできるんじゃないかな?」
「寒いからこそ、布団の中が天国になるんじゃないか。厚着をしたところであの温もりには到底かなわない!」
「あれ?」
「手強いな……」
「はーっはっはっは! 流石我が信者たち。その程度の言葉、屁でもないわ!」
 布団の魅力の前に興奮する信者たちには、常識を説いた所で正気に戻すまではいかないようだ……。

 ならばと、言葉を整理し終わった絶華が語り始める。
「横になり体を休める事は大事だ。しかし、お前達は知っているか?」
「な、何をだ?」
「かつて一ヶ月、布団に横になり続けるという実験が行われたという。体は動かさなければどんどん弱っていく。横になり続けたその者は最初は楽だったがどんどん体が痺れ苦痛を感じ続けたという」
 ゴクリと息をのむ信者たち。
「そして筋肉は弱り床ずれで炎症を起こし、一ヶ月後にはまともに立てずに、そしてリハビリを行ってもやはり弱り切った体は元には戻らなかったそうだ」
「う、嘘だよな?」
「さぁ? どうだろうな。睡眠は大事だが過度の睡眠は肉体に悪影響を及ぼす。適度な睡眠と運動こそ日々の活力を高める道となるだろう。休みの日だけでもと寝続けて、影響が全くないと言えるかな?」
「そんなことになったら俺は困る!」
「お、俺も!」
「あ、ああ……」
 顔を真っ青にした信者3名が柔道場から去っていくのだった。


 戦いが始まって数分。ケルベロスたちは信者たちの無力化に集中していた。その間にも繰り出されるビルシャナの攻撃。
 堪えながら信者たちの相手を続ける。
「ぐ……あ……」
「これで最後ですね」
 最後の信者が意識を失ったのを確認したシルフィアが一息ついた。
「貴様がそのような悟りに至ったのは、貴様が正しく、より良い目覚めを知らなかったからだ!」
 残ったビルシャナへと叫びながら突っ込む絶華。
「喜ぶがいい。此処に大いなる覚醒作用のあるチョコレートがある! さぁ! このチョコを味わい食して、真の大いなる覚醒と共に体を駆け巡る圧倒的なパワーに酔いしれるがいい!!」
 グラビティの込められたチョコを口の中に放り込むと、存分に味わわせる為に絶華はビルシャナのくちばしを閉じた。
「……ぐおおおおおおおお!! 苦い! なんて苦さなんだ!!」
 余りの味にのたうち回るビルシャナ。
「薬液の雨よ、皆を清め給えー!」
 その間にレオナが受けていたダメージを回復し、アルベルトは紙兵を大量散布し、展開していく。
 ルピナスの「御業」がビルシャナを鷲掴みにすると、慧子が隙をついて斬撃を繰り出す。
「このっ! このーっ!」
「あなたに届け、金縛りの歌声よ」
 ビルシャナの攻撃を受け止めつつも、シルフィアは金縛りを引き起こすと言われる、呪われた歌声でビルシャナを包む。
「癒しのオーラよ、仲間を助けてあげてね」
 レオナの放つオーラがシルフィアの傷をすぐさま癒していく。
「遠慮するな。もっと感じるがいい! 体を駆け巡る圧倒的なパワーと覚醒を!」
「や、やめろ……! そんなもの食べさせるな……。グワーッ!!」
 再びチョコを口に放り込まれ、もがき苦しむビルシャナ。
「無限の剣よ、我が意思に従い、敵を切り刻みなさい!」
 ルピナスによって生み出された無数のエナジー状の剣が、もがくビルシャナを切り刻む。
 更にアルベルトの放つ雷が迸り。慧子の放つドラゴンの幻影がビルシャナを焼き払う。
「パズルに封印されしドラゴンよ、敵に裁きの稲妻を放て!」
 そして、シルフィアのガネーシャパズルから竜を象った稲妻が解き放たれる。
「ガアアアアアアアア!」
 稲妻に飲み込まれ、ビルシャナはその命を散らした。


「恐ろしい敵だった……」
「教義が教義でしたからね……」
 周囲の修復をしながら、アルベルトが呟くと、一緒に作業していたルピナスが答える。
「さぁ、布団は邪魔なだけだし、さっさと片付けちゃいましょう」
「やっぱり朝になったら起きないとダメだから、布団は片付けておこうかな」
「私も手伝います」
 レオナ、シルフィア、慧子の3人は手分けして布団をたたみ、端へと積み重ねていく。
「帰ったら電気毛布入りの布団で寝ようとか……考えてないぞ? 考えてないからな!?」
「寝るにしても、帰って報告書を書いてからだな」
「も、もちろん!」
 信者たちの目が覚めるのを待ちながら、たたまれた布団を見つめ言葉を交わすアルベルトと絶華。
 片付けを終え、やがて信者たちも目を覚まし各々この場を去っていく。
 全員を見送った後、朝の訪れと共にケルベロスたちは、柔道場を後にした。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月2日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。